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蓮栽培の水田の小花

2007年8月8日天気は快晴・夏日です。

 もう夏真っ盛りとなりましたね。少年達の熱闘の甲子園大会も始まりました。でもやっぱり夏は、戦争の終結に伴う悲惨な歴史や悲しみを、暑い陽射しの中でふりかえる季節でもありますね。平和な日本に生息していることに、幸せを感じなければなりませんね。

「蓮栽培の水田」をダウンロード
 そんな呑気者の塵埃記は、やっぱり野花達ですすめますね。田園地帯ですが、休耕田が多いです。色々な畑にされたりしています。中に、お盆で供養花としての蓮を栽培されている休耕田がありますね。その水田で小さな可愛い花に出会いました。

「ウリカワ」をダウンロード
水生植物のウリカワ(瓜皮)ですね。

 蓮の大花や大葉に目が行きますが、ゴソゴソと眺めていますと、小さな3cmほどの真っ白な花が、水面から花だけを出していますね。画像にしたいですが、近写距離20cmに近づかなければなりませんね。小生は靴を脱いで、ズボンを捲し上げて、水田に入って行きましたよ(馬鹿ですね)。
 花姿を見た瞬間に「オモダカだー」と声が出ましたね。でもどうも葉は水の中だし、葉の風情が乱雑でしたね。画像にして、帰宅してオモダカでパソコン検索しました。ウリカワにぶち当たりましたね。水田害草だそうですが、除草されたり、除草剤に大変に弱く、田圃では見れなくなったそうですね。絶滅危惧種2類にされている県もあるようですよ。まあ詳しい事は、ネット検索で楽しんでくださいね。オモダカ科だそうです。道理で花はそっくりですね。

「オモダカ」をダウンロード
昨年の画像ですが、「オモダカ」です。後ろの葉が面白いですね。

 此花はまだ咲いていませんね。稲穂がつく頃に、休耕田で沢山咲きあがる所を知っています。小生はオモダカは、葉が大好きなんですよ。上下左右の表示に、画像で使いたいような矢尻の形に見えてしまいますね。オモダカの詳しい事も、ネット検索で楽しんでください。呑気者は、もう頭で覚えるのは名前だけにしていますよ。パソコンがあれば、即座に薀蓄を知る事が出来ますよね。

 そんなこんなで、暑い夏も極身近な野花達に、遊んでもらう事にしましょう。

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Goo潮が引いて行くのを、眺めています。

2007年8月2日天気は晴れのち曇り。

 さて、Gooの閉鎖ですね。先ず思いましたのが塵埃記ですね。ゴミやチリの戯言ですが、ネットの中へ垂れ流した自己の思いですよね。
 人生の中ではわずかな期間ですが、日記らしきものを綴ってきていなかった小生にとっては、小さなネットの歴史ですね。

 たまにですが、昔の書きこみを眺めて、「あらら、こんなことを記していたのかー」と笑みがこぼれますね。
 今、塵埃記の居場所探しをしていますが、小生のプロバイダーであるニフティーのブログにのんびり移転させています。プロバイダー料金を払っているから、一番安全な場所だと思ったからですね(以前から、少しづつ投稿して、いつ移っても良い様にしていました)。

 Gooの塵埃記で残しておきたい戯言を整理してアップしています。もう少し時間がかかります。メニュー最下の「塵埃記をどこへ」で、進行状態はご覧になれますよ(笑)。

 この閉鎖で、色々と交流の乱れやネット遊びを真剣に考えられた方達から、お便りや掲示板でお話しています。

 小生は、この塵埃記でも繰り返して、申し上げていますが、ホームページやブログは発信することが一番大切だと思っています。
 個人の発信は、誰にも迷惑をかけるわけでもなく、どう思われようと関知する必要はありませんね(他の人への中傷や攻撃みたいなのは、ネットマナーからは外れていますからね。論外ですね)

 もう終わりかけてますから、ログについてですが、ネットサーフィンには簡単ですね。でもそのログのネットサーフィンなんですが、我がページのログをクリックしますが、ページは綺麗のなのですが、発信がないページが多かったですね。私は「電信柱に貼りつけてある綺麗なポスターだなー」と「戻る」のクリックを繰り返しましたね。

 皆様の日常の思いの発信は、文章の長い、短いや誤字脱字なんかはまったく問題ないですね(PCの持つ不思議ですね。有名人のページも、PCの打ち間違えが多いですね)。短くてもページ全体の雰囲気から、充分理解できますからね。

 その発信内容からはじまる交流が、少しでも気持ちが分かり合って正しい交流となると思っています。
 私は、のんびりと簡単に「我が地の身近な野の花達」をネットの中へ発信、紹介してやりたいですよね。

 そんなこんなで、お友達の皆さんからお知らせ頂いた移転先は、「お気に入りに」整理しています。呑気の居場所が決まりましたら、呑気に押しかけて、お知らせ申し上げますね。

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ちょっと一休みしましょう。Gooよ・・おさらば・・

2007年7月27日天気は夏日。

 さて、Gooの閉鎖を知り数日が経ちました。ネットのお友達の皆様から、色々とお知らせや、今後のことをご連絡頂いています。心から感謝申し上げます。

 小生は、2001年の3月にSIM系の簡易HPからネットの中に入り、皆さんに遊んでもらいました。その当時の皆さんも、それぞれに居場所を替えられましたが、まだ交流は続いていますよ(激しくはなくなりましたがね)。

 そしてSIM系が閉鎖と知り、即座に同じガイアックス系の「さすらい」(名前に引かれました。)に移転しましたが、なんと三ヶ月後に閉鎖でしたね。個人のホームページを作りましたが、ネットのお友達が「呑気さん、Gooなら大丈夫、お越しになってください。」とお誘いを受けました。管理や交流が楽ですから、皆様のお言葉に甘えまして、Gooの住人となりましたね。個人ホームページは管理が出来ず、なくなりましたね。

 Gooの住人になって、36ヶ月ですね。古くからのお友達の上に、新しいお友達も出来ましたね。楽しい交流が続いていますね。
 小生は、野の花のように、さりげなく、爽やかに交流し様とは、努めてまいりましたが、どうだったのでしょうね。ちょっと戯言が過ぎるところもありましたね。

 Gooの閉鎖で心配なのが、お友達との交流が乱れるのが心配なんですね。三ヶ月に一度、一月に一度、週に一度、三日に一度と交流の度合いはありますが、皆さんそれぞれに、趣味を生かされたり、暮らしぶりや地域の特性をお持ちです。それを「さりげなく」お知らせいただくことに感動していましたね。
 また皆さんが、日記やページで綴られている模様も「民衆の文芸」を感じさす、テレビ等では味わえない楽しみでしたね。私は勉強しながら、和んでいましたね。

 そんなこんなですが、Gooが閉鎖ですね。小生は、塵埃記を綴るのは、Gooのページでは最後にし様と思います。8月のお盆ぐらいまで「ちょっと一休み」して、塵埃記をどの様にするか模索します。
 
 でも、お友達の皆さん、ご心配は無用ですよ。小生のページは、野の花達を追いかける為にあるようなページですから、リンクしている花集め画像は更新します。
 また、掲示板遊びを中心に参りたいと思います。戯言の更新は、一休みしますが、ネット交流にその労力を使いましょう。

「初宮参りの孫」をダウンロード
この25日に、初宮参りした孫です。

 Gooの塵埃記を最後に飾るのは、小生が一番に大切な花だと思っている初孫にします。
野の花のように、「逞しく、さりげなく、爽やか」に成長することを、心から願っている野花ですね。

大好きな・・1人ドライブ・・

2007年7月24日天気は快晴。

 どうやら梅雨もあける様ですね。昨日は素晴らしい青空になりまして、たまらず午前10時頃から、愛車に飛び乗りました。車に乗ってから、海に行こうか迷いましたが、暫く花を追っていませんでしたから、我が地から少し北になる山道や林道をドライブすることにしました。

 頭の中によぎったのは、ウバユリだったのですよ。もう咲いているだろうと行きました。まだ咲きあがってはいませんでしたが、大きくなっていましたね。その小川そばで、ソクズが咲きあがっていることも予想して行きました。ソクズは遊んでくれましたね。

 その後、林道を走ることにしました。我が地の北奥は、国や県が管理している林道が沢山ありますね(林業が主なんですね)。落石や土砂が流れ落ちて通行不能の時もありますから、ほとんど車の通行はありませんね。孤独なドライブとなります。時々、車が止まってしまったら大変なことになるなーと思いますよ。

「サワオトギリ」をダウンロード
サワオトギリです。一株だけ咲いていました。

 林道は標高が少しありますので、素晴らしい景色を眺めながら走ります。その途中に、水が湧き出しているあたりを、歩いて花探しをして楽しみます。
 サワオトギリに出会った時は、嬉しかったですが、崖の斜面でした。雨後でしたので、落石が心配でした。なんとか素敵な画像にし様と遊びましたが、足元が悪く滑り落ちますから、凄いピンボケの数を作りました。その内のピンボケの1枚ですね。

「清流で遊ぶ子供達」をダウンロード
山間の綺麗な川で遊ぶ山の子達ですね。

 林道を抜けてから、山間の風情を楽しもうと、もう少し奥の千ヶ峰の麓まで走ることにしました。ガソリンスタンドもコンビニなどもない、昔のままの山間の村や清い川を楽しみましたね。
 その川で、夏休みに入ったのでしょう。兄弟でしょうか、川で遊んでいる姿を眺めて、懐かしい子供の頃の自分の姿を思い出しましたね。
 小生は、夏は朝から夕暮れまで、フンドシ一丁で川にいましたから、郷愁をそそる風情に、暫し見とれて眺めていましたよ。それにしても清い水の川でしたね。
 もう、我が地の川や池では、子供達は遊ぶことは出来ません。昔の川は、虫達や魚達でいっぱいでした。ああー懐かしいです。

 そんなこんなで、「1人ドライブ」(メイン画像下)をアルバムにしました。走り撮っていますから、総てオートにして、パチリパチリやりましたので、ピンボケ画像ばかりですが、林道、山間、青空、花達と私が楽しんだ行程を掲載しました。
 お暇な方は、ご一緒にドライブを楽しんでみてください。

 我が地からは、千ヶ峰の麓辺りもサット走ると1時間以内のところですね。それをのろのろ林道や山道をドライブです。帰ってきたのが午後の4時でしたね。

この歳になって、初めて知るお花・・

2007年7月19日天気は晴れ。

 この17日に、母校野球部の夏の予選の初戦(シード高でしたから、2回戦)がおこなわれましたが、投手陣が乱調で10対4と敗れ去りました。小生の夏の応援人生が、あっという間に終わりました。少しの間、沈殿状態になります。野球の話はこれぐらいで、好きなお花の話で塵埃記を進めます。

 小生は、ごく身近な野花を楽しんでいます。人里近くの里山沿道や田園の野や野池で花達を追いかけています。ありふれた花達ですが、季節を追って咲きあがります。その種類の多さに驚いています。また初めて見たり知る花達も沢山咲きあがってくれます。まあー、小生が見逃していると言うのが正しいでしょうね。

「ゴボウの花」をダウンロード
野菜のゴボウ(牛蒡)の花です。生まれて初めて確り見ました。

 田園の畦道に大草が一本、草丈1.5mほどになっていました。花をつけましたが、何の花かわからずに検索中として、放置していました。
 小生は、草名しか記しません。何科の草だとか詳しいことは、皆さんがネット検索や植物図鑑で正しく楽しんでもらおうと思っています(自信がありません。また間違っていたら、お知らせ頂くと大変嬉しいです)。私も植物関連のネット検索やネット徘徊を楽しみながら、草名を見つけることが多いです。
 このゴボウの花も、あるページで見つけて、「あらら、ゴボウの花だったのかー」ですね。
 でも、野菜の花だとしても、名前がわかると嬉しいものですね。「名前を知る」・・花を追う楽しみの一つだと思います。

※夕暮れに追記します。ブログやHPなどの題名に草名を記されています。色んな検索機能に掲載されることになります。小生は、大変怖いことだと思って、あえて草名をメイン題に出来ません。私はお遊びで、自信の欠片もありませんから、ひょっとしてのご迷惑を考えてしまいます。恥ずかしいですが、ゴボウの花も初めて知って、子供の様に喜んでいるだけなんですよ。

ゴボウ(牛蒡)検索の抜粋です。
●主根や葉柄,若芽などを食用にするのは日本だけだそうです。
●中国東北部からシベリア、北欧にかけての広い範囲が原産地と言われています。日本には野生種は自生していません。

 上記のような記述よりも、食材としてのゴボウの歴史をネット検索で楽しまれることを、お勧めします。日本だけで、食材として発展してきた素敵な歴史を持っていますよ。

「アリノトウグサ」をダウンロード
アリノトウグサの花です。初めて見ました。

 少しマニアックですが、この草も身近な野池土手で咲いています。今の季節だと、大花ならノギラン、ユウスゲ、オカトラノオ等々が咲き、目に飛び込んできますが、その他の大草達の間に咲いていましたね。この草名も、ネット検索で「植物園へようこそ」と言うページで知りましたね。
 小さいですよ。草丈20cmで、花は1mmほどで沢山つけていますね。

ネット検索の抜粋ですね。
●アリノトウグサは北海道から南西諸島、東南アジアに広く分布する小型の多年生草本。草丈は花序を含めて高さ20cmほどで、7月から9月に小さな黄褐色の花を付ける。この小さな花を茎にアリが登っている状態に例え、アリノトウグサの名がついた。

 アリノトウグサは、草姿はズート見ていたと思います。でもこの様な花をつけた状態を初めて見ましたね。

 野菜達や小さな草達も花をつけますね。ゴボウにしても美しさはいまいちですが、面白い花姿ですし、小さな草達は虫眼鏡で見てやらないと花姿がわからない連中も多いですね。
 しかし、その花姿は面白い造形をしていることが多いですね。ネット検索して、マクロ撮影の画像などを見ると、「おうっ、大花達に負けてないじゃないか」と驚くことがありますね。

 そんなこんなです。台風、地震の被害や母校野球部の敗退で、ちょっと沈殿しています。野に出る心境までは、あと今日一日あれば快復すると思います。呑気者ですからね。

7月の大きな台風が通過しましたね。

7月15日天気は晴れのち曇り。

 ネットのお友達の皆さんへ、台風は無事通過しましたでしょうかね。我が地は、何事も無く通りすぎてくれました。災害と言う災害が、ほとんど無い素晴らしい地域ですので、安心はしていました。
 しかし、人為的な川や水路の増水が心配でした。アッと言う間に流れ、増水する川や水路ばかりになりましたからね。過去には少なかった、川の氾濫や、老人達や子供達が流されて、命を落とすことが増えてきましたからね。今の川はゆとりが無いですね。鉄砲水みたいに流れ増水して、明くる日は、プラスチックゴミが木々にぶら下がるだけで、あっという間に水が引いて通常の川ですね。なぜ、税金の無駄使いでこんな川にしてしまったのでしょうね。呑気な思いです(笑)。

「台風通過あとの空」をダウンロード
近くの里山斜面から見た、今日の空です。

 松坂投手が登板した大リーグ中継、その後のイチローや城島選手が出ている大リーグの試合を、テレビで見ていました。今、一番の楽しみとなってますね。空が明るくなり、じっとしていられなくなりましたが、試合内容が面白くて最後まで見てしまいました。

 午後2時ごろに、たまらず一番近くの里山に入りました。ノギランやトックリバチの巣やユウスゲを楽しみましたが、一番は空でしたね。
 久しぶりにスカイブルーの空を見た感じでした。でもまだまだ梅雨空の雲が元気なようですね。
 夕暮れに、台風のあとの空は赤く焼けるだろうと思って楽しみにしていました。焼けそうな雲はありましたが、まだまだ梅雨の雲が元気で焼けませんでしたね。

 そんなこんなで、呑気に日々が流れています。でも、母校野球部の応援の日々がやってきていますね。今日も試合が予定されていましたが、台風で日程が大幅に変更になっているようですね。友人達が確りと日程を見てくれていると思います。小生は身体を空けておくだけで、大丈夫だとは思ってますね。呑気者ですよね。

歴史を塗り替える為に、神に選ばれた男

2007年7月11日天気は雨。

 大リーグのオールスター戦を、一球一打見逃さずに楽しみました。見たい映画をテレビで見たり、好きなスポーツをテレビで鑑賞する時は、食い入る様にしてみますから、店を閉めていましたよ。

 大好きな、尊敬しているイチローが大リーグのオールスターでMVPを獲得しましたね。彼の実力からして、7回も連続で出場しているから確率的には可能なことだと思いますね。
 しかし、あの怪物達がのし歩く、また星の数ほどスター選手がいる大リーグの人気者達の頂点と言えるオールスター戦での、最優秀選手(NO1)ですよね。

 どのような打撃をするのか、雰囲気や仕草を見逃さずに楽しみました。三本のヒットを打ちましたが、イチローの打撃そのものでしたね。小生は、ホームランを狙っている打撃だなーと感じました。
 2打席目のポテンヒットも、ホームランを狙っていて、変化球で泳がされたのをテニスラケットの様にひらったのだと思っています。(オールスターは、変化球が少ない)

 ただ、オールスター史上で、初めてのランニングホームランと言うのは、イチローが大リーグの歴史を新しく塗り替えて行く星の下に生まれている選手だと思わざるを得ませんね。
 野球を知っている者からは、幸運なランニングホームランにしか見えないです。あの、フェンスへの打球の当たり方は、予想できないですね。
 イチローはホームランを狙っていて、入ったと思って走っていたそうです。一生懸命には走っていませんでしたね。でも、結果は、大リーグオールスター初のランニングホームランですね。
 イチロー自身もランニングホームランは、自分の野球人生で初めての経験だといってましたね。小生は、イチローはそんな星の下に生まれてきたと、瞬時に思いましたね。

 今の大リーグでNO1投手のサンタナが言ってましたね。「イチローがホームランダービーに出たら優勝する可能性がある」と、そんな風に「打てば、ホームランバッターにもなれる」と見ている大リーグの投手からの彼の実力のことを耳にします。

 そんなことを総合すると、彼は謙虚に野球に取り組んでいるのだと思います。ホームラン30本以上より、もっとベースボール(野球)の奥は深い、そこを目指しているのでしょう。ある意味で、自分自身を大変謙虚に見つめていることかもしれませんね。

 世界のベースボールの歴史を塗り替える男として、神にも選ばれているのだろうと、今日の大リーグのオールスター戦で思いましたね。

 イチロー選手が、大リーグ選手達の中でも一番日本人の体系に近いですね。その体力で、怪我もせずに大リーグの凄い試合数をチームの為に、こなして行くのですからね。

 日々の陰の努力の凄さを知っているのは、神様だけかもしれませんね。神に選ばれた男だと見えるのは、小生だけではないと思いますね。

 「野球の神様よ、イチローはたゆまぬ努力をします。見放したら、呑気は、神に対して怒りを発しますよ。」・・・・イチロー選手が、世界の野球の頂点に上り詰めたことで、怪我などしないようにと心配が沸きあがりました。
まだ、塗り替えなければならない歴史がありますからね。

面白い造形の花を持つガガイモ科・・

2007年7月8日天気は快晴。

 鬱陶しいお天気が続き、少し離れた里山までは楽しめませんが、愛犬と近くの野池辺りは雨が上がると歩いています。

 メイン画像に掲載しました。スズサイコが咲きあがりましたね。この花には、思い入れがありますね。最初に出会った時は、何の草の種かなーと眺めていました。蕾のようなのですが、開いた所を見れませんでした。

 昨年の今ごろの季節に、早朝に歩いた時に、花姿を見ましたね。花の造形が面白いので、PC検索でもすぐにスズサイコだとわかり、ガガイモ科だと知りましたね。

 ガガイモ科の花達は、面白い造形や色を持ってますから、総て昨年の画像(まだ咲いていないものもありますから)ですが、小さくして並べてみますね。

「スズサイコの花」をダウンロード
スズサイコ (鈴柴胡)です。

 本年のものは少し赤い色を持っていますが、花姿はこちらの方がよくわかりますね。検索での抜粋を記しましょう。
●「鈴柴胡」名は、蕾の形が鈴に、全体が柴胡(漢方薬)に似ていることから。日当たりのよいやや乾いた草地に生育する多年草。茎は細く、直立し、茎の先や上部の葉腋から花序を出し、集散状にまばらに花をつける。夜の花で、日差しが弱くなる夕方に開き、朝、日が当たる
と閉じる。 絶滅危惧種になってる県もありますね。

「タチカモメヅルの花」をダウンロード
タチカモメヅル (立鴎蔓)です。

 此花は、本年も出会っています。メイン画像にしましたね。色んな野の花を見ますが、こんな色の花はこの蔓だけですね。私はレンコン池のそばで見ますね。検索の抜粋を記しますね。
●近畿地方以西の山の日当りの良い湿った草地に生える。茎は初め自立するが、長く伸びると上部はつる状になり、他の植物などに絡む。茎には毛があり、長さ40~100cmになる。

「イケマの花」をダウンロード
イケマです。イケマはアイヌ語が語源で、「根の太い蔓草」あるいは「神の足」という意味だそうです

 本年もボチボチ咲いているだろうと思います。咲く場所を知っています。見に行きたいです。この花には、大きな蜂がやってきます。スズメバチの男の人の親指ほどのものを見たことあり、立ちすくんだ想い出もありますね。検索の抜粋を記しますね。
●北海道~九州の山地に生える。葉は長い柄があって対生し、卵形で長さ5~15cm、先はとがる。葉のわきに6~10cmの長い柄を出し、小さな花を多数つける。黄緑色の花冠は深く5裂して裂片はそり返り、白い副花冠がめだつ。

「ガガイモの花」をダウンロード
ガガイモ(がが芋)です。ガガイモ科の本家本元ですね。

 此花は、まだですが畦道や雑地や里山の低木のガシャムシャとしたところに、真っ白に染めるほど花をつけますね。実も面白い造形ですね。実が割れて風に乗せて種子を飛ばしますね。検索を抜粋します。
●ガガイモは地中に伸びた根から地上茎を出して広がる。特に顕著なイモを形成するわけではないが、ガガイモの名前がついている。和名の由来はどうもよくわからないらしい(ガガとはスッポンのことで、葉の形がスッポンの甲羅の形に似ているからという説もある)。ガガイモは傷付けると乳液を出す。

 皆さんいかがですか?ガガイモ科の花達は、野趣いっぱいで面白いですね。園芸花で見かける、皆さんご存知の、トウワタやフウセントウワタもガガイモ科ですね。面白い造形の花をつけますよね。

 そんなこんなで、大好きなスズサイコ(夜に咲く花です)が咲きあがってくれましたので、野のガガイモ科を揃えてみました。

チョウトンボ

2007年7月3日天気は快晴。

 もう半年が終わり、本年も7月に入りましたね。小生は、楽しさもありますが、少し忙しくなる一月になりますね。毎年恒例(夏の高校野球県予選)の母校野球部の白球を追いかける少年達の応援の日々がやってきますね。
 本年の母校の実力は、昨年の秋から練習グランドの大改修(まだ完成していません)をおこなっていまして、練習量が足りないと言う報告を受けています。でも兵庫の内陸部では、強豪校として名を馳せています。本年もシード校ですので、ベスト8までは勝ちあがって、出来れば優勝を目指せですね。応援が楽しみです。

 さて、7月最初の塵埃記は、「チョウトンボ」で進めることにしました。初めて、間近で見ることが出来たからですね。我が地では、里山深くの野池や蓮根池で見ていました。有名な大賀蓮を増やしている池では、飛んでいませんね。

 この季節になると毎年楽しんでいました。ひらひらと蝶々の様に優雅な姿で、池上を飛んでいます。また、池の中から突き出た枯れ木や草に止まります。飛んでる姿はとても画像に出来ませんし、池の中までジャブジャブ入って行くことが出来ませんから、間近で見ることが出来ませんでした。キラキラと輝く翅が大変に気になり、いつかは確り見たいと思っていました。
 小生は、野花達や木々もそうですが、動物や昆虫達も手で触ったり、網で取ったりはしません。眺めるだけと心に決めています。

 本日は、雨上がりに野池に行きましたので、草陰で雨宿りをしてくれていまして、近写(20cmの距離)に成功しました。触ることはしませんでしたが、たぶん手で掴めましたね。

「チョウトンボ」をダウンロード
チョウトンボです。金属光沢の強い緑青色の幅広い翅姿を、角度を変えながらキラキラ感を楽しみましたね。

 ネット検索で、「チョウトンボ」を色々と楽しみましたね。抜粋しますね。
●飛ぶときに時々チョウのように翅をヒラヒラさせる。だからつけられた名だそうです。
●本州から九州までの、おもに平地から丘陵地のヨシやガマなど草丈の高い抽水植物がよく茂った、池沼に生息する。絶滅危惧種に指定されている県も見うけますね。

 チョウトンボを掲載されている方達の中から、面白い記載がありましたので、ここに紹介しておきましょう。
●古事記で日本を「大倭豊秋津島」と名づけています。秋津島のアキツとはトンボのことです。日本は太古の昔から、トンボが群れ飛ぶ国だったのでしょうか。環境のバロメーターでもあるトンボが、これからも群れ飛ぶ美しい国であってほしいものです。

 小生も、川や水辺に生息するヤゴやその成虫のトンボは、環境のバロメーターであることは、知っていました。野歩きで、カエル達と同じように気にして眺めています。
 チョウトンボが、本年も元気に舞っている姿を見て安心しています。でも他のトンボよりは、個体数が少ないですね。

 夕暮れに追記です。画像錯覚に陥らない様にしてください。チョウトンボの大きさを記したページが少なく、探しました。
腹長が25mm、大きさは35mmから41mmと言うページがありました。
3cmほどのトンボが優雅に舞っているのを眺めているだけですよ。小さく脆い自然なんですよ。

戦争を知りすぎている子供達・・

2007年6月29日天気は曇り雨。

 本年も半分が終わろうとしています。本日も、天候が悪くて動けずにいます。そこで、ネットのお友達のページに入って、日記や随筆を楽しんでいます。

 あるお友達の日記に、与謝野晶子の「君死にたもうこと勿れ」の詩と、「戦争反対」を記されていました。私は単純に触発されまして、掲示板に「戦争を知らない子供達」についての戯言を記してしまいました。塵埃記に、その戯言を簡単にまとめてみたくなりました。

 私達は戦後生まれでして、まったく戦争を知らずに育ったと言われていますね。多感な青春時代に、フォークブームで「戦争を知らない子供達」(作詞は北山修、作曲は杉田二郎)の歌がヒットしましたね。

 私達は、当時の大人達から、「髪の毛を伸ばして、女の子みたいで軟弱で、好き勝手なことをしている。それが出きるのは、俺達が戦ったお陰だ。軍隊も知らないで、戦争反対なんて、考えが甘い。」と言い放たれましたね。

 あるテレビ番組で、この歌を歌いつづけている杉田二郎が、北山修を代弁して、「彼は、世界中の子供達が戦争を知らない世がくることを願って作った、希望の歌だ。」と、解説していまして、私はハットなったのですよ。

 なぜハットなったかと言うと、地球規模で物事を考えると、私達はとても「戦争を知らない子供達」などと言えないですね。「戦争を知りすぎている子供達」となりますね。

 ベトナム、湾岸、イラク、アフリカ内戦等々と、地球大戦争の真っ只中で生きていることになりますね。テレビのない時代の子供達よりも、無駄死に、悲惨さ、虚しさ、怒り等々の殺戮現場を余す所なく目にして、知るところとなってますね。また、今も銃を片手にして歩いている子供達が世界中に、沢山いますよね。バーチャルですが、私達は同じように戦争を経験していますね。
 
 日本だけのことを思っても、地球上の戦争を知らない子供達なんていませんよ。全世界の子供達が戦争を知らない世が、早く来ることを願ってやみませんね。小さく物事を見る輩達を、北山修はクスット笑っているかもしれませんね。
 先の愚かな大戦も、言論統制をなくしてや政治家の正義があって、庶民が亡くなっている戦争を確り報道していれば、犠牲者は極小になっていたでしょう。私達は、「嘘の報道を知っています。」からね・・嘘や誤魔化しだけは避けてほしいですね。庶民にとって戦争は、それが死ですからね。

 馬鹿が、「実体験を知らないじゃないか」と言うかもしれませんね。それこそ、私は大反対です。実体験以上のものを、もう見たり知ってますよね。愚かな歴史も知ってますよね。だから「風化させては行けない」と、叫んでいるのは、そこなんですからね。実体験は、死ですよね。自分が生きていてもまわりは死です。それが戦争です。なにも見ない死の方が楽かもしれない(殉死、特攻隊ですね)、それが戦争ですよね。

