カテゴリー「アーカイブ4」の記事

2009年も過ぎ去ります。

2009年12月31日午前0時15分

 皆様・・良いお年をおむかえください。

 本年は、仕事が色々と重なり、ネット交流が多くは楽しめませんでした。しかし皆様の暖かいお心で、のんびりとした交流を過ごせたと思います。最後に、ネットから素敵なプレゼントも頂きました。

Photo

  
  
  
                     2009年も暮れようとしています。12月に義母を亡くしまして、新しい年のお祝い事を慎まなくてはなりません。皆様に新年のお祝いの交流が出来ませんが、新しい年も相変わらず遊んでやってくださいね。

| コメント (3)

「ペンタックス賞」・・猫に小判となりました。

2009年12月22日天気は、寝ていてわからず・・

 12月に入って他界した義母のことがありまして、何日か仕事が出来ませんでしたから、その仕事を追いかけるのに忙しくしていました。仕事は一段落しましたが、年末・元旦は新聞屋の一番忙しい時期となります。英気を養うために本日は、朝の十時から午後5時まで寝ていました。寒さも厳しく炬燵で丸まっていました。

 さて、11月ごろからデジブックと言うネット遊びを知りまして、遊んでいました。このブログにも何点か登場させましたね。そのデジブック広場で、ペンタックスが「秋の色」と題して、デジブックのコンテストが行われていました。
 昨日が結果発表の日だったのですが、本日の早朝に入って見まして、驚きました。なんと小生の作品に賞が与えられていました。こう言う類に縁のない男でして、嬉しいより恥ずかしいなーと素直に感じたしだいです。

★秋のデジブックコンテスト2009★で結果発表されています。お暇な時に、小生の作品と同時に他の入賞者の方々の作品も楽しんでみてください。

 小生は、カメラ技能やカメラ技術は一切ありません。10年ほどデジカメで野花達を記録として残す為に遊んでいるだけなんですね。いまだに露出やら感度や広角やらとカメラ言葉もわからないほどです。

 そんな輩がなぜ応募したか・・賞品に興味があったわけではありません。高級カメラがを頂いても、高級レンズを頂いても「猫に小判」なんですよ。野山を駆け回って野花達を追いかける体育会系ですからね。できるだけ手軽なカメラが良いわけですね。マクロ撮影も簡単、望遠もある程度楽しめるものが理想ですね。
 そんな訳で、ペンタックスX-70と言うのを現在は使用しています。そんな訳で、なぜ応募したのか、自分でもはっきりとしません。
 デジブックを知って間がなく、デジブック広場をうろついていていて、コンテストを知ったことが大きいですね。

 ただ冷やかし半分と言う気持ちがあったことは確かです。凄いカメラ技能の人達が苦心して作られた作品ばかりだろう。だったら素人は素人なりに、出来るだけ素人ポイ作品に仕上げて、我が地の秋のデジブックにしてやろうと思ったことは確かです。花画像なら年季が入っていて少しは自信もありますが、あえて風情ばかりで作ったのも、そんな気持ちがあったからなんですね。風情の切り取りもまったく素人ですからね。3脚を置いてじっくりとなんて考えたこともありません。車で走りながら車窓から撮ったものもありますね。遊び心満載で応募してやれだったのですね。

 アルバム作りも簡単でしたね。保存している画像からひょいひょいと選んで作成時間は40分かかってなかったと思いますね。デジブックはアルバムにするのには、手数がかかりませんね。

 そんなこんなで賞を頂いて、嬉しさの結論ですが、先ずは我が地の素敵な自然(被写体)に賞を譲りたいです。そして小生には、どんどんデジカメ遊びを続けなさいとのご褒美だと思うことにします。愚妻に、「またデジカメもって、里山にいくのー。」と睨まれるのが少しは和らぐと思いますね。

 ではでは、皆様・・冬至です。寒さが厳しくなります。ご自愛いただき、素敵な年末・年始をおすごしくださいませませ・・

26kirisitannkann

 左記の画像は、200万画素の一番最初に買ったコンデジ(10年ほど前ですね)ですね。ポケットに入れて色んな花画像や旅の画像を作って遊びました。今は、孫のオモチャとなってますね。「爺っ、こっちむいてー」とカメラを構えますね。
懐かしい画像で(小生にとっては)、皆さん素敵なクリスマスの夜を楽しんでくださいね。

| コメント (3)

心が淡白にならないように(渇かない様に)・・

2009年12月14日天気は晴れ

 本日は、我が地では赤穂義士祭が、小さいですが尼寺で行われます。地元役員が甘茶と甘酒を振舞って、皆様に、47人のお墓参りをお勧めする日ですね。(浅野家の縁の地で、墓が作られています。)

