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士道を伝承する大相撲・・

2012年1月22日天気は晴れ・・

 大相撲の把瑠都の優勝を祝福したいと思います。エストニアからやってきたのですね。エストニアも素敵な国ですね。国民の4人に一人が合唱団に参加している国ですね(エストニア・タリン合唱祭)

 色々と問題のあった大相撲ですが、なんとか士道を伝承して欲しいと思います。小生は、大相撲は格闘技の中で最強であろうと思っています。丸い土俵の中で瞬時に勝敗を決する格闘技ですので、その破壊力はすさまじいものだと思います。ちょんまげを結って、士道の礼儀を尽くして戦うと言う競技だからこそ日本人に愛され育ってきたのだと思いますね。

 大相撲ですが、横綱、大関と海外からの力士が目立ちますが、小生はなんら心配していません。彼らに士道を受け継いで欲しいですね。また引退後も士道を、自分の育った国に紹介して欲しいですね。
 大相撲界自体が、士道に反する行為が多すぎましたね。昔の士道だったら、切腹ものだと思いますね。小生は、国民自体がその精神(潔癖性)を忘れかけていると思いますね。

 千秋楽のテレビから、把瑠都の奥さんが着物姿だったのが印象に残りましたね。また桟敷の観客の中にも、着物姿がちらほら見えましたが、少なくなりましたね。相撲ファンなら、桟敷あたりの観戦は着物姿で楽しんで欲しいですね。大相撲を盛り上げる、また日本美を伝承するのをファン自体から盛り上げて欲しいです。
 内閣総理大臣杯も、着物姿で受賞してあげて欲しかったです。

 最強の格闘技としての面白さもありますから、世界から挑戦者が出てきて当然だと思います。しかし見世物や興行的になり過ぎてはいけないですね。日本の伝統や精神(士道)を受け継いでこそ大相撲ですね。
 今相撲界で活躍している海外からやって来た力士達には、日本人力士より士道(忍耐力)を感じますね。これからも相撲が強くなるだけではなく、日本の心を伝承して欲しいですね。

 把瑠都関には、おめでとうと言いたいです。エストニアと言う素敵な国を日本に紹介すると共に、彼がエストニアに日本の士道(伝統)を伝えてくれることを望みますね。親方衆には、相撲を強くするだけではなく、彼にその心(士道の真髄)を伝えて欲しいですね。親方衆達がその心を伝える能力が落ちてしまえば、大相撲の発展や伝承は難しいと思います。

 お金が稼げる国技から、心(士道)を伝承する国技として、各国からその心を学びたい、知りたいと言う挑戦者をどんどん受け入れても良いのじゃないでしょうか。日本の若者達も、その心を大相撲から学ぼうとする力士がどんどん出てきて、士道の本質を伝承して行って欲しいです。

 老いて来ましたが、色んな若者達を眺めながら、一緒に働ける幸せを感じながら、日々を過ごしています。今の日本の若者達が忘れかけている日本の伝統心(歴史の半分近くを先導した武士の心)を残したいですね。勤勉、勤労は士道の本質かもしれませんよ。 

 

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塵埃記(2012)」カテゴリの記事

コメント

呑気様 こんにちは
まずは久しぶりの更新を見て嬉しく思いました。

把瑠都の優勝は嬉しい出来事でした。彼は左膝が悪くて踏ん張りが利かないのですね。
ですからどうしても相撲が大雑把になりがちですね。
大関に上がってからは大した成績も収められず、もう膝の悪さが限界なのかと思っても居ましたが、ここに来ての思っても見なかった好成績は何が原因なのでしょうね。

ご本人は「やれば出来るんだ」と思いなおしたそうですが、この勢いを失うことなく、次の綱取りも成し遂げてほしいものです。

さて、ご提起の「(武)士道」ですが、把瑠都や琴欧州らには生真面目さを感じますね。
類稀な身体を持った彼らが、日本人力士並みの稽古を積んで、その結果現在の地位があるような気がします。

「(武)士道」を体現している外国人力士を強いてあげるとしたら白鵬に止めを刺すのではないでしょうか。
日本文化を良く理解して、それを実践するしなやかさを持つ彼は、日本人力士よりも日本人的であるのではないでしょうか。

武士道を論じるときに葉隠を思い出しますね。
「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」また「朝毎に懈怠なく死して置くべし」(毎朝、さまざまな死にざまを考えて死んでおけ)・・・・。
これと相撲道は似た部分もありますが、根本的に違う部分も見えますね。

