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プロ野球日本シリーズを見て・・

2006年10月22日天気は晴れ。

 さて、見過ごされやすい野の花で進めるつもりでしたが、野球は好きですからね。昨日の日本シリーズを楽しみました。

まずは、野歩きで八重咲きのカタバミを見ました。毎日の田園への散歩でも、カタバミは春から長く咲きつづけてますが、私は見つめますね。そうすると、こんな花にも出会えます。

「カタバミの八重咲き」をダウンロード
八重咲きのカタバミですね。下ばかり見て歩いているのでしょうね。ほんと自分を笑ってしまいます。

日本シリーズ第1戦を見て・・
 素晴らしい試合内容でしたね。特に両投手がプロらしい投球をしましたね。
 川上選手は、現在の投手の中ではプロ中のプロですから、素晴らしさはよく見ています。
 後半になって、スピードが増すと言う珍しい投手です。投球術などの素晴らしさも桑田選手とよく比較されますね。桑田選手に川上選手のスタミナがあれば、もっと偉大な投手になってますね。桑田選手は押さえにまわったことがありましたね。川上選手はやめた方が良いでしょうね。
 理由は練習量より生まれ持った体質だろうと、私は推察しています。長距離、中距離と陸上選手も色々ですからね。

 それよりも、あまり見ていなかったダルビッシュ投手に、私は大変に驚きました。凄いピッチャーですよ。
 195cmの長身からの角度があり、あれだけボールを長く持って投げられるとバッターはたまりませんよ。
 単純に想像すると、足の歩幅も広いから、そうですね・・18mちょいの距離ですが、恐らく16mぐらいからボールが来る感じでしょうね。ソフトボールに近い距離ですよ。よいコースに決まれば、いかに打ちにくいかご想像いただけるでしょう。過去の選手と比較する対象選手は、私はまだ見当たりません。大リーグにはいますよ。

 その両投手の素晴らしさを楽しみましたが、チームとしては似通ったところが多いと感じましたね。選手のキャラクターは素敵な選手が多いですね。
 私が期待しますのに、両チームのピッチャーが持っている実力を出して緊迫した試合になって欲しいですね。そうすると大変もつれた見る者にとって面白い日本シリーズになるような気がします。
 そうなるとキャッチャーですね。日ハムの若い鶴岡選手より、老獪な谷繁選手がシリーズの鍵を握っている感じがしますね。

 そんなこんなで、秋風に吹かれ、夜は焼酎を煽りながらの野球観戦、呑気の真骨頂が発揮できる季節となりました。愚妻から怒鳴られない様に、立ちまわる方法を考えています。

播州佐保秋祭

2006年10月15日天気は秋晴れ、快晴です。

 秋祭り、各村のタイコの宮入が、たった今終わりまして、皆さん佐保神社で休んでいます。私は大役がなかったから、本年は宮入を画像にしてみました。お楽しみください。呑気が見た秋祭りです。大変に酔ってまして、我が家で暫く、ごろりと休もうと思います。

「秋祭り1」をダウンロード
<重い屋台を神様の前で、伊勢音頭にあわせて担いでいます。楽しそうでしょう。

「秋祭り2」をダウンロード
我が町内と、隣町のタイコです。私は担がないといけないのですがね。皆さんが疲れた時に少しだけ手助けしました。

「秋祭り3」をダウンロード
これから、町を担いで行く若い衆も元気ですよ。

ではでは、今から慰労会でがぶがぶと皆さんと一緒に酒を呑むだけです。町内が久しぶりに笑顔の懇談となります。酒を呑みながら、長老達から、昔の話が出てくるのを楽しみにしています。

野のお花、初の出会いの喜び・・

2006年10月11日天気は雨のち曇り。

 爽やかな季節です。秋風に吹かれて里山あたりを歩きました。お目当てのオケラやリンドウ、ヤクシソウ、アキノキリンソウ等々を楽しみました。有名花達は、沢山とは言えませんが、ポツリポツリと咲いています。その中で美人顔した草花を探します。

 ネットで楽しく交流している中で、ブログのページや画像掲示板で皆さんが楽しんだ花達を見ます。素敵な花の掲載を見ると、我が地で見つからないかと探しているのですね。だから、野山をごそごそします。

 そんな時に、思いもよらない、初めての花に出会うことがよくあります。この花も出会った時は、変わった花顔で、「おうっ」と声が出ましたね。

「ナンバンハコベ」をダウンロード
ナンバンハコベだそうです。

 色んな草花のページで遊んでいますが、画像も実物も初めて見る花ですからね、花名がわかるはずがないですね(私はまだまだ、ど素人です。)。そこで、古いお友達とネットで花談議ですね。すぐにお知らせ戴きました。

 その後、ネット検索ですね。名前がわかると、これがまた楽しいです。この花を掲載されているページを見てまわることになりますね。
 皆さんのこの花を見た時の感想を記されていますね。ナンバン(南蛮)と言う名前がついているから、外来種だと思っていたが、日本の古来の花で在来種であることが、一番に記されていますね。花顔が変わっているからナンバンとついたそうですね。

 つる性であるとか、花の季節とか、最後に花言葉まで検索してしまいますね。その楽しみを知ってしまった様ですね。

 ↑のココログの塵埃記に休耕田でごそごそして、その中での小花達(昔の水田害草)を掲載しましたが、極身近なところで、まだまだ出会っていない花達の方が遥かに多いと思いますね。この休耕田のごそごそは素敵でした。同じ田圃なんですが、植物学者になったような気分で花を楽しみました。

 これはある意味で、深い趣味にはまりました。極身近でも、息のある間に出会える花はわずかのものだと思います。そう思うと、益々野に出たくなりますね。

 本年も初出会いが沢山ありました。あとは私が、どの様に整理整頓するかなんですが、出来ないタイプの人間なんですね。動いて、追っかけるそっちの方が大好きです。

呑気流・・野山の草花・オケラ

2004年10月7日天気は晴れたり曇ったり、時々小雨。

 本年もまた、オケラのお話が出来ますよ。この花は、ほんとに色々と想い出を作ってくれますね。
 今日は午前中に、オケラがボチボチ花をつけているだろうと、近くなんですが見に行きました。咲いていました。

 このオケラのことは、ネットのお友達と昔から色々と話しをしていまして、冬のドライフラワー状態の小魚の骨で編んだ篭のような面白い姿は見ていたのですが、花を見たいと探しまわった花なのですね。
 やっと見つけた時の嬉しさは格別で、その白の鮮やかさは、素朴さの中に光っていると言う風情で楽しんだものでした。

 本年も、「よっしゃー、メイン画像にしてやるぞー」と一生懸命に撮影しましたが、風が強く、小雨もぱらつき、光の量が少なく、総てピンボケとなりました。パソコン画面で見て、「ありゃー、ピンボケの山だー」とうなだれました。
 でもそこは呑気です。少し天候も快復しましたから、「そうだ、野池そばの穴場に行けば、咲いているだろう。そこで確り画像にしよう。」と今度は車で10分ほどですが、すっ飛ばして行きました。ごそごそ15分間ほど探しました。見つかりましたよ。なんとか確り画像にしなくてはと、設定も色々触りながら頑張りました。陽射しがあたった時は、自分の影を花にかぶせて撮影しましたね。

「オケラ」をダウンロード
オケラの花です。本年は蕾も入りました。

 でも、やっぱりオケラはやってくれますよ。余りにも白が鮮やかで光っている様なので、シロトビをさせてしまいました。風もありましたが、手ぶれや被写体ぶれもあるのでしょうかね。いずれにしても、一筋縄では行かないのがオケラの花です。もし動けたら再度挑戦ですね。何度見ても楽しめるお花なんですよ。まあオケラのそばに、アキノキリソウの蕾、キッコウハグマの蕾も見ていますから、行きたいですね。

 花の説明がありませんね。見ての通りのお花です。呑気流には説明が要りませんね。

 ただ、古い記憶で、古いテレビ報道で大晦日に、京都の八坂神社でオケラが焚かれ、それをクルクルまわしながら、家庭に持ち帰り、元旦の雑煮の種火にすると言う「おけらまいり(白朮参り)」のオケラなんだろうなー、昔は至る所に沢山咲いていたのだろうなーと思ったりもしています。

呑気流・・野山の草話の1.

2006年10月3日天気は快晴。

 さて、本月の早々に大変親しくしていた方をなくして、葬儀となりました。ちょっと出だしが感傷的になりましたので、早めに塵埃記をすすめます。

 呑気に日々の僅かな時間ですが、野に出て草花に遊んでもらっています。たぶんこの10月で、本年の野の花は出尽くすと思います。確りと追いたいのと、秋祭りもありますし、楽しく塵埃記をすすめたいので、なんの意図も意味もありませんが、呑気流に秋の季節で興味のある草花を、子供流に遊んで記してみたいと思います。

↑のニフティーの「ココログの塵埃記」も、そんな感じで、あまり見てもらえない草花を掲載してやろうと思っています。

「スズメウリ」をダウンロード
スズメウリ(雀瓜)です。

 なぜかしら、この季節に会いたくなる草花なんです。蔓性でして、川原のネコヤナギに絡んで伸びて、垂れ下がる様に実をつけています。見つかりにくいですよ。
 雀の卵のような実だから名がついたそうですが、カラスウリがありますね。これとの違いで小さいからスズメとなったのでしょうかね。
 夏の夜にカラスウリの花を楽しみましたから、どうしてもスズメウリも見てやろうという気になるのでしょうね。花も残っていてくれましたね。このあと実は真っ白になりますよ。

「カラスウリの実」をダウンロード
秋のカラスウリの実です。

 鮮やかに赤くなります。これよりもっと赤くなりますが、この画像の実はもうありません。毎日散歩で色づくのを見ていたのですが、誰かにもがれてしまいましたね。もっと色づいたものを見ましたら、ここの画像を差し替えましょう。
「ミコシグサ」をダウンロード
ミコシグサ(神輿草)です・・ゲンノショウコの別名です。

 ゲンノショウコが少なくなったとネットで知りました。我が地では、凄く繁茂していると言う訳ではありませんが、田園を少し歩くと、紅色と白色の両方の花達を楽しむことが出来ますね。

 漢字で書くと「現の証拠」,そのまんまの間の抜けた名前です。つまり,「飲むとすぐ効く」ということです。下痢止め剤として民間療法に使われます。全草を煎じて整腸剤として服用するそうで、皆さんもご存知ですよね。

 呑気流でなぜ、この花が出てきたかと申しますと、別名がミコシグサ(神輿草)と言われています。この別名が前から気になりまして、本日の散歩でその姿を画にしてみました。
上記画像には、花と種子と種子の弾けた後の果実が写っています。この果実が神輿に似ているそうです。皆さんは見えますか、呑気はなんとか、見てやろうとしていますね。

 こんな調子で、今月の塵埃記は、進めて行きますが、秋祭り等の行事が入ってきます。出きるだけと言うことで参りましょう。

美心を持つ人達が少なくなってきます。

2006年10月1日天気は雨。

 本日は、町内の隣組の大変親しくお付き合いさせて戴いていた奥さんが亡くなられての葬儀でした。昨年に旦那様(私の恩師です。)を亡くされていまして、あとを追う様に他界されましたね。
 また町内で、素敵な人が先だって行きました。まだ75歳でしたね。
 過疎化が進む町内ですが、諸行無常と言ってしまえば、それまでですが、どんどんと寂しくなって行きます。
 私は還暦前ですが、この町内ではまだ一番年下ですね。皆さんを見届けて行っているような気さえしてきます。

 そんなこんなで、政治も新しい内閣になりましたが、ネットお友達と日本や田舎について話していました。葬儀のあとで思うことがあって、文章日記に記したものを、塵埃記に持ってくることにしました。

●インターネットや交通網の普及で、田舎に居ても産業が成り立つと言う神話を誰かが作った様ですが、私はまったく逆方向に言っているような気がします。

便利で速効性があると言うのが、益々、東京や、大企業の一極主義が広がっていると思いますね。大型店やコンビニやファーストフードを見ていると、ネットを使って、本部からの主導ですね。田舎人は労働者ですね。どんどん進んで行く気がします。
地方は素朴さを売る観光地でしかなくなりますね。農業なんかも、指令系統が大企業や東京に集中して、農村部は人はいらないとなり、機械で大量にやろうとなるでしょうね。貧しい力のない農民は労働者ですね。

こんな風な世が進むと、高技術者のマニアルを一極化して集めて行きますね。情緒や風情や人の営みと言うものが消えて、ある意味で田舎は縮小や潰れるような気がします。(それなのにまだ無駄な箱物を作りつづけていますね。)

この風潮は、心を蝕んで行くでしょうね。大型店やコンビニやファーストフード、先進の農業と、季節感や風情がまったくない、企業利益だけの東京のような日本になってしまいますね。頭脳が集まれば成功と言う流れですね。

ネット普及の行く末は成功者なんて、極わずかで良いのですね。夢がなくなるのですね。
荒れた世に向って行くでしょうね。

外交問題でも、石油で悩むでしょうね。また庶民が振り回されるでしょうね。
その石油供給で、戦争に突入しましたが、特攻隊までやって頑張った国民です。もしも戦争をせずに皆で知恵をだしていれば、石油がなかっても立派に国を発展させたと思いますね。そんな努力も出来なくなる、豊かな国におんぶに抱っこしてもらう政治に向っているのじゃないでしょうか。

清貧の中での、美心を取り戻す政治を、もうぼちぼちはじめないと、火を起こせない大学生やリンゴの皮をむけない大学生を出している様では、国としての基礎が崩れてますよと言いたいですね。
東京大学の名誉教授の養老さんが、上記のことや、小学校の先生が教室を美しくするために、「お母さんに雑巾を作ってもらい、持ってきなさい」と言うと、そのお母さんが「忙しいのに、なぜ私が作らないといけない」と抗議が殺到する世だそうですよ。
もう、悲しくなるような世だと思いませんか、子供が立派に育たないですよね。

今日の葬儀で、そんなことが確り判っていた人達が、だんだんといなくなってきたことを痛切に感じましたね。●

「丹波栗」をダウンロード
秋です。心が感傷的になった様です。栗達は元気に沿道で実ってます。私も栗の様に心だけは弾けていたいですね。

身近な草花を考察・・畔菜(アゼナ)

2006年10月1日天気は晴れ。

 本日は午前中に散歩道から、少し離れた野池でと、今の季節の野の草花を楽しんできました。
 散歩道では、アゼナを確り3種類を見てきました。野池周りでは、オトギリソウを3種類をしっかりと画像にしてきました。

●「弟切草」考察は、上記↑・・ニフティーブログの「塵埃記」に掲載し、考察してみました。ご覧ください。●

 アゼナ(畔菜)は、水田散歩道で一番身近な草花なんです。トキワハゼやムラサキサギゴケと言うゴマノハグサ科の代表みたいなのが水田では目立って眺めてしまいますね。
 そこでアゼナをじっくり見てやろうと思いますと、我が散歩道では、3種のアゼナを見ることが出来ます。

「アゼナ」をダウンロード
日本に従来から咲く和のアゼナであろうと考察しました。見分け方は葉だそうで、葉は葉柄がなく、全縁(鋸歯がない)。
 私は色ですね。灰色ポイですね。水田で立ちあがるように咲きあがってますよ。

「アメリカアゼナ」をダウンロード
帰化植物のアメリカアゼナであろうと考察しました。葉に明瞭な鋸歯がある。ありますね。私は色ですね。鮮やかなブルーの色を出しています。

「あぜな??」をダウンロード
さて、この草花なんですが、アゼナの見分け方としてもう一種帰化植物のタケトアゼナがあるようです。この画像がそのアゼナだと考察しきれていませんが、葉に鋸歯があるがやや不明瞭と言うところや、これだけ花色が違うと、上の二種とは違う草花であろうと思いますね。
これはアゼトウガラシかもですね。ああ、ややこしい。

 なんだか、難しい塵埃記(チリとホコリの記なんですが)になりましたが、私が幸いに3種類を同じ場所で見れたと言うだけのことなんですよ。違いがはっきりと出ていますので、記してみただけです。もしそれでなかったら、3つともアゼナとして見ていただろうと思います。
 そんな見方で良いような気がするほど、小さな可愛い花達ですね。

里山でメルヘンを見る・・

2006年9月27日天気は秋晴れ。

 秋風が爽やかに吹き流れる中の、野山を歩いています。本年もアサギマダラに出会いました。フワリフワリと飛んでいる大きな姿を眺めて楽しんでいましたが、2年ぶりに目の前の草花にとり付いて、色々とポーズをとってくれました。

日本列島を北から南、南から北へと、日本で唯一の「渡り」をする蝶として知られていますが、この蝶を見ると、頭の中に日本の里山を縦断すると言う壮大なメルヘンが駆け巡りますね。

「アサギマダラ」をダウンロード
ヒヨドリバナにとりつくアサギマダラです。デジカメとの距離20cm以内です。蝶はじっとしていませんが、カメラで羽を開けと触りました。光量が少なく手ぶれでしょう。フラッシュを使っていたらどんな画になったろうなーと悔やんでいます。

 アサギマダラのことは、ネット検索すると沢山の資料が見れますし、この蝶を調査する団体も沢山ありますね。ここでは、私の見たアサギマダラと言うことで、記したいと思います。


 私は、春にも里山(兵庫の真中)で飛んでいるのを見かけますが、やはり秋のこの時期ですね。2年前に画像にした時も同じでした。それは特にヒヨドリバナにとりついているのが、触っても逃げないほど夢中になっていますね。お隣のアザミにも取り付きますが、夢中と言う感じではないですね。なんかありそうな気がします。

 私が里山で出会うアサギマダラは、一匹が多いです。沢山の群れているアサギマダラを見たことがありませんね。一匹のはぐれ者が私の歩いている里山に飛んできたことになりますね。これもメルヘンをかき立てられますね。

 そんなこんなで、里山歩きの楽しみを倍増させてくれたアサギマダラに「ありがとう」で、ございます。

お彼岸に思う・・

2006年9月22日天気は晴れ。

 田舎のお彼岸は、兄弟や身内が墓参りと言う事で、里帰りとなりますね。本日も兄弟達が帰ってきまして、墓参りとなります。車での送迎から、お酒や料理の準備ともてなしが田舎にいる者の勤めとなりますね。

 でも、都会の話やら、血のつながった者達のの人生話を聞くことになりますね。色々な問題もあった時もありましたが、親達も居なくなり落ち着いてきたような気がしますね。

 その親達(先祖)への供養が、お彼岸なんですね。お彼岸の詳しい話しをするつもりはありませんが、煩悩に満ちたこちらの現世と、亡くなった先祖達の霊が住む世界を「彼岸」と考えるようになったのですね。