 そこで塵埃記を戯言で進めますが、赤穂義士の話ではなく、赤穂義士に纏わる沢山のドラマがありますね。そのドラマ性の大切さを戯言として落としましょう。

 前の塵埃記で、義母を看取る様子を記して、病院での機械的で、皆さんが同じ流れの中で看取ってゆくのを、ドラマ性が薄く、心が淡白になる、死出の尊厳を知り心が豊かになりにくいと記しましたが、追加しましょう。

 テレビやネットが情報を得る最大のものとなりました。事件や社会問題、政治、経済と次々と小間切りに発信されています。事件を例にとると、犯罪者の犯した罪を大々的に扱い、大衆に「なんて酷いことをする犯人だ。」と淡白に捕らえてしまいがちになりますね。特に情報過多になっている若者達には、一過性で流れるような情報になりがちだと思いますね。
 赤穂義士達にしても、天下を揺るがす大罪(犯罪)を犯したわけですが、その裏には、一人一人に大変なドラマが存在したことを私達は知っていますよね。

 小生の職場に「ひきこもっていた青年」が働き出したことも記しましたね。相変わらず小生の当番(宿直)の時には、小生のそばで、ぼそぼそ言ってます。彼が、「僕は何にも知らないですね。本を読まないといけないですね。勉強しないと立派に働けないですね。」と小生に尋ねてきます。
 小生は、「お前、ゲームばかりやっていて、本は好きじゃないだろう。」と言うと、頷きますね。「だったら、映画を見なさい、体を休めて寝転んで、色んな映画を見なさい。」ですね。
 彼が、「映画を見れば、成長しますか・・」と尋ねましたから、「本と同じだよ。ドラマ性を心に刻むことなんだよ。お前がここで働いているのも、お前のドラマなんだよ。」。「なぜここに居るのか、自分から選んできたのだろう。色んな人との出会いで、そこに大切なドラマ性を見出せるようになれば、働き続ける理由が、心に刻まれてくると思うがなー。」と小生はこぼしましたね。

 戯言が少しそれてきましたが、一つの犯罪にしても、人間模様が絡んで、なぜそんなことをした(動機)と、現在社会では多彩な人間ドラマが生まれてあったはずですね。またこれからもドラマは続きますね。
 生誕100年記念を迎えた松本清張の作品も、犯罪者の動機と言う点からの人間ドラマを描いた作品群ですよね。

 小生が、最近にGYAOで見た新作映画で、涙を誘われて、心が豊かになった映画を紹介しておきましょう。
 「手紙」と言う小作品なんですが、小さな犯罪から、思ってもいなかったドラマが生まれてきます。そのドラマを知って、若者達が大きく成長してゆく姿を描いていますね。(GYAOの無料サービスが終わったようですね。)
 
 人生はドラマですね。それぞれに小さなドラマを演じながら人生を歩んでいます。機械的にテレビやパソコンのモニターから流れてくるものだけに捕われていると、心が淡白になりますね。人生の中でドラマ性を感じ取り、自分が現在は薄幸であっても、色彩豊かな心で未来の自身ドラマを想い描けるようにさえしていれば、明るく元気に前に進めるような気がします。ドラマ性豊かな本、映画、旅等々で心は潤い、自身のドラマ性を豊かに出来ますね。蛇足ですが、オカルト宗教などに犯されると心が一色になってしまいますよね。

 またまた纏まりがつかなくなりました。小生も還暦を越えて2年になろうとしています。ここまで色んな自身の人生ドラマを演じてきました。これからもドラマの続きを演じなければなりませんね。
 我が人生ドラマの中で、最近ふと振り返りますが、我がドラマから消えた友人達のことです。羽振りが良く新車のベンツを乗り回し、ゴルフ三昧だった友人や先輩達が、倒産から夜逃げと消えてゆきました。つい最近、老舗の土建屋の先輩もいなくなりました。これでとうとう、我が人生ドラマから一緒に豪遊した人達が消えてしまいましたね。豪遊も頭に残っているだけで、夢の如しですね。
 彼らの現在から未来への人生ドラマを想像しています。過去のことはさておいて、次の人生ドラマを素敵なものに演じてゆかれることを祈るだけですね。

まとまりません・・・「私は、豊かな優しい心を育てて、素敵な老後の人生ドラマ(清貧的な)を描いて、演じきろうと思う。」と逃げ道的ドラマを演じようとしていると落としておきます。
貧は、貝(財)の頭に分かれるですが、分かち合うと行きたいですね。貪欲の貪は・・・?

