カテゴリー「G過去記事2004下」の記事

呑気流・・野山の草花・オケラ

2004年10月7日天気は晴れたり曇ったり、時々小雨。

 本年もまた、オケラのお話が出来ますよ。この花は、ほんとに色々と想い出を作ってくれますね。
 今日は午前中に、オケラがボチボチ花をつけているだろうと、近くなんですが見に行きました。咲いていました。

 このオケラのことは、ネットのお友達と昔から色々と話しをしていまして、冬のドライフラワー状態の小魚の骨で編んだ篭のような面白い姿は見ていたのですが、花を見たいと探しまわった花なのですね。
 やっと見つけた時の嬉しさは格別で、その白の鮮やかさは、素朴さの中に光っていると言う風情で楽しんだものでした。

 本年も、「よっしゃー、メイン画像にしてやるぞー」と一生懸命に撮影しましたが、風が強く、小雨もぱらつき、光の量が少なく、総てピンボケとなりました。パソコン画面で見て、「ありゃー、ピンボケの山だー」とうなだれました。
 でもそこは呑気です。少し天候も快復しましたから、「そうだ、野池そばの穴場に行けば、咲いているだろう。そこで確り画像にしよう。」と今度は車で10分ほどですが、すっ飛ばして行きました。ごそごそ15分間ほど探しました。見つかりましたよ。なんとか確り画像にしなくてはと、設定も色々触りながら頑張りました。陽射しがあたった時は、自分の影を花にかぶせて撮影しましたね。

「オケラ」をダウンロード
オケラの花です。本年は蕾も入りました。

 でも、やっぱりオケラはやってくれますよ。余りにも白が鮮やかで光っている様なので、シロトビをさせてしまいました。風もありましたが、手ぶれや被写体ぶれもあるのでしょうかね。いずれにしても、一筋縄では行かないのがオケラの花です。もし動けたら再度挑戦ですね。何度見ても楽しめるお花なんですよ。まあオケラのそばに、アキノキリソウの蕾、キッコウハグマの蕾も見ていますから、行きたいですね。

 花の説明がありませんね。見ての通りのお花です。呑気流には説明が要りませんね。

 ただ、古い記憶で、古いテレビ報道で大晦日に、京都の八坂神社でオケラが焚かれ、それをクルクルまわしながら、家庭に持ち帰り、元旦の雑煮の種火にすると言う「おけらまいり(白朮参り)」のオケラなんだろうなー、昔は至る所に沢山咲いていたのだろうなーと思ったりもしています。

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忠義

2004年12月14日

今日は義士祭ですね。我が地でも浅野家のゆかりの方の墓があり、この日を義士祭と言うことで小さなお寺でお祭りが催されます。まあこの辺では赤穂市が本元で有名ですね。我が地は大きな祭りではありませんが、忠義の心を思い出す日であることには違いはないですね。

 この義士にまつわる縁の地は全国に沢山ありますね。数年前に我が地でサミットが行われて、色々な催しがありましたが、その中で吉良高校と赤穂高校の野球部の親善試合を我が地で行いましたよ。おそらくはじめての試みだったと思いますね。

 吉良市へ交渉に言った私の友人(公務員)が言ってましたよ。あの町では吉良さんは大変優秀な殿様だったのだそうですと、今も地元の皆さんに愛されていたと。
 忠義とは辞書には・・君主にまごころを尽くすこととありますね。
 その地、その地に忠義の人達が沢山いたのでしょうね。

 それぞれの地域に根ざした施政がなされて、愛される優秀な君主がいたから忠義と言う言葉がもてはやされたのだろうなー・・現在では忘れ去られようとする言葉だなーと思った次第です。

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ゴジラを生んだ日本・・

2004年11月20日天気は快晴。

 最近、深夜に衛星放送で子供の頃によく見た「ゴジラ」が再映されているのを、途中眠ってしまうのですが、楽しんでいます。見ていてふと思ったことを塵埃記に記しておきますね。また皆さんとお話してじっくりとコラムにしてみたいと思います。

 ゴジラは日本が生んだ有名な架空怪獣ですが、私は日本だから生まれたような気がしています。
なぜなら・・
大都市をあっという間に破壊してしまう。
私は日本ほど戦争で、大都市が草木もなくなるほど廃墟となった国はないのじゃないかと思いますね(あったら皆さん教えてください)。
この残像がゴジラを生んだのじゃないかと。

