カテゴリー「G過去記事2005下」の記事

本年最後かも?・感謝を込めて・・

2005年12月28日天気は曇り。

 酉年の本年も押し詰まって来ましたね。鳥年らしく色んなことがあり、私はバタバタした1年でしたね。

 簡易ホームページを作ったのが、2001年の3月からですから、もう5年が過ぎ様としています。当初からの古いお友達とは、早いもので4年から5年のお付き合いになっているのですね。本年も新しいお友達も沢山出来ました。大変感謝しています。

 ネット交流をどのように続けてゆけば良いのか、最初の頃は色々と考えさせられることが多かったです。

 お友達からの暖かいコメントや花談議をしていただくことや、自然の中の野の花を追うことによって、野の花のように「さりげなく」と言う姿勢が良いのじゃないかと、なるべく努力してきたつもりです。

 これは大変難しいと言うことも感じながら交流しています。言葉はある意味では相手の心を攻撃する武器にもなりますからね。
 ネチケットとか言う、マナーも当初はよく読みましたが、心の交流の中にインパクトのある言葉がないとだらだらと流れるてゆくだけになることもありますからね。

 そこで、色々な様式が出てきましたね。まず画像投稿ですね。デジカメの普及で画像で表現しながら、お知らせしたりで言葉のインパクトから目にインパクトをあたえて交流を楽しめるようになりましたね。素晴らしいことですね。ほとんどと言って良いほど美しい画像ばかりですからね(ごくまれに宣伝等の変なのが来ますがね)。

 そのあと、言葉のしりとりや句のしりとりも「さりげなく」が入りこんで素敵ですよね。万葉の人達から現代まで句で表現することは、相手の心を傷つけることは出来難いですね。若者達はもっと進んでゲームのやり取りなんかで交流を楽しんでいるようですね。

「田舎のイルミネーション」をダウンロード
 都会の煌びやかなイルミネーション画像を沢山いただきました。田舎にはないのですが、田舎のイルミネーション(笑)として、何枚か作りまして、お礼の画像として交流に使っています。
 「もう見ましたよ」というお友達も多いと思いますが、ご勘弁くださいね(年の瀬はデジカメ遊びが出来ません)。

 本年の最後の塵埃記になるかもですので、皆さんにお礼を申し上げますね。

 本年も素敵な楽しい交流をありがとうございました。

 そんなこんなですが、私は喪中ですので、新年のお祝いが出来ません。皆様に穏やかな年の瀬から、新年がやってくることをお祈り申し上げておきますね。

 お暇な方で、年の瀬から、新年にかけて呑気がどうしているかを知りたい方(そんな暇な人いるのかなーなんですが)は、呑気家写真蔵のゲストブックには日々を綴ろうと思います。

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雪のイブ暖を楽しむドラムかな

2005年12月二四日天気は晴れのち曇り。

 二日前に我が地方もすっかり雪景色になりましたが、今夜はクリスマスイブですね。素敵な聖夜を皆さんが迎えられることをお祈りしますね。また雪や寒波の大きな被害が出ないことをお祈りしましょう。

 そこで、私の毎年のクリスマスイブをですが、普段と全く同じ日常を、もう15年ほどは変らず過ごしています。寝たきりの両親を介護してきましたし、一人息子も友人達と一緒にいるほうが良かったみたいです。
 
 両親は本年の3月に母を亡くして、父(5年前)と母が恙無く天国へと旅だって行きました。
 
 ですから、愚妻と愛犬との3人暮らしに(息子もいますが、通りすぎるだけですね)になって、初めてのクリスマスイブとなるわけですね。

 本年は身内に不幸が多く、お別れが多かったです。愚妻はばたばたと法事やお手伝いで奔走してますね。そんなこんなで、愛犬と古いストーブの前でのんびりと過ごしています。

「骨董ストーブ」をダウンロード
それにしても古いストーブですね。灯油代が高くつきますよね。

 今夜は、どんな聖夜になるのでしょうか。たぶん私は、独身者の多い居酒屋仲間と焼酎を飲んで、世間話を楽しんで、いつもと変らずふらふらと空を見て帰ってきます。
 それから、夕食後にはホームコタツにもぐりこみ、もし愚妻と愛犬ドラムがケーキでも食べるのなら、横から眺めながら、また焼酎でも飲みましょう。

 楽しい団欒の会話は、たぶん愚妻が独り言のように、法事や手伝いが大変だったと喋り捲るでしょう。私はうんうんと頷きますが、全く聞いていないと思います。その横でドラムが何か貰おうと、妻の話を一生懸命聞くだろうと思いますね。これはイブと言うより普段の日常の流れですね。

 暮れも押し詰まってきましたが、上記のような小さなイブも迎えられない人達もいることも聖夜には思い浮かびますね。今までのクリスマス映画を見ても、そんな苦難の中にサンタが舞い降りてくると言うようなストーリが多かったですね。クリスマスは助け合いの心を育む日ともいえますね。

 そんなこんなで、サンタクロースさんへ!、「幸せを、心清き貧しい人達や難病で苦しまれている人達のところに運んであげてください。お忙しいでしょうから、我が家はお忘れいただいても、決して文句は申しません。」

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人は仲良く、平和になれる・・

2005年12月21日天気は晴れ。

 クリスマスも近づきました。まあ私は、愚妻とドラムがケーキを美味しそうに食べているのを見ながら焼酎をあおる、毎度の聖夜になるでしょう。

 ネット交流を楽しんでいますが、お友達のページをご訪問すると、美しいものや楽しいものを発信しようと努力されていますね。

 花画像や自然の素敵な風景画像や、最近はイルミネーション画像などなどですね。大半の人達が美しいと感じられるから発信されているのでしょうね。

「プラタナス」をダウンロード
鈴懸けの木(プラタナス)ですね。

 私は青空が大好きなんですね。青空も大半の人達が好きだろうと思いますね。嫌いだと聞いたことがないですからね。

 ネットのBGMもクリスマスシーズンになると「アメイジング・グレイス」が流れますね。テレビで本田美奈子(ミュージカル俳優)さんの闘病記(素晴らしい才能を早くに亡くしましたね)を拝見しましたが、その中でも歌われてまして、感動ものでして、美しいメロディーと歌声に涙を誘われましたね。

