カテゴリー「世風への思い」の記事

可愛い「ひきこもり」を知って・・世風を思う・・

2009年9月30日天気は朝からしとしと雨・・

 月末の雨で、のんびりと過ごしています。息子は仕事で居ませんが、小さな孫二人と婆さんと若嫁と爺(小生)とで、雨を眺めながら、2歳半の悪戯坊主のすることを微笑ましく楽しんでいます。家族の安心感と言う暖かい世界に、小さな幸せがいっぱい溢れているのを感じています。

 さて、お題に「ひきこもり」を知ってと書き出しました。新聞配達のサブ仕事(アルバイト)をはじめてから、1年半になります。ベテラン配達人達は、小生と同じ年齢が多く、人生の苦楽を知った連中ですので、会話もスムーズでして和やかに、日々仕事をこなしています。若者達も多い会社ですが、彼らは退社、入社が結構多いですね。
 3ヶ月前からやってきた青年(21歳)は、自分から「ひきこもってました」と言う若者ですが、塵埃記に小生の感じたままを綴りましょう。

 彼が新しくやってきた時は、玄関のコンクリート階段に座り込み両足に、ボサボサの頭を埋めて、顔が見えない状態で蹲っていました。小生が、「おいっ、若者!お前の背中に貧乏神が乗ってるやないか・・」と言うと、顔を上げて、小生を見ましたが、覇気がありません、また目がオドオドして死んでいましたね。

 また、彼は「僕・・頭が悪いからー・・」と言いましたから、小生は、「心配せんでええ、自分から頭が悪いと言う奴に、ほんとに悪い奴はおらん、ここにはお前より出来の悪い奴らがいっぱい居るから、思い切って入ってゆけ・・」でした。
 こんなやり取りがありまして、彼は配達の仕事を始めましたね。ミスの連続で色々と注意を受ける毎日となりましたね。ですが会社では無口ですが、よく出来る若者が最初に彼の指導にあたった事も幸いしたのか、頑張りかけました。
 また彼は、小生が当番(配達漏れや雨濡れ等々の電話があると、お届けします)で居るときに、小生の座っている椅子のそばの地べたに座り込んで、朝まで(3時間半)一緒にいるようになりましたね。
 色々と家族のことや、自分の過去のことをぶつぶつと、小生に話しかけるのですね。ゲームばかりやって、ひきこもっていたようです。

 彼の話から、なぜひきこもったのかを考えました。彼が言う家族の話では、宗教家として奔走していた両親をほぼ同時に、中学時代に亡くしています。よく出来る兄弟達の中で、自分は出来が一番悪いとも話していました。
 その後、高校を卒業していますし、家族の中からは、これと言った「ひきこもり」原因を、小生は探し出せませんね。あえて言うなら、多感な時(独立しよう)に、同時に両親を亡くしたことぐらいでしょうかね。

 小生は、彼が高校卒業してからの社会(職場)との出会いで、乗り切れなかったのではないかと思います。田舎の中小企業に就職したようですが、ミスが多くて、主任(女性)によく叱られました。と言ってました。また、ミスの始末書を主任が上司に報告して、彼女が怒鳴られて、彼に怒りが戻ってきたようですね。
 そうこうしている内に、周囲の皆から「邪魔者、頼りない奴」と言う目線が大変に気になったようです。そのことで、退社したそうです。
 今でも、周囲から邪魔者扱い目線や誰かが僕を冷ややかに見つめていると言う錯覚(被害妄想)を感じているようです。

 会社で、いろんな若者を見ます。自信満々で虚勢を張る(辞めてゆきます)。曖昧に嘘で逃れて仕事を誤魔化す(ベテラン達から馬鹿にされています)。頭もよく、仕事も速い(無口で、人生の要領が悪い)。現場の仕事が出来ないのに、出来るように背伸びをしている(いつかは疲れるかもです。ベテラン達は泳がせています。)

 小生は、なぜか彼が大変に可愛いです。まだ大人になりきっていない。汚れを知らないからですね。純粋無垢と言った感じがしますね。彼に、「新聞配達は、一人でやる肉体労働だ。誰のことも気にすることはない。こんな単純で純粋な仕事で稼げるところはない。ストレスなんてない仕事だ。先ずは確りと仕事を覚えて、自分に自信をつけなさい。」と励ましています。

 両親が居なく、引き篭もっていましたから、貧しかったのでしょう。最初は、みすぼらしい姿でした。これは大人達から、虐められるだろうと思い、小生は「給料がでたら、髪を短くしてこい、作業服を揃えなさい。」と言いましたら、その通りにしてきました。驚きましたよ。可愛い顔をしているのですね。目も少しですが輝きだしていました。
 彼に化粧させて、女装させたら、会社の女子事務員も到底及ばないくらいですよ。まあ言い直せば、なよなよしていることになりますね(笑)。自信と体力をつけて、美青年になる日が来ると良いなーと思いますね。

 もう3ヶ月経ちました。まわるコースも、また一軒一軒のお家まで頭に入ったようです。カブで、まわっている様子を見ました。子供ですね。家が建て込んだ場所では、曲乗り(カブをまたがずに、スカートはいた女性が馬に乗るように半身乗り)して、次々配ってますよ。小生は、危ないから止めろと怒鳴らず、こいつは、仕事に工夫を凝らしているなー・・ひょっとして、大化けして素晴らしい配達人になるかもと思いましたね。

 でも、まだ昼間は「ひきこもり」ですね。自信をつけて、周囲の目が気にならなくなると、昼間も元気に出てゆけるようになると思いますね。両親が居ませんから、早々に独立心を養う必要がありますからね。

 世風を思うにですが・・「ひきこもり」が多い世です。純粋無垢な汚れを知らない若者が、社会に出れない世風を感じますね。あまりにも、資本主義が行き渡り、競争社会になり、即戦力でまかなってゆく企業。
 じっくりと大人社会になじませて、また社風になじませて、後々に大きな戦力となるように育てられない社会を感じますね。
 要領がよく、よく出来る奴が優先と言う格差社会も感じますね。この優先は、小生の経験上からは、疲れますよ。走らせる社会ですからね。太さを感じず、繊細さを感じ脆い気がしますね。

 小生が見ている「ひきこもっていた若者」も、新聞配達と言う単純な肉体労働ですが、嘘や汚れや競争(足のひっぱりあい)や強欲も沸かない世界です。ですが、立派に社会の一員となりうる仕事です。
 新聞屋業務で、配達は一番最後の仕事となりますが、営業からはじまって、広告折込、毎日新しい新聞がやってきます。準備から後片付けまで考えると、奥の深い仕事がいっぱいですね。

 「ひきこもり」の青年達に言いたいです。単純な肉体労働や、農作業等々が嫌われていますが、奥が深いものですね。自分ひとりでも、切り開いてゆける要素も沢山あります。思い切って飛び込んでみてはと、戯言を落として長々の駄文を閉じたいと思います。

 もう一つ付け足すとすれば、田舎の新聞屋だからかもです。汚れが嫌いな若者よ、田舎を目指せと言いたいです。政治が悪かったのか、現在の田舎は疲弊していますが、素敵な若者達が活躍すれば活性化すると思いますね。地方の時代がやってくると思いたいですね。
 ストレスいっぱいの汚れた都会で、引き篭もっているよりは生き甲斐があると思いませんかとも、落としておきましょう。

その素敵な田舎の今の季節を貼り付けておきましょう。
「村のヒガンバナ通り・・」をダウンロード

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心(精神)の通った政治ができないものか・・

2008年11月23日天気は晴れのち曇り。

 深夜の真っ暗な田舎道を軽四輪で走りながら、ラジオから流れてくるニュースなどを聞きながら、世風に対しての思いを巡らせています。ふと「世風への思い」のカテゴリーで、戯言を落としたくなりました。

 アメリカ経済の困窮から、世界恐慌に向かいそうだ言うことで、リストラの嵐、中小企業、小売業等々の倒産、廃業と言う庶民生活の不安が吹き荒れてきましたね。
 アメリカの自由主義の到達点が見えてきたような感じも受けますね。自由競争の中でこそ、アメリカンパワー(パワーゲームそのものの世界を作った)が発展継続すると言う精神(迷精神かもです)でしょうね。もう、オバマ新大統領に期待するしか道がないような気もしますね。

 アメリカの詳しい歴史はよくわからないのですが、自由な世界も、この100年ほどですから、恐慌の時代も繰り返されてきた様に思いますね。企業や政治等々もパワー主義で、なりふりかまわずに突き進んできた感じも受けますね。なにか、清心を置き忘れてきた様にも感じますね。

 ふと思ったことに入りますが、清心のことなんですよ。小生が思いますのに、人間世界をバランスよく発展させる為の精神性や道徳や戒律と言ったものは、大昔からあまたの賢人達が、ほぼ同じような諸説や、導き書を書き連ねてきていると思いますね。

 ある例ですが、「親や家族を大切にする、隣人を愛せよ」・・どの経典にも大きく取り上げられていますよね。自由主義の中でも、この戒律が乱れると人間世界はバランスを崩すような気がしますね。

 小生はふと思いますのに、戦後から、日本の政治家達がこの戒律を確り政治の中での精神として、教育現場や社会現場で通わせていれば、今現在、これからも困窮するだろう介護福祉や諸々の問題も、緩やかに克服できた気がしますね。

 なぜならばですね。この精神性が貫かれていれば、ある程度豊かな民衆は、親を在宅で介護する精神性で営もうとするでしょう。そのことによって、急激に増やさなければならなくなった介護福祉現場も、もっと緩やかに進んだであろうと思いますね。子供が介護人ですからね。親を介護できる子供達に助成金を出すぐらいで、国家予算が組めたかもですね。それができない人達も、沢山出きるでしょうが、いっきに押し寄せてくるような状態には、ならなかったような気がしますね。

 諸々の醜い問題も、自由だと言う大前提に立った問題ばかりですね。企業群も「隣人を愛せよ(庶民を愛せよ)」と言う精神性(庶民こそ利益の還元者)をしっかり植え付けられていれば(トップの精神性で決まりますからね)、近頃の、派遣社員達の簡単な首切り悲哀や、偽食品による暴利を貪ることや、気分次第で他人を殺傷すること等々は、ある程度は防げるのじゃないかなーと思いますね。

 人間世界に起きてくる諸々の醜い問題は、欲が絡んできますから、必ず発生することはよく理解できます。しかし、大昔から同じことを繰り返していますが、その民衆達に心(精神)を通わそうと、時のリーダー達が苦労してきた感じがしますね。人心が乱れると国家バランスが崩れることを予想(予知)していたのだと思いますね。

 なんとか、結論らしきところへきましたね。リーダー(政治家や官僚)達に、心(精神)の通った政治を期待しますね。自分達の精神は大丈夫だと言うのでは、政治家じゃないですよ(「最近の医者は一般常識に欠けると言った人がいましたね」)。民衆に通わせてこそ政治ではないでしょうか。
そんなこんなで、塵埃記に戯言を落としてしまいました。

 心の通った政治をすると、何パーセントぐらい醜い問題が、防げるのだろうかなー・・研究者よ、でて来いです。

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我が地の栄枯盛衰の凄さを思う。

2008年6月4日天気は快晴。
 
 入梅を思わすお天気が少し続きましたが、夏日を思わすお天気になっています。塵埃記は、昨日の新聞を見て愕きましたので、「世風への思い」のカテゴリーで更新したいと思います。