 またこのゴジラをアメリカとおきかえると、もっとわかりやすくなりますね。日本を破壊し尽くしたゴジラが、次の新たな破壊怪獣が出てくるとなんと日本を救ってくれるのですね。日本の都市の上で戦う強く大きなゴジラ(アメリカ)が好きなんでしょうかね。

 アメリカで生まれる映画は、宇宙人の攻撃や大自然の大都市破壊ですが、現実にはまだ都市全部が廃墟となる経験はしていませんね。アメリカ映画のゴジラは都市を破壊できませんね(傷めると言う感じですね)。アメリカゴジラは橋の上で亡くなりましたね。

 先の大戦で廃墟になったから復興がはやかったかもしれませんが、歴史的文化財は残されましたが、都市の庶民の文化は同時に焼き尽くされ廃墟と化してしまいましたよね。
 昔の庶民の精神文化も吹っ飛んでしまったのじゃないか・・日本が生んだゴジラから発せられる文化は何なんだろう。

 ゴジラ映画からそんな思いがわきましたね。こんな諸々をゴジラを通して、もう少し考察して、また塵埃記にまとめてみたいですね。
 ゴジラについて思いがありましたら・・お知らせください。

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人生・粋に感じる

2004年9月26日天気は晴れ・・夏日でした。

 本日も母校野球部の応援に早朝から行きました。相手チームも甲子園出場経験の多い私学強豪校でした。でも我が母校は優勝候補です。素晴らしい試合内容でしたが、2対1で10回サヨナラ勝ちしましたね。春の甲子園出場が見えてきました。

 呑気な私はそのまま帰らず、次の対戦相手になる試合も楽しみました。その試合も素晴らしい接戦でした。でも勝った相手チームを見て、こりゃー勝てると予想してしまいましたね。

 我が怖い山の神(愛妻)が寝たきりの母を介護しながら、商売のお店番もしてくれているのを知りながら、まっすぐ帰らず勝利の美酒だと戯れて居酒屋遊びでワイワイと騒いでやっと帰ってきました。

えいっ・・人生・粋に感じるだと・・納得させながら・・この塵埃記で遊んでいます。

意気、活き、生き、委棄・・イキで辞書を引くと沢山あります・・あえて「粋」にしました・・呑気のオッサン・・貴方はこの「イキ」ですよと教えてくださいね。

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8月にいつも思う・・23

2004年8月16日天気は晴れ。

 昨日は終戦記念日でした。オリンピックのメダル獲得の知らせがいっぱい届きましたね。日本は素晴らしい国だと思います。オリンピック選手は自分の為に頑張っている。メダルを取った感想に・・「最高に気持ちがいい!」と、個人的ですが素敵な言葉ですね。一番平和な言葉かもしれませんね。国家意識があまり介在しない。

 オリンピックも楽しんでいますが、戦争・原爆と言う悲惨な体験を持っている我が国です。この時期はそんなテレビ放送も鎮魂の気持ちを持って見ています。色々と難しい問題があるでしょうが、私の子供様な気持ちを記しておきますね。

 私はテレビ、雑誌、新聞等々で昭和の大戦の歴史を見聞きして、もし素晴らしい政治家(平和主義者)が国の舵取りをしていたら、どうなっていたかと8月はいつも思います。

 戦争で何もかもなくし、原爆まで落とされ廃墟となり、今までの日本古来の思想も否定されました。しかし自然豊かで海に囲まれて他国の干渉を受けにくいと言う素晴らしい国土と正義感が強く勤勉で働き者と言う民族です。

 そんな経験と思想を持つ日本が国として貧しくても世界には類のない、「どの国に対しても戦争は絶対に反対」と言う平和国家を目指していたならと思うことがあります。類まれな民主国家を目指していたならと・・

 昨日、テレビで「戦時中の子供達」を見ました、管理された思想なんでしょうが、目の輝きが素敵でした。誇りを持っていたのでしょうね。
 もし平和国家を目指していると言う誇りを持たせる政策をとっていたなら、今のような豊かさは手に入らなかったかもしれないが、日本が違う国になれたような気がします。個人の自由や、人の命を大切にすると言うこの59年だったらどうなっていただろうと子供様な思いが沸きます。

 夏はいつも甲子園の白球を追う純な若者達を見ながら、こんなことを思う呑気者です。

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協力?それとも干渉?