 総てが合理化され、マニアルどうりに動かされてゆきます。人間の心だけは、各自それぞれで色彩豊かに彩るべきだと思いますね。心だけは、各自自由に育まれるべきだと思いますね。逃げ道への心のドラマも多様に描くことが出来ますからね。(自殺者が年間3万人を越す現在)
 「大人も子供も絵本童話を読むべきだ。」と言う学者もいますね。ドラマ性を描くことを養えと言っているのでしょうね。

 新聞業界の末端で仕事をしています。集金業務で、沢山の家庭や家族を眺めます。どんな人生ドラマを繰り広げられているのだろうと想像しています(想像は、楽しいです。)
 また新聞に対しても、記者達の地道な努力で、社会犯罪や社会成功者の背景にある人間模様(家族ドラマ)を追求して欲しいと思います。読んでみたいと思いませんかと記して、戯言を閉じましょう。

 映画・手紙は、直木賞作家の東野圭吾のロングセラー小説を映画化した社会派人間ドラマですね。You Tubeに俳優を描いた動画がありました。貼り付けてブログを飾ってやれです。

| コメント (2)

義母の旅立ちを見守る家族(身内)を眺めて・・・

2009年・・仕事を終えた深夜・・綺麗な星空でした。

 さて義母が危篤ですでブログを進めましたが、この6日の早朝に旅立ちました。愚妻達の血縁の者達が見守りましたが、その甲斐もなくと綴りたいです。そばでその姿を眺めながら少々思うことが沸きました。

 小生が思うにどうもドラマ性もなく、病院(医療)と言う流れの中で旅立った様に思えてなりませんので、戯言を落としたくなりました。

 義母が入院するきっかけは、どうも悪い咳をしていると言うことで、病院で見てもらおうとなったそうです。病院に連れてゆく車の中では、まだ元気に家族に悪言を発していたそうです。病院の診断では、肺炎を起こしていると言うことで、早々に処置をしてもらったそうです。
 その後事態が急変したそうです。意識がなくなり危篤状態となり、家族(身内)が集められました。愚妻が言うのに、「声をかけると、反応するが苦しそう。」でした。そこで、苦しそうですので、和らげる治療をしましょうとなったそうです。この治療は、家族を亡くした友人達に聞くと最後の治療だそうですね。
 今日か、明日かの酸素ボンベをつけた植物人間状態となりました。家族達は夜を徹して見守る状態ですね。入院2日後、薬が効いたのか小安状態となり、同じような植物人間と相部屋となり、家族が交代で見守るようになりました。相部屋ですからね・・義母に大声で、現世に呼び戻す声もかけられないですね(小生の思い)。

 植物人間になって1週間後でした。相部屋の98歳の植物人間(何日いるのでしょうね)より先に旅立ちましたね。早朝でしたので、テレビモニターを見て、こときれるのを知ったのは兄嫁ただ一人だったそうです。医療が進んで、ほとんどの老人が病院で亡くなる時代となりました。数年前の田舎で、小生が送った両親の旅立ちを少し記して、対比させましょう。

 寝たきりになって在宅で介護していた母(88才)が、食べられなくなりました。弱っているからと、近所の馴染みの医者に来てもらい診察してもらいました。とりあえず病院へ行きましょう。病院では点滴等々で、元気になります。また在宅介護と言うことで戻ってきます。そんなことを繰り返しました。最後の時は、医療食事の流動物的なものも食べられなくなりました。また馴染みの医者に見てもらいました。「明日、病院へ連れて行ってください。」でした。

 愚妻が介護していると、「お父さん・・お母さんが・・」と叫びます。すぐに母の元へ行きまして、「おーい、おふくろっ・・」と声をかけましたが、目をあける様子がありません。少し息は、しているようですが眠ってしまって、旅立ちそうなのを感じました。すぐにご近所の医者に電話しました。医者が駆けつける間、小生と妻と息子とで、母を励まし続けていましたが、小さく「あっ・・」と言ったような気がします。この時にことが切れていたのでしょうかね。医者が来て、色々診察して、時計を見て、「ご臨終です。」でした。

 病院で亡くなる、家で亡くなるの平民の単純な対比ですが、小生は亡母の最後の、「あっ・・」と言ったような言葉の続きを、ドラマ性に考えってしまって、なんと言いたかったのだろうと・・どんな風にも続けられるような気がしています。母の感謝の言葉としてなのか、また小生達への忠告の介護の反省も浮かびます。

 世風への思いのカテゴリーにしましたから、思いを少し綴ります。義母の場合は、機械的、効率的に最善の処置となったでしょうが、人生の最後のドラマ性が医療に頼ってしまっていて、最後を看取る家族達も心が成長しないと言うか、人間の最後はこんな味気ないものなのかと感じてしまいますね。老人達の最後は、テレビモニターのピコピコした動きが止まるのを待っている家族達と言う世風を感じますね。

 義母の葬儀も、もう一般的になりましたね。市が運営する斎場でのお通夜、葬儀をなってゆきます。これは皆さんよくご存知な形式ですから記す必要もないでしょう。しかし小生は思いますね・・なんか「死にましたよー。」と言う披露宴みたいな感じも受けますね。現在の世風的、効率的には素晴らしいのでしょうね。