 題名からですが、我が地では最大級の上場までしてる建設会社が、「再生法申請負債63億円」と言う見出しで、地方版ではなく、神戸新聞の経済欄に載りましたね。小生は、この建設会社の2代目社長には、大変に可愛がってもらって、ゴルフなどもよく誘われて遊んでいただきました。もう名誉顧問になられていると聴いていました。

 この5年ほどの間に、小生が懇意(ゴルフを通じて)にしていただいた大きな土建屋、建設、建設資材、造り酒屋や老舗商店が戦後栄えて2代目(小生と同じ世代)が継いでいましたが、田舎で大きく栄華を花咲かせた企業は、倒産、疲弊、廃業となってしまった現実を、我が地で見ています。
 我が亡き父から、戦後に我が地で初代が作り上げた栄光の話しを聴いています。その中でも上記の建設会社設立のオッサンは、我が地の立志伝中の人物だった様ですので、塵埃記らしく記したいと思います。亡父や亡き初代社長達は、あの世から、どう今の時代を眺めているのかと思いますね。

 再生の道に入った建設会社は、初代が作り上げた運送会社の子会社として我が地では最大級の会社でした。初代が作り上げた運送会社と言うのは、「日本運送」ですね。全国に名を馳せましたね。

 この我が地で立志伝中の人物は、戦中には荷車を引いて運送業を黙々とやっていた苦労人だったそうです。戦後まもなく、進駐軍から姫路の駐屯所にあった日本軍のトラックを払い下げてもらったのが栄光の始まりだったそうです。あっという間に日本運送のトラックが全国を走るようになったそうです。亡父が、「彼は、荷車を引いていたが、大変に弁論の立つ男だったなー」と言っていましたね。

 次の「日本運送」を継いだ2代目社長(建設会社の2代目社長とは違います。小生より一歳上だったと思います。))のことは、我が地に住居を構えていましたので、よく知っています。「日本運送」を起こした初代社長は、本妻には子供が出来ませんでした。2代目社長さんは、いわゆる「なんとか」の子供さんとなりますね。大変頭が切れたそうです。「日本運送」をさらに飛躍させようと、皆さんご存知の「フットワーク運輸」と改名して、宅配の先駆けとなり、栄華を極められましたね。
 我が地へ、本社からヘリコプターで帰って来られてましたね。そのヘリコプターが電線にかかり落ちたと言うニュースもありましたね。幸いに、低空で怪我人はなかったようです。
 また、あの世界最高峰のカーレースのF1にも、フットワークチームとして参戦されましたね。ですが、10年ほどだったと思いますね。脆くも滅んでしまいましたね。今は、オリックス(運送用トラックをリースで貸していた)が吸収してしまいましたね。2代目社長は、どこでどうしているのかはわかりません。
 面白い話では、初代社長のお墓は、高野山にあり、何億円と言う立派なものだそうで、2代目社長は高野山で、先代のお告げを受けて事業をやっていたそうです(ほんとかなー、なんですね)。
 この高野山のお墓は、誰がお守をするのでしょうね。そんな心配は、考える必要がないですかね。
高野山での豪華なお墓のご利益は、「諸行無常」と言う最高のお告げが与えられたのかもですね。

 建設会社は、そのフットワーク運送の子会社(フットワーク建設)として我が地で栄えていましたね。従業員が100人を越す会社でしたから、田舎ではNO1と言えましたね。フットワークが衰退した時に、名前を変えて独立して頑張られたのが、小生が知っている2代目社長(初代社長の血筋)でしたね。我が地では人望が厚く、商工会等々の役職やら、政治家達にも大変慕われた人物でしたね。

 小生は、この田舎の世風を想い感じますね。昔は、「栄華は3代続かない」とよく言われましたね。この戦後の時代を生きてきまして、田舎では3代目まで行けないですね。2代目半ばで、衰退していますね。都市部の変遷の流れのスピードが速いのは理解できますが、田園地帯の田舎がですね。商店街の商店主も、2代目または3代目は、ほとんどがサラリーマンとなっていまして、滅びの道を転げ落ちてますね。栄華もないが、農家の方達は変らず続いてますね。日本は農耕民族である証かもしれませんね。

 小生は、先祖の写真(初代から亡父まで3枚)が飾ってあるのでは、商い人としては4代目ですね。昨年末に廃業しましたので、商い人としては滅びましたね。初代が明治の中ごろに、武家の次男で仕事がなくて、明石から我が田舎へ行商にやってきていて、我が地に根をおろしたそうです。初代は苦労が多かったそうですが、2代目からは小さい商いですが、財をなして栄えたそうです。ですが、戦争で何もかもなくし、戦後に亡父が商い人の血を発揮して、映画館経営に乗り出しましたが、これも時代の波に呑まれてしまい、廃業となりましたね。
 でも、亡父は新しい商売に色々と挑戦していたのを子供時代に見てきました。昭和の30年代から50年代ですからね。なにをやっても、儲かっていた感じがしましたね。商店街も栄えていましたね。

 それを見てきた小生です。商い人を目指しましたね。その当事(昭和50年代後半から)の人気のある商品を扱って、改装、改名して昨年まで頑張ってきました。しかし、栄枯盛衰のスピードが速いのか、時代の変遷の流れなのか、商店街や小生の小さき栄華は続きませんでしたね。
 栄枯盛衰について、私事まで記してしまいました。どうまとめようかわからなくなってしましました。

 エイッ、グチャグチャになってしまいますが、2代目達の栄枯盛衰と言いますが、小生はその栄華を手にした者より、その滅びの会社で一生懸命に働いてきた社員達(兵士)のことを思いますね。彼らは、栄華の恩恵を同じように受けていませんね。いつの時代も庶民は翻弄されて人生を送らなければならないですね。その翻弄の中で生きぬくからでしょう。庶民人生の逞しさの中での、面白さ(栄華)もあるのでしょうね。この人生の面白さの発想は、価値観の違いですね。価値観については、後日考察して塵埃記にまとめてみたいです(忘れるかもです)。

 長くなり、まとまらなくなりました。政治家や官僚や現代の栄光を手にしている企業社長達に言いたいです。「次の栄枯盛衰は、あなた達の番(2代目多いですね)ですよ。国の経済や会社の経済も、大多数を占める庶民の動向で決まるのですよ。それを心に刻んで、庶民や社員の為のリーダーでありつづけ、栄華に溺れずに、切磋琢磨しなさい。」とぼやいて、塵埃記を更新することにしました。

 この田舎の栄枯盛衰も、小生が生きてきた、たかだか50年ほどに眺めてきたものですね。変らずに続く本質の流れはなになのでしょう。正義か誠実か・・・それとも・・??。
 深夜に軽4輪で走りながら、あれこれと考察することにします。

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感染爆発

2007年1月17日天気は晴れ。

 今日は、阪神淡路大震災から13年の時が流れた当日ですね。我が亡き甥っ子もそうでしたが、沢山の人達が犠牲になりましたね。ご冥福をあらためてお祈りしたいですね。人々の営みは逞しいですね。でも亡くなった人達は、逞しさを発揮できないですね。復興は、人がいて出きるものですからね。震災も必ずやって来ますね。できるだけ人命が亡くならない様に最小限に押さえる努力を怠らない様にですね。

 さて、人の命の脆さのことで、昨日も見て2度目なんですが、NHKスペシャルのドラマとドキュメントの「感染爆発・1ヶ月で死者百万人」が、小生の心に恐怖心を煽りましたね。
 最近に、鳥インフルエンザウイルスが人の体温でも増殖する新型が発見されたと言うニュースを知っていましたので、よけいにテレビに釘づけとなりました。

 ドラマの方は、発生した時点で、拡散しない様に政府、公的機関が防御体制をとりますが、脆くも拡散する現実社会を描きますね。なすすべがなく何万人もの人が亡くなって行きます。「ウイルスもしぶといが、生き残って行く人間もしぶとい」と言うハッピーエンドとは、とても思えない終わり方を作りましたね。

 ドキュメントの方は、世界の貧困街で発生した実在例(家族七人が感染、6人死亡だったと思う)を取り上げていました。WHOの医師達が調査、ならびに拡散防止に活躍する姿ですね。その中の日本人女性医師が、「鳥インフルエンザウイルス(毒性が強い)とソ連方の人インフルエンザウイルス(毒性が弱いが、人から人へ)の合体で新型が発生する可能性の寸前の所を見た。」と言ってましたね。
 この新型が発生すると、今の世は空を飛びかい、動き回る人類には「感染爆発」は防ぎ様がないですね。人の免疫も進化して人類は生き延びているそうですが、インフルエンザウイルスも進化を続けて生き延びているそうですね。
 その進化のスピードは、申し上げるまでもないですね。人の千年の進化を、ウイルスは一夜にして進化するそうですね。

 小生も恐怖をあおる様ですが、ドキュメントでアメリカが「感染爆発がおきる」ことを想定した国策を取っている。「日本はどう見ても、遅れているとしか言えないですね。」と解説者が言ってましたが、その解説者の最後の言葉で、「いつかおきる! それが明日かもしれない。」といった時には、心に言葉がグサリと刺さったような気がしました。

 そんなこんなですが・・原子爆弾は、人類の英知や道徳心で使用をとめることができますね。また未知の知的生物の来襲で滅亡もありますが、映画の「インディペンデンスデェー」では、「風邪をひくぞ」と言う言葉から思いつき、パソコンのウイルスが活躍して人類を救いましたね(笑)。また大昔の映画で火星人が来襲しますが、インフルエンザウイルスで退散すると言う映画もありましたね。

 新型ウイルスが発生後、ワクチンが出きるのに半年かかるそうですね(半年間に、何人が亡くなるのでしょう)。
人類最大の敵は、我々と一緒に進化を続けるインフルエンザウイルスかもしれませんね。

1/18追記・・「感染爆発」を検索してみました。沢山の人達の思いを見ましたが、「インフルエンザウイルスとの共存共栄を模索してはと(ワクチン開発で)・・ウイルス達も宿主を殺してしまっては、自分達も生きられない。強い者が生き残ると言う自然淘汰の摂理なのだろうが、良い方法はないだろうか?」との言葉がありましたね。

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相次ぐ、簡易HPの閉鎖に思う・・

2007年11月16日天気は曇り、寒くなりました。

 小生は、七年ほど前から、簡易HP(gaiax系)で田舎からの拙い個人情報を発信してきました。何度か、一方的に閉鎖の通知を受けまして、次のガイアと渡り歩きましたね。サービスですから、利用者はどうすることもできませんでしたね。この度も、9月いっぱいでGooのgaiax系の簡易HPが閉鎖となりました。お友達の皆さんは、次のgaiax系へと移転されて行きまして、落ち着かれたなーと思っていると、年末に閉鎖と通知が来たようですね。

 そこで、呑気な「世風の思い」として、塵埃記に戯言を落としますね。まずは、簡易HPの素晴らしさから記しまして、呑気が今後のネットの世界は、どの様になるのだろうと個人的な予想もしてみました。ご参考になればと思いますね。