 歌(曲)に国境はないといいますが、それにしても世界中の人達大半がこの「アメイジング・グレイス」の美しいメロディーに引かれますよね。

 上記のように考えてくると、美しいものは人類の大半が同調していることになりますね。と言うことは、人類は一つになれる(同調できる)、平和になれる資質を持っていることになりませんか。

 そんな風に思いますから、私も美しいものを発信できるように、努力したいですね。小さな交流や地域で仲良くから世界平和を作り出せたら最高でしょうね。

●追記・・アメイジング・グレイスの素晴らしいMIDIが我がPCにあります。ネットの初期にお友達からメールで送っていただきました。ページにつけたいのですがやめます。著作権やらと心配になります。ネットももっと仲良く、自由奔放な世界を望みますね。

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地中の温度を調べてみたら・・

2005年12月13日天気は快晴です。

 愛犬との散歩から帰ってきました。なんと農道のコンクリート道を幼虫(一匹だけですが)が元気に歩いていましたね。夏でも見たことがないですね。冷たい風の中を歩きながら、ふと呑気な思いがわきました。

 春の雑草花も咲いているのですね。これはひょっとして地の近くは温かいのかもしれないと思いました。小雪が舞ったり、冷たい風は吹いていますが、地中は温かいのじゃないでしょうか。温暖化でオゾン層の破壊で紫外線が直にあたっている。また地震列島ですので、地温が上がってぼちぼち揺れるのじゃないだろうか、愛犬が元気に走るのを見ながら、色々と考えてしまいますね。
 不気味だなーとも感じましたね。学者さん達は、たぶん調べていてくれるでしょうね。
 あっそうそう、ネットのお友達のページでヒマワリ(大阪で)が沢山咲きあがった画像を見ました。「わりゃっ、どないなっとるんじゃ!」と見ましたね。

 ●戯言追加・・今日の神戸新聞の正平調から、「今年の漢字」が「愛」に決まったそうですね。昨年は「災」でしたね。
 選ばれた理由は、「愛・地球博」や皇族の慶事、純愛ブーム、「あい」と言う名のスポーツ選手が活躍した。最後に「その欠乏を実感」と記されています。

 次に記されていたのが、感心しました。この筆者は、個人的には「外」にしたそうです。最近の人の道に「外れた」犯罪・耐震問題もプロの道に「外れた」問題、JR福知山線の脱線事故の「踏み外した」・好調な株式相場は「外国人投資家」・ライブドア株買収騒ぎ、仕掛けられた方が「想定外」とつづき、総選挙は「予想外」・小泉内閣は「外患」と来ましたね。

 私はうーむっと唸りましたよ。この記事を読んでから、私の今年の漢字はと考えてみましたが、「外」が頭に残り、出てきませんね。

 まあ自分だけの本年の漢字なら「喪」かなーー、「当」(友人の)と言う嬉しいこともありましたがね。

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ビワの花に目が行く・・

2005年12月9日天気は素晴らしいです。風は冷たいです。

 愛犬との散歩道では、菊、山茶花、寒椿(少々)等々とこれ見よがしと言う言葉があてはまるほど咲いています。
 私はなぜかビワの花に目が行ってしまいます。どう見ても美しいと表現できませんが、この時期に満開になっています。

「ビワの花」をダウンロード
ビワの花ですね。

 花を楽しむことで、どんな花が好きかで自己分析ができるのでしょうかね。私はどうしても雑草花や野草花に目が行ってしまいます。特に雑草花なんぞは誰も目もくれませんね。でも今の時期にでも咲いている、春のホトケノザ、タネツケバナ、ハコベ、ナズナをしゃがんで楽しんでしまいます。

 このビワの花もそうですね。誰も近寄って見ようなどとはされませんね。ビワの花や雑草花が可哀想だなどとの感覚ではありませんね。
 「おうっ、咲いてきたなー確り頑張れよ」と言うような感じですね。ビワの果実も田舎では、忘れられられがちですね。園芸花のように愛でられはしないのですが、その健気さに引かれる(これも大袈裟ですね)。

 見る花による自己分析には至りませんでしたが、↑「ココログの塵埃記」に「頑張ったを計る物差」と題して、頑張る心を自己分析して駄詩にしてみました。

 我が亡母もそうでしたが、頑張りすぎて心や体を壊してしまう人を身近で、よく見るからかもしれません。ビワの花(雑草花もですが)のように「さりげなく」頑張っているのが良いのかもしれない、その辺に引かれるのかもですね。

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木漏れ日

2005年12月6日天気は晴れ、薄曇。

 寒くなってきました。昨日なんぞは晴れていたのですが、小雪が舞ったりしましたね。朝晩の冷え込みも厳しくなってきましたね。

 さて散歩道も冬景色に入り、雑木林あたりで遊んでいますが、ふと思ったことを記しましょう。

「木漏れ日」をダウンロード
雑木林の中の細い車道ですが、木漏れ日と落ち葉が綺麗ですね。

 このように、雑木林や里山の中は木々が風をさえぎって、落ち葉が確りと残り腐葉土となって行くのでしょうか。
 公園や町並みの木々の落ち葉が舞うのも素敵ですが、寒々としたものですよね。そんなことを思うと、鎮守の森や雑木林や里山は大切で、木漏れ日の中は暖かいですよね。
 雪深い地方の山々で、冬でも元気に活動している動物達は、木漏れ日の中で楽しんでいるのかもですね。

 最近のテレビでの若者達のファッションで思うのですが、春や秋の季節を感じさせるのが少なくなっていませんか?。春はもうお臍がでてきますし、秋はもうふわふわの半コートが目につきますね。

 私は都会(日本)は温暖化よりも、砂漠化しているのじゃないかと思いますね。寒いか暑い状態ですね。四季が乱れてきているというより、春と秋が短くなくなってきているような気がしますね。四季の中で春と秋が長い方が良いのに決まってますよね。若い女性達の春のファッション、秋のファッションを長く楽しみたいですね。