投稿: ぶちょうほう | 2012.01.23 09:07

ぶちょうほう様・・ありがとうございます。

お元気に山歩きされている御ブログは、拝見して楽しんでいます。

今、自衛隊に集金に行って帰ってきたところです。雪がちらつきそうな雲行きですね。

さて、士道なんですが、士道と言うより日本人の心とはなんですね。自衛隊の精神(心)はなんだろうとか、日本のバックボーンはなんだろうと考えながらカブを走らせました。

外国の人達から、「日本人の心(精神)は?」と尋ねられた時にどう応えたら良いのでしょうね。仏教心、儒教心、道教心、大和魂(笑)等々ありますが、当てはまりにくいですね。曖昧心・・・(笑)。

小生は、答えを捜し求めて読書しているようなところがありますね。海外で活躍している日本人達によくサムライと言う言葉が使われますね。

今、大河ドラマで武士の世を作ったと言う平清盛がはじまりましたが、それ以後長きに渡って武士が日本を統治してきましたね。官僚とも言える武士が、幕末の商業や工業が発達するまでは、農耕や狩猟が主体の民を治めてきたわけですね。地方統治に置いては、質素倹約(勤労、勤勉)を棟とする心(精神)を育てようとしたのだと思いますね。

その心から波及して、葉隠れ武士のように、地方でそれぞれの武士道が現れてきたように思います。相撲道(詳しくは知りませんが)も、その心が影響を及ぼしているように思いますね。800年近くに渡り日本人に影響を及ぼした心が、士道ではないかとも思います。もちろん仏教や儒教や道教等々も日本人の心を作ったのでしょうが、武士がその心を汲みとって士道を作って行ったように感じますね。

そのように感じて、士道と大相撲を結びつけてしまいました。日本人の心は、士道とは言えないですが、少なからず心の根っこにあるのじゃないでしょうかね。また残していっても良いように思いますね。

国も地方も先ず大義(心)が必要な時代になっているような気がしてならないのです。なんか心が乱れているのを感じているからでしょうね。沖縄や震災にあった東北の人達から、なんか大義を感じますね。

日本人の心は?・・・・確り応えられるようになりたいです。なんかまた訳がわからなくなりました。ご勘弁を・・・・

今から、録画した「陽炎の辻」(時代劇ドラマ)でも寝転んで見て、サムライを楽しみます。

投稿: 呑気おやじ | 2012.01.23 15:59

ぶちょうほう様・・追伸です。

日本の心で神道がぬけていました。

小生は、日本の心は、「自然の神々と暮らす心だ」と言いたいのですが、余りに少数派になってしまった感じがします。

投稿: 呑気おやじ | 2012.01.24 09:40

呑気様 丁寧にありがとうございます。
原始、自然界の中で培った精神は、時を積み重ね、揉まれてそれぞれの独自色がどんどん出てくるのでしょうね。
土着の民の信仰心の根っこのところは恐らく日本でも、ピグミーでもアーリア、ケルト、モンゴル、漢族でも万国共通なのかもしれませんね。
しかし、年月を経てそれぞれに変化していく・・・そういうことなんだと思います。

日本人の世界観もそういう一個性として捉えたならば他民族や多国家への価値観の多様性も理解し易くなりそうです。または理解が出来ないにしても、他の価値観を認めることが出来易くなるかもしれません。

思うにわが国でそういうことに対して相当柔軟性があったのは明治維新の頃から精々50年くらいではないでしょうか。

日本の独特の風土と人間関係の歴史の上に築きあげられた伝統はとても素晴らしく、私たちの誇りであり、拠りどころであります。
一方他の国においても、その価値観は自国のものを至上のものとしている事でしょうね。

小生も個人的には八百万の神々を身体の中に取り入れている一方で、仏教世界に相当身を突っ込んでも居るように感じています。
仏教ならインド起源ですね。儒教でしたら支那大陸起源となりますね。

投稿: ぶちょうほう | 2012.01.25 11:03

ぶちょうほう様・・ありがとうございます。

コメントに落とされたように、小生も世界観をと、電子辞書の中にある文学全集をほぼ読み終えまして、ビジュアル大世界史の読破に入りました。
やっと紀元前が終わるところまで来ています。これは序文ぐらいですね。

文明にしろ宗教にしろ、殺戮(戦争)の連続のような感じですが、1000年単位ですから、平和で安定な時も何百年とあったのでしょうね。自然災害が大きいのでしょうが、民族は移動して争った歴史を感じますね。

そんなこんなですが、野の花が恋しくなりました。セツブンソウを見に行きたくなってます。

投稿: 呑気おやじ | 2012.01.26 14:18

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