カテゴリー「塵埃記(2009年)」の記事

呑気な丹波の紅葉情報・・

2009年11月10日天気は小雨降る・・

 昨日は休刊日でした。前の夜は友人達と飲み明かしました(休刊日前は恒例となりました)。昼前に起き出しまして、空を見ました。雲が多かったですが、晴れていました。「よっしゃーっ、久しぶりに一人ドライブじゃ・・」とデジカメ積んでドライブですが、季節は紅葉シーズンですね。身近なところの紅葉情報を検索して出発しました。

 丹波の山南から、篠山に入り、武田尾、有馬と走りきってやれと頭に浮かべて出かけましたが、朝からなら何とかなったのですが、昼過ぎに出ましたので、篠山で日暮れを迎えてしまいました。お遊び情報と言うことで、デジカメ機能の中にパノラマと言うのがあります。荒い画像ですが、小生が眺めたままの紅葉情報(11月9日現在)と言うことで塵埃記を進めます。お寺の説明は、ネット検索してくださいね。
それから、画像のコントラストを少しだけ強くしました。実物より赤が少し鮮やかになっているかもです。

石龕寺・・兵庫県丹波市山南町岩屋2
先ずは、紅葉では有名なところです。
「石龕寺の紅葉」をダウンロード
 まだまだこれからと言うところでしたね。それと真っ赤に色づいているものもありましたが、鮮やかさを感じることが出来ませんでした。それから笑ってやってください。この画像が、パノラマ機能を初めて使いますので、上手に出来ませんでした。画像が重なってしまいましたね。「色づいていると綺麗」なんですがね。ちなみに参道を歩くのに300円が要ります。沢山の紅葉が楽しめますね。

大国寺・・兵庫県篠山市味間奥162
次には、小生が大好きな小さな山寺の紅葉です。
「大国寺の紅葉」をダウンロード
 3枚のパノラマですので、山寺の全体が入ったと思います。色づいていますが、旧年に見た鮮やかさが出ていない感じです。ここのモミジは素晴らしい赤なんですがね。
 では、裏から見た紅葉で「眠り地蔵」です。この山寺で、この風情も大好きです。
「裏から見たパノラマ紅葉」も追加しておきましょう。まだ少しパノラマが失敗気味ですね。

 次に向かったのが、知る人ぞ知ると言う洞光寺なんですが、ほんとに小さな山寺でして、篠山の山手の方を捜し走り回りました。その途中で素敵な山紅葉を見ましたので掲載ですね。
「篠山の山紅葉」をダウンロード
まだまだパノラマが確り出来ませんね。まあ風情だけでもお楽しみください。

洞光寺・・兵庫県篠山市東本荘301
道端のお爺さんに聞きました。それでも間違ってしまいました。「そこを入ると寺が見えるから・・」と言われたのですが、見過ごしまして、奥へ奥へと行ってしまいました。もう午後4時です。天候も悪くなり日暮れ時のような明るさでしたね。
「洞光寺の紅葉」をダウンロード
 こんもり模様の小さな紅葉ですが、「うーん、いけるじゃないか・・」と思いましたね。「こんもり紅葉」に近づいて眺めました。晴れた日にじっくりと眺めたくなりましたね。

 もう日暮れとなり、飛ばして帰ることにしました。帰り道で大山茶花が見たくなりました。
西方寺・・兵庫県篠山市今田町今田新田82
樹齢600年を超える大山茶花が、小さなお寺ですがあります。日暮れでフラッシュを使いました。
「西方寺の大山茶花」をダウンロード

 駆け足で紅葉を楽しみましたが、本年はもう楽しむことは出来ないと思います。でも身近なところでも紅葉は、沢山楽しめますね。仕事ついでに探してみましょう。でも、林道を走って、山のまだら紅葉は行って見たいですね。「さてさて行けるかなー」と落として、本日の塵埃記を閉じましょう。

デジブックを追加・・紅葉を沢山デジカメ遊びしました。ネット遊びがどんどん増えています。
デジブックでアルバムを作りました。まだまだ素敵なアルバムにはなりませんでした。色々遊びながら、素敵な草花アルバムやムービー的な画像編集を楽しみたいです。音楽が鳴りますよ。ご注意ください。

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私と県立社高校野球部OB会

2009年10月23日天気は快晴。

 この10月17日に、久方ぶりに野球部OB会の宴席が開催されました。長きに渡り社高校野球部を指導し、選抜出場から、春の県大会優勝と近畿大会優勝と素晴らしい成績を残した森脇監督が勇退し、後任橋本監督の壮行と言うことでの宴席となりました。近隣のOB達(70数名)が集いました。

 私は約30年間ほどOB会に関わってきました。そこで私とOB会と言うことで塵埃記に残しておきたくなりました。OB会の歴史を知り得るところを記しておきたくなりました。