 そんなことを思いながら、雑木林を歩いています。温暖化を防ぐのは植物だと言われていますが、植物自身が自由に繁殖して、手助けを我々がすると言うそんな森や林が木漏れ日を生むような気がしますね。

 なんかまとまりがないですね。師走で心がそぞろなんでしょう。

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馬鹿がまた紅葉を追う・・

2005年11月28日天気は快晴。ちょっと霞がかる

 仕事がないのでしょうね。なにかあると大変に頑張るタイプなんですが、暇なんでしょう。天候に誘われてじっとしていられません。(まあ、お休み日ではあるのですが)
 今度は我が地の西の方へ紅葉を求めました。メニュー最下の「紅葉を求めて」に追加しました。まあゴミ画像ですが、お暇な方はお楽しみください。

「紅と黄」をダウンロード
お遊び画像ですよ。でもつる性の黄葉も負けていませんね。

 自分の身近なところだけでも、季節を知っておきたい・・てな、カッコの良いことを言おうとしてますが、とにかく一人になりたい、車の中で過ごしたいでしょうね。

 大好きな高橋真梨子のベストアルバムを途中のお店で買って、一人ドライブのお楽しみなんですね。五番街のマリーからジョニーへの伝言と、彼女の澄んだ声を聞きながらの一人ドライブです。

 日常に襲ってくる、別れの悲しみやら、これから立ち向かわなければならない諸々やらと、紅葉を追うことで次につなげて行きたいですね。

 ページを更新するのに酔ってますね(コップ酒あおってますね)。なにかが心の中で渦巻いています。大丈夫です。「明日は明日の風が吹きますね」・・この明日の風はまたじっくり塵埃記に理屈ポク、記してやろうです。

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仏世に人を送る。

2005年11月25日天気は晴れ。

 紅葉を追っかけた夜から、義兄(妻の姉の旦那)が急に体調か崩れ様子が悪くなり、明くる朝に旅だって行きました。昨日で、お通夜、葬儀と恙無く終わりました。

 私は本年は3月に母を仏世に送りましたが、そのあと、妻の父、妻の義姉の父、今回の義兄と、その上に隣保の大切な先輩先生、同窓生等々と沢山の親交の深かった人達とのお別れがありましたね。悲しいことですが、こればかりは人として必ずやってくる別れですね。


現世と仏世はこんな感じで一体なのかもですね。

 滞りなく葬儀を終えて、夜の会席まで時間がありましたので、一人で、義兄の家から車で少しのところの野池そばで夕日を眺めました。

「夕陽」をダウンロード
夕日の落ちるのを見ながら、仏世に人を送ることや、別れの悲しみやらを自分なりに考えてみました。

 田舎育ちの愚妻やら義姉や女性達(少し老いた)を見ていると、ある意味で感心することがあります。最後の別れとなる棺の中の人との別れは、悲しみを堪えきれず泣きじゃくっています。
 その後、火葬場へもゆき、全て滞りなく一切が終わると、笑顔をも見せて話し合っています。
 私はこれで良いのだといつも思い知らされます。別れの悲しみは悲しみと正直に表し、仏世にお送りしたあとは、明日からの供養為にと切り替えられるのですね。
 涙目にだけなり、悲しみを引きづっている私なんぞはまだまだ女々しいだけで、逞しさがありませんね。

 死と言うものを、爺さん、婆さん、また田舎のご近所の方達と沢山見てきて育ってきているのでしょうね。その見方も「これでゆっくり仏さんになって楽ができる。」と、そんな思想感を女性群にいつも感じますね。

 会席の時には、亡くなった人の悪口なんかも、懐かしそうに話し合いますね。たぶん私よりも先に仏世に行かれそうな方達が多いですが、遺骨の前で、「先に行って、ええ場所探しといてくれ、あとからすぐに行くからな。迎えにだけはくるなよ。」と話し合ってますね。

 ご詠歌や般若心経や簡易読経を空で覚えてらっしゃる方が多いですね。死や仏世に近いところでいつも生活されているのでしょうね。

 私は本年は色々なことがありすぎました。人生の節目の年といってもよいかもしれないと思いました。 
 そんなこんなで、私もぼちぼち死や仏世に、近いところで物事を考えて行こうと、田舎の葬儀に出ると、いつも思うのですがね。

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遊歩

2005年11月5日天気は秋晴れ

 新聞のコラムで、老いた人達の健康管理で歩くと言う素晴らしさを記された方がいました。その新聞を見て、この塵埃記をすすめたいと思います。抜粋して呑気の思いも少しですね。

 まず、「ウォーキングは糖尿病、高血圧、動脈硬化や肥満などの生活習慣病の予防や治療に効果があると言われていす。」

 それから、「サルがなぜ二足歩行になった。原因はわからないが、そのことによって大脳が進化して大きくなっていったことは確実であるから、頭も使う」

 歩くと言う行為を、日本では昔から「散歩、散策、漫歩、遊歩、逍遥、そぞろ歩き等々と良き言葉がある」

 続いて、「我が国は、四季の巡りが明瞭で、一年の暮らしの感情はそれに応じて変化する。挨拶にも・雨ですね・今日は良い天気ですね・と日本人の民族の四季を巡りに応じた生活感情、美意識、宗教性など自然との一体感から生まれたものである」

 最後の結論では「散歩とウォーキングがドッキングした、歩く行為を遊歩と呼ぼう。遊歩を豊かにするためには、自然物の名を覚えることを推奨したい。動植物だけでなく、雲や石ころの名も。名は相手と親しさをつなぐチャンネルである。」

 呑気の戯言ですが、ほぼこの方(かわい・まさお・兵庫県立人と自然の博物館名誉館長)のコラムどうりの日々を送っています。万歩計をつけて、健康の為に歩くのじゃないのですよ。ボケ防止もありますが、名前を覚えてやるのですよ。「おう、ホトケノザ、なんで秋に咲いてきたの?」なんですね。そうやって自然を見つめてやったり、することが老化を防ぐし、もっと重要なことは、日本と言う国の素晴らしさを若者や国会議員や金儲けだけの経済人に教えないと日本が危うくなるとも思いますね。

