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プロ野球再隆盛への呑気な戯言。

2005年5月22日天気は雨。

 我が畦道や池の土手の野の花達は、田植えの準備で昨日をもって、すっかり刈り取られました。野の花達は人との共存で咲きあがりますね。放置して大草が生え放題だと、小花達が日を受けられず咲きあがれませんね。刈り取られましたが、夏の野の花達が出番を待っているようですね。

 プロ野球はセパの交流戦で人気の盛り返しをはかっているようですね。新鮮味があって面白いと思いますね。もっと前からやってほしかったですね。
 
 さて、私は常々プロ野球の再隆盛や今後の発展を願って色々と思うことがありますが、戯言を塵埃記に記したくなりました。

 それは、大リーグに総てにおいて対抗すべきだと思います。国の大きさから球団数は致し方ないとしても、球場やマイナーリーグは充分に素晴らしい施設や組織作りは可能ですね。
 球場は人工芝ですが、素適な球場が増えてきましたね。マイナーリーグも四国リーグができたりして増えていく様相ですね。

 次に実力なんですが、私は充分に対抗できると思っています。ただ大リーグの様に世界のアスリートを巻き込まないと行けないと思います。日本人選手を優遇では、とても大リーグに対抗できませんし、良い選手を持って行かれるだけになりますね。

 どうすれば良いかは、マイナーリーグ(四国リーグ)や二軍で世界から将来有望な若い選手を獲得して育て上げるのですね。こうして日本球界に3年プレーすると外人枠をはずしてあげるのですね。日本の若い選手達も世界の若者達との競争社会ですね。

 チームが外国人選手ばかりになると思われるでしょうが、私は日本人選手は素晴らしいと思ってますから、決してならないし、なったとしても半分だと思っています(面白いチームなる魅力がありますよね)。

 また日本人選手は大リーグで活躍できる選手は多いです。日本で育った外国人選手も大リーグで活躍できる選手が出てくるでしょう。その時は同じ実力の大リーグの世界の選手と交換するぐらいになって欲しいのですよ。

 本当の実力や華麗さやスピード持つアスリートのプレーを観戦してこそお金を払って見るプロ野球ですからね。人種関係なく楽しむのがプロ世界を見ることですね。そうする事が、真の国際人の日本となるような気がしますし、大リーグに対抗できますね。

 西武の松坂投手を筆頭に大リーグでもトップクラスの選手として活躍できる選手が沢山いますが、私はその選手が大リーグに行くのなら、同等の実力がある世界の選手とトレードの形をとって欲しいです。お金を払って見たい選手をもって行かれるのはプロ野球衰退の原因ですが、同等実力の外国人選手なら見たくなりますよね。(年棒の問題もありますが、魅力のある選手なら観客を呼べると言う思想がプロ野球ですね。)

 日本の実力選手との同等トレードによる外国人選手は外人枠からはずす、こうするとチーム力もあまり落ちないですね。また楽天球団が大変なことになってますが、外人枠を増やしてあげればよかったですね。新球団は底辺が脆いですから、自軍の育成選手が育つまではですね。

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野草花の画像の難しさ。

2005年5月12日天気は雨。

 野の花達が咲乱れる季節ですが、本日は雨で愛犬と野に出れません。そこで塵埃記をすすめることにします。

 野の花達や里山の木々の花達をデジカメ画像にして集めて楽しんでいるのですが、花達をどう美しく画像にしてやれるかと言うことも思案しながら、デジカメで遊んでいますね。

 野の小花であっても、花だけに近づいて近写でアップ画像にするのが一番美しいかもしれませんね。なぜなら花自体は園芸の大花と大きさが違うだけで、同じ花ですからね。

 あるネットの野草花に詳しい方が「花そのものは、人なら性器を撮っているようなもので、人の姿の違いの素晴らしさを撮っているのじゃないのじゃないですか。」とこの言葉に、以前から抱いていた野草花を画像にする難しさを一段と思い知ることになりました。

 草花や木々の花達は、草姿や木姿が本来の花達の手足であり、花は言われるように子孫繁栄の性器なんでしょうね。
 でもデジカメで楽しんでいる皆様もご理解頂けると思いますが、草姿、木姿を撮りこむことはデジカメでは大変難しいですね。
 近写してクリアーに美しく撮ってやりたくなりますよね。でも草姿そのものの美しさも捨てたものでもないですね。まあ思考錯誤して楽しむしかないと今のところ思っています。


