カテゴリー「塵埃記(2010)」の記事

「ありがとうございました」・・感謝を込めて本年を越しましょう。

2010年12月31日・・天候は荒れ模様・・

 本年の師走は、大変に忙しい日々を過ごしました。年齢から迎えることなのでしょうか、またまた親しい人達の旅立ちの別れが押し寄せました。お隣の飲み友達(先輩)が逝かれたことも大きな出来事でした。お祝い事の嬉しいこともやってきました。日本の冠婚葬祭と言う諸事が、これほど交互に経験した年は、過去にはなかったかも知れないほどですね。

 人の命の尊さ、人が生きてゆく日々、そしてその過程の人生と言う「ライフ(LIFE)」を冠婚葬祭によって、その人達のLIFEを、振り返り思考してしまいましたね。その身近な葬祭が、多すぎた一年だったような気がします。

 我が家は、幸いにしてすこぶる平穏な一年だったような気がします。孫達は元気に成長しています。息子夫婦達も、明るく過ごし、新しい年には3人目の孫がやってきますね。
 私達オンボロ夫婦も、二人とも友人の会社に誘われて、お世話になり、その会社の仲間から信頼していただき、楽しく仕事が出来た一年でしたね。

 ネットライフの本年も、相変わらず優しいお友達に支えられて「塵埃記」を進められてきたようです。小さなライフワークにしている「身近な野の花」を追いかける発信を眺めていただいたことを、「ありがとうございました」と本年も感謝を込めて、最後のご挨拶としたいと思います。

 ブログを優しくご覧頂いた皆様に、「新しい年も素敵な幸せ」が訪れますように、兵庫の真ん中からお祈り申し上げて、本年最後の塵埃記とさせていただきます。

 もう一度、本年押し寄せてきた総ての事に「ありがとうございました」と感謝を述べて、元旦の仕事に行きましょう。 

| コメント (2)

昭和ロマン・・スキャン遊びです。

2010年12月18日天気は晴れ・・

 塵埃記を進めることが出来ませんでした。超体育会系で、「明るく元気に」がモットーなのですが、なにかの弾みでしょうか、小生にとっては小さな鬱状態だったような気がします。
 なぜだろうと思考してみましたが、冠婚葬祭での身内のこと、電子辞書で夏目漱石の「こころ」、「三四郎」、「それから」を読み直したこと、アルバイトでの諸々のこと・・色々と思い描きましたが、一番大きかったのがわかりました。

 深夜のラジオ(明日へのことば)から、終戦後、中国からの引き上げの途中で、子供達が見た光景を話されたあるお婆さん(当時は子供)の言葉が頭にこびりついたのだと思います。
 「政府もない、警察もない、裁判所もない、何処へも訴えることが出来ない無法地帯に放り出された人々がどんなことをするのか、罪を犯さないと生き延びれない。極寒の中で、靴を盗まれた子供達は死んでゆきます。無事に帰還して、現在を生きている人達の中にも、弱者(子供達)を踏み台にしてきた人達もいるのじゃないでしょうか、今の時代は、そんな日本を感じます。」・・戦後に、闇米をいっさい食にせず餓死された裁判官のことも話されていましたね。
 終戦後に中国からの脱出と言うのは、逞しさの美談が多いようですが、弱者(子供)から見た本当の人間の姿を素直に話された事に、感動したのと、幼い子供達が一番多く犠牲になったことも知りました。

 戦時中だから、生きる為には仕方がないと言う論理は成り立ちますが、人となりの心の問題と考えると、小生は憂鬱に陥ってしまいましたね。
 その上に、現在の無政府状態といえるような政府、虐めが横行する無法地帯のような学校、自殺や虐待が氾濫する無秩序(無道徳)な社会、理由なき殺人が横行する無法地帯(警察力)と、次々と弱者が踏みつけられているような日本を感じてしまったのだと思います。

 こんな思考が続いて、パソコンのキーを打つ気力が薄れてしまって、小さな鬱に入っていたのだと思った次第ですね。
 そこで、新しく買ったコピー機のスキャナー機能を使って、カメラ(写真)好きだった亡父の写真をスキャナーで遊んで、パソコンに取り込むことにしました。