 社高校野球部は、昭和23年ごろに石ころだらけのグランドで、1回生の人達から始まりました。小さな田舎町に硬式野球部が誕生したのですね。町の商店街の人達の助けによって作られたことや、時の地元県会議員(石井さんだったと思う)の野球好きもありまして、瞬く間に強豪となり、10年後には、近鉄、阪神で活躍したプロ野球選手も地元商店街からでたことで、地域で大変な人気を得る野球部となりました。現在も地域で一番愛され、誇りにされているのが野球部ですね。

 私の現役時代(昭和40年代、16回生)までは、商店街の人達が後援会となり、野球部員が商店をまわって後援会費を頂いて、ボールや野球道具の補助費としていました。この後援会からOB会となって行ったのですね。

 私が30歳になったころに(昭和50年代)、社に舞い戻りまして亡父の家業を継ぐこととなりました。当時も後援会として、その中にOB会が存続すると言う形でした。後援会長もOBではなく、中村敏明県会議員でした。その補佐に、社高校野球部をこよなく愛した藤本さんと言う薬局を経営している方(社高校野球部の監督経験があり、当時は町会議員)がいました(二人は旧制小野中学卒)。この藤本さんと中村県会議員が、私に「後援会の世話を手伝いなさい」と命令されまして、後援会の中にあるOB会を会長として、お守りすることとなりました。
 
 あくまでも後援会ですので、必然的に中村県会議員の事務長的な仕事となります。藤本さんも町会議員です。私が政治の世界を知ることとなりました。長期(約7期)の県会議員で北播のドンと言われた有力代議士です。
 私も何度も選挙戦に携わることとなりました。OB会長と言うより県会議員の秘書と言った感じでした。

 その後、北播のドンも年齢に勝てずに県会議員を退かれました。後援会をどうすると言う話になりました。私は、「もうOBも沢山増えました。OB会を独立させましょう。」と藤本さんに進言しました。後援会は、自然消滅となりましたね。

 藤本さんと会社経営のOBと商店街での飲食店経営のOBが指揮系統の中心となってOB会を運営することとなりました。(昭和60年代から、平成初期)
 私の大先輩ばかりです。名は会長ですが、事務長でしたね。後輩の会計担当と二人で、事務的な運営を担当させていただきました。

 OB会にも人間模様でいろんなことがありました。しかし私は、継続こそが力なり、OB会が強大になる必要はない、OB達から送られてくる寄付金は、全額を後輩野球部の為にとの思いから、できるだけ会を小さく運営してきました。組織化して(出来なかったです)、OB会自体に経費を使うのをためらったと言うより、まだまだ寄付金額が小さく、野球部の手助けぐらいでしたから、私と後輩会計と二人で、OB会の経費なし状態でお世話するのが、一番長続きすると思いました。
 藤本さんも会社経営OBも、甲子園出場を見ずに他界されました。飲食店経営のOBも病に倒れられましたね。私と会計担当と二人で、細々ですが、OB会のお世話をし続けていました。

 その数年後の5年前に選抜出場です。その時の寄付金の多さも凄かったですが、寄付金や甲子園での手助け仕事に参加する若いOBの数の多さに驚きました。私と会計担当二人では、とてもOB会を切り盛りすることは不可能でしたね。身近な地元に後輩がいなかったこともありますが、先輩ばかりの選抜出場への、OB会運営は壮絶を極めました。親友の役場の職員(後に、我が町最後の町長となりました。)を動員しました。彼が事務的なことをやってくれなかったら、どうなっていただろうかと振り返るぐらいですね。

 選抜ベスト4と言う成績を残し、無事に甲子園行事が終わりました。あとの処理が残りましたね。重鎮達の「OB会への寄付金(一般の人達の寄付金は総て、OB会もほとんど学校に)は、一部を残しておけ・・」でしたが、私は極小に抑えました。「残務を誰がするんじゃ。」の思いがありましたからね。極小で正解でした。残った寄付金は、OBでもある森脇監督が使途を判断すれば良いと私が決めました。まあ、私は金にまつわるのが大嫌いでしたから、大正解でした。

 森脇監督(社高校野球部で、約22年間ぐらいでしょう)によって、県の強豪校であり続けた上に人気が高まり、沢山の部員がやってくるようになり、卒業生の数もどんどん膨れ上がり、OBの数は800人近い状態となりましたね。私がOB会長を受けた時には、150名ほどだったと思います。OB会の宴席を設けても、最大で15人が集まったぐらいでした。

 大変大きくなって来たOB会です。私はぼちぼち組織化しないといけないと思い出しました。グランド改修や甲子園出場記念碑等々と次から次へと、OB会が携わってゆきましたが、森脇監督に一任していまして、これも無事に完成祝いを済ませることが出来ました。野球部の成績も、春の県大会優勝や夏の大会ベスト4と言う、素晴らしい成績を残してきていました。