 簡易HPの素晴らしさは、HP作成に関して大変に簡単であり、発信と交流が同時に楽しめる機能でしたね。自己発信に、画像を貼りつけるのも簡単でした。日記風に記して、さりげなく発信できましたね。また本体自体に掲示板も設置されていて、交流の輪も広がって行き、また画像掲示板の普及で、各地の情報が瞬時にお届け頂ける様になりました。
 発信と交流が一緒になって楽しめていたような気がしますね。特にgaiax系は、Log返しみたいな機能が素晴らしかったですね。自分のページにお越しになった方達がLogで、わかる様になっていまして、交流を大変に助長しましたね。
 また、次々とgaiax系を楽しく使う方法を、利用者が開発していた様にも感じましたね。小生もお友達から、色々と教えていただきました。この素晴らしさが、衰退、閉鎖となって行くのですね。

 さて、今後はどの様にホームページが、発信や交流を広げて行くのか、呑気に予想と思いを記しましょう。

 先ず発信ですが、ブログ系が中心になると思いますね。ブログでも交流は可能ですが、交流機能は簡素化されて、深い繋がりの交流の人達は「トラックバック」と言う方法もありますが、さりげなく、なにげなく、気楽な交流で簡単に繋がるのは、チョットものたりないですね。発信機能は、大変に簡単で素晴らしいですね。発信内容によっては、自己発信はブログで充分だと思いますね。

 では、簡易HPの持っていた、最大の魅力の交流ですね。これも新しいものがどんどん出現してきていますね。mixiなどは、その最たるものですね。小生も遊んでいましたが、交流する人達が集まれるシステムを確立しましたね。小さな交流を目指す人、どんどん交流を広げる人を、総て簡単に繋ぎましたね。掲示板は不要ですね。自分がコメントを自分のページに記すると、「お仲間リスト」に登録している人達に対して、一挙に通知されていますね。
Logで繋がっているじゃなくて、ページそのものが繋がってますね。凄い交流機能ですね。

 小生が今、遊んで勉強しているアバウトミーも同じですね。コンタクトすると言って、交流相手を自分のページにコンタクトしていると、相手様の発信通知が瞬時に、我がページに反映されますね。交流としての、お返事は瞬く間に出きるシステムになっています。小生は、素晴らしい機能だなーと感心しています(最近に気づきました)。交流に関しては、凝るのも良し、広げるのも良しの状態だと思いましたね。

 「世風への思い」の結論ですが、個人のホームページ運営が細分化されて、発信と交流の二つに分かれて行くような気がしています。もうその世界は来ていると思いますね。グローバル化してきて、個人情報、地域情報を確り把握して、世界をネットの中に取り込もうとしている企業群(検索企業群ですね)は、発信を中心としたブログ系がありがたいでしょうね。発信しているトップページが検索機能に反映しますからね。どえらい情報辞典ができるでしょうね。

 mixiやアバウトミーも交流と言う楽しみで、遊ばせているのですが(フリーの色々な掲示板なども含まれますね)、大衆を大量にネットに取り込んで、営利販売等に役立てる方法も模索しているでしょうね。

そんなこんなです・・もっと思いを綴りたいですが、またの機会にします。「孫の顔を見に行こう」と愚妻が誘いました。こりゃー断れないですね。

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真の独立国家じゃないジレンマ

2007年8月16日

 先の大戦の終戦の記念番組をテレビで色々やる時期ですね。昨晩、NHKで「日本のこれから」と言う、憲法第9条の問題の討論会を見ました。呑気な子供ような思いを記しましょう。

 平和な日本国を今後どうすればよいのかが問題ですね。しかし地球規模(戦争状態ですね)では、その平和活動に我が国がどうすればよいかですよね。
 真の独立国家であれば、平和主義を貫き通して憲法第9条の理念を推進して、あらゆる戦争に荷担しないと言う平和国家を目指せますね。しかし世界情勢からは、理想論や空論のように響いてしまいますね。なぜなら、米国の属国の道を選んだ日本だからでしょうね。

 子供のような思いですが、真の独立国家を勝ち取っていたら、素晴らしい国になっていただろうか・・
対等な立場で世界で生きる為に、ひょっとして核を持つようになっていたかもです。真の独立国家は、大変な苦難の努力が要ったような気がします。またその逆に、世界に類を見ない平和国家になっていたかもですが、いずれにしてもその道を選んでいないから空論でしかないですね。

 子供のような思いですが、世界は米国の属国系で生きるか、反米系で生きるかに選択を迫られているような気がしますね。ヨーロッパ各国と言えども、ヨーロッパ圏での歩調を、独立国家として乱すことが出来ませんね。
 敗戦国どうしのドイツと日本がよく比較されますが、ドイツはヨーロッパ圏に対して戦闘しない誓いの独立国家(ヨーロッパの属国)ですね。日本は米国の属国としての独立国家ですね。

 では、日本が平和国家でありつづけることが出きるのか・・可能な気がしますが、民衆力だと思います。
民衆(我々)が、確りとした平和主義を心に内在させることだと思います。悲惨な現状を目の当たりに見たり、情報は得ることが出来ます。「そんなことは、日本国民として反対です。」と叫ぶのですよ。いくら米国が強大だといっても、あの国は民衆の声には、鋭く反応すると言う素晴らしさも歴史で作り上げているからですね。

 まとまりがつきません。まあ小生にとっては難題でした。しかしこれだけは言えます。平和が崩れる時は足音もなくやってくるそうです。日本国の舵取りをしている連中に対して、厳しい目で確りと見つめていましょう。

 終戦記念日の新聞記事の中から・・●国の管理体制を強める教育関連法改正をみても、似たような流れが起きていないか。当時の「鬼畜米英」のように、一つのことに熱狂する芽が残っていないか・・・「千人針は語る」での、兵士の無事を祈る婦人の言葉、「戦争は私達が気づかぬうちに音も立てずにやってきた。」・・・
 時代の歯車は音も立てずに回るのなら、かすかな音にも耳を澄ませたい。」(神戸新聞、正平調より抜粋)●

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昔から変だよ・・日本の野球界。

2007年3月11日天気は晴れですが、風が冷たい。

 またやってくれましたね。プロ野球西武の金銭供与事件ですね。私は母校の県立高校野球部を、ずーっと応援しつづけています。皆さんと野球の話をよくしますが、もう昔から金銭供与はあるものとして、いつも会話していますね。

 田舎の県立高校ですから、プロ球団がやってきてどうこうしたと言う話は聴きませんが、OB達や野球好き人達との会話で、いつも話題になっているお話をしましょう。

 我が母校は県立高校ですので、よい選手を獲得する事は出来ません。成績が優先ですね。野球馬鹿では入れないからですね。でも良い選手で入学希望してくる子供達も沢山います。

 でも昔から、我が地や近隣の中学の優秀な選手が、成績がよくても甲子園名門私学校や甲子園を目指す強豪校に流れてゆきますね。これは、何らかの特別待遇を受けるからですね。

 中学校の軟式野球部ではなく、シニアリーグと言って硬式クラブチームが大変盛んになりました。ある意味での野球塾の感じも受けますね。監督さんもプロ経験者もいるぐらいですね。

 そのチームの優秀選手は、日本全国の強豪校に散って行きますね。その少年野球チームの監督さんが推薦(何らかのお礼を頂いて)していると言う話ですね。
 また少子化で、子供が少なくなり、生徒集め(特別待遇はなく)としても行われている様で、そんなに上手でない子供も送り込んでいる様ですね。
 高校野球好きの連中での会話では、こんな話は、普通の話として語られていますね。

 皆さんが清潔で爽やかな甲子園高校野球だと、楽しまれていますが、地域性も薄れ全国の中学のオールスター(特別待遇を受けた選手達)みたいな高校も出てきましたね。もう皆さんも勝つためには、当たり前のことだと高校野球を見ておられるでしょうね。(曖昧な日本人でしょうね。)

 そんな特別待遇を受けた感じで、最終はプロの契約金を目指している様な親達や選手達ですね。「供与を受けてはいけない」と言うような心が育たないですよね。

 私はもっと透明性のあるものにしたらよいと思いますね。アメリカの大学の様に、優秀な選手には奨学金制度ですね。卒業したら返済ですね。
 どんどん優秀選手を集めたら良いと思います。そうすると、欲ボケの親達は、「息子が駄目だったら、返済が大変だ。だったら近くの高校で頑張らそう。」となり、少しは地域性が守れるかもですね。

さて、特別待遇を高校野球好きの連中の話として記しておきましょう(私は詳しくは知りませんから)。
特別待遇選手は、授業料免除、寮費や食事代の免除等々があるそうですね。私が思いますに、大学や社会人、ましてプロ球団に入ると、その学校へ、お礼の寄付金等で返しているのじゃないですか?・・私学校は、損得勘定も計算済みのような気がしますね。人気料(学校のCM代)としても、計算がたちますね。

 優秀な野球選手は、金銭的に見ても美味しい素材なんですね。どんどんエスカレートして、子供(小学生)ぐらいから、良い素材探しで、大人達が動いていますね。ボランティアでは出来そうもありませんね(笑)。
 ボランティアであっても、心の中は「もしも契約金一億の選手になったら、何らかのお礼があるだろう。」・・だと思いますよ。(人の世ですね。)

「ボケの花」をダウンロード
白いボケの花です。

 皆さんも、変だと思われるでしょう。でも文句の出ない日本の野球界なんですよ。「とボケるのもいい加減に白っ」と怒りたくなる方達いますかね。「しゃーないなー」だと思いますね。子供達の間には、優越差別社会が出来てますよ。時々ボールひらい達が暴発して暴力事件でしょうね。

 私は母校の、田舎の爽やか県立高校野球部を、一生懸命応援し続けますね。

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「いじめ問題」への戯言・・

2007年3月7日天気は快晴。

 桜便りが聞えてくる春になりました。私は野暮用が多く、野山を駆け巡ると言う訳に行かず、日々を過ごしています。

 塵埃記を進め様と思考をめぐらしますが、NHKの「いじめ問題」の討論会を見た時の思いを戯言にしましょう。

 先ずは、よく教育委員会や学校長などが発言する「調べましたが、いじめの事実が確認できなかった。なかったと思います。」とよく言いますよね。
 私は、「いじめ」は必ずあるものだと思いますね。大きい、小さい、陰湿、無視、暴力等々と、人間社会では必ずありますね。
 学校も、人が集まる所は「いじめ」はあるものとして、最初から取り組むべきだと思いますね。

 昔から人の世は「いじめ」(差別)が起きるからと、道徳や宗教や哲学などで、人の和を大切にと色々な格言や言葉で膨大な数で解かれていますね。私の子供頃は、「いじめ」とはあまり言わずに、「差別してはいけない」と言う方が多かったですね。

 番組模様で討論している大人達が、論争と言うより、罪のなすりつけあいですね。最後に子供達が、「子供達の声に、もっと耳を傾けてください。」と言った言葉が、一番印象に残りましたね。

