« 2008年3月2日 - 2008年3月8日 | トップページ | 2008年3月16日 - 2008年3月22日 »

昔と変らぬ人力の世界・・

2008年3月14日天気は雨

 小生が新しい人生模様に入ったことは、このブログに記しましたね。もう1ヶ月半が経ちましたね(もう新人に小生の仕事を教えています。)。だいぶ慣れて、仕事の内容がほぼ把握できましたので、その世界を塵埃記に落とすことにしましょう。

 小生の新しい仕事は、新聞屋の業務につきました。一言でいって、昔のままの人の作業だけで、機械化されていない、またされない世界(業務)と言えますね。ですから新聞屋には沢山の人達と色んな業務が必要となりますね。田舎の山間部だから、読売を除いて全紙を扱ってますから、余計に合理化できず、昔のまんまの世界と言えますね。手作業での仕事ばかりですね。

 新聞屋は、配達業務が主力となっていますが、その補助作業と言うのが沢山あります。昼間に沢山のチラシ広告をセットにして、新聞に折り込みやすくしています。これも人力でないとできないですね。沢山の人達(老若男女)がやってますね。またそのチラシセットを配達する人達の部数に分けて完成ですね。機械では振り分けはできませんね。

 さて小生の業務は、数ある配達員の補助業務の中で「落ち配(落とし)」と言うのを主にやっています。業務は配達員達と同じ時間で、午前1時に出勤ですね。沢山の配達員がやってきます。彼ら配達員にはタイムカードはありませんね(小生はあります)。自分の配達する地域の新聞を管理して正確に配達すると言うことだけに集中します。彼らは、午前一時ごろにトラックで大阪と神戸から運ばれてくる新聞を、神戸、朝日、毎日、産経等々とスポーツ紙等を配達する各家の順番にチラシ広告を入れながら新聞を組んで行きますね。各配達員の部数の平均は250部程度でしょうかね(8000軒ほどありますから、人数はわかりますね)。

 その組んで行った新聞にチラシが入ると倍の500部ほどの量(かさ)になりますね。唯一機械化(自転車から単車)されたカブの前と後ろの荷台には積載することができませんね。そこで小生の補助業務が必要となりますね。
 各配達員の積めない新聞束を軽四のバンに積んで、配達員が指定した各地の場所へ素早く新聞の束を置いて行く業務(落として行く)ですね。配達員から「呑気はん、この場所に落としといてー」と頼まれます。深夜に、広い我が市の街から山間部の村へとくるくる回って新聞束を落として行きますね。その落とした新聞束を配達員が配達しながら追っかけて、また次を配達しますね。途中にある田舎でも増えてきたコンビニでの販売の新聞束もお届けしますから、約3時間ほどは軽四のバンで走りまわることになりますね。地域をよく知っていることと記憶力の世界ですね(覚えてしまえば簡単です)。この業務も手作業でないと出来ないですね。他にも色んな業務がありますが、総て手作業となりますね。

 2月から、この仕事を経験していますが、雪や道路の凍結、激しい雨の日はそれは大変な業務となりますね。配達員がカブで転んだ、カブがパンクして配達できない、雨が激しく新聞が濡れてしまった等々と色んな事態が、都会と違って田舎の山間部だから起こってきます。その突発的な事態に対する救急業務も小生の仕事の一つですね。

 小生は思いますに、長閑な我が地でさえ天候で大変な業務となるのに、東北や北海道の雪国、また離島の海を渡る等々の地域の方々に毎日新聞を届けているこの業務の過酷さを感じましたね。
 「そこに新聞を待っている読者がいるから・・」と言う気持ちがないとできないですね。過疎化が進んだ地域などは、昔ながらに少年達が配達して頑張っているそうですね。小生の勤務している新聞屋には、少年達はいませんが、70歳を越える超ベテラン達も頑張っています。小生もコンビニに新聞を届けてますが、「毎日ご苦労様、頑張ってください」と声をかけられると嬉しいですね。軽四で走っていて、カブで走っている配達員に出会います。「こけるなよ。頑張れよ。」と声をかけたくなりますね。

 長くなりました。本日は小生の仕事を記しました。また次の機会には、この仕事から見た我が町や人の営みの面白いものを記したいですね。あっそうだ。深夜に山間部を車で走ってますと、狐や狸とよく出会いますよ。今のところは狐の方が多いですね。立ち止まって小生の車の方を眺める奴もいますね(笑)。色んなエピソードに遭遇すると思います。次回をご期待ください(笑)。では、本日はこの辺で落とします。

 アバウトミーに「新聞を購読してますか?」と言う質問をしました。新聞の将来も気になるところですね。(新聞を購読してますかをクリックすると中へ入れますよ。)

| コメント (5)