「キキョウソウ」をダウンロード
キキョウソウです。

 戯言に何の関係もありません。別名にダンダンギキョウ(段々桔梗)とありますから、おうっなるほどと言う花が咲いてましたね。

 人は争うことが好きな様ですね。DNAにインプットされているのでしょうかね。この日本国や身近な地域社会を見ても、政治や経済や人々交流(格差)も、戦争とまでは言いませんが、争っていることは確かですね。寂しくて、悲しくて、残念ですね。
 争いは、スポーツの世界だけにできないものでしょうかね。

繊細な日本野球の真髄・・錯覚(イリュージョン)

2007年6月24日天気は雨。のんびりとした一日です。

 本年の大リーグベースボールは、大変に面白くて日本人選手の活躍を応援しています。ここの所に来て、桑田投手が活躍し出しましたね。そのことについて塵埃記に戯言を記してみたくなりました。

 桑田投手は、「イリュージョン(錯覚)」と言う言葉を使いましたね。投げるボールの速度の変化と、コースへの変化の錯覚を利用して打者を討ち取ろうしているようですね。これは、ある意味では、野球の古典的な基本技能だと思いますね。速い直球と遅いカーブ(変化球)の組み合わせですね。

 小生は、投手の経験がありませんから、投手がどの様に打者に対して錯覚を使うのかは、詳しくはわかりませんが、打者から見てその錯覚を利用されない方法は、よく考えました。

 打者側からの錯覚ですが、昔に川上選手や王選手が「ボールが止まって見える」と言っていましたね。不可能な様なのですが、錯覚では可能なんですね。
 速度200kmで走っている新幹線を、同じ速度で横を走れば、止まって見えるはずですね。逆走すると200kmの速度がもっと増すはずですね。
 バットスイングが速い選手は、ボールを呼びこめますね(打ちに行くのじゃなくて、ひきつける感じですね)。止まって見える様にする瞬間動作が可能になりますね。恐らく、イチロー選手(超一流選手達)はそれが簡単にできるのでしょう。(動態視力の凄さもありますね。)

 私はこれが野球の投手と打者の錯覚の基本だと思いますね。キャッチャーが、直球のサインを出していて、カーブが来るとなんとか捕れるそうです。逆にカーブのサインを出して、直球が来ると捕れないそうです。凄い錯覚が起きているのですね。

 岡島投手や桑田投手は、その遅いカーブ(変化球)が来ると打者に予想させているのですね。それほど速くはない直球ですが、打ちにくいとわかりますね。
 反対に現時点では、松坂投手や井川投手は直球を予想されて、甘い変化球をひらわれているのでしょうね。しかし彼らも、甘い球を少なくすると充分に活躍すると思いますね。
 まあ一番打ち難い球は、速い直球ですからね(呼びこみ難い)。また錯覚は慣れがやってきますからね。

 こうやって考えて見ますと、野球(ベースボース)の打者と投手の駆け引きは、チェンジアップ、ホークボール、ツーシーム、フォーシーム等々と、打者は直球を打つぞと見せかける誤魔化し合いのスポーツとも言えますね。
 投手はフォームからも誤魔化(錯覚させて)してきます。ゆっくりしたフォームから、ビュット速球や、速球を投げる様に腕を振って、変化球ですね。打者が三割打てば上出来なのは、よく理解できますね。

 桑田投手や岡島投手の活躍は、繊細な日本野球の真髄ですね。他の日本人選手の活躍も期待したいですね。でも大リーグは、怪物達(何億と稼ぐ)がのし歩く世界ですね。詰まってバットが折れていても、ヒットやホームランと言う怪物達ですね。その中できらりと光る日本野球のレベルの高さを見せて欲しいですね。

●余談・・大リーグのボールは、縫い目が高くて、皮が硬くてつるつる滑りやすいそうです。縫い目が高いと、指にかけ易くてカーブはよく曲がりますね。つるつる滑りやすいと、ぬくボール(チェンジアップ)の変化は大きいですね。さてさて桑田、岡島のカーブ投手達と(ドジャースのストッパーの斎藤投手も入れておきましょう)、松坂の速球投手と、どちらが有利なボールなんでしょうね。

「ガンビの花」をダウンロード
ガンビの花です。

 野球に、何の関係もありません。ただ里山で咲いています。可愛い花ですから紹介ですね。樹皮は、和紙の原料となり、私達の子供の頃は「ガンビ採り」と言って、山に入っていました。お父さんの「タバコ銭」になっていたのですね。

心が決まりました。清清しいです・・

2007年6月20日天気は快晴・・陽射しの強い夏日です。

 「カエルツボカビ症」を知ったり、1950年代からの人類の発展途上国の豊かさの追求やらで、沢山の植物や生物の種が絶滅していることを、テレビやマスコミ報道で知りました。

 今後50年の間に、今生存している自然界の種が半分は絶滅するだろうと予想されていることも知りました。

 色んな理由があるそうですが、人類は豊かさを追求する生物であり、今後もそれを求めて日々邁進するだろうと言うことも知りました。

 色んな問題が噴出してくるでしょう。経済活動の不備から、格差が広がり民衆が戸惑うことや、貧困も訪れるでしょう。でも人類だけは、生存発展し続けるでしょう。最後は、アメリカの未来映画の様に殺伐とした自然の中で、逞しくパワフルな勝者達の世界かもしれませんね。

 テレビや報道で知った事を記して、塵埃記にまとめ様としました。辞めました。もっと勉強してみたくなりました。色んな自然保護に叫びを上げている学者達が沢山いることも知りました。
 小生も、身近な野花達に遊んでもらっています。じっくり勉強して取り組んで行こうと心が決まりました。

「神社のご神木」をダウンロード
近くの神社の大門横の、大ケヤキです。

 今日の散歩で、仰ぎ見てお願いではないですが、よろしくお願いしますと、氏神様と大ケヤキに呟きました。

 今日も、商店街の皆様が集まり、会合があります。滅び行く中で、どの様に経済活動を続けるかや、金儲けをどうするかに集中する会合となるでしょう。そんなことばかりに、全精力を傾けているのが我々だろうと、日本の国を見て思いますね。色んな政治の話も、金銭がらみや生活をどうするの問題に政治は奔走して、迷走していますね。

 小生も同じレベルで悩んでいました。でも未来の人達(我が初孫)の為に、自然保護の観点からものを言う「意地悪爺さん」になってやろうと心に決めました。まだまだ我が地は、自然豊かな田舎です。住民の皆さんから笑われるだろうと思いますね。
 しかし、馬鹿がいないと世は進まないの言葉もあります。そう思うと心が清清しくなり、老いの道で、田舎で長老となる身だろうと思います。変わった年寄りに見られるか、先読みの凄い年寄りと見られるか、ワクワクする感じを持ちました。

 自然保護の為に、老後活躍(うるさい親父)できれば、本望ですね。

「カエルツボカビ症」を知ってください・・

2007年6月16日天気は晴れ。入梅しましたが、夏日です。

 数日前に、NHKではない民間の夜のニュース番組で「カエルツボカビ症」が日本に上陸と言う内容の放送を見ました。一瞬、背筋が凍るような感じを受けましたね。
 「カエルツボカビ症」のことは詳しくは知りませんでした。でも、アナウンサーが「日本のカエルがいなくなる。危険性がある」と大声で言っていたので、身近な自然を楽しんでいる小生は「うんっカエルがいなくなるー」・・もしもそんなことになってしまったら、私達の子供達(孫)は生きられなくなるなーと思ってしまったからですね。

 それからと言うもの、誰かに、そのモヤモヤを伝えたくなりましたね。幸いに、野草花や自然を愛する古くからのネットのお友達の掲示板に、思いを吐き出しました。
 即座に賛同いただき、お友達はネット検索されて、「大変なことになる危険性を含んでいます。まだ間に合うかもしれない。ネットで啓蒙して行きましょう。」とお返事頂きましたね。

「里山で、干乾びた蛙」をダウンロード
里山歩きで、見た姿です。

 上記画像は、本年の春先に里山を歩いていた時に見た姿です。もちろんはじめて見ました。卵を生みながら干乾びています。↑の「ココログの塵埃記」には、温暖化としての異常を感じると掲載しました。(只今、↑の塵埃記は放置してます。悪戯が続きました。今しばらく、放置します。)

 また、散歩道の野池でも3匹ほどの大きなカエルが、外傷もなく干からびているのを見ています。たぶん、カエルツボカビ症ではないと思っています(そう思いたいです)。
 検索で色々と「ツボカビ症」のことを調べました。大量死するそうですね。またカエルは色んな原因で死んで死骸が出きるそうです。これからは注意深くカエル達を見て、「元気かー」と声をかけてやるつもりです。

 でも、こんなものを見ていましたので、カエルツボカビ症の報道を聞いた時には、うちゃー広がっているのかと心配しましたね。
 検索で・・●カエルツボカビ症は、一度、野外に広がったが最後、それを収拾する手立てはありません。凄い感染力です●・・こんな恐ろしい言葉はありませんよ。私が見た干乾びたカエル達は、違うと思いこんでいます(思いこみたいです)。

 カエルや両生類が居なくなった世界を想像してしまいます。
先ず、農作物は駄目でしょう。天敵がいなくなった虫達にやられてしまうでしょう。農薬だらけの栽培品を食することになるでしょうね。
 食物連鎖の中間に大きく位置しています。その上の鳥達や大型爬虫類も滅んでしまうでしょう。虫達が増えると、野草花や草達もターゲットにされるでしょうね。砂漠地帯の様になってしまいますね。

 皆さん、どんな世界を想像されますかね。砂漠地帯に生存されている方達は生きのびれますが、自然豊かな私達日本人は生き延びることは出来ない世界がやってくるように思いますね。

そんなこんなで・・小生もまだまだ詳しくは勉強していません。でも、学者達の間で「カエルツボカビ症 緊急対策行動計画を策定 」とか、この6月に入って、沖縄でも見つかり、フォーラムや緊急事態発生と躍起になっておられます。恐らくフォーラムで緊急事態となり、マスコミ報道も随時流れてくる様になると思いますね。それで民間のテレビニュースで流れたのかもですね。

 そんなことを鑑みまして、身近な自然を愛する者の1人として、皆さんに「カエルツボカビ症」を知ってくださいと啓蒙したくなりました。
 
 最後に、呑気節です。もう世界では十数年前から報告されています。それなのに、「我が国のお役人達の危機管理のなさ」に、いまさらながら飽きれかえります。エリート達の脳の使い方が完全に間違ってますよ。庶民や子供達の危機管理の方が、数段勝っている様に思いますね。
 ペット輸入の水際で、確り対処していれば簡単なことでしたね。残念です。呑気は怒っています。

木々の葉裏に咲く小花達・・

2007年6月13日天気は曇り。

 相変わらず身近な野山を歩いています。雑木林や里山林道そばの木々の花達も眺めています。エゴノキやニセアカシア、ヤマボウシ、ウツギ系等々、つる性の物ならテイカカズラ、スイカズラ等々と、これ見よがしに目立つように咲き乱れる花達を楽しんでいます。
 またネジキやイヌツゲ、ガンビ等々の小さな小花を咲かせる木々の花達も楽しんでいます。ありふれていますが、例年通りに咲いてくれることが、眺めるものにとっては幸せかもしれませんね。

 さて、葉裏に隠れる様に咲く木々や蔓性の花達が咲き出しました。目立たないですが、可愛い連中ですので、塵埃記に3花ほどですが、掲載して、ネットのお友達の皆さんにも探してもらいましょう。

「マタタビの花」をダウンロード
マタタビの花です。

 山道を歩くと、緑いっぱいの葉の中に白く色づいている葉を見ますね。そちらに目を奪われがちになりますが、葉裏を覗くと可愛い花が咲いていますよ。雄株と雄雌両性の株があるそうですね。両性の花が咲くのも見ています。

ネット検索での抜粋記事ですね。
●マタタビは北海道から九州、千島・樺太・朝鮮・中国に分布する落葉性のツル植物。名前の由来は、疲れた時に甘い果実を食すると「再び旅ができる」との意味であるという。●

「ウリノキの花」をダウンロード
ウリノキの花ですね。

 この木の花も葉裏にぶら下がる様に咲いていまして、近づかないと花と気づかないかもですね。でも一度眺めると、忘れることが出来ない花となりますよ。
 太いマッチ棒のような蕾が裂けて、くるくるカールする様に丸まり、花姿となっていますね。その可愛さに笑みがこぼれますよ。

ネット検索の抜粋記事ですね。
●北海道南部から沖縄に至る低山の林に生える落葉低木です。6 弁の白色の花弁がくるくる巻いています。名前は,葉の形がウリに似ていることによります。●

「ヤブムラサキの花」をダウンロード
ヤブムラサキの花ですね。

 秋の鮮やかな紫色の実で、名を馳せているムラサキシキブ(紫式部)ではありません。ヤブムラサキは小さくて葉裏に咲いて目立たないです。ですから、頭にヤブとつけられたようですね。隠れる様に咲いてますから、見様によっては可愛いですよ(見つけたと言う感じですね)。

ネット検索の抜粋記事です。
●ヤブムラサキは宮城県以南の暖地に生育する落葉低木。ムラサキシキブに似ているが、岡山県ではムラサキシキブよりも普通であり、温暖な地方では、優勢なのであろう。全体に星状毛が多く、さわるとビロード状の手触りがあり、ムラサキシキブとは簡単に区別できる。
 初夏に星状毛に覆われた目立たない花を咲かせ、秋には萼の中から紫色の美しい果実が出てくるが、葉の裏に隠れて目立ちにくい。●

 ムラサキシキブは、里山で見れます。お庭などで整った実で綺麗に咲きあがるコムラサキがありますね。このコムラサキをムラサキシキブと間違われていることが多いと知りましたよ。実は私も、美しさから、お庭のコムラサキをムラサキシキブ、里山の中の乱雑なのがコムラサキとズート思っていましたね。

そんなこんなで、葉裏に咲く小花達を掲載しました。まだまだ沢山の面白い小花達をつける木々があるでしょうね。目立たない花達を、ごそごそ探す楽しみがありますね。今からですと、小さいですがシャシャンボ、キササゲの花を見つけたいですね(咲くところ知ってます。笑)

 愛犬はなぜか、ごそごそ入りません。遊びながら待っています。汚れると愚妻に叱られるからだと思います。反対に小生が叱られています。蜘蛛の巣だらけになり、イバラで服を傷め、汚しますからね(笑)。

年金問題・・小生の場合・・

2007年6月9日天気は雨のち晴れ。

 ネットのお友達から、今世間を騒がせている年金問題で、「呑気さんは、どうでしたか?」とお問い合わせがありました。お返事しましたが、ここで簡単に塵埃記に記しておきますね。

 昨年の10月頃でしたか、「年金加入記録のお知らせ」についてと題して、社会保険業務センターから書類が届きました。簡単に抜粋しますね。

●年金受給年齢が近づいた58歳到達者に年金加入記録をお知らせし、その記録について前もって確認していただくことで、将来の年金の請求手続きを円滑にする為のものです。
※この年金加入記録は社会保険業務センターが基礎年金番号で管理している記録です。そのため、基礎年金番号以外の年金手帳の記号番号で管理されている記録は記載されていません。

●年金加入記録照会票とは
「年金加入記録のお知らせ」に記載されていない国民年金・厚生年金保険・船員保険の加入期間(共済組合等の加入期間は除きます)があるなど、あなたの記録が「確認できない」場合に返送していただくものです。

 簡単に抜粋しましたが、以上のお知らせの中に、年金加入記録がつけられていました。わかりにくかったのですが、じっくりと記録を見つめて驚きました。
 小生の場合は、大学中退後に会社勤めのサラリーマン時代が8年間ありましたね。この期間の厚生年金保険が記載されていませんでした。
 即座に「確認できない」と、加入記録照会票に勤めていた会社の住所と会社名を記して、入社日と退職日を記して返信しました。

 年が明けてから、「年金加入記録のお知らせ」として、厚生、国民と両方の年金記録が記された書類が送られてきました。「確認できた」と○を入れて、返信はがきを投函しましたね。

 小生の様に、ほとんどが国民年金で過ごしてきまして、ごく簡単な年金記録だと思っていましたが、初期の厚生年金が漏れ落ちていましたね。
 結婚するまで会社勤めをしていた女性や、会社を色々と代わられた方は、気をつけられた方が良いだろうと、塵埃記にお知らせとして記しました。

 小生の年金加入記録を掲載し様としましたが、名前や住所がわかってしまいます。ご容赦ください。説明書でご辛抱ください。

 内容は役所書簡ですが、なんか、不明になってしまって、「助けてくれー」と言うような感じも受けましたね。団塊の世代が年金受給に入ります。58歳の小生に来ました。さてさて私達の世代は凄い人口ですからね(また動きまわった連中ですからね)。社会保険庁さんへ、「確り管理してくださいよ。」ですね。
 また、郵送されてきたのも気づかない人達もいるでしょうね(大勢ですからね)。どうなるのでしょうね。

 呑気な思いですが、不明にして、バタバタしても国の方が得するような気がしますね。喧しく言う人達は極少数で、大多数が泣き寝入りすると言う温和な庶民ですからね(ひょっとして大きな策略かもです)。

●年金加入記録は、国民年金が納付済み月数で記されています。厚生年金が加入月数で記されています。小生の場合は合わせて年金加入期間合計が448ポイントとなっています(38年間ですね)。なんとそのうちの95ポイントが漏れ落ちていたことになりますね。年金受給には、どの様に影響するのかは、わかりません(呑気です)。

ササユリ(笹百合)の季節となりました。

2007年6月7日天気は快晴。

 ササユリは、里山では大花の部類に入ります。私が追っている花の中では蓮が大きいですが、植栽や保護されているものしか見たことがありませんから、里の野山では一番大きいと思いますね。ユウスゲよりも大きいと思いますね。

 ササユリが見たくて、昨年咲いた穴場から色んな所を探して歩きます。鮮やかで大きいですから、咲いているとすぐにわかりますね。

 私はササユリよりも、もっと見たい野花があるのですね。カキランやイチヤクソウと言った。小さな花達なんですよ。私は例年のごとく、この辺りに咲くのだがなーと探します。イチヤクソウが、昨年より豪華に咲いていましたよ。

「イチヤクソウ」をダウンロード
イチヤクソウ(一薬草)です。

 例年は、見つけるのに大変でした。本年は別の所で、凄い蕾の塊の草を見ましたから、期待して昨年に出会った辺りを探しました。咲いていてくれました。咲いていましたと言っても、広い里山で合わせて4株ほど見ただけですね。
 花が謙虚に総て下を向いています。私の好きな理由の一つですね。

 検索でイチヤクソウのことを抜粋しますね。
●常緑多年草・・北海道~九州の明るい林中に生える。葉柄のある数枚の葉が根元に集まってつく。葉は卵状楕円形~広楕円形で長さ3~6cm、細かい鋸歯がある。葉脈の部分の緑色が薄く、模様になる。裏面はしばしば紫色を帯びる。葉の間から20cm内外の花茎を出し、3~10個の白色の花をつける。花弁は5枚、雄しべはたくさんあり、雌しべはこれより飛び出して湾曲する。花期は6~7月

●イチヤクソウは「一薬草」であるそうで、薬草として優れているという意味らしい。薬草関係の本で調べてみると、利尿剤として薬効があり、中国では避妊薬としても使われるとのこと。

「ヤマトキソウ」をダウンロード
ヤマトキソウ(山朱鷺草)ですね。ラン科ですね。

 ササユリ探しで、本年はこの花に初めて出会いました。草丈は足のクルブシあたりまでしかありませんね。踏みつける恐れがありましたよ。でも、画像にしてネットのお友達と、早速に花談議しました。即座にお答え頂き、検索確認しました。「こいつが、ヤマトキソウかー」と大変嬉しくなりましたね。
 初めての見た時に、「おうっ、ラン科の風情がいっぱいだなー」と声が出ましたね。

 ヤマトキソウを検索して抜粋しますね。
●名の由来 淡い桃色をした花の色が「トキ」に似ているから。特性 多年草。 山地の日当たりのよい場所に生える。 草丈10~25cm。葉は茎の中ほどにつき倒披針形。 長さ3~7cm、幅4~12mm。
花は茎の先に上向きに1個咲く 淡紅紫色でほとんど開かず、苞葉は葉状。近縁種のトキソウはこれより大形で花は紅紫色、半開して横向き。

 トキソウにも出会っていません。ですが、此花の出会いの嬉しさで、ササユリを一花見つけたのですが、もう花を確り愛でて、素敵な画像に出来ませんでした。

 本日(7日)に、ササユリを再度、確りと画像にし様と、車で五分飛ばして楽しんできました。メイン画像ですね。4日後でしたが、五花見ましたよ。色々な咲き姿を沢山画像にしました。塵埃記にも一枚貼りましょう。

「2007年のササユリ」をダウンロード
ササユリ(笹百合)です。

 この咲き姿が、私は好きですが大きな花ですね。上記のイチヤクソウやヤマトキソウはササユリの葉よりも小さいですね(笑)。

 ササユリの検索の抜粋ですが、大変大切な忠告がありましたので、記しておきます。お花好きの皆さんが、読んでいただくのを願っています。

●ササユリを長期間栽培することは結構難しい。球根を採取してきた次の年は開花するのだが、やがて姿を消してしまう。同じ場所で栽培すると病気になって消滅するらしい。新鮮な土地に定着し、数年間で花を咲かせて移動するのが本来の姿なのであろう。ササユリも野に咲いてこそであり、庭でカサブランカと競わせることは慎みたい。

 ササユリは大きく目立ちます。盗掘やら生け花にと摘まれてしまい、少なくなっていますね。背の低い深緑の笹の中で、鮮やかなピンクで咲きあがる姿が一番ですね。木々の間から流れる風に、その香りを漂わせていますよ。里の山で、大切にしてやりたいですよね。

本年の6月も、ノビル(野蒜)からです・・

2007年6月3日天気は曇り時々雨。

 田園地帯を愛犬との散歩道にしていますが、農家の方達は田植えに大忙しの週末となっています。もう畦道はすっかり刈り取られて整備され、田にも水がはられて、あちこちで田植えトラクターが動いていますね。

 これからは、どんどん成長していく稲を見ながら、爽やかな風に吹かれて散歩することになりますね。
 水田に写る夕陽や、水田を流れる風を見たくなりますね。また稲の成長を促す明るい陽射しと、青空に流れる白い雲も楽しみたいですね。

 昨日の散歩で、整備された農道や畦道の小溝あたりで、刈り残されたノビルを眺めています。ありふれた風情なのですが、小さな花をつけるのを待っていました。今年も小さな花が咲き、しゃがんで眺めて楽しみました。

「ノビル」をダウンロード
ノビルです。草丈は80cmほどでしょう。

 普通は後ろに見える様に、まっすぐ伸びてムカゴをつけますね。この画像は伸びるじゃなくて、イガムですね(笑)。もっと群生していたのですが、刈り取られてしまいましたね。パラパラと残りノビルが風に揺れています。

「ノビルの花」をダウンロード
ノビルの花です。この咲き姿はあまり見ません。全部のノビルが花をつけませんね。どちらかと言うとムカゴだけになるほうが多いような気がします。

 普通は、メインの画像の様に黒いムカゴの間から弾け出る様に咲きます。私は線香花火のような感じを受けまして、小さいですが好きなんですね。

 この画像の様に、花が固まって咲くことは余りありませんね。大きさは、ホソヒラタアブが入りましたからおわかりいただけると思いますね。小さな花で風に揺れます。この花だけは、茎の下を指で摘んで、ピンボケにならないように、動かない様にして画像にしますね。遊んでもらっていますね。

検索から、ノビルのことを抜粋しましょう。

●ノビルは日本全国、朝鮮・中国に分布する多年草。畑や水田の畦道などに極普通に生育するほか、河川の高水敷などにも生育する。地下に小さなラッキョウほどの鱗茎(球根)があり、食べられる。
 
●つぼみが開いて花が咲く...とは限らないわけで,ノビルの花はムカゴに変身する割合が高いです。ムカゴが多数形成され、これが散布されて繁殖する。ありふれた草です。ほとんどの方達がご覧になっていると思いますね。

 戦時中の食糧難の時代には、食していたと農家のお年寄り達は言われてましたね。でも「やめとけ、美味しくないから」とも言われましたね。

 そんなこんなで、本年の6月もノビルを最初に塵埃記に登場させました。水田の稲がノビル、草木もノビル、総ての植物達や生き物達が活き活きと伸びて繁茂する夏がやってくるのですね。

 私もチヂムにならず、夏を明るく元気に伸び伸びと、過ごして行きたいものですね。
 「ノビルに、あやかりたいです。」が、私の本体は上記画像の様にイガムになっていて、もう花は咲かないとは思いますがね。

自然との、面白い遭遇を楽しむ・・

2007年5月29日天気は快晴。

 月曜日はお休みでして、近くの里山に入ることにしています。昨日も入って、深緑の中で風に吹かれてきました。爽やかでしたね。
 山に入ると、自然の持つ面白さに出会うことがありますね。花達の出会いもそうですが、色んな出会いに遭遇する事があります。猪とは、出会った事がありませんが、大鹿に睨まれた事がありますね。アライグマ(ペットが野化)にも出会います。農家の方達は、アライグマに畑を荒らされて困っています。昨日は、はじめて画像(至近距離で)にした小動物と出会いましたね。もちろんに、タヌキやキツネはよく見ますよ。とても安物デジカメの被写体にはなりませんよ。

「ホンドテン」をダウンロード
イタチなのか、ホンドテンなのか、私には判断がつきません。

 山の車道の側溝付近のオカタツナミソウやミズタビラコを探していました。なんとイタチ(見た瞬間に思いました。)が、側溝の中で寝ていましたね。頭は上げ下げして動いていました。すぐさま画像にしましたね。イタチ科は、警戒心が強く、すばしこいですからね。
 人里近くで見るイタチは、道路を走る姿や、野で小穴からこちらを見ている姿は見かけるのですが、画像には出来ませんでしたね。

 私は、たぶん車と接触して脳震盪を起したか、小溝を飛ぼうとして踏み外して頭を打ったかだろうと思いましたね。「おいっ、大丈夫か」と声をかけると、すごすごと側溝の中を走り逃げて行きましたね。心の中は、少し安心しましたが、もっと画像にしておけばと、後悔しましたね。

 嬉しがって、早速にレスのお礼画像として、「イタチと遭遇」しましたとお届けしたりしましたが、本日にじっくりと「イタチ」を検索していますと、野生のイタチの画像がなく、色々とイタチ科を検索していまして、ホンドテンに行きつきました。イタチは体調が小さく35cmほどだそうです。ホンドテンは50cm近くになるとありましたね。私が見たのは、人家の近くで見るイタチより、はるかに大きいと思いましたね。
 あっ、忘れてました。イタチは我がボロ家にも居ます。ネズミを追って屋根裏で暴れまわっているのを感じます。ネズミとイタチ・・イタチ君よ頑張れーと屋根裏の音を聴きながらテレビを見ています。

検索で、イタチとホンドテンの記述を抜粋しますね。

●イタチ科・・ネコ目(食肉目)の一種である肉食哺乳動物の分類の一つ。長くほっそりとした体つきで、短い四肢をしている。他のネコ目の動物と異なる特徴として、全ての足指に爪のある5本の指をもつ点が挙げられる。非常に鋭い歯をもつ。肛門の近くに臭腺をもち、なわばりの主張などに用いている。

●イタチ・・平地から山地まで棲み、人家の近くにも出没する。カエル・ネズミ・鳥類・昆虫などを食べ、水に入ってザリガニや魚類を捕食することも多い。九州の記録では年に二回繁殖し、平均三~五頭の子を産む。北海道にはもともとは分布しなかったが、一八八○年代に本州から侵入して定着した。本種は大陸に棲むチョウセンイタチの亜種であるという説もある。

●ホンドテン・・日本でテンというと主にホンドテンを指す。ホンドテンは本州、四国、九州などに分布。
 森などの山に住み、小鳥や小動物などを素早く捕まえる肉食獣です。エサとなる小動物がいない森では生きることができません。
 食物連鎖の上にいますので、テンがいるということは生態系のピラミッドが出来ているといえます。
 自然に敏感で、警戒心の強い生き物です。鮮やかな黄色の冬毛をまとったその姿は、森の妖精と言われるくらい美しいです。

イタチ族のことはざっと、こんな所ですね。

「カメムシ」をダウンロード
オマケ・・カメムシでしょうか?、求愛場ですね。虫が嫌いな人は飛びのくでしょうね。私も一瞬身をひきましたね。

 マタタビの花を探していました。まだ蕾でしたが、そのそばの大草に、派手に求愛を見せつけられましたね。参ったなーと画像にしました。草下まで群がっていましたよ。これはごく一分ですよ。