 小生の亡父や亡母は、我が家に棺おけを置いて家族(身内)で飲み明かし、お通夜、葬儀の前にご近所の皆さんの気づかない内に、旅立った者を棺おけに入れて、こっそりお寺に家族でかついで運びました。
 テレビや映画で見る皆で並んで、棺おけを担いでの野辺の送りとまでは行きませんが、こそこそ運ぶと言うドラマ性は感じましたね。お寺に預けた時点で、もうお別れ・・仏様ですね。

 そんなこんなで、文章をまとめようとする時間もなしに、思いのままにキーを打ち続けました。義母の死を眺めて、また人の心が淡白になってゆくような気がすると落として、明日からの式に備えて、眠ることにしましょう。

 追加で、物心が突き出した孫も式に出ます。義母の死を知ることはないでしょう。息子の時もそうでしたが、愛犬が亡くなる瞬間を家族(小生と妻と息子)で送りました。愛犬が最後に「クワーン」と悲しく泣いたのを聞かせました。死の尊厳を知るのは、そんな瞬間しかなくなったのかもしれませんね。もう寝よう・・

| コメント (3)

妻の母が危篤です・・

2009年12月3日天気は小雨模様・・

 本日の早朝から妻が実家に帰りました。90歳になる母が危篤状態だそうで、今日明日にも旅立ちそうだと言う電話があり、すっ飛んで行きました。

 デイケアーなどにはお世話になっていましたが、つい最近まで元気でした。ところが所持品などを綺麗に整理していて、お寺参りもすませたところで、肺炎になって緊急入院して、すっかり肺に水がたまり、危篤との知らせだったそうです。

 90歳になる義母を思い出しています。よく働く人でした。亡くなった義父の「こんにゃく屋」を朝から晩まで手伝い、田圃や畑にも勢を出していましたね。

 小生と義父とが一緒に飲んで、義父が戦争の思い出話を語って、楽しそうに酒を酌み交わしているのを、料理の準備をしながら、台所から明るい笑顔で見つめていた義母の顔を思い出しますね。

 妻からの知らせが届くのを待っていますが、なんか落ち着きません。妻には、「散髪に行っときなさいよ。」と言われてますが、人間90歳も生きると、義父の時と違って、妻は気丈夫に振舞ってますね。でも彼女は、時が来ると大泣きしますよ。

これで、小生の周りには戦前、戦中、戦後を生き抜いた人が居なくなりそうですね。

 午後4時30分・・妻から電話がありました。「少し持ち直されましたが、準備はしておいてください。」と医者が言ったそうです。意識は戻ってないそうです。危篤中が少し長引くようですね。

 また少しばたばたしますが、昭和の時代が遠のいてゆく思いです。最近、深夜の仕事中に、NHK第一から毎夜午前3時50分に流れる歌に聞きほれて、ほろりとしながら軽四を走らせています。
「昭和浪漫第2章」です。You Tubeにありました。貼り付けておきましょう。

| コメント (1)

我がネットライフをふりかえる・・

2009年11月24日天気は曇り

 数日前から、パソコンをホーム炬燵の上に移動させました。そのお陰でGYAOで映画やドラマを寝転びながら楽しむ日々が続きました。なんと「争覇 越王に仕えた男」と言う中国のテレビドラマでしょうか、21話まで深夜のお勤め以外の時間を費やして見てしまいましたね。パソコンで映画やドラマをじっくりと楽しむ、1年ほど前からそんなネットライフになっていますね。そこで、我がネットライフを簡単に振り返ってみることにしました。

 先ず1999年の春だったと思いますが、神戸新聞の広告に「インターネットを始めよう」と見出しで、神戸新聞がプロバイダーとなって、パソコンから設定まで総て揃っている広告に申し込んでネットライフがはじまりました。
 まだ電話回線でのネットでしたので、そうそう遊べるものではありませんでした。オフライン操作で色んな発信文章を読むと言う感じでした。そんなに印象に残っていることはありませんね。ただ、電話料金が跳ね上がったなーと言う記憶だけです。

 電話回線ですので、パソコン雑誌を読んで、色んなサイトを見るぐらいでしたが、大手サイトの広告記事を見るぐらいでした。雑誌の中でフリーソフトと言うのを知り、色んなゲームをダウンロードして遊びました。特にタイプゲームに凝ったことを思い出します。このお陰で、ブラインドタッチをマスターしましたね。

 2001年の秋ごろから、02年にかけて神戸新聞がプロバイダーを撤退すると連絡があり、niftyに移行することを薦められました。どんどんとネット世界が進み出した感じを持ちましたね。niftyに移ってから、NTTのADSLで、定額でつなぎ放題と言うのを知り契約しました。
 料金を気にしなくなりましたから、ネットライフが個人発信の小さなホームページまで楽しめるようになりましたね。ある心理学を勉強している女性の簡易ホームページに出会いました。その記事に惹かれまして、掲示板にコメント投稿しましたら、あっという間にお返事が返ってきまして、交流が始まりましたね。
 03年の春ごろから、その女性からの薦めもあり、小生も簡易ホームページを作ることにしました。作ると言っても、出来ているページに文字を打ち込むだけですね。

