カテゴリー「旅と田舎のイベント」の記事

夕陽ヶ浦で遊ぶ・・

2009年6月15日天気は快晴

 昨日は、勤務をすませて、一時間ほど寝まして、町内の方達(八名)と「夕陽ヶ浦絶品グルメ旅」と言う日帰りパックの旅を楽しみました。我が地の近くの各地からお客様を乗せてのパックでしたが、参加者は少なく、バスの半分ぐらいでしたね(景気なのか、インフルエンザか?)。

 夕陽ヶ浦温泉は、京丹後市にありまして、小生は冬の蟹料理が安くてボリュームがあるとのことで、名前は知っていました。さて、夏のグルメはと期待しましたが、活けあわび、活け車海老おどり焼、但馬牛ステーキ、甘海老刺身等々とありましたが、画像にしませんでした。まあ、安いパックだったのかもですが、落とす言葉がありませんでしたと記しておきます。旅館(ホテル)名も記さずにおきましょう。
 ですが、皆さんは温泉に浸かられましたが、そこは小生は超体育会系です。浜辺や温泉街の周りをデジカメぶら下げて歩きました。

 先ずは、「旅館ロビー風景」ですが、人工の滝が流れてまして、「おうっ」と声が出ましたね。廊下をふくめ、エレベーターの中まで畳が敷き詰められていました。このことについて、最後に少し戯言を落としましょう。

 旅館の窓から、従業員の方達から、「夕陽が日本一綺麗浜辺だから、夕陽ヶ浦と言うのです。」と聞きながら、浜辺を眺めていました。小生は、「チガヤが見える浜辺」を歩くことにしました。

 浜辺にでると、海ではサーファー達が楽しんでいました。でも、冬の海の方が若者達が多いような気がしましたね。
 海辺の砂浜にでますと、ありゃーっ「ハマヒルガオ」が咲き乱れているワイと、初出会いでしたので、じっくりと砂浜で遊ぶことにしました。「ハマヒルガオに近づて」見ました。葉も砂浜に栄えて綺麗ですよね。

 ゴソゴソしてますと、「面白い草花」(浜防風)が、目に飛び込んできました。沢山咲いていましたね(花談議が楽しみですね)。ハマヒルガオとの「ツーショット」も掲載してやりましょう。また、こんな「砂浜の草」も沢山咲きあがっていましたね。

 砂浜を楽しみ、旅館群と砂浜との間に長く続く「鬱蒼とした雑木林」を少し覗いて見る事にしました。「浜辺のノビル」が凄い弾け方で咲いているのを楽しみました。花のつきが大変に多いノビルを沢山楽しめました。あとは、我が地と変らず、ヒメジョンの季節と言えますね。その中で、面白い「草花(名前検索中)」(浪来草)に出会いました。ママコナに似た咲き姿ですが、花色、花姿とが違いますね。オカタツナミソウとママコナの浜辺作となったのでしょうかね。

 そんなこんなで、相変わらず、どこへ行っても呑気に遊んでしまいます。旅館に戻る途中の、チョット「モダンな施設」もアジサイの季節でしたね。もう一つ、「旅館の花」も掲載しましょう。

 少し戯言ですが、砂浜遊びとモダンな施設と旅館の花とを掲載しましたが、私はこの40年ほどの間に、日本全国の沢山の観光地を楽しみました。この夕陽ヶ浦での思いは、商業主義が勝ちすぎていると思いましたね。
 旅館のロビーもそうですが、人工的なものに金をかけすぎて、旅館同士が競争しているような感じを受けましたね。
 その反対に、砂浜まで行く自然の鬱蒼とした雑木林は、放置されたままでしたね。立ち入ると危険と言う看板まで見ましたね。旅館の施設に金をかけるのなら、皆さんが協力して、浜辺の自然を素敵に活かす方法をとられて、夕陽が綺麗な浜辺の自然の中を歩け、また楽しめるようにした方が、全国的に名が売れるのじゃないかなーと思っただけの事なんですよ。

ではでは、休み明けですが、仕事に出ることにしましょう。

5・16日、「面白い草花」の名前がわかりました。ハマボウフウ(浜防風)ですね。また検索中の草名もわかりました。ナミキソウ(波来草)ですね。どちらも浜辺の草花だと言う素敵な名前を貰いましたね。また漢字だと覚えやすく、名前を忘れないと思いますね。

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二泊三日の鹿児島旅行・・

2009年4月17日天気は快晴。

 この12日から二泊三日の旅行で鹿児島市内、指宿辺りを観光旅行してきました。帰ってきて仕事をこなし続けていますが、まだまだ追いつきません。塵埃記に鹿児島旅行記をと思いますが、走り打ちになります。
 また、沢山の観光地を巡りましたので、頭の中で整理ができません。アルバムを作って、画像でお楽しみ頂こうと思いますが、まったく整理に手がついていません。
 細部の画像は、アルバムを作って、このページに貼り付けたいと思いますが、もう少し時間がかかります。

 大まかな観光を塵埃記に落として、更新する事にします。

「知覧平和会館前・・」をダウンロード
先ずは、知覧にはいりました。武家屋敷の公園は素敵でした。その後、特攻隊の歴史会館へ参りました。館内は、撮影が禁止でしたので、歴史を画像にできませんでした。

「池田湖から開聞岳」をダウンロード
 知覧観光から、イッシーと大ウナギで有名な池田湖の観光売店からの、風情ですね。開聞岳は素敵でしたね。

「中国民族器楽・三重奏」をダウンロード
 一日目の指宿のホテル白水館は、素晴らしいホテルでした。庭、施設、料理、コンパニオン共々満足の行くものでした。なかでも、宴会後にロビーで演奏されていた民族器楽の素晴らしさに堪能しました。日本の童謡や唱歌を演奏してくれました。観客が演奏に引きこまれて、歌い出すと言う按配でしたね。宴会の仲間達と外れて、小生だけが小一時間ほど楽しませてもらいました(この演奏のCDが欲しくなりましたね)。

「ホテルから朝日を楽しむ・・」をダウンロード
 二日目の朝です。夜と昼が逆転している生活をしていますが、よく寝ましたね。朝は元気に誰よりも早く起き出しましたね。

「長崎鼻から開聞岳を・・」をダウンロード
 二日目の最初の観光地ですが、指宿から少し南下した岬です。ハイビスカスでしょうね。咲きかけていましたね。ここからの開聞岳も素敵でしたね。

「岬風情です・・」をダウンロード
 ここでは、沢山の花達をデジカメ遊びできました。うっすらと向こうに見える島影は、九州最南端の佐多岬だと思いますね。

「桜島・・」をダウンロード
二日目のお昼は、桜島を眺めながら楽しみました。この後、薩摩島津家別邸の仙巌園を観光して、そこからも櫻島を眺めました。夜の宿泊は、ワシントンホテル(ビジネスホテル)でして、宴会はなし、各自で市内の歓楽街で遊びました。黒豚のトンカツを食いすぎまして、胃が凭れましたね。

「桜島で火山を楽しむ・・」をダウンロード
 最終日は、フェリーで櫻島に渡って観光しました。その後、霧島神社辺りを観光しましたが、バスの一番後ろの座席で寝転んで眠りこけていました。

花達も沢山楽しみました。その中でも、イッペーとツツジが目に飛び込んでくるほど綺麗でした。

「仙巌園のツツジ」をダウンロード
鹿児島観光で、いたる所でツツジが満開でした。もう初夏を思わせましたね。

「黄色い樹木の花・イッペー」をダウンロード
バスの車窓から、農家のお庭や、畑などで、鮮やかな黄色の花で咲き乱れている樹木が目に飛びこんできましたね。ガイドが「イッペー」と言ってました。南国の風情いっぱいの花だと眺めました。

●鹿児島観光旅行アルバム(09.4.12~14)●

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休刊日・・節分草を見たくて・・(一人ドライブ)

2009年2月9日天気は晴れのち曇り。

 本日は休刊日でした。昨晩は、馴染みの居酒屋で女将と久しぶりにはずみました。飲み過ぎでしたが、大丈夫ですね。本日の深夜の仕事がありませんね。昨晩の午後8時頃から床につき、本日の9時過ぎまでぐっすりと眠りました。
 庭に明るい陽射しが差し込んでいます。「よっしゃー、大好きな一人ドライブだー」と起き出して、頭の中は瀬戸内の海岸線を走り、麗らかな海と梅を楽しみに行こうと思っていました。ちょっとネットで、穴場がないかなーと検索していますと、季節の花にぶつかりまして、2月は梅、蝋梅、菜の花とウンウンと検索している中に、セツブンソウ(節分草)がありましたね。検索すると兵庫では丹波にありましたよ。即決ですね。10時半ごろから出発しました。咲いているのか?場所が見つかるのか?不安でしたが、まあドライブを楽しもうですね。