メインパソコンが起動しませんので、夜に塵埃記を記したのははじめてですが、読み返してみて夜は駄目ですよ。なんか変なんですね・・呑気(さりげなく、謙虚に)をもっと広めないとですね。画像を貼りつけたいのですが、このパソコンは子供です。すっきりしてますが、老いのぐちゃぐちゃのデーターがありません。

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10月13日天気は秋晴れの快晴。

2005年10月18日天気は秋晴れ。

 昨日は、商店街がお休みで、薄曇でしたが晴れ間も見えて、こりゃー里山めぐりだなーと出かけました。素適な花達に出会えましたよ。花達は日々表情を変えますよ。咲き出しの初々しさから、満開になり咲乱れる、群舞すると言う言葉が当てはまるようになり、その後、散りますが残り咲きと言う頑張り屋さんを楽しめますね。

 帰ってきてから、居酒屋で今年の松茸の話しで盛り上がりましたね。松茸採り名人が言うには「今満開のキンモクセイが咲く頃が松茸の時期なんだが、本年は遅れているようだ。この月の末あたりになるのじゃないだろうか」と言ってましたね。(私は松茸採りには行きませんよ。なぜなら松茸を探せません。)

 我家に帰ってきてのんびりテレビの前で過ごし、妻とまったく違う話題を話し合っているのに、話しの結論では二人とも頷きあっていると言う老夫婦(二人とも自己中なんでしょうね。)になっていますね。

 そんなこんなで、お風呂の時間となり、我家は昔のままの外風呂でして、庭を歩いて行かねばなりません。妻が「お月様が綺麗ですよ。」と言うから、庭から見上げました。「おうっ」と声が出ましたね。

「tuki.jpg」をダウンロード
狭い庭から見た、秋月ですね。

 風呂の湯にどっぷりとつかり、月を見たセイか、古いフォークソングが口からでて、大きな声で歌ってしまいましたね。風呂で歌うのも久しぶりのことでした。

「旅の宿」をダウンロード

 風呂で唸った、学生時代を思いだす懐かしいフォークソングでした。(笑)

 あっそうだ、上記のページは「歌声広場」からお借りしました。ネットはこの場合は「お借りしました。」???・・「リンクしました。」でしょうね。よくわかりませんがなー・・

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桜と秋空

2005年10月13日天気は秋晴れの快晴。

 昨日は、我が地の里山へオケラの花を見に行きました。咲いていてくれました。秋風に吹かれ、コウヤボウキやアキチョウジの花も楽しみました。また我が地の茶畑から秋の空も素適でした。その上に農家の畑に植えられている桜も花開いていましたね。(そこのばーちゃんが言うにはカンザクラじゃ、なんですがね。)

「sakura.jpg」をダウンロード

 そんなこんなで、大変満足の行く半日を過ごしまして、夕焼けを見て、東の空の上弦の月も見て、さー皆とワイワイの居酒屋談議を楽しみに参りましたが、最悪の居酒屋談議となりました。

 それと言うのも、私の後輩で町会議員になっている男とその連れと新聞記者が二人とがやってきて、まん悪く私が一人テーブルにいましたので、彼ら四人が座り込んできましたね。

 この後輩は、議員に出るときに毎日ように、私に相談に来ていて色々と懇願していたのですよ。私の少しのアドバイスですが、それを実行して見事に当選したのですよ。(もちろん私の友人達も加勢をしましたね。)。

 ところが最近の彼の行動や発言が、大変に横着で、威張っていて、喧嘩ごしに意見を言うから、誰かが諭してやらないといけないと聞いていましたから、私はここを幸いと彼に説教しましたが、それが仇になり、突っかかってこられ、いつも他愛のない話が大好きな私がムキになってしまいました。このムキになったことが悔やまれて、残念でなりません。

 私は、人の良い所を見つけて生きたいと思います。私から見て、彼らは人の失敗を見つけようと生きているような気がします。そんな議論になってしまったことが、久しぶりに不味い酒になったなーと思いました。
 可愛い後輩と思っていましたが、もう酒を酌み交わすことはするまいと、今朝に誓って、やっと気分を落ち着けた所ですね。

 呑気な自分にも、こんな言葉が出てくると言うのも、選挙のセイなのかなーと思い、また自然の方に足がむいてしまう呑気な日々となるようにしようと思っています。

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近代案山子

2005年10月9日天気は秋晴れ。

 爽やかな秋風に吹かれながら、
愛犬ドラムといつもの散歩道の田園地帯を歩きました。
「天高く馬肥ゆる秋」と言いますが、まさに素適な青空でしたね。
私がイヌタデ(あかまんま)やオオケタデを眺めて遊んでいると、
ドラムがいなくなり、見失いましたよ。

「近代案山子」をダウンロード
素晴らしい秋空と農家の畑の近代案山子(笑)ですね。

 田園地帯の真中にポツリとある農家の畑ですが、
ここの畑の爺さんは面白い人です。
この美人の案山子とカイト(クルクル舞っている)も面白いですが、
畑に色んなものを植えられ、収穫されるのですが、
畑そばに、その収穫したものを山積みにして放置されています。
作る楽しみを味わっておられるのだろうと思いますね。
また園芸の花達も沢山咲かされますね。
しゃがんでいつも楽しみますね。

もっと面白いのは、爺さんと私は会釈をするだけなんですよ。
会話をしたことはありませんね。いつも一人で畑を楽しまれてますね。
野菜や花達と遊んでいるもの同士で、会釈でわかるのでしょうね。

そんな、ほのぼのとした姿を楽しみながらの散歩なんですよ。
今日も素適な散歩でしたね。あとは今日の夕焼けが楽しみですね。

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秋の到来。

2005年10月5日小雨が降っています。

 播州佐保秋祭りもこの2日に無事終わりました。
毎年ですが若者達の活気あふれる祭りは、
二日間という短いものですが、
各村の連帯意識が芽生える素適な行事だと思いますね。