2004年8月9日天気は晴れ。

 立秋も過ぎましたが、暑い日々が続いています。甲子園、オリンピックと本年はスポーツ満載の8月となりそうですね。扇風機のまわっているテレビの前で楽しませていただきましょう。

 さて、サッカーのアジアカップですが素晴らしかったですね。私はジーコファンだからより嬉しさが増しましたね。でも過激なナショナリズムの応援が話題になりましたね。

 私は危惧します。民衆レベルであれほどの反日感情を見せつけられると言うのはですね。両国の間に色々な問題があることは両者理解していると思います。それはそれとして外交で解決して行くべきだと思います。

 危惧するのはメジャーネットの掲示板に凄い感情を吐き出しているの見て、民衆のレベルでナショナリズムをあおり敵対してゆくことですね。自由に言いたいことの言えるネットですが、相手に対する敵意の交差では何事もはじまらないし、より危険な方向に向かうでしょう。

 ネットの怖さも危惧しますね。大量の両国の民衆があおられる可能性を秘めていますし、マスコミも心配ですね。両者とも相手国の敵意を流しているだけですからね。日本の政治家の敵意の言葉や行動をなぜ流すのか私には理解できませんね。また自分の今いる立場がわからず、平気で敵意を民放の前で話す政治家やそれを面白がって流すマスコミも理解できませんね。
 そのような大切な言葉は論調として、しっかりとした文章で議論の場に載せれば良いのです。

 両国がそのようなことを(ネットのような民衆間で敵意の煽り合い)続けるのは、私は大変危惧しますね。

 平和に向かって協力し合うことは大賛成ですが、自由を振りかざして相手国を言論で干渉したり、復興の名のもとにその国に乗り込んで干渉するなんて成熟した民主国家のするべきことではないような気がします。

 個人に置き換えてもわかりますよね。成熟した人々は他人に干渉されるのを極端に嫌うはずですね。言論の自由があると言えども他人を干渉することは出来ないはずです。
 色々な犯罪も他人に干渉することで起こりますね。ストーカー、色々な妬み犯罪、ネット荒し、人の家に許可なく上がりこむ強盗等々ですね。

 この辺の節度を、我々が思いやりや優しさの中で民衆や子供達の教育に盛り込んでいかないといけないと私は危惧します。

協力?それとも干渉?・・・民主主義が成熟していると言われるアメリカを見ても未来は難しいところへ来ているのかもですね。

 我々は協力・干渉はしたくなる資質がインプットされていますからね。抑制する資質を育てるしかないかもですね。
 

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ウン?・・月収よりも稼げる

2004年8月

最近のネットで気なることが少しあります。「私の人生が変わった」・「月収1000万の億万長者」・「お小遣いを稼ごう」・「オークションで億万長者」・「ライフスタイルを変えよう」等々のサイトにぶち当たり、その内容を少しだけ拝見してしまいます。
 私も田舎の貧乏暮らしだから引かれますよね。「ネットの広告収入をあなたに」は少しは理解は出来ますが、私はネット広告をクリックすることは皆無だから、それで月に1000万円を獲得できるなんて頭で理解が出来ないのですが、ネットとはそう言うものなのですかね。

 ネットの話とはそれますが、ネットのない時代に私が今までに見てきた人達のそう言う類のお話を記しておきましょう。
 ある先輩が、最初はミシン販売(正業)、真珠販売、それからダイヤモンド、金、健康器具、健康食品等々と次々に講習を受け自分の未来設計を立て、こうすれば大金持ちになれると勉強を重ね次々と挑戦されていました。(私の知ってる限りでは25年以上は続けられたでしょう)

 その先輩は私にも勧誘にこられました。私は田舎ではある程度の人脈がありましたから、格好の人材だったのでしょうね。先輩に言いましたよ「私は自分の知識や誠意は無料でお客様に差し上げています。そのお陰で皆様に商品を買ってもらっています。悪い商品やどう見ても高額な商品は私自身が販売する気になれません」とお断りをし、「やめといた方が良いですよ。分相応と言う言葉もありますから」と言いましたね。

 その先輩は最後には、神経禿げで頭に点々と丸い禿げが出来てしまい。総ての事業に失敗されましたね。野球の応援でスタンドで出会った時に「60を過ぎて、やっとわかった。今、日雇いで働いている。やっと精神的に落ち着いた。」と仰ってましたね。