イヌガラシの花なんですが、この雑草を草花らしく画像にするのは難しいです。花弁がいつもグチャグチャで、出来るだけ近写しないと花そのもの持つ美しさは見てもらえない誰も見向きもしない雑草花ですね。出来るだけ花そのものに近づいてみました。


同じイヌガラシです。草姿も撮りこもうとしています。ほんとは草丈は30cmほどあって、花は5mmほどなんですが、この画像でも全体像ではありませんね。全体像も画像にしましたが雑草そのものになってますね。
 イヌガラシはアブラナ科で、芥子に似ているのですが、食べれないから犬の名前がついています。

 この二枚の画像で皆さんはどちらの方を残されるでしょうか、私は悩みましたが、草姿の方を選択しました。これからも悩みますが、後年に図鑑やらパソコン検索で遊びたいですから、できるだけ草姿を撮りこもうと努力しようと思います。
 その上で、相手にされない雑草花を美しく撮る楽しみを味わいながら遊びたいと思います。

追加・・もっと難しいのが咲いている環境の素晴らしさですね。こりゃーカメラマンのカメラでも難しそうですね。NHKの自然ドキュメンタリーのハイビジョンカメラに任せますかね(笑)。

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県立社高校野球部・春の県大会・優勝

2005年5月6日天気は雨。

 この連休は素晴らしい母校の野球部の応援の日々でした。着実に実力をつけてきたチームは準優勝は過去に二度経験していましたが、念願の優勝を成し遂げてくれました。大変嬉しいです。昨晩は祝勝会ではしゃぎすぎの飲みすぎに成り果てました。

 プロスカウト達が注目の大型左腕エースが大活躍してくれました。一回戦は三振の山を築き完封。ニ回戦は外野へボールを飛ばさせない投球で七回を0封、準決勝は5回を投げパーフェクトピッチングで0封、決勝は要所を押さえて、打撃が自慢の私学実力校の育英高校(春の選抜出場)を完封しましたね。この大会を失点0で投げぬきました。

 また打撃の方も、県立高校らしく小粒ですが、元気にむかってゆき、塁上を駆け巡る姿は素晴らしいものがありましたね。また若者達に感動を貰い、素適な思い出になりました。
 選手達ならびに監督や指導者達に感謝の気持ちでいっぱいですね。ここで「ありがとう」と言っておきましょう。

高砂球場や明石球場に応援に向う道すがらの木々の素晴らしさも楽しみましたね。今年の連休は大変良い思い出になりました。

 さあ、すぐに夏の選手権大会がはじまりますね。また楽しみが大きく膨らみました。応援に供えて、野の花達を眺めて、心を清める日々に戻りましょう。

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人災になりそうですね

2005年4月27日天気は晴れ。

 尼崎で悲惨な電車事故が起こってしまいましたね。もう少し報道を見て塵埃記に記そうと思いましたが、あまりにも悲惨ですので、今の時点での思いをぶつけてみたいと思います。

 その前に、まだまだ人命が失われる状態ですが、亡くなられた方達に心からご冥福をお祈りすると共に、ご家族や知人の方達に心からお悔やみを申し上げます。

 事故原因はこれからですが、今のところは人災ですね(私が思うに)。過密勤務に耐えられない精神的に脆い(不安定な)現場労働者と、営利主義に走り過密勤務を押しつける管理能力者達の不能力(配備していたら、事故を防げた簡単な装置もあったようですね)の二つが大きく浮上していますね。

 この二つの人災による事故と判定されると大変に怖いですね。また起こる可能性を充分秘めています。日本の鉄道の安全神話が人によって崩れますよ。

 ある解説者(テレビコマメンテェター)が言ってました。「もう運転手がボタン一つ押すだけの仕事の電車にするしかないだろう」と。

 慌しくセカセカしたあえぐ時代で、庶民が精神を病む世を作ってしまったようですね。まあこんな世にした政治家を選んできた我々にも責任があるのでしょうね。

 でも深く考えると総てをハイテクメカ依存したとしても、安易な人達が頼り切っていると故障が出た時には、これ以上の事故を経験せねばならないのが我々庶民かもしれませんね。