 簡易ホームページでの我がネット発信が始まりました。ブラインドタッチのお陰で、拙い文章ですが苦もなく打てましたから、戯言をどんどん発信しましたね。簡易HPはそれぞれサークルになっていて、発信者のページを覗くと、ログが反映されて、ログ返しと申しますか、交流が始められたのですね。面白い仕掛けだと感心しましたね。
どんどんとお友達が増えてゆきまして、ネットライフの持つ楽しさを知りました。またページを飾るテクニックも楽しみました。
 2004年ごろから簡易HPがネットライフの主流となり、お友達との交流は楽しかったです。日本全国から身近な情報を話し合っていましたね。アメリカからや、オーストラリア、ドイツからとお友達を思い出しますね。
 しかしネットライフの持つ、顔の見えない交流と申しますか、実像から虚像と双方をイメージしながらの儚い交流もあり、流れるような交流であったような気がします。現在も続いているお友達ももちろん沢山いますね。

 ネット進化のスピードの速さでしょうか、その後簡易HPの閉鎖が相次ぎましたね。残っていた簡易HPを少し渡り歩きましたが、2007年に現在のココログと言うブログにネット発信を変更しました。
 簡易HPの時もそうでしたが、デジカメの普及で、画像発信を楽しむようになりましたね。それによって交流がより楽しいものとなり、画像掲示板が大流行になり、全国の身近な花達や自然や風情が、即座にお届けいただける素晴らしいネットライフになりましたね。

 やっと言いたかった戯言に近づいてきました。簡易HPの時は、画像を発信するのも画像を小さくしていましたね。まだまだ通信スピードが遅くて、大きな画像だとサクサク感がなく相手にご迷惑をかけている、また自分のページも見ずらいだろうの配慮をしていましたね。
 しかし、ネット進化の凄さでしょうか、動画なども容易く発信、閲覧出来るようになりました。小生は現在は市の管理のケーブルテレビからのネット通信で遊んでいます。光通信よりは遅いようですが、少し気になる時間帯はありますが、問題はありませんね。

 我がネットライフを振り返って思いますね。たかだか10年ほどの間の変遷ですが、you tube、GYAO、Google等々のネットの進化、また画像や動画発信の進化、携帯電話の進化を眺めていますと、また簡易HPの閉鎖のように次の発信形態が現れそうに感じますね。還暦を越えた小生が、細々と追っかけています。もうとっくに、先の発信形態に若い人達は向かっていっているでしょうね。

 やっと小生の戯言の結論に持って来れました。
デジブックを作ってみて(またyou tube発信と見て)・・多分これからは、こんな感じの発信形態になる感じですが、自分で作ってみて、自己中心的発信になってしまいそうです。発信してコメントを求め、自己を満足させる。発信に溺れ相手の気持ちまで、心が働かないようになりそうです。まあネットライフは発信中心(発信力)と言う方向を感じますね。「ネットは、そんなものだ。自己発信なんだから、楽しく遊べば良い。」と言う声も聞こえてきそうですね。

 ただ、小生はネット世界の中の見知らぬ人達との出会いや交流の楽しみは、恥じらいや謙虚さ(相手の気持ちを察する)を活かせる方法はないものかと思います。無理なような気もしますね。と言うことになると、子供達には、人間社会(ネット社会じゃなく)の中で交流させなければなりませんね。相手の目の動きや顔色を見て、自己表現できる様にですね。

纏まりません・・「人生の友は、あまたの出会いで数人となり。ネットの友は、流れるような出会いで幾人となるのだろう。」と落として、戯言を閉じましょう。

画像発信です・・「ホーム炬燵の上のマイパソコン」です。

| コメント (1)

仕事の合間に秋を楽しむ・・

2009年11月17日天気は雨

 この月に入り雨の日が多いですね。特に深夜の仕事中に来る雨が大変激しく多い様です。カブで走る新聞の配達員達が泣いていますね。「今度来た新人が雨をもってきよったなー。」と言う言葉がこぼれてますね。(小生は、軽四輪です)
 小生の昼間の集金業務も、雨の日まで頑張れません。お休みとなりますね。そうすると仕事が残ってしまいます。いつもの月なら、半分以上は季節と草花遊びをしながら、のんびりとカブで散歩がてらの仕事となるのですが、今月はそうも行かない様ですよ。

 それでも呑気者です。村の中での秋、時間調整にちょっと走って、お隣町の鴨池まで秋を楽しんできました。雨の日に塵埃記を更新すると言う風になってきましたよ。

小野市の鴨池公園」をダウンロード
 鴨池全体をパノラマにしました。この季節になると鴨が沢山飛来して冬を過ごしますね。まだまだいつもの年ほどは、やってきていませんが100羽ほどいるみたいでして、デジカメ遊びしました。まだ3時ごろだと言うのに夕暮れを感じる光量ですね。
では、「泳ぐ鴨」です。次に水面で、バタバタと言う音が沢山聞こえます。。望遠で「遊ぶ鴨」です。また岸にあがって、「休む、眠る鴨」です。
 