 そんなこんなです。あるがままの自然とは言え、面白いものですね。でもこうやって深緑の中を、活き活きと生き物達も生きているのですね。
 そこへ、山や森にとってはまったく役に立たない変なオッサン(小生)が彼らの邪魔をするだけに入っているのでしょうね。
 「申し訳ないと思う心」と、「出会いの感謝の心」を持ちつづけないといけないと思う、今日この頃ですね。

農業用水路の中の大草を、毎日眺めています。

2007年5月25日天気は雨です。

 愛犬との散歩で田園地帯を歩いています。一月ほど前から、農業用水路の側溝の中にこんもりと繁茂した大草が気になって、毎日の様に眺めています。
 田植え時期にならないと水はあまり流れていません。雨水が溜まっていると言う感じです。それでもオオカワジシャなど大草が沢山繁茂して、花を咲かせているのを楽しんではいます。

 なんか野菜の菜のような感じでしたので、農家の畑からの飛来かもと思っていました。小さな真っ白な花をつけました。農家の畑や野には、見かけない花だと色々と検索しました。
 その花の咲き方が大変に上品ですので、園芸花の飛来かもしれない、また里山の小川で見たオランダガラシ(クレソン)の感じもあるとまたまた検索しました。たぶんクレソンだろうと思いかけましたが、花が素敵な咲き姿をしてきまして、決めてしまうのは不安になりましたね。我が散歩道では、はじめて見ましたね。詳しくご存知の方は、お知らせ頂くと大変嬉しいです。

「小溝の中の大草」をダウンロード
5月16日の用水路の中で、1m四方ぐらいにこんもり繁茂し、小さな花が咲きました。

「大草に花がつきました」をダウンロード
5月17日に花を画像にしてみました。小さな花でしたね。

 この時は、オランダガラシだろうと思いましたが、だんだんと花が園芸花の風情を出してきました。

「クレソンでしょう」をダウンロード
5月19日の花姿です。

 園芸花の風情が出てきて驚きました。どんどんと大きくなり綺麗だから、オランダガラシじゃなく違う園芸花かもと迷ってきましたね。

「クレソン」をダウンロード
5月23日の花姿です。花が分かれて行くと、またオランダガラシに思えてきましたね。

 まあ、側溝の中でもいろいろ楽しませてくれますが、オランダガラシ(クレソン)だったら、凄い繁殖ですから、これから田植えで水路に水が流れます。さてさて流されて、今度はどこで繁殖するのでしょうね。

 検索で、オランダガラシ(クレソン)の面白い記述を見ましたので、抜粋して掲載しますね。

●「オランダガラシはクレソン、ミズガラシなどとも呼ばれ、肉料理の付け合わせやサラダなどに利用される。ほんのりと辛子の味があり、結構いける」

●ヨーロッパから中央アジアの原産。切った茎は水に入れておけば容易に発根し生長が速いため、日本でもよく似たコバノオランダガラシとともに川や溝に野生化・雑草化しているのがよく見られる。日本で最初に野生化したのは東京上野のレストラン、精養軒で料理に使ったものの茎の断片が排水と共に不忍池に流入して根付いたものだったと伝えられている。現在では比較的山間の河川の中流域にまで分布を伸ばしており、ごく普通に見ることができる。

 まだ、迷っています。今日は雨で見に行けませんが、晴れれば見たいですね。でも明日あたりから、田圃に水が入りそうですね。流されてしまうかもしれませんね。

伊吹山・彦根城下の夢京橋へ日帰り旅行。

2007年5月22日天気は夏日。

 この20日に、田舎の移動総会で上記の題のバスの日帰り旅行を楽しみました。デジカメで面白い被写体を探しましたが、バスの中がほとんどで、眺めるものは車窓と相成りましたね。
 アルバムをやめようと思いましたが、まあ暫くなら掲載も良いだろう。

「伊吹山頂上碑」をダウンロード
伊吹山頂上駐車場で見ました。芭蕉の句です。濃霧を画像にしたのは、はじめてです(笑)。「そのままよ」は、素敵な言葉ですね。「あるがまま」より、句になりますね。芭蕉は凄い。

 伊吹山探索を一番の楽しみにしていました。でも、気温5度で視界がありませんでした。頂上駐車場でトイレに行っただけです。
 天気は最高でした。伊吹山ドライブウエイの途中は、バスの車窓からですが、素晴らしい新緑風情を楽しみました。画像にしていません。

 下山途中にバスの中で、伊吹山のパンフレットを見ました。夏に行くと、高山植物が百花繚乱と咲き乱れる様ですね。頂上駐車場のトイレ周りだけでも、花達を見れましたからね。残念です。

 彦根城下に、夢京橋キャッスルロードと言って、新しい町作りに挑戦している商店街を見ました。今流行りの様ですが、古い町並みを再現し様としていますが、私には、甘い和菓子類を食べさせるお土産屋さんの町並みとしか見えませんでした。
 商店街の活性化と言うのは、奥が深く難しいものだと、またまた感じさせていただきました。

 そんなこんなで、アルバムをメインページから入れる様にしましたが、恥ずかしいです。なんにもありません。ないと言う事は、私の感性が踊らなかったとお察し頂くと、ありがたいです。 

 その反動で、あくる日は、里山をぐるぐる歩きまわりました。やっぱり自然の中が一番でしたね。

5月に、野池に咲くスイレン科の花達・・

2007年5月16日天気は曇り。

 夏日が続いています。月曜日のお休みの日は、1人ドライブで遠出を楽しみたいのですが、近くの里山に入っています。花達に会うことの方が大切だからです。沢山咲きあがって、楽しませてくれます。

 初めての出会いが一番嬉しいですが、例年通りに咲きあがった花達を、眺めることが出きる喜びは、感謝しないといけないと思っています。
 自分が元気で歩けている、また興味が薄らいでいない感受性がまだまだ活発な事で、心身ともに健康である証拠ですからね。

 さて、里山も歩きますが、その中にある野池も楽しみます。田舎のありふれたスイレン科の花達ですが、塵埃記に掲載してやりましょう。

「ヒツジグサ」をダウンロード
ヒツジグサ(未草)です。小さな花ですよ(10cmありませんね)

 此花は、里山深くの池に咲いていました。植物図鑑でスイレンとは載っていない事が多いそうですね。スイレンは園芸上の言葉で、別名はヒツジグサだそうですね。上記の花は、スイレン科の野種になりますね。

 ヒツジグサは、未の刻(午後二時ごろ)に咲くから名づけられたそうです。まあ昼に咲きあがるのですね。夜から朝には、閉じて眠りますから睡蓮(睡眠する蓮)と言われるのでしょうね。
熱帯スイレンの中には、月下美人のように昼間ではなく夜の間に花を開く「夜咲き品種」もあるそうです。昼寝蓮(チュウシンレン・こんな学名ありませんよ。遊びです。)ですね(笑)。

「スイレン」をダウンロード
スイレンですね。

 農業用の溜池に咲きあがっていました。たぶん植栽だと思いますね。野種のヒツジグサとは、豪華さと大きさが倍(直径20cm)ほどあり、違いがわかりますね。
 睡蓮と言うのは園芸花がほとんどでして、交配されて沢山の種類の花達が楽しめるそうです。100種ほどあると検索で見ましたね。

「コウホネ」をダウンロード
コウホネですね。スイレン科と知りました。

 実は、この花を見たくて里山の野池に入って行きました。まだ少ないですが、元気に咲きあがってましたね。水面からニョキット花だけが出ているものもありますね。
 コウホネは、河骨と言われてまして、根茎が白色で肥大し,これが水の中で白骨のように見えるので和名になりましたと知りましたね。

 里山野池の、我が地のスイレン科の花達です。これから農家の人達の溜池で、植栽ですが、黄色や紫色のスイレンが見れると思いますね。
 また、夏真っ盛りになると、ハス(蓮)が楽しめますね。7月になると、オオガハス(古代蓮)、その後はレンコン(蓮根)の池でも花を楽しめます。
 また、小さいですが水草の花達も面白い造形を持ってますよね。花追い人には、水辺で楽しめる季節となりますね。

 そんなこんなですが、池の花達の撮影で困った事があります。陽射しが強くて、ホワイトバランスを触ります。上手く行きませんね。野の花なら、自分の体で陰を作って画像(メイン画像のイシモチソウは陰を作りました。)にしますが、池の花にそんな事をしていると、池にドボリと落ちますからね(笑)。

 池の花達に遊んでもらっていると思えば、苦にもなりませんがね。

山より大きな猪(シシ)はでぬ・・

2007年5月12日天気は快晴。夏日でした。

 今日の題名に、塵埃記を持って行きたいと思います。ネット交流で、私達が大変永く亡父、亡母の介護をした事で、その経験から、今現在に介護等々で奔走されている方達から親しく交流して頂いています。

 その方達のページの中で、そのお友達も、また違うお友達もと、次々と老いや介護の難題が押し寄せてきてるようで、悩みの少しをページに吐き出しておられます。

 私達夫婦は、13年間と言う在宅介護(もちろん病院との掛け持ちですね)を経験しました。経験はしていますが、こうすれば良いとは、とても言えません。気持ちの持ち方をこの様にすればと思うだけですね。

 そこで、田舎の先人達からよく聞かされた「山より大きな猪はでぬ! なんとかなる。」の言葉を出して来た訳です。
 「頑張ること」は、体力や気力が要りますね。しかし、難題が大きすぎたり継続が永い時に気持ちが滅入ると、それどころではないのですね。

 題名の言葉の中には、この世で起きたことは、元気で明るく生きていれば、この世でなんとかなると言う深い意味も含んでいますね。(山より大きな猪は、この世にいない。)

 私達の介護の中で、亡母が鬱病でした。頑張れないのですよ。そこで、私は学びましたね。頑張ると言う言葉は、その個人に求めているのですね。またその個人が「頑張ります」と言うのは自分自身のことに重点を置いているのですね。
 私は、利己的な頑張りは疲れると思いますよ。押し寄せてくる難題に、素直に(出来ないものは出来ないと)明るく元気に立ち向かう方が良いと思いますね。
 明るく元気には、そのまわりの人達にも影響したり、幸せにしたりしますからね。

 まとまりがつきませんが、介護の中で介護人達が健康で明るくないと・・崩れた状態を想像すると悲惨でしょう。それだけは避けたいですね。介護の仕事に従事し様と思う若い人達に・・「自分は明るく元気な心を持っているか」と自身の心に問い掛けてみてくださいね。

「チロリアンランプ」をダウンロード
チロリアンランプと言うそうです。

 園芸花のお好きな方達はご存知ですね。私は此花の造形やら、年中に咲いている元気さが大好きです。
 ぶら下がって咲いています。明るく元気にぶら下がれば良いのですよ。立ち上がって見栄を張ってる花達は、すぐに萎れますね。
 真っ赤な大薔薇なんぞ、花が重すぎて地面すれすれにお辞儀してますよ。支えてやらないと(介護)立てませんね。
 小さなチロリアンランプは同じ所に咲いています。見比べて、笑って眺めていますよ。

 なんとか、題名に行きついたでしょうか、「明るく元気に」は・・私自身にもう一度言い聞かせねばなりませんね。

生き物が躍動する里山・・

2007年5月9日天気は快晴。

 私のページは、身近な野山のありふれた花達が主人公ですが、夏至を迎えて里山や野は、生き物達がごそごそ動き出しました。
 花達には、蜂や蝶や虫達が戯れています。大きな生き物達とも出会います。5月7日に、キンランに会いたくて里山を歩きました。
 沢山の生き物達に出会いましたが、ありふれた連中ですが、デジカメの前で遊んでくれましたので、塵埃記に掲載してやりましょう。

「サワガニ」をダウンロード
サワガニ君ですね。

 山道の車道の側溝の中を、動くものが走ります。デジカメを近写距離の20cmぐらいに近づけないと画像になりません。側溝の中だから撮れたと思います。動きまわりますからね。遊ばれましたよ。

「トカゲ」をダウンロード
山のトカゲ君ですね。

 ミミナグサを見つけまして、しゃがんで花を眺めてました。出てきましたよ。黒色のトカゲが最初に出てきましたが、カメラを近づけるとあっと言う間にいなくなりました。次に画像のトカゲ君です。動かず、こちらを睨んでいるように感じました。遊んでくれますよねー。

「青虫君」をダウンロード
幼虫の空中遊泳ですね(笑)。

 爽やかな風薫る樹木の中を歩いてますと、画像のような光景に出会います。ピコピコ動いて、風に揺れています。また近写20cmの距離で画像にし様とします。大きく揺れて、レンズの中に入らないのを想像してください。3cmほどの奴を追いかけていて、転びそうになりましたよ。遊んでくれますよねー。

「蛇」をダウンロード
大きな蛇君ですね。

 やっとキンランを1花見つけて、楽しみましたので、帰ろうと山道を歩いてました。足元にガサリと動くものあり、見ると大きな蛇君です。飛びのきましたよ。蛇は怖くて、とても近写することが出来ません。この時期の蛇君は、動きが速くてすぐに草陰に潜ってしまいます。
 画像に捉え難いのですが、この蛇君は、小動物を飲込んだあとで、動きが鈍かったです。でもやっぱり、私は怖かったのでしょうね。ピンボケですね。遊んでくれますよねー。

 そんなこんなです。サワガニぐらいしか名前がわかりません。ありふれた連中ですが、里山の中で躍動しています。
 童心に戻って、遊んでもらっている私は、やっぱり呑気者なんでしょうね。

「あるがまま」にを大切にしよう・・

2007年5月5日天気は晴れ。

 我が地もエビネが咲く季節になりました。天候にも誘われまして、暇なお店を放置しまして、昨日に里山に入りました。

「エビネ」をダウンロード
自生のエビネです。

 私は、毎年同じ所でエビネを見ます。いつもの所では、過去には数株が集まって咲き乱れている姿を見ていました。本年は見当たりませんでした。
 他の場所を探しました。自然の風景に解け込んでまして、なかなか見つかりませんでしたが、やっと2株ほどが楽しませてくれました。
 盗掘(泥棒)によって、どんどん数を少なくしていることは、私みたいな者でも、わかりますね。残念です。

 エビネの人気が凄いですね。我が商店街の店先にも、色とりどりのエビネが鉢植えで咲いてますね。花を画像にするのは簡単ですね。

 でも、私は里山で見たいのですね。表現力がありませんから、その素晴らしさを言葉に出来ませんが、広い里山での木々の間の枯れ葉が積もっている中で、「あるがまま」に立ち咲いている姿を楽しんでいるのですね。
 その姿は、何の気負いも衒いも感じませんね。生命力を感じて、「頑張れよ」と声をかけたくなります。変な心理で、「見つかるなよ」とも声が出ます(笑)。

 出会いの歓びもありますが、自然の持つ「あるがまま」の姿に、勝るものはないと思いますね。

「ギンラン」をダウンロード
ギンランです。

 此花も、ネットのお友達から大変少なくなっていると花談議してましたから、我が地では出会えない花だと思っていました。エビネが咲きそうな所を荒らさない様に、木々の間から覗く様にエビネを探してましたら、足元に咲いていましたね。初めての出会いとなりましたね。

 小さくて草丈が10cmほどですが、その可憐さと白花の鮮やかさに、しゃがみこんで眺めましたね。ラン科の持つ「あるがまま」の葉姿や全体のバランスも素敵ですね。

 自然の中に解け込んでいるからの素晴らしさ、「あるがまま」の素晴らしさを大切にして欲しいですね。いかに大きな植物園等々で、自然の中の様に咲かせてみても、「あるがまま」には咲きませんからね。咲かされているのですからね。人間にたとえると、牢屋で花を咲かせているのでしょうね。

 話は変わって、昨日の夜に初孫を嫁の実家に見に行きました。「いくら眺めていても、飽きないね。」と言った愚妻の言葉に同感しました。ここでも「あるがまま」に可愛く動いてますね。私は若い二人が孫を抱きながら、心から喜びや幸せを感じている姿をみて、素直な「あるがまま」の心だなーと幸せのお裾分けを頂きましたね。

 若い頃には、見栄をはったり、自分を飾ったりと色々背伸びをしてきました。やっとこの歳になって、「今、あるがまま」にを受け入れて、自分の心に素直に生き様と、野山の花達から教えられている気がしますね。
 そんな「あるがまま」の花姿と初孫を見た、素敵な5月4日の一日でした。

野山歩きは、やめられない・・

2007年5月1日天気は曇り時々雨。

 もう5月に入ってしまいました。日々の流れが早いですね。昨年の7月に、一人息子が結婚しまして、新しい家族が増えたと喜んでましたが、なんと初孫と言う素敵な家族が現れましたね。ついこの間、結婚したと思っていたのですがね。

 そんな歓びを感じながら、初夏を思わすような天候に誘われまして、里山を歩くことが出来ました。初孫をはじめて見せてもらった明くる日でしたね。

 里山でも、初めての出会いの花が、私を迎えてくれましたよ。ネットのお友達が楽しんでおられるページなどを拝見して、会いたいなー、出会いたいなーと思っていた花でしたね。

 野花を追うものにとって、初めての出会いの花ほど嬉しいものはないですね。その出会いは、私が実物を見たコレクションとして、脳裏に刻まれて行きますね。

「フデリンドウ」をダウンロード
ハルリンドウでしょうか?・・(草丈は、10cmはないですよ。)・・5月3日追記です。ネットのお友達と花談議しました。フデリンドウにしましょう。ネットの醍醐味ですね。

 此花との出会いでした。山林の木漏れ日の間の、少し湿った辺りに咲いていました。10数花見ましたが、なんと総ての花が、律儀に直立不動の起立をしてまして、まるで森の妖精達(小人達)の様で、今にも歩き出しそうでしたね。
 歓びすぎたのと、明るさがなかったのとで、総てピンボケ画像になりましたが、満足しましたね。

 保存画像に2画像ほどしましたが、ここからがまた楽しみなんですよ。ハルリンドウなのか、フデリンドウなのかとパソコン検索を繰り返しまして、素敵に悩ませてくれましたね。
 私には判別ができません。ただ湿った所に咲くことが多いと言うことで、ハルリンドウとしました。花には罪がないですから、どちらにしても初めての出会いですから、画像がピンボケだろうと、歓びの素晴らしさには変わりがないですね。

 「野山歩きがやめられない」と題しましたが、私はまだまだ野山歩きの日が浅く、沢山の初めての出会いの花達が現れてくれます。本年も初めての出会いが沢山あることを期待しています。

 また、自然は同じ状態ではないですから、過去に出会った花達も、まったく違う風情で出会うことになります。その素晴らしさも堪能できますからね。

そんなこんなで・・「やめられない」と結論付けることが出来ましたね。

初孫が、誕生しました。

2007年4月26日天気は快晴です。

 さて、この23日の午後5時30分頃に初孫が産まれました。母子ともに、すこぶる明るく元気ですね。

 爺さんになったわけですが、「男は待機していろっ」と明くる日の夕暮れに、やっと孫に出会う事が出来ましたね。3000gを超えてまして、髪の毛も黒々としていましたね。元気に泣き叫んでいましたよ。
 手を開いているのに驚きましたね。母親が言ってました。「お腹にいる時も、開いて遊んでいたんですよ。先生がびっくりしてました。」と安心しきっているのか、私に似て暢気(呑気)なんでしょうかね。

 息子も大変な喜び様ですね。息子の嫁(母親)が、大変よく喋るようになりましたね。お産の時の状況を、明るくあっけらかんと話すのですよ。幸せを、皆さんに聞いて欲しくて仕方がないのでしょうね。「お乳をやっている時に、可愛くて、どうしようもないほど幸せです。」とも言ってましたね。

 息子は、お産に立ち会ったそうです。感動したと言ってましたね。ちなみに私の息子が生まれた時は、夜中でして、私は友人達に祝ってもらって、酔いつぶれてました(当時は、立ち会えませんからね)。

 そんなこんなですが、また我が家に新しい家族がやってきました。もう息子達にお任せコースなんですが、どんなお爺ちゃんになって行くのかなーと思っています。
 愚妻や息子達夫婦の、明るく元気な笑顔を見せていただくだけで、私は大変幸福なんだと悟らなければならないでしょうね。

 それから、塵埃記はなるべく我が家族のことは、記さないようにしたいと思います。大袈裟に、自慢話が出るのが心配です。ですから孫の話は、あまり期待しないでください。可愛い美男である事は、間違いないですよ(笑)。

 ただ、我が家族は貧しくても、「幸せとは、なんぞや」は、概ね理解できていると思っていますからね。

「初孫を祝う」をダウンロード
画像は、残り桜を川原で楽しみました。

 スズランの花言葉は・・「幸福、繊細、幸福が戻ってくる、純潔 」で、春の女神オスタラがこの花の守護神だそうです。

 春真っ盛りの新緑の芽吹きや花咲き乱れる頃に、世に出てきた初孫ですね。自然の花達や樹木に負けない様に、明るく元気にスクスクと成長する事を願うだけですね。あとは、なんにも要りませんね。

 あっそうだ、息子夫婦から孫の名前をどうし様と相談を受けました。私は「親が子供にしてやれる事は、名前を付けることしかない。お前達が、確りと名付け親になりなさい。」と言いました。

老化防止の野花遊び・・

2007年4月22日天気は雨です。

 NHKのテレビ放送で、阪神の金本選手や横浜の工藤投手の、プロ野球選手としては高齢の選手がなぜ活躍できるのかと言う番組を見ました。

 彼らは、股関節を大変重要にしていて、股関節をどの様に鍛えるているのかを紹介していましたね。上半身をバランス良く支える股関節が衰えると体がぶれて活躍できないのでしょうね。走って下半身を鍛えるだけでは、高齢での活躍を維持できない様ですね。
 工藤投手の四股を踏む動きで鍛えたり、金本選手なんかは、220kgのバーベルを背負ってスクワット(屈伸運動)している画像を見ましたね。

 テレビで、体育力学の先生が言ってました。一般の人達も老いて来ると股関節が弱り、バランスを崩し、こけることが多くなるそうです。
 犬なんかも、老いて来ると後ろ足の腰辺りから後ろ足が動かなくなりますね。

 一般人が野球の選手の様に鍛える事は出来ませんが、普段の日常の中に股関節を使う運動をさりげなくとり入れて行くと良いそうです。走っている、歩いているでは駄目の様です。
 老いてからは、鍛えすぎもいけないそうですね。体全体のバランスをとるところだからだそうです。やっと、本日の塵埃記の題に入って行けます。

 私は愛犬との散歩で、畦道や野道を歩きますが、花達を眺めて楽しんだり、デジカメで遊んだりする時には、必ずしゃがみます。野の花達は、総じて小さいですからね。

「ノヂシャ」をダウンロード
ノヂシャですね。出きるだけアップしました。

 小さな花の集まりで、やっと野で見つけることが出来ますね。5mmほどのヒラタアブでしょうか・・花に戯れていますね。大きさがおわかりいただけると思います。
 野の花は、この様な花達がほとんどと言って良いですね。見つけてはしゃがみ、また次の花を見つけてはしゃがみですね。

 やっと老化防止のところに来ましたね。しゃがんでいる回数は、花達次第ですね。散歩中に股関節を使う屈伸運動を何回するでしょうね。これからの季節は多くなるでしょうね。次から次へと咲きあがってきますからね。

 老化防止の野花遊びと題して記しました。屁理屈の様ですが、股関節が重要だと言う番組で、私自身はどうしているかなーと思いました。
 「あっ、日常の散歩で股関節は使っている」と気づいた次第ですね。皆さんもしゃがんで花達を愛でてやってみてはいかがでしょうかね。

相変わらず呑気な記述になりますねー。

四万十川の土産話・・

2007年4月17日天気は曇り。

 皆さんのところへ、お土産画像のお届けをしていまして、土産話を記していましたが、忘れないうちに塵埃記に残しておこうと思いました。

「四万十川のアカメ」をダウンロード
「あかめ」・・四万十川最大の魚ですね。

 遊覧船の船頭さんが言うには、「あかめ」は大きくなると2mぐらいにもなるそうです。土産話として面白かったのは、鱗が大変硬い魚だそうで、「どうやって鱗をはがしますか」と聞いてきましたが、お客様からの答が出ませんでしたね。なんとクワ(鍬)だそうです。
 あかめですから、目は見ようによっては赤いです。フラッシュを使うとちょっと赤ぽく光りましたね。

 それから、「四万十川の最高級魚はなんですか」と聞いてきました。皆さん「うなぎ」と答ますよね。船頭さんは、「半分当たってますが、うなぎの稚魚(シラスウナギ)です。」と言って、金魚スクイの様に川面を泳いでいるのを掬うそうです。バブル期には1kgが60万円もしたそうですよ。この稚魚が各地で養殖されて売られているそうです。(海で産卵するから、まだ卵から養殖は出来ないそうです。)

 四万十川の天然うなぎは、親指ぐらいのが、一番美味しいそうです。船の中の弁当で2切れ頂きました。

「四万十川の青海苔」をダウンロード
四万十川の川の青海苔ですね。

 青海苔も上記の画像の様に小石に沢山繁殖しまして、いくらでも採れるそうです。お吸い物中や、てんぷらにしていただきました。

 また、お弁当の手長海老も夜に川岸を歩くとウジャウジャいるそうでして、バケツいっぱいぐらい簡単です。「皆さんが、今食べているのは、私がとって来た物です。」と言ってましたね。「両方とも、お暇ならいつでもとりに来てください。」とも言ってましたね。

 投網を打って魚が取れる。笹の塊を沈めておいて、蟹やうなぎの漁をすると言うことですから、四万十川は、ものすごい量の魚や海老や蟹が生息しているということですね。

 我が地の川も、私が子供頃(50年前)には、夕暮れにミミズを入れた籠をつけていると、明くる朝には「うなぎ」が入ったものでしたがね。

 しめは、昨日と同じですね。自然の川は、恵みの川なんでしょうね。四万十川がこのまま残ってくれる事を祈りましょう。

四万十川・足摺岬の旅

2007年4月16日天気は曇り、小雨。

 毎年恒例に町内旅行を楽しみました。昨晩に帰ってきたのですが、大変に疲れました。私は町内で若手でして(還暦前)、幹事を仰せつかる事が多いので、ほとんど私が旅先を決めています。今回は四万十川や足摺岬の良し悪しじゃなしに、バス旅行の一つの思いに達しました。

 この度は、バスの走行距離が片道500kmでして、のんびり歩いたり散策したりの観光の時間がありませんでしたね。ほとんどが車窓からの観光となりますね。私より高齢者ばかりです。もうバス旅行パックは、片道350km以上走行の旅はしないと決めねばなりませんね。

「四万十川」をダウンロード
船遊覧からの四万十川ですね。

 四万十川を見たくて旅行をした訳ですね。私の感想を記しておきましょう。船遊覧を楽しみましたが、なんにもありませんでした。奇岩や新しい見物はありませんでした。
 でも、これは知床の「なにもない春です。」と同じなんですね。大昔からのそのままの自然と言うのは、何もないのですよ。その昔のままの川姿こそが、四万十川なんですね。私の子供の頃の川を思い出させてくれましたよ。

 川岸は、竹薮のオンパレードですね。これが洪水で川岸を流されるのを防いでいるそうです。青海苔や色んな魚達が大変に豊富ですから、皆さんの期待する透明度もありませんよ。ただ自然の豊かな色は、はっきりとわかりますよ。この四万十川の色んな漁で、生計を立てている人達が2500人ほどいらっしゃるらしいですからね。観光の美川というより、恵み豊かな大昔からの川と表現した方が正しいと思いますね。コンクリート化した日本の川では、もうこの四万十川ぐらいしか残ってないかもですね。

 人間は豊かさを求めて進歩して行きますが、自然の持つ豊かさを逆に失って行く、何かを得ると何かを失う、宇宙のバランスかもしれませんね。そんな事を船遊覧で思いながら楽しみましたね。

 足摺岬も走り歩きでした。旅館はひなびてまして、四国巡礼の方達でいっぱいでしたね。宴会もほどほどで切り上げましたが、外に出ても何もありませんからね。もっと時間の余裕があれば、のんびりと足摺辺りのちょっと違った自然をじっくりと楽しめたと、大変に残念に思った次第です。

 まあー呑気が走り撮った旅行記をアルバムにしました。メインのアルバムで、お暇な方はお遊びくださいませませ・・

毎年恒例の町内旅行です。

2007年4月13日天気は晴れ。

 さて、明日14日から一泊二日の団体旅行(11名です。)に出かけます。行き先は「四万十川遊覧・足摺温泉郷2日の旅」です。阪○交通社のパックのバス旅行ですね。明石海峡大橋・大鳴門橋を渡っての、バス走行距離470kmの旅となりますね。相変わらず、私が一番若くて幹事を仰せつかってます。