 管理も含めた人間の能力や世界に誇る日本の鉄道のハイテクメカのことを大変考えさせられる悲惨な事故だと思いますね。

 子供達が利用する時間帯でなかったことが、私の心には唯一救いのようだと記しておきます。

あっそれから、置石であっても人災ですね。これはないと思います。これが原因なら、もう電車には乗れませんよね(大変な世ですね。)。鉄道員が並んで見張りをしてくれない限り。

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呑気も疲れます。

2005年3月26日天気は晴れ。

 さて母の葬儀から、今夜で三逮夜目ですね、町内の方達がお参りに見えますね。土曜日ごとに逮夜がやってきて、七逮夜で7×7=49で、四拾九日の法要が終わるのですね。

 色々な雑事に追われていて、塵埃記も文章が短くなり、簡素化してますね。これは致し方ないと思います。楽しい話題を提供したいのですが、とても頭がそちらの方には回転しませんね。

 そうこうしていると、昨日疲れがピークに来たのか、一日中寝込んでしまいましたね。(こんなことはじめてです。)そこでどんな疲れなのかを記しておきましょう。

 風邪のような症状もあります。(風邪をひいて寝込んだことはありません。)花粉症のような目がショボショボしますが、痒いほどではありません。(花粉症も今まで経験ありません。)
 性質が悪いのは、「なんにもする気が起こらないのですね。」・・無理に寒い中を愛犬との散歩に少し行きましたが、デジカメ画像は全部ピンボケでした、集中力がまったくなくなっているのでしょう。

 体はどこも痛くも痒くもありません。ただ昨日布団の中で寝ていると、ズーと眠ってしまうことですね。(こんなことも経験ありません。)

 一番に気になることが、酒が飲めなかったことですね。(こんなこともはじめての経験です。妻が驚いてましたよ。)それと、お腹は空くのですが、食事がなぜか美味しくありませんね。(私は作ってもらった食事を不味いとは言わないようにしています。これからも言わないつもりですね。)

 さてさてと、快復方法なのですが、風邪、花粉症なら、暖かくして大人しくしていれば良いですね。
 ストレスのようなものから来る頭(心)からの症状なら、もっと簡単ですね。考えをきり返るか、「どうにでもなれー」と開き直れば良いでしょうね。

 まあ呑気者も疲れると言うことで、この書き込みを見ると、自分でも大丈夫なような気がしてきました。ただもっと明るくなるのはもう少し時間が要るでしょうね。

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仰げば尊し・・

2005年3月17日天気は雨。

 日々の流れが早いです。母を送ってからあっと言う間に10日が過ぎ様としています。今日の新聞を読んでいて、ふと思ったことで塵埃記をすすめようと思います。

 卒業式のシーズンですね。その時の定番の歌がありますね。我々の子供時代だと「蛍の光」と「仰げば尊し」でしたね。現代は色々と各地で新しい卒業の歌が歌われているようですね。

 私は「仰げば尊し」がなぜか大好きなんですよ。古い映画などで、懐かしいシーンのバックにこの曲が流れるとぐーっと涙がこみ上げてくる時もありますね。やんちゃな小学生や中学生の時に、恩師にこっぴどく叱られたことやよく遊んだ友人達を郷愁のように思い出しますね。

 叱られ諌められた恩師達には感謝の気持ちで、今もいっぱいですね。そんな感情もあり、この歌の出だしの「仰げば尊し わが師の恩・・」と聞こえると胸に迫ってくるものがありますね。

 私事を書いてきましたが、団塊のおやじが何を言いたいのかと言うと、「仰げば尊し」からライブドアのホリエモンさんが、浮かんできてしまったのですよ。
 親、恩師、先輩、目上の人達等々と敬わなければならない時代に育った私は、今の時代で若者達(ホリエモンさんだけじゃないですね。)がこのことを乱してしまうことが、大変心配になっています。人の道のバランスが崩れるのじゃないかとも思えるのですよ。(家族崩壊、教育現場の崩壊等々)

 米国社会の自由が、我が国にも横行していますが、よく見つめないと安易な(身勝手な)自由だけを取り入れてはいけないと思いますね。
 しかし米国もスポーツ、ボランティア、各界での功績のあった人達は、我が国では想像できないほど敬い、後世に偉業を称えようと残そうとしていますね。ある意味で目上の人達を大切にすると言う、人の道の重要なバランスをとろうと、民衆自体が努力をしているのでしょうね。