 天候に恵まれた祭りのあとは、
小雨がぱらつく曇り空の天気が続いていますが、
爽やかな風と朝晩の過ごしやすさは秋の到来を感じさせますね。

 私はまた野や畦道や里山の花達を楽しめる普段の日常に戻っています。
秋の到来を知らせる様に林道そばで咲きあがる小さな花(ツルリンドウ)ですが、
秋が深くなると花が真っ赤な宝石のような実になりますね。
楽しみなんですね。ツル性の多年草だそうです。

 畦道は愛犬と一緒の散歩ですが、里山あたりでは、
誰もいない場所で私一人で花達と遊ぶことになりますね。
この孤独な遊びは、どのようにこの心理を説明すればよいのか、
わからないほどの素適な空間と時間なんですね。
一月半ほど、人々の思いや願いを込めた言葉の海の中で、
どっぷり浸かっていましたから、そのあとですのでより一層素晴らしく感じますね。

 もちろん人は一人で生きては行けませんね。助け合って行かねばなりませんが、
その裏返しの孤独な遊びと言う楽しさは、
これから充分に考察して、言葉に言い表してみたいですね。

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私の晴れ舞台。

2005年9月27日天気は晴れ。

「選挙事務所」をダウンロード
親友を町長に押し上げる為に、後援会活動から5日間の選挙戦をあわせて15日間を走りぬけた戦場です。

 空家になった小さなうどん屋さんをお借りして、この真中に座って沢山の人達に激を飛ばしつづけて活躍してもらいました。自分にできるのだろうかと心配でしたが、支援者の方々は大変素晴らしい人達でした。私のような若輩者の指示を素直に聞いていただいて勝利に導いてくださいました。どんなに感謝しても、とてもお返しできるものではありませんが、これからの日々の御付合いで少しづつでもご恩返しをして行きたいと思います。

思い出いっぱいの選挙事務所です。まだ疲れが残ってます。本日もこれまで・・・

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万歳 バンザイ ばんざいでございます。

2005年9月26日天気は晴れ

親友は町長選に大差をつけて勝ちました。他の候補者2人の得票数を足しても、親友の票数には届きませんでしたね。我が町民の良識を問う戦いに持ち込みまして、やはり良識が反映されました。大変素晴らしいことだと私は安心しましたね。

 昨晩は歓喜の美酒に酔いしれました。親友の為に、私は選挙参謀として、こんなに働いたのは生涯にないくらいでした。

 選挙事務所は我が家の前の小さなうどん屋さんだった空き家を借りました。その中で早朝から、深夜まで5日間を軍師として活躍しました。村の人達、同窓生、野球部後輩達を動かし続けました。皆さん大変よく活躍していただきました。

 相手候補は町会議員6人と元町長が連動した強力な陣営と県職員の肩書きを前面に押し出した陣営との三つ巴の戦いでした。
 私は選挙参謀として、この相手に勝つためには、票集めでは勝てないだろうと思いました。ボランティアの人達をできるだけ沢山動員し、清く正しい選挙をうって票をとるというより、票を動員で引っ張ってやろうと思いました。村の人達や同窓生もすべて私のやり方に従っていただきました。すごい数の人達が手弁当で、あらゆる場所で活躍してくださいました。その数の多さとお金を使わない選挙をやっているなーの評判が広がりどんどん票をひきつけていったのだろうなーと私は思っています。

活躍していただいた方達全員に感謝の気持ちでいっぱいです。

 社高校野球部も勝ち続けています。また甲子園が見えてきましたね。

 二十日間ほどパソコンを触らずに、本日つけてみるとまったく起動しませんね。我がパソコンは壊れたようですよ。

 本日の塵埃記は息子のノートパソコンですので、なれてなくて疲れました。これぐらいにします。

万歳!万歳!・・・・でございます。

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助け合う為に・・

2005年9月3日天気は晴れ。

 さて久しぶりに塵埃記を記そうと思います。こんなに多忙な日々になるとは予想もしていませんでした。

 私の一番の親友(町職員歴が40年近く)が小さな我が町(来年、合併です)ですが、町長選に出馬することになり、支援参謀を引きうけています。
 そこへ衆議院解散総選挙ですね。我がお隣の市から出ている代議士(大臣経験者)とは、初当選から私を可愛がっていただいて、懇意に御付合い頂いています。今度で7期当選を目指す応援事務所で支援の大役を仰せつかっています。
 2つの大切な選挙が同時に進行しています。私には荷が重過ぎるのですが、ここは我が人生の正念場と思っています。どちらも美味しい美酒を飲む為に、日々町中を奔走しています。

 そんなこんなで、沢山の町の人達との懇談やお願いをしてまわっています。疲れ果てて居酒屋で酒を呑み、我家に帰って、愛犬と戯れながらフト思うことがあります。

 私達人間は「何をする為に生まれてきたのだろう」と、また「何をして生きれば良いのだろう」と思います。私は自分を納得させる為と、社会や地域が良くなると言う両方から、「人は助け合う為に生まれ、生きている」のだと昔から思っています。ずーと思い続けたいです。

 夫婦になることも助け合い、仕事も商売も助け合い、地域行事での皆さんとの助け合い等々、総てがつながっていて助け合っているのですね。この助け合いがなければ、未来も、また小さな幸せや楽しみも何も生まれてこないと思いますね。

 米ハリケーンが大変な被害を出していますが、世界中が助け合うと良いですね。戦争をしている国もそれぞれが仲良く助け合う方向に行って欲しいですね。


この画像からも、自然界も総てがつながり助け合って存在しているのだとわかりますよね。

 「選挙は戦いだ」と、私の大嫌いな中傷合戦になってきています。選挙は戦いではありませんよ。どの候補者が素晴らしいかを選ぶことですからね。素晴らしさの優劣を皆さんに問うような選挙や候補者になるようにしたいものですね。

 こらからますます、私は多忙を極めると思います。暫くは野の花とも会えないかもです。このホームページは野の花のページですので、更新ができないのと、BBS・遊技場のお返事も出来ないかもです。

