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良心に問いかけながら生きる清々しさ・・

2008年8月1日天気は快晴。

さて、塵埃記を進めます。もう本年も8月に入りましたね。6月末から月末、月はじめにかけて集金業務を、夕暮れの一時間半ほど田舎風情を楽しみながら散歩がてらにこなしています。また留守番のお婆ちゃん達と月1回のお出会いを繰り返していますが、本日は1日ですから、早々の集金は控えないとで、お休みでのんびりとネット遊びをし様と思います。そこで、戯言を落として気晴らしします。

 深夜に、たった一人で時間に追われて、軽四輪をぶっ飛ばしていますが、最近の諸々の醜いニュースことを考えながら走っている事が多いですね。特に通り魔の多さ、子供達の手本、指導者にならなければいけない教育者達の汚職事件のことですね。「いつの時代にも、人間の世にはあるものよ。」と言ってしまえば簡単ですが、言葉を裏返せば、「そうならば、人の心はまったく進歩していないじゃないか、むしろ豊かさの中で心が後退、汚れて行っているのか、」と小生は考えてしまいますね。そこで、正義感と良心について、小生の拙い思い記そうと思います。

 正義感は、小生の子供頃の映画といえば時代劇でしたね。勧善懲悪の世界の中で、正義の使者達の活躍を描いてましたね。子供心にその勇気と爽やかさに憧れて、正義感は膨れ上がって行ったと思います。小生は、汚れた世を嫌って、さすらいの旅にでた正義感いっぱいの男が、また次の街で悪と戦う旅人に憧れましたね。長くなるから正義感はこれぐらいにして、良心に入りたいです。

 良心は、どの様にして育っていったのだろうと思います。これは親達だけではなく、色んな人との出会いで育ってきた様に思いますね。学校の先生や野球部の先輩や指導者、会社の上司、身近な所では友人の中にも居たように思いますね。小さい頃は、ご近所の爺さん、婆さんからも影響を受けただろうと思いますね。

 自分の過去の良心を振りかえりますに、人間の心は弱いものだと思いますね。青年期に、豊かさに向かう競争社会の中での、自分の自信や傲慢からや、恋心や性欲に負けて、他の人達の心を傷つけてきた事を振りかえってしまいますね。
 しかし、その度に「あっ、悪いことをしたなー、人を裏切り、悲しませてしまった。」と自分の良心に問いかけて、「もうこれからは、しないから、我が良心よ許しくれ」と、少しづつ成長させてきたような気がします。

 なぜ良心を出してきたかと申しますと、通り魔達の逮捕後の言葉に「被害者に申し訳ない事をしました。」や、教育汚職者達も、「子供達に悪いことをした、とり返しのつかない事をしてしまった。」と良心が目覚めた言葉を落としていますね。食品偽装事件もまったく同じですね。
 と言う事は、事件を起す前に良心に問いかけていれば、簡単に防げたと思いませんか。またその自己の良心を大きく強いものにしていれば、諸悪の問題は防げる様に思いますね。

 なんかまた、小生の戯言はまとまりがつかないですが、これからの人類の進歩は、良心の進歩が一緒について行かないと、進歩を続ける科学技術や垂れ流し的な情報世界や、特に兵器なども制御できなくなりますね。制御できない状態が、事件となってニュースとなりますね。大きく強い良心があれば大丈夫ですね。

 では、大きく強い良心を育てる教育ですが、上記に記したように親、ご近所、先生、先輩、上司等々との良心を持ち合わせた人々との出会いで育って行くと思います。子供の頃は、家庭と学校が大半ですね。他人との出会いでは、学校での良心を育てる教育に時間をかけて欲しいですね。先ずは、先生達の強い良心を期待します。

 出会いやお付き合いが出来ない人達が出てきていますが、小生は大変簡単な方法で出来ると思っていますよ。「おはようございます。」と大きな声で挨拶が出来れば、簡単に解消しますね。この挨拶だけでも、良心は育って行くような気もしています。家庭の中でも、出来れば素晴らしいことだと思いますね。

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 正義感や良心が飛び交う世になる様に、これからも時々「正義感」と「良心」との言葉で、諸々の醜いニュースを塵埃記で対決させてみたいです。

 小生だけかもしれませんが、良心に反した行動をとると大変にストレスがたまりますね。逆に良心に応えた行動をとったときは、大変に清々しくなります。良心に応え続ける貧乏暮らし・・ある意味で「正義のさすらい旅人」ですね。子供の頃からの目指す所に来ましたね(笑)。

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