「ヒガンバナ畑」をダウンロード
散歩道の畦道ですが、真っ赤なラインをひいたようにヒガンバナが咲きます。絨毯のようになるにはもう少しですね。

 まあ彼岸花を楽しんでいるのですが、春の彼岸にしても、秋の彼岸にしても、墓参りにかねて自然や風情が一番楽しめる季節となっているのですね。そこへ、ぼた餅、おはぎ、団子、海苔巻き、いなり寿司などと食の楽しみを付け加えて、季節のイベントとしてお彼岸の行事があるのですね。

結論・・私は昔の人達が作り出した、お彼岸もそうですが、素晴らしい季節の行事だと思いますね。色んな地域交流が希薄になったり、親族達が疎遠になりがちな世になりつつありますね。
 彼岸花にも頑張ってもらって、先祖を肴に酒や食事で交流を続けて、皆が「先祖が見つめているぞー」と少しは気を引き締める事でしょう。そんな感じも彼岸の良いところだと思いますね。

露草が三色揃いました。

2006年9月15日天気は秋晴れ。

 野遊びですが、河原の土手上を歩きました。クズが凄い繁茂です。アレチウリも出てきてますが、まだまだ葛ががんばって綺麗な花をたくさんつけています。
 その土手途中に、ツユクサとママコノシリヌグイが競い合って咲き乱れている場所があります(散歩道の自然に掲載しました。)。
 そりゃー凄いのですが、どちらの花も、大きくて綺麗な姿や花顔をしているのを探します。

 そこでツユクサなんですが、本日淡い紫色の花顔を見ました。はじめてでした。これで三色揃いましたので、塵埃記にまとめてみました。

「ツユクサ白」をダウンロード
まず真っ白ですね。本日も探したのですが、見つかりませんでした。この前の塵埃記に掲載したものを、ツルリンドウの白花と交代してもらいました。色が出せないと言うより、白ですと主張しているようですね。

「ツユクサのブルー」をダウンロード
本日のはじめての出会いですね。淡いブルーと言うか、実物は紫に見えましたね。不思議な色を出しているなーと眺めましたが、こいつは色を出したいが出せないと言う感じでした。

「ツユクサ」をダウンロード
この深い青が普通のツユクサの色ですね。同じ場所に咲いていたものを、同じ陽射しで画像にしてみました。

 と言うことで、三色揃いましたが、色が出ない、出そうで出ない、本物の色はこれですと記しましたが、真中の淡いブルーは白がよかったのか、それとも深い青がよかったでしょうかね。個性派に、それとも大衆派・・・哲学につながりそうですね(笑)。

 毎日同じ花を見ていても、面白く、楽しめますよね。お店バンをほったらかして、出て行くのがおわかりいただけますか。それも極身近な同じ所で楽しんでますよ。野は、季節が風情を変えてくれると言うことも確かですね。

鮮やかな白で咲きあがる・・

2006年9月12日天気は曇り。

 もうヒガンバナが咲きあがりました。秋に入ったようです。ヒガンバナが咲くころには野も沢山の草花が咲きあがります。見逃さないようにと、気持ちがそわそわしてきますね。

 野の草花と遊んでいますが、花に色がつかずに真っ白な花を楽しむことが出来ます。前にも記しましたが、種として白ではなく、土壌や除草剤や農薬のセイだと思いますが、白という潔白な感じの鮮やかな花を探すと言う楽しみも、野にはありますね。

「ツリガネニンジン」をダウンロード
ツリガネニンジンです。普通は紫ですね。シベの色ですね。
 池の土手で、毎年見ます。色を出し切れていないという感じですね。でも、そばに咲いている同じ花達より目立っていますね。


「ツルリンドウ」をダウンロード
ツルリンドウですね。リンドウの持つ青空の色を持っているのですが、色を出せないで真っ白ですね。でも白は緑の中では目をひき見つけやすいですね。
(ツユクサの白花を掲載していましたが、変更します。次の塵埃記に登場します。)

 そんなこんなで、野での、鮮やかな白を記してみました。栄養が足りなくて色が出せないのなら、それでもいいから、心は潔白の真っ白でありたいですね。

新しい出会いの草花・・

2006年9月8日天気は晴れ。残暑です。

 朝夕は過ごしやすくなり、秋を感じさせてくれますが、日中はまだまだ暑い日々です。

 さて、暑い中をほぼ同じ散歩道なのですが、歩いて季節の草花を楽しんでいますがが、画像にして残しかけたのは、2001年の後半からだと思います。沢山の野の花との出会いがあり画像にしてきましたが、つい最近も新しく出会えた草花がありますね。

 どんどんと増えていくことになりますね。まだまだ整理整頓が出来ません。私が見てまわれる範囲です。それほどではないと思いますので、もう暫くは、出会えるだけ出会ってみようと思います。

 と言うことで、私がはじめて画像に出来た、私がはじめてであった最近の草花を記しましょう。

「クルマバザクロソウ」をダウンロード
クルマバザクロソウだと思います。

 この花は、いつも歩いている散歩道で見つけましたが、今までは見落としていたのでしょう。小さな花ですからね。
 検索中として、ネット遊びしていると、名前が見つかることがありますね。熱帯アメリカからの帰化植物ですね。

「ウシタキソウ」をダウンロード
ウシタキソウではとおもいますが、ミズタマソウかもしれません。

 この花は、里山のツリフネソウを楽しんでいるところ辺りの野で見ました。花はちいさいですが、面白い種でしょうか、目をひきつけましたね。里山は、まだまだ私の出会えていない草花ばかりだろうと思いました。

「オニドコロ」をダウンロード
オニドコロだろうと思います。

 この花も、ズート見ていまして、画像にしては小さすぎてピンボケ山でした。まあまあ上記の画像が出来ましたが、ヤマノイモの葉に似ていると思い、雌花であろうと検索中にしていました。
 お友達のブログに登場してきましたね。「ヤマノイモとよく似て、間違うオニドコロ」とありますね。
 また検索の為直しですね。タチドコロ、ヒメドコロと、ドコロどころしてきましたが、面白いですね。
 この検索と言うネット遊びも、雨降りなんかで動けない時は、大変楽しい時間となりますね。

「キササゲの花」をダウンロード
キササゲと言う高木の花ですね。

 この花は、2年ほど前から検索中として、忘れていました。本年の夏にまた見まして、こんなに凄い高木だから、そして民家のそばにも植えられていると色々検索しました。
 やっとわかりました。こんな木の花のことも知らないのかと笑われそうですが、知らないものは知らないと子供様になることが、名前を追うのには早道だろうと、今も思っています。

 花を追いかけかけた初期に、大変お世話になった方がいます。私は子供が質問するように、お尋ねしましたね。今も時々、その方のブログで、馬鹿なことをお尋ねしている次第ですね。

 そのブログは「気ままに野山」のぶちょうほう様で、山野草花を気楽に楽しまれていますね。あえて難しくならないように「気まま」を模索されて、ページを更新されてますね。

 私も「呑気や気楽」をモットーに、草花達に遊んでもらうことにしています。草花名の間違いなどがあれば、気楽にお知らせくださいね。
 
 私は学者じゃありませんから、いい加減なのは、皆様もご理解くださいね。でも間違いは素直に直します。「正直で素直」・・これもモットーにしないといけないと思っています。

 本年もイヌタヌキモやユウスゲを筆頭に、沢山の初出会いがありました。確り画像にして残しています。あくまでも「身の回り」(兵庫の真中辺り)にこだわりたいと思います。

 あっ、このこだわりは、日本の北限、南限の植物がこの兵庫の真中辺りであると言うことも、私を突き動かしているかもしれませんね

草花の名前の面白さ・・

2006年9月5日天気は雨です。

 里山や野で、野草花を追って遊んでいますが、ヤマジノホトトギスを楽しみまして、杜鵑(ホトトギス)と言う鳥の名前が気になりました。本年の私が楽しんだ草花の名前を「生き物編」と言うことで塵埃記をすすめましょう。

 園芸花は、英語名的でまったくつながりが掴めず覚えられませんが、野草花は日本名を持っていて、花姿や花顔から連想できるものが多く、私はどうにか頭に入りますね。

そこで、「生き物編」と言うことで、本年私が楽しんだ草花(保存画像)から、名前の面白さを記してみましょう。

まず動物ですが、犬、豚、駒、狐、虎、狸、猫、鼠、猪とありますね。犬は沢山あります。豚は「ブタナ」ですね。駒は「コマツナギ」、狐も虎も狸も猫も鼠も沢山あります。猪は「シシウド」ですね。

次に鳥達ですが、ひよどり、鷺、烏、雀、杜鵑とありますね。ひよどりは「ヒヨドリジョウゴ」です。鷺(サギ)は有名ですね。烏も「カラスウリ」ですね。雀は沢山ありますね。杜鵑は、そのまま草名にもなってますね。

生き物で面白いものもありますね。鬼、盗人、継子、仙人、踊り子、雁首、姥、美男とありますよ。また虫名が付くのも沢山あると思いますが、私の保存画像には、蛍、蜻蛉、海老ですね。
 鬼は多いです。盗人は「ヌスビトハギ」、継子は「ママコノシリヌグイ」ですね。仙人、踊り子、雁首、蜻蛉は草をつければ名になりますね。
 姥は「ウバユリ」で、美男は「ビナンカズラ」となり、蛍は「ホタルブクロ」、海老は「エビガライチゴ」となりますね。

 まだまだ山野草となると、もっと凄い名前が付くのが沢山出てくると思いますね。私の画像の中だけでも、ザーットですが上げてみました。

「タカサブロウ」をダウンロード
水田辺りの大草のタカサブロウです。

 この草花は検索によると「高三郎」と人の名前になっていますね。名前の由来はわからないそうですよ(ご存知の方は教えてください)。でも覚えやすいですよね。
 思い出しました。人の名前では、藤原定家はテイカカズラ、紫式部はその名の通りとありますね。

結論・・私は野草花名がなぜ覚えられるのかは、以上のような和名だからだと思っています。それと見つけて楽しむから、喜びもあり覚えられると思います。でもボケが入り気味で草花名が混乱している場合がありますね。でも何とはなしに、狐かな、狸かな、犬かなーと頭をめぐらすことがありますね。

秋の「思ひ草」が咲き出しました。

2006年9月1日天気は晴れ。

 日々の流れが早く、もう9月に入ってしまいましたね。まだまだ残暑が厳しく、カンカン照りの中を野遊びしていますが、昨日の雨で秋の草花が咲きあがりましたね。

 ナンバンギセルなんですが、もう以前からページでよく取り上げています。でも朝晩が過ごしやすくなると咲きあがってくるのと、やはりススキと言う秋の代表の草の根に寄生して、光合成を必要とせずに咲きあがる花として有名だから、やっぱり秋を知らせる花と言うことでしょうね。

「ナンバンギセル」をダウンロード
 ナンバンギセルです。メイン画像より、この画の方が咲いている風情がよく出ていると思います。色も赤褐色なんですが、上手く表現できてないような気がします。

 この花は、大草達が覆っているのを手で押しのけて、そっと根元を覗くと見つかると言う楽しみだろうと思いますね。「おうっ、咲き上がってる。」と声が出そうになりますよ。花の美しさより、その草陰で咲く弱々しさに引かれるのかもですね。

 何年か前にネットのお友達から「ナンバンギセルが咲いていませんか」とお尋ねがあり、遠くまで探し巡りましたが、見つかりませんでした。なんと私の散歩道の小溝下のススキをのけて見つけた時は、複雑な心境と共に嬉しさがあふれましたね。そんな想い出を蘇らせてくれるのも、このナンバンギセルですね。

 名前の由来も、面白くてよく記しましたが、「南蛮煙管」と漢字で書きますね。煙管(キセル)はわかっても、南蛮(ナンバン)と言うのは、ある程度の年齢の人じゃないとわからないかもですね。

 万葉集にも詠われているということも記しましたね。そこから「思ひ草」と言われるようになったようですね。
作者不明ですが、「道の辺の 尾花がしたの 思ひ草 今さらになど 物か思はむ」と詠まれていますね。

 私は、大草の下で誰の目にもとまらず、謙虚にうなだれた姿勢で物思いや、恋しい人のことを思っている感じを受けるこの花は、私個人の思い出もあり、大好きな花ですね。

秋がやって来たようですよ。素敵な季節がやって来たようですよ。ワクワク・・・

田舎の学習会・・

2006年8月29日天気は晴れ。雷雨がありました。

 飲酒運転で、素敵な家族が犠牲になりましたね。また子供達が母親を殺したり、逆に親達が幼い子供を虐待死させたりしていますね。このような痛ましい事件、それも死を招くと言う最悪のパターンが横行するようになった気がしますね。
 飲酒運転をした青年も、自分の気晴らしの為と言う自分本意な行動によって、取り返しのつかない大事故になってしまいました。

 昨日の夜に、私は役員をしているのですが、人権学習会が町内の人達を集めて行われました。加古川市の職員の方が講演をされましたが、夫婦や家族や地域のコミュニティーづくりをと素敵な内容でした。

 最近の家族間による痛ましい事件が増えていることに、身近な課題として、「相手を思いやることですが、はっきり言葉にして伝え合いましょう」でしたね。夫婦間でも、感謝の言葉をはっきりと口に出して言いましょうでした。来年は年金の法改正で、老齢離婚が急増するだろうと予測されてまして、一番身近にいる者達が、このような状況が増えている世は、事件が増えて行くのは当然かもしれないと言うことですね。夫婦と言う一番の基本からして、心がぐらついている世なんでしょうね。

 私が思うに、人権の問題の差別はいけない事はわかっている。では何が差別なのかなんでしょうね。女はこうあるべきだと言うのも人権からすると変ですね。また女の方から男はこうあるべきだも同様に変ですね。だったら個人を尊重しあいながら、助け合って行くしかないですね。

 講演の話は長くて、総ては無理ですが、マザーテレサの言葉で、彼女は「愛の反対はなんですか」とよく問いかけたそうです。答を言うと「無関心」なのだそうです。

 私が思うに、夫が妻に無関心と言うのは愛の反対のことを繰り返しているのですね。
 私は、我が家が心配になりましたよ。妻に感謝の言葉どころか、ますます無関心になってきてますね。逆に妻も私に無関心になってますね。
 まあー、親達も子供も送り出したし、「安心」の域に入ったと思っておきましょう。妻はどうなんでしょうね。私は、妻と話し合う勇気はありませんね。

「気楽トンボ」をダウンロード
獣よけの網が張り巡らされています。その柵棒の上で秋を呼んでますね。

「気楽トンボ」と妻によく言われます。私は反論したことはありません。私の事を正確に言い得ていますからね。

 最後に、昨日の学習会のレジュメの中に、私の好きな司馬遼太郎の言葉が記してありました。塵埃記に残しておきましょう。
●差別ほど薄汚いものはない、よほど自己に自信がないか、あるいは、自我の確立ができてないか、それとも自分についての春の海のようにゆったりとした誇りを持てずにいるか、そのいずれかに違いない●

無駄に生きている・・

8月25日天気はカンカン照りでした。

 居酒屋帰りで、大変に酔ってます。この状態で塵埃記をすすめてやろうとなりました。居酒屋では人生とはなんだろう。男らしく生きるのはどうすれば良いのだろう(これ私が言うことが多い)。

 まあー私を含めて田舎の負け犬達が、酒で誤魔化して、ああでもない、こうでもないと騒いでいるのですね。私の人生も「よくもまー、これだけ無駄なことをしてきたものだ」と思うほどの人生ですね。そのことに理屈をつけたいので飲んでいるのでしょうね。

 大衆のほとんどが誰の目にもとまらないささやかな人生でしょうね。一握りの人達が世を賑わしているのでしょう。
 しかし理屈的には、そんな大衆がいないと一握りも出来ないのですね。北朝鮮の金正日さん(一握りどころか、主)も大衆があってこその主なんですね。その大衆の中でゴミを集めて、生きている子供達がいるのですね。無駄なことをしているなーと感じるのは、我々ですね。
 しかし、ある意味でその子達の生きる行為が世界に発信していると思いますね。

 なんか酔っているから、話が無茶苦茶ですね。無駄なことをして行くのが我々ですね。
 文化も大昔の最初は、絵画や読み物も等々も食べる為には無駄なものだったでしょうね。でも、その無駄の楽しさをやった人間達がいるのですね。岩に絵画を書いたり等々、そんな無駄が文化を生んだような気がします。

 蝉の一生を、無駄と関連させるつもりでしたが、上手く行きませんでした。世に出て2週間、土の中の8年間ほど、さてさて無駄があるのでしょうか。

結論・・人の世の生き方に優劣がないと思いたいですね。立派な人、落ちこぼれ、賢い、アホ等々と分けられないのですよ。大衆の無駄が経済から文化と諸々を推し進めているのでしょう。過去の戦時中の無駄のない偏った思想だけは、作り出さないようにしましょう。

 酔っているから、明日の朝に見るのが心配ですね。もうすぐ老いて無駄な人間になりますが、もっと無駄を作ってやろう。

寝る前に・・お金持ち達の「無駄遣いをしない。値切る。」と言うのを総ての大衆が真似をすると、経済は成り立ちませんよ。欲求の赴くままの大衆・・・もう寝よ。

歴史に残る、素晴らしい決勝戦でした。

2006年8月22日天気は快晴。

 甲子園大会も終わり、秋風が恋しくなりましたが、まだまだ暑い日が続くようですね。

 さて甲子園での素晴らしい決勝戦を2試合も楽しませてくれましたね。私は両試合とも1球たりとも見逃さずにテレビ観戦しました。素晴らしさと言うより、その両校のレベルの高さに感心しましたことを記しましょう。

 まずは、なぜ雪国の高校が連続優勝して、これほどまでに強豪になったのか驚いています。その理由はパワフルな打撃ですね。決勝戦2試合の全得点がホームランと言うのが裏付けていますね。

 早稲田実業のエースは、スピード豊かで変化球も鋭いですが、精神力の素晴らしさに感心しました。コントロールが良く出来て、甘い球が大変に少ない投手でした。
 彼も人間のはずです。ましてまだ少年ですね。大概は連投となると、甘い球が多くなるはずなんですね。少なかったですね。その少ない甘い球を逃さずホームランした駒大苫小牧の打撃は、これからの高校野球を変える凄さだと思いましたね。

 重い金属バットをフル活用した打撃ですね。どのように振り切れるように筋力アップしたのかはわかりませんが、雪国なら可能な練習だったのでしょうね。

 全国の高校野球がこのパワフル打撃に向うと思いますね。打撃練習は色んな機械が開発されどんどんと向上して行くと思いますね。
 それに対抗するには、どのような投手を作れば良いかは、これも駒大苫小牧のエースが見せてくれましたね。

 彼は本大会は調子が今一つだったようで、剛球的な速球は余り見れませんでしたが、鋭い高速スライダーも凄いですが、チェンジアップを多投してましたね。大リーグの腕を振り切って投げる投手に近いと思いましたね。

 凄い打撃力があり、その打撃を封じる投手二人の投げ合いという超レベルの高い野球を見せていただきました。私は未来の高校野球をこの決勝戦で見せていただいたことを、選手達に感謝する気持ちですね。「ご苦労様でした。ゆっくり休んでください。ありがとう。」ですね。

 それから、早稲田実業の素敵なエース君・・私の大好きな昔の映画俳優の市川雷蔵に雰囲気や顔が似ていると思うのは、私だけでしょうか?