 でも毎日このページを見ています。励ましの書き込みには大変心が和み、出馬した親友を助ける為の明日の活力になりますね。

 皆さん、ネット上でも助け合い、励まし合って、楽しくキーを叩いてまいりましょうね。

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熱い夏が終わったような・・

2005年8月20日天気は快晴。

 本日は甲子園での高校野球の決勝戦でしたね。今、見終わって「感動をありがとう」とテレビの前で言ったところですね。半世紀ぶりともなる夏の大会連覇を北海道の駒大苫小牧校が成し遂げましたね。素晴らしいことですね。

 私は、駒大苫小牧校は若い監督に相当どころか徹底的に鍛え上げられた凄いチームだったと思いますね。若い監督の顔からも想像がつきますね。北海道の冬場の下半身の強化をみごとに野球技術に活かした、骨太の強靭でパワフルな選手を作り上げた様です。
 前々から、北海道の厳しい冬を越えてきたヒグマ打線とも言われたパワフル野球が、いつか花開くと思ってましたが、そこに技術が身についてパワーと堅実さとがミックスしたような凄いチームが出来あがってきましたね。今後、この冬場に鍛えぬかれたパワー野球の北海道のチームが全国の目標となるでしょうね。

 また惜しくも負けましたが、京都外大西校も素適なチームでしたね。65歳の監督が、自分の孫達よりも歳下の選手達をみごとに甲子園で弾けさせましたね。この監督や選手達を見ていると高校野球は精神面がいかに重要なのかを再認識させていただいたチームでしたね。選手を小さく無難に戦わせるのか、弾けさせて暴れさすかの監督の技量と言うものを深く知ってみたいですね。

 両校とも、ほんとに感動をありがとうと言いたいですね。高校野球が終わりますと共に秋風が吹き出し、夏の終わりを感じますね。

 本日の午前中には、我が社高校が早、新チームで選抜にむかった北播の秋の大会がはじまりました。宿敵小野高校に5対0と圧勝しましたね。もう新チームは県大会、近畿大会と進むべく第一歩を踏み出して行きました。

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人間との共生・・

2005年7月11日天気は雨。

 本日の朝に、この塵埃記をご覧になって頂いたネットのお友達から、ネジバナを摘んでしまったと申し訳なさそうな書き込みを頂きましたので、早速に塵埃記に野と里山のことを記したくなりました。

 その方は、白いネジバナが咲く場所を業者の方達に教えたくないなーと最後に締めくくられていました。野の花はその通りなんですね。根こそぎ持って行かなければ、摘むぐらいならまったく大丈夫ですね。

 昨日は我が町一斉のクリーンキャンペーンでした。我が散歩道の野や池の土手も、農家の方達が一斉に草刈り機で丸坊主にしてしまわれましたね。もちろんネジバナ達もすっかり刈り取られましたね。
 しかし花や草が刈り取られただけで、根は確りしてますから、来年も咲いてくれますし、そのお陰で次の季節の小花達が咲きあがれるようなんですね。


この四角い穴の名前はわかりませんが、池の水位が上がると水がこの穴に流れ込み、小溝に流れ出す様にされています。この池はコンクリートも少しは使っていますが、池周りを土手として残そうとしています。この方が長持ちすると気づき始めた様ですね。(前のコンクリート堰は壊れかけたのでしょうね)

 野や里山の植物達は人間達と共生しているのですね。畦道をコンクリートにしても駄目なんですよ。池の土手もコンクリートだらけでは駄目なんですよ。風雨に必ず浸食されますからね。でも古来から植物達によって浸食や崩れが守られているのですね。コンクリートの割れ目ができ土が浸食されているのを雑草花が防いでいるのをよく見かけますよ。

 少し深い里山で小花達を探すのは大変ですが、野や里山の人間と共生している花達はすぐに見つかりますし、季節ごとに違う花達が咲きあがり、里に近い方が花種類も多いような気がしますね。

 そんなこんなだから、私達が少しだけ大切にしてやろうと思えば、何時でも、誰でも、野や里山の花達の自然な姿を楽しめるのですね。摘んで花瓶で楽しみ、野で風に揺れている姿と両方が私達のものになるのですよ。損得勘定を考えてみて下さい。

根こそぎだけは止めましょう。土手が崩れてしまいます(笑)

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人間の愚かさ。

2005年7月6日天気は晴れ。

 空梅雨を心配していましたが、数日間は曇って、また雨も降り続きました。これで農家の方達も安心と言うところでしょうね。本日は晴れまして、愛犬ドラムを洗濯し(妻が)、散歩に行きましたよ。相変わらず元気ですね。ドラムになりたいなーと思いましたよ。

 さて「呑気おやじのページ」も、野の花や里山の花を追っていますが、昨日パソコンの調子が悪く1日中ネット遊びができませんでしたので、私のページの発信の原点をふりかえっていました。

 田舎の安らぎと癒しを発信したいと、簡易ホームページを開設したと記憶しています。そこにお友達のアドバイスもあり、まだ自然が身近に残る我が地の野の花達に手助けしてもらうことにしましたね。そうやって自然と向き合うようになり、野草花達から教えられることが多くなりましたね。

 その自然からの教えの中やネットのお友達との交流から、癒しの裏に人間の愚かさも少しづつ入れて行きたいなーと思うようになりましたね。

 その愚かさを少し記したいと思いますね。私が追っている極身近な野草花の中にも絶滅危惧種がちらほら出てきます。その絶滅危惧種を100年後には、なん%の確率で絶滅すると言うデーターを集めたページもあるくらいですからね。

 環境整備等々によったり、環境の変化による絶滅は、古来から続いてきているから致し方ないにしても、危惧種のページを見ると、人間の盗掘による絶滅が70%以上(もっとかもしれません)を超えているのが愚かなところですよね。
 
