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義母の旅立ちを見守る家族(身内)を眺めて・・・

2009年・・仕事を終えた深夜・・綺麗な星空でした。

 さて義母が危篤ですでブログを進めましたが、この6日の早朝に旅立ちました。愚妻達の血縁の者達が見守りましたが、その甲斐もなくと綴りたいです。そばでその姿を眺めながら少々思うことが沸きました。

 小生が思うにどうもドラマ性もなく、病院(医療)と言う流れの中で旅立った様に思えてなりませんので、戯言を落としたくなりました。

 義母が入院するきっかけは、どうも悪い咳をしていると言うことで、病院で見てもらおうとなったそうです。病院に連れてゆく車の中では、まだ元気に家族に悪言を発していたそうです。病院の診断では、肺炎を起こしていると言うことで、早々に処置をしてもらったそうです。
 その後事態が急変したそうです。意識がなくなり危篤状態となり、家族(身内)が集められました。愚妻が言うのに、「声をかけると、反応するが苦しそう。」でした。そこで、苦しそうですので、和らげる治療をしましょうとなったそうです。この治療は、家族を亡くした友人達に聞くと最後の治療だそうですね。
 今日か、明日かの酸素ボンベをつけた植物人間状態となりました。家族達は夜を徹して見守る状態ですね。入院2日後、薬が効いたのか小安状態となり、同じような植物人間と相部屋となり、家族が交代で見守るようになりました。相部屋ですからね・・義母に大声で、現世に呼び戻す声もかけられないですね(小生の思い)。

 植物人間になって1週間後でした。相部屋の98歳の植物人間(何日いるのでしょうね)より先に旅立ちましたね。早朝でしたので、テレビモニターを見て、こときれるのを知ったのは兄嫁ただ一人だったそうです。医療が進んで、ほとんどの老人が病院で亡くなる時代となりました。数年前の田舎で、小生が送った両親の旅立ちを少し記して、対比させましょう。

 寝たきりになって在宅で介護していた母(88才)が、食べられなくなりました。弱っているからと、近所の馴染みの医者に来てもらい診察してもらいました。とりあえず病院へ行きましょう。病院では点滴等々で、元気になります。また在宅介護と言うことで戻ってきます。そんなことを繰り返しました。最後の時は、医療食事の流動物的なものも食べられなくなりました。また馴染みの医者に見てもらいました。「明日、病院へ連れて行ってください。」でした。

 愚妻が介護していると、「お父さん・・お母さんが・・」と叫びます。すぐに母の元へ行きまして、「おーい、おふくろっ・・」と声をかけましたが、目をあける様子がありません。少し息は、しているようですが眠ってしまって、旅立ちそうなのを感じました。すぐにご近所の医者に電話しました。医者が駆けつける間、小生と妻と息子とで、母を励まし続けていましたが、小さく「あっ・・」と言ったような気がします。この時にことが切れていたのでしょうかね。医者が来て、色々診察して、時計を見て、「ご臨終です。」でした。

 病院で亡くなる、家で亡くなるの平民の単純な対比ですが、小生は亡母の最後の、「あっ・・」と言ったような言葉の続きを、ドラマ性に考えってしまって、なんと言いたかったのだろうと・・どんな風にも続けられるような気がしています。母の感謝の言葉としてなのか、また小生達への忠告の介護の反省も浮かびます。

 世風への思いのカテゴリーにしましたから、思いを少し綴ります。義母の場合は、機械的、効率的に最善の処置となったでしょうが、人生の最後のドラマ性が医療に頼ってしまっていて、最後を看取る家族達も心が成長しないと言うか、人間の最後はこんな味気ないものなのかと感じてしまいますね。老人達の最後は、テレビモニターのピコピコした動きが止まるのを待っている家族達と言う世風を感じますね。

 義母の葬儀も、もう一般的になりましたね。市が運営する斎場でのお通夜、葬儀をなってゆきます。これは皆さんよくご存知な形式ですから記す必要もないでしょう。しかし小生は思いますね・・なんか「死にましたよー。」と言う披露宴みたいな感じも受けますね。現在の世風的、効率的には素晴らしいのでしょうね。

 小生の亡父や亡母は、我が家に棺おけを置いて家族(身内)で飲み明かし、お通夜、葬儀の前にご近所の皆さんの気づかない内に、旅立った者を棺おけに入れて、こっそりお寺に家族でかついで運びました。
 テレビや映画で見る皆で並んで、棺おけを担いでの野辺の送りとまでは行きませんが、こそこそ運ぶと言うドラマ性は感じましたね。お寺に預けた時点で、もうお別れ・・仏様ですね。

 そんなこんなで、文章をまとめようとする時間もなしに、思いのままにキーを打ち続けました。義母の死を眺めて、また人の心が淡白になってゆくような気がすると落として、明日からの式に備えて、眠ることにしましょう。

 追加で、物心が突き出した孫も式に出ます。義母の死を知ることはないでしょう。息子の時もそうでしたが、愛犬が亡くなる瞬間を家族(小生と妻と息子)で送りました。愛犬が最後に「クワーン」と悲しく泣いたのを聞かせました。死の尊厳を知るのは、そんな瞬間しかなくなったのかもしれませんね。もう寝よう・・

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コメント

この度は ご愁傷様でした

私も 母を12年前、父を2年目に見送り この9月に母の13回忌と父の3回忌の法要を致しました
母は80父は90と齢を重ねておりましたので止む終えないと諦めもつきましたが、近しい人を送るのは寂しいものですねェ~

投稿: アナログ親父 | 2009.12.09 20:02

呑気様 こんにちは
人の死の看取り方、仏の見送り方について、呑気様の感じ方は、尤もなことと思いました。

>人の心が淡白になってゆくような気がする・・・・卑しくも人が亡くなるのに際して、病気の最終段階近くから、機械的な流れに乗せて、あたかも「処理」されて行くかのようなそんな看病や看取り方、葬り方は真っ平御免ですね。

亡くなった後の告別式や法事の流れも形式的になりすぎていて、「淡白」を通り越して、非人情(不人情ではありませんから・・・)の世界観が広がりすぎましたね。

「死に方」を突き詰めると「生き方」と殆ど根っ子が一緒になります。
まずもって、これから先は粛々とやって行きたいですね。

投稿: ぶちょうほう | 2009.12.09 20:34

呑気さん こんにちは

このたびはご愁傷さまです。
人生の終わりを考えさせられる記事でした。
12年前母を送ったことを思い出しましたが、見送る家族が多いあいだは幸せに旅立つのだろうと(生きてる人間の感想ですが・・)

母を何度も看病している時、自分の最後は寂しいそれこそ機械的な最後だろうとある程度覚悟をしているつもりです。

古希の年に特に最後の時をいろいろ考えるようになりましたね~!

投稿: ryo | 2009.12.10 15:56

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