 二日間、ネット交流はお休みとなりますが、帰りましたら、のんびりとレスに皆様のページにお伺いします。またデジカメ遊びで、旅の風情を呑気な目線でアルバムも作ってみたいと思います。ご期待ください(笑)。
 天候が悪ければ風景は駄目ですね(ポケデジです)。でも誰も相手にしない野の花のような被写体は大好きです。

 旅も楽しいのですが、野山で花達がワイワイ言い出しました。愛犬や野の花との、暫しの別れも辛いです。

「白い蓮華草」をダウンロード
白い蓮華草ですね。色が出せないのでしょう。でも綺麗でしたね。

 もう色んな花達を追っかけるのに精一杯でして、アングルがどうのと遊べずにいますが、この白い蓮華草(散歩道の田圃には2花だけ)は毎日見ていまして、デジカメ遊びをしてしまいました。

「白い蓮華草2」をダウンロード
白1色では、万華鏡になりませんね。

 そんなこんなの塵埃記です。16日以降に、またネットのお友達の皆さん・・遊んでやってくださいね。
 ありふれた野山のお花のお届だけは出きると思います。ゴミ画像が山ほど出来てますからね(笑)。

自然の花に遊ばれる・・

2007年4月10日天気は快晴。爽やかな春風です。

 昨日、定休日でショウジョウバカマが見たくて、近くの里山を歩きました。パラパラですが、楽しませてくれました。ショウジョウバカマは、里山では大きい方の花でしょうね(4から5cmぐらい)。ですから画像は色んな角度からでも、わりとクリアーな画像になりますね。

 そこで、昨日遊んでもらった野花の話で塵埃記を進めましょう。ミヤマカタバミと出会いました。ありふれているのですが、私は初めての出会いでした。古いネットのお友達に確認しました。即座にお答え頂きましたね。その後に、ネット検索で色々と楽しみました。

 此花は、夕暮れになると花を閉じるらしく、薄暗い所では、花を開かなく、うつむいていることが多いと検索にありました。私は、薄暗い杉林の下でみました。最初は白いキノコが点々と生えているなーと思う感じでしたね。近寄ってみて、まあー皆さんうつむいて咲いているなーと思いながら、開いた花を探しました。

「ミヤマカタバミ」をダウンロード
ミヤマカタバミ(2cmほど)ですね。(ピンボケクラブ用)

 うつむいている花達を画像にしましたが、たぶんピンボケだろうと、明るい所に咲いている花を探しましたが、上手く見つかりません。フラッシュを使うとシロトビになることも予想がつきました。私はカメラ技術がないから、被写体次第なんですね(花達次第)。
 木陰の間から光がさして、なんとかうつむいている画像を切り撮れましたが、どうしても花顔を見たくなりますよね。
 野草花談議をしているお友達から、「人間の性器を覗くようなものですよ。花が恥ずかしがりますよ。」の言葉を思い出すのですが、見たくなりますよね。

 さて、私はどうしたでしょう(笑)。デジカメを地面に置いて、モニターも見ずにシャッターを押しますね。まあー虫の目線になると花の顔が見れるだろうですね。
 ↑の画像がそうですね。薄暗くてピンボケですが、風情がよくわかり、面白い画像だなーと思うのと、花達に遊ばれたなーと、パソコン画像を見ていつも思いますね。

 里山の花達の失敗作は、どうし様もありません(散歩道は何度も撮り直しできます)。セリバオウレンもクリアーな画像をと、2週間前に見た花の所に行きましたが、もうすっかり花後の姿になっていました。里山の花達は、花期も大切なんですね。まあー、人に荒らされなければ、来年も咲いてくれますからね。どんどんと花が咲いていた場所と時期を、頭にインプットして行きますね。

 そんなこんなで、これからズート楽しむ花追い遊びなんですが、花の性質や咲く場所や花の時期等々と考えると、野草花はある意味で遊んでもらっているような感じがしています。
 簡単に言うと、見に行かねばなりませんからね。「遊びに来い」と言われているのですからね。

●花に遊ばれる追加・・三時ごろに、いつもの畦道に散歩に行きました。大変嬉しい花が咲いていました。我が地では、色んな畦道を歩きますが、ほとんど見れなくなりました。一年ごとに出会っています。

「2007年のアマナ」をダウンロード
アマナですね。

 カラスノエンドウに絡まれて見えなく、花も開けずにいました。取り除いて見れました。遊んでくれますよね。明日はパカリと開いた姿を見れるか楽しみですね。「明日天気なーれっ」ですね。
 でも、数が少ないし、人が歩きそうな所ですね。カラスノエンドウを絡ませておいた方が良かったかもです。まるで愛しい人のことを心配させられる様ですね。遊ばれているのでしょうね。

Rソックス・松坂投手・初勝利おめでとう。

2007年4月6日天気は晴れ。

 今日の午前三時からの、BSの大リーグ中継(Rソックス対ロイヤルズ)での、松坂投手の大リーグ初登板の試合を楽しみました。みごと七回1失点と言う内容で勝利投手になりましたね。

 彼は皆さんもご存知の様に、日本を代表と言うより、日本NO1の投手として大リーグに挑戦する為に、Rソックスに入団しましたね。
 ものすごい高額の獲得金や契約金で、入団しましたが、日本NO1だから怪我がなければ、活躍することは明らかでしたね。その高額金に見合う活躍が出きるかが、皆さんも心配されたと思います。

 ネットで大リーグ情報などを見ると、アメリカのエンターテイメントビジネスでは、人気度、興味度、グッズ等々、また世界のマスコミや新聞紙上を賑わすと言う宣伝効果で、獲得金は充分に金銭面ではペイできると記されてましたね。
 野球だけではなく、日本NO1と言う肩書きや人気が大リーグを席巻すると、Rソックス首脳達は考えたそうです。

 また、大リーグの経験豊富なスカウト達が高額の金額で獲得しようとした選手が、活躍しないことはないそうです(怪我だけは、別ですが)。莫大な投資ですからね。外すことが出来ないそうですよ。技術面から精神面まで、事細かに調べ上げるそうです。(ヤンキースに入団した井川投手も同じですよ。契約金ぐらいは活躍しますよ。先発で10勝投手は、6から7億円ですからね。7勝以上すれば安い買い物ですね。)

 私は、今日の試合の松坂投手を見て思いました。彼の100点の投球からだと、本日は60点ぐらいじゃないかと思いますね。天候の寒さと初登板と言うこともあったでしょうが、もっと凄い投球が出きる選手だと思っています。

 彼は、バッターのどこへ、どの球を投げれば、どんな打球が飛ぶのか、わかりながら投球できる投手ですね。日本人投手のコントロールの良い投手は、皆さんそうですね。
 彼は、その上に腕の振りが速く、スピードボールも投げれますし、振りが早いと言う事は、投げるボールの球種がわかり難いと言うこともあります。彼が失投(人間は必ずあります)さえしなければ、打てないと言うことになるわけですね。
 彼は、バッターに打たしに投げた球をたまたま、間に抜けてヒットがありますね。長いイニングを投げたいから球数考えながら、遊んでいるのでしょう。(三塁に走者がいる時の投球が見たいですね。)

 どのコースもヒットに出きる打者はいませんね。マリナーズのイチローが一番近い打者かもしれませんね。松坂投手がイチローとの対戦を一番望んでいるのが、わかるような気がしますね。

「ジャイロボール桜」をダウンロード
桜で、松坂投手の初勝利をお祝いしておきましょう。

 さて、ご近所のお寺で満開になった桜を楽しんでいますが、桜はデジカメで画像にするのが大変に難しいです。桜並木や木姿が一番綺麗なのですが、どうも上手く画像になりません。風情は楽しめます。

 あるネットのお友達が、「北斎画に棕櫚が富士で、桜が大波の作品がありましたよね」・・これは、デフォルメするということですとお知らせ頂き、なるほどと感心した次第です。

 「ヨッ写ー、デフォルメしてやれ。」と遊びましたが、手ぶれや設定ミスでピンボケと相成りましたね。そこでデフォルメついでに、モノクロにしてやれと思いました。桜は白だから、ひょっとして懐かしい画像になるかもと遊びました。

 そんなこんなで、塵埃記にモノクロの桜画像を貼りつけました。皆さん笑ってやってください。

里山で桜を楽しみました。

2007年4月2日天気は晴れですが、黄砂で曇り空でした。

 桜の季節です。定休日でして、お寺から、川原へと桜を楽しみました。川原の枝垂れ桜が満開でしたが、黄砂が凄くて霞んで、姿は美しいのですが、画像になりませんでした。デジカメはどうしても木姿を画像にし様とすると、花がボケますね。
 天候がよければ彩りが栄えるのですが、曇り空だと彩りもおぼつかなくなりますね。

 それならと、里山で、野草花探しのついでに、山桜を楽しむことにしました。やっぱり黄砂で空の色が出ませんでしたが、山の桜はバックが緑の樹木ですね。ピンボケ気味ですが、風情だけは画像になりました。塵埃記に山の桜便りとして掲載しますね。

「里山の中の桜」をダウンロード
人の手が入っていない桜の風情をお楽しみください。

「山桜」をダウンロード
まだ木が若そうですが、山の中では綺麗でしたね。

「山ツツジ」をダウンロード
オマケです。枯れ林の中でツツジが咲いてました。

 人の手で整備されて植えられたツツジも素敵ですが、山で自由奔放に咲く姿には、大変魅力を感じますね。

 そんなこんなで、里山を歩いて楽しんできました。沢山の花達にも出会えました。今日も誰にも出会いませんでした。
 私は人のいないところへ行ってしまう傾向があるようです。川原の枝垂れ桜には、カメラマンが大道具を抱えて、2、3人いました。速に退散してしまいます。里山も看板があがっていて、自然公園のようにしている所は、なぜか避けてしまいます。

 自分でもなぜなんだろうと、考察はしていますが、車で山に行くときは、そんな感じになり、人がいないとどんどん奥地まで入ってしまいますね。

 戯言を並べて、長くなりました。今日の塵埃記は画像で楽しんでもらおうとしましたが、呑気なものですね。

野歩きの遊び方・・その2

2007年3月28日天気は快晴。

 愛犬との散歩から、帰って来ました。桜は1分咲きでした。モクレンは満開でよいでしょう。春風も爽やかで、素敵な時間を楽しみました。

 さて、野歩きの遊び方で、私はもう一つ楽しみにしていることがあります。野の花達は、一挙に咲きあがらないのですね。私が定点的に歩いている場所でも、ありふれた色んな花達が季節を追って咲いてきますが、私の畦道での1番咲きを探すことなんですよ。

 本日の散歩で、私が本年に初めて見た花ですから、私の中で1番花となりますね。「おうっ、今年もやってきたなー。」と嬉しいものなのですよ。毎年の出会いですが、再会という感じで、歓びもわきますね。

「ウマノアシガタ」をダウンロード
ウマノアシガタですね。まだ初々しく1花だけですが、新鮮さがありますね。2から3cmほどの花ですよ。

 私が本年に見たのはこの1花が最初です。畔や野では、ごくありふれた草花で、これから沢山の花をつけて金ぴかに輝いて春風に揺れますね。
 この黄色い花弁が光を浴びてキラキラ光るのは,花弁の下のデンプンを含む細胞層が光を反射するためだそうです(本物金だったらなーですね)
 別名にキンポウゲ(金鳳花)と言う名を持ってますが、ウマノアシガタの八重咲きのものがキンポウゲだそうです。

 この咲きだし1番花を見つける楽しみのあとに、美人花コンテストに入ります。沢山咲きます。野で咲き乱れた姿をコンテストすることになりますね。

「ヘビイチゴの花」をダウンロード
ヘビイチゴの花ですね。これも我が畔の1番咲きの花ですね。2から3cmほどの花です。

 真中のピンクの花芯が、真っ赤なイチゴになりますね。その赤の鮮やかさもコンテストする事になりますね。

 このヘビイチゴも、今からいたる所に咲きますね。まだ我が畔はこの花ひとつですが、恐らくウマノアシガタ同様に、数百花は咲き乱れるようになるのじゃないでしょうか。天気がよければ、明日あたり両方の花は、仲間達が沢山咲きあがりそうですね。
 そしてまた、違う種類の花の一番咲きも見れるかもしれませんね。「天気よ晴れろっ!」ですね。
 
 まるでガキの遊びでしょう。でも雨の日以外は、愛犬との散歩ですね。どうせなら遊ぶ楽しみが多いほど歩きたくなりますからね。

 この月曜日には、里山を歩けました。春を告げる花達に出会って来ましたよ。愛犬ドラムはお留守番ですね。私は素敵な自然の中の孤独を満喫しました。「里山花と自然」に掲載しました。

野歩きの遊び方・・

2007年3月24日天気は雨の一日でした。

 昨日の夕陽が、朧月と言うのがありますが、朧夕陽でした。今日が雨だと当たりましたね。桜はまだですが、どんどんと春めいてきていますね。

 さて、色々ありまして動けずにいますが、愛犬の散歩だけはしてやらないといけませんね。約1km四方ほどの田園地帯の畦道を散歩する事になります。私はこの小さな範囲の畦道を定点的に花達を追っています。季節の移り変わりで、沢山の花達が咲いて楽しませてくれますね。

「本年のヒメウズ」をダウンロード
本年に、私が選んだミスヒメウズです。

 私は、定点的に同じところを歩きますが、もう一つの楽しみ方をしています。同じ花達を何度も見ます。このヒメウズも沢山咲いている所があります。その中で美人花コンテストの様に、素晴らしい咲き姿の花を探します。小さな花ですので、春風に揺れるとピンボケの山を築きます。老眼ですのでデジカメのモニターではわかりませんが、パソコンに落として見ると、「わちゃー」と声が出るほどピンボケですね。でも、デジカメですね。削除するだけですね。

 本年も、ヒメウズの美人花がなかなか現れませんでした。寒さが戻り、クシャクシャでしたね。その中でも、凛とした姿で色合いも併せ持った1花がありました。また、探しますが、とりあえずミスヒメウズですね。

「キョウリグサ」をダウンロード
今のところ、美人花コンテスト中のキュウリグサですね。

 此花も小さいです。もうピンボケの山を築きます。畦道に沢山咲きあがります。ただ、しゃがんで、虫眼鏡で見るわけではないですが、確り見つめてやると素敵な花なんですよ。
 此花は、花自体をコンテストしていません。花が群れて集合体としての美しさを探しています。

 そんな遊び方をしながら、散歩道を歩いていますが、私の画像よりも、この小さな花が春風に揺れて、小さく震えている姿(ピンボケになります。)が一番に美しいなーと思いながら見つめています。

 この花を、しゃがんで見つめていると、地蜘蛛でしょうか、小さな蜘蛛が走り歩きます。じっとしていません。「頼むから、じっとしていてくれー」と心で叫びます。花と一緒に画像にしたいですよね。

 そんな感じで、野歩きの遊びをしています。まあ、言いかえれば被写体はどこにでもありますね。自然にお任せですね。今日はどんな演出をしてくれるのか、愛犬との散歩は、いつもワクワクしますね。

 愛犬ドラムは、私を気遣いながら、付かず離れずで、野や畦道を疾走してますね。しゃがんで美人花コンテストに夢中になって、ドラムはどこだと見上げた時には、遠くの山々や青空が目に飛び込んできます。

アニマルコミュニケーター・・19日ちょっと追加。

2007年3月18日天気は晴れ。寒いです。

 ネット交流の中で、1年半ぐらい前に素敵な犬を飼われた方がいます。交流しながら、そのワンちゃんの成長を楽しみに見ていました。
 しかし、大変激しい気性で飼い主の指や足を噛む、噛まれて、病院に行って手術までしている日記を見ていました。

 その後も、獣医のアドバイスを受けながら、気性を押さえる薬を貰ったり、ドックトレナーにつけて躾をさせたり、大変な努力をなさっているのをネット交流から、心配していました。

 もうこのワンちゃんは、気性が変だからか飼うことをあきらめて処分した方が良いとまで、アドバスされたことを日記で拝見していました。私は愛犬家ですので、大変に興味があり、ネット交流を続けていました。

 最近に、なぜ激しく暴れるのかと、最後の手段でしょうか、アニマルコミュニケーターの方に相談されたみたいです。いわゆる、犬の気持ちを聞き出す方ですね。その一分始終をブログに公開されまして、私に、是非見てくださいと、ご連絡頂きました。

 私はブログを拝見して、ワンちゃんも人間と同じように繊細な感情があるのだなーと驚きました(人間と同じように、産みの親の母犬の境遇を心配しています。人間が見習わないとですね)。
 でも、言いたい思いは沢山ありますが、アニマルコミュニネーターの方の批評は辞めておきます。ただ、都会には色んな人がいるのだなーと、都会の風を感じました。

 私は田舎者ですので、愛犬の相談は獣医さんですね。しかし友達の中に猟犬を飼っている猟師さん達もいます。猪や鴨などを追う猟犬を一番大切に飼っている人達ですね。素晴らしい犬達ばかりですね。猟以外は、ほとんど寝ているような犬ですね。気性は激しいそうです。あまり私達には、近づけ様とされませんね。

 その人達から、色々と犬の育て方のアドバイスを受けながら、今のドラムで三匹目の我が家の愛犬ですね。子供のドラムを見てもらったときに、下あごを掴んで、口の中に手を入れました。一言「臆病もんじゃー、よう鳴いて番犬にはなる。せいぜい可愛がってやれー」でした。

 それから、「これで、人の手は噛まなくなるからなー、噛んだら喉の奥に手が入ってきて死んでしまうと覚えたじゃろ。」でしたね。
 それから、「犬は怖がったらあかん。人をなめてきよるし、噛まれて手や足を引いて逃げたら、大怪我になる。犬の歯は引き千切る様に出来てるからな。」ともズート昔に教えて頂いていました。

 今までの愛犬もそうですが、嫌な事をされると噛みますね。犬は噛むことしか抵抗できませんからね。でもその度合いですね。引き千切る様に噛むと言う事は、もう恐怖を感じているのでしょうね。死に物狂いで身を守っていると思いますね。犬に噛まれた時の事故は、ほとんどが逃げて引き千切られて大変になると、愛犬家として犬達を庇っておきましょう。(怖がって逃げると追っかける。犬の野生の本能ですね。)

 沢山の人達がペットとして、愛玩犬(人になつく様に改良されてきましたね)と生活されています。中に気性の激しい犬(野生が強い、猟犬としては素晴らしいらしいです)も出てきますね。
 ここのところの塵埃記は、愛犬の話となりました。田舎での愛犬との話しですが、ご参考にしてくださいね。

●19日・・愛犬家としての戯言を、付け加えておきます。
 ペットとして、ほとんどの愛犬達は大変従順に仕えて、良く言う事を聴くと思います。しかし、犬達はその事が、ある意味でストレスになっているかもしれません。盲導犬などは、良く働いて8年と言いますからね。たまには、自由に野生の本能で遊ばせたいですね。猟犬は、山での猟で満足している気がしますね。
●もう一つ猟犬の事で思い出しました。「犬は腹が満腹で、散歩でマーキングしたら、寝ているのが一番の幸せなんじゃ。」と言っておられました。(可愛がる、人間のエゴかもしれませんね。)

 さーっ・・ドラムの野を駆ける姿が見たくなりました。出かけることにしましょう。(ドラムは、私に気を使いながら散歩していると思います。)・・・散歩から、帰ってきてからもう5時間になりますが、愛犬ドラムは、自分の寝床で寝ています(笑)。呼んで起こす気もありません。今日は、休みで来客もありませんから、静かな家となってますね。活躍の場所がないですね。(それが一番の幸せなんだろうと思いますね。)

気持ちをほぐしたいの2・・愛犬でバトン・・

2007年3月16日天気は曇り。風は冷たいです。

 さて、愛犬のことを記していると気持ちがほぐれますね。では、どの様に成長して行ったのかを簡単に、昨日の続きとして記(バトン)しましょう。

 友人から貰いうけて、我が家に来まして小さな籠に入れて座敷で飼うことにしました。まだ自力で小皿のミルクを上手く飲めませんでしたね。ミルクを指や布につけて口に持っていくと一生懸命吸って舐めましたね。

 3日目ぐらいから、どうも様子が変なのに気づきました。すごい食欲なんですが、どうもすぐ眠ってしまって元気がないですね。すぐに近くの獣医さんのところに行きました。原因はすぐにわかりました。お腹に回虫がわいていたのですね。早速虫下しの薬を数滴飲ませていただきました。
 効き目は覿面でした。数時間後に大量に虫を吐き、次の日の糞からも大量に死んだ回虫が出てきました。

 獣医さんに報告すると、「良かったね。たぶん母犬のお腹にいる時に貰ったのだろう。そんなに多く出たのなら、母親と一緒にいたら衰弱死してたかもですね。」でしたね。
 ふーん、そんな事もあるのかと思い、母犬が嫌っていたのも、虫の分まで母犬のお乳を欲しがったでしょうね。このことが原因かもしれないと思いましたね。
 それからは、普通の犬と同じですね。すこぶる元気になり、まもなくミルクも自分で飲めるようになりましたね。

「おつかいドラム」をダウンロード
お使いをして、私に届けようとするドラムです。

 愛犬ドラムは、新聞、郵便物、宅配やヤクルト配達等々の人達がやってくると、飛んでいってお手伝いしようとします。皆さん、ドラムがいないと寂しいと言って頂きますね。

 昨日に、変わった躾や訓練をしていないと記しましたが、まったくしていません。ただ、腕白盛りの頃に、色んなものをくわえて遊びますね。
 大切なものをくわえた時に、言葉でなんとか離させようしましたが、それが大切なものと判る訳がないですね。私達は、「ドラムっ、おやつをあげるから、離して頂戴。」ですね。
 おやつの方が良いのに決まってますね。そうこうして成長するにつれ、物をくわえて私達の周りをくるくるまわるようになりましたね。「おやつくれー」でしょうね。

 その後は、色んな物を運んできますが、「これは駄目」、「これは良くやったご褒美」と言う感じですね。今では、私達が指差すものはなんでも運んできますよ。
 大変利口なんですが、私達の失敗もあります。おやつを与えないと、くわえた物を離さないのですよ。だから、家のあちこちにドラムとレッテルを貼っておやつを入れた缶を置いています。お手伝い好きになってしまいましたね。朝から晩まで、お手伝いがしたくてし方がない犬になってしまいました。

 そんなこんなです。気持ちがほぐれました。前にも記したかもですが、恐らくこんな詳しくはないと思います。

 もう一つ、主人の帰りを待つ「忠犬ハチ公」と言う犬が有名ですね。私は愛犬ドラムを見て「人待ち犬」は、いるのだなーと思います。
 愛犬ドラムは、私や愚妻の帰りを玄関、座敷の窓を少し開けておいてやると、乗り出す様にして待っています(正座、時には窓の敷居に手を置いて、立ったまま)。
 その時は、「まだまだ帰ってこないから・・」と言っても、どんなことをしても駄目です。待つことに意気を感じているとしか見えない犬ですね。

 また、気持ちをほぐしたくなったら、今度は野を駆ける愛犬の話でもし様と思いますね。

気持ちをほぐしたい・・塵埃記

2007年3月15日天気は曇り。

 塵埃記を進め様としています。気持ちが落ち着かず、日々が流れています。遊びで進め様と思いました。
 もう下火になりましたが、ネットの中で「バトン」と言うのが流行りましたね。私はネットらしい交流の一つだなーと眺めていました。私のように歳を食っているものには、あんな簡潔に答えられないと思いながらも、楽しんでネットで遊んでました。

そこで、一番身近にいる愛犬で遊んでやろうと思いました。

●何歳で、何犬ですか・・
 この6月に9歳になります。雑種ですね。

●買われましたか・・
 買ってはいません。貰ってきました。

●どのような経緯で、お家に来ましたか・・
 友人二人で居酒屋で飲んで、愚妻に車で送ってもらいました。友人の彼女宅に上がり、また飲んでいました。庭から子犬の鳴き声が聞え、見に行きますと、ごそごそ出てきました。親犬は、他の2匹を抱えて、出てきた子犬を鼻で押しだし、「いらない」と言うような仕草をしました。

 私達は、その子犬を手のひらに乗せて、部屋に戻りました。また飲みながら犬の話をしました。友人が言うには、「柴犬の良い母親を飼っているのに、どこかの犬が来て子犬が出来てしもた。明日あたり、目の開かないうちに、子犬達を保険所に持っていこうと思っている。」と・・

 私達は、「可哀想やないか、誰かにあげたら良いのじゃないか。」と、そんな事を言っていると、その子犬が愚妻の手のひらでスヤスヤと安心しきったのか、寝てしまいました。

 愚妻が、「お父さん、貰って行きましょう。我が家で飼ってやりましょう。」と言いました。友人は、「おうっ、貰ってくれるかー、その子犬が一番困っていたのやー。母親が嫌って、死んでしまうと思ってたんやー。」。

 私は、「あとの2匹も、飼い主を探してやるから、保険所に持っていくのは、もう少し待ってからにしてくれ。」と言って、手のひらに乗っている、まだ目も開いていない子犬を、我が家に連れて帰ってきました。

 やっぱり、愛犬ドラムのこととなるとバトンになりませんね。エピソードが多すぎる愛犬ですからね。目も開いていない子犬でしたから、育てる苦労(楽しみ)はありましたね。

「お店番ドラム」をダウンロード
お店番をしている愛犬ドラムです。

 バトンで、どの様に躾をされたとか、どの様な食事とかと記そうかと思いましたが、出来なくなりましたね。まだまだ我が家で暮らして行きます。見届けたい事もあります。それからでも記せると思いますね。

 ただ、画像でもお判りいただけると思いますが、頭より首の方が太い犬です。首輪を簡単に外してしまいます。散歩でも、野を疾走する様に自由に遊びます。放し飼いが禁止になった時代です。どの様に躾をしたかは答えられません。普通に躾しました。自慢話がありません。

 ただ、勝手な行動をとったり、ゴミをあさったり、色々な悪戯をしました。私達が言えることは、我が子の様に、言葉で一所懸命説得しました。躾に暴力を使ったことはありません。今でも悪戯をします。でも、ドラムが謝ろうとする仕草を見ていると、悪い事をしたと判っているような感じを受けていますね。

 またまた、愛犬ドラムの事で、塵埃記を進めてしまいました。今ドラムはどうしているか・・愚妻が帰ってくるのを、待ってますね。
 その待ち方の愛くるしい姿は、私しか判らないと思いますね。

昔から変だよ・・日本の野球界。

2007年3月11日天気は晴れですが、風が冷たい。

 またやってくれましたね。プロ野球西武の金銭供与事件ですね。私は母校の県立高校野球部を、ずーっと応援しつづけています。皆さんと野球の話をよくしますが、もう昔から金銭供与はあるものとして、いつも会話していますね。

 田舎の県立高校ですから、プロ球団がやってきてどうこうしたと言う話は聴きませんが、OB達や野球好き人達との会話で、いつも話題になっているお話をしましょう。

 我が母校は県立高校ですので、よい選手を獲得する事は出来ません。成績が優先ですね。野球馬鹿では入れないからですね。でも良い選手で入学希望してくる子供達も沢山います。

 でも昔から、我が地や近隣の中学の優秀な選手が、成績がよくても甲子園名門私学校や甲子園を目指す強豪校に流れてゆきますね。これは、何らかの特別待遇を受けるからですね。

 中学校の軟式野球部ではなく、シニアリーグと言って硬式クラブチームが大変盛んになりました。ある意味での野球塾の感じも受けますね。監督さんもプロ経験者もいるぐらいですね。

 そのチームの優秀選手は、日本全国の強豪校に散って行きますね。その少年野球チームの監督さんが推薦(何らかのお礼を頂いて)していると言う話ですね。
 また少子化で、子供が少なくなり、生徒集め(特別待遇はなく)としても行われている様で、そんなに上手でない子供も送り込んでいる様ですね。
 高校野球好きの連中での会話では、こんな話は、普通の話として語られていますね。

 皆さんが清潔で爽やかな甲子園高校野球だと、楽しまれていますが、地域性も薄れ全国の中学のオールスター(特別待遇を受けた選手達)みたいな高校も出てきましたね。もう皆さんも勝つためには、当たり前のことだと高校野球を見ておられるでしょうね。(曖昧な日本人でしょうね。)

 そんな特別待遇を受けた感じで、最終はプロの契約金を目指している様な親達や選手達ですね。「供与を受けてはいけない」と言うような心が育たないですよね。

 私はもっと透明性のあるものにしたらよいと思いますね。アメリカの大学の様に、優秀な選手には奨学金制度ですね。卒業したら返済ですね。
 どんどん優秀選手を集めたら良いと思います。そうすると、欲ボケの親達は、「息子が駄目だったら、返済が大変だ。だったら近くの高校で頑張らそう。」となり、少しは地域性が守れるかもですね。