 のんびり一人ドライブは、1年ぶりぐらいになるかもですが、走るままに塵埃記に綴ります。また、説明や薀蓄は記しません。興味のある方はネットで検索していただく方が、正しい知識が得られると思います。

 我が家を出てから、175線を50分ほど走ると、春日の局で有名な春日に入りました。

「春日にある道の駅」をダウンロード
 目指す所は、「節分草の江古花園」ですね。たぶん小さな施設だから、探すのが難しいだろうと思いました。道の駅に寄って、大まかな地図が欲しくなりましたね。パンフレットを2部頂きましたが、掲載されていませんね。
 でも、春日の辺りの観光名所が沢山載っていました。「うん、春日の局と、光秀に滅ぼされた黒井城跡でも、行くかー」ですが、先ずは、節分草ですよね。

「水分れ公園・日本一低い中央分水界(分水嶺)」をダウンロード
 春日から、少し戻って行くと看板に「水分かれ」とありましたから、立ち寄ってみました。可愛い小溝でしたね。

 「水分かれ公園」をダウンロード
 小さな公園ですが、素敵な所でしたね。山からの涌き水が湧き出していまして、滝の様に施設が作られていましたね。「おうっ」と声が出ましたね。

 節分草が見れる「江古花園」の場所は、この国道を走っていると看板があるだろうと車を進めました。墨で手書きで書いた小さな看板を見つけましたね。「おっ、ここから入るのか」ですね。小さな手書きの看板が、曲がる所には、貼りあがってました。すぐに到着しました。

「野に咲く節分草」をダウンロード
 小さな小さな施設でしたね。無料で入れるのですが、村人達のボランティアでやっているようでしたね。「寄付をお願いします」の看板も見ました。100円を入れておきました(ごめんちゃい)。

「節分草の咲き姿」をダウンロード
 セツブンソウに近づいてみました。

「節分草を近写」をダウンロード
 野に咲く節分草で、おわかりと思いますが、小さな素敵な野の花ですよね。離れて眺めても、近づいても可愛い風情を感じますね。この花が、2月と言う花のない時期に咲きあがるのですね。絶滅危惧種と記しているところもありますね。人が野から奪い取ってしまったようですね。悲しいですね。我が地の野で、2月に咲いてくれたらーどんなに素晴らしい事だろうと思いましたね。

「わらぶきの家も保存」をダウンロード
 江古花園のメインのお家ですね。まだ住人が居られるようです。この屋敷の方達の持つ山だと思いましたね。村の人達が、保存し様としているのでしょうね。藁屋根が比較的新しいですね(拭きかえられていますね)。日本の風情が残る事になりましたね。日本の里山にある屋敷周りを少し探索して楽しみましたよ。(芦田家とあります。二階建てのわらぶきの家は少ないそうですね)

「ツルアリドオシ(1両)」をダウンロード
 見事に蔓の持つ風情に真っ赤な実をつけていました。我が地では、こんなに蔓の状態のツルアリドオシの実を見た事がないですね。

「ヤブコウジ(10両)」をダウンロード
 里山の風物実と言える真っ赤な実ですよね。眺めて楽しみましたね。

「ネコヤナギ」をダウンロード
 ネコヤナギも楽しめました。この小さな施設は、夏の蓮園としての方が有名みたいでしたね。施設の周りに沢山の蓮田がありましたね。ネコヤナギは川原にあるものだと思いましたが、里にもありましたね(笑)。

「白いロバ」をダウンロード
 なぜか、1匹だけ真白なロバがいましたね。大変に寂しそうだったので画像にしました。退屈そうに、寝転んでいましたが、小生が近づくと、確りポーズを取ってくれたみたいです。

「丹波の山間の村」をダウンロード
施設から眺めた丹波市青垣辺りの村風情ですね。長閑な感じですね。春から夏に訪れてみたいです。

 初めて眺める野に咲く節分草を充分に楽しみましたから、帰る事にしました。まだ時間は午後三時前です。帰り道に「春日の局の生地」を訪ねてみました。

「興禅寺・・春日の局生地とあります」をダウンロード
 綺麗なお寺でしたね。意外と大きくて全体像が取りこめませんでした。寺の周りには、NHK放送記念の小屋もありましたが、閉まっていました。

「興禅寺の庭」をダウンロード
 中に入って、ウロウロしましたが、庭が素敵でしたね。この庭は季節によると素敵な風情が楽しめると思いましたね。

 光秀が丹波攻めで、滅ぼしたと言う黒井城跡も楽しもうとしましたが、なんと1kmほどの急な階段から、坂道を登らなくてはならない様でした。天候も悪くなり、小生のズボラも出てきまして、また次の機会にしますね。
 でも、小さな駐車場周りにには、里風情が沢山ありましたね。

「ソシンロウバイが満開」をダウンロード
 駐車場周りで、花を探しました。蝋梅が素敵な姿で満開でしたね。香りは言うまでもありませんね。

 そんなこんなの、大好きな一人ドライブを楽しめました。我が地から近くなんですが、まだまだ小さな施設までは見逃している事が多いですね。休刊日が年に10日ほどしかありません。さてさて、この楽しみを今後に、どうするかですね。塵埃記が進んで、ホッとしました。また明日の早朝から、仕事に励まなくてはと、英気を養えたような気がします。

オマケの追加です。
「山の子達」をダウンロード
 興禅寺のお隣の小学校のグランドで、少年野球の練習をやっていましたね。この山の子達の中から素敵な選手が、我が母校にやってくるのだなーと眺めて楽しみました。


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デジカメ遊び・・湯ノ花温泉の巻

2008年11月3日天気は曇り。

 お休みのない勤めにでまして、一泊旅行や一人ドライブを楽しめなくなりました。町内の老皆様が小生に気を使ってか?、日帰り旅行で楽しもうと湯ノ花温泉(亀岡)での松茸ずくし料理を食べに行こうとなりました(11月1日でした)。

 そこで、湯ノ花温泉の旅をアルバムにして塵埃記を進め様と思っていましたが、紅葉も野の花達も楽しめる旅ではありませんでした。小生が見たままに楽しんだ模様を綴って塵埃記を進めることにしました。(スライドショーでも良いのですが、まだあのサービスの機能がスムーズではありませんね。)

 老幹事の方に、ネットで調べて湯ノ花温泉の近くの観光資料を渡していました。亀岡夢コスモス園西国三十三所観音霊場の穴太寺を、松茸を食べる前に楽しむこととなりました。

 夢コスモス園は、200種8万本のコスモスとありましたが、あまり美しさを感じませんでした(時期が遅れたかもですが)。でも、野では見れない「フジバカマ」を、香りと共にしっかりと楽しめました。「花の近写」もしてみました。

 穴太寺も、銀杏の大木があり見上げましたが、デジカメ遊びの被写体に苦労をする観光となりましたね。庭が素敵だと言うことで、300円の拝観料を払いましたが、小生の被写体にはなりませんでした。そこで、デジカメ遊びをしてやろうと思い画像作りをしてみました。

「穴太寺のコスモスの生け花」をダウンロード
ウーンと見惚れました。小生は豪華さで夢コスモス園より、デジカメのシャッターを押してしまいました。

「穴太寺の庭・西側」をダウンロード
 庭そのものより、部屋の中からの庭景色の方が素晴らしいのじゃないかと遊びました。大部屋の西庭風情です。

「穴太寺の庭・玄関方面」をダウンロード
こんな感じの部屋作りでしたね。でも、日本の四季を楽しめるお庭の風情を感じましたね。

「穴太寺の庭・・南側」をダウンロード
 花の時期には、大変素敵な眺めだろうと思いますが、町内の花一輪を入れてのデジカメ遊びです。

 午前中に、上記の小さな観光を楽しんで、メインの湯ノ花温泉での京料理を楽しむこととなりました。料理全体をデジカメ遊びで画像にしたかったのですが、高級京料理です(8000円)ので、料理が食べたあとに次々出てきます。京料理ですので、小作ですが小鉢に盛られた風情と味は素敵なものでした。山の幸、海の幸を味わいましたが、メインの「焼き松茸」を画像にしました。土瓶蒸もありましたが、これだけで料理代が跳ねあがったと思いますね。小生は子供時代に松茸を、嫌と言うほど食べましたから、この料理を言葉で表現することが出来ないですね。