野の花達に遊んでもらう・・

2006年8月19日天気は雨のち晴れのち曇り。

 久しぶりに雨音を聞きながら午前中は過ごしましたが、晴れ間がでまして、夕暮れは曇ってますね。

 さて、私のページはごく身近な野草花を中心としたページを飽きもしないで運営しています。花と自分自身を考察してみました。本日の散歩遊びで、少し皆様にご理解戴ける画像が出来ました。

 まず私は、本心から言うとパソコン遊びやお店バン(これ仕事)より、野に出たいのですね。自然の中を歩きたいのですね。幸いに散歩道にも自然がいっぱいです。一日の内の1時間以内なのですが、一番楽しい時となっています。これを辞めるか、酒を辞めるかどちらかと言われると、迷ってしまうぐらいになってきましたね。

 その楽しみの中にデジカメを携えていると言うことも大きな要素になっていると思います。身の回りにどれくらいの野草花が咲いているのか、画像にすれば残るわけですからね。だから画像にしたくて野に出たくなると言うのも否定は出来ません。でも画像にしてしまえば、それで楽しみがクリアーできたわけではないのですね。

 毎日同じ所を歩きます。でも自然(特に花達)の表情は毎日違いますね。季節によって咲きあがってくる花達があります。でもその季節にズート咲いている花達も毎日表情が違うのですよ(違う連中が出てくると言う方が正しいでしょう)。当たり前ですね、生きているのですからね。


「ミゾカクシ1」をダウンロード
 ミゾカクシなんですが、春から咲いています(掲載しました)。今も元気に咲いています。
 稲穂が垂れ下がるようになってます。その間の畦道を歩きました。野草花画像を残そうの意識から、なるべく通常の花姿と思って画像にするのですが、開くだけ開いた花姿を見せられると画像にしてしまいます。でもこの画像は、私は没画像にしました。


「ミゾカクシ2」をダウンロード
 これも同じミゾカクシですが、田圃の中に咲いていました。私はこんな姿を探しているのだと思います。自分自身が写真技術がまったくありませんから、花達そのものが素敵な姿がないか、その探す楽しみを知ってしまったのだと思います。わかるようになって来た気がします。
 花が元気で生き生きしているか、またその花の咲いている環境のバック(自然)によって、花そのものの風情が活気づいて来るのですね。
 この画像なら、メイン画像の少し大きめの画像で、皆様に見てもらいたくなりますね。

結論・・グタグタ言いましたが、同じ野草花を何度も見たいのですよ。人間と同じで、同じ花でも美人を探しているのですね。この楽しみを知ると、毎日同じ野道や畦道でも充分なんですよ。そこに季節を追って新しい花が出てくるわけですからね。たまらない遊びですね。この咲いている環境と言うのが、園芸花や植物園や人の手で栽培されている花達と、野草花の一番大きな違いだと思います。(環境を画に入れたいですが、そんなデジカメありません。)

 ですから、安物のデジカメで遊んでいる私の画像は花達(被写体)次第と言うことになります。と言うことは、花達に遊んでもらっていると言うことになります。まとまったかどうか、さっぱりわかりません。

本年の甲子園大会のホームラン考察・・

2006年8月17日天気は晴れ後曇り

 お盆も終わりました。のんびりお盆になり、高校野球をテレビで観戦する日々となりましたね。そんな中で、本日の帝京高校と智弁和歌山高校の試合は凄かったですね。私も永く高校野球を見ていますが、はじめて見る激しい試合でしたね。

 その激しさや凄さと言うのがホームランですね。この試合までに過去の記録(47本)を破り、新記録続出のホームランが出てますね。まだ明日の準々決勝2試合に準決勝と決勝で5試合残して、大幅にホームラン数を伸ばしていますね。

 なぜホームランが今大会は、こんなに多く出るのかを私なりに考察してみました。
 
●投手力の弱さ・・今大会は素晴らしい投手もいますが、全体的に変化球を多投するタイプが多いです。鋭く決まる時は良いのですが、所謂変化球は抜けた球となり、打たれると飛距離が出ることになりますね。カウントを悪くして直球を投げるとホームランというケースも多い気がします。これも変化球投手だから、直球も抜け球となるように思いますね。

●甲子園の風・・本年は例年と違いライト方向に強い風が吹いていることが多いですね。右打者がレフトスタンドに打つ打球は鋭くて、風に影響されずに入るでしょう。だが本年はセンター方向に大きな打球を打つと、風がそのままスタンドまで運んでいるようです。ライトフライがスタンドに入るのをだいぶ見ましたね。ホームランを打たれないように外角に投げても、それがアダになるようなケースもありましたね。
ホームランバッターでないライナーの打球を打つ左の好打者のホームランも多いですね。

●重い金属バットを振り切れるようになった打者達・・金属バットが改良されて、軽くてよく飛ぶバットが出てきましたが、その対策として「2001年秋より金属バット(硬式)が新しい規制のもと変わります。重量900g以上 太さ( 最大直径) 67ミリメートル以下となります。」となりました。このことでいち早くこの対策に適合したチーム(連続優勝しているパワー野球のようなチーム)がホームランを量産しています。重量のある金属バットを振り切れる体力をつけたバッティングに切り替えたのですね。
 重量のあるバットを振り切れるようになるとボールは飛ぶのは当たり前ですね。この対策は変化球で逃げるのじゃないですよ(軽い変化球は泳がされてもホームランですよ)。剛球を投げるしかないです。大リーグに近づいてきますよ。

 もっと色々な要素があって、ホームラン数が増えているのでしょう。県大会の予選では通用した外角に逃げるスライダーが、甘くなるとライトスタンドに入ってしまうという今年の大会は、さてさてどのような結末になるのか楽しみですね。
 
 私は、最後には、右打者なら外角低め、左打者ならインコース低めの速い直球を投げる投手がいる高校が優勝するような気がします。風もたぶん通常の甲子園の風となっているでしょう。

首相の靖国参拝に思う・・

2006年8月11日天気はカンカン照り。

 お盆が近づいてきました。我が家は田舎の本家ですので、皆さんが帰ってくるのを待っての接待の日々となります。塵埃記が暫く進まないかもですので、甲子園大会を聴きながら進めましょう。

 靖国参拝問題で、私も前々から思っていたことが、今日の神戸新聞のコラムに同感する記事が掲載されましたので、かいつまんで記しましょう。

 先日亡くなった社会学者の鶴見和子さんが、小泉首相に対して靖国参拝問題で興味深い提案をされていましたとあります。
 その提案は、自宅の庭に靖国神社の方向に向けて鳥居を建てて、参拝ではなく自宅から遥拝されてはいかがなものかと言うことですね。日本には昔から、参拝が難しい人達の為に鳥居を建てて遥拝する所があるそうですね。
●遥拝・・遠く離れたところから拝むこと・はるかに拝むこと。

 私も前から思っていましたが(鶴見さんも仰ってますね。)、護衛官を沢山従えて、ものものしい参拝光景はいかがなものかとですね。
 あの光景は、どう見ても隣国を刺激する(苦難の日々を思い出す。)と思いますね。参拝は「心の問題」だと言うのなら、余計に一人静かに遥拝することを奨めたいですね。
新聞からですが、不戦を誓った日本です。遠くからでも深い祈りはできる。と記してますね。

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 もう一つ私が思うことがあります。靖国神社は、明治以降の日本の戦争・内戦において政府・朝廷側で戦没した軍人らを祀る神社と記してありますね。
 だとすれば、もう赤紙などで召集されて命を亡くす人達を出してはなりませんね。戦争は放棄しているのですから、もう神社に祀る人達は出現しないはずですね。
 と言うことは、靖国神社は年数を重ねると明治から昭和にかけての精神性の文化遺産に変じて行くべきですね。日本の古代の神社仏閣と同じになって行くべきですね。

 隣国の皆さんにも、もっと靖国神社の将来の姿を宣伝するべきですね。靖国神社を多大に啓蒙することは、ある意味で軍人を祀る神社として、これからも出てくる祀る人達の為に現存しているような今の論争は控えるべきだと思いますね。

 なんかまた、訳がわからなくなりましたが、私はご先祖の墓参りもよくサボりますが、遥拝だけは車中からでもしています(笑)。

「ミミカキグサ」をダウンロード
オマケ画像です。ミミカキグサです。耳かきほどの大きさです。これでも食虫植物だそうです。好きな花というより、探して見つける楽しみでしょうかね。

結論・・靖国問題が上手く解決してくれることを願っています。日本人の精神性と隣国に対する思いとの葛藤になっているような気がしますね。
 戦争は放棄しているのだから、基本的には簡単なような気がしますがね。「心の問題」を首相個人が決めて発言してはなりません。我が国の心を代表することにもなりますね。人の心は自由で超多様なものでなければなりませんね。

 皆さん、素敵なお盆をお迎えください。帰省される方達は、暑いですから充分に交通にはお気を付けください。

8月8日の夕焼け・・・

2006年8月9日天気はカンカン照り。

 暑い日が続きますが、昨日は台風がやってくると言うことで猛暑になりましたね。私は居酒屋へ行かない時は、ほぼ毎日のように洗濯干し場から夕日が落ちるのを楽しみます。
 昨日(8月8日)は、台風が来ると言うので、昼間は日本海側の空の雲を楽しみました。夕暮れは愛犬と共に田園地帯まで行き、どんな夕日になるのか見つめていました。台風が接近している時は、変な夕空になることを前から知っていました。

 夕日は普段とそう変わりがないのですが、上層の霧のような白い雲が気になりましたが、帰ってきました。ところが一瞬ですが、家の周りが真っ赤になりましたから、すぐに洗濯干し場にあがりました。

「夕焼け1」をダウンロード
昨日8月8日の夕焼けです。

 もう上空を真っ赤には染めていませんでしたが、日が沈んでいるから山の上は赤くなく、上空だけを焼いている珍しい光景を見ました。とても綺麗で素晴らしかったです。

 テレビでも茜色に空が焼けたと報道していましたし、昨日ネットのお友達のページに入ると真っ赤に焼けた空をメイン画像に掲載されていました。ワオッと声が出ましたね。

 そんなこんなで、本日のネットはその焼けた瞬間を見たいと、お友達の画像掲示板をまわりましたね。素敵な画像を見ましたね。オレンジ色に染まった地域もあったようですね。ネットの画像掲示板(季節の即行性)の醍醐味ですね。

「2年前の夕焼け」をダウンロード
2年前の8月6日の夕焼けです。

 この時も、台風が接近していたと思います。上空にどんな雲ができると、こんな焼け方になるのでしょうね。実物は変な表現を使いますが、どちらも怖くなるほど綺麗でした。

結論・・原爆でなかって良かったですね。昔の我が国の人達は見ていたのでしょうかね。古典の記述に載っているのでしょうかね。もし載っていないのならば、現代の温暖化の異常気象と言う現象となりますね。

東西の横綱同士の試合・・

2006年8月6日天気は快晴・・暑すぎました。

 今日から、夏の甲子園大会が始まりましたね。広島の原爆記念日でもありますね。この日はいつも暑い陽射しの強い一日となりますね。
 いつも甲子園大会中に平和を忘れない行事が行われますね。平和を模索するには、これからの若者達に期待したり、託したりが一番ですよね。

 私は高校球児を見ると、いつも安心するのですよ。教育的に色々と言う人達もいますが、小さな白いボールを追って仲間達と協力し合って全力を尽くして戦う姿に、将来の日本の安心を見てしまいますね。

 県立高校の我が母校も甲子園を目指していたのでが、夢は破れて次の選手達に受け継がれました。
 卒業していくOB達や過去のOB達は素晴らしいのですよ。縁の下の力持ちのように社会で活躍していますね。そんな真面目な人達も世の中には必要なんですね。そう言う伝統を大切にしたいと思ってますね。

 題名からそれてしまいましたね。横浜高校と大阪桐蔭の試合を見ました。野球の技術的なことは、皆さんにお任せしまして、私の率直な感想を少しだけ記しますね。

 まず、横浜高校は洗練されて都会の輝くようなチームでした。動き、ユニホーム姿、選手の顔は、今の男性アイドルに負けないくらいに素敵でした。もちろん野球技術も高校野球ではトップクラスで見事でした。

 続いて、大阪桐蔭高校は浪速子らしく、物怖じしないで元気いっぱいでしたね。動き、ユニホーム姿、選手の顔は吉本興業で率先力となるようなガメツサが出ていましたね。

 顔や姿で、東西の対決を見てしましました。実力差はなかったと思います。洗練された野球をし様とした横浜校校が、イテマエッ!と言う大阪桐蔭のヤンチャクレの方に甲子園の女神が微笑んだだけだと思いました。

「アオバハゴロモ」をダウンロード
オマケの画像です。青羽羽衣と言う虫です。
 
 アオバハゴロモと言う虫だそうでうす。蝉の仲間に近いそうですが、飛んで逃げませんね。気配を感じると、枝の裏にチョコチョコと隠れますね。集団でいますよ。自然は面白いですね。

 こんな身近な虫も見落としていました。生きている間に、どれだけ見落とさずに自然を見ることができるのだろうと思います。

結論・・酒を呑んで、塵埃記を進めると自分でも訳がわからなくなりますね。頭に浮かんだことを記してしまいます。皆さんには、暑さ忘れだと思ってご辛抱ください。

カンカン照り中を、歩く馬鹿・・

2006年8月2日天気は快晴。暑いですーー。

 梅雨明け宣言は出ていませんが、この数日はもう夏日ですね。陽射しの強い日々が続いています。
 私はこのカンカン照りの空を見ると、なぜか畦道や野を歩きたくなります。汗をいっぱいにかきたくなるのですよ。田舎にサウナがないからじゃないですよ。
 額からや首筋から流れる汗や、シャツが体に引っ付くような感じの汗が、なぜか理由はわからないのですが好きなんですね。

 理由を自己考察しても答えは出てきませんが、小さい子供の時に見た光景に憧れがあることは確かです。

 それは、真夏の陽射しの強い中を着物姿の綺麗なご婦人が、日傘をさして、ハンカチで汗をふきながら、野の道を歩いている姿が浮かんでくるのですね。それが母だったか、違ったかは思い出せませんが、何処かに預けられていた私を迎えに来てくれていたのだと記憶がありますね。

 そんなこんなで・・本日もカンカン照りの中を、いつもの畦道の散歩道を歩きました。まあ40分ぐらいが限度ですね。風がないと倒れますよ。
 でも野は、どんな日でも歩けば色々と楽しませてくれますよ。

「極小バッタ」をダウンロード
 真夏のツメクサをしゃがんでみました。ツメクサが花をつけてますね。おかしな表現ですが、花弁だと思っていたのがまた小さな花顔になっているのですね。じっくり見られた方はありますかね。
 また小さなものには、小さなもの達が戯れている世界も楽しめますね。


「野で遊ぶトンボ」をダウンロード
 トンボ達のこんな姿にも出会いますよ。交尾ではなさそうですね。オニヤンマがシオカラの尾に噛みついているのでしょうかね。

 上記のように毎日のように歩いていても、はじめて見る世界に出会いますね。自然は奥が深いですね。野池に行き、ヒシの花をしゃがんで見ます。池の水をチャプチャプやって涼をとります。野球帽子を濡らしてかぶります。
 帰り道に藪に伸びあがったカラスウリの花の蕾を沢山見ました。田舎の写真家達に知らせてやろうかなーと立ち止まって眺めました。

 結論・・このまま楽しんでいると、汗まみれになり、ぶっ倒れそうになりますから、我が家に帰り、氷を入れた麦茶をジョッキーで飲み干します。小さな快感を味わいます。ビールは夕暮れまで飲んではいけません。小さな仕事がまだあります。

なんやかんやで・・カンカン照りを歩く馬鹿の独り言でした。

我が家の庭から・・夏の風物詩です。

2006年7月29日天気は夏日。

 夏の楽しみが一つ消えましたが、そのお陰で身の回りで起きる自然の素晴らしさをじっくり楽しめる日々となりました。永いお付き合いのネットのお友達には毎年の恒例になりましたが、夜にクマゼミの羽化を我が庭で見ることが出来ます。

 一言、自然は絶対に触ってはいけません。カラスウリの花も手が触れると乱れます。このクマゼミの羽化の時は触ったら死んでしまいます。前に落ちそうになっていると助けたことがありますが、体がまだまだ出来あがってない時に羽に触れてしまい、羽が立派に開かなくなり、地に落ちて蟻の餌になってしまいました。可哀想なことをしました。

野生の動物達や鳥達の子供が、時々落ちたり、迷ったりして出てくることがありますが、助け様と触らない方が良いそうです。人の匂いがつくと親が離れてしまうそうですね。

 自然は自然自体が充分頑張ります。貴重な野草花も決して触らないでくださいね。眺めて楽しみましょう。人が見守れば、立派に増えて咲きあがってくれると私は思っています。
 自然に任せる。「自然流、自然体」・・素敵な言葉で大好きです。

「クマゼミの羽化1」をダウンロード
いつあがって来るかと待ってました。ノソノソ来ましたね。7時頃です。

「クマゼミの羽化2」をダウンロード
蝉殻を割って出てきました。まだ赤ちゃんのようで柔らかく危ないですね。7時20分頃です。


「クマゼミの羽化3」をダウンロード
殻から出ましたね。羽や体がまだまだですね。落ちそうで心配になります。ここで落ちたら羽を痛めて飛べずに死を待つだけですね。8時頃ですね。

「クマゼミの羽化4」をダウンロード
羽は立派になりましたが、体はこれからクマゼミらしく黒になって行きますね。8時20分頃です。

 羽化の大きな画像は「散歩道の自然」にゆっくり掲載してみましょう。私の日々の自己アルバムですから。

 生まれると言うことは、どんな生き物でも素晴らしい事ですね。いつも思うのですが、クマゼミの血液は緑色なんだろうかと、子供のように思ってしまいますね。綺麗な色をしてますよね。自然の色を出せる画家はいるのかと思いますね。