 パノラマの中央部の平地は、小野ゴルフ倶楽部のコースの一部なんですね。この倶楽部は、日本でも大変な名門コースでして、ゴルファーの憧れのコースとなっています。小生はお友達と言うより、先輩達がこのコースのメンバーでして、よくコースをまわりました。若い頃に、76(36・40)と言うスコアーでまとめられた時の喜びは、ゴルフの思い出では、一番大きいな部類の中に入りますね。

 30分ほど公園で鴨を眺めて、また我が町(村)へと集金業務に舞い戻ります。途中の村の農家の庭からキラキラと幹が光って見える大きな木が見えました。初めて見る様な木でして、ネットのお友達にお尋ねしましたら、「ユーカリ」の木ではないですかと検索先まで教えていただきました。この季節に花をつけるのですね。「ユーカリの花」ですが、面白い花模様ですね。花を追っかけていると、季節も楽しめると言うことですね。

 早々に眺めて、次の村へと向かうのですが、「我が田舎の秋のパノラマ風情」です。もう夕暮れです。さてさて、右の村へと入ろうか、左の村へと入ろうか、真ん中の里山でサボろうかと迷ってカブを止めた時に画像にして見ました(パノラマに凝ってますね)。秋の収穫も終わり、のどかな田園地帯となっているのですね。田園の溜池には、年中見れるのですが、「白鷺」が遊んでいましたね。

 左のパラパラと小さな工場群がある方の村に入りました。電線に「鳶」が沢山いるのに驚きました。トンビとカラスはどのように住み分けているのでしょうね。「電線に止まる鳶郡」です。カブで電線の下を走っても、逃げる鳶は数羽でしたね。カラスも群れているのを見るのですが、デジカメをかまえる前に総て飛び去ってしまいますね。カラスの賢さは、田舎でも沢山見ることが出来ますね。

 そんなこんなで、仕事の合間でも呑気に秋や自然を楽しんでいます。極身近な秋なんですが、孫の時代になっても続いて欲しいなーと思います。マクロ的にしゃがんで秋を眺めますと、「コノシロセンダングサ」が茎は紫色に色づいて、真っ白な花とのコントラストも楽しめる秋ですと落として、本日の塵埃記を閉じましょう。

 追加ですが、雨の日はデジブックに凝って、時間を割いています。孫の成長の写真をデジブックにしてみたり、過去の夕焼けを追っていた日々の画像をデジブックにしたりと遊んでいます。
 秋の季節は夕焼けもと言うことで、デジブックにしてみました。まだ無料で遊んでますので、期間は30日で終わってしまいますが、「我が家~見る夕焼け」と言うことでデジブックにしました。カメラの性能がわかるような気がして、小生自身は面白いですね。500画像ほどある沢山の思い出夕焼けですが、少しだけ変わった夕焼けと言うことで纏めてみました。画像が小さいのでしょうね。BGMが終わるまでに終わってしまう小アルバムとなりました。

| コメント (2)

呑気な丹波の紅葉情報・・

2009年11月10日天気は小雨降る・・

 昨日は休刊日でした。前の夜は友人達と飲み明かしました(休刊日前は恒例となりました)。昼前に起き出しまして、空を見ました。雲が多かったですが、晴れていました。「よっしゃーっ、久しぶりに一人ドライブじゃ・・」とデジカメ積んでドライブですが、季節は紅葉シーズンですね。身近なところの紅葉情報を検索して出発しました。

 丹波の山南から、篠山に入り、武田尾、有馬と走りきってやれと頭に浮かべて出かけましたが、朝からなら何とかなったのですが、昼過ぎに出ましたので、篠山で日暮れを迎えてしまいました。お遊び情報と言うことで、デジカメ機能の中にパノラマと言うのがあります。荒い画像ですが、小生が眺めたままの紅葉情報(11月9日現在)と言うことで塵埃記を進めます。お寺の説明は、ネット検索してくださいね。
それから、画像のコントラストを少しだけ強くしました。実物より赤が少し鮮やかになっているかもです。

石龕寺・・兵庫県丹波市山南町岩屋2
先ずは、紅葉では有名なところです。
「石龕寺の紅葉」をダウンロード
 まだまだこれからと言うところでしたね。それと真っ赤に色づいているものもありましたが、鮮やかさを感じることが出来ませんでした。それから笑ってやってください。この画像が、パノラマ機能を初めて使いますので、上手に出来ませんでした。画像が重なってしまいましたね。「色づいていると綺麗」なんですがね。ちなみに参道を歩くのに300円が要ります。沢山の紅葉が楽しめますね。