さて、特別待遇を高校野球好きの連中の話として記しておきましょう(私は詳しくは知りませんから)。
特別待遇選手は、授業料免除、寮費や食事代の免除等々があるそうですね。私が思いますに、大学や社会人、ましてプロ球団に入ると、その学校へ、お礼の寄付金等で返しているのじゃないですか?・・私学校は、損得勘定も計算済みのような気がしますね。人気料(学校のCM代)としても、計算がたちますね。

 優秀な野球選手は、金銭的に見ても美味しい素材なんですね。どんどんエスカレートして、子供(小学生)ぐらいから、良い素材探しで、大人達が動いていますね。ボランティアでは出来そうもありませんね(笑)。
 ボランティアであっても、心の中は「もしも契約金一億の選手になったら、何らかのお礼があるだろう。」・・だと思いますよ。(人の世ですね。)

「ボケの花」をダウンロード
白いボケの花です。

 皆さんも、変だと思われるでしょう。でも文句の出ない日本の野球界なんですよ。「とボケるのもいい加減に白っ」と怒りたくなる方達いますかね。「しゃーないなー」だと思いますね。子供達の間には、優越差別社会が出来てますよ。時々ボールひらい達が暴発して暴力事件でしょうね。

 私は母校の、田舎の爽やか県立高校野球部を、一生懸命応援し続けますね。

「いじめ問題」への戯言・・

2007年3月7日天気は快晴。

 桜便りが聞えてくる春になりました。私は野暮用が多く、野山を駆け巡ると言う訳に行かず、日々を過ごしています。

 塵埃記を進め様と思考をめぐらしますが、NHKの「いじめ問題」の討論会を見た時の思いを戯言にしましょう。

 先ずは、よく教育委員会や学校長などが発言する「調べましたが、いじめの事実が確認できなかった。なかったと思います。」とよく言いますよね。
 私は、「いじめ」は必ずあるものだと思いますね。大きい、小さい、陰湿、無視、暴力等々と、人間社会では必ずありますね。
 学校も、人が集まる所は「いじめ」はあるものとして、最初から取り組むべきだと思いますね。

 昔から人の世は「いじめ」(差別)が起きるからと、道徳や宗教や哲学などで、人の和を大切にと色々な格言や言葉で膨大な数で解かれていますね。私の子供頃は、「いじめ」とはあまり言わずに、「差別してはいけない」と言う方が多かったですね。

 番組模様で討論している大人達が、論争と言うより、罪のなすりつけあいですね。最後に子供達が、「子供達の声に、もっと耳を傾けてください。」と言った言葉が、一番印象に残りましたね。

 競争社会になって、年数が経ちました。まだまだ激しくなっていく様です。この中で育ってきた親達や教師ですね。もう世の中が、いじめ合いになっていますね。政治家のお偉方達まで、いじめ合戦ですね。
 そんな大人達の姿を見ているのが子供達ですね。人と人とが足の引っ張り合いの、激しいストレスの中で暮らしていますね。そのストレス発散は、「いじめ」(優越と言う見難い差別意識)にむかうしかないでしょうね。これは子供達だけの問題ではないですね。

 さてどうすると言われても、私には解決策は見出せませんね。先ずは大人達が、人の和を大切にする世を目指さないとですね。
 こうし様という理論だてるより、正しい精神や魂を磨くと言う感性を育てないとですね。格差が精神にまで広がると、もっと差別社会が到来するような気がしますね。(世界で争ってギクシャクしている国々がありますね。精神の差別意識も原因している様ですね。)

 大人達が作る差別(優越意識)社会が広がると、学校(教師やPTAを含めて)は「いじめ合戦」となるでしょうね。いじめは人の世では、起きるものとして、戦争(戦争は、もっとも酷い暴力のいじめですからね)にならない様に防いで行くことかもしれませんね。謙虚な姿勢と言う精神性がありますが、謙虚で穏やかな子供が生き難い、そんな時代は間違ってますね。

戦争を防ぐ方法・・「相手を思いやる対話」しか浮かんでこないなー。思いやると言う言葉も優越感を感じますね。人の世は、難しいはずですね。

 いつの世でも、精神の磨けない、反社会的な行動をとる悪い奴らは現れますね。遭遇すると皆が災難となりますね。どうしたら遭遇しない様に出来るのでしょうね。警察力でしょうかね。

桃の節句・・お雛祭りですね。

2007年3月3日天気は曇り、雨もぱらつく。

 ネット交流はありがたいものです。皆さんからお雛祭りの画像を沢山に頂き、お祭り気分になりました。今、焼酎をあおって塵埃記を進めたくなりました。のんびりとネットでお祭りですね。

 日本の歴史の中には、節句というのがあり、皆さんがそれぞれで、何がしかのお祭りをされますね。

人日(じんじつ)/陰暦正月七日「七草がゆ」
上巳(じょうし)/陰暦3月3日「桃の節句」
端午(たんご)/陰暦5月5日「端午の節句」
七夕(たなばた)/陰暦7月7日「七夕祭り」
重陽(ちょうよう) /陰暦9月9日「菊の節句」

 上記の五つの節句があるそうです。今日は桃の節句ですね。その説明は、ネット検索で楽しんでくださいね。

 私が思いますのに、災難や厄を払うお祭りなんですね。日本の各地には、沢山のお祭りがありますね。この祭りについての思いを記してみたくなりました。

 昔の人々の日々の単調な生活の中で、季節や豊作を祝う祭りが、年に何回か行われてきました。美味しいものを作って食べて、酒を呑んで、ワイワイ騒ぐ事で祭りとなりますね。その形態は、村や町ぐるみの大きなものから、家族単位の小さなものまで含めて、お祭りとなりますね。

 災難や厄罪に襲われるのを、明るく元気に祭りで吹き飛ばそうとする知恵の様な気がしますね。ある意味での日々のストレス発散を促す行事と言えますね。毎日がお祭りの様な現代人は、メリハリと言う点で、発散材料を失いましたね。貯めたストレスを引きずって行きますね。

 何を言いたいのか、わからなくなりました。この辺で終わりにします。ただ、この桃の節句を祭り気分になって、楽しくワイワイ過ごされた方達は、確実に暗い厄(ストレス)が払えて、明るい明日がやってくるような気がしますね。

 お祭りの大切さは、そんなものかもと思いながら、戯言を記しました。私は、明日が亡母の三回忌です。これも、ある意味でお祭りですね。供養の儀式は1時間ほどで終わります。
 あとはお墓参りと、檀家寺の若い法師(住職)と親戚縁者と新婚の息子夫婦とワイワイ、美味しいもの食べて、酒を呑んで、楽しい日にしたいと思いますね。法事も祭りと思考してしまいました。

 さてさて・・楽しい祭りのように亡母の法事が進み、ストレスが発散できるでしょうか。それは私の心の度量が決めることになるのでしょうね。

ありふれた小花達の宣伝マンへ・・

2007年3月1日天気は快晴。風は少し冷たい。

 本年も、早3月に入りました。画像掲示板には、各地から春の便りが届いています。河津桜が見頃となり、大勢の人達が楽しまれているとの「桜便り」も頂きました。

 さて、田舎にいる私も、愛犬との散歩で畦道を探索していますが、春の花達が咲きあがりかけました。
 まだまだ本来の花姿ではないですが、レンゲ、トキワハゼ、ムラサキサギゴケと、今は、タネツケバナやオランダミミナグサやナズナが畦道を白く染めていますが、紫にそめる交代選手達が芽吹いて来ましたね。
 あっ紫なら、花はまだですが、スミレを忘れてはいけませんね。♪スミレの花ー咲くコロー♪と青空を眺めながら、歌いたくなる季節となりましたね。

「ヒメウズ」をダウンロード
1cmない小花のヒメウズ(姫烏頭)です。・・道端の早春を知らせる花です。クリスマスローズが人気ですが、此花も謙虚にうつむいて咲きますね。キンポウゲ科だそうで、今から野は、このキンポウゲ科の黄色の花で埋め尽くされますよ。(キツネノボタン、ウマノアシガタ、タガラシ等々)

 ↑の画像のヒメウズは、2年前のものです。この2年間は、この早春の時期に野暮用で見れませんでした。
 今日も散歩でヒメウズを見ましたが、花はつけているのですが、開ききっていなかったです。素敵に開いた花を、寝転ぶ様にして画像にしたいです。

 ありふれた花なのですが、私の発信はこうした極身近な花達になります。本年は、諸事情があって里山へは、度々行けないでしょう。散歩道の野の花をじっくりと眺める事となりますね。

 前にも記しましたが、写真を楽しんでいるのではありません。コンパクトデジカメで花を追っています。ただ、沢山咲きあがって来た時に、同じ花でも美人花コンテストのように、素敵な咲き姿の花達を見つけようとします。人間と同じですね。美人がいるのですよ。明るく元気で素直な咲き姿こそ、野花コンテストの上位へとくいこんできます(笑)。
 お初に登場してくる花もいます(私の初めての出会いですね)。初出場は必ずコンテストのトップを独占しますね。そこに素晴らしい園芸花達が紛れ込んできます。避けなければなりません。審査の目が無茶苦茶になりますからね。野菜の花達ぐらいにしておかないとなんですよ。

 だから、私の画像は花達次第なんですよ。それもピントは外すは、手ぶれはさすは、設定は間違うはの、花達には申し訳ない審査員ですね。
 でも一つだけ強力なお助けがあります。「明日があるさ」ですね。ありふれた花達は、「また失敗したの、明日またおいで、仲間を紹介するから。」と言ってくれますね。

 そんなこんなで・・本年も「ありふれた花達の宣伝マン」になる季節がやってきました。冬まで畦道花舞台のショーは開演となりますね。
 「散歩道の自然」が、日々の花舞台ショーです。お楽しみくださいね。

 開演の幕を、ネコヤナギの花に開けてもらい、カチカチカチッと知らせさせましょう。
「猫柳の花」をダウンロード

個人情報は、もうバレバレ・・

2007年2月24日天気は曇り、風も冷たい。

 暖かい日が続いていましたが、週末は少し寒さが戻りそうですね。でも花達はすっかり春支度ができあがっているようですね。

 さて、呑気な思いで塵埃記を進めます。ネット初期からある「ゆびとま」が暴力団がらみで、問題になりましたね。
 ●「ゆびとま」は、ウェブ同窓会「この指とまれ!」(小学校から大学まで全国6万校を網羅 ...とありますね。

 各学校の同窓生個々のメールやホームページ紹介ページですよね。これはある意味と言うより、明らかな個人情報収集ページですよね。ネット初期は気づかずに、私も登録しました。
しかし、プロバイダーが変わり、メールアドレスも変更しましたから、もう私の情報はないとも言えますね。

「鏡の中へ」をダウンロード
ネットを楽しむ皆さんへ、個人情報は、鏡の中への様にとクッキリと取り込まれてますね。

 色々な簡易ホームページやブログの世界がありますね。膨大な個人情報の集積場所ですね。
 各自の趣味趣向が、はっきりとデーター分けできますよね。CMターゲットがより正確になりますね。

 世界最大になりそうな「Google」(私は検索は、ほとんどです。)もそうですね。膨大なホームページを整理していますね。こりゃー大きくなりますよ。世界中のCMターゲットを把握できますね。彼らから見ると、世界や私達は丸裸同然でしょうね。
 まあ、私の個人情報なんぞは目もくれないでしょう。大きなグラフデーターの素ぐらいでしょうね(笑)。

 発信内容が素晴らしければ、素晴らしいほど素敵な情報になるのですからね。しかし発信する事がネットですよね。もうこの世界からは、私達は前に進んで行くしかないですね。

 ただ、私が呑気に思いますに、お金持ちで裕福だと思わせる発信は控えた方が良いでしょうね。これからはCMや嫉みが、押し寄せてきそうな感じがしますね。考えすぎかなー。

 私は、田舎で「貧しく清く生活している」と大きな声で宣言しておきましょう。CMは無駄になりますよ、買う力やクリックする力がありませんと言っておこう。

世界の梅公園

2007年2月20日天気は快晴。

 昨日、また大好きな1人ドライブを楽しむ事が出来ました。ネットのお友達から、画像掲示板に龍野市御津の梅林園やそのすぐそばにある「世界の梅公園」のお知らせを頂き、また春の海も見たくなりまして、たまらなく車を走らせました。

 メインページにアルバムを作り、ご覧頂ける様にしました。そのアルバムの説明の様に塵埃記を綴りますね。

 先ず、姫路城を楽しみました。正面、側面、裏からと眺めました。まあーいつ見ても立派なお城でしたね。
 国道2号線を走り、それから海辺の方へ入ります。国道250号線に乗り、龍野市御津へ入ります。ここは海と梅の街として有名なんですね。

 綾部山梅林園がありまして、二万本の梅の木が植わってますが、2年前に楽しんでますので、その前の菜の花畑だけを楽しみました。これが素晴らしいです。梅林に決して負けませんね。

 そこから少し行くと「世界の梅公園」があります。初めて入りました。世界の350種の梅が楽しめますが、梅の花一輪、一輪を見て歩いて、違いを見たいですが、到底無理と判断しました。色んな梅が咲き乱れている木姿を楽しみましたね。梅は梅と眺めましたが、風情の違いは少し感じましたね。

「世界の梅公園内」をダウンロード
私が、梅を眺めていると、ひょっこり顔を出したワンチャンがいました。

 梅公園のパンフレットを貰ってきましたので、大雑把に梅のことを記しましょう。
▲日本種には・・
●野梅系・・原種に近く、じょうぶ。枝が多く葉が小さい。
●紅梅系・・枝が細く、髄部は紅色。葉は野梅系に似る。
●豊後系・・アンズとの自然雑種。枝が太く、葉が大きい。
●外国種・・中国と台湾と韓国の梅でした。

 梅を楽しんでから、春の海を見たくなりました。赤穂まで海岸線を走って、海を眺めました。
 暖かくて、車窓あけて走っても丁度心地よいくらいでしたね。海は水蒸気が上がっているのでしょうか、冬の海とは違っていました。
 春霞なんだろうなーと画像にしましたが、島々が綺麗なんですが、画像になりませんでしたね。

 でも、暖かい春の陽射しを受けて、眺める海は素敵でした。最終の赤穂岬まで行き、大石蔵之助も眺めただろうと春の海を楽しみました。

 そんなこんなで・・1人ドライブを楽しみましたが、画像がどうも不満ですね。どうも画素数が足りないのかなーと感じかけました。それとも春の陽射しに設定を間違ったのかなーですね。でも、私が追っている風情は、なんとか画になった様です。
 お暇な方は、アルバムをお楽しみください。暫くだけ掲載しますね。

呑気な山歩き・・

2007年2月15日天気は快晴。

 塵埃記のネタがありません。世風の話が続きました。この12日(月)に素晴らしい天候に誘われて播州の山を歩きたくなりました。
 あまり記したくない情けない呑気流の山歩きで、塵埃記を進めます。

 私の山歩きは、野草花達を見たくて歩いています。ですから、登山ではなく、ぶらぶらと、ごそごそ歩きになってしまいますね。
 我が地から西に、車で30分ぐらいのところに「雪彦山」があります。南へむかえば「六甲山」も40分ぐらいで行けますが、ほとんど人影を見かけない「雪彦山」の方が、のんびり歩きの花探しには最適でして、季節の良い時に何度か足を運びます。

 雪彦山は、林道の改修工事で通行止めになっていました。帰ろうと思いましたが、来る途中に「七種山(なぐささん)」の看板を見てましたから、「おうっ、播州の名山683mかー(笑)」と歩いてみることにしました。

「七種山」をダウンロード
七種山の頂上まじかの神社から・・

 私は登山口に入るまでに、ごそごそ花を探して歩きます。花は野の花でして、我が散歩道と同じでした。登山口からはちょっとだけ険しい坂道ですが、なんてことはないですね。花を探しますが、コショウノキの蕾を見て、咲いたものがないか探しました。出会えませんでしたね。
 ただ、残り椿一輪ですが、ヤブツバキがとてもふくよかで綺麗でした。画像作りに失敗しました(これはよくあることです)。

 展望はほとんどありません。七種の滝まで登りますと、落書きだらけの神社がありましたね。

「七種の滝」をダウンロード
標高差73Mの七種の滝ですね。

 これが有名な滝かーと眺めましたが、ちょろちょろと水が落ちています。登山会の人達が立てた看板を見て、笑ってしまいました。
 薀蓄が書いてあり、「期待してこられましたが、さぞ残念でしょう。水量がないと岩肌を見るだけです。でも気を落とさず、再度尋ねて見て下さい。」とありましたね。水量のある時は見ごたえがありそうですね。

 まあ私は、もうすっかり慣れっこになってます。播州あたりの山や滝や神社仏閣の看板を見て、楽しみに入って行きますが、がっくりと眺めることは毎度のことですね。でもその裏手や付近を歩くと、素敵な野草花達に出会いますね。いつも花達は裏切ることはないですね。

 そんなこんなの、のんびり歩きでしたが、頂上までは、足を運びませんでした。暖かくなって、野草花達が沢山咲きあがって来た時に再度歩いてみようと思います。七種山の詳しいことを知りたい方は、ネット検索してください。
 私が出会っていない、クロバイ、ミヤマヨメナが咲くそうで、会ってみたいですね。

 あっそうそう、七種山を歩きましたが、ここも人影がまったくなくて素敵だと思いながら、下山していましたら、若いアベックさんと出会いました。
 トラックの運ちゃん風の男が、「滝までは、どれくらいやろー。」と聴いてきましたので、「今登ってきたぐらいやー。」と言って、少し離れて後ろを歩いていた子供っぽい女性に「滝は見れませんよ。岩を見るだけです。水がありませんよ。」と囁くように言ってやりました。
 誰もいない山の中で、彼女は不安げな顔で、山男風の白い髭面の私を見つめましたね。

荒波、小波が押し寄せる庶民の暮らし・・

2007年2月11日天気は快晴。

 ネット交流で色んな方達とお話をします。大変勉強になることが多いです。交流の年齢もあるようですが、色々な難問が押し寄せてきている様ですね。退職後の生活に入り、日々押し寄せてくる暮らしの中で、うつの状態かも知れないとお話される方もいます。
 また介護や子供の受験やらと、いっきに押し寄せてきている年齢の方達もいますね。
 私はほんとに政治家達が、庶民の暮らしがわかっているのかと思いますね。そこで、私とお友達の交流を塵埃記に持ってこようと思います。

 メールでのやり取りですが、許可を得ずに掲載しますが、お許し頂けると思います。
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●お友達のメールです。2月7日に頂きました。
こんにちは  現在 甲子園球場は改装の真っ最中。
外壁のツタを伐採すると 戦前のコンクリートの壁が現われました
なんと 広島の原爆ドームよりも古い遺跡的な価値のある球場外壁です。 

ところで
年末の東京出張のときに雪にあって以来 なかなか雪を見ていません。
このまま春になるのか・・・・ 去年は結構 雪を撮影できたのに。
雪の風景は 在庫の蔵出しになってしまいました。

豚児 猫娘 の 受験やら 両親のダブル介護やら 自身の癌の対応やら いやはや のんびり仕事も撮影もできません。
そんな年頃なんやろなぁ。・まだまだ 勉強です。
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● 私のお返事です。
 こんにちは・・素敵な雪と山岳景観をじっくりと楽しませていただきました。ありがとう。

 そうですか、歳と共に色々押し寄せてくるのが人生ですね。私も、もっと計画性があったならば良かったのですが、その時その時で、押し流されてしまいました。

 でも、13年間の寝たきり介護した両親も旅立ちました。亡父は7回忌も終わり、亡母はこの3月に3回忌ですね。
 一人息子も大学中退から、五年間ほど全国行脚をして、それから専門学校に行き、やっと落ち着き、息子の友人の父親がやっている会社に入り、昨年に結婚して、独立独歩で歩く様になりました。本年は、男の子の初孫が見れる予定です 。

 人生は、山あり谷ありといいますが、私達夫婦も、まさに色々と押し寄せてきましたね。
 でも、抵抗もせずになすがままに流されましたが、溺れずに泳げたことで、想い出も深いものとなり、両親は仏の花となりましたね。息子達も夢にむかう花となりましたね。

 私は、人生苦は過ぎ行く時間が解決してくれると思いますね。私達夫婦が出きる実力以上のものは出せませんでした。
 川の流れの様に(時の過ぎ行くままに)・・素敵な、大好きな言葉ですね。
 私も、この冬に雪を見たのは、1月7日の1日だけでした。呑気おやじでした。

(自身の癌の対応やら・・この言葉に対応して返信する能力は、私にはありませんでした。)

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 定年退職後の暮らしの中で、ちょっとうつ病ぎみかもしれないと、お話したネットのお友達のことからの思いです。

 私の亡母が、凄いうつ病でしたので、うつ病と聴くとビクットなるほど気にかかってしまいます。

 2月9日の神戸新聞に、素敵なコラムを見ました。NHKで気象キャスターとして活躍された倉嶋厚さんの記事ですね。
 人生訓も沢山含まれていて、素敵なコラムですが、その中の倉嶋さんの言葉だけを抜粋しましょう。充分にご理解頂けると思います。
 これも新聞記事からの抜粋ですが、お容赦頂けるでしょう。

 気象エッセイストの倉嶋厚さん・・83歳は苦しい時期を乗り越えて、自身の経験談を講演などで語りつづけている。
▲記事の題・・「生きていれば、人生は必ず展開する」(10年前に伴侶を亡くした喪失感からうつ病に、そして自殺未遂ー。)

●「今は、人生の小春日和のよう。時は最大の医者です。多くのことを解決してくれました。」
●「うつの状態は、過去を振り返れば後悔ばかり。将来を思えば不安ばかり、その時は脱力感で何も出来ないのです。」
●「人生70点主義」
●「私がかつて父親から教えられたこと。心配ごとを時間順に並べると、目の前の心配は一つだけになるんですよ。」
●「一方で、避けたいのは(人生の長期予報)・・あまり当たらないし、取り越し苦労になることが多いから。うつ病になる人は長期予報がうまいのかな。」
●「私の人生にまた木枯らしが吹くかもしれない。でも今考えて悩んでも仕方がない。」
●最後に「ああ言えばよかったなんて後悔しない様に、夫や妻への感謝の言葉も、思った時に言っちゃいなさい。愛しているよって、毎日言ってもいいんですよ。」

私は、上記の言葉で、亡母のうつ病を思い出してハットなりましたね。当時にこの言葉を亡母に伝えてやりたかったです。

 庶民の暮らしには、色々な人生苦が押し寄せてきます。それを大半の庶民の皆さんは、明るく元気に乗りきって行かれているのですね。だから私は、庶民が大好きなんですよ。

 庶民感覚から大きく外れた戯言を発している政治家達や官僚や企業経営人達に、「庶民あっての政治や国家や市場だよ。」と言いたいですね。

喜劇映画が見れなくなった・・

2007年2月7日天気は快晴。

 昨日、BSでまた「フォレスト・ガンプ」(一期一会)を楽しみました。1994年の作品ですから、もう12年前になるのですね。

 私は、テレビは映画番組を中心に見ます。田舎に住んでいるために、最新の見たい映画を劇場で見ることが出来難いです。映画は、子供時代を田舎の映画館の息子として過ごしましたから、大好きなんです。
 そのテレビからの映画ですが、この「フォレスト・ガンプ」以降の映画で、愛と涙と笑いの本格的な喜劇映画が大変少なく、見ていない感じがしました。お笑いだけのドタバタ笑劇のテレビドラマや映画は時々目にしますね。
 「釣りバカ日誌」はどちらに入るのでしょうね。微妙な映画の感じがしますね。サラリーマンの方達からだと、喜劇映画に入れても良いかもですね。「男はつらいよ」と「バカ日誌」と言う言葉の違いのようで、喜劇か笑劇かを迷いますね。

 「男はつらいよ」の寅さんシリーズもテレビで再々放映されていまして、楽しんでいます。渥美清と言う俳優の喜劇役者としての才能の素晴らしさを益々感じています。
 彼の若い頃の主演作の軍隊映画や版画家の棟方志巧役を演じたテレビドラマも見ましたが、人物そのものを素直にまじめに演じているのですが、笑いと哀愁を発散させる演技が出来るのですね。フォレスト・ガンプの主演のトム・ハンクスに少しだけ重なりましたね。

 私は、「フォレスト・ガンプ」を見て、昔に見た時に笑った場面や感動の場面が変わってきていましたね。あらゆる人達が、それぞれの人生観から違う見方が出来る映画なんだろうなー。喜劇映画の持つ、笑いの奥に秘められた愛の情景や涙の特徴かもしれませんね。私の人生観も、この12年の間に変わったのでしょうね。

 ネットで、フォレスト・ガンプ評などを見ると、松竹新喜劇で名を馳せた藤山寬美とダブらされていましたね。私もこの映画は、藤山寬美の笑いと涙に近いと思いましたね。

 こうやって考えて見ますと、最近に素晴らしい喜劇映画や喜劇俳優が見当たりませんね。
 喜劇王と言われたチャップリンの演技や映画に匹敵する作品が出てきてないような気がします。

 今、「武士の一分」等で有名な山田洋二監督(寅さんシリーズの監督)も、「国際的にも、喜劇映画が大変少ない時代になっている。私も、一番に挑戦したいのが喜劇映画だ。」と言ってましたね。
 また、人を笑わせて感動させることほど難しいことは、ないそうです。と言う事は喜劇が一番難しいそうですね。

「人面木コブ」をダウンロード
この月曜日の里山歩きで、木のコブが、人の顔に見えました。クスット笑えますか。

 フォレスト・ガンプは、笑いの中に、ハットする言葉がこぼれてましたね。
●「過去を捨ててから前に進みなさい」
●「人生は運命が決まっているのか? それとも風にさまよっているものなのか? その両方だと思った。」

 喜劇映画が見れなくなったと題して、塵埃記を進めました。利口で小賢しく、ずる賢い者達が活躍する世が反映しているのではないでしょうかね。

 生真面目で一生懸命な姿こそ、笑いと涙や哀愁に満ちた愛が生まれて、人生は感動そのものだと、喜劇映画(フォレスト・ガンプ)は教えてくれている気がしますね。

わちゃーっ・・里山が危ないっ!