 競争社会になって、年数が経ちました。まだまだ激しくなっていく様です。この中で育ってきた親達や教師ですね。もう世の中が、いじめ合いになっていますね。政治家のお偉方達まで、いじめ合戦ですね。
 そんな大人達の姿を見ているのが子供達ですね。人と人とが足の引っ張り合いの、激しいストレスの中で暮らしていますね。そのストレス発散は、「いじめ」(優越と言う見難い差別意識)にむかうしかないでしょうね。これは子供達だけの問題ではないですね。

 さてどうすると言われても、私には解決策は見出せませんね。先ずは大人達が、人の和を大切にする世を目指さないとですね。
 こうし様という理論だてるより、正しい精神や魂を磨くと言う感性を育てないとですね。格差が精神にまで広がると、もっと差別社会が到来するような気がしますね。(世界で争ってギクシャクしている国々がありますね。精神の差別意識も原因している様ですね。)

 大人達が作る差別(優越意識)社会が広がると、学校(教師やPTAを含めて)は「いじめ合戦」となるでしょうね。いじめは人の世では、起きるものとして、戦争(戦争は、もっとも酷い暴力のいじめですからね)にならない様に防いで行くことかもしれませんね。謙虚な姿勢と言う精神性がありますが、謙虚で穏やかな子供が生き難い、そんな時代は間違ってますね。

戦争を防ぐ方法・・「相手を思いやる対話」しか浮かんでこないなー。思いやると言う言葉も優越感を感じますね。人の世は、難しいはずですね。

 いつの世でも、精神の磨けない、反社会的な行動をとる悪い奴らは現れますね。遭遇すると皆が災難となりますね。どうしたら遭遇しない様に出来るのでしょうね。警察力でしょうかね。

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個人情報は、もうバレバレ・・

2007年2月24日天気は曇り、風も冷たい。

 暖かい日が続いていましたが、週末は少し寒さが戻りそうですね。でも花達はすっかり春支度ができあがっているようですね。

 さて、呑気な思いで塵埃記を進めます。ネット初期からある「ゆびとま」が暴力団がらみで、問題になりましたね。
 ●「ゆびとま」は、ウェブ同窓会「この指とまれ!」(小学校から大学まで全国6万校を網羅 ...とありますね。

 各学校の同窓生個々のメールやホームページ紹介ページですよね。これはある意味と言うより、明らかな個人情報収集ページですよね。ネット初期は気づかずに、私も登録しました。
しかし、プロバイダーが変わり、メールアドレスも変更しましたから、もう私の情報はないとも言えますね。

「鏡の中へ」をダウンロード
ネットを楽しむ皆さんへ、個人情報は、鏡の中への様にとクッキリと取り込まれてますね。

 色々な簡易ホームページやブログの世界がありますね。膨大な個人情報の集積場所ですね。
 各自の趣味趣向が、はっきりとデーター分けできますよね。CMターゲットがより正確になりますね。

 世界最大になりそうな「Google」(私は検索は、ほとんどです。)もそうですね。膨大なホームページを整理していますね。こりゃー大きくなりますよ。世界中のCMターゲットを把握できますね。彼らから見ると、世界や私達は丸裸同然でしょうね。
 まあ、私の個人情報なんぞは目もくれないでしょう。大きなグラフデーターの素ぐらいでしょうね(笑)。

 発信内容が素晴らしければ、素晴らしいほど素敵な情報になるのですからね。しかし発信する事がネットですよね。もうこの世界からは、私達は前に進んで行くしかないですね。

 ただ、私が呑気に思いますに、お金持ちで裕福だと思わせる発信は控えた方が良いでしょうね。これからはCMや嫉みが、押し寄せてきそうな感じがしますね。考えすぎかなー。

 私は、田舎で「貧しく清く生活している」と大きな声で宣言しておきましょう。CMは無駄になりますよ、買う力やクリックする力がありませんと言っておこう。

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格差是正・・ようわからん??の追記・・

2007年1月28日天気は快晴。

 昨日の塵埃記に、世風に対する愚痴を記しましたが、格差是正に対しては思いが少しでしたので、追記で呑気な拙い思いをですね。

 この朝に便器に坐って、格差是正でふと思いました。「巨大化してゆくものに、歯止めをかける政治をしないと、格差是正なんておぼつかない。」と浮かびまして、考えながら追記します。

 もう、資本主義が行きわたり過ぎた世界は、沢山の大きな大きな恐竜達(巨大企業)が巷を歩いているようなものですね。恐竜達が歩く足元の、小さな人達を避けて歩けないですね。どんどんと踏みつけられて行きますよ。

 恐竜達も、どんどん食って行かねばならず、巨大化して行くしかなく、食い尽くしてしまいかねないですね。巨大化しようと合体したり、また争ったりしてますね。

 呑気に田舎から、世風を見ています。馬鹿な思いですが、「どこを規制緩和して、どこに規制をかけているのか」ですね。特権をどこに活かしているのでしょうね。ぶくぶく肥満した恐竜(耐震偽装の怪物)も野放しでしたね。

 またまた、政治や官の堕落と怠慢の所に行きつきますね。アメリカの未来映画(ロボコップやバットマン)じゃないですが、国や都市が、その巨大恐竜(大企業)に乗っ取られますよ(笑)。

 田舎に暮らして、田舎町全体をズート見つめてきました。規制緩和を恐竜達に与えると、巨大化して、あっという間に小動物達は踏みつけられて、食い尽くされて滅びましたね。今や恐竜達の動向が、街の動向をも左右するようになりましたね。

 田舎で巨大化した者同士(量販店)が、争いかけましたね。そいつらが暴れると、小商い達はもう逃げる場所もなくなりました。
 その様になって行くのが、未来の為に良いのか、悪いのかはわかりませんので、見届けてみたいですね。

 ただ、悪い方向に食い尽くされているものがあります。人々が昔から延々と培ってきた、暮らしの中での風土が持っていた「人情や文化」も、一緒に滅んでいっているのは確実ですね。

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教育再生・格差是正・・ようわからん??


2007年1月27日天気は快晴。

 国会が動き出しましたが、根幹が良くわからないので、呑気な拙い思いを記しますね。

 教育再生ですが、良くわかりませんね。学校教育を言っているのでしょうね。政治家教育はないのでしょうかね。

 いじめ問題も、私が思うに確りとした教育ができていないのだと思いますね。何十年も前から問題は起きていますね。もみ隠さずに公にさらしていればと思いますね。確りと「いじめ」と言う問題を掘り下げて研究し尽くして、無くして行く教育論を作り上げておくべきでした。子供が不可解な死に方をすると、真っ先にいじめ問題として研究しておくべきでした。学校のリーダー達の仕事はそこしかないですからね。
 その「無くす教育論」を繰り返し行うのが教育だと思いますね。

 その教育論(出来てなさそうですね。)を、保育園児、出きれば妊婦の母親あたりから啓発していくべきだと思います。
 昔は、車の免許の更新の時に、凄まじい事故の写真を見せられましたね。無謀な運転は死を招くと教育されましたね。私達が大人になってからですので、効果は少なかったかもですが、大切な教育だったと思いますね。

 民主主義で、一番大切な法(規則)を守る教育と、人権教育をしていない学校なんて、教育施設とは言えませんね。「やっては行けない」と判っていることが教えられないのですからね。「いじめ」は、無謀運転の集団野ざらしと一緒ですね。子供達全員が、信号もない大変危険な道を歩いてますね。

 小さな花達を駆逐して行く雑草を刈り取る教育再生なんて、よくわからないですね。種や苗の時から、「皆で暮らす小さな島国です。調和と協調で、花園の国にしましょう。」と言う花に育てる教育ですね。これは教育者が花でないといけないですがね(笑)。

 格差是正も良くわからないですね。これも十数年も前から、地方では問題になっていましたね。最近になって、都市部でも「シャッター通り」が沢山出てきて、慌てているのでしょうね。

 この様に思いますと、公の機関の堕落と怠慢であった所に行き着いてしまいますね。そんなリーダー達に、庶民や子供達が「シラケ」てしまって、心が荒んだ国に突き進んでいるようにも感じますね。

 私はリーダー達にお願いしたいです。まだまだ残っている庶民の美心に訴える「国の改造論」や「精神論」を発して欲しいですね。
 「美しい国」・・精神的にはどんな国なんですか、よくわかりませんね。

 「人類滅亡時計があと5分」や「温暖化で、この世紀末には、水不足で何億人が死滅する」とか、たかだか何十年先に起きる未来の問題提起がなされています。
 ちまちまとした政争や、特権を利用しての政策では、世界に誇る「美しい国」なんて作れませんよ。もっと地球規模の大きな観点から、国作りを模索して欲しいですね。
 子供達にも、「いじめ」みたいなもので、ちまちま人間形成している時ではない。すぐ君達が経験する未来(助け合わないと、生き残れない)が、やって来ていますと教えなさいですね。

 環境問題も、未来の大人の子供達に、確りと教育して欲しいですね。根っこからですよ(青春期になって、自立して花になろうとする時では、もう遅いですね)。
 たぶん小さな子供達は、素晴らしい発想で解決策を見つけると思いますね。

 またまた呑気な戯言で、あっちへ飛び、こっちへ流れですね。月末になると、愚痴りたくなる様ですね。商い人の脆いところかもしれませんね。確りと教育再生しておきましょう(笑)。

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知の共有・・社会。

2007年1月13日天気は晴れ。

 前の塵埃記で、未来の話を持ち出して、私なりの思いを記しましたが、さすがに未来の話で納得が行きませんね。でもネットのお友達から、そうなんだろうか?との言葉が出てきますね。私の甘い希望的解釈は曖昧ですね。

 そこで、そのお友達にお返事したままのコメントを記すことにしました。これも情報革命社会の小さな発信ですね。こんな遊び情報があふれることで、情報革命が起きると言っているのかもしれませんね

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こんにちは、塵埃記を読んで頂きありがとう。
私も未来学者のアルビン・トフラーは、確りとはまだ勉強してません。
未来の話ですからね、私なりに解釈するしかないのですね。
ただ、情報革命社会に入っていて、次の波を彼は予想しているのでしょうね。

情報が寸時に入るネット社会です。その未来を予想したのでしょう。
個人の嗜好が、それぞれで生産を生むと予想しているのでしょうね。
野菜を美味しく食べたい、自分で生産したくなる(自然な感情ですね)。
そんなことは、出来ないと思っていたことが、情報でいくらでも学べる世界ですね。
そんな風に、彼の言っていることを、私は解釈していますが、間違っているかもしれません。

私から見ると、貴兄のページこそ生産消費者そのものに見えますよ。
石仏や巨木を追うのは、少し前ならその道のプロが生産していたものですよね。
貴兄が情報として、世界に発信されているのですよ。素晴らしいことだと思いますね。
掲示板では、このくらいで、ご勘弁をですが、アルビン・トフラーは、30年先ぐらいのことを言っているようです。未来学者ですからね。
見届けられない世界ですね。

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 情報革命社会の中で、色々個人の思考が乱れ飛ぶ社会となります。私の解釈が甘いと(未来予想ですから、甘くなりますよね)、思われたお友達は、何なりと教えてくださいね。

 ネット社会は、「知の共有社会」だと、私は思っています。私の拙い「田舎の知」は、惜しげもなく情報社会に垂れ流してやろうと思いますね(ご迷惑になるのでしょうかね。)。

