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オリックス森脇監督(県立社高校野球部出身)の活躍を期待します・・

2012年10月29日天気は曇りがち・・

 我が母校野球部からプロ野球の監督が生まれました。社高校野球部として、こんな栄誉なことはないですね。
森脇監督がチームをまとめて、オリックス球団を強い勝利軍団に作り上げて、プロ野球界で大きな花を咲かせて頂きたいですね。
 彼の実兄も監督として、社高校野球部を初めて甲子園(2004年・選抜ベスト4)に導き田舎の山間部ですが、大輪の花を咲かせました。

 オリックス森脇監督の社高校野球部時代を、OB(当時は、練習の手助けとしてグランドに出ていました。)として外野から眺めたエピソードを塵埃記に落としておきたくなりました。

 当時の社高校野球部は、野球経験のない教師が監督で、練習にもあまり出てこなくて、商店街で薬屋を営む藤本さんと言う老人(立命館大野球部出身で、毎日グランドに来て、練習を見守り、歴代OBから「カントクさん」と呼ばれていた方です。)や暇なOB達が練習の手助けにやってきていました。
 森脇監督(少年時代)を最初に見たのは、まだ入学前の少年だったと思います。社高校野球部のグランドで見ました。選手として活躍していた兄が連れてきていたのでしょう。
 小生も暇なOBでして、藤本さんから「手助けに来い。」と言われて、練習グランドに上がっていました。
藤本さんから、「おい、呑気よ。あの子を見てみー。」と言われて、まだ小学生高学年ぐらいだったでしょうか彼の姿を初めて見ました。

 彼は、両足を広げて尻餅をついて、ボールをコンクリート壁に投げつけて遊んでいました。荒れたグランドですが、なんとそのボールが何度投げても、彼の両足の間に転び返ってきています。
 藤本さんが、「あの子、だいぶ前から遊んどるが、尻餅ついたまま動かんぞー・・」と感心されていました。ボール扱いが、類まれなほど上手だなーと驚いたことを思い出しました。彼の兄が、「毎日、近くのお堂あたりで、一人でボール遊びをしている様です。」と言っていたことも思い出しましたね。

 彼の社高校野球部での活躍ですが、森脇兄弟は二人ともに遊撃手として活躍しました。上記したように当時の母校野球部は、確りした指導者が不在の時代でした。
 彼らは独自で、遊撃手としての守備力を学んでいったのだと思います。小生の目からは(小生も遊撃手でした)、兄の方が堅実で安定した選手に見えました。
 弟(オリックス監督)の方は、野球を知らない人達が見ても、彼の動きには目を惹かれたようです。いみじくも、「沢山のカラスの中に、鶴が一匹混じっている。」と言ったような感じで際立っていました。練習や試合でのプレー(彼の動作)は、誰しもが魅了されましたね。
 長嶋と言う偉大なプロ野球選手がいましたが、、長嶋同様に天性の動きと言うものを感じたものでした。

 また彼の最後の夏の兵庫予選で、プロのスカウト達が沢山ネット裏で見守っていた試合も思い出します。
接戦の試合だったと思い出します。同点で迎えた8回ぐらいに、ノーアウト満塁のピンチになりました。彼がショートからマウンドに上がりました。
 野手の投げ方でしたが、スピード(直球)だけで、後続を3者三振で切り抜けましたね。ネット裏のスカウト達が、うんうんと頷いていていた姿をも思い出しますね。
 その年のドラフトで、近鉄球団から2位指名を受けて、プロ野球選手となりましたね。

 エピソードの付録になりますが、小生の愚妻は彼ら兄弟の古里(黒田庄内)の極近くの出身で、森脇家のことをよく知っています。
 愚妻は、「彼らのお父さんは、村の助役さんにまでなられて、皆さんから信頼があつく、真面目で堅実な家で、有名ですよ。」と言ってました。

 森脇兄弟は、兄は母校野球部を兵庫の強豪校に押し上げ勇退しまして、教育者の道を歩んでいます。弟のオリックス監督は、これからが大変ですが、真面目で堅実な血筋を活かして、また端正なマスクで人気を博し、テレビ報道などで活躍し、プロ野球界で名を残されることを、心から期待し、お祈りしていますと結んでおきます。

森脇監督の画像が沢山掲載さされたページを見つけました。貼り付けさせて頂きます。
森脇画像ページ

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塵埃記(2012)」カテゴリの記事

コメント

呑気様 こんにちは
今季のオリックスは最悪でしたね。
しかし、その球団の監督に呑気様に関わりのあった方がなられたとは驚き桃の木です。
これによって余り興味の無かった球団でしたが、来期のオリックスの試合に深く関心を寄せる事が出来そうです。
呑気様のこの記事と、wikiとで、森脇新監督の記述を読み、この方は天才肌だったことを認識しました。
そして同時にその天才をもってしても現役プロとしては一流の成績を残せなかったことを知り、プロの世界の厳しさを思い知らされました。

今度は監督と言う新しいポジションですが、現役時代に一流の成績を残せていなかったということは足かせにはならないのでしょうか。
また、そういうことを乗り越えて、来期のオリックスには是非に輝かしい成績を残してもらいたいと思いました。

投稿: ぶちょうほう | 2012.10.30 10:16

ぶちょうほう様・・ありがとうございます。

後輩の森脇君が、プロ野球の監督(ソフトバンクで、王監督の代理監督の時も驚きましたが)に、正式になったと聴いた時は、小生は不思議な感覚になりました。

彼は、目立つようなパフォーマンスができない、一生懸命仕事に取り組みますが、自分を売り込むような性格はないですね(田舎の素朴さ)。パフォーマンスが必要な一軍監督です。どんな姿を見せてくれるか楽しみです。

オリックス・バッファローズと活躍した有名選手は沢山いますよね。そんな中で、彼に白羽の矢が経ちましたね。

 そう考えると、誰かが彼を確り見ていたのだと思います。兄がそうなんですが、頑固なところ(厳しさ)を持ち合わせているのかもです。

 小生は、2軍の若手選手達には、彼の真面目で堅実な中の頑固(厳しさ)は、大変良い指導者になると思っていました。

 オリックスを「プロは練習してなんぼ・・」と指導するような気がします。王監督の下で学んでますから、金をもらっているなら、プロ意識(努力しろ)を持てと言うようなチーム作りをする感じがしますね。

 また高校時代に、彼に打撃の指導を確りできていれば、もっと有名選手になっただろうかもと思ったりします。球扱いの上手さで、守備は天才的でしたね。

プロの世界は、もっと競争や勝負の激しい世界でしょうね。そんな世界を遠い田舎から、呑気な先輩が成功を祈って応援するだけですね。

投稿: 呑気おやじ | 2012.10.31 09:45

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