大国寺・・兵庫県篠山市味間奥162
次には、小生が大好きな小さな山寺の紅葉です。
「大国寺の紅葉」をダウンロード
 3枚のパノラマですので、山寺の全体が入ったと思います。色づいていますが、旧年に見た鮮やかさが出ていない感じです。ここのモミジは素晴らしい赤なんですがね。
 では、裏から見た紅葉で「眠り地蔵」です。この山寺で、この風情も大好きです。
「裏から見たパノラマ紅葉」も追加しておきましょう。まだ少しパノラマが失敗気味ですね。

 次に向かったのが、知る人ぞ知ると言う洞光寺なんですが、ほんとに小さな山寺でして、篠山の山手の方を捜し走り回りました。その途中で素敵な山紅葉を見ましたので掲載ですね。
「篠山の山紅葉」をダウンロード
まだまだパノラマが確り出来ませんね。まあ風情だけでもお楽しみください。

洞光寺・・兵庫県篠山市東本荘301
道端のお爺さんに聞きました。それでも間違ってしまいました。「そこを入ると寺が見えるから・・」と言われたのですが、見過ごしまして、奥へ奥へと行ってしまいました。もう午後4時です。天候も悪くなり日暮れ時のような明るさでしたね。
「洞光寺の紅葉」をダウンロード
 こんもり模様の小さな紅葉ですが、「うーん、いけるじゃないか・・」と思いましたね。「こんもり紅葉」に近づいて眺めました。晴れた日にじっくりと眺めたくなりましたね。

 もう日暮れとなり、飛ばして帰ることにしました。帰り道で大山茶花が見たくなりました。
西方寺・・兵庫県篠山市今田町今田新田82
樹齢600年を超える大山茶花が、小さなお寺ですがあります。日暮れでフラッシュを使いました。
「西方寺の大山茶花」をダウンロード

 駆け足で紅葉を楽しみましたが、本年はもう楽しむことは出来ないと思います。でも身近なところでも紅葉は、沢山楽しめますね。仕事ついでに探してみましょう。でも、林道を走って、山のまだら紅葉は行って見たいですね。「さてさて行けるかなー」と落として、本日の塵埃記を閉じましょう。

デジブックを追加・・紅葉を沢山デジカメ遊びしました。ネット遊びがどんどん増えています。
デジブックでアルバムを作りました。まだまだ素敵なアルバムにはなりませんでした。色々遊びながら、素敵な草花アルバムやムービー的な画像編集を楽しみたいです。音楽が鳴りますよ。ご注意ください。

| コメント (1)

秋の里をぶーらぶら・・パート2

2009年11月7日天気は快晴・・汗ばむ陽気です。

 さて、仕事もどんどんこなしていますが、里の秋模様も我が田舎をぐるぐるまわって楽しんでいます。題名通りにぶーらぶらと塵埃記を進めましょう。

 数日前には、凄い寒波が押し寄せて冷え込みましたが、この2、3日は雲ひとつなく晴れ渡り、天高くなんとやらで、秋の空を眺めましょう。「渡り鳥」が、何鳥なんでしょうね。渡ってゆくのか、渡ってきたのか、小生にはわかりませんが、素晴らしい眺めです。また野池に参りますと、いろんな鳥達がやってきています。空を見上げると、この野池で遊ぼうかと言う「渡り鳥2」が、ぐるぐる周辺を飛び回ってますね。ちなみにピンボケの山を築きました。

 野池を出て、里の山道の秋を楽しみましょう。「キセルアザミ」が、まだまだ元気です。「ムラサキシキブの実」を見つけました。「サンキライ(山帰来)の実」「ヒヨドリジョウゴの実」は、山道のいたるところで赤合戦を演じる秋を眺めることが出来ますね。
 山道で、「アオミズ」と言う草花に出会いました。見過ごしていたのかもしれません。

 田園地帯の農道や畦道の秋風情をと、ぶーらぶらして見ました。「フユノハナワラビ」がすっかり小金色になり、日を受けてキラキラ輝くようになっていました。また畦道に大変増えてきました「アメリカキンゴジカ」なんですが、此花はいつの時間帯でも花が開いていると言う草花ではないようです。枯れ草のようですから、誰も見ようともしませんね。やっと花が開いているときに出会うことが出来ました。
 休耕田や雑地を眺めますと、「センナリホウズキ」の花が咲き乱れてます。

 ぐるぐると草花達に遊んでもらってますが、本年は「あらら・・」と声が落ちることがよくあります。初夏に咲く草花が、元気にまた綺麗に咲きあがっているのに出会いますね。野池には、「タカサゴユリ」が、ぽつんと一花、草丈も低い状態で咲いていました。また、川原の笹薮よこでも、ぽつんと一花ですが、「ハナウド」が、みごとに花を咲かせていました。ホトケノザやハコベやナズナと春の花が咲いています。初夏に咲く「グンバイナズナ」も確りと咲いていましたね。
 前のブログ記事の野のキキョウが咲き乱れているのも変な感じなのですが、温暖化による気候の変化なんでしょうか、不思議な感じを受ける秋模様も楽しみましたね。

