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本年の最終号です・・遊季節・H24・10・・

2012年11月1日天気は曇り時々はれ・・

 野の花達を追いかけて、身近な野山(田園地帯)で、季節を楽しんでいます。もう永い年月を野花に誘われて、我が田舎の季節模様の中へ入ってゆきますが、その流れの早さをつくづくと感じてしまいます。逆に野花達に追いかけられているような感じさえ持ってきましたが、嘘偽りのない自然の中に入ることの幸せを、本年も充分に味わいました。

 話は変わって、愚痴も言わずに頑張ってゆく田舎の庶民の中で暮らしていますが、老齢化する商店街の老人達や働き場所を失った若者達を眺めるにつけ、今の不甲斐ない政治家達にいらだちを覚える日々です。
 日本をどこへ向かわせようとしているのでしょうね。大衆(マスコミが煽る)に迎合して、継ぎ接ぎだらけの政治をやっている様にしか見えないですね。企業もそうですが、目標(方向性)の設定ができないリーダーは、滅んでしまう危険性を感じてしまいます。

 あるネットのお友達が、「節度を重んじる」と言う言葉を落とされました。日本人が持つ美徳の一つだと思いますね。ゴリ押し我儘は、日本人の一番嫌うところだと思います。
 まあ、お隣の中国のリーダー達の、給料が年間で200万円程度なんですが、1000億以上の資産を築いていると言うことを知り(曖昧な記事かもですが)、大目に見ても「節度」のないこと甚だしいですね。その点に於いては、まだ日本のリーダー達は少しは「節度」を持っているようですが、そんな大国との外交となってきていることも感じます。
 今の日本のリーダー達に、曖昧では隣国に脅されるだけだと思います。「節度」をもって、進退を判断してくださいと、戯言を並べてブログの更新とします。

 明日から昼間の仕事に邁進したいと思います。ブログの更新が疎かになると思います。

 「遊季節・H24・10」ができました。お暇な方は、身近な田舎の季節をのんびりとお楽しみください。

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センブリ・オケラ・ヤマラッキョウとミチヤナギ・・

2012年11月1日天気は曇り時々晴れ・・

 月日の流れの早さに、戸惑ってしまうくらいです。仕事に追われていますが、ここ数日は昼の仕事がなく、ブログの更新に精を出していました。草花を追いかけることが、出来ませんでしたが、本年も最終章の花達を夕暮れ時になりましたが、近くの小生の穴場へ車を飛ばして、眺めて楽しんできました。

Sennburi2012センブリ・・リンドウ科センブリ属の二年草(2012.10.30撮影)
 この花は、三草山登山道の入口あたりで楽しむことができます。もうまわりの草達が枯れ草になっています。毎年ですが、野の花達の最終にみごとな姿で咲き上がりますね。

Sennburi2012no6kabennセンブリの6花弁です(2012.10.30)
 センブリなんですが、何か変な感じを受けますね。5花弁の花がほとんどなんですが、毎年同じ場所で1株だけ、この6花弁のセンブリを楽しみます。もう永いお付き合いになっています。年に一度、咲いているかなーと覗きに行きたくなる6花弁のセンブリです。

Okera2012オケラ・・キク科オケラ属の多年草(2012.10.31撮影)
 この花も、毎年楽しみたくなる野花ですが、本年は違う場所です。例年は、三草山山麓の昭和池の土手あたりで、探して楽しんでいましたが、改修工事で入れませんでした。どこにでも咲いている訳ではないのですが、近くの里山そばと記しておきましょう。

Yamarakkyou2012ヤマラッキョウ・・ネギ属の多年草(2012.10.31撮影)
 田園地帯では、ラッキョウの花を楽しめるのですが、このヤマラッキョウは、里山を切り開いて道路を付けたあたりにある小さな休耕田の畦道あたりでしか、楽しむことはできません(近場ではあります)。

上記の花達は、車で5分くらいのところで楽しめる花達で、毎年追いかけてしまいます。

Mitiyanagi2012ミチヤナギ・・タデ科ミチヤナギ属の1年草(2012.10.30撮影)
 昨年の塵埃記の最後を飾ったのは、このミチヤナギの花でした。名前が判らず、検索しておきますと記していました。1年が過ぎるのが早いですね。
 近くの新聞屋から、泊まり業務を終えて、早朝に歩いて帰る池土手あたりで眺めます。透明感のある花(検索では、萼片だそうです)で、ピカピカと言うよりチカチカと輝いて見えるのですよ。「おうっ、本年もお前が咲く季節になってしまったなー」としゃがんで眺めます。本年も最後の花となりそうですね。

