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遊季節・・野花を追う楽しみ・・

2010年5月1日天気は晴れ・・

 遊季節と名打って、身近な自然の中で花達を楽しんでいます。ネットを始めた頃にホームページをどのように遊んだら良いかと、試行錯誤しまして、安物のデジカメを買って、愛犬ドラムの散歩のついでに田園の畦道の花達を撮って掲載して、ページを飾っていました。その時に、ご覧頂いたネットのお友達のお陰で、野草花の奥の深さを教えてもらいました。その後も、草名の検索に大変な助言を頂き、今も助けていただいています。

 その方のご指導やら、楽しみ方の素晴らしさを知ってから、身近な自然をもっと深く知りたくなり、野草花以外に夕日を追いかけたり、虫達を追いかけたり、樹木の花達まで追いかけるようになりました。

 野草花の追いはじめは、畦道散歩の花達でした。1km四方ぐらいの田園の花達でした。それでも追いきれないほどの花達が次々と咲き乱れ、季節を追いかけることを知りました。今では季節を感じながら、もうあの花が咲いてくるだろうなーと感じられるようになりましたね。

 その季節の花達を追いかけるのが、我が地の沿道や里山、林道、川原辺りまで広がってゆきましたね。そんなことをしていると、年月の経つのが早いですね。その季節に咲きあがる花達の時期になると、咲いているかなーと飛んで行きたくなりました。

 そんなこんなで、季節的にはエビネ、キンラン、ギンランを眺めたくなり、過去に出会って里山のある場所へ行って見たくなりました。

「ギンラン」をダウンロード
 小枝が乗っかって咲いていました。まだこの一株の花しか見れませんでした。小枝を除けてやりました。ギンランは小さい草ですから、里山の道すがらに咲いてますが、見つけにくいです。

 時期が早かったのかもですが、エビネやキンランを見ることが出来ませんでした。この2花は、ギンランと違って目立ちますからね。エビネは数年前に見たときは、沢山の花固体を見ました。年々少なくなり、昨年などは例年の見つかりにくい所の花を楽しんだだけでした。キンランは、もう2年ほど楽しむことが出来ていないです。小生が楽しむくらいですから、誰もが楽しむことの出来る所でしたね。花が移動することはないと思いますね。

 花達を追いかける楽しみの一つに、新しい出会いがあります。
「何草なんでしょう?」をダウンロード
 田園の休耕田の中で、大変に目立つ大草ですね。色も季節外れの感じもしますね。季節を楽しむ他に、草花への新しい出会いと言う楽しみも、小生を駆り立てる一つとなっていますね。パソコンの中に「検索中」とある草花が沢山あります。咲き出しやら、芽吹きやら等々で、後日にあっと気づく花達も出てきましたね。

 戯言が長くなりました。そんなこんなで、「遊季節・4月の3」が出来上がりました。新緑を楽しみながら、春風に吹かれている素晴らしさを少しでも感じて頂ければ幸いです。またバックの音楽を「故郷」としましたが、小生の郷愁は、夏ですね。炎天下にボールを追ったこと、少年時代に川で、朝から晩まで遊んでいたことです。


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老人と若人の成長とは・・(下積み経験)

2010年4月27日天気は雨・・

 雨の日に塵埃記を更新しているようですね。午後から起きだして、雨を見て、のんびりと過ごしています。
さて、深夜の仕事場で「ひきこもっていた青年」との出会いから、彼を応援しながら10ヶ月が過ぎました。
 小生は、彼が上司から怒られながら仕事を続けている姿を楽しく眺めています。陰で彼には、「気にするな。気の小さな上司だ。明日も元気で来いよー。」と励ましています。どうにか逞しくなってきましたが、ひきこもりで一番困ることは、「世間を知らない」と言うことですね。皆の会話の中へ、入れないですね。彼の会話は、テレビゲームの話と亡くなった両親の思い出ぐらいですね。まだまだ皆から、「アホやのー」ですね。

 彼は、小生の励ましに応えているのか、10ヶ月間一度も休んではいませんね(休刊日が6日あっただけ)。まあ深夜の配達業務の5時間ほどで、昼間はまだまだひきこもっていますからね。休日みたいなものかもしれませんね。
 でも今の普通の若者でも、難しい継続だと思いますね。そんなこんなで、少しづつですが成長しているのを眺めていましたが、彼が、「昼間も働いてみたい。」と言い出しました。稼ぎたいと言うより、世間を見てみたいと思うようになったようです。
 小生は、「まだまだ駄目だ。」と言っていましたが、近頃の彼は、皆が散らかした紙くずや包装テープを何気無くひらって、ゴミ箱に捨てている姿を見ました。小生は、うん、昼間の仕事も出来るかもと思い出しました。