 明日の朝あたりから、シャブシャブシャブと喧しいと思いますね。でも夏の風物詩ですから、元気で鳴いてくれと思う年齢になりましたね。愚妻は「また、うるさい夏になる。」とぼやいてますね。

 愚妻にいつも笑われますが、今晩のテレビはまた「トトロ」の映像美を見てしまうことになりそうです。

また応援人生のはじまり・・

2006年7月23日天気は雨。

 昨日は晴れたのですが、もう今日は雨ですね。各地で夏の甲子園大会の予選が始まっていますが、この雨で日程が大変狂ってきています。
 我が兵庫大会も大幅に日程が乱れて、我が母校はやっと昨日が2回戦ですが初戦でした。10対0の5回コールド勝ち発進となりました。
 県立校の田舎の田園の子達や山の子達の素朴な若人達の頑張る姿を見れる日々がやってきました。

 私はまた応援のはじまりですね。昨日も炎天下とまで行きませんが、陽射しが強いスタンドで応援しました。
皆さん、懐かしい顔ぶれが揃ってましたね。遠くからこられた先輩達には、「1年ぶりですね。早いものですね。」ですね。
 また社高校野球部のファンの人達は、私の横に来て「久しぶりです。今年の夏は甲子園へゆけそうですか。」ですね。私は「確り応援して、皆で行こうぜ」ですね。すると「わかりました。頑張ります。」ですね。

 顔なじみの重鎮先輩達には、私は「この大会中に、一度飲む席を持ちましょうか。甲子園に出場した時の準備のお話でもしましょう。」ですね。すると先輩達は、「そやなー、一杯やろか、日が決まったら連絡くれや。」ですね。
 スタンドの皆さんは、明るい顔をして、仲間達意識の中の応援風景となりますね。田舎の高校ですから、応援席は顔見知りの高校野球馬鹿ばかりとなりますね。

「野を歩く亀」をダウンロード
試合前の日に野に亀が歩いてました。縁起が良いと思いました。池に返してやり、頑張れよと亀を応援しました。

結論・・応援人生と仰々しく記しましたが、皆さんも応援人生なんですね。お母さんは仕事をするお父さんの応援ですね。また可愛い子供達も立派に成長するように応援ですね。自分の人生も自分自信が励まして応援ですね。
 世界の貧しい子供達や障害や病気や災害で苦しむ人達にも、色んな面で応援は出来ますよね。ボランティアなんかも含んでしまう大きな言葉だと思います。

 このように「応援する」と言う言葉は、キリストの愛や仏の慈悲に匹敵する言葉なんですね。
 偏った自分よがりのファン気質の応援は考えものですが、応援する行為は誰にも迷惑をかけず、また見返りもなく、罪もありませんね。

 だから、呑気は「愛している」と言えないから、「応援してますよ。」と言ってしまうのだと思います。
 最近は女性の方からプロポーズすることが多いそうですが、「あなたの人生を、そばに居て一生懸命に応援したいです。」と言ってみたらどうでしょうか。

 今日も雨が降り続いています。豪雨災害も大きいですし、私の応援人生もままになりません。雨よおさまってくれ!、お天道様がんばれー!と応援ですね(笑)

藪蚊に刺されて、夏の夜の花を見る馬鹿。

2006年7月20日雨のち曇り。

 母校野球部の応援の日々を楽しみにしているのですが、各地で大きな被害を出している豪雨の為に夏の大会の兵庫予選の日程が乱れています。明日は県下一斉に終業式ですね。試合が行われません。21日から続行されますね。日程が切迫してきました。波瀾が起きそうな兵庫県予選になるかもですね。
 でも我が校は大丈夫ですよ。なんと言っても、王さんの代理でソフトバンクの監督をしているお兄さんが我が校の監督ですからね。

 私はもし試合があったなら、夜は祝杯をあげる為に居酒屋にいることになりますから、夏の夜に開くカラスウリの花をじっくり見れないことになるのですが、幸いに昨日の夜に楽しみましたよ。

 この妖艶に開くカラスウリの花は夕暮れから蕾がほころびかけます。

「カラスウリの蕾」をダウンロード
蕾がほころびました。18時50分ぐらいです。

「カラスウリ開花」をダウンロード
パカッと開きました。中からモコモコと花糸を出してきます。19時10分ぐらいですね。

「カラスウリの花」をダウンロード
沢山画像にしましたが、最終画像です。反り返ります。19時25分ぐらいでしょうか。

 我が家の裏手にある池土手ですが、歩いて1分くらいなのですが、簡単に見れると思われては困ります。昼の間に蕾を見つけておかねば、夜ですからとても見つかりませんよ。その上に、そばに藪がありまして、凄い藪蚊です。その凄さはご想像に任せます。小さな花をなぜそこまでして見るのかと自分自身を笑ってしまいますよ。

 でも面白いのですよ。藪の方にも少し遅れますが、沢山咲きあがります。私が田舎のカメラマンに教えてあげました。すると毎年、重装備(ライト、蚊取り線香、三脚、凄いカメラ)の写真愛好家達がやってきます。この連中の中から、カラスウリの花で賞を取った人もいるそうです。

 私はカラスウリの花を見れば充分です。ポケットカメラでパチパチですね。毎日の散歩でカラスウリのまず葉を探します。「おうっ、今年も茂ってきたか」ですね。藪に上がるカラスウリよりは、土手を這うカラスウリの方が元気ですよ。

 結論・・「蚊にやられたー」と帰ってくると、愚妻が「あほっ」と一言です。でも馬鹿ですよね。昨晩も雨上がりに本年の一番咲きを見に行きパチパチと画像にしているのですよ。それにもかかわらず、わざわざ藪蚊に刺されるのが解っていて、何処にでもある小さな花を夜に見に行くのですからね。この馬鹿な行為がしたくなる自分自身を考察しています。

日本人は野球(ベースボール)の方が・・

2006年7月11日天気は薄晴れ

 サッカーのワールドカップもイタリアが優勝で終わりましたね。そこで、呑気のワールドカップ評でも記して、塵埃記をすすめましょう。

 色んなサッカー解説者達が素晴らしい大会であって、サッカーの試合も凄いプレーの連続で素敵な試合ばかりであったと、テレビ等で煽っていましたね。私はそうは思いませんね。ヨーロッパのチャンピオンズリーグの方が、試合の内容は素晴らしかったと思っています。

 なぜかと言うと、ワールドカップは国を背負っているから激しすぎるのですよ。特に守備選手が相手選手に華麗なプレーをさせないように足を削ってしまいますね。フランス、イタリアの守備は特に感じましたね。体や足を激しく攻撃して、有名フォワード選手にプレーをさせていませんでしたね。反則すれすれで、体や足に絡まれるとプレー出来ないみたいですね。オーストラリアの選手のように足が折れるのを覚悟で突進するしかないですね。イエローカードやレッドカードの連発の試合もありましたね。素敵なプレーをさせようとした審判かもしれませんね。

 ブラジルの選手や、決勝戦のジダンなども90分間自分の持っている才能を発揮できない守備を貫かれましたね。ジダンが最後に切れてしまったのはその辺にあるかとも、私は思っています。イタリアのカテナチオ(鍵をかける)も戦術ではなく選手達の伝統の激しい守備意識でしょうね。イタリアのセリエAよりスペインリーグの方が面白いと言われるのもこの辺でしょう。

 そんな試合内容が多かったから、素敵なミドルシュートが多くなるのもうなずけた次第です。

 しかしワールドカップは国を背負っているから、激しさをファンも要求しているのだと思います。華麗なブラジルサッカーも激しさが足りなかったから国のファンから注文が続出したのでしょうね。

 私は、ブラジルサッカーのような華麗なプレーを見たかったのですが、ワールドカップはそのプレーを消してしまうのも戦術なんですね。 ペナルティーエリア内を華麗にぬけて行くようなプレーは少なかったですね。足を削ってペナルティーキックと言う感じでしたね。
 しかし評論家達は、その激しさの中のプレーを褒め称えていますね。

 サッカーは激しさを要求されるスポーツですね。ジダンは仲間選手に、「ここまで戦ってきた、グランドで一緒に死のう」と試合前に叫んだそうですね。

 こんなことを考えると、日本人はサッカーには向いてないかもと思えてきます。なんか狩猟民族の連中に、素手で農耕民族が挑んでいるような感じさえ受けてきます。ファン気質もまったく異質な感じさえ受けました。

 アメリカのトウモロコシ畑を刈りこんで、ヨーロッパから移民してきた農耕民族が考え出したベースボールの方が、日本人には向いているような気がしてきましたね。ベンチに座ってじっくり次のプレーを思考できますからね。農耕民族が明日の天気を見るようにですね。

 ワールドカップサッカーは、世界の才能あふれる野獣達が走りまわり、体をぶつけ合う競技に見えましたね。結局、とっさの戦術は野獣達にゆだねるしかないと言う狩猟的競技に見えました。 
 もちろん小さな野獣もいましたが、激しさは小さい方が凄かったですね。イタリアのカンナバロ選手は好きな選手でして、試合中この選手ばかり追って見てました。この選手の守備を見ていて、まさに激しい小さな野獣だと思いましたね。

 日本の子羊達が、あの大きな走る野獣達に立ち向かえる日は、何時になるのだろうと思いましたね。

●追加です。・・刺青(TATTOO)をした選手が多かったですね。流行でしょうかね。呑気な思いからですが、これも狩猟民族系だと思いますね。山で亡くなった時、誰だかわかるようにしているのだろう。畳の上で死ねないという昔の侠客達も刺青多かったですね。農耕民族は家屋の中ですからね。根拠はありませんが、つい思ってしまいました。

 まあしいて言うなら、あと一週間後に母校野球部が甲子園出場に向って夏の予選が始まります。その優勝をマンリョウから縁起を貰おうとしたようなものです。

 もう予選は始まっています。我が校は本年春の県大会で2位の実績を持ってます。シード校なんですね。応援が大変楽しみで、わくわくしてます。頑張りまっせー・・ですね。

人間が持っているから怖い。

2006年7月7日天気は晴れ。

 今日は、七夕様ですね。笹に短冊、天の川の伝説とロマンチックな日なのですが、どうしてもミサイル発射事件が気になってしまう日常ですね。

 テレビのワイドショウからですが、「北朝鮮が発射した7発のミサイルの値段は設備から準備、燃料と合わせると120億円ぐらいだろうと、都市部の工場労働者の平均月収は13,000円ぐらいだそうです。工場労働者100万人が1ヶ月暮らせる。近年の餓死者は100万人を超えている。」のような内容でした。都市部以外の村落ならもっと沢山の人達が暮らせただろうと、色々な複雑な思考が巡りますよね。無駄打ちだったと色んな新聞にもありますね。

 私はもっと怖い思考が頭をぐるぐる巡ります。核兵器やミサイルを持っている国は沢山ありますね。
 私は、「人間が持っているから怖い。」と思ってしまいます。もし私自身が持っていたとしてもです。人間の本能の中に「本物の拳銃を持つと打ちたくなる」らしいです。理性が止めているだけですね。あるショックで理性が失われたと思うと怖いですね。人間は持たない方が良いですね。(アインシュタインが嘆いたのも、このあたりでしょうね。)

 過去に核兵器を試してみたくなる心理を、実験じゃなく実際に使われたのは我が国だけですよね。その悲惨さを知っている人達も現存しているのですよ。もっと世界に訴えないと。
 北朝鮮はまだまだ核やミサイルの開発が遅れているなどと、甘い言葉はやめにして欲しい。開発自体をやめさせないといけません。持つ必要がないからです。イラクの道を辿らせることも良いことではありませんね。

「スズメバチ」をダウンロード
大きなスズメバチです。

 スズメバチは脅すと仲間と一緒に襲ってきますよね。北朝鮮のリーダー達に「脅しはやめなさい。」と言いたいですね。世界にはスズメバチより怖い国がありますね(武器を使いたくて、襲いたくて仕方のない国)。術中にはまって、北朝鮮がスズメバチになってはいけません。蜜蜂のように働き蜂になって欲しいですね。その方が金正日さんが女王蜂のようになって栄えると思いますよ。

 以上の子供ような思考が沸きますが、地球上全体を見渡しても、争わずにいられないと言う愚かな行為も犯してしまう人間と言う生物を、どうしたら良いのかなーと思案にくれてしまうのは、私だけでしょうかね。

 平和の模索と言う哲学は、人間研究に戻ってしまうのじゃないかと思いますね。

 子供が考えるような思考ですが、塵埃記に綴ってみて、なんか落ち着きました。今晩は、七夕の空を見て、焼酎を飲みましょう。

私の誕生日に、なんてことを・・

2006年7月5日天気は晴れ。

 今日の夜明け前から、ワールドカップサッカーの準決勝を見ていました。テレビから字幕のニュースが流れてきました。北朝鮮がミサイルを1発発射した。またまた、2発、3発と流れました。もうサッカーどころではありませんね。

 テレビ報道にくぎ付けになりましたね。なんてことをするのだろう。なんの国益になるのだろうと、色々な解説者の話を聴き逃さないようにと見つづけましたね。

 アメリカの独立記念日、宇宙船の打ち上げと合わしたようにミサイルを発射しましたね。
 ふと、あれれ今日は私の58歳の誕生日じゃないか、北朝鮮は大変な花火をあげてくれたものだと、一瞬ですが脳裏をかすめました。まあ私の誕生日は10年ぐらい前から普段の日常と化してますから、どうでも良いのですがね。

 あの金さんの国は、何を模索しているのでしょう。アメリカとの対話を望んでいると言うことで、その挑発だろうと言う見方が多いですね。それにしても理解できませんね。

 私が一番心配になっていることは、もう金正日の統率力がなくなっているのじゃないだろうか、軍が暴走しているのじゃないだろうかと大変心配になってきています。

 拉致問題の、あの当事者の説明を聞いても、とても政治エリートが考えたストーリーとは思えません。軍の連中が強行に言わせたような説明に思えてなりません。金正日より軍が一番怖くなっているのでしょう。

 金正日も、ある程度の高官までは押さえているのでしょうが、把握できなくなってきた状態じゃないかと大変心配になります。国家はもう貧しさに耐え切れなくなっているのじゃないだろうか、若手将校達を抑えきれるのだろうかと。

 日本が戦争に突入した時のように、民衆や理性ある政治家から離れてしまい、金正日も飾りと化した北朝鮮軍が主導権を握ることがないように祈っています。私の想像が、間違っていることを心から祈ります。

 まあ現在でも、軍事国家であることは間違いないですが、歯止めを利かせておいて欲しいです。それには金正日に頼るしか選択肢がない国家とは、ああっ困ったものですね。
 北朝鮮の軍から離れた政治・外交エリート達の頑張りと、英知を期待します。

私が確り言いたかった謝辞

2006年7月2日天気は曇り。

 昨日、息子達の結婚式でした。二人も美男美女で素敵でしたが、二人の友人達の細やかな優しい演出やお祝いの言葉に感動しました。
 美味しい酒に酔いしれて、新郎の父として皆様に謝辞を述べましたが、酔っていてどんな風だったか思い出せません。塵埃記に言いたかったことを正確に記しておこうと思いました。

 「皆さん、ありがとうございます。新婦の涙にもらい泣きしています。」

「私は新郎の父で、呑気と申します。両家を代表いたしまして、一言お礼を申し上げます。」

「まずは、お忙しい中、このように大勢の皆さんにご列席いただき、誠にありがとうございました。」

「また、暖かいご祝辞や励ましの言葉をいただき、特に遠方からわざわざ駆けつけていただき、二人に祝福の言葉をいただきまして、親達や親族の者達も感動いたしました。深く感謝申し上げます。」

「新郎新婦も、この日の喜びと感動を忘れることなく、正しい道を歩き、明るく楽しい家庭を築き、皆様の期待に応えるよう願っています。」

「でもまだまだ若い二人です。これからも皆様に大変お世話になることでしょう。皆様、これからもご指導、ご鞭撻のほどをよろしくお願い申し上げます。」

「なにぶん慣れない宴席でございます。不行き届きの点が多々あったと思います。お許しくださいませ。結びにあたり、皆様方のご健康とご多幸を深くお祈りして、両家代表の挨拶に代えたいと思います。本日は、まことにありがとうございました。」

 今、ここに記している時には、記憶していたことがスラスラと活字になるのですがね。

 謝辞はお祝いの言葉や励ましの言葉と違って両家を代表しますから、私事になってはいけないと頭にインプットしていましたが、式の感動や皆さんの祝福の涙に、酒の勢いもあり、私事が混じってしまったのじゃないかと心配になってます。まあそばにいる身内達が「良かったよー」と言ってくれましたから安心はしてますが、なぜすっかり忘れてしまったのでしょうね。

 祝福の酒に酔ってしまったのなら、私も酒が弱くなったと、これから気をつけなければいけませんね。

白いアザミと白いネジバナ

2006年6月29日天気は快晴。陽射しが強いです。

 さて、前の塵埃記があまり和むような記述でなかったから、早々に進めましょう。でもなんか最近は、心がない暗いニュースが続きますね。
●心は、血が通っているように、大きく豊かになったり、綺麗になったり、また逆に荒んだり、小さくなったり、醜くなったりしますね。そんな大切な心も無くしてはいけませんね。心が無いと動機もわかりませんからね。

心無い事件は忘れましょう。息子達の結婚式が明後日です。若い二人の幸せな姿を見せてもらいましょう。

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花嫁さんのウエディングドレスじゃないですが、時を合わしたように真っ白なアザミが咲いてくれましたね。
アザミの花言葉・・「厳格、独立」・良いじゃないですか。

 白いアザミで、ネット検索しました。各地で皆さんパラパラとご覧になっているようですね。アザミも種類が多くて、それぞれに名前を持っているようですが、私にはとても判別は出来ないですね。すぐ横に普通の色のアザミも咲き乱れています。どうして白くなるのか思案中ですね。

「白いネジバナ」をダウンロード
これも純白の花嫁さんにと、真っ白なネジバナが咲き上がってくれました。
ネジバナの花言葉・・「思慕」・うん、これも良いですね。

 野の花達の中で花が白くなることがあります。これは農薬や除草剤や土壌が良くないことなどによるものだと思います。確かな原因は、私にはわかりません。でもこの白いネジバナのすぐ横にピンクのネジバナも沢山咲いていますね。

 まあ、私が野の花達に遊んでもらっていて、しゃがんで眺めて、愛でてやっているご褒美に、野の花達が息子達の結婚を祝ってくれたのだろうと解釈する方が、ロマンがあって良いですよね。