2007年2月3日天気は快晴。

 本日の神戸新聞のトップ記事に驚きました。「但馬の里山・枯死20倍に」と枯れたクリ林を指指しているおっさんの画像と共に掲載されていました。自然環境問題が新聞のトップを飾るのは珍しいですね。
 新聞記事を抜粋して残して、ネットのお友達にもお知らせして、警告を発することにしますね。大好きな里山のことですからね。

●記事・・「兵庫県の里山では最も多い、ナラ類の樹木の枯死が、2004年度から1年で20倍に増えたことが2日、県の調べ分かった。
 被害は、但馬地域だが、クリなど県南部に多い木にも広がっている。木を枯れさせる虫が増えているためで、温暖化も要因の一つとみられている。今後の拡大が懸念される。」

 ナラ類はドングリをつける落葉広葉樹ですね。椎茸栽培に使うコナラ、クヌギのほかクリ、カシ、シイ、ミズナラ、ブナがあり、兵庫県の広葉樹の56%をしめるそうです。県の調べでは、ナラ類が枯れた森林面積は05年度が百九ヘクタールで、前年度の五.九ヘクタールの20倍になっている。

 原因は、長さ4ミリほどのカシノナガキクイムシで、虫についた細菌が幹の中で繁殖したのをきっかけに、枝や葉へ水分が流れなくなり木が枯れる。被害は樹齢50年以上の木に集中しているそうです。
 この虫の繁殖によるナラ類の枯死は日本海側の県を中心に全国に広がってる。

 予防は、県和田山農林振興事務所は、「枯れた木に薬剤をまきます。一本枯れればすぐ手を打たないと、翌年は周囲百メートルに広がる。被害が見つかれば、早めに連絡をしてほしい」としている。

「栗の花」をダウンロード
昨年の夏のクリの花です。我が地の里山にも、大変多いです。

 但馬は、丹波や播州の北のお隣地域ですね。いずこの地域も大椎茸や大クリで有名ですね。温暖化が原因で、虫が高山にも拡大しているそうで、大変心配な事ですね。

 鳥インフェルエンザと同様に、小さくて見えない敵と戦わねばなりませんね。農産物被害としての調査がまだ出ていませんが、拡大の危険がいっぱいですね。
 私は、気候も暖かかくのんびりと里山を歩いていましたが、樹木がなにか伝え様としている感じがしていましたが、お隣の但馬でこんな悲劇が始まっていたのですね。

 簡単に温暖化が進んでいると言いますが、その変化は、私達は初めて経験する事なんですね。いつも通りの季節がやってきているのじゃないのですね。なにが飛び出してくるか、判らないと言う時代に向かってますね。経験豊富な季節の達人達も、初めて経験する季節が年々やってくるのでしょうね。

 よくぞ神戸新聞は、このような自然環境問題の記事を、第一面のトップにしてくれました。
 私は神戸新聞は地方紙ですが、政治に対する社説等も見識が素晴らしくて大好きな新聞ですと、誉めておきましょう。

春です・・動く大花が出てきました。

2007年2月1日天気は快晴。

 一月の終わりの塵埃記は、世風に対して愚痴ぽくなりました。2月の塵埃記に進めます。例年なら2月は寒中ですが、本年は、暖かいです。自然はもう春の息吹が出てきています。

 さー春ですね。明るく、暖かい、優しさにあふれた、クスット笑っていただける戯言を目指しましょう。

「春の畑の大花」をダウンロード
私の散歩道に咲く、腰の曲がったお婆ちゃん(大花)です。

 愛犬ドラムと一緒に、我が家の裏に広がる田園地帯を歩きます。農家の畑も沢山あります。その畑に、私が何気なく、気にしているお婆ちゃんが出てきました。この大花が出てくると春なんですよ。

 寒い間は、家の中や縁側に坐っておられます。暖かくなると、畑や畦道に出てこられ、もう腰より下になった顔で、地面すれすれから作物を、眺めながら歩かれますね。

 これからは、日が昇ると「ごそごそ」、日が沈むと「ごろりん」、そんなズート続けてきた同じ日々を繰り返されるのでしょうね。このお婆ちゃんの声を聞いたことがないのですよ。無口なので、余計に花にたとえてしまいます。今年も、元気な春の動く大花が出てきました。

 畑のお爺ちゃんもいますよ。このお方も会釈はしますが、声を聞いたことがないですね。年がら年中に、色々な野菜や果実を沢山作られます。作っては畑の横に作物を積み上げてます。たぶん食べきれないのだと思います。でも背筋がぴんと伸びた元気な人なんですよ。

 本年も、物を言わないお婆ちゃんとお爺ちゃん(どちらも、いつも散歩道では、1人です)を遠目で見ながら、畦道の花を眺めて、ひと時の憩いとしたいと思います。その私が見たお花を、お裾分けの様に発信したいです。

「オオイヌノフグリ」をダウンロード
昨日のオオイヌノフグリです。

 この様に群れ咲きあがるのは、春なんですよ。野では元気者で、夏まで楽しませてくれますよね。

 自分では、気づいてないのですが、畦道や野で小さな花を探している時は、私も↑のお婆ちゃんのような姿になっているのでしょうね(笑)。

格差是正・・ようわからん??の追記・・

2007年1月28日天気は快晴。

 昨日の塵埃記に、世風に対する愚痴を記しましたが、格差是正に対しては思いが少しでしたので、追記で呑気な拙い思いをですね。

 この朝に便器に坐って、格差是正でふと思いました。「巨大化してゆくものに、歯止めをかける政治をしないと、格差是正なんておぼつかない。」と浮かびまして、考えながら追記します。

 もう、資本主義が行きわたり過ぎた世界は、沢山の大きな大きな恐竜達(巨大企業)が巷を歩いているようなものですね。恐竜達が歩く足元の、小さな人達を避けて歩けないですね。どんどんと踏みつけられて行きますよ。

 恐竜達も、どんどん食って行かねばならず、巨大化して行くしかなく、食い尽くしてしまいかねないですね。巨大化しようと合体したり、また争ったりしてますね。

 呑気に田舎から、世風を見ています。馬鹿な思いですが、「どこを規制緩和して、どこに規制をかけているのか」ですね。特権をどこに活かしているのでしょうね。ぶくぶく肥満した恐竜(耐震偽装の怪物)も野放しでしたね。

 またまた、政治や官の堕落と怠慢の所に行きつきますね。アメリカの未来映画(ロボコップやバットマン)じゃないですが、国や都市が、その巨大恐竜(大企業)に乗っ取られますよ(笑)。

 田舎に暮らして、田舎町全体をズート見つめてきました。規制緩和を恐竜達に与えると、巨大化して、あっという間に小動物達は踏みつけられて、食い尽くされて滅びましたね。今や恐竜達の動向が、街の動向をも左右するようになりましたね。

 田舎で巨大化した者同士(量販店)が、争いかけましたね。そいつらが暴れると、小商い達はもう逃げる場所もなくなりました。
 その様になって行くのが、未来の為に良いのか、悪いのかはわかりませんので、見届けてみたいですね。

 ただ、悪い方向に食い尽くされているものがあります。人々が昔から延々と培ってきた、暮らしの中での風土が持っていた「人情や文化」も、一緒に滅んでいっているのは確実ですね。

教育再生・格差是正・・ようわからん??


2007年1月27日天気は快晴。

 国会が動き出しましたが、根幹が良くわからないので、呑気な拙い思いを記しますね。

 教育再生ですが、良くわかりませんね。学校教育を言っているのでしょうね。政治家教育はないのでしょうかね。

 いじめ問題も、私が思うに確りとした教育ができていないのだと思いますね。何十年も前から問題は起きていますね。もみ隠さずに公にさらしていればと思いますね。確りと「いじめ」と言う問題を掘り下げて研究し尽くして、無くして行く教育論を作り上げておくべきでした。子供が不可解な死に方をすると、真っ先にいじめ問題として研究しておくべきでした。学校のリーダー達の仕事はそこしかないですからね。
 その「無くす教育論」を繰り返し行うのが教育だと思いますね。

 その教育論(出来てなさそうですね。)を、保育園児、出きれば妊婦の母親あたりから啓発していくべきだと思います。
 昔は、車の免許の更新の時に、凄まじい事故の写真を見せられましたね。無謀な運転は死を招くと教育されましたね。私達が大人になってからですので、効果は少なかったかもですが、大切な教育だったと思いますね。

 民主主義で、一番大切な法(規則)を守る教育と、人権教育をしていない学校なんて、教育施設とは言えませんね。「やっては行けない」と判っていることが教えられないのですからね。「いじめ」は、無謀運転の集団野ざらしと一緒ですね。子供達全員が、信号もない大変危険な道を歩いてますね。

 小さな花達を駆逐して行く雑草を刈り取る教育再生なんて、よくわからないですね。種や苗の時から、「皆で暮らす小さな島国です。調和と協調で、花園の国にしましょう。」と言う花に育てる教育ですね。これは教育者が花でないといけないですがね(笑)。

 格差是正も良くわからないですね。これも十数年も前から、地方では問題になっていましたね。最近になって、都市部でも「シャッター通り」が沢山出てきて、慌てているのでしょうね。

 この様に思いますと、公の機関の堕落と怠慢であった所に行き着いてしまいますね。そんなリーダー達に、庶民や子供達が「シラケ」てしまって、心が荒んだ国に突き進んでいるようにも感じますね。

 私はリーダー達にお願いしたいです。まだまだ残っている庶民の美心に訴える「国の改造論」や「精神論」を発して欲しいですね。
 「美しい国」・・精神的にはどんな国なんですか、よくわかりませんね。

 「人類滅亡時計があと5分」や「温暖化で、この世紀末には、水不足で何億人が死滅する」とか、たかだか何十年先に起きる未来の問題提起がなされています。
 ちまちまとした政争や、特権を利用しての政策では、世界に誇る「美しい国」なんて作れませんよ。もっと地球規模の大きな観点から、国作りを模索して欲しいですね。
 子供達にも、「いじめ」みたいなもので、ちまちま人間形成している時ではない。すぐ君達が経験する未来(助け合わないと、生き残れない)が、やって来ていますと教えなさいですね。

 環境問題も、未来の大人の子供達に、確りと教育して欲しいですね。根っこからですよ(青春期になって、自立して花になろうとする時では、もう遅いですね)。
 たぶん小さな子供達は、素晴らしい発想で解決策を見つけると思いますね。

 またまた呑気な戯言で、あっちへ飛び、こっちへ流れですね。月末になると、愚痴りたくなる様ですね。商い人の脆いところかもしれませんね。確りと教育再生しておきましょう(笑)。

冬の海

2007年1月23日天気は晴れ。

 昨日は商店街がお休みでした。いつもだったら里山巡りを楽しみますが、21日に神戸の港近くで、妻の甥っ子の結婚式がありましたが、ちらっと海を見ましたので、冬の海の潮風に吹かれたくなりました。大好きな1人ドライブで、愛犬に留守番を頼んで出発しました。

 私の1人ドライブは、もう愚妻の車となってしまった。小さな白い燃費の良い車です。車には、エンヤ、カーペンターズ、高橋真梨子と私が好きなCD3枚しか乗せていません。
 高橋真梨子の素敵な歌声を聴きながら、「誰もいない海」を探そうと、高砂の海にむかいました。工業地帯の海ですから、人影はほとんどありませんでしたね。

 潮風の香りが、冷たく匂って肌にながれました。天候も良く水色の空と深い青の海に陽が当たり、キラキラと輝く海を楽しみました。
 淡路島がぼんやりと見えまして、明石海峡大橋も遠くに見えました。加古川の市街で、十月桜が咲いていると新聞に出ていましたので、見に行くつもりでしたが、海岸沿いをドライブして、明石海峡大橋を西から東へと大きく見えて来る姿を追いながら海を楽しむことにしました。

         
「海を眺める」をダウンロード
 遠くに明石海峡大橋が見えます。画像では見えませんね。でもこうやって見ると、海に架かっている様には見えませんね。泳いで行けそうですが、海流が強く無理だそうです。その海流に居る鯛は、身が締まって美味しいのですね。明石鯛は有名ですね。

 だんだんと人影多くなり、舞子の大橋の下まで来ました。ショピングセンターが乱立していて、沢山の人達を見ることになりました。
 車にすぐに戻って、また流れる曲を楽しみながら、山道を通って帰ることにしました。花達を見つけることはできませんでしたね。

 走ったのは都市部の海岸線の道路ですので、ここぞと思うところの細い道を、海へと入って行きますが、行き止まりや、工場の敷地へと入ってしまうことがありましたね。高砂から逆に走って、姫路や赤穂方面へと、西にむかうと開けた海岸線で、素敵な景色が楽しめたのですが、梅や菜の花が満開となる二月ごろに、ドライブしてみたいですね。

 ごく身近な所でして、我が地からだと車では40分あれば行ける海ですが、1人で走ると言うことが大好きなんですが、どのような心理なのでしょうね。なんか男の遊びのような気がしますね。
 夜の素敵な夜景を楽しむドライブは、出来ないのですよ。暖かい所で酒のそばが、一番好きなのです。これも男遊びかな。

 なにを仰る!・・女性も1人ドライブや1人酒は楽しんでますよと、聞こえてきそうで、この辺で、戯言を終了します。

田舎のおやじが検索遊び・・

2007年1月19日天気は曇りで、野は寒かったです。

 次の日曜日に、愚妻の甥っ子が結婚式です。私達夫婦も参列しますが、無難な所で、私が「乾杯の挨拶」をと頼まれています。

 私は30歳台後半の頃から、商工会の若い人達に対する講演やら、選挙での応援演説等々で、大勢の人の前で馬鹿話をしてきましたから(自慢じゃなしに、ほんとに田舎のオッサン馬鹿話です。謙虚に、もう辞め様と決めています)、引き受けましたが、厳粛な若人の晴れ舞台ですね。間違いがないように、ネット検索で確り調べました。

 まず、「結婚式の挨拶」と打ちこんで、開いたページの「乾杯の挨拶」をクリックですね。
 正式の挨拶の言葉を検索できましたね。なんとかなりそうですが、補足に「乾杯の挨拶は、食事を目の前にしていますから、長くならない様に注意。」と、こいつが気になりましたね(笑)。

 それから、正式言葉だけでは芸がないと、若い二人に贈る言葉を添えたいと、「愛」、「希望」、「人生」、「結婚」等々と、素敵な格言がないかと検索を繰り返しました。凄い数がありましたよ。
 でも、その中から、結婚式に似合って、短くて素敵だなーと思うのを探すのが大変でした。
 短い格言の中に「アフリカの諺」で、面白いなーと思う格言に出会いました。
 次に、「アフリカの諺」で検索ですね。私の検索能力がないのか、意外と集約されていないのですね。バラバラと出てきて、これも結婚式に合うのを探すのに、一苦労しましたね。

 そうやって、ネット検索によって、私が見つけ出した「アフリカの諺」を記しましょう。

 「受け取る手はいつも、与える手の下にある」

 「家庭内で平和を保ちたいなら、妻の言うとおりにしろ」

 ↑の二つを「乾杯の挨拶」の中に、短く盛り込んでやろと思っています。ネットのお友達の皆さん、「それは、辞めておいた方が良い。」とか、もっと素敵な言葉がありましたら、教えてくださいね。
 ただ、短くてインパクトがある言葉が欲しいですね。長くなってはいけない「乾杯の挨拶」ですからね。

「スイセン」をダウンロード
本日の散歩で、楽しんだスイセンです。

 今の季節に咲きあがっている花の中で、スイセンが綺麗ですよね。スイセンにちなんだ素敵な言葉を探そうと、最初に「花言葉」を検索して、「ありゃー駄目だ」とやめました。

 スイセンの花言葉は「神秘・うぬぼれ・我欲・利己主義・自己愛・自尊心・尊敬・片思い」と検索で出てきましたね。スイセンを摘んで、手渡すことも出来ないですね。

 そんなこんなで、塵埃記を進めました。ネット検索ほど助かるものはないですね。ネットパソコンを背中に背負っていると、総ての人達が平等に知識人ですよね。「エリートと思っている人達よ。傲慢もほどほどに!」と言っておきましょう。

震災から12年・・

2007年1月17日天気は小雨。

 阪神・淡路大震災から12年が経ちましたね。私には、前にも少し記しましたが、芦屋で幸せに暮らした叔父さん達家族に大変な不幸が、襲ってきて、その後も続いていることを、記憶を刻み込む為に振り返りましょう。

 12年前のこの17日の明け方に、兵庫の真中の田舎にいる私達のボロ家も激しく揺れました。その後、眠ってしまいましたが、暫くして妻がテレビを見て、「お父さん、えらいことになっているわー、阪神高速がめげてるでー。」と叫びましたね。

 私は飛び起きて、そのテレビ画像を見ました。「おいっ、叔父さん達の近くやぞっ、電話してみーやー。」と妻に言って、電話をさせましたが、まったく通じませんでしたね。

 心配でしたが、どうすることも出来ませんね。テレビを見て、報道がどんどん悲惨な凄い状況になって行くのを眺めているだけでした。
 夕方になって、やっと電話がありました。叔父さんから「娘の長男が、家の下敷きになってもうたー。」と涙声の電話でしたね。甥っ子はまだ10歳の可愛い盛りを知っていました。
 生きていてくれと私は、すぐにお隣さんから、ポリ容器を沢山買いこみ、水を入れて車に乗せて出発しました。もう暗くなってましたね。

 阪神高速は走れないし、神戸市内には交通渋滞で入れない報道も見ていました。
 そこで私は地道を走り、有馬から船坂峠越えで行くことにしました。この峠は道路凍結で通れないことがありますが、強行突破することしました。通れましたが、ここも凄い渋滞でしたね。

 時間はかかりましたが、なんとか芦屋の「山の手」あたりの市街まで来ました。暗かったですが、まわりを見て驚愕しましたね。戦争映画でしか見たことがないような、家屋の倒壊やら、道路が壊れていると言う凄まじい光景でしたね。

 私は、若い頃に神戸の会社に勤め営業をしていましたから、芦屋近くの道路網には詳しかったから、壊れている道路を迂回しながら、上に阪神高速道路が走っている国道43号線までたどり着きました。ところが43号線は、まったく車が動かないと言う渋滞でしたね。

 そこでまた脇道に入り、43号線をいっきに渡り越えました。そこからは、もう地獄絵のような光景ですね。人々は、広場や運動場や公園に集まり、火を焚いて暖をとっている、その明かりだけが激しく目に飛び込んできました。

 公園の石畳に呆然としてしゃがみこんでいる人達を見ながら、日が変わる前ぐらいに、やっとのことで叔父さんの家に辿り着きました。叔父さんの家は、辛うじて残っていましたが、まわりの家はぺっしゃんこに崩れてましたね。

 家族の皆さんが集まっていました。叔父さんが、「孫が、孫が、死んでもうたー」と椅子に腰掛けたまま、動けずに声を発するだけでしたね。ポリ容器の水を届けると喜んでいただきました。
 それから、小さな布団の中で眠っている10歳の甥っ子の姿を、手を合わせて見ました。圧迫死だったのでしょう。どこにも傷がなく、眠っている様でして、私は涙があふれ落ちましたね。
 後ろから、亡くした長男のお母さん(従姉妹)が「マンションの一階に住んでいたのですが、2段ベットの上で寝ていて死んでしもて、その下にいた私達が助かった。」と、悲しみ泣くと言うより恐怖の震え声でしたね。

 また誰かが、「助けに行って、ドアを空けたらマンションの2階の部屋のドアやったんやー。一階がのうなってもてた。何時間もかけて、掘り出して助けたんやー。」と言ってましたね。
 恐らく、こんな恐怖を味わった家族は、いないだろうなーと思うぐらいの言葉を耳にしましたね。

 12年前の震災の夜の出来事でしたが、私にはまだ鮮烈に蘇りますね。明くる日から、救援に奔走する日々となりましたね。

「サナギ」をダウンロード
12年経っても、神戸は、まだまだこのサナギの様に落ちそうな感じで、羽化して羽ばたけない方達がいっぱいですね。

 その後の、叔父さん達家族は、事業も立ち行かず、一家は離散しまして、各地でがんばっているようです。

 長男を亡くした従姉妹家族は、恐怖体験から、暫くは芦屋に住めず、私達の田舎で3年ばかり過ごしました。その後、芦屋の県営マンションに移り頑張ってましたが、昨年の12月に従姉妹は、こんどはガンで42歳と言う若さで、長男の元へと旅だって行きましたね。私達の先祖の墓近くで、一緒に眠っています。

 不幸は不幸を呼ぶのでしょうか、悲惨な体験を乗りきってきた、その上にまだ孤独死が続いていますね。私の震災の思いは、悲しみと言うより怒りを、いまだに湧き上がらせてしまいますね。

 被災者意識は薄れていると思います。でも新たに、生きる力をなくして、寂しく1人亡くなって行く人達を生み出しています。震災当時の助け合おうと言う「優しい心」の復活も、この記念日で思い出して欲しいですね。

知の共有・・社会。

2007年1月13日天気は晴れ。

 前の塵埃記で、未来の話を持ち出して、私なりの思いを記しましたが、さすがに未来の話で納得が行きませんね。でもネットのお友達から、そうなんだろうか?との言葉が出てきますね。私の甘い希望的解釈は曖昧ですね。

 そこで、そのお友達にお返事したままのコメントを記すことにしました。これも情報革命社会の小さな発信ですね。こんな遊び情報があふれることで、情報革命が起きると言っているのかもしれませんね

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こんにちは、塵埃記を読んで頂きありがとう。
私も未来学者のアルビン・トフラーは、確りとはまだ勉強してません。
未来の話ですからね、私なりに解釈するしかないのですね。
ただ、情報革命社会に入っていて、次の波を彼は予想しているのでしょうね。

情報が寸時に入るネット社会です。その未来を予想したのでしょう。
個人の嗜好が、それぞれで生産を生むと予想しているのでしょうね。
野菜を美味しく食べたい、自分で生産したくなる(自然な感情ですね)。
そんなことは、出来ないと思っていたことが、情報でいくらでも学べる世界ですね。
そんな風に、彼の言っていることを、私は解釈していますが、間違っているかもしれません。

私から見ると、貴兄のページこそ生産消費者そのものに見えますよ。
石仏や巨木を追うのは、少し前ならその道のプロが生産していたものですよね。
貴兄が情報として、世界に発信されているのですよ。素晴らしいことだと思いますね。
掲示板では、このくらいで、ご勘弁をですが、アルビン・トフラーは、30年先ぐらいのことを言っているようです。未来学者ですからね。
見届けられない世界ですね。

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 情報革命社会の中で、色々個人の思考が乱れ飛ぶ社会となります。私の解釈が甘いと(未来予想ですから、甘くなりますよね)、思われたお友達は、何なりと教えてくださいね。

 ネット社会は、「知の共有社会」だと、私は思っています。私の拙い「田舎の知」は、惜しげもなく情報社会に垂れ流してやろうと思いますね(ご迷惑になるのでしょうかね。)。

 明日は、初談会です。また酒をたらふく呑めますね。滅び行く商店街の、本年の運営の会合ですね。

生産消費者が生む経済・・

2007年1月11日天気は曇り。

 この8日から準備に入り、9日が宵戎、10日が本戎と田舎の戎祭りでした。50年ほど前から続いた恒例の神社での事業ですが、商店街の人達で守りつづけてきましたね。

 私のご奉仕は、テントの下で「うどん屋」をしました。慣れているとはいえ、二日間に渡り、熱くて美味しいうどんを作るのに、一生懸命でした。田舎の小さな事業とは言え、老齢化と人手不足です。なんとかノルマの300杯をさばき、すっかりお疲れモードと相成りましたね。

 さて、このご奉仕事業のことで記したいことがありますね。
 本年の正月のテレビ番組をごろごろして見ましたが、私が一番印象に残っているのが、NHKBS放送の「未来学者アルビントフラー/田中直毅 知の巨人と対話」と言う番組でした。

 私はテレビを見るときは、沢山お酒が入ってまして、確りとは概要は掴めていないのですが、「生産消費者の経済」と言う話がもっとも興味を引きましたね。

 その時のアルビン・トフラーが言っているのは、●ガソリンスタンドのセルフサービス(消費者がスタンド業務)、●日曜大工の家具造り(材料を売る会社が成長)、●スーパーのセルフレジ(喜ばれて、価格に反映)、●血圧や糖尿の個人による測定等々の医療のセルフ化(医療に関する、個人補助)、●インターネットの「リナックス」の知の共有のOSやウィキぺディアの参加型の百科事典(富を得るものへの、消費者の挑戦)・・等々と、消費者である者が生産業に携わって行く社会が来ると言っているのですね。

 私のご奉仕の事業に関連して、近づいてきましたね。戎さんも沢山の人達が奉仕で働きます。
 田舎ですが、物を仕入れたり、作ったりで大きなお金の動く事業(経済)となりますね。奉仕も動くと経済となるのですね。

 ちょっと未来が見えてきませんか、各地域で生産消費を皆さんが行う時代が来るような予感ですね。団塊の世代の年金生活時代が来ますが、老後の諸々の問題も、生産消費者(ご奉仕、知の共有)となり、各地域で助け合って行けば良いと思いませんか。

 未来学者のアルビン・トフラーは、私達が力(リキ)まなくても、そう言う世の中になると予想しているのでしょうね。
 こんなことも言ってましたね。アフリカの子供達の教育問題も、パソコンがもっと安くなるだろう。パソコンによって一挙に解決する時代が来ると(ある未開発の村に、ネットパソコンを一台だけ置いていると、1週間後には、子供達はゲームをして遊んでいたそうです。使いこなしたのですね。)

 情報操作をしている国々などは、トフラーから見ると、過去の国となってしまうのでしょうね。彼の言う未来社会を、私達の団塊の世代は見届けることが出来るのでしょうかね。

 生産消費者経済・・奉仕活動や知の共有で、私達もまだまだ社会に役立ちますよね。未来は、素晴らしい人達によって作り出されて行くのでしょうね。庶民が作る未来は、政治家が作るのではないのでしょうね。

「輝く夕陽」をダウンロード
今日の夕日です。曇り空から、最後に出て輝いたお天道様です。

 私達団塊の世代も同じですね。最後に輝いて沈んで行きたいですね。時間とエネルギーは、この沈んで行くお天道様より、沢山持っているかもしれませんね。

愛犬ドラムは出目・・

2007年1月5日天気は曇り。

 さてもう、皆さんも仕事初めとなられたでしょうね。私は3日から、のんびりとしたお店番で、普段の日常に戻っています。

 新年からは、二日目が少しお湿りがありましたが、素敵な天候が続いてますね。元日は特に穏やかでしたね。メインの画像の裏の池があんな姿に見えることは、毎日の様に見ているのですが、ありませんね。いつもは風で漣がたっていますね。

 元日から、やっぱり一番の楽しみの愛犬ドラムとの、野に出て風に吹かれることですが、ドラムとのお付き合いで、今日になって気づいたことがありました。

「愛犬ドラムの目」をダウンロード
愛犬ドラムは出目でしたね。

 ドラムとの散歩は、楽しいのですが、この犬は、幼い時から、雨や小雨や風の強い日は散歩に行こうとしませんでした。ドラムが行かない時は、私も家でのんびりですね。それはそれで良いと思っていました。

 なぜ荒れた日には行かないのか、単純には、体を汚すと愚妻に叱られるからだろうと思っていました。そうではないことが、8歳にして、昨日わかりましたよ。
 
 昨日も風が強くて、野に出ようとはしませんから、無理やりリードをつけて出かけました。なんと座ってしまって、砂埃でしょうかね、前足で目をこするのですね。何度もそうして、帰ろうと催促します。リードをつけてないと、とっくに帰ってしまってましたね。

 愛犬ドラムは上記の写真の様に出目だったのですね。睫毛もなくクリットした可愛い目の犬だと思ってましたが、本人さんは辛い日もあったのですね。雨も直接に目にあったってしまうのでしょうね。
 母親が柴犬ですが、雑種でして、目が柴犬ではないなーとは思っていたのですがね。
 これで雑木林や引っ付き虫のあるガシャムシャの場所へも入って行かないのが、確りと判りましたね。目に異物があったってしまうのを怖がっていたのでしょうね。

 こんなことが、わかってやれなかったと言う事は、私はまだまだ本物の愛犬家とは言えないですね。

 今、ドラム1人で裏の空き地を、5分ほど散歩して帰ってきましたが、ドアを空けてやると、すぐに家に入ってきますね。家の中が一番だと思っているようです。今日も少し風が強いですね。

 犬を飼おうと思っている方は、出目のワンちゃんがよいかもですね。ガシャムシャに入って行かないから、洗ってやらなくても、いつも綺麗でいますよ。ドラムは、冬はほとんど洗ってやらないのですが、皆さん「毎日洗ってやっているのですか」と驚かれるほど、いつも汚さずに綺麗な姿でいますよ。
 お店のドアの所の、取替えのダス○ンマットの上で、いつも日向ぼっこで寝てますから、汚れが取れているのでしょう。お客様が少ないから、ドラムの清掃用マットと相成ってますね(笑)。

はいっ・・愛犬自慢もほどほどにしますね。

皆さん、良い年を迎えられましたか・・

2007年1月2日雨模様。

 ご挨拶は、控えさせていただきますね。(皆様は、祝って明るいお正月をですね。)

 皆様から、新年のご挨拶の素敵な画像を沢山頂きました。ありがとうございました。
 この塵埃記で、お礼を申し上げておきますね。皆さんに同じレスになってしまいます。明日からは、のんびりと明るいレスを考えながら、付けさせていただきますね。

 元日は、暖かい、穏やかな天候で素敵な新年を迎えましたね。我が家は、新婚の息子夫婦がやってきまして、楽しい一家の団欒となりましたね。

「蒸篭蒸し料理」をダウンロード
我が家の正月料理です。蒸篭蒸し料理ですね。

 親友の料理屋から、蒸篭(せいろ)を沢山借りてきまして、生の動いている伊勢海老、ちょっと高級なすき焼き肉、生魚(ブリと鯛の切り身)、お届け物の冷凍蟹、新鮮な貝類、野菜も添えて、それぞれの食材に蒸篭を新しく替えながら蒸して、大根おろしのゆずポン酢で頂きます。少量ですが、食材が持っているそのものの味が楽しめて、あっさりしていて、大変美味しいのですよ。それにおつまみの御節料理ですね。
 高額ではありませんよ。食材全部で一万円はかかってないと思いますね。料理屋で食べると、腰が抜けると思いますね。(親友のお陰なんですよ)

 下のステンレス枠の真中に小さな穴があけてあります。平らな湯鍋に乗せているのですね。木蓋をかぶせて、蒸しあがるのを待ちます。この待つ時間が大変楽しいのですよ。なぜかなーといつも思いますね。すぐなんですがね。

 自分達の分量だけ蒸して食べますから、残ることはありませんし、最後に赤飯やお餅やうどんまで蒸して食べます。これも好きな量だけ蒸せば良いですね。

 元気な明るい息子の嫁さんのお腹には、もう1人元気な男の子が宿ってます。「お腹を蹴りながら、食べてますよ。」と美味しい、美味しいと言いながら、パクパク楽しいそうに食べてくれましたね。

 一家5人(お腹に1人)の小さな幸せですが、本年もやってきてくれましたね。亡父や亡母が生存していたら、どんなに喜んだでしょうね。

そんなこんなで・・本日は生憎の雨模様ですが、皆さんのところにも、幸せの笑顔が弾けたことだろうと想像しています。本年も、こんな呑気者ですが、よろしくお願いしますね。