 高額な収入を得る人達は100人の内に数パーセントいるでしょうね。あとの数十パーセントの人達は搾取され貧乏(餓死することはないですね。)になるのが、経済の仕組みでしょうね。どうも私もあとの数十パーセントに入ってきたようですよ(残りの3,40%に残りたいですね>)。生活するのにお金がかかりすぎるようになってます。誰かが上手く搾取しているのでしょう。(搾取するのは国や地方自治体も入っているのでしょうね。)

 さて、家に居て何もせずネット三昧で大金持ちになれる方法やら、またやってみたけど「そんなに甘くはない。」とかご存知の方は何なりとご意見ください。
 まだまだ昔の頭でいます。ネットの本質やホームページの本質とかは正確には理解していないようなんですよ。

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蓮を見に行き、老人問題・・

at 2004 08/27 16:08 編集

6月19日天気は快晴。

 また夏の定番の花である大賀蓮の季節になりました。我が地の野池で順調に育てられ、これから沢山の大きな蓮が咲きあがります。

「オオガハス」をダウンロード
咲き出しの淡い色の大賀蓮です。

 さて大賀蓮のことは毎年記していますので、その蓮池公園での私の見たものを記しましょう。

 昨年は先輩に公園で出会いました。「お元気ですか?」と聞くと、「おうっ、会社の社長が夜逃げして倒産になって、仕事がなくなり家にもおれんからここで時間をつぶしてるねん。」と公園のベンチで寝転んでおられましたね。今年も何人かそんな方達を目にしましたね(平日ですね)。

 そんな話を写真蔵の掲示板でお友達とお話しました。その方も定年退職者なんですが、若い頃から山がお好きで花を追ってよく登られています。
 その方が「山でもそうですよ。沢山の老人(仕事を失った熟年)が1000m級未満の山を歩かれています。ただ黙々と歩いている人が多いですよ。往復3時間半を今日は3往復したと言っている人もいました。花を追っている私には到底出来ないことだ」と。

 まだまだ働けるのに仕事を失った人達なんでしょうと、お金がかからないから山で時間をつぶされているのでしょうとのお話でしたね。

 公園や山へ花達を見に行って老人問題を考えてしまいました。田舎でも目につきだしたということは都市部では大変な数になっていると思いますね。寂しいことですね。

 このまだまだ元気な人達に仕事を与える方法を考えないと今の政治だと益々増えつづけるでしょうね(団塊の世代が参加してきますね)。
 ぶらぶら時間をつぶしていることが良いことなのか、異常なことなのかの判断もつきませんね。そこに老人問題とハイテク文明社会の根があるような気がしますね。

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里山を楽しむ。

at 2004 08/27 16:05 編集

6月11日天気は雨。

 自然の話が多くなる塵埃記です。これと言った楽しい話題がないのと、世の中のニュースも明るく楽しいものがないから、塵埃記だけでも自然の面白さで紛らわせて行きましょう。

 さて、我が地の森では今ササユリが咲いています。この花は山百合とも言われ万葉の昔から詠われた日本古来の原種の花で、昔は平地から里山と至る所に咲き乱れていたそうです。今は少なくなり、各地でササユリを復活させて町興しをしようと利用される花になっているそうですね。

 そこでネットのお友達とササユリ談議をしましたところ、「ササユリと言えばピンクが相場でしょう。」となり、私は白いササユリを画像にしていましたが、「万葉の人達はピンクのササユリを見ていたのだなー」ともう一度森の中を探して回りました。驚きましたよ・・群生はしていないのですが広い森の中で点々と30花以上は咲いているでしょうが、白ばかりでピンク色のものが有りません。

「ササユリ」をダウンロード

 我が地の自然の森でやっと一株見付けたピンクのササユリです。昨年もこんなに色づいたものは少なかったと思います。万葉の人達はもっとこゆいピンクを見ていたのじゃないでしょうか。

 花の色を考えるようになりました。畦道では初冬の花の咲き始めは白色の花が多く、暖かくなるほど今度は黄色の花が多く、夏になると赤、紫、青と色づいてくるようですね。

 また花の属科によっても色を考えてしまいますね。私の知識のない浅い経験ですが、同じ科の花は色も同じ色系統が多いです。
 しかしラン科だけは総ての色を持っているのじゃないか、私が今年知っただけでも、キンラン、ギンラン、エビネ、カキラン、これから咲き出すネジバナ(ピンク)等々、それからからまわりさんから送られてくるラン科の野草花等々と花色が沢山有りますね。だからラン科に人気(超盗掘の属科)があるのかもと思った次第です。