 私は、若いOB達から、「僕らが組織化してみます。」との声が出ないかと待ち焦がれていました。そこへ森脇監督から、「監督を後進に譲りたい。」との言葉を聴きまして、「よっしゃー、OB会長も一緒にじゃー。」と近隣の後輩達に告げました。
 ある晩に、OB会の件でと、近隣の後輩達数名が居酒屋へ私を呼んでくれました。私は、「森脇監督も50歳半ばになっている。もう教え子が社会で活躍している。OB会を組織化するのは、彼より年下の後輩がやるべきだ。」との意見を述べました。

 日を変えて、また居酒屋でOB会の件で後輩達と、今度は森脇監督を交えて話をしました。「森脇監督をアドバイザーとして、僕達が、OB会を組織化してみます。」と言ってくれました。「ただ、一挙に会長まで退かれると、僕達は若すぎます。名前だけは、暫く残してください。」との懇願でした。
 会長、副会長、事務長、役員、顧問(アドバイザー)と確りと名前が記してあるメモ帳をみまして、「ああ、これで二人だけでお世話してきたOB会が大きく成長するだろう」と了承しました。
 私は、「名前だけだぞ、今度の宴席の準備も一切タッチしない。また私に一言も相談はいらない。君達のやりたいようにやりなさい。」と名前だけの会長に昇進しました。

  私がお世話をしてきたOB会から、やっと若い後輩達がOB会に携わってくれるようになりましたね。これで大きく発展してくれると思いますね。野球部誕生から丁度60年を超えたところですね。OB会も実質的には30年になろうとしていますね。この前の宴席での若いOB達の自己紹介を聴いていますと、各地で素晴らしい社会人になって活躍している兵(つわもの)ばかりでした。これで安心と言うより、会長も若い人達が引き継ぎ、私は重鎮の仲間入りをしたいですね。

 正確な年代を記せないですが、私の頭の中にある社高校野球部OB会の歴史を綴りました。これに肉付けできる草創期のOB達がぼちぼちと欠けて行きだしました。私もですが、老いたOB達と野球部の歴史の話をする宴席を設けるのが、私のOB会としての次の仕事となったかもですね。

 私は、草創期(約15年)、色々ありながら期、森脇監督期(約20数年)が、県立社高校野球部の今までの歴史の骨格だと思いますが、終わりがないですね。夏の甲子園出場に向かう野球部、またOB会と言うことで、どんどんと素晴らしい歴史を積みかせねて行くでしょうと結んで、閉じることにしましょう。

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本年も、秋祭り(佐保神社)が過ぎ去りました・・

2009年10月11日天気は、これぞ秋晴れでした。

 日々の流れが凄く早いです。もう毎年の楽しみの佐保神社秋祭りも終わりました。昨年の秋祭りは、新しいデジカメと言うこともあり、また簡単に画像スライドショーを作ることが出来ることを知り、宵宮から本宮と沢山の画像を作り塵埃記を進めたことを、昨日のように思い出します。

 本年は、デジカメで遊ぶと言うより孫と遊んだ秋祭りとなりました。もう動き回りますから、目が離せないのですね。人ごみにまぎれて見失う心配の方が強かったですね。当番明けの祭りとなり、酒の酔いにも負けて、その上に孫です。早々に眠りこけてしまって、秋祭りが過ぎ去ってしまいました。

「2009年佐保神社秋祭り」をダウンロード
 孫を肩車にして、宮入風景をデジカメで楽しみました。神輿を担がず、孫を担いでいたわけですね。こうしていないと、どこかに行ってしまいますからね。そんなこんなで、孫と遊んだ秋祭りでした。

孫は、祭りが大好きになったようです。夕食後に裏の息子夫婦の部屋から、「どんでんどん、よーいと、さのね、どっこいしょー。」と孫の大きな声が聞こえてきます。多分、踊りながら叫んでいるのでしょう。

そんなこんなで、平凡ですが明るい日々が過ぎ去ってゆきます。深夜の業務も、これから冬本番となってきます。午前0時17分です。今から勤務に出ますが、冬服ですね。

「2009年秋祭りのオマケです。」をダウンロード
 佐保神社は大きなお宮さんですね。この画像の右に大きな参門がありますからね。大きなタイコ(神輿)が小さく見えるから、貼り付けておきましょう。

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大きな台風が接近して来ています・・

2009年10月7日雨が降り続いています。

台風18号が接近して来ています。大きな台風ですね。新聞屋に働き出して、「1時間早く出勤して欲しい」と連絡があったのは、初めてですね。

ベテラン配達員達に台風時の業務のことを聞くと、「何が飛んでくるかわからん、雨だけ、風だけならなんとかなるが、両方いっぺんに来ると、えらいこっちゃー。」ですね。

 山間部の山の中をカブで走って配達している屈強な若者達も、「明日は大変やなー・・」と呟いていましたね。配達業務は休むことが出来ません。毎日が自然とのお相手となります。名月を見ながらの、爽やかな中を走っての配達もあれば、雨や風に悩ませれての業務も沢山ありますね。冬は、凍てついた寒さや雪に悩まされますね。