 京都の奥座敷としての湯ノ花温泉ですが、その京都から入ってくる玄関口にある大きな有名な旅館です。商魂が逞しいと以前から感じていたホテル(旅館)でした。そこで、ホテル模様をデジカメ遊びしました。

「入ってすぐのロビー風情です」をダウンロード
 うん、豪華なものだと思いました。この前でお客様達が並んで記念写真を撮られてましたが、生け花を隠してしまう並び方で撮られてました。チョット横に並んで、花を入れてやると素敵な思い出になると思いましたね。

「ホテル内の生け花・1」をダウンロード
ホテル内の通路のいたるところに生け花が飾られていました。デジカメで遊びましたが、素敵でしたよ。

「ホテル内の生け花・2」をダウンロード
 通路の廉隅でしたが、立ち止まってデジカメで遊びました。シンプルイズべスト・・和の真髄ですね。

「ホテル内の生け花・3」をダウンロード
 よく目にするランの花ですが、こんな感じで飾られているのも日本の風情に合うなーと遊びました。

「ホテル内の生け花・4」をダウンロード
 百合の花は、和の風情を出しますねーとそんな感じで眺めました。

 そんなこんなで、湯ノ花温泉への小旅行となりました。デジカメ遊びですので、旅の紹介とはなりませんでしたね。

では、京都の一番の花を掲載して、塵埃記の更新を終わることにします。

「ホテル入り口の花」をダウンロード
日本、京の美の代表ですね。ホテルの商魂も感じますが、美しいものは美しいと素直に見てしまいました。

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2008年佐保神社秋祭・本宮

2008年10月13日天気は快晴。

 我が地の秋祭りも終わりました。11日の夕暮れからの宵宮(次の項目に掲載)からはじまりましたが、本日の朝のかたづけで無事終了しました。

本年の祭り風情です。
(画像をクリックするとスライドショーします。)

 ブログパーツのサービスで簡単にアルバムをスライドショーで楽しめます。お気軽に我が地の祭りをお楽しみください。画像に状況のコメントを入れれば良かったのですが、チョット寝不足気味ですので、ご容赦ください。

 小生が楽しんだままを画像にしてスライドさせました。先ずは、大変古い欄間をじっくりと見ました。それぞれのタイコに四つの違う欄間がつけられていますね。次には、由緒ある神輿を子供達が巡行して行きます。タイコもそれについて、街中を巡行してい行きます。続いて宮入りで、各村からやってきたタイコで練り合わせで、観客の皆さんに楽しんで頂きます。その後は、御神木の下で休んで、担ぎ手達はビールを飲んで楽しみますね。

 そんなこんなの、播州の3大祭りの一つである我が地の祭りも終わりました。塵埃記も毎年の恒例ですが、本年はスライドショーにしました。ネットの世界は、色んなサービス合戦となり、凄いスピードで進化している気がします。
小生は、ノンビリと進化を楽しみながらページを作って行きたいと思います。

更新しましたが、アルバムの画像の順番がバラバラですね。まだこのサービスの機能を把握できていませんね。それとページが重たくなったかもしれません。まだ熟慮の余地がありますね。

お友達の皆さんへ・・ページの感想も気軽に、ご意見くださいね。

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2008年 佐保神社秋祭・宵宮

2008年10月11日天気は晴れ。

 さて本年も播州の3大秋祭りである我が地の佐保神社の秋祭りがはじまりました。本日は宵宮巡行と、神社境内の能舞台での演芸大会が行われました。
 その模様をお伝えしたいと思います。そこで、ネットの世界はドンドン進んでいる様です。ブログパーツと言うブログに貼りつけて楽しめるサービスが大変沢山出てきましたね。面白いサービスパーツを見つけたので、早速に右上に貼りつけてみました。
 小生が感じた季節の風(風情)を、12枚ですが、随時更新して画像を変更して行きますね。

 このサービスの中に、簡単にスライドショーに出来るアルバムを作ることができます。そのサービスで、宵宮の風情を楽しんでもらいましょう。なにぶん、深夜業務をこなして、また酒に酔ってますから、ピンボケ気味はご容赦くださいませませ・・・

 まだ、このブログパーツの機能がよくわかりませんが、画像をクリックしていただくとスライドショーが見れるようです。

明日の本宮の模様は、画像を追加して佐保神社秋祭りスライドショーを完成させましょう。

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チョット小旅行・・「津山さくらまつり」

2008年4月14日天気は晴れ、春一番が吹いてます。

 さて本日は休刊日ですね。のんびりしてますが、昨日に町内の老人達と「津山のさくらまつり」(岡山県)を楽しみにバス旅行をしました。わが商店街は老人ばかりになりましたが、よく旅行をします。いつもならフォトハイウエイーさんの方にアルバムを作って、掲載するのですが、塵埃記に一括掲載しますね。もう八年もお付き合いしている愛用のデジカメですが、200万画素です。画が荒いですが、呑気がなにを楽しんだか?・・風情として、一緒にお楽しみください。
●画像をご覧になりましたら、「戻る」をクリックしてくださいね。小生も時々、混乱しますね(笑)。

「衆楽園」をダウンロード
 岡山の津山市(我が地から一時間半ですね)に入り、まず衆楽園と言う公園に入りました。パンフレットには「古の絶景」とありますね。1665-57年に森長継「御対面所」築造とありますね。小さいな公園ですが、岡山で有名な後楽園よりも古くて、後楽園よりも40年も早く公園として市に移管されていますね。
残念ですが、桜は葉桜になっているのが多かったです。

「鶴山公園(津山城跡)」をダウンロード
津山城の本丸(天守閣)はありません。一の丸の建物ですね。この時期は「津山さくらまつり」が開催されていまして、五千本の桜が満開となっています(二日前が最高に満開だったそうです)。これから老人達と、この一の丸の向こう側の天守閣跡まで登って行き、弁当を開いて花見を楽しみます。

「一の丸を見上げる」をダウンロード
 どんどん登って近づきました。桜を見上げて楽しんでます。

「さくらまつりの風情」をダウンロード
日曜日で、色々なイベントが各所で行われていました。なぜか、おばちゃん達がフラダンスを踊ってましたね。今、一番元気なのは、おばちゃん達かもしれませんね。

「花見風情」をダウンロード
 沢山の人達が、青いシートを引いてお花見を楽しんでいました。天候がいまいちでして、時々小雨が舞いましたね。

「天守閣跡から花見」をダウンロード
この風情が見える所で、お弁当を開いてお花見を楽しみました。小雨がぱらついて、のんびりお酒を楽しみながらとは、参りませんでした。それで傘をさして歩いて楽しむことになりました。津山市内も見えていますが、画像の上の丘の建造物は、サッカーの強豪校として有名な作陽高校ですね。

「オマケの花見」をダウンロード
樹齢のある古い桜の木が多いのでしょうね。背丈があり大きな木が多いですから、壮観な感じになるのでしょうかね。

「桜の下遊び」をダウンロード
ソメイヨシノがほとんどだと思いますが、種の違う桜も見うけられました。なぜかこの画像の低木の桜の下で撮影される方達が多かったです。

「小生も桜の下で遊ぶ」をダウンロード
 小生もこの桜(なに桜でしょうね)の下で楽しみました。花が大きいですね。色も素敵でしたね。花の下で遊ぶと言うそのものですよね。

「オドリコソウ」をダウンロード
桜を見上げたり、見下ろしたりと楽しんで歩いていますが、小生は足もとの小さな花達が気になりました。オドリコソウのピンクの花が群生していて、春を踊って素敵でしたね。皆さんは桜に目が行き、オドリコソウが可哀想でしたね。

「白花タンポポ」をダウンロード
此花も、目に飛び込んできましたね。我が地では見ることができませんが、色んな所で咲いていまして、楽しみましたね。

「古い家屋」をダウンロード
今までの観光を、観光協会のお爺ちゃんが案内してくれました。最後に古い町並みが残っていて、寅さん映画やNHKの朝ドラに登場した町並みを案内してくれました。