 野の花達にも負けない素敵な花嫁さんの純白の心や、純白の衣装を楽しみにしています。咲きあがるのもすぐですね。

 そんなこんなで、ネット交流が少し停滞するかもです。呑気はすぐに戻るつもりでいます。野の花達に、愛犬ドラムとお礼を申し上げに行かねばなりませんからね。

援助交際と遊女とは、まったく違う。

2006年6月27日天気は快晴。

 本日の塵埃記は男の話しにします。昨晩、テレビで都会の援助交際で乱れている少女達の話をたまたま見てしまいました。
 遊女気取りな感じも受けましたので、私は援助交際を知りませんが、昔の遊女なら知っています。

 私の知っている遊女は、学生の頃(あっ、中退して社会人です。)ですから、今から38年ほど前ですね。兵庫には神戸に新開地と言う歓楽街がありました。その中に福原と言う遊郭が建ち並ぶ町並がありました。赤線は廃止になっていたのですが、確りと残ってました。

 お店の名前も江戸時代や明治時代の名前が多く、「いろは」、「えびす」等々でしたね。店先の玄関にはお婆さんが立っていて、「お兄さん、遊んで行かない」と声をかけてました。また二階の窓越しから、手招きする娘もいましたね。遊び方はご想像にお任せするとして、遊女達のお話をしましょう。

 彼女達のほとんどは貧しさゆえに、遊女にならなければならなかったと言うことです。地方の農村からの食い減らしや、金の卵と言って都会に集団就職したが、何がしかのトラブルがあって辞めざるをえなくなりましたが、田舎に帰れなかったのですね。また家族の生活費の為にやむなくと言ったようでしたね。

 遊女達と遊びましたが、気の優しい娘が多かったですね。気心が通じ合うと常連さんとなり、一段と楽しみが深くなりましたね。
 酒を呑みながら、田舎の話やお父さん、お母さんの話を涙ぐみながら話してくれましたね。

 私が「良い男に出会って、幸せになれよ」と言うと、やっぱり女性ですね。夢は捨ててはいないようで、「うん、私みたいなものでもひらってくれる人いたら、死ぬほど尽くしてあげる。お兄さんどう。」と言ってましたね。

 その後、豊かになってきたのか、福原もソープランド地帯になりましたね。何回か行きましたが、指図を受けて体を洗うだけ、男と女の情緒が薄れてきましたね。贅沢がしたいと言う娘が増えたようでした。

 援助交際で簡単にお金が手に入ると言うのは、お小遣いのようなものですね。昔の遊女達は田舎への仕送りがほとんどだったでしょうね。
 またまた、長くなっただけで何を言いたいのかわからなくなりました。

 援助交際と盗掘がよく似ていると、この書き込みをしていて思いましたね。援助交際は交際を求める奴がいるからなくならない。盗掘は野草花を商いにする奴がいるからなくならない。ちょっと違うかなー(笑)。

 援助交際と遊女とはまったく違いますね。これも今の世を反映している、心が無いのですよ。少なからず遊女達には心があり、小さな夢も追っていたのですね。

心無い人達に、心が悲しくなる・・

2006年6月23日天気は晴れたり曇ったり。

 日常の小さな花達を追って過ごしていますが、テレビから流れてくるニュースには暗い思いが沸き、またサッカー日本代表の活躍で心を励ましていましたが、残念な結果になりましたね。まあ私達日本サッカーも歴史を積み重ねて、未来の子供達から、野茂、イチロー、松井等々の世界を驚かす選手が出てくると思います。暖かい心で待ちましょう。

 でも、ライブドアーから、村上ファンド、日銀総裁等々や、罪のない小さな子供達を死に追いやると言う世相に、私はテレビを見たくなくなる気持ちでいっぱいですね。

 金欲や欲求のはけ口の中に心が存在しているのでしょうか。豊かさの中で総ての人々が暮らしてますね。明日の命が危ういアフリカの子供達のような状態ではないですね。

 心の中に曇りのない行動をなぜとれないのでしょう。自分達だけが満足する心しか育ってないのでしょうか。

 町内の飲み友達の中に、借家に住んでいるのですが、母親は永く寝たきりで病院、父親はボケが入り徘徊、彼は会社で窓際で責められています。彼は鬱病になりますよ。私を頼りにしています。なぜ永年奉仕してきた会社に心がないのですか。独身の彼は苦労とは思わない心を持っています。

 餓死するわけではないですが、心が枯れてしまいますよ。私が少ないですが、心の水を与えてあげたいと思います。

 皆さんそうだと思います。生きる死ぬじゃなしに、心が枯れてしまう世なんですよ。なぜこうなるのかを考察してみても、どんどん田舎でも荒んでいってます。
 人と人の思いやりや、優しさを育む、金欲に翻弄されない世を作り出すのが、人類のユートピアの目的じゃないのですか。この様に考えが甘いから、私は貧乏するのかなー。

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アワフキムシです。泡を吹いて生きてます。

 なぜこんな塵埃記になったか、わかりません。皆さん、泡を吹きながら、汗して人生を送られています。そこに心が豊かであれば、申し分ない世になるのだろうと思いながら、心無い人達が多いことに悲しくてなりません。

 掲示板を乱す、心無い人達もいます。お友達から相談を受けています。なんか、今日の呑気は色々と頭が混乱してます。

心無い人達がいるのが、大変悲しいです。涙が出るより、怒りの悲しさです。

野草花と遊ぶ心が変化している・・

2006年6月20日天気は快晴で暑い。

 本日は午前中に、時間が出来まして毎年恒例になっているオオガハスを見に行きました。まあメインページを飾ってやろうと言う気持ちがあったことは確かです。でも本年は花姿よりも、此花の持つ深いピンクを追いました。葉陰の半開きは素敵な色をしています。画像作りも簡単ですね(植栽ですから)。でも花姿から色へと遊び心が変化しています。

 それから、涼しいうちにとオカトラノオとひょっとしてイチヤクソウに出会えるのじゃないかと里山穴場に入りました。


「イチヤクソウ」をダウンロード
イチヤクソウに本年も出会えましたが、なぜか此花はひっそりと咲いている様で、探すのが大変です。昨年の所をぐるぐる歩くのですが、ありません。範囲を広げて歩いてやっと出会いました。花をアップでと昨年同様に思いましたが、止めました。出会った時の喜びは草姿そのものなのですね。小さな草に小さな花(草丈20cm)です。広い樹林の中で一株です。自分ながらによくぞ見つけて出会えたなーと心の底から嬉しさが滲んできます。

そうすると、だんだん見たままのイチヤクソウを画像にしたくなります(蚊にもさされます)。花と遊ぶ心が変化していますね。

このカキランも、とんでもないところで出会いました。カキランを探すのじゃなく広い池そばの野を歩いてました。でも私は、此花も少なくなり出会えなくなっているのを心配していました。
 ラン科の花で素晴らしい花顔を持っています。もちろん花のアップも画にしましたが、出会った感じや草姿(草丈30cm)や葉が他の草達と違った風情を発散しています。その風情を画に納めたくなって来てます。花と遊ぶ心が変化してきてます。

 ポケットデジカメです。画素数の多いもっと素敵なカメラが欲しいですが、ネットに入り色々な花画像を楽しみますが、草姿全体から環境の中と言う自然そのものを画像にするのは、まだまだ大変だと、そんなデジカメはまだまだ出てないと辛抱しています。

 でもプロの花追い人の今までのフィルムカメラの画像は、やっぱり花姿から環境まで撮り込んでいまして、さすがと見惚れています。NHKのハイビジョン映像の自然や花達も素晴らしいですよね。比較するのは間違ってますが、美しいものは美しいですからね。

 デジカメ画像でも、花の顔を知っている方達には、花姿や咲いている環境が知りたいのじゃないかと、野草花と遊ぶ心が変化してきているのは確かですね。

 さてさて、呑気はどんな風になるのでしょうか、花を愛でて、出来るだけ美しい姿を画にして遊ぼう。やっぱりこれで行きましょう。

親とは・・私達は終わります。

2006年6月16日天気は晴れ。

「親と言う重荷からの解放」

一人息子の結納で 彼女の家に行く
式は簡単に終わる

彼女の 息子に対する愛情の深さ
可愛い仕草をみていると 心が晴れて潤う
息子より 大切にしてあげたいと思う

二人も親になる準備に入る
私達は親と言う重荷から解放される

彼女に 私達を気遣うなと言いたい
気遣われると まだ親が続く

解放されたい また身軽になって
次の道を歩いてみたい

正しい道を歩いて 美しいものを見たい

「ミミナグサ」をダウンロード
古い画像ですが、ミミナグサです。二人が幸せになるように、また蕾(子供)も花が開くようにと貼りつけました。花言葉は「純真」・・うんっ良いですね。

 私達は、亡き両親や子供(一人息子)を親としての勤めとして、まがりなりにも果たせてきたと思います。若い二人が親となる巣作りに入りますね。私達の子供だったのが、親としての道を歩いて行くことになります。色々あるだろうと思いますが、私が出来て来たことです。前に歩いて行けば良いだけですね。二人なら大丈夫でしょう。

 私達は親の重荷から解放されて、爺さん、婆さんになって行きます。身軽になって、歩いて行きたいです。身軽になるのもあと2週間後です。

自然の中を歩くだけ・・

2006年6月12日天気は晴れ。

 愛犬との散歩で、野や畦道を歩いていますが、日々自然は色々な楽しみを与えてくれますね。
 私はこれが見たい、此花を探そうと言う風には日常の花探索はしません。毎日同じ場所を歩くのですが、季節の花は毎年欠かさず咲き上がって来てくれますね。「おうっ、今年も元気にやってきてくれたか。」と遊んでもらっているのですね。

 そうやって自然に遊んでもらっていると、「おやっ、オマエなんと言う花なんだ、ここへは初めてやってきたのかい。」と問たくなる新しい花の出会いもありますね。

 自然の中の虫達も同じですね。飛んでる姿を見て、「おいっ、私の前に止まってポーズをとってくれ。」と言ってると、ほんとに止まってくれる優しい奴もいますね。何年も同じ所をまわっていると、そんな新しい素敵な出会いもいっぱい経験できるのですね。

 3日ほど前に、池の土手で素晴らしい蛾に出会いましたよ。

「シンジュサン」をダウンロード
シンジュサンと言う蛾だそうです。大きいですよ。大袈裟ですが、15cmはあったと思います(こんな思い入れが良いのですよ)。

 蝶のようには逃げませんね。風が強かったのですが、飛ばされないように雑草の葉にしがみついて、モソモソしている仕草がとても可愛かったですねー。
 ジーとしゃがんで見てました。すると飛ばされないように羽を閉じていたのですが、大きく開いてくれましたね。「よっしゃー、ポーズをとってくれたー、確り画像にしてやらなくちゃ。」と頑張りましたが、夕暮れで暗くて、たぶんピンボケだろうと不安になりました。

 でも奴は、動かないでいましたね。色々とカメラの設定を変えながらも、奴は動かないでいてくれましたよ。自然に遊んでもらうと言うご褒美でしょうね。シンジュサンに「元気で増えろよ。また姿を見せてくれよ。」と言って帰りました。奴はまだ、風に吹き飛ばされないようにモソモソ遊んでましたよ。夜を待っているのでしょうね。

 大型の蛾は、激減しているそうです。こいつらも元気でいられるように、最近は雑木林のガシャムシャの中を見つめています。「彼らの住処がなくなるなよ。樹木達も頑張れよ。」と・・呑気ですねー。

夏だ元気にノビル(野蒜)

2006年6月8日天気は曇り。

 良い天気が続きましたが、本日あたりから下り坂のようですね。この季節、畦道を散歩するとノビルがどんどん伸びてきて、天辺に珠芽の塊のようなもが大きなリ、風にゆれている様を楽しんでいます。そして総てではないですが、花をつけるものも出てきます。此花は実物よりも画像にしてやると、はじけたような花で素敵なんで、塵埃記に登場させてやりたくなりました。

「ノビルの花」をダウンロード
6月8日撮影・・今から、もっと弾けて素敵な花が出てきますよ。ユリ科だそうですね。

ノビルのことを少しですね。ネギやニラと同じように食材になり「野生のニラ」と思ってください記事や。どちらかと言うとラッキョウに近い、畑で肥料をやるとラッキョウぐらいの大きさになると言う記事がありましたね。いずれにしても精のつく食材であることには間違いないですね。

名前の由来ですが、古く中国から渡来した史前帰化植物である。万葉集のなかにもヒルとして登場する。和名は野に生えるヒルという意味。ヒルとはネギやニラなどのにおいがあり食用とするものの昔の総称であり、食べるとヒリヒリするところから来たらしい。と言う記事がありました。

 そんなこんなですが、私は好きな花ですね。名前もノビル、さあ今年の夏も此花のように弾けて伸び伸び前へ歩いて行きなさいと励ましてくれているようにとって、遊んでもらっています。

苔玉でユキノシタを楽しむ。

2006年6月2日天気はうす曇。

 我が家のボロ庭にある苔玉に、本年もユキノシタが咲きあがりました。画像掲示板をにぎわす人気花の季節ですね。野化したものが、元気で花も大きく、花色も濃く鮮やかですが、此花はこの様に苔玉にしてやり、咲かせてやると風情がまた違って、此花の持つ弱々しさの中の煌びやかさが出ると思って、塵埃記に残します。

「狸と苔玉」をダウンロード
永く庭にじっと居座る狸にも楽しませてやろうと一緒に画像にしました。

 軽石の凹んだところに苔玉を置いています。いかがでしょうか。充分此花の持つ風情がでていませんか。いつ頃から我が家に来たのでしょう。愚妻が何かの講習会で作ったのでしょうね。3つほどありますが、皆さん元気ですよ。なぜ愚妻がユキノシタを選んだのでしょう。わかりませんが、強い花なんでしょう。

●苔玉とは、山野草や観葉植物など好みの植物をケト土(湿地の植物が腐ってできた黒い粘り気のある土)で包み、表面に苔を巻き糸で固定し密生させたものです。
日本伝統の盆栽での「根洗い」の技術、樹木の移転での「寝巻き」の技術などからヒントを得て応用したものだそうです。●
▲ホームページ「苔玉の世界」から抜粋しました。▲

「ユキノシタ」をダウンロード
ユキノシタのアップ画像です。花簪のようですよね。

 面白い花談議が出てきましたよ。まあ以前からも花をどう画像にするかと談議してきましたから、その時にも話し合っていたのですよ。

 花は人間で言うと性器なんですよね。お友達が言うには「あまり近づいて花ばかり撮っていると、喋る花がでてきて、まあーエッチと言われますよ。」と、面白い花談議ですね。

 ユキノシタも「まあ、そんなに覗かないで」と言っているかもですね。どちらの画像がよいかは人それぞれでしょう。でもユキノシタの葉は、花がなくなっても充分に観賞にたえる素敵な葉柄も持ってますよね。

 花と葉と茎を入れてこそ花姿なんですが、そんなことを深く考えていると花画像作りの迷路に入りこみますよ(笑)。

絶滅危惧種・・

2006年5月31日天気は快晴。

 ネットのお友達で、もう永いお付き合いになり、野草花を愛でて花談議をさせていただいています。
 その方から、本年もホテイランを求めて山に入られて、その画像をお届けいただきました。何十年と野草花を追われて、昨年に初めて出会われたそうで、その時の喜びは「これでもう、あの世に行ってもよい」でしたね。

 ところが、本年の画像を最後にしたいと言ってこられましたね。「もう此花を追わない」と決意されたご報告を受けましたね。
 このお友達は、野草花が人の手によってどんどん滅んでいるのを、永年にわたり見つづけてこられました。
 なぜ決意されたかは、深くはわかりませんが、人が近づくだけで滅んでしまう環境のようです。見るだけに近づくだけでも滅びそうだと感じられたのでしょうね。自然だけが作り出せる環境なんでしょうね。

 ホテイランの画像は、BBS・遊技場に投稿されていますよ。素晴らしいですよ。(私的には、昨年の画像には驚きました。)

「イシモチソウ」をダウンロード
イシモチソウ(石持草)

 いろんな人為的な環境の変化で、どんどん野山で見れなくなった花達がありますね。このイシモチソウも食虫植物なんですが、100年後には確実に見れないと記されている怖いページもありますね。

 我が地で、私が此花を見つけているのは1箇所ですね。野池の土手下のちょっと湿り気のあるところですね。他の食虫植物のモウセンゴケやコモウセンゴケは何箇所で見られます。
 そうですね、草群れとしては1m四方ぐらいですね。なんとか増やしてやりたいとは思いません。そっとしておいてやると増えると思いますね(楽観的か)。人があれこれすること自体が滅んでしまいますよ。適した環境を選びながら繁殖しているのでしょうね。
 このイシモチソウも土壌が貧しいから、食虫植物として繁殖しているのですからね。

 ホテイランのような花達も高山で雪に埋もれ、それでもなお生き延び様と夏に花を咲かせ繁殖を繰り返しているのでしょうね。
 
 盗掘の恐れがある。絶対に許せませんよ。虫のいないところで鉢植えしてなんになる。「浅はかなり人間よ」でございますよ。

 近づかないようにする。大変難しい境地です。でもイシモチソウは里の近くで生息するらしいです。近づいて見て楽しみましょう。

 そんなこんなですが、植物は花から虫達を媒体として繁殖しますから、花自体が食虫する植物はないそうですが、このイシモチソウは、手助けする虫達も命がけですね。そんなことも思いました。

 イシモチソウの花言葉は「あざむく」だそうです。なんとなくですが、わかる気もしますね。

野遊びの苦労。

2006年5月25日天気は快晴。

 雨が降ったり、素晴らしいお天気になったりと天候がどうも梅雨のような感じも受けますが、晴れたときは夏日を思わすほどですね。

 さて、野には沢山の花達が咲きあがってきています。画像にして、畦道の小花達に掲載していますが、陽射しの強い時には、画像作りでシロトビばかりになり、せっかくの花達をだいなしにすることが多いです。

 安物のポケットデジカメを、ポケットに入れて、愛犬と野や畦道に出ます。本日もシロトビ画像があります。

「トウバナ」をダウンロード
トウバナなんですが、いっぱいに花をつけていました。私はいつも自分の影で日陰を作って画像にします。この時も、影を作りながら花姿をと頑張りましたが、影が全体に行き届かず、真横からの花姿もままになりませんでした。

 小溝の斜面あたりに咲いている花達を、影を作りながら角度を変えていると、小溝に転げ落ちることもありますね。傘を持って行けばよいと思いますね(お奨めですね)。でも、私は日傘をさしての散歩は、この歳ではまだできないですね。

 高機能でないデジカメで、ああでもない、こうでもない、と色々と思考錯誤しながらの花画像作りも楽しみの一つですね。失敗作の中にも面白い画像もできてきますからね。花達の自然な姿のお陰ですね。