 でも、皆さん動揺はしていないですね。ひどい雨の日も、新聞の水濡れや配達漏れもありますが、小生達が取替えに走っています。
 自然が相手だから、なるようになるしかならないのですね。時間内に届けられなくても、それはそれで、いたし方のないことですね。そんな風に、皆さんは動揺はしないのですね。人間なんて小さい小さい・・出来るだけのことしか出来ないのだと割り切っているようです。そうならないと、長く継続して配達業務は勤まりませんね。

 でも、配達員達といつも言い合っています。「ここら辺は、良いところだ、沖縄あたりの雨風、北海道や雪国の配達員達は、大変だろうなー・・」とですね。どうやって配達しているのか、不思議がっていますね。
 色々な自然状況が異なる日本ですね。その中で、人力が必要な業務は、自然任せですね。決して戦うなんて言う気持ちはないですね。
 明日の深夜も、危なかったら、通り過ぎるのを待てよ・・ですね。

 この台風18号も、被害が少なく通り過ぎてくれることを願い、祈りますね。我々も、事故のないように、皆が元気で配達を終えることを願い祈っていますと、記して閉じましょう。

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田園地帯の夏模様・・

2009年8月8日天気は快晴。

 7月の後半まで雨が降り続いていて、各地で大きな被害を出しましたが、8月に入り真夏日がやってきましたね。そこで、集金業務をこなしながら、田園地帯の夏模様を楽しんでいます。応援で真っ黒になった顔に真っ白な顎鬚が爽やかな(笑)田舎の爺が見た我が地の夏です。

 先ずは7月末の、「雨が降り続いた加古川」です。物凄い勢いで流れています。一気に何百メートルも流されそうですね。もう一日降り続くと、以前に水があふれたあたりが見えますが危なかったですね。
 画像にした時から、雨がおさまりましたね。今は、以前のような川ですが、青いビニールが各所に引っかかり、ゴミの川に見えますね。

 仕事f中は、暑い陽射しの中ですが、小生は野球少年でしたから、入道雲のある青空の下は大好きなんです。熱中症なんて考えたこともないですね。
 「田園地帯の夏模様」です。こんな水田地帯をカブで走りながら、自然と遊びながら、ついでに仕事をしています。水田地帯の農道はすべてコンクリート舗装されています。カブで颯爽と駆け抜けることが出来ますね。
 農道での夏の花模様は、少なくなっています。目立つ花は、「タマスダレ」ですね。また農家の近くの農道では、お庭から飛んできたのでしょう。「ナツズイセン」が時々現れまして、急ブレーキをかけてカブをとめて、楽しみます。

 池土手あたりも眺めますが、緑一色の土手周りですが、「オニユリ」一株が、堂々と咲いていて、「夏ですよー」と叫んでいるように感じました。樹木の花ではクサギ、ごそごそすると野草花は、「メハジキ」、キキョウ、カワラナデシコ、ヌスビトハギ、面白いところでは、アメリカネナシグサ等々も楽しめますが、掲載はメハジキだけにしましょう。他の野花は、このページのどこかのアルバムで見れるかもです(笑)。

 田舎を巡りますが、涼を取ろうとする時は、川原か、野池に参りますが、さすがに暑いです。我が地で有名な「つくばねの滝」に参りました。立ち寄った理由のひとつは、この滝の近くの寺そばで、「ヤブミョウガ」が見れるからですね。咲きあがっていましたが、虫と藪蚊が凄かったです。楽しむどころか、早々と逃げ出しました。

少し涼を取って、また元気に仕事に戻ります。「農家の夏模様」ですね。夏休みで、子供達が遊んでますね。すぐ近くに加古川が流れているのですがね。小生の子供の頃なら、朝から晩まで、褌一丁で、川原で遊んでました。

 農家の広いお庭では、沢山の園芸花を眺めますが、なぜか「ハツユキソウ」がよく目にしますね。今、ちょうど花をつけていますが、真夏に初雪草と、すこしでも涼を取っているのでしょうかね。
 畑では、ナスビやキュウリやトマト等々と沢山実っています。スイカも美味しそうです。丘では葡萄が出荷を待っているような状態ですね。
 お花では、「ゴマの花」が満開で綺麗です。また、「花の綺麗なお豆さん」ですが、なんと言う名でしょうね。観賞用なのか、野菜なのかと首をかしげて、楽しみましたね。

 お隣町にある農業大学辺りまで、仕事に行きます。行ったついでに、校内をぐるりとまわって楽しみます。
 校内で作られている「トウモロコシ畑」ですね。トウモロコシも収穫時期をむかえているようで大きくなっていました。心の中で、「あらら、小さな北海道を眺めているのじゃないか・・」と、また「フィールド・オブ・ドリーム」と言う映画の名場面を連想したり、8月の青空を眺めて、広島や長崎、沖縄と言う地名が連想され、「ざわわ、ざわわ・・♪」と「サトウキビ畑」と言う歌が、頭に流れてきましたね。

