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感謝する心を持つ大切さ・・(ロンドンオリンピックから)

2012年8月9日天気は快晴・・

 天候は変な感じの日々となってます。日中は暑いですが、深夜は寒いですね(爽やかの方が良いかも)。
さてロンドンオリンピックを、深夜の仕事をしながらラジオで結果を知りながら、昼間にテレビ中継で試合の模様を楽しんでいますが、人生に大切なある心を知り、塵埃記に落としてみたくなりました。「感謝する心」なんですが、概略を記しまして、また深く思考してみたいと思いました。

 オリンピックで優勝した選手たちが、応援してくれた国民、サポートしてくれた人々、家族、友人に対して、感謝の気持ちを表す言葉が大変に多いですね。世界一になった選手達です。個人的には大変な努力を積み重ねてきて、性格も尋常でない個の強さを持った人達だと思いますね。いろんなサポートがないと世界一になれないと言う現状競技もわかりますが、感謝する心を持つことは、我々一般人にも大切な心だと思いますね。

 私達も、家族や隣人、勤めている会社や職場の人達に対して、感謝する心を持ちたいですね。この心が、総てを円満に、また成長につながるような気がしています。
 
 教育界においても、小さい頃から「感謝する心」を培って欲しいですね。親、先生、友人に感謝する心を持てば、色々な問題も解決の方向に向かうのじゃないかとですね。人間は何がしかのサポート(交流)がないと生きて行けないことを知る大切さですね。極端に言うと、対戦相手(敵)がいないと世界一にもなれないのですからね。敗れていった選手達にも感謝すべきでしょうね。ある意味のサポートだと思いますね。学校内の競争相手や、嫌いな奴らも、社会性を成長させる人達と捉えてみてはどうでしょうかね。

 一般社会(職場)においても大切な心だと思います。色々な若者達(母校野球部の選手達を含め)を眺めて、良き社会人になって欲しいと願っています。
 先ずは、雇ってもらった会社に感謝ですね。それから職場の先輩、同僚、後輩に感謝する心があれば、少々仕事ができなくても、皆から認められ、一歩づつ人生を歩んで行ける様な気がしますね。また上から眺める人達も、多くの下の者達がいないと成り立たないと言う感謝の心を持つべきでしょうね。

 小生は良心を持つことの大切さを常々思考しています。個人が良心を持ち、悪心を少なくすることで、世の中が良くなるのじゃないかと、子供の様な思いを持ち続けています。「感謝する心」は、オリンピックの世界一なにった選手達からの良心を強く感じましたね。

 「感謝する心」(良心)は、これからも深く思考してみようと思います。民主主義や自由主義の中で、個の自由度や個の優劣度が優先する社会にどんどん向かっていますが、心が伴っていない気がしてならないです。
 政治家や官僚から感謝の言葉を聞くことがなくなりましたね。日本のリーダー達の心はと・・考えてしまいますね。そんな甘い考えで、国の運営ができるかと言われるかもですが、国は国民(庶民)が支えていることを忘れないで欲しいですね(国民に感謝ですね)。
 景気が悪くて、生活が大変だと嘆く我々ですが、ある意味での豊かさは、感謝に値するかもと思いたいですね。

 また訳の判らない戯言を落としてしまいました。日本は世界に誇れるほどの豊かさの中で暮らしているみたいですが、良心の成長が伴っているのだろうかと不安視しています。良心の一つの「感謝する心」を増やしてゆくのも良いのかもと、オリンピックを見て記してしまいました。
 また色んな些細な事例を引き合いして、この心の大切さを綴ってみたいですね。もちろん小生の好きな野の花達や自然のありがたさに感謝する心も発信したいですね。
 

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塵埃記(2012)」カテゴリの記事

コメント

呑気様 こんにちは
オリンピック、夏の高校野球とスポーツのクライマックスシーンが並んで来ていますね。
こういうことを家に居ながらにして楽しめてしまうのですからありがたいことです。