 まず心に相手を敬う気持ちから入らないと、見下していては会話も御付き合いもないですね。
 「仰げば尊し」(過去の帝国主義の歌だと言われていますが、私は笑ってしまいます。)はまだまだ歌われているようです。私は、「頑張ってくれよ」と応援しておきましょう。

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お葬式・・母をおくる。

2005年3月10日天気は晴れ後小雨。

 この3月7日の夜にながく寝たきりで患っていました母(享年88歳)が亡くなりました。その一部始終を塵埃記に残しておきましょう。

3月7日午後五時・・食事がすすまなくなった母を、係りつけのお医者様に診てもらいました。どこも悪いところはないですとの事で、スープ状の缶詰の食事を医者から貰いました。

3月7日午後7時40分・・妻と息子と一緒に母を見ていましたが、あっ、あっ、と声をあげまして、あとはぐっすりと眠ってしまいました。どんなに呼んだり、ゆすったりしても目を開けてくれません。すぐに係りつけのお医者様(ご近所です。)を呼んで対応しましたが、8時10分に旅立ってしまいました。老衰だとのことでした。

3月7日午後9時・・町内会長に来ていただき、明日からのお葬式の相談をする。遠くにいる身内に知らせる。

3月8日朝・・午前中に町内の方達と今後の話をして、葬儀等々を町内の規則にのっとって行っていただくことに決定する。役場への死亡届や檀家のお寺様にお通夜と葬儀の日時を町内の方達に決めていただきました。

3月8日午前11時30分、枕経・・お坊さんが来て、母の枕元でお経をあげてもらいました。

3月8日午後4時、湯灌・・葬儀屋さんの専門の方が来られて身内のもの達が母の体をふいた後、納棺をする。

3月8日午後7時、お通夜・・お寺本堂で約1時間、大勢の方達に参加いただきました。

3月9日午後12時30分お葬式・・お寺本堂で約1時間。参列の皆様にお礼のご挨拶をして、出棺。

3月9日午後2時火葬場斎場へ・・身内のもの達とお坊さんのお経を唱えてもらいながら、火葬。

3月9日午後3時、髪納め・・母の髪をお坊さんがお経を唱えながら納める。仏様に髪を切って、出家しましたとのご報告らしいです。(お寺本堂で)

3月9日午後4時30分、骨揚げ・・母の骨を竹ばしで骨壷に納める。祭壇の準備完了。

3月9日午後5時・・町内の方達にご詠歌を歌いあげてもらう。

3月9日午後6時・・身内の者達でご詠歌を歌い上げる。

3月9日午後7時・・母の祭壇の前で、身内の者達と宴会、わいわいがやがや延々と続き、終わったのは3月10日の午前3時でした。

3月10日午前10時・・お寺さん、ご町内の皆様にお世話になったお礼のご挨拶回り。

3月10日午前11時・・疲れてしまい、お昼寝になってしまいました。

今晩から、4月24日まで、毎晩、ご詠歌を母の祭壇の前で、鐘を叩きながら、妻と時々息子と時々友人達がきて歌い上げて過ごします。
土曜日ごとに身内の者達と逮夜の法要ですね。

この後、四拾九日の法要、花まつり、等々と色々と続き、初盆までなだれ込んで行きます。

 葬儀をしてもらった若い仲良しのお坊さんが、言ってましたよ。「悲しんでいる暇がないように、色々とあるんですよ。」と

まあ田舎ですので、ぼちぼちとやって行けば良いと思いますね。

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緊張感

2005年2月27日天気は曇り。

 月日の流れが早いですね。もう2月も終わってしまいますね。さて塵埃記をすすめましょう。アトランタから発信の方のページに愛娘さんが通っている空手道場風景を拝見して、アメリカの自由奔放な子供達が、武道と言う緊張感を感じて遊んでいる姿を見てふと思いました。

 武道の鍛錬には、気を抜くと大怪我をすると言う危険性の高いものですね(まあ他のスポーツも同じなんですが)。緊張感を持って取り組まないといけないと言う側面がありますね。

 そのことから、最近の日本の世風を見ますとこの緊張感がほとんど感じられませんね。政治、官僚、会社経営のトップ達は金銭に踊らされて、また金に目がくらんでいるのか、身を賭して難局にあたると言う緊張感が感じられませね。