 昭和の時代をもう一度眺め回して見たくもなったのですね。大きな段ボール箱2つにぎっしりです。とても整理できないですが、亡父が入選作を、小さくまとめていました。それをデジブックに残しました。戦後の昭和25年ぐらいからの作品だと思います。戦時中のも少し入れてみました。

 戦前、戦中、戦後と沢山の写真を残しています。良いものだけを、スキャナーでパソコンに取り込んで、残してやりたいと思います(あとは、捨てなければ・・?)。さてさて、呑気者ですから、いつになることやらなんですがね。

 亡父の写真は、人間を見る・・人を撮ることが多いですね。その昔の人達を見ていて、小さな鬱が晴れて行くような気がしました。また超体育会系の「明るく、元気に」で、年末、年始を過ごすことにし様と思いますね。

| コメント (3)

アナログからデジタルへ・・

2010年12月2日・・天気は深夜は星空・・

 12月1日に、注文していた地上デジタル対応のテレビが届きました。なんか駆け込み受注みたいでしたが、小生が日々を過ごす前に、地デジテレビが存在するようになりました。

アナログとデジタル・・・難しいことはわかりませんが、Wikipediaでチョロッと見ました。

★アナログ(英: analog)は、類似・相似を意味する。連続した量(例えば時間)を他の連続した量(例えば角度)で表示すること。デジタルが連続量をとびとびな値(離散的な数値)として表現(標本化・量子化)することと対比される。時計や温度計などがその例である。エレクトロニクスの場合、情報を電圧・電流などの物理量で表すのがアナログ、数値で表すのがデジタルである。

デジタルもWikipediaで見ましたが、抜粋箇所を記しましょう。

★日本語訳として計数(けいすう)がある。古い学術文献や通商産業省の文書などで使われている。Digitalの本来の意味はラテン語の「指 (digitus)」であり、数を指で数えるところから離散的な数を意味するようになった。

 なんのことか、詳しくはわかりませんが、アナログは量を表示するとあり、デジタルはとびとびな離散的な数を意味するとありますね。

 アナログ人間と言う言葉は、時々耳にしますが、デジタル人間はまだまだ耳にすることがないですね。「とびとび、離散的」・・どんな人間なんでしょうね。

 小生の育った感受性から、テレビが普及し出した子供の頃に、「人は、動かなくなるのじゃないだろうか」と言う思いを持ったことがありますね。映画館を経営していた父が心配になったのですね。実際にその後の子供達は、あまり動かなくなったような気がしますね。

 そのアナログテレビ・・物量は限られているテレビから、デジタルテレビ・・数を離散的に多数発信するテレビ時代がやってきましたね。多くの言葉を塵埃記に、まだ落とすことが出来ません(今後の世風を眺めないと)。

 ただ、良いものを選択して(自己にとって)眺める才能を身に着けないと・・また子供達には、そのような教育を、親達が努力する必要が出てきたようにも思います。「人が動かなくなるテレビ時代」が、さらに進んでやってきたような気がすると感じましたと、アナログ的な呑気おやじ感と落としておきましょう。

 パソコンのネット社会も同じようなことが言えますね。溢れたネット社会で育った若者達が、どんな未来社会を作って行くのだろうとも思いますね。小生は、ネット社会もテレビ社会を追っている感じを持っています。もう広告や商品の紹介で溢れてきましたね。

 仕事の夜勤の時に、電子辞書で「日本文学全集」を読み返しています。溢れる情報に翻弄されるより、人間の心模様の深さ、重さがどのように動くのかを、現在の自己を見つめて、のんびりと知ってみたくなりました。宗教や哲学的なものを含めて、デジタル(数)で、充分大丈夫ですよとは、言い切れないですね。

 小さなライフワークとなった、身近な野の花を追いかけることが、本年の秋には確りと出来なかったです。でも、遊んだ花達を振り返ると、その時々の自己の姿を思い出します。「ああっ、人間らしく生きているなー」とアナログ的(量)に動き回っていることに、自己満足することが、多くなりましたね。

 秋に遊んでもらった花達をデジブックに整理できました。お暇な方は、お楽しみ下さい。もう、本年は,自然とゆっくり遊べないと思います。ライフワークを続けることとして、もう来年の春を待ち焦がれている状態ですね。

| コメント (3)