「NHK朝ドラのアグリが育った庄屋」をダウンロード
朝ドラの「アグリ」は好きな番組でした。昔の庄屋(材木問屋)さんの家屋、蔵、庭と全部残されていましたね。庭の素敵さ、大勢の人達が暮らした模様が、アグリの映像からと一緒になって想像できましたね。

「屋敷から庭を見る」をダウンロード
豪放な姿を感じさせるお庭ですね。材木商だったことが伺えますね。庭に岩で組んで山を作っていますね。小生は珍しいお庭だと思いましたね。

 津山市を桜を通じて楽しみましたが、全国に小京都と指定されているのが60数カ所あるそうですね。この津山も小京都に指定されているそうです。小京都に指定されるのには、「古い大きな重要建築物、街路が碁盤の目、鴨川を思わす川、古い町並が残っている、周りを自然(山)が囲んでいる。」等々(その他もバスガイドが言ってましたが、忘れました)が必要だそうですね。

 チョット天候は思わしくなかったですが、充分に津山を楽しみました。藤の咲く頃の初夏や、秋の紅葉の時期も素敵だろうと思いますね。そんなこんなで、皆様にお土産ですね。桜はやっぱり「さくら餅」ですね。

「さくら餅の実演販売」をダウンロード
お兄ちゃんが、手際良く桜餅を作っていました。美味しそうでしたが、小生は駄目です。愚妻がパクリと食いついていましたね。もし愚妻が魚なら、甘いもので、あっという間に釣りあげられるだろうと思いましたね(笑)。

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伊吹山・彦根城下の夢京橋へ日帰り旅行。

2007年5月22日天気は夏日。

 この20日に、田舎の移動総会で上記の題のバスの日帰り旅行を楽しみました。デジカメで面白い被写体を探しましたが、バスの中がほとんどで、眺めるものは車窓と相成りましたね。
 アルバムをやめようと思いましたが、まあ暫くなら掲載も良いだろう。

「伊吹山頂上碑」をダウンロード
伊吹山頂上駐車場で見ました。芭蕉の句です。濃霧を画像にしたのは、はじめてです(笑)。「そのままよ」は、素敵な言葉ですね。「あるがまま」より、句になりますね。芭蕉は凄い。

 伊吹山探索を一番の楽しみにしていました。でも、気温5度で視界がありませんでした。頂上駐車場でトイレに行っただけです。
 天気は最高でした。伊吹山ドライブウエイの途中は、バスの車窓からですが、素晴らしい新緑風情を楽しみました。画像にしていません。

 下山途中にバスの中で、伊吹山のパンフレットを見ました。夏に行くと、高山植物が百花繚乱と咲き乱れる様ですね。頂上駐車場のトイレ周りだけでも、花達を見れましたからね。残念です。

 彦根城下に、夢京橋キャッスルロードと言って、新しい町作りに挑戦している商店街を見ました。今流行りの様ですが、古い町並みを再現し様としていますが、私には、甘い和菓子類を食べさせるお土産屋さんの町並みとしか見えませんでした。
 商店街の活性化と言うのは、奥が深く難しいものだと、またまた感じさせていただきました。

 そんなこんなで、アルバムをメインページから入れる様にしましたが、恥ずかしいです。なんにもありません。ないと言う事は、私の感性が踊らなかったとお察し頂くと、ありがたいです。 

 その反動で、あくる日は、里山をぐるぐる歩きまわりました。やっぱり自然の中が一番でしたね。

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四万十川の土産話・・

2007年4月17日天気は曇り。

 皆さんのところへ、お土産画像のお届けをしていまして、土産話を記していましたが、忘れないうちに塵埃記に残しておこうと思いました。

「四万十川のアカメ」をダウンロード
「あかめ」・・四万十川最大の魚ですね。

 遊覧船の船頭さんが言うには、「あかめ」は大きくなると2mぐらいにもなるそうです。土産話として面白かったのは、鱗が大変硬い魚だそうで、「どうやって鱗をはがしますか」と聞いてきましたが、お客様からの答が出ませんでしたね。なんとクワ(鍬)だそうです。
 あかめですから、目は見ようによっては赤いです。フラッシュを使うとちょっと赤ぽく光りましたね。

 それから、「四万十川の最高級魚はなんですか」と聞いてきました。皆さん「うなぎ」と答ますよね。船頭さんは、「半分当たってますが、うなぎの稚魚(シラスウナギ)です。」と言って、金魚スクイの様に川面を泳いでいるのを掬うそうです。バブル期には1kgが60万円もしたそうですよ。この稚魚が各地で養殖されて売られているそうです。(海で産卵するから、まだ卵から養殖は出来ないそうです。)

 四万十川の天然うなぎは、親指ぐらいのが、一番美味しいそうです。船の中の弁当で2切れ頂きました。

「四万十川の青海苔」をダウンロード
四万十川の川の青海苔ですね。

 青海苔も上記の画像の様に小石に沢山繁殖しまして、いくらでも採れるそうです。お吸い物中や、てんぷらにしていただきました。

 また、お弁当の手長海老も夜に川岸を歩くとウジャウジャいるそうでして、バケツいっぱいぐらい簡単です。「皆さんが、今食べているのは、私がとって来た物です。」と言ってましたね。「両方とも、お暇ならいつでもとりに来てください。」とも言ってましたね。

 投網を打って魚が取れる。笹の塊を沈めておいて、蟹やうなぎの漁をすると言うことですから、四万十川は、ものすごい量の魚や海老や蟹が生息しているということですね。

 我が地の川も、私が子供頃(50年前)には、夕暮れにミミズを入れた籠をつけていると、明くる朝には「うなぎ」が入ったものでしたがね。

 しめは、昨日と同じですね。自然の川は、恵みの川なんでしょうね。四万十川がこのまま残ってくれる事を祈りましょう。

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四万十川・足摺岬の旅

2007年4月16日天気は曇り、小雨。

 毎年恒例に町内旅行を楽しみました。昨晩に帰ってきたのですが、大変に疲れました。私は町内で若手でして(還暦前)、幹事を仰せつかる事が多いので、ほとんど私が旅先を決めています。今回は四万十川や足摺岬の良し悪しじゃなしに、バス旅行の一つの思いに達しました。

 この度は、バスの走行距離が片道500kmでして、のんびり歩いたり散策したりの観光の時間がありませんでしたね。ほとんどが車窓からの観光となりますね。私より高齢者ばかりです。もうバス旅行パックは、片道350km以上走行の旅はしないと決めねばなりませんね。

「四万十川」をダウンロード
船遊覧からの四万十川ですね。

 四万十川を見たくて旅行をした訳ですね。私の感想を記しておきましょう。船遊覧を楽しみましたが、なんにもありませんでした。奇岩や新しい見物はありませんでした。
 でも、これは知床の「なにもない春です。」と同じなんですね。大昔からのそのままの自然と言うのは、何もないのですよ。その昔のままの川姿こそが、四万十川なんですね。私の子供の頃の川を思い出させてくれましたよ。

 川岸は、竹薮のオンパレードですね。これが洪水で川岸を流されるのを防いでいるそうです。青海苔や色んな魚達が大変に豊富ですから、皆さんの期待する透明度もありませんよ。ただ自然の豊かな色は、はっきりとわかりますよ。この四万十川の色んな漁で、生計を立てている人達が2500人ほどいらっしゃるらしいですからね。観光の美川というより、恵み豊かな大昔からの川と表現した方が正しいと思いますね。コンクリート化した日本の川では、もうこの四万十川ぐらいしか残ってないかもですね。

 人間は豊かさを求めて進歩して行きますが、自然の持つ豊かさを逆に失って行く、何かを得ると何かを失う、宇宙のバランスかもしれませんね。そんな事を船遊覧で思いながら楽しみましたね。

 足摺岬も走り歩きでした。旅館はひなびてまして、四国巡礼の方達でいっぱいでしたね。宴会もほどほどで切り上げましたが、外に出ても何もありませんからね。もっと時間の余裕があれば、のんびりと足摺辺りのちょっと違った自然をじっくりと楽しめたと、大変に残念に思った次第です。