 明日は、初談会です。また酒をたらふく呑めますね。滅び行く商店街の、本年の運営の会合ですね。

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生産消費者が生む経済・・

2007年1月11日天気は曇り。

 この8日から準備に入り、9日が宵戎、10日が本戎と田舎の戎祭りでした。50年ほど前から続いた恒例の神社での事業ですが、商店街の人達で守りつづけてきましたね。

 私のご奉仕は、テントの下で「うどん屋」をしました。慣れているとはいえ、二日間に渡り、熱くて美味しいうどんを作るのに、一生懸命でした。田舎の小さな事業とは言え、老齢化と人手不足です。なんとかノルマの300杯をさばき、すっかりお疲れモードと相成りましたね。

 さて、このご奉仕事業のことで記したいことがありますね。
 本年の正月のテレビ番組をごろごろして見ましたが、私が一番印象に残っているのが、NHKBS放送の「未来学者アルビントフラー/田中直毅 知の巨人と対話」と言う番組でした。

 私はテレビを見るときは、沢山お酒が入ってまして、確りとは概要は掴めていないのですが、「生産消費者の経済」と言う話がもっとも興味を引きましたね。

 その時のアルビン・トフラーが言っているのは、●ガソリンスタンドのセルフサービス(消費者がスタンド業務)、●日曜大工の家具造り(材料を売る会社が成長)、●スーパーのセルフレジ(喜ばれて、価格に反映)、●血圧や糖尿の個人による測定等々の医療のセルフ化(医療に関する、個人補助)、●インターネットの「リナックス」の知の共有のOSやウィキぺディアの参加型の百科事典(富を得るものへの、消費者の挑戦)・・等々と、消費者である者が生産業に携わって行く社会が来ると言っているのですね。

 私のご奉仕の事業に関連して、近づいてきましたね。戎さんも沢山の人達が奉仕で働きます。
 田舎ですが、物を仕入れたり、作ったりで大きなお金の動く事業(経済)となりますね。奉仕も動くと経済となるのですね。

 ちょっと未来が見えてきませんか、各地域で生産消費を皆さんが行う時代が来るような予感ですね。団塊の世代の年金生活時代が来ますが、老後の諸々の問題も、生産消費者(ご奉仕、知の共有)となり、各地域で助け合って行けば良いと思いませんか。

 未来学者のアルビン・トフラーは、私達が力(リキ)まなくても、そう言う世の中になると予想しているのでしょうね。
 こんなことも言ってましたね。アフリカの子供達の教育問題も、パソコンがもっと安くなるだろう。パソコンによって一挙に解決する時代が来ると(ある未開発の村に、ネットパソコンを一台だけ置いていると、1週間後には、子供達はゲームをして遊んでいたそうです。使いこなしたのですね。)

 情報操作をしている国々などは、トフラーから見ると、過去の国となってしまうのでしょうね。彼の言う未来社会を、私達の団塊の世代は見届けることが出来るのでしょうかね。

 生産消費者経済・・奉仕活動や知の共有で、私達もまだまだ社会に役立ちますよね。未来は、素晴らしい人達によって作り出されて行くのでしょうね。庶民が作る未来は、政治家が作るのではないのでしょうね。

「輝く夕陽」をダウンロード
今日の夕日です。曇り空から、最後に出て輝いたお天道様です。

 私達団塊の世代も同じですね。最後に輝いて沈んで行きたいですね。時間とエネルギーは、この沈んで行くお天道様より、沢山持っているかもしれませんね。

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安部総理の大国のリーダー失格が見えます。

2006年12月22日天気は晴れ。

 文章日記にし様か、塵埃記に記そうか迷いましたが、焼酎も入ったことです。塵埃記に拙い思いを記しましょう。

 私は、田舎に居ますので、政治の難しい事はわかりません。ただ人を見て外見で判断する事は、間違っていますが、一国の総理です。まだ総理になって間がないですが、テレビ等からの姿や発言を見ていると、大変に心配になってきました。急遽、塵埃記に思いを吐き出してしまいたくなりました。

 彼は、穏便に優しく育てられたのでしょう。その姿を国民が選んだ事になりますね。日本と言う大国のリーダーが、それで乗り切って行けるのでしょうか。

 私が、テレビからの彼の発言や姿から、完全に官僚達(老練政治家)に支配されている(また本人が頼っている)様にしか見えません。
 官僚達は、理路整然とした論理から、今現在の仕組みを正しく把握して、総理に進言しているでしょう。しかし行き詰まっている現状を突破する力は、官僚たちには有りませんね。既定の線路を、いかに無難に走らせるか、その小賢しさには素晴らしい能力を持っているでしょう。

 また滅びの世界を記しますが、愛新覚羅 溥儀(清朝の第12代皇帝 宣統帝ー「最後の皇帝」として知られる。)のことなんですが、ネットを徘徊していると、面白い事を記されている方がいましたね。

 彼の側近の官僚の部下達が、もう清朝は終わると判断して、清朝の莫大な美術品や骨董を盗んでしまって、なにも残ってなかったそうです。官僚が潰したと言っても過言でないと記されてました。溥儀の温和な優しさが、官僚達が見放したのですね。

 総理に、官僚との戦いに向かえといっても無理でしょう。いつの時代も、突出した馬鹿をやるリーダーを戒める官僚(今の、北朝鮮問題の6ヶ国協議を見てもわかりますね)がいないのと、馬鹿な温和なリーダーが官僚任せになってしまって、庶民が苦しむ方向にむかってしまうのではないでしょうかね(少子化もわかっていて、置き去りですね)。

 これは地方行政を見てきて、凄く感じる世風なんですよ。選んだリーダーを我々が悪いのか、また官僚達(コネやリーダー次第で、有りついた職)の生き様が小賢しいのか・・頭の良し悪しは、問題ではないのです。住民に対して誠実に生きているのかの、一番最低で当たり前が、できなくなった世を感じますね(身の保全も、ほどほどに)。
彼ら官僚達や公務員の優遇は、彼らが毎年小さくコツコツと、わからないぐらいに制度をいじり積み上げてきたものですね。これの改革は難しいでしょうね。意識改革しかありませんね。

 今晩のテレビ映画が楽しみです。「たそがれ清兵衛」・・下級武士の悲哀(まだ見たことないのです)ですが、幸せはそのあたりにあると思いますね。サラリーマンの方達の大半は下級武士でしょうね。慎ましやかな幸せを送られている人々が大半ですね。

 それにくらべて、今の世の政治家や、官僚がこうも見難く見えてきた時代を作ったのは、我々でしょうか、それともやっぱり国のリーダー達だったのでしょうかね。

追加・・総理に言いたいです。貴殿の家系や人脈から、人材を選ばないでください(官僚の言いなりにもならず)。はじめての出会いの在野の人達を登用すれば、救われると思いますよ。私は、間違っているかなー・・・

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日本の外交の資質・・

2006年11月8日天気は快晴。

 最近になって、高校の履修科目の時間を取らずに進めていた学校が沢山出てきましたね。その中でも世界史が最も多いようですね。そこで私が呑気に思ったことを記して、塵埃記を進めましょう。

 この受験の為の高校生活は、今に始まったことではないですね。40年前の我々の時代からでしたね。受験に関係のない世界史などの授業中は、先生の話を聴かず、受験勉強の自習時間となっていましたね。私の場合は世界史の先生が野球部(私は野球部でした)の監督だったこともあり、世界史を通しての道徳の時間となっていましたが、他の生徒は自分の勉強をしていましたね。

 それが、大学の受験科目からも外れてしまっては、世界史は可愛そうな状態になってしまいましたね。これは、荒波の社会に出てから影響が出てくると思いますね。広い視野から、物事を見つめて行くという素養が弱くなると思いますね。

 日本の外務省あたりや、外交がどうも経済ばかりに重点を置いて、他国の人心や風土や宗教をバックボーンにしての交渉事や交流に、大変ひ弱な感じを受けるのは、私だけではないと思いますね。

 何人かのエリート達は、確り世界史も勉強しているから大丈夫だと言うのは、心配になりますよ。プロ野球もそうです。底辺が広いから素敵な選手が出てくるのですね。大学に入るために、高校時代は世界史をないがしろにして、いざ外交官になったから、付け焼き刃で学んでいるのでしょうね。
 世界史は広い視野と各民族と言う人の営みを知ることになりますね。道徳観も磨かれるでしょうね。
 そんな風に思うと、この何十年間と言う日本人は、大変なことを見逃していたと言う事になりませんか、外交官だけじゃなく日本人全体が外交の資質が育っていないと言うことになりませんか。そんなことを思ってしまいました。

 そう言う私も、高校の時の世界史の試験はまったくできませんでしたが、先生が監督でしたから、答案用紙に野球部○○○○と氏名だけ書いていましたら、単位をいただけましたね。おおらかな時代でもありました。監督さんは、お元気でお暮らしなんでしょうかね。

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首相の靖国参拝に思う・・

2006年8月11日天気はカンカン照り。

 お盆が近づいてきました。我が家は田舎の本家ですので、皆さんが帰ってくるのを待っての接待の日々となります。塵埃記が暫く進まないかもですので、甲子園大会を聴きながら進めましょう。

 靖国参拝問題で、私も前々から思っていたことが、今日の神戸新聞のコラムに同感する記事が掲載されましたので、かいつまんで記しましょう。

 先日亡くなった社会学者の鶴見和子さんが、小泉首相に対して靖国参拝問題で興味深い提案をされていましたとあります。
 その提案は、自宅の庭に靖国神社の方向に向けて鳥居を建てて、参拝ではなく自宅から遥拝されてはいかがなものかと言うことですね。日本には昔から、参拝が難しい人達の為に鳥居を建てて遥拝する所があるそうですね。
●遥拝・・遠く離れたところから拝むこと・はるかに拝むこと。

 私も前から思っていましたが(鶴見さんも仰ってますね。)、護衛官を沢山従えて、ものものしい参拝光景はいかがなものかとですね。
 あの光景は、どう見ても隣国を刺激する(苦難の日々を思い出す。)と思いますね。参拝は「心の問題」だと言うのなら、余計に一人静かに遥拝することを奨めたいですね。
新聞からですが、不戦を誓った日本です。遠くからでも深い祈りはできる。と記してますね。

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 もう一つ私が思うことがあります。靖国神社は、明治以降の日本の戦争・内戦において政府・朝廷側で戦没した軍人らを祀る神社と記してありますね。
 だとすれば、もう赤紙などで召集されて命を亡くす人達を出してはなりませんね。戦争は放棄しているのですから、もう神社に祀る人達は出現しないはずですね。
 と言うことは、靖国神社は年数を重ねると明治から昭和にかけての精神性の文化遺産に変じて行くべきですね。日本の古代の神社仏閣と同じになって行くべきですね。

 隣国の皆さんにも、もっと靖国神社の将来の姿を宣伝するべきですね。靖国神社を多大に啓蒙することは、ある意味で軍人を祀る神社として、これからも出てくる祀る人達の為に現存しているような今の論争は控えるべきだと思いますね。

 なんかまた、訳がわからなくなりましたが、私はご先祖の墓参りもよくサボりますが、遥拝だけは車中からでもしています(笑)。

「ミミカキグサ」をダウンロード
オマケ画像です。ミミカキグサです。耳かきほどの大きさです。これでも食虫植物だそうです。好きな花というより、探して見つける楽しみでしょうかね。