 私には涙が出そうになることがありますよ。野草花を守る為と人間の安らぎの為にできた自然の森公園の貴重な花がドンドン少なくなっているのを感じますね。それこそ五年後(できて七年ほどですが)が心配ですね。歩きやすいですからね、盗掘や「我が庭に少しだけ」には最適の場所でしょうね。(自然公園は、花達が少なくなりましたから、私は他所で花を追っています。)
 追うと言うより、今は歩いて行けば、花達の方から季節ごとに現れてくれますね。ドンドン増えて欲しいですよ。

 ネットのお友達と花談議していて、買う人達がいるから、商売として花がドンドン盗掘されるのだから、買わないように運動も展開したいと話し合ったこともありますよ。

 私は野の花は野に咲いていてこそだと思っています。我が近所に鉢植えでネジバナをこれ見よがしに沢山咲かせている花好き爺さんがいますが、ヒョロンとひ弱く、花の色も薄いですよ。
 野のネジバナは、いがんだものもあり、まっすぐに伸びたものもあり、あちこちに自由に元気に咲乱れていますね。その野姿こそがネジバナなんですよね。


野のネジバナですが、元気でしょう。つる性の草とねじり合戦してますよね。

 人間の愚かさは、必ず人間自身に帰ってくるでしょうね。野山や川や海が元気なら人間も元気になるでしょうね。その方向にむかえないと言う、なんとも言えない愚かさを私達は持っていますよね。
 
 私達社会(政治も含め)はこのままだと、未来の人達に負の遺産を沢山残して行くでしょうね。人間社会が複雑になって、道徳が一本化できにくくなりましたが、自然に対する道徳は一本化できると思うのですがね。

貴重な自然を守ることで、私が感銘を受けた小説があります。新田次郎の「霧の子孫たち」と言うのがあります。時間のある方は楽しんでみて下さい。

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大変異常を感じます。

2005年6月26日天気は快晴・・真夏日です。

 梅雨だと言うのに雨どころか、陽射しの強い真夏日と言える日々が続いていますね。各地で水不足の心配をされだしたようですね。
 この異常気象は心配になりますね。ネットでも平地の花の咲きあがりが、例年と違って関東や中部の方が桜から野の花と早いようですね。

 私は田舎の身近な自然から、大変異常を感じていることがあります。本年は蜂の巣が廃屋の軒に見当たらなかったのですが、見つけまして驚きましたよ。こんなことは初めてでして、蜂の巣を画像にしたのも初めてです。


我家の裏の空き地の壊れたフェンスの金網にとりついた蜂の巣です。

 この蜂の巣は異常ですよ。膝頭ぐらいの高さのところに巣を作っています(しゃがんで画像に出来ました)。こんなところに巣を作らなくても空家や廃屋等々と、今までに作っていたところはいくらでもあるのですよ。

 我が田舎では、「カラスの巣や蜂の巣が低いところに作る年は大きな台風や、災害が来る」と農家の御年寄り達が言っていますね。
 昨年も我が地の奥で台風による水害の被害が大きかったのですが、「カラスの巣が昨年も低いと思ったが、本年はそれよりも低い所に作っている」と大変心配されているそうですよ。

 私は蜂の巣のこの低さや、陽射しがあたり、雨も受ける、この開けたところに作るということは、子供のような心配ですが、「もしかすると蜂達は、本年は家屋自体にも危険を感じている」のじゃないかと思ってしまいますね。
 ネットの皆さんの身近ではいかがなものでしょうね。もしも我が地だけなら、私は注意勧告を居酒屋から発信しなければなりませんね。

 しかしこの蜂の巣を作った蜂達に言ってやりましたよ。「お前達、なにを考えている。台風や災害よりも怖いものがあるのを知らないのか、それは人間なんだよ。」と、私は見守ってやりたいですが(観察にもってこいですね)、たぶん子供達が通る道すがらですので、可哀想ですが、もうすぐ夏の草刈清掃なので、その時までの運命でしょうね。蜂達が気づいてくれると良いのですがね。

蜂の名前を記していませんでしたが、お友達への投稿画像のお返事でたぶん大丈夫だと思いました。アシナガバチですね(家の軒などに巣を作ることが多いですね)。

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義父(田舎)の葬儀。

2005年2005年6月19日天気は快晴。

 さて、少し前に塵埃記に義父(92歳)が意識がなくなり、病院に入院したことで三途の川の題で、今ごろどのあたりを歩いてらっしゃるのだろうとこの塵埃記に記しましたが、この16日のお昼過ぎに次の世界へと移り変わって行かれましたね。

 妻の実家は我が地より少し奥(北)になる黒田庄船町と言うところなんですが、ところ変わればと言うことで、我が地とはそんなには変わらないのですが葬儀の模様が素晴らしかったので塵埃記に残しておきましょう。

 葬儀は妻の実家で執り行われましたが、一番感じたのは礼拝のお客様に対するお弔いが素晴らしかったですね。お通夜ならびに告別式において、喪主(義兄)と私(妻の代わりですね)が、お悔やみに参られた方達全員に扇子を前に両手をお互いについて、お悔やみの言葉をお受けして義父の旅立ち説明から、お礼の言葉でご返答して行くのですね。

 その時に皆様から、生前の義父の功績やら人柄やらお付き合いのお話をされる方達が沢山いらっしゃいました。私は喪主の横でお話を聴きながら、義父は私が思っていた以上に、皆さんに愛された方だったのだと知り、嬉しさにご挨拶の返答の苦労など吹っ飛んでしまう感じで、清清しい気分になりましたね。
 この様にお参りになった方達全員、お一人お一人にご挨拶すると言う、最近あまり見かけなくなった葬儀の光景に、田舎の昔の村社会の素晴らしさを見せてもらいました。

 小さな地域単位の交流や社会性が希薄になっていることが、色々な問題の原因だとも言われてますが、この葬儀様子や村の皆様との宴席でのお話などを総合すると、田舎の平穏な暮らし振りが確りと見えましたね。

 葬儀も一通り終わり、宴席までの時間待ちにすぐそばを流れる加古川の川原を歩いて川風に吹かれました。野イチゴ(ナワシロイチゴ)の実がいたるところに咲き乱れて、なんとも言えない田舎の風情を楽しませてくれました。
 また蝶達の舞う姿の多さにも、心が和みましたね。義父はまた同じようなところにむかわれているのだろうと思いましたね。