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オリックス森脇監督(県立社高校野球部出身)の活躍を期待します・・

2012年10月29日天気は曇りがち・・

 我が母校野球部からプロ野球の監督が生まれました。社高校野球部として、こんな栄誉なことはないですね。
森脇監督がチームをまとめて、オリックス球団を強い勝利軍団に作り上げて、プロ野球界で大きな花を咲かせて頂きたいですね。
 彼の実兄も監督として、社高校野球部を初めて甲子園(2004年・選抜ベスト4)に導き田舎の山間部ですが、大輪の花を咲かせました。

 オリックス森脇監督の社高校野球部時代を、OB(当時は、練習の手助けとしてグランドに出ていました。)として外野から眺めたエピソードを塵埃記に落としておきたくなりました。

 当時の社高校野球部は、野球経験のない教師が監督で、練習にもあまり出てこなくて、商店街で薬屋を営む藤本さんと言う老人(立命館大野球部出身で、毎日グランドに来て、練習を見守り、歴代OBから「カントクさん」と呼ばれていた方です。)や暇なOB達が練習の手助けにやってきていました。
 森脇監督(少年時代)を最初に見たのは、まだ入学前の少年だったと思います。社高校野球部のグランドで見ました。選手として活躍していた兄が連れてきていたのでしょう。
 小生も暇なOBでして、藤本さんから「手助けに来い。」と言われて、練習グランドに上がっていました。
藤本さんから、「おい、呑気よ。あの子を見てみー。」と言われて、まだ小学生高学年ぐらいだったでしょうか彼の姿を初めて見ました。

 彼は、両足を広げて尻餅をついて、ボールをコンクリート壁に投げつけて遊んでいました。荒れたグランドですが、なんとそのボールが何度投げても、彼の両足の間に転び返ってきています。
 藤本さんが、「あの子、だいぶ前から遊んどるが、尻餅ついたまま動かんぞー・・」と感心されていました。ボール扱いが、類まれなほど上手だなーと驚いたことを思い出しました。彼の兄が、「毎日、近くのお堂あたりで、一人でボール遊びをしている様です。」と言っていたことも思い出しましたね。

 彼の社高校野球部での活躍ですが、森脇兄弟は二人ともに遊撃手として活躍しました。上記したように当時の母校野球部は、確りした指導者が不在の時代でした。
 彼らは独自で、遊撃手としての守備力を学んでいったのだと思います。小生の目からは(小生も遊撃手でした)、兄の方が堅実で安定した選手に見えました。
 弟(オリックス監督)の方は、野球を知らない人達が見ても、彼の動きには目を惹かれたようです。いみじくも、「沢山のカラスの中に、鶴が一匹混じっている。」と言ったような感じで際立っていました。練習や試合でのプレー(彼の動作)は、誰しもが魅了されましたね。
 長嶋と言う偉大なプロ野球選手がいましたが、、長嶋同様に天性の動きと言うものを感じたものでした。

 また彼の最後の夏の兵庫予選で、プロのスカウト達が沢山ネット裏で見守っていた試合も思い出します。
接戦の試合だったと思い出します。同点で迎えた8回ぐらいに、ノーアウト満塁のピンチになりました。彼がショートからマウンドに上がりました。
 野手の投げ方でしたが、スピード(直球)だけで、後続を3者三振で切り抜けましたね。ネット裏のスカウト達が、うんうんと頷いていていた姿をも思い出しますね。
 その年のドラフトで、近鉄球団から2位指名を受けて、プロ野球選手となりましたね。

 エピソードの付録になりますが、小生の愚妻は彼ら兄弟の古里(黒田庄内)の極近くの出身で、森脇家のことをよく知っています。
 愚妻は、「彼らのお父さんは、村の助役さんにまでなられて、皆さんから信頼があつく、真面目で堅実な家で、有名ですよ。」と言ってました。

 森脇兄弟は、兄は母校野球部を兵庫の強豪校に押し上げ勇退しまして、教育者の道を歩んでいます。弟のオリックス監督は、これからが大変ですが、真面目で堅実な血筋を活かして、また端正なマスクで人気を博し、テレビ報道などで活躍し、プロ野球界で名を残されることを、心から期待し、お祈りしていますと結んでおきます。