結論・・靖国問題が上手く解決してくれることを願っています。日本人の精神性と隣国に対する思いとの葛藤になっているような気がしますね。
 戦争は放棄しているのだから、基本的には簡単なような気がしますがね。「心の問題」を首相個人が決めて発言してはなりません。我が国の心を代表することにもなりますね。人の心は自由で超多様なものでなければなりませんね。

 皆さん、素敵なお盆をお迎えください。帰省される方達は、暑いですから充分に交通にはお気を付けください。

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援助交際と遊女とは、まったく違う。

2006年6月27日天気は快晴。

 本日の塵埃記は男の話しにします。昨晩、テレビで都会の援助交際で乱れている少女達の話をたまたま見てしまいました。
 遊女気取りな感じも受けましたので、私は援助交際を知りませんが、昔の遊女なら知っています。

 私の知っている遊女は、学生の頃(あっ、中退して社会人です。)ですから、今から38年ほど前ですね。兵庫には神戸に新開地と言う歓楽街がありました。その中に福原と言う遊郭が建ち並ぶ町並がありました。赤線は廃止になっていたのですが、確りと残ってました。

 お店の名前も江戸時代や明治時代の名前が多く、「いろは」、「えびす」等々でしたね。店先の玄関にはお婆さんが立っていて、「お兄さん、遊んで行かない」と声をかけてました。また二階の窓越しから、手招きする娘もいましたね。遊び方はご想像にお任せするとして、遊女達のお話をしましょう。

 彼女達のほとんどは貧しさゆえに、遊女にならなければならなかったと言うことです。地方の農村からの食い減らしや、金の卵と言って都会に集団就職したが、何がしかのトラブルがあって辞めざるをえなくなりましたが、田舎に帰れなかったのですね。また家族の生活費の為にやむなくと言ったようでしたね。

 遊女達と遊びましたが、気の優しい娘が多かったですね。気心が通じ合うと常連さんとなり、一段と楽しみが深くなりましたね。
 酒を呑みながら、田舎の話やお父さん、お母さんの話を涙ぐみながら話してくれましたね。

 私が「良い男に出会って、幸せになれよ」と言うと、やっぱり女性ですね。夢は捨ててはいないようで、「うん、私みたいなものでもひらってくれる人いたら、死ぬほど尽くしてあげる。お兄さんどう。」と言ってましたね。

 その後、豊かになってきたのか、福原もソープランド地帯になりましたね。何回か行きましたが、指図を受けて体を洗うだけ、男と女の情緒が薄れてきましたね。贅沢がしたいと言う娘が増えたようでした。

 援助交際で簡単にお金が手に入ると言うのは、お小遣いのようなものですね。昔の遊女達は田舎への仕送りがほとんどだったでしょうね。
 またまた、長くなっただけで何を言いたいのかわからなくなりました。

 援助交際と盗掘がよく似ていると、この書き込みをしていて思いましたね。援助交際は交際を求める奴がいるからなくならない。盗掘は野草花を商いにする奴がいるからなくならない。ちょっと違うかなー(笑)。

 援助交際と遊女とはまったく違いますね。これも今の世を反映している、心が無いのですよ。少なからず遊女達には心があり、小さな夢も追っていたのですね。

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清貧の酔狂人よ、出て来い・・

2006年1月29日天気は快晴。

 もう1月も終わろうとしていますね。私は動けずに、ライブドア事件以降はパソコンの前で迷想状態で過ごしています。

 ネットの御友達と、この事件から「拝金主義」や今の世の中の虚業や飽食や政治家達の精神の驕りが進んでいる状態を話し合っています。そこで、私の呑気な思いを塵埃記に残しましょう。

 豊かな時代になっているのですが、なぜか金に追われている精神構造がつくられて、誰しもが拝金主義にならざるをえない方向に世が進んでいると思いますね。もっと贅沢がしたい、もっと遊んで暮らせる楽がしたいと欲求が膨らみすぎて、我が国は、金による競争社会を作り出しているのでしょうね。競争社会は必ず勝ち組、負け組を作りますよね。政治の基本は、こう言う争う社会にならないように税を取って、民衆バランスをとるためにあるのですがね(置き忘れてますね)。
 そこで、私は清貧の中の酔狂人が脚光を浴びることが必要な世になってきたと思います。

 山下 清(裸の大将)・種田山頭火(俳人)・棟方志功(版画家)・相田みつを(書家、詩人)・・私の好きな順ですが、清貧の中での芸術家ですが、その功績は、作品にとどまらず、人々の心をどれほど正しく導いたことでしょう。このような人達が出てこない世になりましたね。

 今の世は、芸術家も豊かになり、どうしても世に出て金や名誉を得ようとしている人達にスポットライトが当たっているようです。子供達もおそらく、そう言う刺激を受けて大きくなっているでしょう。
 まだまだ沢山の清貧の粋人(酔狂人)がいるはずです。マスコミももっと探して、光を当てよと言いたいです。金をあたえよじゃないですよ。

 酔狂人の酔狂(粋狂)ですが、ある雑誌のボランティア論争の中で、曾野綾子さんの「この世には酔狂と言う境地がある」と言うコラムの中で大変上手く表現されている一節があります。抜粋しましょう。
●私の好きな表現で言えば、ボランティア活動などやる情熱の本質は、酔狂以外のものではない。酔狂は元々正当に評価されることなど望んでいない。ただ心の奥底の個人の美学の流れに、常に洗われて存在している。全体主義などとは無縁の境地だ。●

「猫柳」をダウンロード

冷風の川原にほころぶネコヤナギ(駄)

 風が冷たい川原の、ネコヤナギを見たくて一人で歩きました。誰も見向きもしないです。呑気に「野の花追い人」と自分で言ってますが、酔狂なんでしょうね。
 私の酔狂は、辞書どおりに①酒によって浮かれること②ものずきなこと③好奇心の強いこと・・こんなものでしょう。

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現代の若者達を考える。

2006年1月20日天気は快晴。

 ライブドアが大変なことになりましたね。六本木ヒルズあたりで活躍する若者達のことは、詳しくはわかりませんので記せませんが、我が一人息子を通して田舎の若者達との対比で考えてみたいと思います。

 大晦日の夜に、息子が「おいらたちの年越しライブ見に来るか。」と言って入場券を3枚くれました。他に数バンドが演奏するから、最後のトリということで、新しい年になる寸前に愚妻と弟と一緒に、初めて息子達のライブを見させて貰いました。息子達のロックバンドは、大学や都会で音楽活動を目指していたが、田舎に舞い戻った中学の同窓生達だそうです。

 小さなレストラン(100名ほどで満員)で、バンド演奏と観客の田舎の若者達でにぎわっていましたね。踊りながら楽しむ、リズムをとって楽しむ、エネルギーがいっぱいの若者達でした。女性も多かったですが、軟派すると言うような雰囲気もまったくなく、音のシャワーを浴びてエネルギーーを発散しているようでした。

 我が息子が、「おーいみんな、この町で確り生きていこうぜ!」と叫んで歌い出すと、最後にはアンコールの大合唱になりましたね。
 この若者達は、普段の日常では田舎の小さな職場で夢を追って働いているのだろうなーと思いましたね。我が息子(28歳)も小さな電気工事会社で、彼女とのゴールを目指して、汗しているのでしょうね。私から二人の目を見るとキラキラと希望に輝いているようですよ。

 東京の某大手化粧品会社の企画宣伝の長をしている弟(独身の企業戦士、50歳です。)が、我が息子達や田舎の若者達を見て、ポロリと言いましたよ。「兄貴よ、六本木ヒルズで年収億と稼いでいる若者達より、田舎の若者達の方が、遥かに素晴らしいと思うよ。」、さらに「六本木ヒルズの成金趣味みたいな所は、空気自体も嫌いだ。」とも言ってましたね。

 この大晦日に言った、東京を知り尽くしている弟の言葉から、2週間後にライブドアの事件ですからね。また鮮明によみがえりましたね。
 また彼は若い頃から「企業経営は社会貢献することが目標だ。」とも言ってました。
 私は、弟は出世するなーと思ってましたね。

「夏と冬」をダウンロード
我が家の庭の山茶花の木です。手入れしない庭だと、ばれますね。

 結論にいたりませんね。夏に木によじ登って高いところでいっせいに騒いだ蝉達のヌケガラと冬の雪をかぶっても花開く山茶花と対比したいところですが、蝉も土中で何年も耐えてあがってきますね。世は移り変わって行きます。無常ですが、耐え忍び積み重ねて行くことは、個人の歴史となりますね。

 ライブドアは、舞台の踊り子さんでしたね。それも苦しい練習を積み重ねないで、自己流で踊って、観客が珍しがった泡踊りでしたね。舞台の踊りは、必ず幕がおりますね。でも苦しく、辛く、厳しい鍛錬の日々の積み重ねは個人の歴史と支えになるのでしょうね。

 うーんっ、まとまりません。どうしたら良いのかと言うところには行けません。皆さんでじっくりと若者達を考察してやってください。その一つのヒントになれば幸いです。

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テレビの前でごろごろの、ふとした思い・・

2006年1月4日天気は曇り。

 本年も3日が過ぎましたね。私は本日から通常の日常に戻ります。テレビの前で酒を飲んでごろごろしていた新年でした。野球が好きで大リーグの特集を見まして、ふと思ったことを、ごろごろしていたストレス解消にキーを打ちましたが、塵埃記に持ってきますね。

●テレビからですが、大リーグの特集を見ました。野球を研究するのが大好きなんです。そこで思ったことをですね。

 ヤンキース松井選手は、イチローを超えましたね。なぜかと言うと、チームや観衆の為に毎日全力で集中してプレーできるし、それができると自信を持ってきましたね。

 イチローは大好きで尊敬もしている選手なんですが、唯我独尊と言う面を感じます。プロの世界や大リーグでは大変大切な才能ですが、野球はチームやファンに応えると言う大きな命題を持っていますね(特にプロ野球は)。
 イチローがヤンキースで毎日全力でプレーできる体力や集中力があるか少し疑問ですね。華麗なプレーで素晴らしい成績は残すでしょうが、170試合超えるゲームを毎日、チームやファンに全力で応える体力は松井選手には及ばないと思いますね。
 
 今のところ、イチローはマイペースで行ける球団で良いと思います。また松井選手は常に全力でプレーしなければ行けないチームで良かったと思いますね。タフな選手なんですよね。(大リーグはタフな選手がスター選手ですね。ファンは勝利の為に激しさも求めますからね。イチローがヤンキースに行くと、激しく盗塁王をファンから要求されるでしょう。)

 日本のプロ野球もイチロー選手に近い選手は出てきましたが、松井選手のような強靭な選手はまだ出てきていませんね。阪神の金本選手ぐらいですね。
ロッテが優勝しましたが、若さで走りぬけた感じですね。松井選手が在籍した巨人にも沢山良い選手がいますが、毎日全力で集中してチームやファンに応えると言う王、長島、松井と言ったタフ(技術や集中力)な選手がいませんね。原監督が一番近づいた選手でしたが、甘さも感じましたね。