我が地(日本の臍)の秋の色模様・・「遊季節・11月」

2010年11月21日天気は晴れ・・

 天候が素晴らしかった昨日に、我が地の山々の紅葉を楽しもうと、愛車でグルートまわってみました。一番遠いところで15分程度で行けるところばかりです。ブログ発信の為の記事作りの誤魔化しでしょうね。

 昨年に、車では小一時間かかりますが、丹波の方の小さな山寺を巡って紅葉を追いかけて、デジブックで「ペンタックス賞」を頂いたのを懐かしく思い出しました。その後、すっかりデジブックでの発信が中心となってしまいましたね。

 我が地自慢ですが、若い頃にゴルフ好きで、日本全国のゴルフ場を北から南まで沢山まわりました。なぜか我が地のゴルフ場(ゴルフ場銀座と呼ばれて、多いです)の周りの山々の風情の方が、四季を通して素敵だなーと思っていました。

 我が地あたりは、日本の臍(西脇・・お隣町です)と言われていますが、南限と北限の植物が入り混じっているのだそうです。どのような植物が、繁茂しているのかは、樹木までは到底追えませんね。可憐な野の花もまだまだ追いきれてないですからね。

ではでは、そんなこんなで、小生が毎日のように見ている山々の秋の色模様をお楽しみください。

| コメント (5)

冠婚葬祭が押し寄せてきました。

2010年11月17日天気は星が綺麗です。

 この1ヶ月ほどは、冠婚葬祭が色々ありました。先ずは、お隣のご主人が、急にお亡くなりになりました。町内では、小生と一番酒を飲み交わし、一番多く一緒に遊んだ人でした。温厚な人で、町の人達の人気者でしたね。

 続いて弟の結婚式の前の入籍式に東京へ行き、2日間を過ごしました。そんなこんなで、昼間のアルバイトの集金業務(普段はのんびり流れます)に追われてしまう日々となりましたね。

 また、月末に愚妻の母の一周忌の法要、12月に初めに、愚妻の姉の長男の結婚式があります。本年の秋から年末にかけては、冠婚葬祭が押し寄せてきた年となりましたね。
 
 そんなこんなで、身近な自然とは遊べていません。また紅葉を追いかける時間も出来ないでしょう。ブログを更新するネタ(政治には、うんざりしています)もなし、またネットの時間も作るのにやっとの状態ですね。

 ただ、本年に遊んでもらった花達を整理しながら、振り返って楽しんでいます。夏の花の2が整理できました。
お暇な方は、楽しんでください。

| コメント (2)

東京(新宿)模様を少し眺めて来ました。・・先進国の幸福度は?

2010年11月9日天気は晴れ・・

 この11月3日に、弟の結婚前に、両家の家族同士の食事会に、親代わりとして東京に参りました。弟は新宿の高層マンションに居を構えてまして、その近くの超高層ホテルでの昼食会となりましたね。

 小生達田舎者は、2日の昼ごろから、先ず伊丹空港から羽田、モノレールから地下鉄で新宿四丁目で降りて、弟のマンションに参りました。そのマンションのゲストルームに宿泊することになってました。

 羽田からのモノレール、地下鉄からの車窓から見る風景、込み合う人々から都会風情を感じました。伊丹空港辺りから、チョットうんざりしていた愚妻が、「私達には住めないねー」との言葉に、頷くのがやっとでしたね。

 弟のマンションについて、そのセキュリティの凄さに、またまた田舎者は戸惑いました(人がいる受付までも入れません)。弟に電話をかけてやっと、次々とセキュリティを解いて、やっと住まいに入れましたね。
 日が暮れていまして、東京の夜景を21階から眺めました。素晴らしい眺めでしたが、人類がどんどんと蔓延るような、地球に対しての高慢さも感じました。
 またマンションの居住空間の狭さも痛切に感じました。そのマンションの購入金額を聞いて、あきれて言葉が出ませんでした。弟が数年前に購入していましたが、遊びに来るように誘われていましたが、私達は初めてでした。