 以上のお話はあくまでも野草花の話です。園芸は色と形が命だと思いますから配合で凄い色とりどりの花があって当然ですね。

 野草花の中にも時折に変種か除草剤のセイなのか色がなくなり白い花を咲かせるものも有りますが多くはありません。自然に咲くササユリも白い花が少しはあっても不思議ではないのですが、白色が多くなりピンクが薄くなっているのが気になりますね(環境のセイか)。
 子供の様にこれからネットのお友達と野草花の色についても考察して行こうと思っています。

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デジカメ考・・

at 2004 08/27 16:04 編集

6月9日天気は快晴。

 昨日、NHKで日本のデジカメは世界の90%のシェアーを占めており、生産も機械化せず人的効率(色々と工夫をして)を上げて生産量をあげている。また海外にもそのノウハウを出すことなく日本人だからできる器用さの技術や勤勉さでもって日本で生産して行くと。
 こうゆう人的技術を持って作り出す精密製品は日本は世界のトップでありつづけ、この産業はこれからも益々日本の利益の為に活躍するだろう。  こんな放送でしたね。

 私のデジカメ考は、安物(日本製だから優秀)のカメラでどのようにすれば素敵な画像になるのかのお話です。

 まず私達(呑気家応接室の山野草の達人「からまわりさん」)はよく花画像についてのお話をよくします。
 結論的にはデジカメの持つ特徴と言うより、私達は流しどりになりがちなんですね。なぜかと言うと花達を次々追っているわけですから、花は動きませんが花追い人の我々が動いているのですね。三脚をおいてじっくりとはゆけないのですね。花散策が主力と言うことですね。

 その為に雨や曇りや風の日はピンボケの山を築(手ぶれ、風ぶれですね。)いてしまいます。また素晴らしく晴れた日なども白い花などは白トビさせてしまいます。それでもなんとか花達を愛情を持って画像にしてやろうとします。

からまわりさんは・・愛情一本で花の生息環境の世界に入られています。花姿の全体像やまわりの景色もとり入れようとされています。その心の底には40年に渡り山を愛してこられたからだと私は思っています。画像に花に対する愛情があふれています。

 私は、身近な僅か1km四方の畦道にどれだけの種類の野草花や雑草花が咲きあがってくるのかと、ある意味で定点的観察(植物図鑑に近い状態)の花追い人になろうとしていますね。(呑気だから変な見方も、雑多のものも混じりますが)
 
 私のデジカメ画像で、本日この花を見てはっきり気づいたことがあります。私のカメラ技術や構図技術ではないと言うことです。
 花が美しいのですよ。この花も初春からズート咲いています。小花そのものが乱れがちですので蝶を入れてみたりと、なんとか素敵な画像にしようとしていた花でした。
 でもこんなに綺麗に小花が咲きそろったイヌガラシの花は初めて見ました。結論付けると花達のポーズによって、花達そのものの美しさによって私の花画像は出来ていると気付きましたよ。
 
 あとは愛情を持って、ピントを合わせて素直に撮ってあげるだけですね。自然の中だから、バックも自然任せが良いでしょうね。あれーっこりゃーデジカメ考になりませんでしたね。

 ネットの中にはデジカメ画像技能のもっと素晴らしい方達がいます。そちらの方達にお聞き頂く方が良いでしょうね。

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自然の中の楽しみ・・

at 2004 08/27 16:02 編集

6月5日天気は快晴。

 この6月2日に近くの自然の森にササユリを見に行きました。咲いているかなーと森の散策道を歩いて行きます。途中にもう一つのお目当ての花のツルアリドウシを見ます。見ますといっても5mmほどの花です。見つけ様と楽しむのですよ。ササユリ、ツルアリドウシは里山花でお楽しみください。

 森では色々な花達、木々達の花にも会えますが、キノコや蝶や蛾、トンボと画像にはしませんが(出来ませんが)、楽しませてくれます。
 ササユリを画像にする時に凄い羽音が聞こえてきて見ますと、大蜂がすぐそばにいました。凄い恐怖感を楽しみました。
 また山好きのお友達からは深い笹薮を歩いて大ダニに食い付かれ、家までもって帰ってきたと楽しんでおられますね。(楽しみではありませんかね。)