 ピッチャーは唯我独尊の世界です・・登板するときに全力を尽くせば良いでしょう。

 清原選手なんぞは、その点が一番甘い選手のような気がしますね。パリーグで育ったからかもしれません。観客が少ないときに全力プレーを怠ったのでしょう。(積み重ねる打撃の大記録がありませんし、巨人でファンに応えようとすると怪我ですね)
 セリーグで大勢のファンに毎日全力で応えなければならない環境で育っていたら、どんな大記録を作った選手になったのかなーと思います。●

◎追加・・新年のお祝いが出来なかったのですが、東京の弟から素敵な料理を送ってもらいました。はじめて頂くものでしたから、皆さんにも紹介しますね。

「高級おせち料理」をダウンロード
▲壱の重・・伊勢海老のショーフロア、蟹のテリーヌ、穴子のニソワーズ、わかさぎのエスカペッシュ。
▲弐の重・・鮑のワイン蒸し、スモークサーモンのチーズ巻き、鴨のテリーヌ、生ハムのドライ無花果添え。
▲参の重・・ローストビーフ、キャッシュローレン、仔羊のグリル、栗のフランセーズ。
画は上が2、下が1,3ですね。

 私には、ローストビーフ以外は何がなんだかさっぱりわかりませんでした。お味と言われても、初めて味わったと言うことしか出来ませんね。

 鍋料理も楽しんだのですが、田舎から頂いた採れたての白菜を生でかじったのが一番美味しかったようなの新年のご馳走でした。

 ご馳走を頂くのも、歳をとってきたと言うことだろうと思います。

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ネット検索の素晴らしさ・・


アイイロニワザキショウ(アヤメ科)です。帰化植物です。

 この花は畦道で初めての出会いでした。沢山咲いているニワゼキショウの紫と白の近くで咲いていました。野の花の色はそれぞれの咲きあがる場所で、何らかの原因で白になったり、色が違っていることがありますから、私はニワゼキショウの青い色が咲いたのだろうと「ニワザキショウの青色」と草花収集画像としてストックしました。

 でもなんとなく花心の形や草丈などが気になりまして、「身近な野草」と言うページに草花お尋ね掲示板がありますので、画像を投稿してお尋ねしました。私はこんな花のことも知らないのかと思われると恥ずかしいから、滅多にお尋ねしない方なのですが、流石に素晴らしいです、即座にアイイロニワゼキショウとお答え頂きましたね。

 ネット検索の中に草花や樹木等々と画像掲示板にお尋ねしたい画像を投稿して、草名や樹名をお尋ねすることが出来るのですね。この掲示板に投稿すると、その道の趣味人や学者や達人達がお尋ね画像を見て、各自それぞれの経験やら見方で即座にお答えいただけます。
 このことは多数の人達が見て、お尋ねの画像を検索していることになりますね。これはネットの大変素晴らしい特徴をあらわしていると思いますね。

 また蛾の名前を検索する画像掲示板があるのですが、蛾はもの凄い数の虫種がありますね。ですから投稿していただくことによって全国の蛾を掲示板によって集められるのですね。このページにも記してありますが、「蛾はまだまだ未発見の新種が沢山あります。ドンドン投稿してください。投稿頂いた画像はこちらで整理と検索致します。」とありますね。ある意味で凄いですね。

 ネットの特徴をこの様に利用することによって、名前のわからない個人の疑問に多数の人が見て答えを出すと言うことと、見たこともない蛾を投稿することによって、動かずにしてネットの中に全国からの蛾の画像を集められるのですからね。

 そんなことを思ったのですが、皆さんはいかが思われますか、私は草花名、樹木、蛾とお尋ね掲示板を知っていますが、蝶、トンボのお尋ね画像掲示板を知りません。ご存知の方は教えて下さい。

 草や樹木もそうですが、誰もわからない新種を投稿してみたいものですね。自分の名前がつくのだろうかなー(大笑)。

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民衆(庶民)を大切に・・

 私は庶民の生き様が大好きなんですが、逞しくまた慎ましやかに生きぬいている名もない庶民のことをもっと大切に思う世になって欲しいとの思いで、塵埃記をすすめたくなりました。
 
 過去の我が国の歴史においても、戦で何人もの名もない民衆(もちろん戦人も含め)の命の犠牲の上に国家が成り立ってきているのですね。この進歩を遂げた現代の世界でも相変わらず庶民の犠牲が続いてますね。世界各地で戦争が続いていますね。戦士や民衆が命の犠牲を国家の為に積み重ねていますね。我が国でも、あからさまには目に見えないですが、貧富の差が広がりつつあり底辺の民衆に犠牲の種がドンドン増えているように思いますね。金がすべてを支配する歴史をズート繰り返していますが、庶民の側に入るとお金はないのですね。しかし金や地位で支配する人達も犠牲になる民衆がいないと成り立たないのですね。我が国も災害やら職を失った人達の対策やら老人福祉(年金)等々と難問が振りかかってくるでしょう。その時に民衆を助ける一番は庶民の税で食ってる人達(今はいずこも叩かれていますね)だと思いますね。全国の彼らに月1万円の庶民救済対策費を拠出させば(笑)・・こんな法律は無理ですかね。政治とは格差(貧富の差)をなくし、平等性のバランスをとることが一番の仕事じゃないでしょうかね。

 また中国や北朝鮮と、東アジアの外交が乱れてきましたね。でもこの二つの国も、大多数をしめている民衆の犠牲の上に国家があると言うことですね。反日運動を煽られていますが、我が国は民主国家です。はっきりと「日本は民衆を守る為の国家である。」と強く反論すべきであると思いますね。

 台湾のホウ 明敏(台湾独立運動のパイオニア)さんの雑誌での最後の言葉が凄く民衆の為を言い得ていますので記しましょう。
★台湾は独立すべきか否かではなく、自由と民主の社会に生きている二千三百万人の人民に、好きな政府を選択する基本的人権と自分の将来の運命を自分で決定する基本的人権があるべきか否かであると思います。★


本日(4/15)は6花弁のヘビイチゴの花です。野の花は咲乱れてきました。普通は5花弁なんですね。でもこのように沢山の花達の中から6花弁もでてきます。それが民衆のような気がします。多様で逞しいのですよ。政府や国家が滅んだりしますが、民衆(庶民)が滅んだとはあまり聴きませんからね。

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うっちゃり

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本日(11/26)はヤマラッキョウです。

 今日の神戸新聞のコラムに地元出身の大関が横綱を目指しているのに、客席が埋まらない。相撲人気のかげりが記されて、ライターの堀井憲一郎さんが面白い調査をして、人気のかげりと若者気質とをあわせた記述が興味をひきましたね。

 堀井さんは相撲の決まり手に個性ある力士が多かったことをあげて、現代と過去の決まり手を記されて、40年前は「うっちゃり」(土俵際で粘り、体をひねって相手を投げ飛ばす)が8番目に多かったそうです。ところが昨年はたったの2番だけで、今場所もいまだ「うっちゃり」はなしだそうです。堀井さんは「哀愁のうっちゃり」と嘆かれているそうですよう。

 大相撲の本場所開催の多さや巨漢ぞろいや怪我を避けていると色々な理由があるが、堀井さんは若者気質として、「うっちゃり」を高まる離職率と同じで若者の執着心が乏しくなり、絶滅しかけたと記されてますね。
 その上で「うっちゃり」はいろんなことを考えさせられると、土壇場の逆転は人生にはそうそうない。だからこそ土俵上の「うっちゃり」に快感がある。もっと粘って、もっとドキドキさせて欲しいと結ばれていますね。

 相撲からですが、うーんこの様な見方からの考察もあるのかと感心しまして、塵埃記に記すことにしました。

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ネット交流で・・

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本日(11/16)は池に浮くヒシの実です。

 古くからのネットのお友達でアトランタからプログ発信されている精神科医師のnoriさんのページを拝見して、アメリカ大統領選挙からイラクの日本人拉致殺害事件でのnoriさんのコメントに私は触発されまして交流とお話をしましたが、その返事を掲示板に頂きました。一部分ですが、塵埃記に残しておきますね。

 アトランタで脳の研究をされているnoriさんのページはGOOは私のお友達登録で、plogはこのページの興味ある人達(Windiness in Atlanta)でご覧ください。

noriさん・・そもそも最近の私は6ヶ国協議で拉致問題を重要議題として取り上げることも、イラクへの自衛隊派遣も、日本の安保理入りにも、本当に国益につながるのか疑問を感じています。
この言葉に私の国連や日本の外交について書き込みしました。

呑気・・こんにちは・・同感ですね。
>私は今までの国連そのものにも疑問を感じています・・大国が小国を干渉するだけですね。小国内の争いを未然に防いだことなどないですね(戦争を煽っているのかとさえ思いますね)。安保理は戦後の処理だけですね。戦後処理で大国は経済的な思惑があり、大金を注ぎこんでいるだけのように思いますね(日本は大金の大スポンサーでしょうね。

noriさんお返事・・国際社会における国連の役割というのは確かに?が付きますね。
結局のところ話し合いの場を用意しているというだけで、大国間の意見の相違を修正することもできず、国際協力の仲介をするだけの事務屋にすぎないという気がします(だからトップが「事務総長」なのでしょうかねぇ)。
日本と他の常任理事国との国連への拠出金額を比較したサイトを見つけました。
http://www.yamabikonet.gr.jp/EX/kokkai81.htm

 アメリカに次いで世界第二位というのは知ってましたけど、その他の常任理事国である英仏露中の金額を合計しても日本の拠出金に追いつかないというのは驚きでした。日本とドイツは今だに国際社会に対して戦後補償をし続けているのかしらと思えてしまいますね。日本は世界のATMなのでしょうか?
こんな状況でも「拒否権のない常任理事国なら」なんて言われないといけないのでしょうかねぇ。

呑気・・アメリカの傘の下でぬくぬくと可愛がられて、真の独立国としてのある意味での戦争のような外交経験が少ない我が外交兵士(アエテ兵士と)も心配ですね。

noriさんのお返事・・もともとガキの使いと言われてきた日本外交ですからね。謝罪と補償だけでなんとかやってきただけで、当たらず触らずのコメントばかりしてきたのに、他国の紛争に積極的に介入して和平交渉を仲介する・・・なんて姿は想像がつきません。北朝鮮にもいいように翻弄されてますね。

呑気・・あっそうそう、今日本にカリフォルニアの州知事が来てますね。「イラクに真の民主主義(ブッシュ派の民主主義でしょうね。)を構築して、中東の核となるようにしたい。」と言ってましたね。

noriさんのお返事・・彼が主演するファンタジックな映画の中でのみ実現可能な世界なのでしょう。(硬派の社会派作品にはまだ一度も主演してないと思います)以上です。

 こんな感じの交流でしたね。noriさんはお堅い話ばかりじゃなく、精神科医らしく映画や演劇、アメリカの風習等々の多岐にわたって面白おかしくコメントされています。皆さんお楽しみください。

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世界のトップレベルだ!松坂投手

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本日(11/13)はリンドウです。

 あの甲子園の優勝戦でノーヒットノーランをやってのけた松坂大輔をズート見つづけています。今回、大リーグ選抜との対戦でみごとな投球をしました。ある米国の批評家や関係者は「通用する。10勝はするだろう。」と言ってますが、私は今現在でも大リーグでもトップレベルの投手だと思っています。その思いを塵埃記に記しておきます。