 それともう一つ、里山などに入り、次々と花を追いますが、光の加減で設定をいじっているとロクなことがないですよ。総てオートで色々角度を変えて画像にした方が私は良いですね。
 なぜかと言うと歩いて花を探すことが目的ですから、探すことに集中しすぎて、見つかると嬉しがって近寄り、カメラ設定を前の状態のまま撮ってしまう事が多いのですね。ピンボケの山と相成りますよ。

そんなこんなで・・野遊びの楽しい苦労でした。

人生の道で行き止まりはない・・

2006年5月20日天気は晴れ。

 「青春のうた」と言うCD付きの雑誌を購読しています。今は1970年代の歌と、その当時の出来事を小さいですが、冊子に記してあり、音楽と共に当時を振り返っています。

 学園紛争真っ最中の大学時代やら、社会人になり会社の倒産やらと経験しましたが、歩いてきた道を後悔しないと言ったら嘘になりますが、ここまで歩いてきたことには満足していますね。

 ネットのお友達が、思い出の中で、素敵なものと、忘れたいもの、両方がありますが、ストレスの原因となる忘れたいものが深く残り、夢にも出てくることがありませんかと、お尋ね頂きました。その通りですね。人生の自己反省の中で「しまった」と思うことは脳の深くに残り、潜在意識を揺り動かすことがありますね。

 ただ、私は失敗もあっただろうが、その時々の自分の判断で、こちらの道を歩いて行こうと決めたようですので後悔や失敗と思うことは少ないですね。
 ああすれば、もっと良かったと思うこともありますが、時代に翻弄されながらも自力で歩いてきたことが良かったのかもですね。

 まだまだ、人生の道を探して歩いて行かなければなりませんが、どの道を行っても行き止まりの道はないと思いますね。行き止まり(終わり)の道はないのですよ。どの道へ歩いて行っても苦労や試練がありますが、共に幸せや喜びもありますね。この世からオサラバする時も、おそらく人生の道の半ばだと思いますね。

 でも、ネットの中で小さな子供さんが、白血病等でドナーさんを待っているページなどを見ると、自分で選んだ道ではないのに、がけっぷちの道を歩かれているのですね。橋をかけてあげたいですよね。橋さえかかれば、また行き止まりのない人生の色々な道を歩いて行けるのですね。そんなことも思いますね。

 さて、呑気の次の道はどんな道を歩いて行くのでしょうね。どこへ進もうが、行き止まりの道はないのです。歩いて行けば、その道の風情を見れるわけですからね。正しい道の風景を確り感じながら、見つめて歩いて行くだけですね。

 なんか自分自身を励ましているような塵埃記になりましたね。

高く積むと崩れる・・

2006年5月11日天気は晴れてきました。

 塵埃記をすすめようと思います。里山歩きやネットのお友達のコメントや日記で心を癒しています。歩きながらも色々と思考が巡りますね。

 今度の選挙戦での経験から、思いあがっていたのじゃないかと反省もしています。住民の幸せの為にとか、未来の輝く市の為にとか(でも、これがないとすすめませんでしたね)ですね。

 幸せを追い求める人生なんですが、ふと思ったことがありますね。「幸せの積み木」を高く積んでは崩れるということですね。横へ横へ積んで行けば崩れることはないですね(「積み木」にならないですね)。
 どうしても人々は、高く積み上げたいですね。それが幸せに早く到達できる錯覚に陥るのかもですね。土台(生まれ持ってある人もいますね)を確りと作り上げて積み重ねれば良いのですがね。

 私は横へ横へも幸せに到達できる気もしますね。障害や病気や貧しさ(世界にはありますね。貧困にあえぐ人達が)等々を持った人達は高く積み上げることは出来ませんね。しかしその底辺にあえぐ人達がいてこそ、繁栄する人達(高く積み上げれる)もいるのですね。この地球上では無駄なものがないかもしれませんね。悪行を働く人達も、ある意味で善人達に警告を発している(甘い思考ですね)とも解釈することが出来ますね。野の雑草達も決して無駄な植物では有りませんね。

 一人息子の結婚の相手と、お話ししました。二人とも希望に燃えて輝く未来を築こうとしていますね。私は「最初から、幸せの積み木を高く積み上げないように、まず横へ横へ並べて行きなさい。」(相手に対する期待が高いと崩れる)とアドバイスしたかったのですが、美味しいお酒に酔っ払って、言えなかったですね。

 「賽の河原」(親より先に亡くなった幼児たちは極楽には行けず、本来なら不孝の罪によって地獄に行くところが、幼少のため、この賽の河原にとどまり、一つひとつ小石を積み上げる。それを地獄の鬼達が来て、蹴散らし崩す。)を思い浮かべてしまいましたね。

 あまり関係はないのですが、高く積むと崩れる、崩されると言うのが世の法則かもしれませんね。栄枯盛衰もそうですね。永いスパーンで人生を捉えると、高く積むと崩れると言うのは法則かもしれませんね。

 そう思考すると、日々を仲間と手を携えて横へ横へと積んで行けば良いような気がしてなりませんね。所詮、生き物は神様や仏様のお膝元に行くときには、高く積んだ「積み木」は持って行くことが出来ないですね。

 なんかまた、呑気な思考で、訳がわからなくなりましたが、これが呑気の都合の良い解釈をすると言う普段の姿に戻りつつあるようです。

「スズラン」をダウンロード
農家の庭先でスズランをしゃがんで眺めました。同じ場所に大花の牡丹も咲いてますが、雨や風で花がボロボロになってます。小さいですが、スズランは確り咲いてますね。

 我が駄文章を読みかえして見ました。うりゃー文脈がバラバラですね。まだ思考が乱れてます。書き直す気力がありません。読み流しください。

心と体が弱っている。

2006年5月7日天気は一日中雨です。

 野に出て、心を癒したいのですが、生憎の雨ですね。でも雨も心を落ち着かせてくれるような気もしますね。ネットのお友達の所に行き、元気を貰いましたね。

 大変激しい、色々な人間不信に陥る選挙戦を3ヶ月も戦いますと、心(脳)や体が変調しているのを感じますね。自己分析(反省)を繰り返してしまいますね。

 それと申しますのも、もう終わって一週間が経とうとしていますが、毎朝、夢にうなされますね。夢の中で、選挙事務所が乱れてはいけない、和を保って「明るく元気に戦おう」とか、あそこに行って票を貰わなければとか、自分があせっている夢をみますね。ハット目が覚めて、もう終わっているのだと気付く毎日ですね。

 私は大丈夫ですが、心(脳)を病んだりする一歩手前を経験しているのかもと思ったりもしますね。人間なんて小さいもので、自分の度量を超えたところで、激しく動くことは、上手く行けば何ともないが、失敗すると心や体が蝕まれますね。どのように気持ちを切り替えるかですが、「良い経験をさせてもらった、人生の無駄にはならない。」と自分自身に言い聞かせています。
 沢山の友達が私を励ましてくれます。もしこれがなかったら、危ないかもしれないと思うこともあります。心を病むときは「孤独」と言う、言い知れない恐怖に襲われるのでしょう。

 人間とは、やっぱり家族、ご近所、仲間、友人達と繋がっていてこそ生きていけるものかもしれませんね。私は孤独が好きだなどと嘯いていましたが、所詮は民衆の一員だと、確りと自分を見つめ様としています。

 負け惜しみに聞えるでしょうが、小さな庶民こそ、人としての真の幸せと対面できると思いますし、そう思わないと前に進んで行けないですね。

 母が心を病んだままで亡くなって行きましたので、まじめで一生懸命な人ほど心を病みやすいと感じてまして、良い家族生活や社会生活を望んでいますから、ついついこんな塵埃記になりました。
 私の親友(市長候補)がスローガンにしました「心豊かな たくましい人づくり」を、呑気と言う小さな発信ですが、私は発信を続けたいと思いますね。

「お店番ドラム」をダウンロード
愛犬ドラムが、お店バンを単純にしています。ドラムを見つめていると、もっと単純に生きて行けば良いのだと、教えてくれているように思いますね。

野の花と遊べるようになりました。

2006年5月2日天気は曇り。

 2月ぐらいから4月の29日まで、激しい選挙戦を戦い抜きました。もう疲れ果てて、30日の夜に敗戦が決まったときから、体に鉛がどっしりと入った状態になり、一日中寝ていました。本日の朝、ドラムと一緒に野に出ることができました。春の花達が「よく頑張ったね」と迎えてくれましたね。まだまだ心と体がボロボロですが、なんとか立ち直りたいと思います。

 また、「呑気よ、ようやった、ごくろうさん」と労いの電話やら、来客の方達のお陰で、また以前の呑気に戻れますよ。明日は社高校野球部の春の県大会の2回戦です。親友の応援から、また母校の応援と、応援人生が続いて行くことになりますね。応援すると言う行為や情熱ほど美しいものはないかもしれないと、また確信しましたね。

 誰も見向きもしない、さりげなく咲く野の花達を応援しながら、また呑気な日々を送ろうと思いますね。

 選挙戦での、私の参謀としての敗因はもっと大きな選挙を打つべきでした。綺麗で一生懸命だけでは、勝てないこともありましたね。沢山の人達が頑張りました、皆様にお許しとお礼を申し上げるしかないですね。

 旧3町の前町長3人を相手にする戦いになってしまいましたね。また最後の最後に連合という政党選挙も相手は打って来ましたね(対抗作はあったのですがねー、日数がなく、残念ですができませんでした)。
 相手が大きすぎましたね。甲子園常連の強豪私学校と山の小さな県立校が戦ったような感じだったなーと振り返っていますよ。

 ぼちぼちに野の花達と遊びます。皆さん宜しくお願いしますね。

後援会活動から選挙戦へと・・

2006年4月23日天気は曇り。

 私は、3町の合併後の新市長を選出する選挙で、親友の為に微力ながら、自分の持っているものを総て投入して、同窓生達の熱い力も借りて、我が郷土の輝く未来を作るために親友を初代市長に押し上げるために奔走しています。

 塵埃記に残しておきたいと思ったことは、こんな選挙は経験がないと言うことです。大きな選挙だとは覚悟していましたが、こんな激しい心が痛む選挙は初めてですね。

 まず、本年はじめの頃から、親友(市長候補)に対するありもしない怪文書が多数流されました。脇の甘い親友ですが、怪文書のような男ではありませんね。

 次に、我が陣営の支援者達が田圃にたてた市を良くしようと言うノボリ旗が、折られたり、持ち去られました。支援者達の心が乱れ痛みましたね。私は耐えてくださいと言いつづけましたね。支援者の皆さんの動揺は、私の「耐えてください」の言葉で落ち着きましたね。正しい民衆の判断を期待するしかないですからね。

 そして、本日の告示日から、出陣式と支援者達の夜遅くまでの努力でなんとか沢山の人達の力で、盛大に終えることができました。候補者は元気に遊説に出発しましたが、なんと相手候補は、選挙事務所は一箇所しか設置できないのに、合併3町に選挙事務所を開設するという暴挙にでてきましたね。
 これは、我が陣営にとっては広報という意味では大きな打撃ですが、選挙違反そのものですね。選挙管理委員会にすぐに「やめさせてください」と、私は電話で叫びましたね。相手候補の支援者達は、まったく動じないようでしたので、警察の選挙違反対策本部に訴えました。相手陣営はなんとか看板を布切れで隠しましたが、まだまだ事務所的な動きをしていまして、選管にデンワをしつづけるのも疲れ果てる始末の一日でした。

 我が郷土の選管が、行司役として、両陣営が平等に戦えるようにしていただきたいと訴えました。今のところ、私の判断ではとても平等に戦っているとは思えないですね。こんな経験も初めてです。

 そんなこんなで、我が陣営の正しい広報に全エネルギーを集中したいのに、相手の選挙違反に抗議するエネルギーがいるとは、こんな選挙は初めてですね。大変心が乱れ、疲れています。

 このことを、塵埃記に残しておきたくなりました。ご安心ください、呑気は負けずに最後まで頑張りぬきますよ。すべて新しい市の住民のためだと思えば、疲れたなどとは言えませんね。ではでは・・
 あっ、そうそう3月から、レスやご訪問ができていません。お許しください。あと一週間で終わります。

超クリーンな選挙で戦い抜いてます。

2006年3月16日天気は雨。

 ネットの御友達の皆さんへ、春の花の発信から、お便りのお返事と出来ないほどの精神状態です。まだまだ選挙戦を戦い抜かねばなりません。

 大変な選挙戦になってますが、我が陣営は超クリーンな選挙戦を行いたいと思っています。
なぜなら、元気百倍になる人達が支援に参加頂いたからです。

 全ての方が、私達の恩師達でして、教育者として活躍され、人望もあり聖職者のような方達です。老骨に鞭打って立ち上がっていただきました。後援会長から地区支援会長と名乗りをあげていただきました。

 このような方達がトップに座って頂いているのですから、決して醜い選挙はやれません。正々堂々と超クリーンな戦いを続けるつもりです。

 そんなこんなで、皆様と遊ぶことが出来ませんが、そのうち呑気が、呑気に登場いたしますので、お待ち頂くことを願っています。

「大正浪漫派の世界」をダウンロード
柳川の町は、情緒があり、詩的な町でした。アルバムをアップする暇がありません。
昔のポスターですが、良いですね。シンプルで現代でも充分通用するように、呑気は思いますね。

居酒屋談議・・田舎の世間話。

2006年2月13日天気は快晴。

▲友人A・・「呑気よ、合併まであと一月やなー」
●呑気・・「ほんまやなー、あっという間やったなー、次は市長選挙やなー。」
△友人B・・「去年の9月の町長選は、呑気はようやったからなー、圧勝やったな。ぼちぼち動きよるのとちゃうのんかー」
●呑気・・「うん、もうごそごそしてるでー、相手も動いているからなー。」
▲友人A・・「どないなんやー、勝てそうかー。」
△友人B・・「まあ3町の中で、我が町が一番大きくて、真中やからなー、どう見ても負けられんはなー。」
●呑気・・「そうやねん。我が町をどうやったらまとまるか、考えてんねんけど、またええ知恵かしてくれや。」
△友人B・・「呑気よ、頑張ったってくれ、それにしても、おまえいそがしなんなー。」

▲友人A・・「赤字の町やからなー、総合病院なんか、凄いのやろ。」
△友人B・・「財政的には、合併後もこの問題が一番大きい見たいやなー。」
●呑気・・「地域医療サービスと言うことで、ある程度の赤字はしゃーないけれど、大きくなりすぎたようやなー。」
▲友人A・・「評判がええことない見たいやなー、医者が人気ないのんやろかなー。」
●呑気・・「わしが市長に推している奴は、その人気快復作に知恵をしぼっとる様やで、民間からとして、わしも色々と言うてやっとるんやー。」

△友人B・・「病院のことで、面白い話をきいたでー、ナースがな、自分が病気したら働いている病院では治療を受けたくないらしい、これはどこの病院もそんな風らしいわ。」
▲友人A・・「わしも聞いたでー、一昔前ならな、ナースは医者に惚れよった見たいやな。今の若いナースは、あまり興味がないのやて。」
●呑気・・「今の教育制度では、金持ちしか医者になれんからなー、塾やなんや言うて、勉強ばっかりしてきた奴や、親に世話にならないと医者になれんから、いまどきの確りしている女の子、特に苦学してナースなった子なんかやったら、頼りない奴やなーと見透かしてしもとるんやないかなー。」
▲友人A・・「こんなことも言うとったでー、医者と結婚しても離婚することが多いねんて、金持ちの子供を甘やかした親達やからなー、うるさくて一緒におれんらしいはー。」
●呑気・・「聞いてみるとなるほどやなー、そやさかいに、最近の医者の資質みたいなことが、マスコミでとりあげられているのやろなー。」
△友人B・・「我が病院も人気がないのは、その辺かもやなー。」
●呑気・・「市長に推している奴と呑んで話しするんやが、我が町の病院を、できるなら医者を全部女医さんにできたらええのになーと、笑い話みたいなことも話してんねん。」
▲友人A・・「男が頼りない時代になってもたんやなー。我々親達の責任もあるなー。」

○女将・・「呑気はんの一人息子の彼女、可愛いナースさんやでー、なー呑気はん。」
●呑気・・「女将、なんで知っとんねん。」
△友人B・・「あほっ、誰も知っとるがな、仲ように町を歩いてるがなー。」
●呑気・・「まあ、あの彼女が放蕩息子を、田舎で落ち着かせてくれたかもやなー。ふらふら夢ばかり追っていたが、確りしてきよったわー。女の時代やろなー。」

△友人B・・「ぼちぼち、おこかー、女将っ、おわいそや。」
●呑気・・「おうっ、おこかー、綺麗なお月さんでも見ながらかえろかー。」

そんなこんなで、世間話と焼酎の湯割を楽しんで、お店を出て、3人で空を見上げて、田舎の寒空の満月を楽しみました。

「クチナシの実」をダウンロード
クチナシの実です。2/13にお寺のお庭で。

選挙は、クチナシ(口無し)で行くことはできませんね。あらぬ噂が飛び交います。呑気は気疲れするでしょうね。逆に、私はクチナシの花で行ってやろうかなーでございます。

フラッシュ撮影の面白さ・・

2006年2月6日天気は雪が降ってきました。

 節分も終わり、立春も来ましたが、寒さが厳しくなりましたね。皆さんお風邪などひかれないようにですね。

 塵埃記がちょっと、訳のわからない世界に向かいかけましたので、呑気な世界に戻しましょう。
 一言だけ、訳のわからないことを言いますね。節分には鬼達は大変ですが、昔から一緒に暮らしてきた仲間ですね。軟弱な人間達には鬼が必要ですね。子供達には「秋田のなまはげ」、相撲界には「土俵の鬼」、江戸の盗人退治の「鬼平」、今や花形の「鬼の地検特捜部」等々と鬼達が活躍してもらわないと・・そんな時代かもですよ。

「カマキリの卵巣」をダウンロード
ネコヤナギの中にあるオオカマキリの卵巣ですね。

 これを見つけた時に、何かに似ているなー、また似させようと、色んな角度から近写したりしました。あ、そうだフラッシュ撮影も試してやれと沢山画像にしました。フラッシュ撮影はシロトビしやすいですね。そんなことは呑気は気になりません。

 パソコンに取り出して画像を眺めてみると、面白いですね。ピンボケなぞは宇宙人のように見えますし、フラッシュ画像なぞは芸術家の作品のようにも見えますね。カマキリは芸術家かもしれませんね。