 まあー呑気が走り撮った旅行記をアルバムにしました。メインのアルバムで、お暇な方はお遊びくださいませませ・・

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世界の梅公園

2007年2月20日天気は快晴。

 昨日、また大好きな1人ドライブを楽しむ事が出来ました。ネットのお友達から、画像掲示板に龍野市御津の梅林園やそのすぐそばにある「世界の梅公園」のお知らせを頂き、また春の海も見たくなりまして、たまらなく車を走らせました。

 メインページにアルバムを作り、ご覧頂ける様にしました。そのアルバムの説明の様に塵埃記を綴りますね。

 先ず、姫路城を楽しみました。正面、側面、裏からと眺めました。まあーいつ見ても立派なお城でしたね。
 国道2号線を走り、それから海辺の方へ入ります。国道250号線に乗り、龍野市御津へ入ります。ここは海と梅の街として有名なんですね。

 綾部山梅林園がありまして、二万本の梅の木が植わってますが、2年前に楽しんでますので、その前の菜の花畑だけを楽しみました。これが素晴らしいです。梅林に決して負けませんね。

 そこから少し行くと「世界の梅公園」があります。初めて入りました。世界の350種の梅が楽しめますが、梅の花一輪、一輪を見て歩いて、違いを見たいですが、到底無理と判断しました。色んな梅が咲き乱れている木姿を楽しみましたね。梅は梅と眺めましたが、風情の違いは少し感じましたね。

「世界の梅公園内」をダウンロード
私が、梅を眺めていると、ひょっこり顔を出したワンチャンがいました。

 梅公園のパンフレットを貰ってきましたので、大雑把に梅のことを記しましょう。
▲日本種には・・
●野梅系・・原種に近く、じょうぶ。枝が多く葉が小さい。
●紅梅系・・枝が細く、髄部は紅色。葉は野梅系に似る。
●豊後系・・アンズとの自然雑種。枝が太く、葉が大きい。
●外国種・・中国と台湾と韓国の梅でした。

 梅を楽しんでから、春の海を見たくなりました。赤穂まで海岸線を走って、海を眺めました。
 暖かくて、車窓あけて走っても丁度心地よいくらいでしたね。海は水蒸気が上がっているのでしょうか、冬の海とは違っていました。
 春霞なんだろうなーと画像にしましたが、島々が綺麗なんですが、画像になりませんでしたね。

 でも、暖かい春の陽射しを受けて、眺める海は素敵でした。最終の赤穂岬まで行き、大石蔵之助も眺めただろうと春の海を楽しみました。

 そんなこんなで・・1人ドライブを楽しみましたが、画像がどうも不満ですね。どうも画素数が足りないのかなーと感じかけました。それとも春の陽射しに設定を間違ったのかなーですね。でも、私が追っている風情は、なんとか画になった様です。
 お暇な方は、アルバムをお楽しみください。暫くだけ掲載しますね。

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呑気な山歩き・・

2007年2月15日天気は快晴。

 塵埃記のネタがありません。世風の話が続きました。この12日(月)に素晴らしい天候に誘われて播州の山を歩きたくなりました。
 あまり記したくない情けない呑気流の山歩きで、塵埃記を進めます。

 私の山歩きは、野草花達を見たくて歩いています。ですから、登山ではなく、ぶらぶらと、ごそごそ歩きになってしまいますね。
 我が地から西に、車で30分ぐらいのところに「雪彦山」があります。南へむかえば「六甲山」も40分ぐらいで行けますが、ほとんど人影を見かけない「雪彦山」の方が、のんびり歩きの花探しには最適でして、季節の良い時に何度か足を運びます。

 雪彦山は、林道の改修工事で通行止めになっていました。帰ろうと思いましたが、来る途中に「七種山(なぐささん)」の看板を見てましたから、「おうっ、播州の名山683mかー(笑)」と歩いてみることにしました。

「七種山」をダウンロード
七種山の頂上まじかの神社から・・

 私は登山口に入るまでに、ごそごそ花を探して歩きます。花は野の花でして、我が散歩道と同じでした。登山口からはちょっとだけ険しい坂道ですが、なんてことはないですね。花を探しますが、コショウノキの蕾を見て、咲いたものがないか探しました。出会えませんでしたね。
 ただ、残り椿一輪ですが、ヤブツバキがとてもふくよかで綺麗でした。画像作りに失敗しました(これはよくあることです)。

 展望はほとんどありません。七種の滝まで登りますと、落書きだらけの神社がありましたね。

「七種の滝」をダウンロード
標高差73Mの七種の滝ですね。

 これが有名な滝かーと眺めましたが、ちょろちょろと水が落ちています。登山会の人達が立てた看板を見て、笑ってしまいました。
 薀蓄が書いてあり、「期待してこられましたが、さぞ残念でしょう。水量がないと岩肌を見るだけです。でも気を落とさず、再度尋ねて見て下さい。」とありましたね。水量のある時は見ごたえがありそうですね。

 まあ私は、もうすっかり慣れっこになってます。播州あたりの山や滝や神社仏閣の看板を見て、楽しみに入って行きますが、がっくりと眺めることは毎度のことですね。でもその裏手や付近を歩くと、素敵な野草花達に出会いますね。いつも花達は裏切ることはないですね。

 そんなこんなの、のんびり歩きでしたが、頂上までは、足を運びませんでした。暖かくなって、野草花達が沢山咲きあがって来た時に再度歩いてみようと思います。七種山の詳しいことを知りたい方は、ネット検索してください。
 私が出会っていない、クロバイ、ミヤマヨメナが咲くそうで、会ってみたいですね。

 あっそうそう、七種山を歩きましたが、ここも人影がまったくなくて素敵だと思いながら、下山していましたら、若いアベックさんと出会いました。
 トラックの運ちゃん風の男が、「滝までは、どれくらいやろー。」と聴いてきましたので、「今登ってきたぐらいやー。」と言って、少し離れて後ろを歩いていた子供っぽい女性に「滝は見れませんよ。岩を見るだけです。水がありませんよ。」と囁くように言ってやりました。
 誰もいない山の中で、彼女は不安げな顔で、山男風の白い髭面の私を見つめましたね。

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小さな山寺を楽しむ・・

2006年11月22日天気は薄曇・・

 岡山への研修や、皆生温泉宴会旅行と続きまして、紅葉が見頃になっているのですが、近くの有名どころへドライブすることが出来ません(遊び過ぎで、動けません)。そこで、この月曜日に我が市の隣の篠山市に、ちょっと車を飛ばして楽しんできました。昨年に少し記しましたが、人の気配は少ないですが、私は大変気に入っています。

「紅葉に埋もれる地蔵さん」をダウンロード
大国寺の境内です。小さな地蔵が賽銭箱を抱えてポツンと置いてありますね。(昨年はあったかなー?)

 我が地から山越えの道を走るとすぐにあります。篠山市内までは、まだ車で15分はかかりますね。小さな山寺です。
 境内に入ろうとすると立て札が立ってまして、拝観されるのでしたら100円をお願いしますと記されていて、小さなオモチャのような賽銭箱が地面に無造作に置いてあります。100円をポロリと要れて、入りました。

 人の気配はまったくありません。境内は、銀杏とモミジの落ち葉が一面に絨毯のように積もっています。赤と黄のコントラストに目を奪われます。紅葉を見上げます。素晴らしい色づきです。古い大きな木は数本ですが、その樹木の曲がりくねった枝振りに栄える紅葉は、山寺の風情そのもので、ウーンと溜息が出るほどなんですよ。
 私の得意な、画素数が少なくても、光りと影で画にしてやろうとしましたが、女心と秋の空です。晴れたり曇ったりでしたね。

 私に写真技術があり、3脚を使い、その美しさを表現してやればと思いますが、そこは呑気遊びでパチパチです。絵画感性だけの目線となりました。

 大国寺をネット検索しましたら、「春の茶祭り」は人気があるそうです。紅葉も素晴らしいとありますが、「あまり人が多く来てもらっても」と記してありますね。まあ、さっと見るなら5分で総て見れますね。小さな山寺です。

「大山茶花」をダウンロード
西方寺の大山茶花です。樹齢600年の天然記念物だそうです。

 我が地のお隣町の立杭焼で有名な今田ですね。境内はこの大山茶花で半分以上は占めていますね。ここも「山茶花祭り」の旗が2本上がってますが、人の気配がありませんね。平日だからかもですが、いつ行っても坊さんにも出会いませんね。
 ここの住職さんが記されているのでしょう。薀蓄のある言葉を見て楽しみます。さっと総てを見るなら、カヤの大木も含めて1分で見れますね。私のお気に入りの小さな山寺です。