 彼の最大の特徴は速い球(変化球を含め)のコントロールだと思います。どんなに速い球をなげてもコントロールが甘ければ必ず打たれますね。
 バッターには死角があると思います。どうしても打てないコースが、個人差がありますが、バッターのインコース低めの速い変化球ですね。昔、巨人にいた西本投手の右打者へのインコース低めの速いシュート。有名な江夏投手の右打者に対する速いスライダー。神様稲尾様の左打者に対する高速スライダー、ここへのコントロールは一番習得しにくい球だそうです。チョット手先が狂うと死球ですからね。どちらも足元に来て速く鋭く変化しますから、考えただけでも難しいでしょう。(打ったとしてもファールが精一杯でしょうね。)

 それにアウトコースの低めの速球から変化球は、昔から打つのが難しいとされてきました。しかし最近はバッターの技術が上がりこのコースはバットに当たるケースが多くなりましたね。踏みこんで行けば捕らえられるのですね。そこで落ちる球が出てきましたね。大リーグで言うチェンヂアップボールですね。

 松坂は上記のボール総てを速い球でコントロール良く投球できますね。松坂はその上に一流のカットボールも投げれます。このカットボールは綺麗なホームで指先から球離れの遅い投手しか投げられないそうです。有名なのは今回来ているクレメンス、ヤンキースの押さえ投手リベラが有名ですね。
 カットボールは速球と同じスピードで横回転が入っているから、右バッターが芯でとらえたと思ってもボール一個バットの先に当たるようになります。左バッターは反対にボール一個バットの根っこに当たりますね。どちらもバットが折れますよ。(野球経験から)

 松坂大輔はスピードボールからコントロール、素晴らしい投球フォームと上記に記したすべてのボールを兼ね備えた稀に見るピッチャーですね。だから私は世界のトップレベルの投手だと思っています。ただ高校からの投球数の肩の酷使だけが心配なだけですね。

 ネットのお友達が「大リーグの大男投手が、松坂のようなフォームで投げると160Kから170Kのスピードも夢じゃないですね。」と書きこみいただきました。私は間違いなく投げれると思います。それほど彼のフォームは素晴らしいと思います。ただスピードとコントロールの関係に、ある球速からは反比例の関係に入るのじゃないかと思いますね。その辺で160K以上の速球に限界(ボールをコントロールする人間体力)があるのじゃないかとも思います。

 ここまで誉めれば、なぜ点ををとられる、打たれるとなりますが。野球(ベースボール)は最たるメンタルスポーツです。それに松坂も人間ですからね、生身と言うことですね。

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貧しい民衆のエネルギー。

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本日(10/25)はコウヤボウキ(キク科)です。

 台風、地震と日本列島を災害の渦に巻き込んでいます。心が痛みますが、いつも貧しい民衆が犠牲になりますね。こうゆう時こそ、民衆に対して最善の政を行っていただきたいですね。

 地球上の人類の諸々の問題や紛争を考えるときに、私はいつも思うことがあるのですよ。貧富の差が広がっているのが差別をドンドン大きくして紛争を呼んでいるのじゃないかと。

 昨日もNHKの教育テレビで、中国との交流の討論を見ましたが、参加している留学生や学生、また学者達にしろ裕福な世界に生きている人達ばかりの討論であって、貧しい民衆と言う大きなエネルギーを置いてきぼりの理想論のように思えてしまうのですよ。
 ですから、中国の国の中でドンドン貧富の差(金持ちが増えてきたかもです)が広がっていく状態では、その貧しい民衆のエネルギーが豊かな国と思われている日本攻撃の方へ流され、流れて行くのは致し方ありませんね。(国策も絡んでますね。)

 中国留学生で本国(中国)で一番優遇されるのが、アメリカへの留学生だと言うお話もありましたね。ネットの中でアメリカの大学で研究生活をしている方のページを見ると、アメリカの大学は裕福な家庭の子供達でないと行けないということや留学生などもなおさら金がかかる国であると記されていますね。

 アメリカも貧富の差が大変激しい国だから、貧しい民衆のエネルギーを他国を干渉し攻撃することによって回避しているのじゃないかとも思いますよね。(アメリカは世界一だ、安心しろと)

 このように思いをめぐらすと、それぞれの国家が貧富の差の少ない安定した国作りを先行すべきなんですね。中東のイスラム教世界と西欧のキリスト教世界の対立も貧しい民衆のエネルギーをどう緩和してゆくかのような気がしますね。

 日本の政も貧しい民衆に対してこそ、確りとした政策をとって行かないとドンドン貧富の差が広がっていますね。他の国からの干渉や我が国の貧しい民衆も他の国を干渉しだすでしょうね。内部では犯罪王国への道へとすすんで行くかもしれませんよね。

この民衆のエネルギーを緩和してゆかないと、これを集約する独裁者が現れるかもですね。独裁者(為政者)は必ず滅びますが、また弱い民衆が犠牲の山を築くでしょうね。

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プロ野球選手会のスト・・

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本日(9/18)はミゾソバです。

 さて、トウトウ選手会がストを決行しましたね。色々な評論家やマスコミが今から色々な報道をするでしょうね。テレビニュースの中で私が一番好きなのがNHK教育テレビの手話ニュースなんですよ。単純、明快な素のニュースなんですね。色々なニュースは町の声やまた民放などはアナウンサーの顔や言葉によって主張が偏ったり、解説者の言葉などに影響されてしまったりしてしまいますね。
 今回の球界のストもまだ新聞報道だけですので、私は子供のような思いを塵埃記に記して、今後を見守ることにします。

 まず対立軸ですね。選手側は来年もセ6球団、パ6球団の12球団でお願いしたいですね。これは私が思うに当然のことですね。いくら選手をリストラしない(来年だけの話でしょうね)と言っても球団が減ると言うことは選手達にとっては将来の大きな問題ですね。私のようなものでも主張は単純でわかりやすいですね。(大リーグのストは賃金闘争でしたね。)

 経営者側は来年度は11球団でやりたい、合併は経営者としての最善の問題で選手側には関係がないし、これを先延ばしにできない。また新規参入球団も来年は無理だから、色々な委員会を作って2006年度にはなんとかしましょう。とりあえず来年は1球団減らしてやりましょうですね。最初から10球団、1リーグ制(読売新聞は部数拡大しますよ)への移行の考えでしょうね。ファン(大衆)をないがしろにした狸達(自分達のことだけを考えている。)の嗜好ですね。これが上手く行くとは、私にはよく理解ができないのですよ。(誰か教えてください。)

ということは・・選手会は12球団維持派ですね。経営者側は11球団でやらしてくださいでしょうね。そこに裁判沙汰になる諸々の規約問題を含んでいるのでしょうね。

 私のもっと単純な頭では新規参入球団がもしなかったとしてもコミッショナー側が「大変だー1球団減ってしまいます。どなたか球団経営をしませんかー」の一言でお助け企業はあまたあると思いますね。今のプロ球団経営企業よりはるかに大きな企業は日本には沢山ありますよ。(今の球団経営企業は超大企業が参加してくると恐いのかなー。)
 「子供達の夢を奪わないでください。歴史ある大衆文化を守ってください。」とコミッショナーがお願いするだけで解決するように思えてならないのですよ。

 儲け主義の社会の崩壊がはじまっていることに早く気づくべきです。これからの企業は大衆に奉仕することで利潤を得て行くような気がしてならないのですがね。
 おまえは子供のような考えだから、教えてやろうと思われる方はよろしくお願いいたします。

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野球は大衆文化です。

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本日(9/11)はヒシの花です。

プロ野球界が混沌としていますが、私のつたない思いを記したくなりました。
野球はなんの生産性も生まないスポーツなんですが、米国や我が国ではなくてはならない精神的所産を生む大衆文化なんですね。(少年野球、高校野球からの大きな文化ですね。)

文化として考えてゆくとこれからの道筋も見えてくる様な気がしますね。プロ球団も利益追求からの合弁や消滅を止めるべきでしょうね。企業と言うものは利益を出して社会に還元すると言う命題があるはずですね。利益が出なくなったら利益の出ている企業に譲るべきでしょうね。(文化を消滅させるのは罪悪です。)
地方にも沢山の野球場がありますね、利益の出ている球場は少ないでしょう。しかし文化を育む施設ですから大切にしてゆく必要がありますね。(特に成熟した社会。ヨーロッパのサッカー場)
このように考えると、2軍、3軍と増やすことはあっても1軍を利益追求のみで消滅させるなんて豊かな国のすることではないですよ。
文化を大切にしないまたできない国や歴史上でも文化をないがしろにした時代を見ればわかりますよね。

プロ野球選手達も同じですね。文化を担う一員ですからね、絵画や音楽のアーチストと同じで個人の表現力(技量を魅せる)を観客に見せ様と言う意識が大切ですね。甲子園の高校野球も若き怪物達が観客をひき付けているのですよ。プロ球界はある一球団に表現力豊かな選手ばかり集めて、勝つためにその魅力を半減させている、他のチームはチーム力で対抗するしかない。また一部の阪神ファンのように阪神の看板を応援して選手批判を繰り返すと言うのは歪んだ文化で、選手個々の素晴らしさ(人間味)を応援するのが大衆文化ですね。ですから現状の野球文化は面白くないし、文化じゃなく勝敗にこだわっているだけですね。今年は大リーグでイチロー選手が良い手本を見せてくれていますね。彼は超最下位球団にありながら観客を喜ばす、彼こそアーチストですね。
文化は個の魅力なんですよ。その個人にサポートチームがあって、素晴らしいコンサートや個展に我々は足を運ぶのだろうと思いますね。

その魅力あるプロ野球選手を生むためには野球文化の底辺を広げることなんですよ。毎年わけのわからぬドラフトでプロ野球選手になれるのは100人未満なんですよ。(東大へは何人が入れます)
今後減ってゆく状況ですね。大きな間違いですよ。トップから減っていってどうします。冬は働きながら2軍、3軍で努力して1軍に上がって行く、そう言う選手が観客も一緒に引き連れてゆくし、底辺が広がることが観客数を増やすと思いますね。
大衆文化は総じてそうですね。文芸、演劇、映画、芸能、芸術、歌の世界や音楽等々全て底辺の広い(挑戦人数が多い)ものほど素晴らしい才能が現れ大衆を魅了して客数を増やすと思いますね。

バスケットやバレーや陸上やサッカー等々で活躍した身体能力抜群の選手が3軍、4軍からプロ野球に挑戦と言う夢のような野球文化が花開くことを願ってやみません。

追記・・夢のような話で、実際に金銭面的には不可能だと思われるかもしれませんが、呑気の単純な頭では怪我をしたり、活躍もしない選手の何億と言うお金をシビアーに検討すると、プロ野球で稼ぎたいと言う選手を育てるぐらいのお金は(捻出すれば)どうにでもなる額だと思いますよ・・収入がなくても挑戦したい選手は必ずいます。お金を払って野球学校に行く選手やら米国の独立リーグに行く若者もいるぐらいですから。大リーグで活躍する野茂選手が日本で個人(野茂本人の)のチームを持っているぐらいですから。

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