 夏の夜にカラスウリの花が開きますが、夜ですので必ずフラッシュ撮影になりますが、そりゃー色々な画像ができて面白いですよ。

 さて皆さんは上記の画像はなんに見えるでしょうか。こんな塵埃記が一番呑気らしいですよね。

 寒さが厳しい上に、動けなく、野遊びができない鬱憤晴らしの塵埃記になってしまったようですね。皆さん笑ってやってください。

なぜ地検特捜部は動いたのか・・

2006年2月3日天気は晴れのち曇り。

 本日は節分で豆まきですね。皆さんはご家族で、「福はー内、鬼はー外」と豆をまいたり、巻寿司をかじったりと楽しまれるのでしょうね。

 私は動けず、愚妻も不在でのんびりとしています。ある雑誌で、西尾幹二(評論家)さんのコラムを拝読して、フムフムと思いましたから、呑気流に断片のように塵埃記に抜粋して記してみますね。

 このコラムの副題には、「この事件で、国民は小泉改革への疑念を抱き始めた。ホリエ君ありがとう」になってますね。

 まずは一連のホリエモン君が地検に逮捕されるまでの行状を記していますが、これはもう沢山報道されていますね。それよりも、なぜ地検が動いたのだろうか、外圧を想像されたのが面白いです。

○小泉政権に不利になるのだから、政権に近い筋の主導ではない。
○「会社法の現代化」が近づく米国ファンドの日本企業買収時代の幕開けだから、アメリカの圧力ではない。
○日本の経済界の意思の一つの表れかもしれないが、ライブドアを経団連に入れた。
○反小泉の政治勢力の撒き返しであるかもしれない。(そんな気の利いた力の結集が可能ではないだろう)
○噂だが、ライブドアの背後に暴力団がいると言うようなレベルの話でもなさそう。

●そう考えると、外圧はなく、検察独自の判断であった行動と言うのが、近い実情だろう。
 司法当局には、米国留学帰りも多く、米国型経済社会の到来を間近に見て、外資ファンドの侵入前に市場秩序を整備しようと考えた指導者がいると考えても不思議ではない。

まあいずれにしても、現段階では地検の動機は特定しにくいと、記されてます。

●外資系ファンドが2006年から日本株を密かに仕込みはじめる公算が大きく、すでに動きがはじまっている。しかも資金の多くは日本の富裕層と機関投資家が低金利を嫌って、海外のファンドに逃がした金の還流である。その額は数十兆円に及ぶと言われている。

 もっと色々記されていますが、
○米国債を買いつづけるために、無理な超低金利政策続けてきた、小泉=竹中金融政策のたどり着いた終着点である。
 ホリエモンでなく、ゴールドマン・サックスのような外資ファンドが総力を挙げて、日本の法の抜け穴を利用したら、検察当局もお手上げで、大変なことになっていただろう。ホリエモン君ありがとうと結ばれてますね。

 ○郵政民営化の改革も、根本の改革を怠るために「改革!」の掛け声がある。財務省所轄の日本政策投資銀行、国際協力銀行、国民生活金融公庫のいわゆる天下り御三家、最終的にはなにも変えないで保存する可能性を強めている。

 ○改革、能率の名において勝ち組と負け組の差を広げるアメリカ型社会へ、これ以上の移行を私は望まないと結ばれていますね。

「里山の地蔵さん」をダウンロード
里山深くの地蔵さんです。

 小泉さんもホリエモンさんも「改革」と言う名のもとに、マスコミをも扇動して民衆の人気をあおり、先導していったことは事実ですね。それに乗った我々も、もうぼちぼち考えないとですね。いずこの国の歴史上でも「改革」と言う言葉は怖い歴史を繰り返したようですからね。

 もう日本はアジアの国というより、欧米社会のような国になってしまいましたが、大切なことは伝統や文化を守り、貧富の差をなくし独立国家として、民主主義を守り、他国に躍らされることなく確りとした道を歩んで欲しいですね。

 山々には昔から、地蔵さんが沢山奉られ、民の平安を祈る人達の多い国なんですよ。政治家や勝ち組の連中に上記の助け合うような地蔵さんを見せてやりたいです。(地蔵さんから、下は呑気の戯言です。)

清貧の酔狂人よ、出て来い・・

2006年1月29日天気は快晴。

 もう1月も終わろうとしていますね。私は動けずに、ライブドア事件以降はパソコンの前で迷想状態で過ごしています。

 ネットの御友達と、この事件から「拝金主義」や今の世の中の虚業や飽食や政治家達の精神の驕りが進んでいる状態を話し合っています。そこで、私の呑気な思いを塵埃記に残しましょう。

 豊かな時代になっているのですが、なぜか金に追われている精神構造がつくられて、誰しもが拝金主義にならざるをえない方向に世が進んでいると思いますね。もっと贅沢がしたい、もっと遊んで暮らせる楽がしたいと欲求が膨らみすぎて、我が国は、金による競争社会を作り出しているのでしょうね。競争社会は必ず勝ち組、負け組を作りますよね。政治の基本は、こう言う争う社会にならないように税を取って、民衆バランスをとるためにあるのですがね(置き忘れてますね)。
 そこで、私は清貧の中の酔狂人が脚光を浴びることが必要な世になってきたと思います。

 山下 清(裸の大将)・種田山頭火(俳人)・棟方志功(版画家)・相田みつを(書家、詩人)・・私の好きな順ですが、清貧の中での芸術家ですが、その功績は、作品にとどまらず、人々の心をどれほど正しく導いたことでしょう。このような人達が出てこない世になりましたね。

 今の世は、芸術家も豊かになり、どうしても世に出て金や名誉を得ようとしている人達にスポットライトが当たっているようです。子供達もおそらく、そう言う刺激を受けて大きくなっているでしょう。
 まだまだ沢山の清貧の粋人(酔狂人)がいるはずです。マスコミももっと探して、光を当てよと言いたいです。金をあたえよじゃないですよ。

 酔狂人の酔狂(粋狂)ですが、ある雑誌のボランティア論争の中で、曾野綾子さんの「この世には酔狂と言う境地がある」と言うコラムの中で大変上手く表現されている一節があります。抜粋しましょう。
●私の好きな表現で言えば、ボランティア活動などやる情熱の本質は、酔狂以外のものではない。酔狂は元々正当に評価されることなど望んでいない。ただ心の奥底の個人の美学の流れに、常に洗われて存在している。全体主義などとは無縁の境地だ。●

「猫柳」をダウンロード

冷風の川原にほころぶネコヤナギ(駄)

 風が冷たい川原の、ネコヤナギを見たくて一人で歩きました。誰も見向きもしないです。呑気に「野の花追い人」と自分で言ってますが、酔狂なんでしょうね。
 私の酔狂は、辞書どおりに①酒によって浮かれること②ものずきなこと③好奇心の強いこと・・こんなものでしょう。

金(欲)に溺れる・・

2006年1月24日天気は晴れ。

 ライブドアの幹部達が東京地検特捜部に逮捕されましたね。「拝金主義に批判と共感」と色々と報道されていますので、皆様のご判断に任せることにして、私は田舎での金にまつわるお話で対比させましょう。

 私のご近所に、我が町では由緒ある旧家の大金持ちがおられまして、山や田圃や市街地にと広大な土地をお持ちでした。しかしそれを守るから増やすとありとあらゆる努力をされ、町のお付き合いもせず、ある意味で皆さんからの妬みからか、嫌われておられました。私は懇意にしていたのですが、奥様も早くに亡くされて、子供さん達も離散され、一人で頑張っておられました。
 凄い旧家なんですが、その方が亡くなられた時のお葬式は寂しいものでした。縁者とのお付き合いも断たれていたのでしょうね。

 その後は相続税で、大半の土地が税務署に持って行かれました。ご近所の大きな屋敷には、何人かの子供さんの一人が帰ってきて住んでおられますが、身を小さくして一人で暮らしておられますね。私はまだまだ旧家を維持していくご苦労を抱えて、過ごされているのじゃないかと時々出会った時に感じますね。

 その一方で、同じご近所のおばーちゃんだったのですが、この方も旧家なんですね。子供達がこの町を離れて企業で活躍され、元気なうちは一人で住んでおられました。老いて来られて、ご家族のもとに行かれました。大きな空家が残ってしまいました。亡くなられた時に、「この町に、母がお世話になった」と子供さん達が空家を町に寄贈されましたね。今、「○○記念館」としておばーちゃんの名前を残し、我が町の公民館的な寄り合い場所として、使わせてもらってますね。

 ホリエモンさんは、「金でなんでも買える」と豪語していましたね。「人の心も買える」と言ってましたね。買えるでしょうが、偽物(欲に固まる)でしょうね。
 
 私は、金(欲)に溺れると、金に降り回されて、一番大切なもの(家族や仕事)を守ると言うエネルギーが、お金の方に吸い取られる気がしてなりませんね。心が守れなくなるのは必定ですね。
 家族や仕事を守るために一生懸命なところへ、宝くじの大金が落ちてくると、使い道の上に、大金を守って行くというエネルギーが必要になりますからね。

 スポーツや芸能と大金を手にする人達もいますが、メジャーリーガーのスター達の様に、社会貢献すると言う大儀があってこそ、家族愛や奉仕の精神と言う人心の本物を手にすることが出きるでしょうね。

「美男葛」をダウンロード   
画は、秋には素晴らしい赤い色の素敵な形をしたビナンカズラの実ですが、熟して実を落としています。

 金に溺れると関係がありませんね。栄枯盛衰とでもしますか、でも確りと種を落とし次に芽生える準備ですね。自分達だけがなんとか栄え様(こうしないと、お金は逃げますからね)も良いですが、まわりと歩調を合わせ次の代へと貢献して行く大儀も必要だと思いますね。

 六本木ヒルズ族さん達へ、「若者達だけで突っ走るのも良いでしょうが、我々段階の世代や立派な長老達のアドバイス(精神)も大切にした方が、今後は良いと思いますよ。」と呑気に言っておこう。

現代の若者達を考える。

2006年1月20日天気は快晴。

 ライブドアが大変なことになりましたね。六本木ヒルズあたりで活躍する若者達のことは、詳しくはわかりませんので記せませんが、我が一人息子を通して田舎の若者達との対比で考えてみたいと思います。

 大晦日の夜に、息子が「おいらたちの年越しライブ見に来るか。」と言って入場券を3枚くれました。他に数バンドが演奏するから、最後のトリということで、新しい年になる寸前に愚妻と弟と一緒に、初めて息子達のライブを見させて貰いました。息子達のロックバンドは、大学や都会で音楽活動を目指していたが、田舎に舞い戻った中学の同窓生達だそうです。

 小さなレストラン(100名ほどで満員)で、バンド演奏と観客の田舎の若者達でにぎわっていましたね。踊りながら楽しむ、リズムをとって楽しむ、エネルギーがいっぱいの若者達でした。女性も多かったですが、軟派すると言うような雰囲気もまったくなく、音のシャワーを浴びてエネルギーーを発散しているようでした。

 我が息子が、「おーいみんな、この町で確り生きていこうぜ!」と叫んで歌い出すと、最後にはアンコールの大合唱になりましたね。
 この若者達は、普段の日常では田舎の小さな職場で夢を追って働いているのだろうなーと思いましたね。我が息子(28歳)も小さな電気工事会社で、彼女とのゴールを目指して、汗しているのでしょうね。私から二人の目を見るとキラキラと希望に輝いているようですよ。

 東京の某大手化粧品会社の企画宣伝の長をしている弟(独身の企業戦士、50歳です。)が、我が息子達や田舎の若者達を見て、ポロリと言いましたよ。「兄貴よ、六本木ヒルズで年収億と稼いでいる若者達より、田舎の若者達の方が、遥かに素晴らしいと思うよ。」、さらに「六本木ヒルズの成金趣味みたいな所は、空気自体も嫌いだ。」とも言ってましたね。

 この大晦日に言った、東京を知り尽くしている弟の言葉から、2週間後にライブドアの事件ですからね。また鮮明によみがえりましたね。
 また彼は若い頃から「企業経営は社会貢献することが目標だ。」とも言ってました。
 私は、弟は出世するなーと思ってましたね。

「夏と冬」をダウンロード
我が家の庭の山茶花の木です。手入れしない庭だと、ばれますね。

 結論にいたりませんね。夏に木によじ登って高いところでいっせいに騒いだ蝉達のヌケガラと冬の雪をかぶっても花開く山茶花と対比したいところですが、蝉も土中で何年も耐えてあがってきますね。世は移り変わって行きます。無常ですが、耐え忍び積み重ねて行くことは、個人の歴史となりますね。

 ライブドアは、舞台の踊り子さんでしたね。それも苦しい練習を積み重ねないで、自己流で踊って、観客が珍しがった泡踊りでしたね。舞台の踊りは、必ず幕がおりますね。でも苦しく、辛く、厳しい鍛錬の日々の積み重ねは個人の歴史と支えになるのでしょうね。

 うーんっ、まとまりません。どうしたら良いのかと言うところには行けません。皆さんでじっくりと若者達を考察してやってください。その一つのヒントになれば幸いです。

日溜りに、春の小花達が咲く・・

1月17日天気は晴れのち曇り。

 塵埃記を進めないとですね。田舎の戎さんが終わってから、好天が続いていたのですが、色々(人の世は何かと押し寄せます)とありまして、パソコンの前で皆様のページを楽しみながら、瞑想(笑)して過ごしていました。

 その瞑想の行きつくところと言うのは、野に出て冷たい風に吹かれたい、そこへ私は行ってしまいますね。

 やっと野(身近な畦道)に愛犬と歩けることが出来ました。空、雲、冷たい風の中の野は最高ですよ。花達はまだまだ少ないですが、愛犬の目線になって探してやると、日溜りに元気に咲いていてくれますよ。

「日溜り」をダウンロード
オオイヌノフグリとテントウムシのようですが?、元気に動いています。

 野(畦道)はまだまだ冬の姿なんですが、風のあたらない日溜りで、花達や虫達は「春よこい」と春を呼んでくれているようですよ。野に出て思うのはその生命力ですね。それはお天道様をいっぱいに受けることかもしれませんね。(お天道様の下をまっとうに歩く。)

 本年もありふれた花達と遊んでもらおうと、また一からページをはじめることにしました。
 この花は画像にしているからと安心感があると「ゆっくりと花達と遊ぼう」と言う気持ちが薄らぎますからね。毎年同じ単純な生命の繰り返しなんですが、その生命力、美しさ、健気さに励まされるのが、一番純粋な気持ちに戻れるような気がします。

 そんなこんなですが、今日は阪神淡路大震災の11年目の記念日ですね。亡くした甥っ子が生きていたら21歳です。マンションの一階の部屋で下敷きでした(探し当てて開けたドアは2階のものだったそうです)。人が作った建物なんですがねーー(怒りの持って行きようがない)・・人の世が野の花達のように健気でバランスのとれた幸せな世界になることを祈るだけです。

戎さんも無事に終わりました。

2006年1月11日天気は晴れのち曇り。

田舎町古い神社の戎さん欅の下で福餅を撒く

「餅まき風景」をダウンロード

 本年の福を呼ぶ戎さんも無事終わりました。田舎町の小さな戎さんですが、地域の方達が福を求めて参られます。小さくても大切に保存して行きたいものですね。

 次々と田舎の伝統行事がありますが、この戎さんも、地域の皆さんと新年にはじめての顔合わせみたいなところもあり、「本年もよろしく」と挨拶を交わしながらのお祭りとも言えますね。

 呑気も釜揚げうどんを作って販売していましたが、わざわざ私が作っている釜のところまで来ていただいて「呑気よ、本年もよろしくなー」と言われるとありがたいものですね。「うどん食ってけよー」と言うと、「よっしゃー」ですね。

 こうやって簡単な言葉で交流が深まるのですね。「また本年も元気でやろうやー」なんですね。お見かけしなくなった方達もあります。どうなさっているのでしょうね。また大きくなった若い衆の顔も見ます。「おうっ、青年よ、立派になったなー」なんですね。

 そんなこんなで、田舎町に福もやってきました。また小さな日常がやってきます。些細な事でも楽しく笑って暮らして行こうと思いますね。

テレビの前でごろごろの、ふとした思い・・

2006年1月4日天気は曇り。

 本年も3日が過ぎましたね。私は本日から通常の日常に戻ります。テレビの前で酒を飲んでごろごろしていた新年でした。野球が好きで大リーグの特集を見まして、ふと思ったことを、ごろごろしていたストレス解消にキーを打ちましたが、塵埃記に持ってきますね。

●テレビからですが、大リーグの特集を見ました。野球を研究するのが大好きなんです。そこで思ったことをですね。

 ヤンキース松井選手は、イチローを超えましたね。なぜかと言うと、チームや観衆の為に毎日全力で集中してプレーできるし、それができると自信を持ってきましたね。

 イチローは大好きで尊敬もしている選手なんですが、唯我独尊と言う面を感じます。プロの世界や大リーグでは大変大切な才能ですが、野球はチームやファンに応えると言う大きな命題を持っていますね(特にプロ野球は)。
 イチローがヤンキースで毎日全力でプレーできる体力や集中力があるか少し疑問ですね。華麗なプレーで素晴らしい成績は残すでしょうが、170試合超えるゲームを毎日、チームやファンに全力で応える体力は松井選手には及ばないと思いますね。
 
 今のところ、イチローはマイペースで行ける球団で良いと思います。また松井選手は常に全力でプレーしなければ行けないチームで良かったと思いますね。タフな選手なんですよね。(大リーグはタフな選手がスター選手ですね。ファンは勝利の為に激しさも求めますからね。イチローがヤンキースに行くと、激しく盗塁王をファンから要求されるでしょう。)

 日本のプロ野球もイチロー選手に近い選手は出てきましたが、松井選手のような強靭な選手はまだ出てきていませんね。阪神の金本選手ぐらいですね。
ロッテが優勝しましたが、若さで走りぬけた感じですね。松井選手が在籍した巨人にも沢山良い選手がいますが、毎日全力で集中してチームやファンに応えると言う王、長島、松井と言ったタフ(技術や集中力)な選手がいませんね。原監督が一番近づいた選手でしたが、甘さも感じましたね。

 ピッチャーは唯我独尊の世界です・・登板するときに全力を尽くせば良いでしょう。

 清原選手なんぞは、その点が一番甘い選手のような気がしますね。パリーグで育ったからかもしれません。観客が少ないときに全力プレーを怠ったのでしょう。(積み重ねる打撃の大記録がありませんし、巨人でファンに応えようとすると怪我ですね)
 セリーグで大勢のファンに毎日全力で応えなければならない環境で育っていたら、どんな大記録を作った選手になったのかなーと思います。●