 そんなこんなで、小さな身近な山寺を楽しみ、アルバムにしました。お暇ならご覧ください。メインページから、山寺に入れますよ。

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皆生温泉旅行・・

2006年11月15日天気は晴れ。

 老齢化が進み、滅びかかった商店街の皆さんと、慰労宴会目的の大名旅行でした。私は行く先々で、呑気な目線でデジカメ遊びで楽しみました。

 まずは、車窓から大山遠望を楽しみました。車窓からの紅葉が素敵でしたね。まずは蒜山高原にて、定番のジンギスカン料理でちょいと一杯・・蒜山高原の酒「そっ」を楽しみました。

 続いて、大山麓の大山寺参拝ですね。私は皆さんから外れて、ブナ林の中へと入って行きました。

 皆生温泉旅館に到着後、旅館の中ぐらいしか散策は出来ませんでした。宴会は、お話できないほどの馬鹿騒ぎとなりました。定番の松葉蟹づくし料理でしたね。

 翌日は、松江市の大根島へと参りました。「由志園」と言う庭園と寒牡丹と牡丹園を楽しみました。綺麗でしたが、天候が悪く素敵な画像にはなりませんでした。お勧めコースと言えるでしょう。

 続いて、松江フォーゲルパークへと行きました。今流行りの花鳥園ですね。世界最大の室内ガーデンと歌ってますね。約一万本のベゴニアやフクシアが、所狭しと花を咲かせていましたね。鳥達(オーム系)も沢山いましたね。大好きな梟も沢山見ましたが、フラッシュを使えませんので画になりませんでした。

「花鳥園の花」をダウンロード
松江フォーゲルパーク内で見ました。

 ベゴニア、フクシアの鉢植えの大花達に目を奪われますが、上記の小花に引かれてしゃがんで眺めました。野草花の風情が好きなんでしょうね。名前を忘れました。カタログにも載っていませんが、お名前をご存知の方は居られるでしょうね。

 その後は、バス旅行のお決まりのコースで、お土産屋さん巡りとなりますね。そんなこんなですが、酒だけは切らさずに楽しみました。

 メニュー最下に、旅行アルバムを作りました。暫くの間、掲載したいと思います。お暇な方は、お楽しみください。

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播州佐保秋祭

2006年10月15日天気は秋晴れ、快晴です。

 秋祭り、各村のタイコの宮入が、たった今終わりまして、皆さん佐保神社で休んでいます。私は大役がなかったから、本年は宮入を画像にしてみました。お楽しみください。呑気が見た秋祭りです。大変に酔ってまして、我が家で暫く、ごろりと休もうと思います。

「秋祭り1」をダウンロード
<重い屋台を神様の前で、伊勢音頭にあわせて担いでいます。楽しそうでしょう。

「秋祭り2」をダウンロード
我が町内と、隣町のタイコです。私は担がないといけないのですがね。皆さんが疲れた時に少しだけ手助けしました。

「秋祭り3」をダウンロード
これから、町を担いで行く若い衆も元気ですよ。

ではでは、今から慰労会でがぶがぶと皆さんと一緒に酒を呑むだけです。町内が久しぶりに笑顔の懇談となります。酒を呑みながら、長老達から、昔の話が出てくるのを楽しみにしています。

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戎さんも無事に終わりました。

2006年1月11日天気は晴れのち曇り。

田舎町古い神社の戎さん欅の下で福餅を撒く

「餅まき風景」をダウンロード

 本年の福を呼ぶ戎さんも無事終わりました。田舎町の小さな戎さんですが、地域の方達が福を求めて参られます。小さくても大切に保存して行きたいものですね。

 次々と田舎の伝統行事がありますが、この戎さんも、地域の皆さんと新年にはじめての顔合わせみたいなところもあり、「本年もよろしく」と挨拶を交わしながらのお祭りとも言えますね。

 呑気も釜揚げうどんを作って販売していましたが、わざわざ私が作っている釜のところまで来ていただいて「呑気よ、本年もよろしくなー」と言われるとありがたいものですね。「うどん食ってけよー」と言うと、「よっしゃー」ですね。

 こうやって簡単な言葉で交流が深まるのですね。「また本年も元気でやろうやー」なんですね。お見かけしなくなった方達もあります。どうなさっているのでしょうね。また大きくなった若い衆の顔も見ます。「おうっ、青年よ、立派になったなー」なんですね。

 そんなこんなで、田舎町に福もやってきました。また小さな日常がやってきます。些細な事でも楽しく笑って暮らして行こうと思いますね。

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師走の士道

2005年12月16日天気は快晴。

 15日の夜に、NHKで忠臣蔵について、「討ち入り賛成か反対か」と言う面白い番組を見ましたね。家臣300人の内のあとの250名ほどは討ち入りに参加しなかったのですね。

 賛成派アナウンサーは忠義や士道とまあ私達のよく知っている内容でしたね。反対派アナウンサーは「家族や家臣を守るために、断腸の思いで、参加しなかった。」とこれがメインだったように思います。

 賛成派の華々しい清死をえらぶか、反対派の苦労を覚悟の苦難の道を生き延びるか、当時はどちらをとっても、貧しく厳しい選択を迫られたのですね。

 視聴者のアンケートでは、最後は賛成60%、反対40%でしたね。皆さんはどちら・・

 私の散歩道に観音寺と言う小さな尼寺(住職はもういませんが)があります。旗本家原浅野家の陣屋があったそうです。そこで、47人の菩提所がありますね。毎年12月14日に義士祭が行われますね。

「大石内蔵助の墓」をダウンロード
大石内蔵助の墓を取り囲むように、47人のお墓があります。

 ネットのお友達が、なぜ吉良は赤穂の若殿様をいびったのか、なぜ若殿様は家臣のことを考えなかったのか、また討ち入り後、褒め称えられたのに、断罪したのかと・・私も同じことを忠臣蔵を見るといつも思いますね。

 吉良さんも、名君だったからこそ重要な地位についたのだろうし、浅野の殿様にも年老いた参謀がついていたでしょうにね。

 討ち入り後は、幕府の識者の間で意見がわかれたそうですね。強行断罪派と士道を称え穏便派とが争ったそうですね。私は両方の真中が、47人の切腹だったのでしょうね。家族や家臣に及ばなかったことが、忠臣蔵の歴史を作ってきたのかもしれませんね。それが、我が地にも残っているのでしょうね。もっと凄いお家断絶があったでしょうね。今のリストラどころではないでしょうね。(内蔵助の心の中に、このこともあったのかもですね)

「観音寺の薀蓄」をダウンロード
我が観音寺の薀蓄を貼っておきましょう。これをキーで打つつもりでしたが、邪魔くさいです。師走の士道達に叱られそうですね。便利な時代になったものです。

 私も武士の血(浅野家じゃないですよ)が少しですが、流れてます。心清く清貧に暮らし、士道を学ばねばなりませんね。

 あるネットのお友達が日記に、一級建築士、弁護士等々は、なぜ士とついているかよく考えよ、漫才師、手品師等々の師とは違う、「武士は食わねど、高楊枝」の士だと、今話題の耐震問題に怒りを表されていましたね。感心しましたよ。

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無事帰ってきました。

2005年11月9日天気は晴れ。

 山中温泉方面へ町仲間達総勢25人と一泊の旅行でした。天候には恵まれませんでした。この歳になると観光が楽しみなんですがね。
 その上に商店街の連中です。観光ができないとなると、飲むは食うはの大名旅行となりましたね。私は大変疲れてしまい、帰りはずーとバスの中で眠っていました。

「竹人形」をダウンロード
越前竹人形の展示作品ですね。目を引かれました。素敵でした。

 旅行は、越前竹人形(昼食)、芝まさ(パットゴルフは雨天中止)、山中温泉宿(ソフトコンパニオンと暴れまくり、私はじっとしてました。飲みすぎました。)

二日目、山中温泉街視察(新しい商店街をみました。)、九谷焼(お土産屋さんですね。)、航空展示館(名前もまちがっているかも)、那谷寺(天候快復、素敵なところでしたが、時間が短かったですね。)、昼食は回転寿司屋(オオトロ、馬刺し美味しかったです。)、帰り道すがら、海鮮問屋(お土産屋)等々に立ち寄りながら帰ってきました。