はいっ・・明日から初仕事ですね。初お店番・・笑ってやってください。

喪中と言うことで、新年のご挨拶は控えます。

2006年12月30日天気は曇り。

 商店街の皆さんが、窓拭き等々をされながら、本年最後の商いも明日一日となりましたね。私は、野に出て、本年最後のデジカメ遊びをと思いましたが、色々ありまして遊べません。
 そこで、本年の野草花との出会いで、初めての出会いで、一番嬉しかった花を最後に、塵埃記に飾りたいと思います。

「犬狸藻」をダウンロード

 このイヌタヌキモ(浮き草で、花の大きさは2cmほどですね。)との出会いと、デジカメ遊びは素敵な想い出となりました。里山の中の野池での出会いだったのですが、コウホネと言う水草を楽しみに行ったのですね。もちろんコウホネも黄色の綺麗な花を咲かせていましたね。

 ところが、どちらも池の土手そばには、咲いていてくれませんね。なんとか近写(20cm以内)できるところに咲いてないか探しましたね(池の中までは、入れませんがなー)。
 片足を半分池につけて、土手のハギの枝を片手でもって、もう一方の手を伸ばせば、なんとか近写できそな花がありました。そうやって撮ったのが、上記の画像です。色々と20回ぐらいシャッターを押したでしょうか。なんと、お天道様や花影まで画像に入りました。
 パソコンの大画面で見たときに、「やったー・・」と声が出ましたね。たぶん立派なカメラでズームが効くと、花柄に目を奪われていたと思いますね。安物デジカメ君よ、ありがとうなんですね。

 野草花達を追っていると、色々あります。構図を考えて、美しく撮ってやろうとすると、ピンボケであったり、シロトビであったりと色々悩ませてくれます。逆にモニターを見なくて、頭上の花を手を伸ばして撮ったり、小さな野草花をエイッ虫の目線だと、カメラを地面に置いて花を撮ったりした時に、驚く画像ができたりしますね。

 つまるところ、花達に遊んでもらっているのだと、つくづく思いますね。本年も、沢山の身近な野草花に遊んでもらいました。自由奔放に咲く野の花達よ、来年もよろしくと言っておきましょう。

   
「田舎の風情」をダウンロード

 新年のご挨拶は、本年は身内から、商店街の身近な方達と、ネットの中でも素敵なお友達を亡くしましたから、控えさせてもらおうと思いました。

 年明けに、素敵なデジカメ遊びができましたら、メイン画像だけは更新したいですね。
 また、年明け早々から、上記の「社えびす」の準備等々、また宵えびす、本えびす、片付け等々と、呑気の一番忙しい季節がやってきている様です。寂しい商店街ですが、残っている仲間達と、伝統文化だけは、残し発展させて行きたいですね。

 そんなこんなですが、ネットのお友達の皆さん素敵な新年をお迎えくださいませ。本年も、明るく楽しい交流をありがとうございました。

 新しい年も、我が身に色んな風が吹いてくると思いますが、ネット交流だけは、暖かく爽やかな風を、お届けできる様に、努力したいと思っています。

 新年もよろしくお願い申し上げ奉ります。本年の塵埃記を終わりますね。

陸に上がった河童・「光と影}

2006年12月27日天気は曇り、雨。

 年の瀬で、押し詰まってまいりました。私は体を動かさないと「陸に上がった河童」と相成ります。ことわざですが、勝手が違うと活躍できないと言う事ですね。動けないから、パソコンの前で迷想して、本年を振り返っています。

「光と影」をダウンロード
「光と影」ですね。亡父の写真です。

 本年を振り返りますと、まず年明け早々から、親友の市長選挙に全知全能を出し尽くしました。半年前には、みごと町長に当選しましたが、合併後の市長選挙には敗れてしまいました。
 私は当選した市長を見て光を感じ、親友は影になってしまいましたね。もちろん私も、いまだに影を演出していますね。

 一人息子の光も見ました。永い春だった愛する彼女との、結婚式を経験しましたね。光の中のキラキラ輝く新婦のこぼれる涙を、見せていただきました。

 また「草葉の陰」(あの世)となられた方達との、別れも多い年でした。ネットのお友達もいました。

 最近、亡父のモノクロ(白黒)写真を整理しながら見る事が多いですが、まさに「光と影」ですね。

 私は、光あるところには、必ず影があると思いますね。光ばかりだと画になりませんし、世も映し出せないかもと思っています。
 と言う事は、光り輝く者達の周りには、影の役にまわられた人達が沢山いるから、光輝けるのだろうと思いますね。

 そう考えると、自分1人で輝いていると思っている人は間違ってますね。影がないと輝けないのですね。

 日本は、まだ暗闇となる影の少ないほうでしょうね。世界には、真っ暗闇の影の中で、明日の命もわからないと、生きている人達が沢山いますね。
 考えれば、簡単ですね。ほんの少しの光を分け与えれば良いのですからね。独り善がりで、輝きすぎて、影(暗闇)を大きくしている人間が、多いですね。

 光は、少しだけまわりが見えれば、皆さん前に歩いて行けますね。真っ暗闇の人達に分けることは簡単ですよ。奪い合いする必要はありませんね。

 そんなことを思いながら、塵埃記を進めてしまいました。さて次に、本年最後の塵埃記が追加できるか、老いの商店街の光の中で、ちょっと薄ぐらい影の中にいますから、自分でも判断できかねますね。

幼き頃の聖夜・・

2006年12月24日天気は晴れ。クリスマスイブです。

 恥ずかしい戯言を記してしまいました。早々に塵埃記を進めましょう。

    小さな手に 大きな靴下をもって
    スキップして小躍りした 
    頭からかぶって はしゃいだ
    小さなお風呂の煙突の下に
    そっと吊るした
    わくわくするよな夜でした
    父や母も にこやかな聖夜でした

    僕は 小さな思いでいっぱいだった
    プレゼントも待ち焦がれました
    それよりも サンタクロースに会いたかった
    眠ったふりをして 毎年 待っていた
    幼すぎました 疲れて眠ってしまった
    また来年まで会えないと 来年こそはと

    年に一度 トナカイのソリに乗って
    大空を駆ける 赤いマントのおじさん
    会いたかったな― 会いたかったな―
    真っ白い髭の 大きなおじさんに 
    尋ねたいことが いっぱいあった
    年に一度だけ空駆けて 夢を届ける 
          その方法を・・・

     僕は サンタクロースに 会いたかった

「幼き頃」をダウンロード

ネットのお友達の皆さんへ、「素敵な聖夜をお過ごしください!」

安部総理の大国のリーダー失格が見えます。

2006年12月22日天気は晴れ。

 文章日記にし様か、塵埃記に記そうか迷いましたが、焼酎も入ったことです。塵埃記に拙い思いを記しましょう。

 私は、田舎に居ますので、政治の難しい事はわかりません。ただ人を見て外見で判断する事は、間違っていますが、一国の総理です。まだ総理になって間がないですが、テレビ等からの姿や発言を見ていると、大変に心配になってきました。急遽、塵埃記に思いを吐き出してしまいたくなりました。

 彼は、穏便に優しく育てられたのでしょう。その姿を国民が選んだ事になりますね。日本と言う大国のリーダーが、それで乗り切って行けるのでしょうか。

 私が、テレビからの彼の発言や姿から、完全に官僚達(老練政治家)に支配されている(また本人が頼っている)様にしか見えません。
 官僚達は、理路整然とした論理から、今現在の仕組みを正しく把握して、総理に進言しているでしょう。しかし行き詰まっている現状を突破する力は、官僚たちには有りませんね。既定の線路を、いかに無難に走らせるか、その小賢しさには素晴らしい能力を持っているでしょう。

 また滅びの世界を記しますが、愛新覚羅 溥儀(清朝の第12代皇帝 宣統帝ー「最後の皇帝」として知られる。)のことなんですが、ネットを徘徊していると、面白い事を記されている方がいましたね。

 彼の側近の官僚の部下達が、もう清朝は終わると判断して、清朝の莫大な美術品や骨董を盗んでしまって、なにも残ってなかったそうです。官僚が潰したと言っても過言でないと記されてました。溥儀の温和な優しさが、官僚達が見放したのですね。

 総理に、官僚との戦いに向かえといっても無理でしょう。いつの時代も、突出した馬鹿をやるリーダーを戒める官僚(今の、北朝鮮問題の6ヶ国協議を見てもわかりますね)がいないのと、馬鹿な温和なリーダーが官僚任せになってしまって、庶民が苦しむ方向にむかってしまうのではないでしょうかね(少子化もわかっていて、置き去りですね)。

 これは地方行政を見てきて、凄く感じる世風なんですよ。選んだリーダーを我々が悪いのか、また官僚達(コネやリーダー次第で、有りついた職)の生き様が小賢しいのか・・頭の良し悪しは、問題ではないのです。住民に対して誠実に生きているのかの、一番最低で当たり前が、できなくなった世を感じますね(身の保全も、ほどほどに)。
彼ら官僚達や公務員の優遇は、彼らが毎年小さくコツコツと、わからないぐらいに制度をいじり積み上げてきたものですね。これの改革は難しいでしょうね。意識改革しかありませんね。

 今晩のテレビ映画が楽しみです。「たそがれ清兵衛」・・下級武士の悲哀(まだ見たことないのです)ですが、幸せはそのあたりにあると思いますね。サラリーマンの方達の大半は下級武士でしょうね。慎ましやかな幸せを送られている人々が大半ですね。

 それにくらべて、今の世の政治家や、官僚がこうも見難く見えてきた時代を作ったのは、我々でしょうか、それともやっぱり国のリーダー達だったのでしょうかね。

追加・・総理に言いたいです。貴殿の家系や人脈から、人材を選ばないでください(官僚の言いなりにもならず)。はじめての出会いの在野の人達を登用すれば、救われると思いますよ。私は、間違っているかなー・・・

警察犬 ジェフ・チャンドラム

2006年12月19日天気は快晴。

 この三日ほど、ネット遊びができませんでした。芦屋の県営高層住宅で頑張っていた美人の従姉妹を亡くしました。まだ42歳の若さでした。ガンでしたが、阪神大震災で当時10歳の長男を亡くし、苦労の連続の人生でした。長男のお墓が、我が地にあります。そこに眠る事になりましたね。

 悲しみが多い年でした。本年の一文字が「命」ですね。我がまわりは、先立つ命そのものでしたね。。ネットのお友達を入れると、身近な人達5人に、先立たれましたね。
 塵埃記はその事は、やめておきます。先祖の古い写真を整理しています。懐かしい我が家で暮らしたワンちゃんのお話にしましょう。

「警察犬ジェフ」をダウンロード
警察犬ジェフです。

 左は、池に落ちた子供を助ける訓練のデモンストレーションですね。藁人形を池の真中に浮かせて、助けに行かせています。皆さん感心してみておられますね。これ当時の新聞に載ったと思います。指示を出しているのが訓練士ですね。
 右は、我が弟ですが、「守れっ!」と号令をかけると何時間でも横に居て、不審な人が近づくと、激しく吼えましたね。

 50年ほど前に、我が家の裏に警察犬の訓練をする方が住んでいまして、ジェフはシェパードの子犬で、我が家にやってきましたが、雄犬だからと、訓練に出し警察犬になりましたね。
 裏でしたから、訓練を見ましたが、そりゃー壮絶に厳しくて、可哀想で子供ながらに怖くなった想い出も蘇ります。

 当時の田舎での泥棒達は、仕事をすると山に逃げ込んでいたのですね。そこで在野で飼われている警察犬が活躍していたのですね。ジェフもよく借り出されて、よく働いた犬でしたね。
 訓練や仕事が厳しくて、小学校高学年だった私と一緒に遊んでいる時が、一番楽しかったと思いますね。

 大変に鼻が利きまして、野球遊びで樹木や草が鬱蒼としている崖下にボールをなくすと、私が石を、なくしたあたりに投げますと、ぐるぐる探してボールをくわえて出てきましたね。
 ボールをなくしてないのに、また石を投げると、違うボールをくわえて来ましたね。だから私は野球でボールに、不自由する事はなかったです。

 また野球遊びも、ジェフは打てませんでしたが守備は一番上手かったです。ライナー性のあたりをジャンプして、口で捕球してましたね。
 子供用のバットをくわえてぐるぐるまわり、「野球に行こう」と、よくジェフに誘われた記憶が蘇りますね。

 このジェフも放し飼いでしたが、町の人達がよくご存知で、買い物篭をくわえて、お使いまでしてくれていましたね。

 働きすぎたのでしょうか、年老いて後ろ足が動かなくなりましたが、一年近く頑張りましたね。大きな真っ黒なおとなしい犬でしたので、暗がりで寝ているとわからないですね。お客様が驚かれる事が多かったですね。

 このジェフもそうでしたが、次の雑種のダンも同じでした。亡くなる寸前まで看取ってやっていると、最後の最後に「クワーン」と、小さく一言別れを言って、旅だって行きましたね。ジェフの時は、私1人でしたが、ダンの時は、私と一緒に妻や息子も涙をぼろぼろ落としましたね。

 どうしてもペットには、先立たれます。でもその生き様は忠誠の一言ですね。家族同然に暮らしていますが、ペットは美しい想い出しか蘇りませんね。

 今、一緒に暮らしているドラムが、ストーブの横でスヤスヤ眠ってます。私の足元です。コンと蹴ってやりました。なんですか?と振り向きましたが、また眠ってますね。

懐かしい写真がザクザク・・

2006年12月15日天気は晴れ。

 この13日に、郷土史の写真集を出版する会社から、カメラマンがやってきました。ボロ蔵から、沢山の私の先祖達や亡父が撮った古い写真を出してきて、見ていただきました。
 その模様は↑の塵埃記に記しました。

 カメラマンもじっくり一枚一枚を眺めてましたが、彼らが帰った後、私もゆっくりもう一度見てみました。アルバムには貼っていないもので、山積でしたが、懐かしいものが沢山出てきました。

「小生の子供時代」をダウンロード
私と最初に暮らしたワンちゃんです。涙ぐんで思い出します。

 私の6歳ごろ(半世紀前ですね)の写真ですね。私が生まれた時には、すでに我が家にいたナンちゃん(スピッツの老犬でしたね)ですね。わーっと胸騒ぎがするほど懐かしいです。
 親達や兄に叱られた時に、このナンちゃんの犬小屋に隠れて、眠ってしまったという記憶もありますね。

 悲しい別れも子供心に記憶にありますね。死骸を親達がどこか埋めにゆくか、焼きに行くのを、寝ているナンちゃんを捨てに行くと勘違いしたのでしょうね。相当に駄々をこねた記憶が蘇りますね。

 ナンちゃんが、野の花に鼻を向けてますね。見かけない花模様をしてますね。私はそんなところに目が行きますが、郷土史のカメラマンは、後ろの建物がもっと確り写っていればと思ったでしょうね。

 その他、亡父は写真好きでしたので、色んな写真を残しています。メイン画像もそうですね。
 当時を振り返っていますが、周りには、田圃と原野の何もない風景が蘇ってきます。
 近所の皆さんに「あの子は風の子だ。」と言われて、家の中にいない子供だったと振り返ってますね。

 皆さんも、古い写真を見つけて整理してみるのも面白いですよ。カメラマンも言ってましたが、「現代の写真や画像も、何年か経つと、郷土史の素材です」と。

 我が家で暮らしたワンチャン達模様です。
●ナン・チャン(スピッツ・死亡年齢はわからず・長生きしたそうで老衰だったでしょう)
●ジェフ・チャンドラム(シェーパード・学生時代まで、死亡年齢15歳・老衰)
●ダン・ロップ(雑種・私の30歳から48歳まで、死亡年齢18歳・老衰)
●ドラム・チン(雑種・私の51歳から、現在8歳・すこぶる健康)

 愛犬を亡くした悲しみで、何年間かワンちゃんを飼っていませんが、ダンからは、捨てるから飼って欲しいと言われて、我が家で呑気に暮らした犬達ですね。ジェフは警察犬として飼ってまして、賢かったのですが、良く働いた犬で、もっと優しくしてやっていればと後悔しています(野球もあり、私の青春時代でしたからね)。総て雄犬達です。
ちなみに・・ジェフ・チャンドラムの名は、当時の米国の映画俳優からです。

 情緒豊かに育ててくれた亡き親達に、大変感謝しています。

明るく元気に発信しよう・・

2006年12月12日天気は小雨。

 この歳になると、身近でも、ネット交流でも悲しいお別れを経験するようになりました。この度の、お友達との別れで、私のネットの原点を振り返ってしまいました。

 私は6年前に、この簡易ページを立ち上げる前に、沢山の皆様のページを楽しませてもらいました。まだまだ都市部からの若い方達の発信が多かったのセイかもしれませんが、視点が大きなものや、引き付ける出来事(事件性)を発信されているような気がしました。世情への怒りや不満みたいなものを凄く感じましたね。

 田舎にいる私がなにを発信したら良いのか、思案しましたね。幸いに自然には恵まれている。 私自身も田舎育ちの上に世情に疎いでしたから、ごく身近なものを、それも誰も相手にしない雑草花(簡単でした)や、田舎のちょっとした風情を発信すれば、都会の人達には、珍しいのじゃないか、また和んでいただけるのじゃないかと、このページを立ち上げましたね。

 また、そんな発信しかできないですね。ネットの中では、プロ級の方達の画像も見れますし、また実際にプロの方達の画像やコメントは、あまたのページから拝見できますね。テレビからも、凄い映像やコメントが飛びこんできますね。

 私なんぞは、安物のデジカメ画像ですし、コメントも田舎のオッサンの子供ような疑問を発するだけですね。書物を読み漁ってのコメントではないですね。

 今日のネット交流でも、素敵な目線をお持ちで、行動力あるのネットお友達に、お願いした事があります。昆ちゃんの看板で有名な、昭和の鉄板の看板がありますね。あんなものにも光をあててくださいとですね。
 なぜ、こんな事をお願いしてしまったのかと思いますが、私が若く行動力があれば、看板だけじゃなしに、その家屋を含んだ画像から、置いてけぼりになっている姿を発信してやりたいですね。
 誰もが、見捨ててしまっている中に、歴史や懐かしさを見て、心が癒されるのじゃないかとですね。その辺に、私の発信する心があるようです。

「里山風景」をダウンロード
 昨日、里山の中を歩きました。黒いご婦人の綺麗な新品のような帽子が小枝にかかっていました。たぶん、山歩きされたご婦人達の誰かが忘れられたのでしょう。私は、そのままにしておきましたが、風に吹かれて、どこかに飛んで行くでしょう。
 でも、この帽子がどうなるのか気になりまして、画像にしてしまいました。ふと、亡くなられた秋田のネットのお友達がいらしていたのだろうかとも、思いました。

 「こんなものが、なんなんだ。」と言われると、私の発信の心は、消えうせてしまいますね。

 そんなこんなで、なんの意味もなく、私自身の拙さを繰り返し発信する事になりますが、明るく元気に発信しつづけます。気軽にお願いしますね。

かなしくて やりきれない

12月9日天気は曇り。

 滅びの美学やらと、滅ぶ言葉を使ってきた塵埃記を大変悔やんでしまうことが起きました。
 ネットの中のお友達が、亡くなられました。残念でなりません。12月はじめまでは、お元気で、トボケタやり取りを楽しんでいた方です。この12月6日に、他界されたことを、本日に知りました。

 秋田の鳥海山の麓の、のどかな漁村から発信されていました。ハンドルネームを「タコ婆」とお付けになり、鳥海山の季節の移り変わりや、麓の農村風景や、小さな漁村の風景や、子供達の笑顔や、田舎の祭り風景や、秋田の季節の花々等々と、沢山の画像を送っていただきました。

 優しさがいっぱいで、秋田の田舎の風土でしょうか、のんびりとトボケタ味を発散させるようなコメントが多く、和ませていただきました。
 約2年ほどの交流でしたが、ネット交流の素晴らしさを、存分に教えて頂きました。

 また病魔と戦っておられるのは、薄々に感じていましたが、掲示板への最後のレス(12月1日)は、大きな干し柿の画像を貼られて、「我が家の干し柿・・エヘヘ」と記されて、最後まで明るいお返事でした。

「お届け最後の画像」をダウンロード
タコ婆様から、最後に我が掲示板にお届け頂いた画像です。

 このツルウメモドキが大好きだった様で、山から採ってきて、年中に家の中を飾っていると記されてましたね。

「秋田の漁村風景」をダウンロード
供養にと、タコ婆様との交流をふりかえりました。

 こんな感じの、優しい目線での画像をお届け頂く事が多かったですね。何気ないですが、田舎の庶民の暖かさが伝わってきますね。彼女は微笑みながら、デジカメを向けて眺めていたのでしょうね。

 ネット交流も、気持ちの優しさや慈しむ心があふれた方達が、沢山いらっしゃいますね。
 私は、金沢からの酒好きだった親父、京都から東京へと、プロのピアニストを目指した少女等々と何人の優しい方達とお別れしたのだろうかとふりかえっています。

 ネットでの顔の見えない交流と言いますが、画像からの目線や、コメントからの心の模様で、その人の素晴らしさを感じ取る事ができますね。また各自が持っている素敵な素養を、ネット交流で大きく膨らまそうとされていますね。全体像などわからなくて良いかもですね。

 人々が持っている優しさにあふれた一面を、見せ合うと言う美しい交流こそ、ネット交流の醍醐味でしょうね。

 タコ婆様・・さようなら。心から、ご冥福をお祈り申し上げます。

 私は、大変辛く、悲しくて、やりきれないです。ネット交流の一番辛く悲しいことは、御そばに行って、お顔を拝見して、お送りできない事です・・合掌。

滅びの美学・・

2006年12月5日天気は晴れ。

 この前の塵埃記に、「滅び行く田舎の商店街」と題をつけて、拙い思いを記しましたが、反響のコメントを沢山頂きました。大変ありがとうございました。

 どんなものにも、滅んで行く道が待っていますので、「滅びの美学」と言うことで塵埃記を進めますね。我が商店街は、もっか見届け途中ですので、庶民や人(生き物)に絞って、呑気な思いを記しましょう。

 まあ生き物は総てが、最後は土に帰りますね。ですが、生は抗うことに一生を費やせねばなりませんね。生き物は、生きる為(繁殖と食うために)にほぼ全精力を費やして、滅び朽ち落ちて行きますね。

 人間も考えてみれば、同じですね。ほとんどの人が、幸せになろうと、ある意味で自己に抗って(努力と言うエネルギーを使って)歩いているといっても良いですね。仕事や自己研鑽にエネルギーを費やしていますね。
 老いても同じですね。病気や老衰と言っても、その病との戦いの日々ですね。ガンや不治の病を抱えた庶民の皆さんも、戦いの日々ですね。頑張りぬいてくださいですね。

 結論に近づいてきましたね。「滅びの美しさ」は、自己に抗う過程があってこそ、美学と言える姿が見えてくるのだと思います。美しく滅ぶと言うことは、沢山のエネルギーの放出後にやってくると言うことでしょうね。自殺はいけないと言う宣伝にもなってしまいましたね。

 私は、病で永く寝たきりだった両親を看取りました。二人の臨終に立ち会いましたが、果たして「滅びの美学」だったかどうかは、二人に、生き抜いてきた過程を聴かないとわかりませんね。

 私自身の美しく滅びたい気持ちは、蝶のように舞いつづけて、ポトリと落ちたいですね。ああっ、今日も生きる為に、自分と抗った、ゆっくり眠ろうと安眠に入りますが、そのまま目が開かないことですね。(抗う<アラガウ>は、美味いものを食うや遊ぶことも含みますよ。自己抑制の抗いですね。)
 「眠る様に亡くなりたいですね」・・・

 今の医療だと無理だと思いますね。病や老衰との戦いになるでしょうね。まあその過程が、「滅びの美さ」になるように、心に準備しておきましょう。

●追加戯言・・金持ちは、自己抑制の塊の人達ですよ。抑制の効かない金持ち、金におぼれる人達は見難く滅びます。最近ではホリエモン君ですね。
庶民の貧しさの中の自己抑制は、私は美学だと思いますね。●


「ハハコグサ」をダウンロード
本日の散歩で、冬のハハコグサを見ました。

 オマケ画像ですが、枯れた畦道で、少ないですが、この黄色は目をひきつけてくれます。
 寒風の中で、這いつくばる様に咲いていますね。夏には草丈は30cmを超えますね。葉に繊維のような毛を持ってますが、暖かくはないと思いますよ。

 まあ冬の時代に這いつくばる様に、世風に抗って咲くのも、ある意味で美学ですよね。私の事を言っているのじゃありませんよ。呑気者は、美味しい酒と抗っています。死ぬ寸前まで呑めるかなー・・戦い抜きますよ

滅び行く田舎の商店街の師走・・

2006年12月2日天気は曇り。

「落日」をダウンロード
12月1日の夕日です。

 今日の塵埃記は、まず画像からですね。我が田舎の商店街の東西南北の入り口にある電飾アーチ看板から見た夕日です。本年から、電気代が払えず電飾が消えたままですね。
 昨日、テレビで、「ALWAYS 三丁目の夕日」と言う映画を見まして、懐かしい子供の頃の我が商店街を思い出してしまいました。塵埃記に、滅び行く模様を少し記しましょう。 

 私は、大学とサラリーマン時代の10年ほどは都会(大阪)に出てましたが、50年近くをこの商店街で過ごしています。
 子供の頃は、大きな映画館(亡父経営)もあり、師走は「歳の市」、季節の合間には「節季の市」があり、街路は人であふれて、歩き難いほどの賑わいを見せた商店街でしたね。200軒をこす、小さな個人商店が建ち並んでいました。夏には、各お店から床机をだしてきて、皆さんやお客様達で将棋や碁を楽しんでましたね。冬は、少し暇になりますが、子供達が街中で遊ぶのを(街の中は風がなく、暖かいですね)、商店の人達が見て楽しんでましたね。

 その後どんどんと廃れて行く道を歩みましたね。バブル時代に新しい商店も繁栄しましたが、あっという間に姿を消してしまいましたね。
 十数年ほど前に、郊外型ショッピングモール(上記のアーチの前方ですね。)ができ、次々と商店主もその中やまわりへと流れ込んで行きましたね。
 でも、その中や周辺の商店は、変遷が早くてまるで競争で、師走だけじゃなく、走りまわっていると言う感じですね。余裕とゆとりや心の豊かさは伝わってこないですね。

 我が商店街は、もう60軒ほどのお店が開いているだけで、その中でも人が出入りしているのは30軒はないでしょう。皆でなんとかし様と模索していますが、見当たりませんね。

 原因は、時代の流れ、消費者の意識の変化、行政の商店街造りの意識の低さ等々と数え上げれば、いくらでも出てくるでしょう。
 恐らく、日本全国には、あまたの商店街が同じ現状を作り出していると思います。今後、我が国の、この現状がどの様に変化して行くのか、見届けたいとも思っています。
 もうどこへ行っても、同じような画一した街造りになってますね。旅行に行っても、ありゃー我が地とよく似た、郊外型の街造りだなーと思いますね。物は揃っているのですが、なんか寒々しいですね。(そこに庶民の暮らしの営みがないからでしょう。)

 私が思いますには、やっぱり老齢化だろうと思います。栄枯盛衰の流れに入りましたね。60歳を迎えようとする私が、商店街の中では、一番の若手と相成ってますね。
 もう商店街の皆さんからは、冒険心や野心や闘争心みたいなものはなくなりましたね。身の保全に最善を尽くされているのでしょう。

 若い人達の活躍を待つばかりですが、まだまだ商店街の税金は割高になってまして、思い切って出店とまでは行かないようですね。人口は密集していて、県や地域の官公庁舎が総て揃った町で、面白いのですがね。

 そんなこんなですが、事件性も少なく、のんびりと子供達(少ないですが)も過ごし、暮らして行くのには不便さもありませんし、ご近所も助け合いますし、心の豊かさの残る素敵な市街地でもあるのですよ。私は離れられませんね。

「夕陽」をダウンロード
同じく、12月1日の夕日です。

 さて、話は変わって、夕日を我が家の裏から、いつも眺めています。最近に思うのですが、雲が少なくなったような気がしてなりません。お天道様と雲との夕焼けショーになりにくくなりましたね。だから上記の遊び画像になってしまいます。

 間違ってるかもしれませんが、温暖化に向かっているのが速くなっているかもですよ。砂漠化(乾燥)しているのじゃないでしょうか、砂漠の国の様に、雨や雪はどかっと来ますね。雲の持つ潤いが少なくなってきている感じがしてなりません。富士山がクッキリと見える日が多くなっていませんか?