 弟が「この夜景が、一生懸命に働いた代償だ。」と言いましたね。小生は、「こんな夜景は、毎日同じだ。俺は飽きる。田舎は四季折々風情が変わるよ。」と返答したかったのですが、言葉がでず、「ウン」と頷くだけでした。
 夜に、近くの居酒屋で、久しぶりに弟と飲み明かしました。小生は、深夜の仕事の続きで東京に来ましたので、ゲストルームでは、風呂にも入らずにベットに倒れて、朝まで眠ってしまいましたね。

 朝になって、コーヒーが飲みたくなり、愚妻と散歩に出ましたが、喫茶店がありませんね(祭日)。マクドナルドに入りました。色んな東京(新宿)の人達を見ました。老人も多かったですね。寝巻きのままのお婆さんもいましたね。その風情や老人達の身なりを見ると、小生は、東京(都会)の人達は、周りの人の目を気にしないのだなーと感じました(派手さはないが、田舎のお婆ちゃんの方が小奇麗な感じを持ちましたね。)。
 また東京では、どこへ行ってもタバコが吸えないと聞いていましたが、歩道には吸殻がいっぱいでした。田舎は吸殻は落ちていませんよ。祭日だったのか、ゴミ袋が街角にいっぱいでした。夜景を見てましたが、人の集まるところは、こうなるのだなーとがっくりしましたね。

 先進国の中でも、トップクラスの東京ですが、小生は、マネーゲームの町(新宿)、富と貧との格差がマンションの高さで決まっているような感じを受けましたね。街も見上げれば美しさはありますが、歩く周りは醜いものですね。浅草あたりの下町を楽しみたいなーとも思いましたね。

 お昼の高層ホテルでの昼食会ですが、弟の伴侶となる娘さんの家族との楽しいひと時でした。料理一人前の値段はいくらだろうと、ふと頭に浮かびましたが、それを忘れさすほど、和気藹々とした昼食会でしたね。
 楽しい会話の中から、東京暮らしの永い彼女のお父さんが一言、「東京は、人が暮らせる町ではなくなりましたね。」とポロリと落とされた言葉が、大変に印象に残りましたね。

 昼食会は、弟達の入籍祝いの場となり、弟は指輪を彼女に、彼女は時計を弟にと交換式が行われました。小生達田舎者は、結納式等々を経験していますが、初めての経験でしたが、こんな内輪での楽しい式も良いなーと思いましたね。

 そんなこんなで式(会)も終わり、ロビーでお茶でもと、皆さんはコーヒーや紅茶でしたが、小生は呑気ですから、お茶を飲むならビールの方が安いと思いビールを2杯注文しました。新幹線で帰る東京駅に行く途中に、愚妻が「お父さんが飲んだビールは、1100円でしたよ。2杯で2200円ですよ。」と言われた時に、小生は、「量は、缶ビールほどもなかったけどなー。」と言うのがやっとで、貧達は黙りこくってしまいましたね。

 そんなこんなで新幹線から伊丹空港駐車場、車で田舎へと帰ってきました。その間の諸々の料金の凄さと言ったら、田舎暮らしの者達にとっては、一ヶ月から2ヶ月は暮らせる食費が飛んでしまいましたね。動くだけで、凄いお金の要る世界を感じました。

 今の東京を経験して、田舎の良さをまたまた再認識しました。東京は、貧富の差を感じすぎました。負け組みは、大変な町ですね。その大量の負け組みの上で、富裕層が生活する町のような感じを受けました。
 今の日本社会もその方向に進んでいるのじゃないかと感じますね。富裕層中心の社会になろうとしている。小生は、金で何を買おうとしているのだろうという感じですね。富裕と言う、実体のないものに一生懸命になっているような気がします。お金で買えない自然がいっぱいの田舎万歳ですね。

 今の政治も同じですね。富裕な先進国になろうと一生懸命ですね。どこか実態のないマネーゲームにはまっている感じがします(外交も商人の揉み手を感じます)。
 「地球上の発展途上国が、日本のような先進国になれるだろうかと。」と考えた時に、地球上の資源や自然の浪費を考えると・・・日本も進むべき方向を、確りと見据えなければならないような気がします。
 小生は、東京もこれ以上の発展はいいのじゃないか・・また田舎の暮らしも今以上は、もう望む必要がないような感じを受けますね。あとは、格差をちじめる妙案を編み出す政治家が現れれば良いような気がしますね。