 素敵な画像をアップしたかったのですが、紅葉もまだまだ見頃ではなかったです。上記の理由で、私が目にしたままの画像を見た順に旅日記としました。

 お暇な方は遊んで見てください。

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大好きです。出石の皿そば・・

2005年10月25日天気は晴れ。

 本年は色々とありましたが、昨日やっと大好きな一人ドライブに出かけることが出来ました。なぜか一人でいると落ち着けるのですね。
 また車窓から秋の景色を眺めながら、車の中でエンヤや懐かしいカーペンターズのCDを聴いているとふーっと人生を振り返ったりもしますね。そこでこれからのことが、まとまったりもします。
 
 そんなこんなで、最下のメニューにアルバムを作りました。お暇な方はお楽しみください。我が地から北の山間の風景が見れると思います。

 ドライブ中にどうしても「出石の皿そば」が食べたくなりました。私は旅行に行くと、必ずその地の麺類を食べます。特に「ざるそば」系統です。うどんもうどんだけをタレで食べる「ざるうどん」的なものを注文します。

「sarasoba.jpg」をダウンロード
出石名物の皿そばです。

 大好きなんですが、その謂れや食べ方を良く理解していませんでしたので、ここに記しましょう。

 最大の美味しさは、「挽きたて、打ちたて、茹がきたての伝統の(三たて)製法。」だそうです。

 三百年の伝統が育んだ出石皿そばと、パンフレットにあり、「宝永三年(1706)に出石藩主松平氏と、信州上田の仙石氏がお国替えとなりました。その際、仙石氏と共に信州からきたそば職人の技法が、在来のそば打ち技術に加えられ誕生しました。
 その後、出石焼が始まり、白地の小皿に盛る様式が確立されました。今では、約50軒ものそば屋が並ぶ、関西屈指のそば処として知られています。」とありますね。

 食べた後の小皿の絵柄が素適だったのですが、残念です、画像にしていませんね。

「おせっかい」。食べ方指南とあります。記しておきましょう。

1.つゆをお猪口に注ぎつゆの旨味を味わう。
2.まず、そばとつゆだけで、麺を味わう。
3.次に薬味。ねぎ、わさびでさっぱりと。
4.山芋・玉子で、違った美味しさを味わう。
5.最後はそば湯でしめて、ごちそうさま。

 嬉しいです、この通りに今まで食べていましたよ。最後のそば湯も大好きでして、つゆと混ぜ合わせて総て飲み干しますよ。本場のそば湯でした。とろみが多く美味しかったです。
 そば通は、小皿を重ねて箸の高さまで食べると言われてます。私は七小皿でしたね(箸の三分の2)

 いかがでしたか、薀蓄を聴くと美味しかったでしょう。「画像じゃ、食ってないワイ」と叱られそうですので、これまでにします。

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お盆を知ろうと思いました。

2005年8月11日天気は快晴・・暑いです。

 本年は亡母の初盆(新盆)です。色々なお飾りをして、母やご先祖がお帰りになったのを迎えて、ご供養をしています。本日、檀家であるお寺さんから、お坊さんが参られて、新仏さんとご先祖の供養のお経を上げてもらいました。

「亡母の供養」をダウンロード
我が地の盆棚ですね。

 そこでネットでお盆のことを確りと知っておきたくなりました。あるページに簡単に記してありましたので、抜粋してみましょう(お許し頂けるでしょう)

●お盆とは
お盆は正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいます。これはインドの言葉の一つ、サンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したもので、略して「お盆」と呼んでいます。
お盆のはじまりについては、「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」の中の親孝行の大切さを説いた教えが、昔から知られています。それは、「お釈迦様の弟子の中で、神通力一番とされている目連尊者が、ある時神通力によって亡き母が餓鬼道に落ち、逆さ吊りにされ苦しんでいると知りました。そこで、どうしたら母親を救えるのか、お釈迦様に相談に行きました。するとお釈迦様は、おまえが多くの人に施しをすれば、母親は救われると言われました。そこで目連尊者はお釈迦様の教えに従い、夏の修行期間のあける7月15日に、多くの僧たちに飲食物をささげて供養したのです。すると、その功徳によって、母親は極楽往生がとげられました。」という話です。
それ以来(旧暦)7月15日は、先祖供養の重要な日になったと伝えられています。
現在、日本各地で行われているお盆の行事は、各地の祖霊信仰の風習などが加わったり、宗派による違いなどでさまざまですが、一般的にはご先祖や故人の霊が帰って来ると考えられています。
ですから一般の家庭では、家族や親戚が集まり、ご先祖や故人の霊を迎え、感謝供養する行事として行われています。

●新盆
故人が亡くなって四十九日の後、初めて迎えるお盆を新盆といい、「にいぼん・しんぼん・はつぼん」などと呼びます。
四十九日の忌明けより前にお盆を迎えた時は、その年でなく、翌年のお盆が新盆となります。
新盆は故人の霊が初めて帰って来るという考えから、自宅で、家族や親戚のほか、故人と親しかった方々を招いて、普段のお盆より特に丁寧に供養を営みます。菩提寺のご住職に来ていただき、お経をあげてもらう場合も多いです。
また新盆は、知人が突然おまいりに来ることもあるので、その準備も考えておきます。

●精霊棚(盆棚)
多くの地方では12日か13日の朝に、ご先祖や故人の霊を迎えるための精霊棚(しょうりょうだな)(盆棚)をつくります。
台の上に真菰(まこも)の筵(むしろ)を敷き、位牌を中心に安置し、仏具、お花、ナスやキュウリ、季節の野菜や果物、精進料理を供えた仏膳(霊供膳)などを供えます。
蓮の葉にナスやキュウリをさいの目に刻んで洗い米と一緒に入れた「水の子」、蓮の葉に水をたらした「閼伽水(あかみず)」、みそはぎ、ほおずき、などを供える場合もあります。
精霊棚(盆棚)のつくり方は地域によって異なりますが、精霊棚(盆棚)を設けるのが難しい場合は、仏壇の前に小さな机を置いてお供え物を置きます。

●盆踊り
最近では宗教的な色合いは薄れてきましたが、元来盆踊りは、お盆に帰って来たご先祖や故人の霊を慰め、無事に送り帰すための宗教的な行事でした。
また、帰って来た霊が供養のおかげで成仏できた喜びを、踊りで表現しているともいわれています。

 まだまだお盆については色々ありますが、これくらいにしておきます。
 私は小さい頃に爺ちゃんやばあちゃんが「仏壇の前に行って、ご先祖様とお話してきなさい。」とよく言われましたが、その頃は返事も返って来ないのに、どうやってお話するのかと思ってましたが、仏様とはお話できますよね。

 自分の心の思いが、仏様やご先祖に反射して返ってきますよね。そしてなぜかその心が優しくなって返ってきますよね。
 神や仏は、ある意味で自己の心を反射させる為に存在されているかもとも思いますね。

 過去に亡くなられた方達の供養をしながら、精霊流しじゃないですが、自分の乱れた心も洗い流すお盆にしたいと思いますね。

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隠岐の島観光。

2005年8月1日天気は晴れ。

 昨日の夜に、恒例の町内旅行・隠岐の島観光旅行も無事に帰ってまいりました。
 中国縦貫道路で朝の5時半の出発で、米子の境港近くの七類港(8時30分発)から、フェリーで3時間で島後(どうご)へ、そこで一泊して、その朝フェリーで島前(どうぜん)へフェリー1時間30分、遊覧船観光を2時間、帰りの高速船レインボーが1時間30分と、合計8時間あまりを船の上で過ごした旅行でしたね。

 お天気は明くる日の朝方と遊覧船の途中で雲行きが怪しくなりましたが、雨も降らず快晴でして、暑くて、暑くてと言う旅行になりました。

 隠岐の島は流人の島としての歴史を持っていますが、その流人達は後醍醐天皇を筆頭に政治犯としての人達ばかりで大変由諸ある島民達だそうで、その島が受け継いでいる伝統文化は小さな文化財が多いですが、歴史を充分に感じさせてくれましたね。