 生き物達も活発ですね。川原では「ジャコウアゲハ」が、沢山飛び交っています。望遠の効くカメラで、素敵なカットを作ろうと遊びますが、うまく行きませんね。里山を抜けて走っていると「なに蜘蛛の巣」でしょうね。葉っぱを集めて作ってますね。大きな蜘蛛を想像してしまいますね。

 ギラギラと照りつける夏模様ですが、ヘルメットをかぶっている額から汗が滴り落ちます。でも小生はこんな汗が大好きなんですね。根っからの体育会系だなーといつも思ってしまいます。

 仕事も夕暮れになり、「中国縦貫道路の陸橋からの夕焼け」を眺めます。もう少し頑張れば仕事がかたずいてしまうのですが、もう駄目です。孫達がいる我が家に帰り、冷たいビールを煽りたいです。
 そんな田舎の夏の日常記で、塵埃記を進めてしまいました。おわり・・

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母校野球部の応援記2・・

2009年7月28日曇りのち雨・・

 昨日の姫路球場での、対洲本高校戦は、5対1で勝利しました。これでベスト4ですね。
試合内容は、県立高校同士の爽やかな展開となりましたが、この大会でエースにのし上がった前川投手(背番号10)が、洲本高校の強力打線に安打は沢山打たれましたが、上手くコーナーをついて、打たせてとるピッチングで1点でしのいで、完投しましたね。

 攻撃の方も、4番5番と言う最終学年となった主軸が大活躍しました。凄い打球を放って、相手ピッチャーを打ち崩しましたね。

 明日のベスト4の相手は、秋の県大会、春の県大会と敗れている本大会の大本命の育英高校ですね。
小生は思いますね。育英高校(春の県大会優勝校)は全国レベルの強豪校でして、投攻守と我が社高校よりレベルが一段高いところのチームだと思います。
 
 その有名強豪私学校に立ち向かってゆく田舎の県立高校と言うだけで、小生は大満足ですが、まだまだ爽やかな少年達のやる野球です。精神面が大きく左右してゆきます。相手は負けられないと言う心理が働くでしょうし、我が校は「失うものはない、やってやる」の心理が働くでしょうね。

 また技術面においても、いかに強力打線といえども、巧みにコーナーを突いて打ってもらうと言う投球をすると、野球と言うスポーツは面白いです。8人が守っている正面に打球が飛んでいくようになっていますね。
 プロ野球でも、スピードがなくなった老練ピッチャーが好投することが多いですね。明日は誰が投げるのかは、監督が決めるのですが、後ろには鍛えられた野手が守っていると言う気持ちで投げてほしいですね。

 攻撃面では、4番有本君、5番高橋君の前にランナーを置くと言う野球をしてほしいです。この二人は、夢の甲子園でその打撃力を見てほしいくらい素晴らしい打撃を持っています。小生が思いますに、育英高校の好投手といえども、3打席の内に1本は凄い打球を放つような気がしています。
 小生は、我が校が勝利して決勝戦に出ると言う時は、彼らが決勝打を放つ時だと思っています。またそうあって欲しいと願っています。

 上記のように、充分に勝機があると心から願って応援したいと思います。睡眠時間が少なくなってます。少し眠ろうと思います。これで閉じます。

 そんなこんなでデジカメ遊びが出来なくて画像がありません。思い切ってパソコンのメイン画像にしている「目に入れても痛くない3人」を貼り付けようと思います。幸運を呼ぶ穢れなき連中ですね。
「小生の宝物」をダウンロード
 もう一匹「アン」と言うチワワもいるのですが、こいつは小さくて動きがすばやく、じっとしていないから、残念ですがつながれてまして、仲間に入れませんね。

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母校野球部の応援記と月下美人

2009年7月26日天気は曇り。

 社高校野球部(母校)の応援記なんですが、順調にベスト16まで勝ち上がりました。本日に神戸国際大付属高校との、ベスト8をかけての一戦を高砂球場で楽しみました。
 新聞評では、両校ともダークホース的な優勝候補に名があがっていましたが、我が校の実力押し切り勝ちと言う内容でしたね。

 先発投手の高橋君は、入学当初から有望な左腕投手として期待されていましたが、故障が多くて投げられない状態が続いていました。この大会も背番号3番でしたね。初登板と言う思い切った投手起用となりましたね。
 豪腕速球投手でして、打ってみろという感じで投げてましたね。7回まで、相手打線をねじ伏せたと言う試合内容で0封しましたね。
 完投すると思いましたが、8回からは期待のエース井上君が登場しましたが、ピリッとせずに、また前川投手の救援を受けるという内容でしたが、かろうじて3人で完封で逃げ切りました。
 
 少し心配なのは打線でしたが、6回から登場した相手エースから、1番の主将がまた試合を決める二塁打を放ってくれましたね。7回まで、点の入らない緊迫した試合での彼の痛打は、応援席から歓声が轟きましたね。