 昨日H2A7号機ロケット打ち上げが成功しましたが、緊張感がありましたね。日本人の美徳の中に恥ずかしがりやだが、物事に緊張感を持って取り組めると言う素晴らしい素養のある民族ですよね。まあオリンピック等々で、あまりの真面目さゆえの緊張感で押しつぶされてしまうこともありますね(懐かしい日本人ですね。)。

 でもリラックスすると言うのはスポーツの世界では良いでしょうが、世のリーダー達がリラックスしていては堪りませんよね。教育にしても、欧米の真似をして楽しく学ぶと言うのも良いでしょうが、日本古来の武士道の持つ緊張感も教えて欲しいですね。世の中は武道よりも、もっと複雑で危険に満ちた世界になってきてますからね。

緊張感から・・キンチョウと辞書を引きましたよ。

金打(キンチョウ)・・①江戸時代、武士が誓約のしるしとして両刀のつばをうち合わせて音を立てたこと。②約束を守ること。

緊張(キンチョウ)・・ひきしまること。

謹聴(キンチョウ)・・①つつしんできくこと。②真面目に注意してきくこと。

 キンチョウと言う言葉が、忘れ去られていたのかと思うほど、大切な言葉なんだなーとつくづく思いましたね。蚊取り線香にもありましたね(笑)

 私もキンチョウを肝に銘じて、日々を過ごさないといけないと思いましたね。リラックスする呑気な時間は時間としても、ネット交流にしろ、お友達の御付き合いにしろ、商売にしろ・・「キンチョウ!」と刀のツバをカチンと鳴らさないとですね。

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季節感

2005年2月22日天気は晴れ。

 上記のココログの塵埃記にも記したのですが、竹林が今の時期は綺麗です。旧暦のお正月の縁起ものとして松竹梅がありますが、梅の時期は竹、松も見ごろなのでしょうかね?。

 そこで竹にちなんで、私のページのウンチク(うん竹)を少し記したいと思います。季節感を楽しんでいただく、まあ私自身が一番楽しんでいるのですが、日々がどんどん流れて行きますが、四季の自然を目にすることで悦びを感じることですね。
 昔の帝、皇族、武将、殿様、偉人、商人、庶民達は俳句や短歌等々を季節ごとに集まり自然を愛でていた、それと同じことをデジカメ遊びでやりたいのですね。

メニューで・・

「畦道の小花達」は、一番新しい毎日の身近な自然を追っています。3年を超えますから削除した画像の方がはるかに多いです。ドンドン差し替えて行きます。今の季節の自然を楽しんでください。2ヶ月ほどの間のその季節の自然を掲載しています。

「草花達人部屋」・・ぶちょうほう様と言うお友達のページですが、まったく同様で日々、その季節に咲きあがった花達で、季節を追いつづけているといっても過言ではありません。その上に山岳野草花が登場します。送られてくる全画像を掲載することは不可能です、もう何千枚となっています。この方も同じで、季節の旬の花を皆さんと一緒に愛でたいの一心だと思いますね。季節感なんですね。

「里山花と色々」・・同じです。里山や沿道の季節の花を掲載しています。昔の歌人は身近に見ていたと思います。これも削除数の方がはるかに多いです。春、夏、秋、冬と分けたぐらいで季節のものだけ掲載しています。

呑気な夕焼け・・毎日の夕焼けを3年以上掲載を続けています。これも四季の季節の違いがわかるのですよ。

呑気写真蔵・・ここは過去に出会った花達を、私のお気に入りだけ整理しています。年々画像を差し替えています。もっと確りとした整理にしたいのですが、私の画像には遊び心が入りすぎて、植物図鑑には無理ですね。一挙に季節感を味わっていただくだけですね。

 長いウンチクを記してしまって、一寸気をつかってしまいましたが、季節の変わりが感じられなくなった都会の方達や地方で自然を楽しんでおられる方達と、長い日本列島の季節の移り変わりをネットで楽しめたらなーと思っています。

 今は梅ですが、すぐに桜がやってきます。清貧の世界にいても季節の自然は無料でやってきてくれますよね。そんな安物のページをも目指したいと思いますね。

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ネット交流は生身の交流です。

2005年2月18日天気は曇り。

 今日のネット交流は悲しい出来事を知ることになりました。金沢から、お酒好きのページを発信されていましたお友達のことです。私とは四年前ぐらいの簡易ホームページの初期からの御付き合いで、居酒屋、プロ野球、高校野球と楽しい交流でしたね。金沢で一緒に飲みましょうとも言ってくださってました。