 と言うことは、乾燥しますから、都会の皆さんは風邪の蔓延には、本当に気をつけてくださいませませ・・愚痴や心配事の、師走はじめの塵埃記の発信と相成りましたね。

可愛い子には 旅をさせろ・・

2006年11月29日天気は晴れ。

 野の花達も少なくなり、呑気な心も世風に揺らいで、ついつい塵埃記も「わだかまった心」を吐き出してしまいます。

 現在の「いじめ」や「学校教育」の問題で、ネットの中での、皆さんのコメントなどを拝見して、呑気な思いを記しますね。マスコミ報道は、あまり見ないようになりましたが、昔から思っていることがあります。

 私はマスコミ報道がちょっと異常ではないかといつも思っています。事件性のあるものを、突出して報道して、変わった事件や奇抜な模様を大量に流していますね。
 見ている側の大衆は、「そんな人がいるのかー、そんな可哀想な人いるのかー、自分の所では大丈夫だ」と苦笑いしながら見ているだけですね。
 政治報道にしても、各リーダー達の横暴振りが、まるで事件ドラマの様に流れていますね(テレビ風に、バラエティーのように)。もう慣れっこになって、大衆からは、悪に染まらないとなれないと言う、かけ離れた世界を見せられてますね。

 大人社会を知らない子供達の心は、「大人になっても良い事ないぞー、競争に負けたら大変だぞー。金がなけりゃー生きれんぞー」と煽られるばかりですね。引きこもってしまう子供達も出てきましたね。自立して大衆の中へ、引きこもると文化芸術が生まれるかもなんですがね。

 自殺報道なども、相当に心して報道して欲しいですね。欧米の先進国では報道はしないそうですね。しても「まず、自殺は罪だから」と促してからだそうですね。

  私が、もしもマスコミ関係にいたら、もっと「大衆の素晴らしさや美しさ」を報道してあげたいですね。子供達に「夢や希望をあたえ、社会は素晴らしい」と思える番組を沢山作ってみたいですね。

 前にも記しましたが、思春期の子供達は、大人になろうと自立して行くのですね。「可愛い子には、旅をさせろ」ですね。学校と言う世界も、ある意味で社会に出るための人生の旅ですね。(あの先生のような大人になりたくないと、学ぶのですね。逆が多ほどよいですね。)
 いじめ問題で、間違った過保護になり、普通に自立し様とする子供達を押さえつけない様にも思います。変な解決策を選択すると、もっと陰湿になる危険性も、子供達は持っていますね。

 学校教育でも、家庭教育でも、一番大切なのは「子供の自立」ですね。子供達は過保護にしても、しなくても、いつかは荒波の社会に出て行かねばなりませんね。誰の力も借りずに漕ぎ出せる「逞しさや優しさ」を身につけることですね。
 その自立(立派な大人になろう)を助ける唯一の基本は、「大人社会が綺麗で素晴らしい。」と思わせること(作ること)ですね。

 そんな風に思いました。だから私は、「いじめや基本教育」は、大人達社会に、すべての責任があると思います。今の現状は大人社会の反映ですね。面白おかしく煽るマスコミに引っ張られることなく、地域活動において、庶民の助け合う姿を、子供達に見せつけることだと思います。

 いつの時代も権力者や巷の独り善がりの独裁者は汚れますが、大衆社会(底辺の民衆)は、概ね助け合って、逞しく美しいものですね。

 またまた、話が飛び飛びですね。居酒屋談議の様になってしまいます。文章と言うより話言葉ですね。ご容赦くださいませませ・・

「ミカンの花」をダウンロード
本日の散歩で、農家の畑でミカンの花を見ましたよ。

 ミカンの花咲く頃・・五月じゃなかったですかねー。暖かさが異常な感じも受けますね。
 大人社会が、子供達から見て異常な社会に見えない様に、私達も心して過ごして行きましょう。師走に入りますね。皆さんの、心が明るくなる塵埃記にしたいです。

協調と調和を生む大衆思想・・

2006年11月26日天気は曇り。

 大袈裟に大衆思想と題をつけましたが、ネット交流の中で、色々な問題を話し合ったりしますね。日本の現状の思いで、国家論に入り、迷い込んでしまったりします。
 私は、このページの発信の基本ともしているのですが、大衆の中からの思いを、重視して行きたいと思っています。ネット交流は、大衆の思いの洪水の中でやっているのですね。そこが大好きなところですね。

 思いあがった国家論をぶっている現状のリーダー達やマスコミ識者ですが、国家は大衆があってこそ作られてきましたね。
 時の権力者に犠牲になり、翻弄されながらも国を守り、築いてきたのは、逞しくしたたかに生き抜いてきた大衆(民衆)なんですよね。

 教育基本法の改正の時期に、「いじめ」が大きな問題になってますが、ある大衆の中から「思春期の子供達が、自立する時期である。親ばなれや先生(大人)ばなれを、し様としている。親や先生に、相談しなくなる時期だ。しかしこの自立して、大人になろうとすることが、もっとも大切だ。」と言った人がいましたね。学校教育の難しさを、大衆側から言ったのでしょう。「いじめ」に対する答えは見出せませんが、方向性は大衆の方が持っていると思いますね。

 ある歴史の好きなネットのお友達との交流で「あいまいな国、日本」と言うことでお話しました。
 私の拙い思いなんですが、日本は多民族国家じゃないだろうかと思っています。大昔に大陸から夢と希望(冒険心)をもってやってきた人達の国ではないだろうかとですね。だから意外と優秀な民族なんですね。入り混じってきたのでしょうね。大陸の様に、民族浄化という殺戮の大きな歴史もなかったですね。

 私の先祖も明石藩の下級武士までは判っているのですが、亡父が調べて言っていました。「性からだが、多分、戦乱の時期に、福井県あたりの当時の豪族に、お隣の国から、助っ人として集められた武将か職人だろう。」・・そんな風に大衆としては、入り混じっている国だと思います。
 島国根性と言いますが、あいまいですが、受け入れると言うのも、逆に島国だから出来たのですね。大昔には沢山の人達が、入ってきたでしょうし、受け入れていたのでしょうね。

 日本国の歴史上の悪(大衆がやったのじゃないですね。)なんですが、日本に連れてこられた在日韓国の人達は大変優秀ですよ。恐らく、頭や体力の優れた人達を選抜したのじゃないでしょうか。
 私の友人達から感じます。恵まれてはいないですが、運動能力や勉学や行動力は素晴らしいですね。地域に溶け込み、町内会長も引き受け、日本の女性と結ばれ、立派に子供達を成長させ、このほど帰化した友人もいますね。

 多民族国家米国のアフリカからの奴隷達も、そうだったでしょう。奴隷の歴史を持つ人達がそのままアフリカにいたら、オリンピックはどんな感じになったろうかと、子供の様な思いが沸きますね。

 国家権力に翻弄されながらも、大衆は、協調と調和を模索しながら、それぞれの小さな単位の地域と言う土壌で、したたかに生き抜いているのですね。これからも大衆は、その身近な生活の場で助け合って行くのだと思います。

 無謀な子供の様な思いですが、国家や国家思想(リーダーや権力者の愛国心)なんて要らないと・・小さな国家で、小さな国家論で、大衆が生き生きと地域で調和して行くのが良いような気がしますね。

 相変わらず話が飛んで、どこかに迷い込んだ思いになってますね。まあ田舎の呑気者の子供の様な思考だと、笑っていただくのが一番ありがたいです。

「ツルウメモドキ」をダウンロード
ツルウメモドキが弾けました。

 オマケ画像です。紅葉もそうですが、黄色と赤に染まって、だんだんと冬を迎えるのですね。

小さな山寺を楽しむ・・

2006年11月22日天気は薄曇・・

 岡山への研修や、皆生温泉宴会旅行と続きまして、紅葉が見頃になっているのですが、近くの有名どころへドライブすることが出来ません(遊び過ぎで、動けません)。そこで、この月曜日に我が市の隣の篠山市に、ちょっと車を飛ばして楽しんできました。昨年に少し記しましたが、人の気配は少ないですが、私は大変気に入っています。

「紅葉に埋もれる地蔵さん」をダウンロード
大国寺の境内です。小さな地蔵が賽銭箱を抱えてポツンと置いてありますね。(昨年はあったかなー?)

 我が地から山越えの道を走るとすぐにあります。篠山市内までは、まだ車で15分はかかりますね。小さな山寺です。
 境内に入ろうとすると立て札が立ってまして、拝観されるのでしたら100円をお願いしますと記されていて、小さなオモチャのような賽銭箱が地面に無造作に置いてあります。100円をポロリと要れて、入りました。

 人の気配はまったくありません。境内は、銀杏とモミジの落ち葉が一面に絨毯のように積もっています。赤と黄のコントラストに目を奪われます。紅葉を見上げます。素晴らしい色づきです。古い大きな木は数本ですが、その樹木の曲がりくねった枝振りに栄える紅葉は、山寺の風情そのもので、ウーンと溜息が出るほどなんですよ。
 私の得意な、画素数が少なくても、光りと影で画にしてやろうとしましたが、女心と秋の空です。晴れたり曇ったりでしたね。

 私に写真技術があり、3脚を使い、その美しさを表現してやればと思いますが、そこは呑気遊びでパチパチです。絵画感性だけの目線となりました。

 大国寺をネット検索しましたら、「春の茶祭り」は人気があるそうです。紅葉も素晴らしいとありますが、「あまり人が多く来てもらっても」と記してありますね。まあ、さっと見るなら5分で総て見れますね。小さな山寺です。

「大山茶花」をダウンロード
西方寺の大山茶花です。樹齢600年の天然記念物だそうです。

 我が地のお隣町の立杭焼で有名な今田ですね。境内はこの大山茶花で半分以上は占めていますね。ここも「山茶花祭り」の旗が2本上がってますが、人の気配がありませんね。平日だからかもですが、いつ行っても坊さんにも出会いませんね。
 ここの住職さんが記されているのでしょう。薀蓄のある言葉を見て楽しみます。さっと総てを見るなら、カヤの大木も含めて1分で見れますね。私のお気に入りの小さな山寺です。

 そんなこんなで、小さな身近な山寺を楽しみ、アルバムにしました。お暇ならご覧ください。メインページから、山寺に入れますよ。

呑気家整理蔵・・

2006年11月19日天気は小雨。

 この簡易ホームページは、2001年の春から発信しています。最初はどんなことを発信し様か、得意のスポーツ分野にしようか、居酒屋での面白い話にし様かと試行錯誤していました。我が家のすぐ裏には広い田園地帯が広がり、農業用の溜池まであります。一番身近に発信の素材があったのですね。

 このページの飾りに使っている愛犬ドラム(8歳)との田園地帯の散歩なんですが、雨の日以外は毎日歩いていましたね。リードを付けずに自由にさせていました。畦道や池土手に小さな花達が目に入るようになりました。リードを付けて、愛犬に引っ張られていると目にとまらなかったかもしれません。

 そこで思いついたのが、身近な花達を発信してやろうと、デジカメを購入することにしました。
 隣の写真屋のオッサンに「花を撮りたいのや、安くて良いものを」と注文しました。フジの専門店ですので、FinePixA201と言うポケットデジカメがやってきました。今も愛用しています。
 写真屋のオッサンが「花を撮るときは、花マークへ、風景を撮るときは山マークにするんやー、ただそれだけや」と教えてもらい、野の小花を画像にして追うことになったのですね。愛犬のお陰で花を見かけて8年、ネットのお陰で画像にしかけて5年ですね。

 ネットはありがたいものです。ありふれた小花を発信していると、素晴らしいお友達が入ってきてくださいました。野草花や高山植物を楽しんで40年と言う方で、当時はHPをお持ちでなかったのですが、メールで「花便り」として、色々な花画像を送っていただき、私の花画像についても、ご指導を山と言うほど仰ぎましたね。
 この方のお陰で、どうにか野の花追い人の端くれまでになれたのと、里山の花達も楽しめと、導いてくださいました。今でも感謝の気持ちでいっぱいですね。

 野の花遊びで、沢山の花画像ができました。まったく整理整頓ができません。これ私の呑気(酒が第一番)と言う性格なんですね。
 沢山の花達に遊んでもらいました。自分自身も混乱するほどになりましたので、とりあえず名前だけでも整理しようとしました。それが呑気家整理蔵となりましたね。

 拙い花画像ばかりでしたが、どうにか見ていただける画像だけを整理しました。整理途中(削除してしまい)で漏れてしまった花達もあるようです。まあこれから、確りと画像にしてやればよいですね。

 色々な花達と出会った時の思い出があります。コメントをつけたいのですが、そこまでは行けません。今後の課題ですが、極身近な花達と言えども、まだほんの一分の花達との出会いだと思います。毎年、はじめて見る花達が出てきます。
 ネットの野草花のページやお友達のページを拝見すると、出会っていない花達の方が遥かに多いですね。これからも追って、遊んでもらおうと思いますね。身の回りの花達ですが、小さなライフワークとなりましたね。

「アマナ」をダウンロード
畦道に咲くアマナですね。

 整理していますと、日記を振り返る様で、楽しかったです。その中でも一番に思い出のある花ですね。過去にも塵埃記によく登場してますね。
 2002年に散歩の畦道で、1花だけ初めて出会いました。お友達と花談議してアマナだと知りました。明くる年は出会えませんでした。
 2004年に上記のような咲き姿で、4花と出会いました。その嬉しさは、ご想像いただけると思います。
 我が散歩道の田園の中ですね。私の庭に咲きあがってくれたといっても過言ではないですね。
 しかし、残念なことに2005年、本年と出会えませんでした。私が見過ごしているのかもですが、このアマナだけではなく、出会えなくなった花達も出てきたようですよ。

 このアマナは、農家の長老達に聞くと、農薬を使うまでは、畦道に咲き乱れていたと言っていましたね。地下の鱗茎が甘いそうで名がついていますから、食していたのでしょうね。畔小花にしては大きい方で、此花が咲き乱れていた畔を想像すると、素晴らしい風情であったろうと思いますね。

そんなこんなで、呑気家整理蔵が新しくなりました。まだ昆虫と番外編が整理できていませんが、早々にアップしたいと思います。アイウエオ順になっていますので、野の花を楽しまれたときに、呑気の見た花と比べてみてください。

 また、呑気が出会ってない花でしたら、画像掲示板にでもお知らせいただくと、飛びあがって喜ぶと思いますね

皆生温泉旅行・・

2006年11月15日天気は晴れ。

 老齢化が進み、滅びかかった商店街の皆さんと、慰労宴会目的の大名旅行でした。私は行く先々で、呑気な目線でデジカメ遊びで楽しみました。

 まずは、車窓から大山遠望を楽しみました。車窓からの紅葉が素敵でしたね。まずは蒜山高原にて、定番のジンギスカン料理でちょいと一杯・・蒜山高原の酒「そっ」を楽しみました。

 続いて、大山麓の大山寺参拝ですね。私は皆さんから外れて、ブナ林の中へと入って行きました。

 皆生温泉旅館に到着後、旅館の中ぐらいしか散策は出来ませんでした。宴会は、お話できないほどの馬鹿騒ぎとなりました。定番の松葉蟹づくし料理でしたね。

 翌日は、松江市の大根島へと参りました。「由志園」と言う庭園と寒牡丹と牡丹園を楽しみました。綺麗でしたが、天候が悪く素敵な画像にはなりませんでした。お勧めコースと言えるでしょう。

 続いて、松江フォーゲルパークへと行きました。今流行りの花鳥園ですね。世界最大の室内ガーデンと歌ってますね。約一万本のベゴニアやフクシアが、所狭しと花を咲かせていましたね。鳥達(オーム系)も沢山いましたね。大好きな梟も沢山見ましたが、フラッシュを使えませんので画になりませんでした。

「花鳥園の花」をダウンロード
松江フォーゲルパーク内で見ました。

 ベゴニア、フクシアの鉢植えの大花達に目を奪われますが、上記の小花に引かれてしゃがんで眺めました。野草花の風情が好きなんでしょうね。名前を忘れました。カタログにも載っていませんが、お名前をご存知の方は居られるでしょうね。

 その後は、バス旅行のお決まりのコースで、お土産屋さん巡りとなりますね。そんなこんなですが、酒だけは切らさずに楽しみました。

 メニュー最下に、旅行アルバムを作りました。暫くの間、掲載したいと思います。お暇な方は、お楽しみください。

明日から、一泊の宴会旅行です・・

2006年11月12日天気は秋晴ですが、風は少し冷たいです。 

 さて、今月に入って世情の憂さみたいな塵埃記になってますが、文章日記でのお友達との語らいも、そんな風になってしまってますね。ここらで呑気風に戻したいですが、呑気な思いのまとめと言うことで少し記しますね。旅行から帰ってくると、切り替えて、楽しい塵埃記にしたいです。

 今の世風を思いますと、変な思考に迷いこんでしまう気がします。なぜかしら、未来への不安がいっぱい浮かんでくるのですね。私達が、この歳になっても迷い込んで不安を感じるのですから、子供達はもっと敏感に肌で感じているのじゃないでしょうかね。

 その原因の根本はと思考をしますが、ある意味で地球は戦争状態(人間の歴史は戦争だと言われそう)じゃないでしょうかね。先進国も発展途上国も、精神的には戦争状態なのかもしれませんね。アメリカが戦っている対テロ戦争だけじゃないですね。物の豊かさの次に来る、初めて経験する様な精神的圧迫戦争(ストレス戦争)とでも言っておきましょう。

 まず、私達の頭上には、いつでも落とすことが出きる核爆弾が、2万発以上もありますね。神様じゃなしに、人間が操作すると言うのが不安になりますね。この恐怖は過去の歴史上にはないですね。
 民族間の争いもますます激しくなって来てますね。 我が国に置いても、隣国と仲良くと言ってますが、心の奥底には対峙する姿勢が見え隠れしてますね。
 国々や各民族が経済格差戦争になってしまった様ですね。豊満に暮らしている経済大国日本に向かって、羨ましさから、いつか襲ってくる怖さも感じますね。

 民間企業と言っても、生き残り戦争状態の様相も見えますね。田舎の農業と言っても、物価高から自らの生活バランスを保つのに農業政策戦争と言えるでしょうね。
 子供達の世界と言っても、偏差値、受験等々と数値争いの戦争と言えますね。各学校間でも偏差値上位競争で争ってますね。弱者は切り捨ての怖さを感じずに生きられないですね。

 学校もそうですが、地域も画一化して、同じような町が出来てきてますね。郊外型ショッピングモール、コンビニ、ファーストフード店等々と、どこの町に行っても同じ風情ですね。
 同じもの達ばかりになると、後は数値目標の争いですね。これも戦争状態ですね。

 勝ち抜けない者の甘い論法だと言われるでしょうが、その戦争状態の様な世の中の、弱者の兵士達(大衆には)には、なんと精神的には生き難い世が出来あがってきたものでしょうね。

 この打開策に、迷い込んでしまう状態だと思いますね。私はすっかり迷い込んでしまいました。
 田舎で暮らしてますが、自然に教えてもらい、貧しさの中でも、民衆の心が少しでも平穏に暮らせ、不安のない未来を、頭の中だけでも探してみたいですね。団体スポーツにおける、レギュラーも要るが、補欠も大切と言う共同作業のような風にですね。また数値で表せない芸術や文化の世界を大切にして行くことかもですね。
 ネットのお友達とお話していて、もう遅いかもしれないと言う不安も沸きあがりますが、模索して発信したいですね。

 そんなこんなですが、明日から商店街仲間と、皆生温泉へ宴会旅行ですね。滅びかかった商店街ですが、高度成長期の浮かれが、まだまだ皆さんには残っています。コンパニオンを大勢はべらし、呑めや歌えの大宴会となるでしょう。
 
 私は呑み過ぎない様にして、皆生温泉辺りの風情をデジカメ遊びしたいですが、さてさて呑気者ですから、どうなることやらです。

「木漏れ夕陽」をダウンロード
夕焼けの木漏れ日です。

 本日のオマケ画像です。夕日をじっくり見る余裕をなくしてますが、雲がなく光りが強い時には、影絵遊びのようにしてデジカメ遊びをします。本年の夕焼けは、雲のないお天道様だけが輝くことが多いような気がしますね。暖かいのかもしれませんね。

 皆生温泉で、どんなデジカメ遊びが出きるか楽しみなんですが、ごそごそ面白いものを見つけてきますね。
 ネットのお友達の皆さんへ、お返事は水曜日以降になります。遊び画像をご期待ください。

日本の外交の資質・・

2006年11月8日天気は快晴。

 最近になって、高校の履修科目の時間を取らずに進めていた学校が沢山出てきましたね。その中でも世界史が最も多いようですね。そこで私が呑気に思ったことを記して、塵埃記を進めましょう。

 この受験の為の高校生活は、今に始まったことではないですね。40年前の我々の時代からでしたね。受験に関係のない世界史などの授業中は、先生の話を聴かず、受験勉強の自習時間となっていましたね。私の場合は世界史の先生が野球部(私は野球部でした)の監督だったこともあり、世界史を通しての道徳の時間となっていましたが、他の生徒は自分の勉強をしていましたね。

 それが、大学の受験科目からも外れてしまっては、世界史は可愛そうな状態になってしまいましたね。これは、荒波の社会に出てから影響が出てくると思いますね。広い視野から、物事を見つめて行くという素養が弱くなると思いますね。

 日本の外務省あたりや、外交がどうも経済ばかりに重点を置いて、他国の人心や風土や宗教をバックボーンにしての交渉事や交流に、大変ひ弱な感じを受けるのは、私だけではないと思いますね。

 何人かのエリート達は、確り世界史も勉強しているから大丈夫だと言うのは、心配になりますよ。プロ野球もそうです。底辺が広いから素敵な選手が出てくるのですね。大学に入るために、高校時代は世界史をないがしろにして、いざ外交官になったから、付け焼き刃で学んでいるのでしょうね。
 世界史は広い視野と各民族と言う人の営みを知ることになりますね。道徳観も磨かれるでしょうね。
 そんな風に思うと、この何十年間と言う日本人は、大変なことを見逃していたと言う事になりませんか、外交官だけじゃなく日本人全体が外交の資質が育っていないと言うことになりませんか。そんなことを思ってしまいました。

 そう言う私も、高校の時の世界史の試験はまったくできませんでしたが、先生が監督でしたから、答案用紙に野球部○○○○と氏名だけ書いていましたら、単位をいただけましたね。おおらかな時代でもありました。監督さんは、お元気でお暮らしなんでしょうかね。

人権教育・移動研修会・・

2006年11月3日天気は晴れ。

さて、私は地区の人権教育推進委員の役を持っていますが、明日は岡山県にある渋染一揆資料館への移動研修会です。明後日は親戚の法事と続いて行きます。掲示板へのお返事が月曜日以降となりますが、お待ちくださいませませ・・

 少しだけ、私の人権教育や、同和教育についての思いを記しておきましょう。

 まだまだ結婚や就職や御付き合いに差別が続いていると、人権教育がなされていますね。私は本質的な差別は何かと考えてみました。部落や民族と言う前に、人間の持つ本能的な差別意識みたいなものを考えながらの思いですね。

 この差別問題も、私が好きではないのが、教育と言う言葉ですね。「教育をする側」と「教育をされる側」と明らかに本質的な差別意識が働いてしまいますよ。皆で学習し様、皆で共同作業をしよう、皆で助けあおうじゃないですかね。だから私は、市から送られてくる押し付けに近い教育資料教材は一切目を通しません。
 押し付け教育みたいなもので成功した例は、学校教育にしろ少ないですね。争いの助長をしているかもです。

 結婚問題や就職、御付き合い等々も、差別問題じゃなしに、総ての人間の持つ本質を美徳に向かうように推進すべきだと思いますね。簡単なことですよね。個人そのものを尊重しあえば良いのですよ。
 人間は「嫌いなものは、嫌い」と意識して争います。食べ物や品物ならいざ知らず、人を嫌っても美徳の推進になりませんね。

 結婚問題もまず相手を尊重できるかが、差別問題より先にくるべきですね。二人の心で乗り切れますね。就職問題もその人の能力や人柄を尊重する姿勢が会社も必要でしょうね。無理やり尊重されない会社に入っても、入った者が不幸と言うものですね。このどこにでもある不幸を差別だと勘違いすると、不幸の上乗せ状態になりますね。それぞれが美徳を持って、相手に尊重される美徳を磨かないとですね。

 御付き合いこそ、相手を尊重するからできるのですね。私は、子供の頃から部落差別を知っていましたが、この歳になっても友人や親友と言える仲間がいっぱいですね。子供でしたからねー、張り合っていましたね。ですが私は地区の違うガキ大将を尊重しましたね。相手が私を尊重しなかったら、我が仲間がいじめられると防衛本能が働いたのでしょうかね。相手のガキ大将も同じような感じを子供ながらに思ったのでしょうね。よく遊びましたよ。

 戯言に近くなりましたが、そんなこんなに思いますね。明日も渋染一揆と言う昔の歴史から、人間の持つ本質と言う大きな観点から学習して来たいですね。

「フユノハナワラビ」をダウンロード
フユノハナワラビです。

 本日のオマケ画像ですが、この季節に畦道にニョキニョキ咲きあがってきます。枯草の中で黄金色に日を受けて輝きます。草丈は大きいもので40cmぐらいになりますね。風が冷たくなっても枯淡の美しさを出してくれて、私は好きなのですよ。
 この画像は、面白いことに表顔と後ろに裏顔が入りました。おうっ、これでこの草の感じがわかりやすいと思いましたね。

選挙開票の立会人

2006年10月31日天気は秋晴。

 さて、この29日は市会議員選挙の投票日でして、夜には開票となりますね。私は何度か立会人に選出されましたが、今回も立会人となりました。そこで裏話でもないのですが、その様子を記して塵埃記を進めることにしました。

 まず、立会人は夜9時に集合となります。選挙開票の説明を聞いた後、9時30分きっちりに開票となります。
 最初に立会人の仕事ですが、まず投票所から集められた投票箱が、確り鍵がかけられているかの点検ですね。30数カ所からの投票箱の点検です。

 その後、開票箱から投票用紙が大きなテーブルに総て出されます。そしてまた、開票箱が空であるかの点検ですね。そして開票となりますが、投票用紙は総てかき混ぜられてしまいます。開票にかかわる職員は、開票、確認、集計、有効と無効判断と約50名ほどだったと思いますね。警察からも、トラブルがない様にと警察官が数名が鎮座していますね。

 開票が進みます。各候補者の名前の記されたテーブルが立会人の前にあります。その候補者の名前のところに100票ごとに積まれて行きます。かき混ぜられているから、確率的に早く100票が積まれた候補者は有利だとわかるのですね。この様にして、9時半からの開票が12時近くなると、各候補者の上に積まれた投票用紙で、500、600票と判ってきます。おのずと当選者がわかり、各陣営や新聞社が速報として流して、当選者が決まって行きますね。
 大きな体育館です。各陣営が観客席に双眼鏡を持たせて速報を知らせる人達を配置していますね。なん票かの接戦になっている候補者は、立会人の判定が済むまでは、大変な気持ちだろうと思いますね。

 さて、立会人の仕事はここからなんですね。誤字や脱字、判定が難しい字、遊びで記しているもの、関係のないことを記しているものなど、凄い数の乱れた投票用紙なんですね。
 まず、市から選ばれた職員が判別します。それを立会人に、有効投票か無効投票かを1枚1枚尋ねてきます。その方法は、まず職員達が有効だと思うものから出してきます。そこで立会人が慎重に見て、有効欄か無効欄に判を押して判別します。最終決定は選挙管理委員長ですね。それを延々と繰り返して行くのですね。
 投票用紙に記されている名前で面白いものが沢山に出てきます。また悪戯書きも多いです。 立会人達もなんとか候補者の一票として上積みしてあげたくて、書いた人の気持ちにまで踏み込んで判断をして行きますね。
手が震えて、字を書けなくなったご老人まで動員されていますからね。

 この面白い書きこみは、またの機会に塵埃記に記しましょう。大変面白いものが沢山ありますが、これ公表できるのか選挙管理委員会に尋ねておきますね。

 これが終わりますと、投票用紙をダンボール箱に入れて封印します。立会人は封印の印を押しますね。選挙結果決定書類にも印を押して終わりとなりますね。

 そうこうしていると、午前3時近くなりましたね。もう報道では、12時ごろにはほとんどが当選者が決まり、祝勝会でしたでしょう。

「風力発電」をダウンロード
黒川ダムの風力発電です。

 そんなこんなで、明くる日は昼まで寝ていましたが、素晴らしい秋晴で、丹波から生野銀山湖辺りの山紅葉を探しに行きました。紅葉はまだまだでしたので、大好きな風力発電をまた見に行きました。綺麗な青空の中でぐるりぐるりと回っていましたね。ちょっと疲れていた心も晴れ晴れとなりましたね。

 なぜかでっかい風力発電が大好きなんですね。青空の中で風が見える様なんですよ。自然がエネルギーをくれるというのも好きなところかもしれませんね。

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