森脇監督の画像が沢山掲載さされたページを見つけました。貼り付けさせて頂きます。
森脇画像ページ

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呑気者(庶民)がテレビ(外見から)から見た政治動向の戯言・・・

2012年10月28日天気は雨・・

1022tasogare10月22日の我が地の黄昏です。

 民主党政治の黄昏を感じて、ページに飾りにしました。本題を記します。

 石原都知事の辞任、新党結成と・・政局が大きく動き出しましたね。面白くなってきたなーと笑っていられないほど、今の政界は停滞を続けていますね。
 コロコロと変わる日本のリーダー達なんですが、小生の思いを少し落としておきたいです。
庶民から見た思いです。テレビからの外見や発言で感じることを記しました。

 民主党のリーダー達をテレビから沢山眺める3年間だったと思いますが、人間としての魅力(ドラマ性)が大変希薄な感じを受けています(面白くない)。
 彼ら歩んできた人生で培った価値観や主義や国をどう動かしたいと言う思いが、外見や言動から滲み出てくる方達がいませんでした。
 なんかリーダーと言う役を演じている様な感じを受けます。皆(官僚達を含め)で作った単調な政治劇を演じている様な感じです。
 特に最近の民主党の閣僚達は、失言を怖がっているのか、心底からの政治の発言(自己の思い)ができずにいる様に思います。
 それは彼らが歩んできた人生模様が平坦で、ドラマ性がなく、強い個人の主義や価値観が内在できずに、役を演ずるしかなかったのでしょう。
 役を演ずるなら、有名な映画俳優(人生ドラマが豊か)の方が、もっと重みのある政治劇を演じられると思いました。(外見からですが、今のリーダー達は人間そのものが軽い感じを受けました。)

 
 次の選挙で躍進するであろう自民党も激情(ドラマ性)に希薄な野党時代でしたが、ここに来て、新しい政治ドラマを期待させる人達が出てきた様な気がします。
 民主党のリーダー達よりも、自分の持つ価値観があり、それを基にした言動や外見を感じさせますね。彼らの人生ドラマの方が、民主党のリーダー達より少しだけ重み(魅力)を感じさせてくれますね。
 外見からですが、いい顔をした役者が揃ってきた感じを受けています。

 第3極を目指す、石原新党や日本維新の会(橋下氏)やみんなの党(渡辺氏)は、大変激しい主義や価値観を押し出してきています。外見も活力が漲っています。
 石原氏個人の人生ドラマ(色んな経験)からの、培われた主義や価値観は、今の政界に最後の一石を投じようとする内在からの外見や言動を感じさせられます。
 今の政局では、政治ドラマの最後の大物役者登場を感じさせてくれますね。今後に、どんな外見をテレビから見せてくれるか楽しみです。
 維新の会・みんなの党は、今の政治を新しく変革しようとの思いは、激しく伝わってきます。しかし彼らの持つ政治的価値観が確り成熟しているか、まだ心変わりしそうで不安です(人生ドラマが希薄で読めない)。
 まだまだ国のリーダーたる外見や言動を発するには、もっと激動人生を経験したほうが良いかもと思ったりしています。

 小沢氏率いる国民の生活第一党は、小沢氏の政治ドラマを昭和・平成と長々と眺めさせてもらいましたね。彼の価値観は、昭和の頃はわかりやすく外見や発する言動も「真に国を思う」と感じさせられたものです。
 今は、選挙屋で政治を翻弄する人となった感じがします。未来の歴史で、彼が演じたドラマは、評価を受けることになりましたね。
 今の彼のテレビからの外見や発言も、自分の心底から出たものでなく、評論家の様な感じを受けてしまいます。もうドラマ性がなくなってきましたね。

 なんかまた訳が判らない戯言となってしまいました。

 日本のリーダー達がテレビから流れる外見や発言を見て感じたことです。人は積み重ねた人生ドラマが、外見や発言に滲み出ると思います。もう間も無く、日本の新しいリーダーを選ぶ時が来ます。

 我々庶民は、テレビから流れる外見や言動を基にリーダを選ばなければなりません。細切れの情報に惑わされずに、外見で判断することを勧めたいです(それしかできない)。
 本音で発する言動は、確りと顔(外見)に出ますよ。これが意外と正しい選択かもしれないと思っています。

 正義感たっぷりで、真に日本を思う、大衆(大衆迎合・アンケートに右往左往する)ではなしに、庶民(デモもせず、物言わず頑張る)を思う外見を、テレビから発する政治家を選びたいなーと思っています。

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