 そこで思い切って、45年前に高校野球で二遊間コンビで活躍した戦友(親友)に預けてみることにしました。親友は、日本料理店を経営しています。主に冠婚葬祭の料理が主です。
 彼を面接に連れてゆき、親友に「両親を中学時代に亡くし、社会に出て苛められて、ひきこもっていた子や、性格はまだまだ子供で、素直で汚れていない。ワシが保証する。」とだけ言って、ポイと彼を預けて帰ってきました。
 その後に、彼が親友夫婦とどのような会話を交わしたのかわかりませんが、夜に、彼に「どうだった。」と電話すると、彼は大きな声で(普段は聞き取りにくいほど、小声で元気がないです)、「呑気さん、もう色々と働かせてもらいました。料理人さんの包丁裁き、色々な料理や器、近くで見るのは、初めてで、凄いですね。美味しいお寿司をお土産に貰いました。」と喜んでいるのが判りましたね。
 小生が、「皿洗いかー」と聞くと、また大きな声で「はいっ」でしたね。彼に、「まあ人生経験や、やってみんかい、そやけど深夜の業務も確りと勤めるのが条件やどー・・」と言うと、彼が「大丈夫です。」と初めて、大丈夫と言う言葉を使いましたね。

 世話焼きの愚妻が、早速に親友のところに行き、青年のことを聞いてきて、小生に報告しました。親友は、「猫の手よりましや、なんとかなる、新聞配達が大事やから、予約客の多い忙しい時に電話で呼んで、働いてもらうことにした。」と言ったそうです。


「田園の好きなユズリハの木」をダウンロード
 小生は、彼(22歳の若人)の成長を見るのが、孫の成長を見る次に楽しんでいます。ユズリハを眺めて、彼や息子夫婦に対して小生(老人)の成長を考えてしまいます。新聞屋に勤め出して2年、色々な業務の面白さや職場での面白い人達との出会いを経験しています。

 戯言ですが、彼が「僕は頭が悪いんです。」と言った時に、小生は、「仕事は、頭の良さは関係ない、経験を積み重ねることや。」と言いましたが、老人とて同じことですね。色んな経験を通して、まだまだ成長してゆけることを感じますね。
 一人息子にも、大学中退時に「何をして良いのか、判らない。」と言いましたから、「旅をして、色んなアルバイト(仕事)をして来い。」と送り出しましたが、今の彼ら夫婦(二人の子持ち)を見ていると、正解だったかなーと思っています。

 学校で色んな勉強も大切ですが、「生きてゆく、社会に貢献する」と言うこと、大きい言葉ですが、小さく言い換えれば「稼ぐ、会社に貢献する」と言う社会性を養うことをもっと重要視した方がと思います。大半の人達が、若い時は、部品となって働かねばなりません。沢山の経験を積んで、大きな夢に近づくことが出来るのですからね。
 子供達に夢を持たせることも大切ですが、沢山の下積みを経験せねばならないと言う社会性を教えてやって欲しいですね。小生は、皆さんとは言いませんが、今の世の先生達は、下積みに疲れてしまっているような感じを受けてならないですね。経験を積む下積みにこそ、成長から夢へとの道だと思いますね。

「ユズリハ」をダウンロード
戯言を並べましたが、ユズリハは若葉を老いた葉が下から支えて、素敵な姿を見せていますね。このバランスが、老人の成長を感じさせてくれます。小生もまだまだ若者達を支えて、枯れ落ちるわけには行きません。
 若葉が立派な葉になり次のユズリハとなるまではですね。そこに小生の成長があると、カッコ良い言葉を落として、塵埃記が更新できたことを喜んで、閉じましょう。

読み直して戯言を追加です。夢や自己欲求の強い若者には、下積みはストレスがたまるかもしれませんが、老いの者は、下積みほどストレスのない世界はありませんね。「冷や飯食っても生きられる。」と思えるように成長していますからね。ストレスのない世界・・・皆さん・・理想じゃないですか。
 老獪な政治家や天下りさん達へ、老いの欲ボケみたいな顔をして、ストレス社会をのうのうと生きてゆきますね。自己反省があっても良いと思います。下積み世界にいる小生の僻みでは、決してありませんよ。
 

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