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子供のような思い・・

2005年6月15日天気は晴れ。陽射しは強いです。

 最近の日本を取り巻く国々との民衆がギクシャクしてきましたね。居酒屋あたりの庶民の間では、そんなにガタガタ言うのならと逆反発の風潮もありますね。雑誌等を見ても民族主義的に対抗措置をとれとの強い意見の持ち主も沢山出てきましたね。国と国との利害や外交のことは詳しくはわかりませんが、子供のような思いを塵埃記に記したくなりました。

 まず核開発で挑発している北の金さんですね。平和希求をして欲しいですね。平和希求すると自国がなくなると思っているのでしょうかね。それは逆だと思いますね。日本や韓国からの支援や援助(世界の経済は支援や援助でまわりますからね)で、民衆はもっと豊かになり、企業が開発に乗り出して、金さん自体が世界でも有数の大金持ちになり、安穏と暮らせて、世界で活躍できると思うのですがね。
 見本がありますよね。中東の暴れん坊と言われたあのリビアがドンドン豊かになり、トップ達は世界で活躍をしだしていますね。同じ社会主義のキューバなども平和希求で民衆は活躍していますね。

 中国の覇権主義も平和希求の方向にもう少し力を入れてほしいですね。これからの中国の大問題の農業政策も日本や先進国(失敗の経験も糧にして)のよいところをどんどん取り入れて援助を受けながら素晴らしい農業国になって欲しいですね。世界の人類の未来がかかっている自然破壊の問題も含んでますからね。日本や先進国とのすり合わせなら、自然破壊しなくても充分に収穫をえれる技能はもう出来あがっているように思います。

 子供みたいで甘い考えですが、単純で良いと思っています。民族の歴史や主義や風習や道徳を乗り越えて、地球平和(地球擁護)を求めていくのが最低ラインの基本線の主義(未来の新しい主義が出て来い)だと思いますね。この最低ラインを元にして議論すると、上乗せ議論はできても、最低ラインをしたまわる戦争議論にはなりませんね。


画像はイチヤクソウの咲きはじめですね。皆さんに笑われただろうから、此花に俯きかげんの恥ずかしさを、私の代わりに表現させましょう。

 子供のような心配を追加です。国連の常任理事国になったら、平和活動と言うことで戦地に若者達を送らないといけないですね。理事国がお金で肩代わりしたり、後方でのんびりとはいかないでしょうね。ドングリころころの♪お池にはまって、さー大変♪の歌が耳の中で聞こえてきましたね。

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我が田舎にもアライグマ・・

2005年6月2日天気は雨。

 母校の野球部の応援モードなんですが、その応援バスの中で先輩がアライグマに困っていると話題にされました。
 ジャガイモ畑を荒らすそうです。イノシシだったらその掘り方ですぐわかるのだが、抜き取って食べている様子から、農協の人達と協議してアライグマだとわかったのだそうです。(我が地には猿はいません。)

 アライグマを検索すると、やはりアニメ人気からペットとして人気が出て、入ってきた外来生物種でしたね。大変頭がよく、子供の頃は人に懐くが、成長すると強暴になり、日本の山野には天敵がいないそうです。凄い勢いで増えているとありましたね。

 昨日に 外来種新法 が施行されましたね。どのような法律かはまだ詳しく調べていませんが、私は大変興味のある法律だと関心を寄せています。

 私は若い頃(37年ほど前ですね。)、東条湖と言う農業用水のダム湖で遊覧船を観光とした仕事に従事していました。その観光は屋形船にお客様を乗せて、ワカサギ釣りしてもらって、船の上でワカサギ料理を楽しんでいただきましたね。
 ある日、オオクチブラックバスが見つかりました。新聞にもでて、外来生物種とわかり皆さん大変心配しましたが、あっという間に増えてしまい、ワカサギは絶滅して、その観光はその後2年と続けることが出来なくなりましたね。

 今は我が地の貯め池や野池、川とスポーツフィッシングのルアー釣りのブラックバスのメッカとなりましたね。その代わりに、川や小川で子供の頃に遊んだ小魚はまったく見かけなくなりました。悲しいことですね。

 ブラックバス(ルアー釣りはよく楽しみました)を悪く言っているのじゃなくて放流した人間に対して、また次々と他所へ放流を続ける人達に対して心が乱れますね。

 私は皆さんに、屋形船にのんびり乗って、自然の山や湖の景色を眺めながら、ワカサギ料理を味わっていただきたいですが(句でも詠むと万葉人の世界ですね)、もうどうあがいても戻らないでしょう。


昨日、里山を少し楽しみましたが、こんな草花と出会いました。私は園芸か外来種だと思います。標高350mほどの低山ですが、こんなところにまでと思いますね。この花の名前をご存知の方はお知らせくださいね(農家の庭で見たようなのですがね)

 草花も外来種新法の対象になってますね。ラジオで言ってましたが、都市部の河川岸の花達は外来種の植物園となっていて、昔からの和の花達を探すのが困難になっているそうですね。野の花達を追っている私は大変悲しく寂しいことだと思いますね。

 私の思い(願い)を記しておきましょう。犬や猫はもちろんですが、ペットは最後まで看取ってやりましょう。ペットの死を見届けられないのなら決して飼ってやってはなりません。捨てる、別れることは彼らにとっては死よりも可哀想で残虐な行為だと思います。

 草花も同じですね(枯らすまではですね)。東南アジアからドンドン素敵な花達が安く入ってきて、手軽にガーディニングが楽しめますね。この草花達も、ああっもう見飽きたと捨てないでください。そもそも見飽きた、世話が邪魔くさくなってきたとポイ捨てする行為は、花を育て、慈しむと言う園芸の基本(資格)から外れてしまうのじゃないですか。

 6月に入って早々の塵埃記が愚痴まじりの戯言となってしまいました。
 小さな白球を一生懸命追っかける少年達を楽しみ、応援に没頭することで乱れた心を洗い流しましょう。

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