 もっと素敵に、日本のこれからの小生の子供のような思いを記したいのですが、頭の中にはいっぱいなんですが、まとめることが出来ずに戯言となってしまいました。また時間が出来た時にまとめてみたいと思います。

 弟のお祝いごとで、東京行きや田舎での野球部OB会等々(商店街等々の忘年会)と、また本年も我が家には色々なお付き合い模様が押し寄せてきまして、自然との遊びやネット交流が疎かになってしまいました。もう野の花達は、お休みの季節に入ったようです。最終章のセンブリ、ヤマラッキョウと楽しんできました。

 また、デジブックに本年に遊んでもらった野の花達を、選抜してまとめています。6月から7月初旬までまとまりました。お暇な方はご覧くださいませ。

| コメント (2)

2010年10月29日の夕焼け・・

2010年10月30日深夜・・小雨模様です。

 塵埃記の更新ができないです。アルバイトの仕事も増えて、人の世の諸々も色々と押し寄せてきています。身近な自然を追いかけて塵埃記を進めてまいりましたが、一番身近な夕日を追いかけることが、すっかりと出来なくなっていました。集金業務と酒の誘惑に負けてしまってましたね。

 台風がやってくると言うことで、深夜の業務の心配をしていましたが、「あっ、台風がやってくる時の夕焼けは、空が異常に焼けるんだ。」とカメラを携帯して夕暮れに集金業務をこなしていました。大きく焼けませんでしたが、やっぱり台風がやってくる前は、空が焼けますね。なぜなんだろうと思いますが、経験値が当たったことの方が嬉しくて、画像にしました。

「10月29日の夕焼け」をダウンロード
 空が焼けています。数年前の8月の台風がやってくる時は、頭上まで焼けた夕焼けを経験しましたね。

「10月29日夕焼け2」をダウンロード
 カメラの望遠を引いて、大きく全体を画像にして見ました。

そんなこんなで、塵埃記を進めることが出来ました。兵庫の真ん中は、台風の影響はほとんどなかったです。配達の皆さんは、安心して元気にカブを走らせることが出来ました。

| コメント (2)

遠くを見ようとする目(心)・・遊季節・10月の2

2010年10月23日天気は晴れのち曇り・・

 秋祭りも終わり、2週間が経とうとしています。秋風に吹かれようとしますが、夏が去りきらない感じがしますね。
 田舎は、市会議員選挙が始まり、騒々しい日々を眺めています。我が人生で、沢山の選挙事務所の中枢での仕事を経験してきましたが、人間の本性が丸見えになったり、悪口や中傷が蔓延して、傲慢や欲が渦巻く世界でしたね。
 そんな世界から、遠ざかれる深夜のアルバイトについた事に、「これが正解だった。」と喜ばしく思っています。

 中央の政治家達や田舎の政治家を目指す人達に、少し思うことがありますね。目先の問題に右往左往している感じがしてなりませんね。
 10年先、20年先、いや30年先の日本や我が田舎がどのような姿が理想なのかを思い描いて欲しいですね。描きにくいからこそ、皆に選ばれた人達が「遠くを見ようとする目」を持って、現在の問題に取り組んで欲しいですね。
 小生は見ていませんが、大河ドラマで「坂本竜馬」をやってますね。彼は遠くを見つめていたのでしょうね。

 新聞屋で沢山の若者達を眺めます。小生の若い頃と比較しますが、大変な世がやってきている感じを受けますね。求人情報広告を見ますが、若者達の給料は、小生の35年前のサラリーマン時代の給料と同じですよ。小生は、3分の2以上は遊興費で浪費してましたね。妻を娶って、遊興費は5分の1となりましたね(笑)。

 我が社には、20代後半から30代後半までの社員が、男女合わせて12人ほど居ますが(アルバイトは、50人ほど居ます)、11人が未婚ですね。少子化なんて言っている場合じゃないですね。
 子作りする巣(家庭)が作れない日本を作ってしまったようですね。また、男と女が仕事(稼ぎ)を奪い合っている状況も感じます。配達員に女性がどんどん進出してきています。配達は、肉体労働ですからね。小生は本質(男女バランス)が、崩れるような感じも持っています。このあたりも、一挙に解決できなくなりました。「遠くを見ようとする目」が欲しいですね(本質を取り戻す教育かなー)。