 さて、完投させなかった豪腕高橋投手ですが、OB達の噂では、肩か肘に故障を持っているそうで、この大会後には、将来は大学や社会人で活躍するために手術に踏み切るそうでして、監督も交代させたのじゃないかと思いますね。それにしても、みごとな投球でした。故障がなければ、本日のような投球を、夢の甲子園で全国の野球ファンに見てもらいたいなーと、小生は思いましたね。

そんなこんなで、明日も晴れれば、ベスト4をかけての、公立高校同士の戦いとなりますね。淡路の古豪洲本高校との一戦となります。姫路球場での応援が楽しみです。

月下美人記・・
 母校の応援の為に、昼間は試合後に少しだけ集金業務をこなしています。その時に、あるお家の玄関前のお庭に、月下美人の蕾を沢山見ました。お婆ちゃんに、「月下美人ですね。」と言うと、「今夜あたりに咲きそうやなー。」といわれましたから、深夜の業務で近くの農道を通りますから、「お婆ちゃん、深夜に見に来ても良いですか。」と聞きました。お婆ちゃんは、「ああ、何ぼでも、そやけど真っ暗やから、気ーつけやー。」でしたね。

 深夜業務(午前3時)の途中ですが、お婆ちゃんのお庭に参りました。本当に真っ暗でして、小さな小溝に足を取られてこけそうになりましたが、玄関先まで歩いて行きましたが、肉眼ではまったく花を拝めません。
 簿やーっと白ぽいものが見えます。デジカメをその方向にあわせてシャッターをぱちぱちやりました。モニターに花が捕らえられているのがわかりまして、早々に仕事に戻りました。

 パソコンに落としてみてのお庭の「月下美人」ですね。お婆ちゃん曰く、「13ほど蕾があるさかい、今年は花が小さいと思うわー。」でしたね。沢山咲いていますね。真っ暗で2、3花だと思っていました。
 「月下美人の花」です。小生は思いましたね。昼間ならいざ知らず、夜に楽しむ花を、真っ暗な庭に咲かせている。良い香りがしましたが、香りを楽しむのでしょうかね。画像にして楽しむ方法は、お婆ちゃんは知らないと思いますね。
 田舎にもいろんなお家がありますが、月下美人を玄関前に植えられているのは、このお家だけですね(笑)。まあ、小生も初めて眺める(暗くて肉眼では眺めていません)素敵な花でした。深夜でも、また花遊びしていることのお知らせとなりました。

さあ、呑気に綴っていますが、明日の応援も睡眠0時間で参らなければなりません(当直週です)。でも、大丈夫ですよ。午後8時から、3時間は眠れます。応援の為に、今から眠りますと記して、閉じましょう。

 

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真夜中でも花遊びと応援の日々はじまり・・

2009年7月19日天気は雨

 昨日から、我が母校野球部が勇躍2回戦から夏の予選に登場しました。友人とご近所の長老達と一緒に高砂球場へ応援に参りました。結果は、6対1で8回の裏の攻撃で、走者一人を置いて、1番バッター(主将)がレフとスタンドにホームランを打ち込み、8対1でコールド勝ちとなりましたね。

 我が校のエースは、昨年の春の大会で、2年生ながら強豪私学校を連続完封して、一躍兵庫県下に名を轟かせましたが、その後は目だった活躍もなく、高校最後の大会を迎えましたね。どれくらい成長しているのかと、楽しみながら応援しましたね。
 この試合は、立ち上がりから制球が悪く、初回から連続四球で簡単に1点を取られましたね。その後もピンチを招くことが多く、相手校の拙攻に助けられていた感じがしました。昨年の春の方が、腕がよく振れていた感じを持ち、成長度が感じられませんでしたね。この夏を勝ち抜くには、このエースが鍵を握っています。この後、どう立ち直ってくれるのかを期待しましょう。

真夜中の花遊び・・・
 さて、身近な草花を楽しむ日々をすごしているのですが、夏は夜に咲く花達や、昼間は少し萎れて咲いている花達の真夜中の元気な姿を塵埃記に残しておきたくなりました。深夜の業務の軽四輪に、デジカメを積み込んで花遊びをしました。
 深夜の業務は、毎日同じ道筋を走らなければなりません。我が地に点々と営まれるコンビニストアーを巡ってゆきます。途中に、早朝から仕事をされる方達のお家に新聞も届けます(早届け)。その時に、村々の細道や農道を走るのですが、ライトに照らされてみごとに咲き誇っている花達なんです。

 先ずは、農家の畑庭の「チョウセンアサガオ」(色々種類があるみたい)なんです。昼間はあまり元気な姿をみませんが、真夜中は、「夜空のトランペット」と言う曲を思い出すほど、確りと咲き誇ってますね。そばのオシロイバナも真夜中の方が元気そうですね。
 続いては、畑の「カボチャの花」ですね。此花も昼間よりは、夜の方が断然に元気ですね。瓜系統の花は、夜に咲くといっても良いかもしれませんね。「ニガウリの花」も鮮やかにライトに浮かび上がりましたから、掲載してやりましょう。
 畑で夜に咲く花と言えば、「瓢箪の花」なんですが、真っ白なんですが、どうもクスぼった色がついてますね(違う種類かなー?)。でも昼間は閉じてますが、確りと咲いていました。