 島民達が守り育てている文化も、800年の歴史を持つ「牛突き」、村村の交流を目的とした「古典相撲」も他の地域にはない情の深さを感じる伝統文化だと思いましたね。

「牛突き」をダウンロード
本番の「牛突き」ではありませんが、観光として見せてもらいました。800kg以上ある雄牛の突き合いは迫力がありましたよ。

 また島後、島前と隠岐の島全体が国立公園に指定されていて、自然も昔のままの姿で残っている様ですね。特に島前は自然が豊かで綺麗だそうですが、今回の私達は島前の陸路を観光することができませんでした。残念ですが、遊覧船で海岸の奇岩や美しい風景を楽しんできました。
 
草花や樹木も5月頃に行くと、樹木のオキシャクナゲや草花のナゴラン、エビネ等々とラン科の自然種も沢山見れるそうです。ガイドが言ってましたが、「乱獲にあい、少なくなっていたのを、バイオで復活させて、だんだん増えてきているそうです。」

 そんなこんなで、ぐうたらで宴会好きですが、ポケットデジカメで呑気に画像を作ってみました。メニューの一番下の隠岐の島観光にアルバムを作りました。お暇な方は、のんびりとお楽しみください。

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旅のお土産で・・


北陸路で出会って買って帰った山の珍果サルナシのお土産です。

 山中温泉方面への旅行で、帰りのお土産屋さんと言うことで、越前の海産物専門のお土産屋さんに入り楽しみました。ぐるぐるまわっていると、一番奥の客の行かないところに、小さな台を置いて上記画像の様に一カゴだけ「サルナシ」を盛って販売している若い衆がいました。
 里山でサルナシの花を見たいと思っていましたから、早速に販売員さんに「美味しいですか」と尋ねました。販売員さんは「一粒食べてみてください」と手渡され、食してみました。酸味があり甘酸っぱくて美味しかった(キーウイの小粒の様でしたが、味は濃厚でした。)ですので、少しお土産にすることにしました。

 私は、「おいっ、一粒でレモン10個分のビタミンCに相当するとあるがほんまかいな?」と尋ねると、「はいっ、美容に良いどころか、もっと色々な効能がありますよ。お通じ、便秘に大変良く効きますから、ご主人様、一日に3粒以上は食べないように皆さんに仰ってください。それ以上食べると下痢を起こしかねないですから。」とニコニコ笑いながら言うから、私は「そうか、じゃー、ご婦人達の土産にもってこいやなー。」と値切ってみました。
 すると「わかりました。100グラム420円ですが、300グラム1000円でいかがでしょう。」と安くしてくれましたよ。

 色々話をしていると、栽培品なのだが、まだ大量に栽培できる状態ではありませんので、このカゴにある分だけ販売していることや、花は荒れ地でも咲きますから、探せば見れると思いますよと言ってましたね。

 ネットのお友達と「サルナシ」について、珍しいと言うことで、ネット検索してみました。素敵なページがありましたのでリンクしましょう。「猿梨」がおわかりになると思います。
「さるなし(猿梨)のページ」をダウンロード

 また違うネットのお友達から、猿が大変好んで食べるから猿梨とついたそうですね。ともお知らせいただきましたね。
 いずれにしても、ビタミンCで肌がつやつや、便秘に効くとなるとコリャーご婦人方の間でヒットしそうですね。

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紅葉の季節

sekigannjinokouyou.JPG
本日(11/23)は石龕寺の紅葉です。

各地の紅葉を追っているカメラマンが、本年一番だと言ってましたので、たまらず見に行きました。
我が家からは車で30分ほどのところにある。山寺と言ったところです。
素晴らしい紅葉でしたので、40画像ほどをアルバムにしてみました。
時間がなかったので流し撮りになりましたが、お暇な時に暖かくしてパソコンの前でお楽しみください。
私と一緒に見て巡っているように作ってみました。

メニューの「呑気おやじ」の「石龕寺の紅葉」をクリックでご覧になれます。

ここからでも入れるようにしましょう(ページ作り遊びですね)
★11/22・呑気の流し撮り紅葉★
↑をクリック・・わかってるワイ!とお叱りを受けそう・・

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昭和30年代・・

mizetto.JPG
本日(11/11)は懐かしいミゼットです。

 この11月8日から一泊二日の研修旅行??と言うことで、商店街のおやじどもと道後温泉の方にバス旅行を楽しみました。道後に行く途中に岡山と広島の県境にある「みろくの里」と言う遊園地で昼食と言うことで立ち寄りました。
平日と言うことで閑散とした施設でしたね。

 さてこの施設の中に映画のセットのようにして昭和30年代の街並や商店が再現されていました。大変懐かしい風景でしたので、塵埃記にその懐かしさの一端を記しておきましょう。箇条書きで懐かしみますね。

★小学校の教室・・冬になるとお弁当を温める保温機が教室の隅にあり、上に醤油つけの鰹節だけの弁当が温まってくると、その匂いが教室に充満して、お腹がグーグー鳴ってきたのを思い出しました。
★三輪自動車・・発展途上国ではまだ走っているようですが、酒屋や八百屋のおやじが乗って走っていました。荷積み自転車(前のタイヤより後ろのタイヤの方が一回り大きい。)で沢山の荷物を配達していた小僧さんの姿も思い出しましたね。
★小さな映画館・・私は小学卒業するまで映画館の息子で育ちましたから、中でもポスターをそのままに模写した大きな素晴らしい看板を描いていた白ヒゲのおじいさんを思い出しましたね。
★駄菓子屋・・5円、10円を持って走っていって今日はなにを買おうか色々触って遊んでいましたね。必ずと言って、昔の駄菓子屋さんはおじいさんかおばあさんがニコニコ笑いながら座ってましたね。
★スタンドバー・・スナックと言うのはいつごらからなんでしょうね。亡父がスタンドバーも経営していましたから、懐かしい風景でしたね。そのころはカラオケもなく、男と女の会話だけで酒を楽しんでいましたね。店で働く女性達も地方から金の卵としてある工場に働きにきていたのですが、なにかしらあって水商売に入って行き、そのお店で知り会った男性と結ばれて行くのを、子供ながらに見ていたことを思い出しましたね。ジュークボックスを探したのですが「みろくの里」にはなかったですね。

 そのあと、手押しポンプ、写真屋さん風景とカメラ等々の懐かしい子供の頃を思い出させてくれました。まだまだ皆さん貧しい時代でしたが、なにかしらワクワクするような素的な風景でしたね。良き時代だったのかもしれませんね。
私も鶴田浩二じゃないですが、もう「古い人間」なんでしょうね。

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播州佐保秋祭

taiko1.JPG
本日(10/4)は我が町内の布団タイコです。

 我が地の年間行事の中で重要な秋祭りです。上記の画像は宵宮の巡行で一休みしている時に撮りました。
毎年10月の最初の土曜日が宵宮、そして日曜日が本宮となります。子供達や若い衆にとっては待ち焦がれた男の祭りです。昨日で今年の祭りは終わりました。

 布団タイコの大きさは画像の横に街路灯が写っていますから、高さは町の電線を長い竿であげながらでないと通れないですね。ですから、我が商店街の横看板はタイコが通れる高さ以上になっていますね。重さは1.5トンほどでしょうか、宮入で伊勢音頭に合わせてタイコをゆすって踊りながら担ぐ時には100人ぐらいの人達が担ぎますね。
龍の緞帳の中に若い衆が二・三人入ってその中の大太鼓をドンドン打ち鳴らしながら宮入や巡行をしますね。
このタイコの歴史や我が町にいつ頃からはじまったのかは、私は詳しくは知らないのですよ。来年またゆっくりと聞いておきます。でも真中の狭間の彫り物は色々なところから写真を撮りに来ますね。古いものだそうでその彫り物の技法を研究するのに写真にしているそうですよ。
 お値段はいかほどかも想像がつかないそうです。ただ修理で龍の緞帳の龍の鱗一つが10000円だそうですから、それから考えると・・うーんわからないですね。

 私はこの祭りの布団タイコや色々な各地の祭りのダンジリや屋台を見ると、いつも昔の人達の知恵の素晴らしさに感心してしまいます。なぜならば、このタイコ一つで担ぐ者達や見て応援する者達で何百人の人達が1日楽しく遊べるのですよ。我が町には現在は4台のタイコが各地区から佐保神社にやってきます。村人達が料理やお酒を楽しみながら、清清しい秋を満喫して1日中タイコを囲んで笑顔で過ごすことが出来るのですよ。ある意味で凄いオモチャを考え作り出したものですよ。

 護国豊穣を祈った祭りも終わり、さー農家の人達の稲刈りのシーズンへと入って行きます。

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