 農家の周りをぶーらぶらして、本年の一番の柿の木を探してみました。青空に栄えた、この「柿の木」が、今のところNO1としておきましょう。ゴルフ場周辺で楓の紅葉を探しました。もう真っ赤に色づいていますが、美しいものがなかなか見つかりません。冷え込みで赤くはなっていますが、いまいちですが、小さいですが綺麗な「モミジ」も見つけましたから、貼り付けて、秋の里のぶーらぶらとして、閉じましょう。

 あっ、ジャイアンツが日本一になりましたね。米国ではヤンキースと、本年は人気NO1の名門チームが優勝しましたね。松井選手の活躍と言い、何か因縁があるような気がしますね。

| コメント (1)

秋の里をぶーらぶら・・

2009年11月2日天気は曇りのち小雨・・

 月末から月初めとスーパーカブに乗って仕事をしながら、我が田舎の里の秋を楽しんでいました。本日も仕事があるのですが、雨模様でしてやめることにしました。久しぶりに思う存分キーボードを叩いてやろうと思います。里の秋を全部は紹介できませんが、小生が印象に残った画像を掲載して塵埃記を進めます。

 先ずは、兵庫県レッドデータランクCと知った「ミズオオバコ」を小さな田圃の横の溜池に見に行きました。沢山咲きあがっていました。水中のオオバコの様な葉模様も面白かったです。その溜池そばの農家のお庭で、「十月桜」でしょうね。3部咲きぐらいの木模様を眺めました。秋なんでしょうね。

 十月桜を眺めて、この近くの里山の山道に「キッコウハグマ」が咲くのを思い出しまして、見に行きました。沢山咲いていましたが、此花は明るいところには少なく、日陰模様で咲いているようでして、ピンボケの山を毎年築かせていただき遊ばれる草花ですね。此花と遊んでいるときに、枯葉が飛んだような蝶に出会いました。検索すると「クロコマノチョウ」だとわかりましたね。枯葉が舞う様な蝶・・秋なんでしょうね。

 キッコウハグマの里山で、「ヤブコウジの実」を楽しみましたので、そうだ雑木林へ大好きな「ツルウメモドキの実」を探しに行きました。まだまだ赤い実が弾けていませんでしたが、ぽつぽつと素敵な姿を見せてくれましたね。赤と黄の小さな秋なんでしょうね。このツルウメモドキの実が大好きで年中部屋に飾っていると仰っていて、ネット交流中に亡くなられた秋田のお友達を思い出しましたね。

 田園地帯もぐるぐると走ります。小さな休耕田が点々と「秋桜畑」となって楽しませてくれます。ほぼ満開となりましたので、カブをとめてデジカメでコスモス遊びですね。カメラマン気取りで、「コスモス」花を眺めます。空をバックにしてやれと田圃土手下から「コスモス2」を撮ってみました。秋遊びなんでしょうね。

 里の秋の最終章の花達を楽しもうと、ヤマラッキョウの群生している土手に行くことにしました。なんと初夏から夏の花の「野のキキョウ」が元気に咲いていましたね。好きな花ですので、近づいて眺めていますと、面白い「重なりキキョウ」を見ました。八重咲きと言うのがありますが、ちょっと違う感じも受けましたね。「ヤマラッキョウ」「アキノキリンソウ」もみごとに群生咲きしていまして、明るい陽光に照らされているのを楽しみました。最終章の花達も秋真っ盛りなんでしょうね。

 農家のお庭やお寺の庭では、「ツワブキ」の季節となりましたね。また沿道の並木では「銀杏」が「秋ですよー」と綺麗な黄色を演出してくれてます。いずこも秋なんでしょうね。

 そんなこんなで、里の秋を楽しんでいますが、これから里山は紅葉の季節となり、秋の最終章模様から冬模様の景色を楽しめますね。そんな中で、野の小さな花達の秋模様の代表は野菊ですね。どこへ行っても「ノコンギク」が咲き乱れています。里山では、「リュウノウギク」も咲いていました。違いがわからなかったのですが、ネット草花の師匠に教えてもらいました。
 その他の野の小さな花達は、スライドショーに掲載しましょう。

 農家のお庭では、菊花展に出展する大菊達が揃ってきました。デジカメをもって仕事で訪問しようと思っています。我が心も秋模様なんでしょうね。まだまだ里の秋模様は続きますと記して、今回は閉じましょう。

 一言戯言を追加・・四季の中で一番長い季節は、秋かもしれないですね。夏の終わりから涼を欲しがり秋を待ち焦がれます。また寒い冬の訪れは、遅い方が良いと思います。必然的に秋が長くなるように感じますね。
 

| コメント (1)

より以前の記事一覧