 今回、追っかけて大変苦労した蛾に出会いました。さーと飛んで4,5m前の森道に落ちるようにとまるのですが、それからが大変でしたレンズの中にと探しましたが見つかりません。足でバンバンとまた踏みしめます。また前方にさーと飛んで行き道に落ちます。また探しますが見つかりません。三度目にやっと見つけましたよ。こいつは初めて見ると言うより、見つけられない蛾だと感心しましたよ。自然の中だから楽しめる経験でしょうね。

「シンジュサン」をダウンロード
画像にするとよくわかりますが、広い森道の中ですよ、素晴らしい溶けこみ方でした。
★ネットの醍醐味です。投稿した画像に早速いろんな方達が検索ページを表示くださいました。「シンジュサン」じゃないかと・・凄いです僅か3時間後にですよ。★

Googleで蛾のページを色々楽しみました。あるページに蛾の画像を投稿して、名を知る画像掲示板がありました。たぶん名前はわかると思います。でも蛾は凄い種類でまだ新種が沢山いるとのことです。見付けると自分の名前がつくかもですね。(笑)

 あるページの蛾についての記述を抜粋しておきましょう。
 現在、日本産(北海道~沖縄・八重山諸島)の鱗翅目は、蝶類が6科で約250種、蛾類が80科で約5500種が記録されています。蛾類のうちで研究が遅れている小蛾類は、まだ多数の未記録種や新種が毎年記録報告されています。近い将来、日本産の鱗翅類全体では6000種程度にはなると考えられています

私のように子供のような質問にも答えていました。
蝶と蛾の違いは・・・
 生物分類学上では特に違いはありません。昆虫(=胸脚が3対の節足動物)の中の鱗翅目(Lepidoptera)に含まれる動物で、昼間の環境に特化して飛翔力の鋭敏な一群を蝶(Rhopalocera)と呼び、それ以外のものを蛾(Heterocera)と呼んでいます。日本語や英語では、蝶(butterfly)と蛾(moth)と区別していますが、区別していない言語もあります。成虫の形態であえて区別点を挙げるとすると、触角が異なっています。蝶の触角は棍棒状で、蛾の触角は糸状・櫛状・羽毛状など様々なものがあります。

 蝶と蛾は違いはないのですね、昼間よく飛ぶのが蝶とされてますね(知りませんでした)。蛾の中にも綺麗な蛾もいますものね。画像は有りませんが、初夏の森の中のシロシタホタルガは優美な飛び方をしますね。これも自然の中の楽しみの一つでしょうね。

 もう一つ・・モスラは蛾ですか?
 もちろんモスラは蛾ではありません。蛾をモデルにした架空の生物です。モスラが蛾と違うところは、まず幼虫の目の位置です。モスラの幼虫の目は膨らんだ胸部にありますが、蛾の幼虫の目は、頭部の横側に単眼が数個あります。モスラの成虫の口は、噛む口になってますが、蛾の成虫の口はストロー状の吸う口ですし、カイコの仲間は口が退化してありません。モスラの翅には大きな目玉模様があります。目玉模様というのは、鳥類の攻撃から身を守る役割があるとされてます。とういことは、もし、モスラが実在したならば、モスラを襲う巨大な鳥がいることになるとの指摘もあります。

 以上、青字は「日本蛾類学会」より・・抜粋させて頂きました。お許し頂けるでしょう。

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人類は成熟できないのかも・・

5月17日天気は雨。

 さて本日もネットのお友達がおこしになりLogを押して日記などを拝見しています。
 そのお友達の中に医学研究者としてアメリカのアトランタでお仕事をされている方(流生のお友達に)の日記に触発されました。

 「アメリカの正義」と題して、南北戦争を取り上げて「黒人奴隷開放」と言う大義名分の戦いのようだが北部の税収確保の為の侵略戦争であったと詳しく説明されて、この度のイラク戦争も「独裁者からイラク国民を解放する」大義名分をうたっているが、石油利権確保であり、アメリカの侵略戦争は南北戦争いらい変わっていないと記されてます。
 そして、☆「我々はもう気付くべき時を迎えている。このイラク戦争に正義などない。イラク市民の開放など、侵略戦争を正当化するための大義名分にすぎないのだ。」☆と結ばれています。