感謝する心・・・今回はメダル連覇の夢が破れた平泳ぎの北島選手に人間味を感じました。
彼の言葉からは長年に亘り応援してくれた人たちへの感謝の心が篭もっていましたね。
前二大会での金メダル獲得時の有名になったコメントには鼻白む思いで、聞き流していましたが、今回は違いました。

競技というものは仰言る様に相手選手あってこそのものですね。
相手が居なければいつも金メダルだし、またいつもビリですね。
誠に競り合う相手にも感謝しなければなりませんね。
競技者はいつも自分を高めていないといけないのですからこれは大変哲学的なことでもあります。

ウサイン・ボルト選手は自分が勝つレースと見極めると明らかにゴール前で手抜き足抜きをしますね。
小生はこういう行為からは感動をもらえませんね。
確かに人間離れした早さには驚きもしますが、ああいう態度を見せられるとがっかりしてしまいます。
ああいう手合いの人間は人に感謝するという気持ちを持っていないのではないでしょうか。

感謝することと、謝ること、そして他人に一歩譲ること・・・これがあれば人間関係は悪くはならないでしょうが、こればかりでも何だか迫力が有りませんね。
矢張り不断の進取の心や、切磋琢磨の心がないといけないのではないでしょうか。

政治家や官僚達に人間の気高い心を求めてはならないのかもしれません。
もともと彼らはそんな気持ちを持ち合わせていないからこそ、そういう立場を選んだのではないでしょうか。
逆説的になりますが、政治家や官僚の質を高めるのは国民一人ひとりの質なのではないでしょうか。
政治家や官僚たちに「おねだり」するような利権本位の国民階層がある限り、政治や行政の質は上がりっこないはずですね。

さきの選挙では民主党に清き一票を投じて大失敗でした。今度の選挙では「この人に是非!」・・・という選択肢が欲しいですね。

投稿: ぶちょうほう | 2012.08.10 14:42

ぶちょうほう様・・ありがとうございます。

 オリンピックを眺めていますと、国と国との争い(競争)を感じてしまいますね。韓国の大統領が竹島に上陸した日に、サッカーの日韓戦がありましたね。
 韓国選手達の銅メダルのご褒美は、兵役免除だったそうですね。まだまだキナ臭いオリンピックを感じさせますね。

 小生は、この塵埃記で、団体競技はまだまだ日本国を背負っている感じです。個人競技の柔道も国を背負いすぎだと思いますね。競技自体は国際的にならざるをえませんね。各国の選手に勝利の可能性を作ってやらないとですね。しかし日本の柔道の心を世界に伝えてゆかないと思いますね。

 団体競技で、なでしこジャパンは国を背負うというより自分達の努力(チームワーク)の為にメダルを目指していた感じがあり、大変爽やかでした。感謝の言葉も、自分達を育ててくれたサッカー界に対しているようでしたね。

 小生は、いろんな人のサポートがないと世界一になれないと記しましたが、今や中国ぐらいになったような気がしますが、全面的に国のサポートを受けてメダル獲得している様に感じます。
 まあ他の国もある程度はなんですが、個人(家族)の自由度が反映してメダルを追いかけている感じがしています。この方向にオリンピックが向かえば良いと感じています。
 もうひとつ中国で、少数民族の選手達がいない(少ない)気がしてならないのです。この辺もあの国の心配な点なんですね。

 政治家を選ぶですが、作られた政治家が多いように感じますね。オリンピックの選手達のように、金メダルを目指すような姿勢の政治家がいないですね。
 「おねだり国民」の我々も責任があるのでしょうが、自分の思想をはっきり言えない、官僚や党の代弁者となっている感じがしますね。
 ボチボチ解体して、新しい政治体制ならなければならない過渡期かもしれませんね。
 今の若者達には、政治の不幸な時代が暫く続くかもしれませんが、辛抱していただき自分達の代表を考える良い機会と捉えて欲しいです。

 またキーを打ちながら、訳がわからなくなりました。この辺で・・集金にゆかなければなりません。
 

 

投稿: 呑気おやじ | 2012.08.11 16:31

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