 その方の掲示板にご家族からと思われるご丁寧な交流のお礼と、この2月4日に永眠しましたと記されていました。

 私は、ネット上ですので、なにかのいたづらか、間違いであって欲しいと願って静観していました。日が経つにつれ、気になり、問い合わせの書き込みをしてくださったお友達がいましたね。その問い合わせの書き込みに、また丁寧なお返事があり、心筋梗塞のあっという間のお別れだったことを知り、ネット上ですが、お悔やみを申し上げておきました。星になった彼はネット上ですが、よろこんでくれていると思いますね。

 昨年の暮にもネットのお友達で猫が大好きなお方が、愛猫の葬儀をすまされたあと、愛猫を追うように亡くなられましたね。この方とも楽しい交流でながく遊んでいただきました。先立たれたお二人のことは寂しく残念なことですが、こればっかりはどうすることも出来ないですね。(昨年前半にはピアノの天才少女も先立って行きましたね。可愛いお茶目なネット友達でしたね。)

 このようにネット交流も電波上の相手の顔の見えない交流ですが、心や言葉で充分に理解し合え、機械的にキーを叩いての交流ですが、叩いているのは生身の人なんですね。病んだり、悲しんだり、怒ったり、笑ったりで最後はお迎えが来る生身の交流なんだなーとつくづくと思いましたね。

 また暫く交流が途絶えていても、ページにお伺いして元気な近況を記されていると、嬉しいものですね。「いやー、年賀状か暑中見舞いのようになってしまいましたが、お元気な日記で安心しました。今後ともよろしく。」とこんな感じも交流なんですよね。

 これからも、つまるところは生身同士なんだから、ネット交流を大切に育んで行こうと深く思いましたね。

 ネット友人のご冥福を深くお祈りします・・合掌

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春がそこまで来ている

2005年2月14日天気は快晴。

 商店街がお休みで、風もなく暖かい天候で、いてもたってもおられず、車を出して少し田舎道を走ってやろうと動きました。

 まずは我が地の茶畑から里山風景を楽しみました。細い道が続くが総てコンクリートで走りやすい田舎道をグルグルと花探しです。農家の庭先に「おうっ、花だな」と車を止めて近づいてみる。黄色の変わった花姿のマンサクを見つめて楽しみました。

 少し里山を歩こうと、自然公園の駐車場に車を止めて、まず近くの木蓮の莟を楽しみました。少し入ると木名はわかりませんが、少し赤見がかった実を木全体にぶら下げている木姿を楽しみました。白いアセビが満開に咲きあがっている木を「おまえは早いなー」と眺めすぎて行きました。

 里山の中は、人影はまったくありません。そうだ、木々の芽吹きを楽しもうと歩きました。芽吹いている木々を見ながら、一人歩きの醍醐味を味わいました。

 帰り道に暖かさに誘われていつもの散歩道の近くを、まだまだ芽吹いていないだろうが、ネコヤナギが気になって川原を歩いてみました。なんとネコヤナギがほころんでいましたね。そのネコヤナギと川原あたりを見まわしながら、「春が来ている。今年も花達に遊んでもらえるなー」と心でつぶやいて、我が家に帰ってきました。

 なんの変哲もない、どこにでもあり、誰にでも出来る簡単な自然との出会いだが、私にとっては孤独を楽しむ素敵な一日だったことは確かで、心が落ち着きました。

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呑気なアイデア・・

2005年2月

また寒くなってきました。三寒四温と言うのでしょうか、こうやって寒くなったり暖かくなったりで春がやってくるのでしょうね。

 さてネットのお友達との交流で、介護保険制度や少子化での今後の老人問題等々でお話することが多くなりましたが、私の呑気な思いを簡単に塵埃記に記しておきましょう。

 私は長年にわたって親の介護をしてきました。もう15年になろうとしていますね。そんな状態から見た思いなんですね。

 最近、介護や福祉関係に携わろうとする若者達が増えてきましたね。安定した給料を得られる制度ができ、また商売としても面白い事業と考えられて民間の業者も増えてきていますね。
 でもまだまだはじまったばかりですね。私の経験からですと、「疲れる」と言う言葉が出てくるのはこれからですね。
 若者達に老人介護好きが増える世の中も可笑しいと思うし、また老人介護で民間の営利事業として儲けると言うのも可笑しな話しだと思いますね。