 農道そばの畦道あたりでは、名の知れた「待宵草」ですね。此花も夕暮れから咲きますが、真夜中の方が元気そうに見えますね。また、昼間も咲いていますが、みすぼらしく咲いている「オオマツヨイグサ」ですが、深夜の群舞している鮮やかさは、車のライトに浮かび上がるとついブレーキを踏んでしまうほど、綺麗で見惚れますね。

 最後には、夏の夜に咲く妖花の「カラスウリの花」(旧作品)なんですが、見ごろになると期待していましたが、我が家の裏の池土手に咲く花達は、みごとに刈り取られて整備されてしまいました。夜に他所へ捜し歩く余裕はないですね。
 ですが、本年は昨日の深夜の業務で素晴らしい「キカラスウリの花」を楽しむことが出来ました。毎日深夜に走っている田圃の中にある大きな工場のフェンスに咲いていましたね。真っ暗闇の中で車のライトの光に照らされて、見つけたときは「わおっ」と声が出るほど咲き乱れていました。まあ、我が地で初出会いですから、嬉しさもひとしおと言ったところです。
 また、此花の画像が出来たから、塵埃記を進めようと思ったことも、呑気者の心境でしたね。

 そんなこんなで、まだまだ応援の日々がやってまいります。ベスト16までが、あと2試合、それから4試合勝つと優勝ですね。兵庫は大変ですね。と閉めて・・この記事を閉じましょう。

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暑くなって行く日々を楽しく・・

2009年6月27日天気は快晴で、夏日・・

 全国高校野球・兵庫大会の四回戦までの組み合わせが決定して新聞に掲載されました。七月十一日開幕ですが、我が校は春の県大会の三位でしたので、シードされていまして、十八日からです。暑い応援となり、真夏がやってきますね。

 兵庫の真中も梅雨に入ってますが、雨は深夜に降りましたが、ここ数日は暑い夏日が続いていますね。でもカブで走って仕事をしていますと、陽射しは強いですが、まだまだ風が爽やかです。村から村へ、また小さな集落の細い道路をクルクル回って仕事をこなしています。
 そうしていると、我が地の畑でもあまり見かけないゴボウに花がついていました。あららと畑の中に入って行きデジカメで画像にして遊びました。
 そこで、暑くなって行く日々の仕事中ですが、楽しく過ごしている様子を記して、塵埃記を進めることにしました。

「ゴボウの花」ですが、大草ですね。草丈は小生の背丈を越えてますね。青空をバックに出きるほどですね。種を採ろうとされているのでしょうかね。面白い花ですよね。ゴボウの薀蓄は検索してくださいね。小生は、植物研究を楽しんではいません。ありのままの自然に遊んでもらっているだけです。
 ゴボウの花にも、花言葉があることを検索で知りましたので、面白いことは記しておくことにしましょう。
ゴボウの花言葉・・・「しつこくせがむ・いじめないで・私に触れないで」 

 我が田舎の極身近な所の沿道や畑やお庭でも沢山の花達と遊べますね。小さいところでは、石垣に「ナワシロイチゴの実」が真っ赤に色づいてキラキラ輝いてますね(摘んで食して、楽しみます)。また金網フェンスには、「ヘクソカズラ」が花を付け出しましたね。

 また野池まわりの、樹木に絡んで「タチカモメヅル」の花が素敵な姿に咲きあがっているのを楽しみます。野池の蓮の花は、もう少しと言うところですが、近くに大賀蓮を市が管理して増やしている池があります。咲き出しているとの情報で見に行きました。「本年のオオガハス」と言いたいところなんですが、午後5時ごろの花姿ですね。オオガハスは、早朝から午前中までが、素敵な花姿を楽しむことができますね。小生が、熟睡している時間ですね。まだまだこれから、七月中頃まで楽しめます。午前中に眺めに参りましょう。

 少し離れた山に近い村道では、あまり多くはありませんが、「ササユリ」も楽しめますね。風に揺れていまして、カメラをかまえて風が止むのを待つ小生を遊んでくれますね。
 沢山楽しめるのは、「アカメガシワ雄花」「アカメガシワ雌花」ですね。雌雄異株の樹木だそうで、雌株は少ないですが、雄株は高速道路の側壁から沿道、村のあちこちと沢山眺めることができますね。

 村から村の途中には、田舎の村の墓地があります。墓地に咲く「ネジバナ」です。もう夏模様となっていましたね。あっそうそう、ある会社に集金に行き、会社玄関前に社旗を揚げている小さな芝生がありましたが、ものすごいネジバナが咲き乱れてまして、驚きまして、受付の女子に言うと、「へーっ、ネジバナと言うのですか」でしたね。目の前の自然も、楽しめないほど忙しいのでしょうかね。