 このコラムを読んで、私は子供のような思いがグルグル頭を巡りましたよ。
 歴史の浅い今世紀のアメリカの戦争を知るだけでも、戦争とはどう考察してもどう大義名分をつけてもどちらかにとっては侵略戦争に他ならないのじゃないだろうか。
 日本の昔の歴史の戦争の繰り返し、中国の太古からの闘争の歴史、それぞれ各国の自国の闘争の歴史、近代に至る植民地政策(まだ続いている)の侵略戦争の歴史等々を見ましても、少しも人類は成熟していないのじゃないだろうかと思わされますね。

 ただ私は、「今世紀の殺戮兵器を使っての戦争は止めるべきだ」と人類が成熟して欲しいです。
 と言うのは終りがなくなるからのような気がします。なぜなら殺戮兵器に人の血が通っていない。小銃にしても打ち放つだけ、爆弾(ミサイル)にしてもボタンを押すだけ、原爆なんぞ見境なしに総てを焼き尽くすのに遠く離れた母船の中のテレビを見ながら、こんな風に考えると少数のテロ集団でも戦えますよ。映画じゃないがアメリカの軍部の中枢がテロ集団になったらと思うと怖すぎますよ。日本の歴史の中で忍者の「草」というのがあり子供の頃からその地に暮らし中枢にもぐりこむことも可能ですからね。(子供ポイのが私の頭)

 昔の兵器(刀や銃まで)の戦争は人間同士の誇りや名誉や郷土愛をかけての戦であったと思います。人と人が相対しての戦いはそこに人の尊厳(刑罰があっても虐待は少ない)が感じられた戦争歴史(終焉してますね)を残してきたのでしょう。今世紀の戦争に命の尊厳なんて感じられるはずがない。やめなければならないと思います。

 アトランタのお友達と同じですね。もうぼちぼち我々も気付かないといけないと思いますね。

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定家葛・・テイカカズラ

5月13日天気は雨。

 さて初夏の花のテイカカズラが咲き出しましたが、この蔓性の植物は我が地では嫌われものでして、荒れた空き地の大木やら空き家の土塀にびっしりと這い登ります。スクリュウのような白い花を咲かせ甘い香りもあります。
 ネットのお友達に昔にこの花について色々教えてもらいましたが、ネット検索から・・この花の事や歴史を抜粋して見ましょう。

「テイカカズラ」をダウンロード
(呑気の裏の空き家の土塀に咲き乱れる花です)
定家葛(ていかかずら).別名:まさきのかずら.
学名:Trachelospermum asiaticum Nakai(キョウチクトウ科)
万葉:つた.と有りますね。

 藤原定家に由来する花だと記している方達がいましたね。その中で☆謡曲の「定家」に由来する名前☆であるとして説明されています。

 旅の僧が京都で夕立にあい、雨宿りしたのが歌人の藤原定家の建てた亭だった。そこの女性が、葛の絡んだ式子内親王の墓に案内して、「内親王は定家と深い契りを結んだが、内親王はすぐ死んでしまったので、定家の執心が葛となって内親王の墓に絡みついてしまった」と語った。
 その女性は、じつは内親王の霊で、旅僧が読経し成仏できて喜んだとのこと・・と記されていましたね。

 また別の方は定家が内親王に執拗にせまりましたが、40年も先に内親王が亡くなっており、定家の死後に内親王の墓に絡み付いて「定家葛」と呼ばれたのなら、定家は可哀想な単なるストーカ男にされてしまったと記されてましたね。(面白いですね)

 万葉にも詠われていますね。「延ふつたの」の「つた」はテイカカズラを指しているそうですよ。
 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我か恋ひむな
旅なれば 君か偲はむ 言はむすべ せむすべ知らず 
延ふつたの 行きの別れのあまた 惜しきものかは … 作者不詳  『万葉集』巻十三3291長歌の一部 ・・意味は調べて見てください。

 またネットのお友達から伊勢神宮の中の1000年木に凄いテイカカズラが這い登っていましたのお知らせ頂きましたが、ネット検索でこんな記述を見つけましたよ。

 ☆「テイカカズラ」の中には、しばしば赤変する葉がまじります。それをマサキノカズラと呼び、神聖な植物と考えられています。今日でも、伊勢神宮の大祭にはマサキノカズラの枝が使われます。☆

 この時期、荒れた里山周辺で見られるテイカカズラもこうやって見ますとエピソードや歴史のある花ですね。

 ネット検索の記述に助けてもらった塵埃記になりました。ネットの文章を引用しました。お許し頂けるでしょう。

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