 日本は、30代の若者達の約半分が未婚だそうですね。人間(生物)の本質が歪んでしまいそうな感じも受けますね。男らしく、女らしく、親父らしく、母親らしく暮らせる田舎はと、先の未来を見ようとしますが、このままでは大きな断層を作ってしまいそうですね。出来るだけ断層を小さくしたいですよね。
 身近で眺める若者達に、「苦しくても、家庭を持ちなさい。」と励まし、説いてゆかないといけないなーと思いますね。

 秋の草花を追いかけましたが、やっぱり仕事がある為に、昔のようにじっくりとは追えませんでした。もうセンブリの咲き出しの1花を見ました。我が地の草花の最終章を感じました。

「遊季節・10月の2」が出来ました。

呑気おやじの遠くを見ようとする目・・・
 自然保護や農業生産(自給率)をあげなければなりませんね。工業生産性や流通経済の仕事もありますね。30年先、孫が30代、40代になった時に、半年は自然保護や農業生産の業務に就き、自然の中で人間性をいつくしむ時を過ごし、半年は都市部か工業地帯の業務で、流通経済を支えて、国の繁栄を支えてゆくような社会はどうでしょうかと、ふと思うこともありますね。

| コメント (2)

秋祭りも終わりました・・遊季節・10月の1

2010年10月10日天気は晴れ・・

 本日は、佐保神社秋祭りでした。日々の流れが早いですね。仕事や田舎の行事に追われているとあっと言う間に過ぎてゆく感じがします。

 近年の秋祭りは、孫のお守りとお酒のお守りだけをする祭りとなりましたね。本日も、皆さんと酒を酌み交わして、孫を肩車にして、若い衆が威勢良くタイコを担いでいるのを眺めながら、応援する方に回りました。

 秋の自然や草花達を、じっくりと深山に入り楽しみたいのですが、そんな訳にもまいりません。カブで仕事をしながら、身近なところの秋に、のんびりと遊んでもらいました。

 この記事を記している時間は、10日の11時30分です。もう深夜の仕事に行く準備をしなければなりません。
2時間半ほどで、遊季節・10月の1を完成させました。
 お暇な方は、のんびりと田舎の秋を楽しんでくださいませませ・・・

| コメント (2)

東京の人生模様を眺められる・・遊季節・9月の3

2010年9月30日天気は雨・・

 9月の後半には、大変喜ばしいことがありました。東京で企業戦士と言いながら、仕事が面白いと独身で通して、出世を手に入れて、54歳にもなった弟がいます。田舎の小生(兄)は、「おまえ、生物学的には障害やなー。」と言って笑ってましたが、その弟がとうとう伴侶を兄に紹介すると、一緒に帰ってきましたね。

 田舎(実家)で暮らす者の性格は、総てを受け入れましょうですね。「人生に困ったら、帰って来れば良い。」ですからね。弟自身が、どんな人生模様を描こうと、彼が決めてゆけばよいことですからね。
 弟の彼女は、都会育ちの人ですが、同じ人間ですね。気さくな可愛いお嬢さんでした。2人で新しい人生模様を、明るく元気に描いてゆけばよいですね。
 弟は色々な気遣いをせねばならないと、緊張気味です。田舎者と都会の人達との対応をうまく運びたいと思っているのでしょうかね。そんな気遣いは不要だと言ってやりたいですね。

 弟は企業のトップとして、相手家族や会社への応対と色々と大変でしょう。ですが、小生達田舎者(親代わりになるのですね)は、「皆様への感謝の気持ち」を持ってゆくことしか出来ませんからね。

 田舎者の小生と愚妻とが、結婚式まで何度か東京に出向かなければなりませんね。旅行気分で行けないのが、残念ですが、同じ時間と労力なら気分は、考え方で変えようと思いますね。

 そんなこんなですが、田舎の季節の風には吹かれています。深夜の業務の季節は、冬模様と言っても言い過ぎではなくなってますね。
 10月に入ると、すぐに秋祭りですね。日々の流れが早い、いや早すぎると言っておきましょう。

 遊季節・9月の3が出来ました。身近な山里を楽しんできました。田園地帯は稔りの秋と、ヒガンバナの季節となってますね。

| コメント (2)

より以前の記事一覧