 呑気なアイデアとしては、老人は老人達で介護し合うのが良いでしょうね。元気な老人が弱った老人を支えるのですよ。献血のように元気な老人がボランティアで介護支援をすると、介護される時に恩恵を受ける。また年金生活で仕事はないが元気な人達がパート的受給で介護にまわるのですよ。若者達より忍耐強い介護が出来るでしょうね。

 もっと呑気なアイデアは、徴役制度(徴兵は反対ですよ・・懲役じゃないですよ)ですね。60歳ぐらいから65歳くらいまでの1年間(期間は飛び飛びでもよいでしょう)ほど徴役されるのですね。1ヶ月は介護訓練と自分自身の健康チェック期間ですね。あとの11ヶ月を地域の介護福祉に携わるのですよ。この期間の収益を自分自身が介護される時に使うのですよ。
 徴役を逃れようとする天下り役員や政治家が出てくるでしょうね(笑)。

 呑気なアイデアですが、こんな突飛な思いが浮かぶほど、介護保険制度も金銭主義的になりそうで「貧しい者はさっさと消えろ」と言う風潮になり、また精神的に閉塞(糞詰まり)した今の政治や世の中を思うあまりの塵埃記でした。

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ドラムの遠吠え・・

2005年1月27日天気は曇り。

 もう本年も一月が流れて行きますね。早過ぎるような気がしています。これは50歳を超えてからものすごい速さで流れている感じがしますね。皆さんはいかがなものでしょうね。

 さて、最近ドラムとの散歩で困っていることがあります。おそらくご近所の雌犬ちゃん達の発情の時期だろうと思いますね。いつもなら、私の少し前をトコトコ歩いて行き(首輪の出来ない犬です。)、畦道は疾走して、私が花探しをしているところを行ったり来たりして、つかづ離れずのような状態で散歩をするのですが、この数日はドンドン畔草の匂いを嗅いで先へ先へ行ってしまいます。まあ年に2回ほどのことですね。

 帰り道で待っているとぐるーとまわって私のところへは帰ってきますがね。またドラムは散歩で他のワンちゃんと出会っても、吼えたり、攻撃したりは決してしませんね。首を傾げて見ていまして、相手に吼えられると一目散に逃げて私のところに飛びついてきます。目の開かない小さな頃に貰ってきたから、自分が犬だとは思っていないのかもしれませんね。

 それから我が家の中では、ご近所の雌犬が近くを散歩していると、洗濯干し場にあがってなんとも言えないセツナイ遠吠えでなくのですよ。恋をしているのでしょうね。
 でももう五歳半になりますが、童貞なんですね。可愛そうですが一生童貞で辛抱してもらいます。
 あの味を覚えると雄犬は、その季節に大変あつかいが難しくなりますね。前の犬がそうでしたね。(目を離したすきに出て行き、丸一日帰ってこずに、傷だれけになって帰ってきていましたね。)

 ドラムはもう大丈夫だと思います。3歳、4歳ぐらいまで、セックスを知らないでいると大丈夫だと聴いたことがあって、いままでその季節は注意して、ドラムを監視していましたからね。

 あと数日の辛抱だとおもいます。今、また夕焼けを見に行こうと外に出たがって、くるくるまわって催促してますね。勝手な行動をとるから連れては行きませんよ。

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沢山の町役があり、困ったものです

2005年1月17日天気は曇り。

 昨日の初参会(初談会)で田舎の新年からの諸々の行事も一通り終わりましたね。私も4年間の町役からやっと交代することができましたね。

 我が町内は老齢化がどんどん進み、後を継ぐ若者達もいなくなりましたね。17軒ばかりの町内なんですが、町内会長を決めるのが大変になってきました。私が一番若い年齢だから私まで町役を下ろしてしまったら、次のなり手に困惑してしまいました。順番制が難しくなってしまいましたね。
 若者がいないから、また80歳近い長老のところに戻ってしまいますね。これには無理が出てきましたね。とにもかくにも、新しい順番制を模索することになりました。

 それにしても、町役が多いですよ。民生、土木、花と緑、老人クラブ、体育、体育推進、交通、防犯、子供会、婦人会、社会福祉、等々(他にもありますね)の役員とその上に大役の区長、副区長、会計、監査等々ですからね。
 我が町内だとほとんどの方が何がしかの町役があったってしまう状態ですね。