 仕事でご訪問する農家のお庭の花達の凄さは、今やガーディニングブームも農家にも押し寄せていまして、小生の知らない花達ばかりで、各お家の花達を集めると植物園と言えるほど楽しむことができますね。デジカメで花画像を作ろうと思うと、膨大な数になり、とても仕事にはなりませんね。

 そこで我が地では、あまり見かけないですが、花がついている庭木の花を掲載しましょう。「アメリカディエゴ」ですね。暖かい地方に旅行した時に、よく楽しんだ花ですね。それから、まだ検索中ですが、「面白い花をつける庭木」を初めて見ましたね(樹名をお知らせ頂くと、感謝です)。
6月29日追記・・上記の樹木の名前は「フェイジョア(フトモモ科)」とお知らせ頂きました。食せる実も成るそうでして、人気がでそうですね。

 お庭の草花では、「ハンゲショウ」は、あるお家の畑庭でしか見れないですね。最後に、甘い香りに誘われて、鎮守の森の神社辺りの「クチナシの花」です。遊んでもらっている呑気者も入れておきましょうです。

 そんなこんなで、暑くなって行く日々でも、楽しく過ごせる方法を記しました(笑)。笑ってやってください、もの言わぬ者達を相手に時間を潰す楽しみを知ってしまいました。心が曇ると、裏の雑木林や田園に行くと、晴れますね・・と落として閉じましょう

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春爛漫・・田舎の花巡り・・

2009年4月10日天気は快晴・・

 素晴らしい天候が続きました。この週末の日曜日から、鹿児島市内・指宿へと旅行します。なんとか業務を済ませておこうと、4月8日から、10日までの3日間を我が田舎をカブでグルグルまわりました。ところが、桜の季節でして、どこを走っても、春爛漫の花模様となってます。「よっしゃーっ、花追い遊びじゃー、仕事は日が暮れてから頑張れば良い。」と上を眺めたり、畦道にしゃがんだり、林道に入ったりで、沢山の花達を楽しみました。

「夕陽に映える桜の木」をダウンロード
 先ずは1日目は桜ですが、満開です。この桜の木は個人のお家のものでして、素晴らしいと眺めました。陽射しの明るい時の真白な桜も綺麗でしたが、帰り道にもう一度、夕日でピンクに染まった桜を眺めました。3日間グルグル我が地の桜を追いまして、NO1の桜だと思いました。

「我が地の桃園」をダウンロード
 2日目は、我が地の桃(やしろの桃)で有名なんですが、毎年に楽しむ桃園です。ここも今が見頃でして、素晴らしいピンクの世界を楽しみました。決して桜に負けていませんでしたよ。

「小野市加古川堤防の桜並木」をダウンロード
 本日、最終日は、お隣町の小野市の加古川沿いを走ってきました。約1.5キロほど川沿い堤防の上に桜並木が楽しめます。まだ桜の木が若いですが、年数が経つと凄い景色になりそうですね。

 素晴らしい春日よりの中を、仕事をしながらですが、色々楽しみました。カブで走っていても、いたる所で春爛漫を見る事ができました。沢山画像にして遊びました。一挙掲載は、アルバムにしてやれとなりました。
 お暇な方は、小生が楽しんだ順番にアルバムにしています。スライドショーにでもして、小生と同じように、我が地の身近な春爛漫の花達をお楽しみください。

「春爛漫・田舎の花巡り4日間・アルバム」

 鹿児島旅行から帰りましても、業務が立てこんでいます。暫くは、塵埃記を更新できそうにありません。鹿児島の土産話も時間的に、文章は少なく、アルバムで誤魔化そうと思います。よろしく、それまで皆さん、春を楽しんで、お元気にお過ごしください。

 4月11日追記です。素晴らしい陽気に誘われまして、身近な春爛漫の三日間を記しましたが、里山の春爛漫を追加したくなりました(篠山近くの里山へ入ってきました。)。春爛漫の4日間に変更します。眺めた花画像は、アルバムに追加しました。

「タムシバ山姿」をダウンロード
 丹波の山々を白く彩る花です。盛りは過ぎていますが、我が地でこの花を楽しまないと「春が来た」とは言えませんね。

「アブラチャン山姿」をダウンロード
 今の季節の里山の中は、このアブラチャンの花がいたる所で満開です。色んなところで眺めますが、小川に咲いているのを上から眺めました。

「山桜」をダウンロード
沿道や公園、神社仏閣等々の豪華な桜も素敵ですが、里山の中での桜の姿も、緑とのコントラストで素敵だなーと、春山風に吹かれて楽しみました。

 小生は思いますね。里山の中は、風や匂いや陽射しまでもが違う感じを受けます。やっぱり山の中が一番かもですよ。

ではでは、明日(12日)の朝の仕事を終えて、鹿児島に出発します。桜島が噴火して、市内は火山灰だらけになってるそうですね。これは、面白い経験が期待できると思うのはいけないことでしょうかね。


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