素敵な小さなライブ・・

2008年3月9日天気は晴れ

 昨晩は、田舎の滅んでしまった商店街、それも廃業した我が店で素敵なライブが行われました。大変盛況でしたので塵埃記に残すことにしました。
 小生の息子は音楽の仕事を目指していました。今も中学の同級生達(音楽家を目指して夢破れた連中)とバンド活動はしています。高校時代から我が家のボロ蔵でドンチャンやってましたね。そのボロ蔵に集う仲間の中で少し世に売れたバンドがやってきましたね。

「イベント広報」をダウンロード
 加東市が小さな場所で音楽を楽しむと言うとイベントを企画しました。その企画に息子が賛同して、協力した様ですね。
 ポスターには、2月24日から3月23日まで加東市内14ヶ所(20公演)とあり、「そこにはいつも音楽がある」・・(いつでも、どこでも音楽が楽しめる街で生まれ育つことは、それと気づかないうちに心豊かな人生を歩み出しているのではないでしょうか。人と音楽そして故郷を巡る「加東音楽めぐり」ですと歌っていますね。)

「準備をする息子夫婦」をダウンロード
10坪足らずの我が店でライブを行う準備をしている息子夫婦ですね。楽しそうに準備をしてますね。明るく元気ですね。この準備をしている時には、初孫を小生夫婦が守をしていました。若者達の応援ですね(笑)。

「色んな機材」をダウンロード
我がパソコン場所に、息子が目指していた音楽の裏方の仕事(専門学校にも行きました)を持ちこみましたね。大きなスピーカーから小さなスピーカーまで店内に取り付けてましたよ。今はリフォーム中心の電気屋勤めですが、この仕事がしたかったのだと思いましたね。

「ジェイムス ライブ」をダウンロード
若い頃に我がボロ蔵に、神戸からよくやって来ていた清水アツシ君がリーダーのバンドですね。彼らの目指す音楽は「ジェイムスが歌う人生の応援歌~一杯ひっかけて明日も笑え~」で「神戸のヤングブルースメン」とチケットにありますね。
 彼らのライブをお店の裏の座敷で、壁が音で響いている所で、孫と愚妻と一緒に楽しみました。小生達にもよくわかる音楽でして、若者達への人生の応援歌が理解できて、「頑張ろうじゃなしに、庶民の人生を楽しもう」と言う明るさを感じましたね。

そんなこんなで・・観客は30人ぐらいでしたが、狭い場所で皆さん肩を寄せ合ってリズムに合わせて楽しんでおられましたね。商店街の70歳を越えた方達も混じって楽しんでましたね。

 小生が思いますのに、現在の若者達を教育すると言う傲慢さより、大変な時代を迎える若者達を応援してやろうと思いますね。マスコミの若者達の荒んだ報道は規制すべきだと思いますね。田舎ですが、昨日我が店に集った若者達が本当の姿だと思いますね。仕事、仕事に追われて家庭を守って行く若者達がほとんどだと思いますね(これは、今も昔も変りませんね)。

 演奏後、ジェイムス達と息子達が夜遅くまでお店で飲み明かしていましたね。彼らが「この田舎の心優しい人達と、また楽しみたいなー」と、仲間を集めて次回演奏をしたいと言ったそうですよ。

 「優しさ、気さくさ」・・若者達が求めているものかもしれませんね。小生の新しい仕事場にも若者達が居ます。悩みがあるのか明るさが少し欠けますね。なんとか応援して、明るく元気な職場にする楽しみが、小生のこれからの目標かもと、この演奏会で決まりましたね。

 あれもいけない、これも駄目・・・若者達はどこへ行けばよいのでしょうね。もの凄いスピードで世の中が変化しています。過去の時代の「こう人生は進むべき」と言うのは出世やお金持ちや安定を目指せですね。そんなものの中に、優しさや謙虚さは生まれ難いですね。仕事が厳しいのはいつの時代も同じですが、人生は各個人のもので自由ですね。そのあたりに若者達への応援歌が生まれるような気がしますね。

 今の世は、なにか競争社会が作り出してきた見難いものが一揆に噴出してきている様です。激しい競争はリーダーやプロ世界にあるもので、庶民は「助け合い、励まし合う」と言う世界を作る方が良いですね。若者達は素早く感じとっていて、色んな分野で発信していると感じますね。政治家やリーダー達やマスコミあたりも庶民を見つめてなく、まだわかっていないような気がしますね。

まとめ様とキーを打ち続けましたが、変な方向に行ってしまいました。まあこれが呑気の塵埃記ですね(笑)。

「小さなライブハウス」をダウンロード
お店の中は超満員で熱気に溢れてます。小生の安物デジカメではこれまで、だいぶ補正して明るくしましたが、駄目でした。廃業したお店でのライブハウス風情です。高級デジカメがまた欲しくなりました。


 

| コメント (3)

« 2008年3月2日 - 2008年3月8日 | トップページ | 2008年3月16日 - 2008年3月22日 »