 大きな町や市とが合併の話が盛り上がってきていますが、小さな町内も合併を考えないといけないでしょうと私は意見を述べておきましたね。

 昨日も長老達から、我が町の歴史などを聞かされましたが、「昔は呉服屋さんがこの町内に10件もあった。今は1件になってしまった。」とか、「これからまだ、廃業が続くだろう」との話ばかりで、老齢化による町の衰退はとめられないだろうの結論になってしまいましたね。

 悲しいことですが、これも私の歩んで行く人生だと思っています。確りと今後の町の成り行きを見届けてゆきたいと思います。またそのことを拙い文章で残せたらなーとも思っています。
 若者達に田舎の対面販売の小売業の面白さを発信したいのですが、そんな時代はダイエーさんや西武さんや量販店が潰してしまいましたね。

 まあ呑気者がこれから、歴史的な観点になってしまうかもですが、小売業の面白さを発信してやろうとも思ってますよ。

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さー呑気な日々に戻りましょう

2005年1月12日天気は曇り。

 戎さんも終わり、あとは初談会(1/16)を残して新年の田舎の行事は終わりますね。
 私は呑気を模索して、このHPを細々と紡いでいますがページも呑気な日々を取り戻しましょう。

●暢気∥呑気(名・形動ダ)・・①心配や苦労のないこと・気楽②気が長いこと③気にかけないこと(無頓着)と辞書にありますね。

 私は人生の最大の友をお酒だなーと思ってますから、「呑気」の字をハンドルネームにしましたが、この心境に到達するのもまだまだ難しいものだなーと感じていますよ。

 でも愛犬との広い田園地帯での散歩の時間(1時間足らず)は、誰も見向きもしない農家の嫌われものの雑草花と遊んだり、青空の下をぶらぶら何も考えずに歩いたりで呑気になれますね。

 呑気な散歩での遊びを少し記しましょう。

 愛犬ドラムは頭より首の方が太い犬でして、首輪が外れてしまいます。ですから放し飼いなのですが、決して自分勝手な行動はとらないのですよ。ですが畦道だけはなぜか疾走します。この走っている姿をデジカメで画像にするのがなかなか上手くゆかないのですね。凄いスピードで走りぬけますからレンズに入らないのですよ。(何度も失敗していますね。)

 上の画像も元の画像では端っこに小さくやっと写ったのですが、画像を切り取ってやや真中に持ってきたのですよ。また挑戦してみますね。こんな感じで呑気を模索してゆきたいと思いますね。↑のココログの塵埃記にも散歩道の風景を掲載しました。
 皆さんにはクスクスと笑って和んでいただければ、大変に幸いですね。

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介護・・

2005年1月5日天気は晴れ。

 我が86歳の母が今朝、緊急入院しました。本日あたりから、ネット交流をいつもどうりにぼちぼちとはじめ、皆様と今年も楽しいネットライフをと思っていましたが、ままにならなくなりました。沢山の明るい書き込みや素敵な画像等にお返事やレスをなんとかと思いますが、どうも暫く余裕が出来ないかもしれません。
 なんとかと思っていますが、出来た人と出来ない人ができてしまうと思います。ひらにお許しいただきたいと思います。

 母はこの5年(入院も数度)はベットの上で食事がとれるだけの寝たきりで在宅介護をしていました。亡父(4年前)は食事も介護の完全寝たきりで8年間在宅介護しました。(母も同時進行でしたね。)
 亡父の時代から続く在宅介護ですが、福祉医療の発展ぶりを見つづけてきています。車椅子、ベット、デェイケアー等々、ドンドン使い安く介護人の苦労を少なくする機種や医療になってきています。そんなことも今後に発信できればと思っています。

 母はたぶんまた我が家に帰ってくるでしょう。その時は野に咲く花と同時に、諸々の苦労が日々押し寄せてくる人達に「大丈夫ですよ。山より大きな猪はでない。今日の苦労は時間(明日)が解決しますよ。」と笑い飛ばしていただけるようなコメントをお届けしたいです。

 そんなこんなでございます。皆様よろしくでございます。

 それにしても我が人生も滅び行く商店街の諸々の問題や行事、介護生活の乱れ、不景気の荒波と色々と押し寄せてきますねーー・・ここが些細な人間力の発揮のしどころかもしれませんね。
 大変な災害にあわれた方達(亡くなられた方達)や世界の飢える子供達を見ると、なんてことはないですね。

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