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アナログからデジタルへ・・

2010年12月2日・・天気は深夜は星空・・

 12月1日に、注文していた地上デジタル対応のテレビが届きました。なんか駆け込み受注みたいでしたが、小生が日々を過ごす前に、地デジテレビが存在するようになりました。

アナログとデジタル・・・難しいことはわかりませんが、Wikipediaでチョロッと見ました。

★アナログ(英: analog)は、類似・相似を意味する。連続した量(例えば時間)を他の連続した量(例えば角度)で表示すること。デジタルが連続量をとびとびな値(離散的な数値)として表現(標本化・量子化)することと対比される。時計や温度計などがその例である。エレクトロニクスの場合、情報を電圧・電流などの物理量で表すのがアナログ、数値で表すのがデジタルである。

デジタルもWikipediaで見ましたが、抜粋箇所を記しましょう。

★日本語訳として計数(けいすう)がある。古い学術文献や通商産業省の文書などで使われている。Digitalの本来の意味はラテン語の「指 (digitus)」であり、数を指で数えるところから離散的な数を意味するようになった。

 なんのことか、詳しくはわかりませんが、アナログは量を表示するとあり、デジタルはとびとびな離散的な数を意味するとありますね。

 アナログ人間と言う言葉は、時々耳にしますが、デジタル人間はまだまだ耳にすることがないですね。「とびとび、離散的」・・どんな人間なんでしょうね。

 小生の育った感受性から、テレビが普及し出した子供の頃に、「人は、動かなくなるのじゃないだろうか」と言う思いを持ったことがありますね。映画館を経営していた父が心配になったのですね。実際にその後の子供達は、あまり動かなくなったような気がしますね。

 そのアナログテレビ・・物量は限られているテレビから、デジタルテレビ・・数を離散的に多数発信するテレビ時代がやってきましたね。多くの言葉を塵埃記に、まだ落とすことが出来ません(今後の世風を眺めないと)。

 ただ、良いものを選択して(自己にとって)眺める才能を身に着けないと・・また子供達には、そのような教育を、親達が努力する必要が出てきたようにも思います。「人が動かなくなるテレビ時代」が、さらに進んでやってきたような気がすると感じましたと、アナログ的な呑気おやじ感と落としておきましょう。

 パソコンのネット社会も同じようなことが言えますね。溢れたネット社会で育った若者達が、どんな未来社会を作って行くのだろうとも思いますね。小生は、ネット社会もテレビ社会を追っている感じを持っています。もう広告や商品の紹介で溢れてきましたね。

 仕事の夜勤の時に、電子辞書で「日本文学全集」を読み返しています。溢れる情報に翻弄されるより、人間の心模様の深さ、重さがどのように動くのかを、現在の自己を見つめて、のんびりと知ってみたくなりました。宗教や哲学的なものを含めて、デジタル(数)で、充分大丈夫ですよとは、言い切れないですね。

 小さなライフワークとなった、身近な野の花を追いかけることが、本年の秋には確りと出来なかったです。でも、遊んだ花達を振り返ると、その時々の自己の姿を思い出します。「ああっ、人間らしく生きているなー」とアナログ的(量)に動き回っていることに、自己満足することが、多くなりましたね。

 秋に遊んでもらった花達をデジブックに整理できました。お暇な方は、お楽しみ下さい。もう、本年は,自然とゆっくり遊べないと思います。ライフワークを続けることとして、もう来年の春を待ち焦がれている状態ですね。

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