◎追加・・新年のお祝いが出来なかったのですが、東京の弟から素敵な料理を送ってもらいました。はじめて頂くものでしたから、皆さんにも紹介しますね。

「高級おせち料理」をダウンロード
▲壱の重・・伊勢海老のショーフロア、蟹のテリーヌ、穴子のニソワーズ、わかさぎのエスカペッシュ。
▲弐の重・・鮑のワイン蒸し、スモークサーモンのチーズ巻き、鴨のテリーヌ、生ハムのドライ無花果添え。
▲参の重・・ローストビーフ、キャッシュローレン、仔羊のグリル、栗のフランセーズ。
画は上が2、下が1,3ですね。

 私には、ローストビーフ以外は何がなんだかさっぱりわかりませんでした。お味と言われても、初めて味わったと言うことしか出来ませんね。

 鍋料理も楽しんだのですが、田舎から頂いた採れたての白菜を生でかじったのが一番美味しかったようなの新年のご馳走でした。

 ご馳走を頂くのも、歳をとってきたと言うことだろうと思います。

素晴らしいお天気の新年ですね。

2006年1月1日天気は最高・暖かいです。

 新年のお祝いができませんが、朝から大好きなお酒を楽しんでいます。親がいなくなり、東京から帰ってきた弟と愚妻との3人の新春パーティーですね。あっ、今年の主役の戌年の愛犬ドラムも一緒ですね。一人息子も元気ですが、年越しライブでバンド仲間と歌いすぎて寝ています。

 新年の用意は少しだけしていましたが、素敵なレストランのおせち料理やら、お酒、ワインを満喫しまして、素晴らしい陽気に誘われてドラムと散歩に出ました。

「新年を祝う」をダウンロード
  暖かい本年はじめての散歩でした。ドラムも元気いっぱいでした。本年も何度かバンザイしたいと思っています。頑張ろうと思っています。その中にあって、些細な小さな幸せも追い求めたいです。
自影画像で本年が良い年になるように、バンザイしてみましたが、上手く行きませんね。ドラムが「アホカ」と言うような顔してみてますね。呑気は本年もこんな感じでページを更新して行きますのでよろしくでございます。

 そんなこんなで、皆様には「あけましておめでとう」でございます。素晴らしい年になりますよ。また最低、心だけはいつも元気になるように発信して行きますね。

本年最後かも?・感謝を込めて・・

2005年12月28日天気は曇り。

 酉年の本年も押し詰まって来ましたね。鳥年らしく色んなことがあり、私はバタバタした1年でしたね。

 簡易ホームページを作ったのが、2001年の3月からですから、もう5年が過ぎ様としています。当初からの古いお友達とは、早いもので4年から5年のお付き合いになっているのですね。本年も新しいお友達も沢山出来ました。大変感謝しています。

 ネット交流をどのように続けてゆけば良いのか、最初の頃は色々と考えさせられることが多かったです。

 お友達からの暖かいコメントや花談議をしていただくことや、自然の中の野の花を追うことによって、野の花のように「さりげなく」と言う姿勢が良いのじゃないかと、なるべく努力してきたつもりです。

 これは大変難しいと言うことも感じながら交流しています。言葉はある意味では相手の心を攻撃する武器にもなりますからね。
 ネチケットとか言う、マナーも当初はよく読みましたが、心の交流の中にインパクトのある言葉がないとだらだらと流れるてゆくだけになることもありますからね。

 そこで、色々な様式が出てきましたね。まず画像投稿ですね。デジカメの普及で画像で表現しながら、お知らせしたりで言葉のインパクトから目にインパクトをあたえて交流を楽しめるようになりましたね。素晴らしいことですね。ほとんどと言って良いほど美しい画像ばかりですからね(ごくまれに宣伝等の変なのが来ますがね)。

 そのあと、言葉のしりとりや句のしりとりも「さりげなく」が入りこんで素敵ですよね。万葉の人達から現代まで句で表現することは、相手の心を傷つけることは出来難いですね。若者達はもっと進んでゲームのやり取りなんかで交流を楽しんでいるようですね。

「田舎のイルミネーション」をダウンロード
 都会の煌びやかなイルミネーション画像を沢山いただきました。田舎にはないのですが、田舎のイルミネーション(笑)として、何枚か作りまして、お礼の画像として交流に使っています。
 「もう見ましたよ」というお友達も多いと思いますが、ご勘弁くださいね(年の瀬はデジカメ遊びが出来ません)。

 本年の最後の塵埃記になるかもですので、皆さんにお礼を申し上げますね。

 本年も素敵な楽しい交流をありがとうございました。

 そんなこんなですが、私は喪中ですので、新年のお祝いが出来ません。皆様に穏やかな年の瀬から、新年がやってくることをお祈り申し上げておきますね。

 お暇な方で、年の瀬から、新年にかけて呑気がどうしているかを知りたい方(そんな暇な人いるのかなーなんですが)は、呑気家写真蔵のゲストブックには日々を綴ろうと思います。

雪のイブ暖を楽しむドラムかな

2005年12月二四日天気は晴れのち曇り。

 二日前に我が地方もすっかり雪景色になりましたが、今夜はクリスマスイブですね。素敵な聖夜を皆さんが迎えられることをお祈りしますね。また雪や寒波の大きな被害が出ないことをお祈りしましょう。

 そこで、私の毎年のクリスマスイブをですが、普段と全く同じ日常を、もう15年ほどは変らず過ごしています。寝たきりの両親を介護してきましたし、一人息子も友人達と一緒にいるほうが良かったみたいです。
 
 両親は本年の3月に母を亡くして、父(5年前)と母が恙無く天国へと旅だって行きました。
 
 ですから、愚妻と愛犬との3人暮らしに(息子もいますが、通りすぎるだけですね)になって、初めてのクリスマスイブとなるわけですね。

 本年は身内に不幸が多く、お別れが多かったです。愚妻はばたばたと法事やお手伝いで奔走してますね。そんなこんなで、愛犬と古いストーブの前でのんびりと過ごしています。

「骨董ストーブ」をダウンロード
それにしても古いストーブですね。灯油代が高くつきますよね。

 今夜は、どんな聖夜になるのでしょうか。たぶん私は、独身者の多い居酒屋仲間と焼酎を飲んで、世間話を楽しんで、いつもと変らずふらふらと空を見て帰ってきます。
 それから、夕食後にはホームコタツにもぐりこみ、もし愚妻と愛犬ドラムがケーキでも食べるのなら、横から眺めながら、また焼酎でも飲みましょう。

 楽しい団欒の会話は、たぶん愚妻が独り言のように、法事や手伝いが大変だったと喋り捲るでしょう。私はうんうんと頷きますが、全く聞いていないと思います。その横でドラムが何か貰おうと、妻の話を一生懸命聞くだろうと思いますね。これはイブと言うより普段の日常の流れですね。

 暮れも押し詰まってきましたが、上記のような小さなイブも迎えられない人達もいることも聖夜には思い浮かびますね。今までのクリスマス映画を見ても、そんな苦難の中にサンタが舞い降りてくると言うようなストーリが多かったですね。クリスマスは助け合いの心を育む日ともいえますね。

 そんなこんなで、サンタクロースさんへ!、「幸せを、心清き貧しい人達や難病で苦しまれている人達のところに運んであげてください。お忙しいでしょうから、我が家はお忘れいただいても、決して文句は申しません。」

人は仲良く、平和になれる・・

2005年12月21日天気は晴れ。

 クリスマスも近づきました。まあ私は、愚妻とドラムがケーキを美味しそうに食べているのを見ながら焼酎をあおる、毎度の聖夜になるでしょう。

 ネット交流を楽しんでいますが、お友達のページをご訪問すると、美しいものや楽しいものを発信しようと努力されていますね。

 花画像や自然の素敵な風景画像や、最近はイルミネーション画像などなどですね。大半の人達が美しいと感じられるから発信されているのでしょうね。

「プラタナス」をダウンロード
鈴懸けの木(プラタナス)ですね。

 私は青空が大好きなんですね。青空も大半の人達が好きだろうと思いますね。嫌いだと聞いたことがないですからね。

 ネットのBGMもクリスマスシーズンになると「アメイジング・グレイス」が流れますね。テレビで本田美奈子(ミュージカル俳優)さんの闘病記(素晴らしい才能を早くに亡くしましたね)を拝見しましたが、その中でも歌われてまして、感動ものでして、美しいメロディーと歌声に涙を誘われましたね。

 歌(曲)に国境はないといいますが、それにしても世界中の人達大半がこの「アメイジング・グレイス」の美しいメロディーに引かれますよね。

 上記のように考えてくると、美しいものは人類の大半が同調していることになりますね。と言うことは、人類は一つになれる(同調できる)、平和になれる資質を持っていることになりませんか。

 そんな風に思いますから、私も美しいものを発信できるように、努力したいですね。小さな交流や地域で仲良くから世界平和を作り出せたら最高でしょうね。

●追記・・アメイジング・グレイスの素晴らしいMIDIが我がPCにあります。ネットの初期にお友達からメールで送っていただきました。ページにつけたいのですがやめます。著作権やらと心配になります。ネットももっと仲良く、自由奔放な世界を望みますね。

師走の士道

2005年12月16日天気は快晴。

 15日の夜に、NHKで忠臣蔵について、「討ち入り賛成か反対か」と言う面白い番組を見ましたね。家臣300人の内のあとの250名ほどは討ち入りに参加しなかったのですね。

 賛成派アナウンサーは忠義や士道とまあ私達のよく知っている内容でしたね。反対派アナウンサーは「家族や家臣を守るために、断腸の思いで、参加しなかった。」とこれがメインだったように思います。

 賛成派の華々しい清死をえらぶか、反対派の苦労を覚悟の苦難の道を生き延びるか、当時はどちらをとっても、貧しく厳しい選択を迫られたのですね。

 視聴者のアンケートでは、最後は賛成60%、反対40%でしたね。皆さんはどちら・・

 私の散歩道に観音寺と言う小さな尼寺(住職はもういませんが)があります。旗本家原浅野家の陣屋があったそうです。そこで、47人の菩提所がありますね。毎年12月14日に義士祭が行われますね。

「大石内蔵助の墓」をダウンロード
大石内蔵助の墓を取り囲むように、47人のお墓があります。

 ネットのお友達が、なぜ吉良は赤穂の若殿様をいびったのか、なぜ若殿様は家臣のことを考えなかったのか、また討ち入り後、褒め称えられたのに、断罪したのかと・・私も同じことを忠臣蔵を見るといつも思いますね。

 吉良さんも、名君だったからこそ重要な地位についたのだろうし、浅野の殿様にも年老いた参謀がついていたでしょうにね。

 討ち入り後は、幕府の識者の間で意見がわかれたそうですね。強行断罪派と士道を称え穏便派とが争ったそうですね。私は両方の真中が、47人の切腹だったのでしょうね。家族や家臣に及ばなかったことが、忠臣蔵の歴史を作ってきたのかもしれませんね。それが、我が地にも残っているのでしょうね。もっと凄いお家断絶があったでしょうね。今のリストラどころではないでしょうね。(内蔵助の心の中に、このこともあったのかもですね)

「観音寺の薀蓄」をダウンロード
我が観音寺の薀蓄を貼っておきましょう。これをキーで打つつもりでしたが、邪魔くさいです。師走の士道達に叱られそうですね。便利な時代になったものです。

 私も武士の血(浅野家じゃないですよ)が少しですが、流れてます。心清く清貧に暮らし、士道を学ばねばなりませんね。

 あるネットのお友達が日記に、一級建築士、弁護士等々は、なぜ士とついているかよく考えよ、漫才師、手品師等々の師とは違う、「武士は食わねど、高楊枝」の士だと、今話題の耐震問題に怒りを表されていましたね。感心しましたよ。

地中の温度を調べてみたら・・

2005年12月13日天気は快晴です。

 愛犬との散歩から帰ってきました。なんと農道のコンクリート道を幼虫(一匹だけですが)が元気に歩いていましたね。夏でも見たことがないですね。冷たい風の中を歩きながら、ふと呑気な思いがわきました。

 春の雑草花も咲いているのですね。これはひょっとして地の近くは温かいのかもしれないと思いました。小雪が舞ったり、冷たい風は吹いていますが、地中は温かいのじゃないでしょうか。温暖化でオゾン層の破壊で紫外線が直にあたっている。また地震列島ですので、地温が上がってぼちぼち揺れるのじゃないだろうか、愛犬が元気に走るのを見ながら、色々と考えてしまいますね。
 不気味だなーとも感じましたね。学者さん達は、たぶん調べていてくれるでしょうね。
 あっそうそう、ネットのお友達のページでヒマワリ(大阪で)が沢山咲きあがった画像を見ました。「わりゃっ、どないなっとるんじゃ!」と見ましたね。

 ●戯言追加・・今日の神戸新聞の正平調から、「今年の漢字」が「愛」に決まったそうですね。昨年は「災」でしたね。
 選ばれた理由は、「愛・地球博」や皇族の慶事、純愛ブーム、「あい」と言う名のスポーツ選手が活躍した。最後に「その欠乏を実感」と記されています。

 次に記されていたのが、感心しました。この筆者は、個人的には「外」にしたそうです。最近の人の道に「外れた」犯罪・耐震問題もプロの道に「外れた」問題、JR福知山線の脱線事故の「踏み外した」・好調な株式相場は「外国人投資家」・ライブドア株買収騒ぎ、仕掛けられた方が「想定外」とつづき、総選挙は「予想外」・小泉内閣は「外患」と来ましたね。

 私はうーむっと唸りましたよ。この記事を読んでから、私の今年の漢字はと考えてみましたが、「外」が頭に残り、出てきませんね。

 まあ自分だけの本年の漢字なら「喪」かなーー、「当」(友人の)と言う嬉しいこともありましたがね。

ビワの花に目が行く・・

2005年12月9日天気は素晴らしいです。風は冷たいです。

 愛犬との散歩道では、菊、山茶花、寒椿(少々)等々とこれ見よがしと言う言葉があてはまるほど咲いています。
 私はなぜかビワの花に目が行ってしまいます。どう見ても美しいと表現できませんが、この時期に満開になっています。

「ビワの花」をダウンロード
ビワの花ですね。

 花を楽しむことで、どんな花が好きかで自己分析ができるのでしょうかね。私はどうしても雑草花や野草花に目が行ってしまいます。特に雑草花なんぞは誰も目もくれませんね。でも今の時期にでも咲いている、春のホトケノザ、タネツケバナ、ハコベ、ナズナをしゃがんで楽しんでしまいます。

 このビワの花もそうですね。誰も近寄って見ようなどとはされませんね。ビワの花や雑草花が可哀想だなどとの感覚ではありませんね。
 「おうっ、咲いてきたなー確り頑張れよ」と言うような感じですね。ビワの果実も田舎では、忘れられられがちですね。園芸花のように愛でられはしないのですが、その健気さに引かれる(これも大袈裟ですね)。

 見る花による自己分析には至りませんでしたが、↑「ココログの塵埃記」に「頑張ったを計る物差」と題して、頑張る心を自己分析して駄詩にしてみました。

 我が亡母もそうでしたが、頑張りすぎて心や体を壊してしまう人を身近で、よく見るからかもしれません。ビワの花(雑草花もですが)のように「さりげなく」頑張っているのが良いのかもしれない、その辺に引かれるのかもですね。

木漏れ日

2005年12月6日天気は晴れ、薄曇。

 寒くなってきました。昨日なんぞは晴れていたのですが、小雪が舞ったりしましたね。朝晩の冷え込みも厳しくなってきましたね。

 さて散歩道も冬景色に入り、雑木林あたりで遊んでいますが、ふと思ったことを記しましょう。

「木漏れ日」をダウンロード
雑木林の中の細い車道ですが、木漏れ日と落ち葉が綺麗ですね。

 このように、雑木林や里山の中は木々が風をさえぎって、落ち葉が確りと残り腐葉土となって行くのでしょうか。
 公園や町並みの木々の落ち葉が舞うのも素敵ですが、寒々としたものですよね。そんなことを思うと、鎮守の森や雑木林や里山は大切で、木漏れ日の中は暖かいですよね。
 雪深い地方の山々で、冬でも元気に活動している動物達は、木漏れ日の中で楽しんでいるのかもですね。

 最近のテレビでの若者達のファッションで思うのですが、春や秋の季節を感じさせるのが少なくなっていませんか?。春はもうお臍がでてきますし、秋はもうふわふわの半コートが目につきますね。

 私は都会(日本)は温暖化よりも、砂漠化しているのじゃないかと思いますね。寒いか暑い状態ですね。四季が乱れてきているというより、春と秋が短くなくなってきているような気がしますね。四季の中で春と秋が長い方が良いのに決まってますよね。若い女性達の春のファッション、秋のファッションを長く楽しみたいですね。

 そんなことを思いながら、雑木林を歩いています。温暖化を防ぐのは植物だと言われていますが、植物自身が自由に繁殖して、手助けを我々がすると言うそんな森や林が木漏れ日を生むような気がしますね。

 なんかまとまりがないですね。師走で心がそぞろなんでしょう。

馬鹿がまた紅葉を追う・・

2005年11月28日天気は快晴。ちょっと霞がかる

 仕事がないのでしょうね。なにかあると大変に頑張るタイプなんですが、暇なんでしょう。天候に誘われてじっとしていられません。(まあ、お休み日ではあるのですが)
 今度は我が地の西の方へ紅葉を求めました。メニュー最下の「紅葉を求めて」に追加しました。まあゴミ画像ですが、お暇な方はお楽しみください。

「紅と黄」をダウンロード
お遊び画像ですよ。でもつる性の黄葉も負けていませんね。

 自分の身近なところだけでも、季節を知っておきたい・・てな、カッコの良いことを言おうとしてますが、とにかく一人になりたい、車の中で過ごしたいでしょうね。

 大好きな高橋真梨子のベストアルバムを途中のお店で買って、一人ドライブのお楽しみなんですね。五番街のマリーからジョニーへの伝言と、彼女の澄んだ声を聞きながらの一人ドライブです。

 日常に襲ってくる、別れの悲しみやら、これから立ち向かわなければならない諸々やらと、紅葉を追うことで次につなげて行きたいですね。

 ページを更新するのに酔ってますね(コップ酒あおってますね)。なにかが心の中で渦巻いています。大丈夫です。「明日は明日の風が吹きますね」・・この明日の風はまたじっくり塵埃記に理屈ポク、記してやろうです。

仏世に人を送る。

2005年11月25日天気は晴れ。

 紅葉を追っかけた夜から、義兄(妻の姉の旦那)が急に体調か崩れ様子が悪くなり、明くる朝に旅だって行きました。昨日で、お通夜、葬儀と恙無く終わりました。

 私は本年は3月に母を仏世に送りましたが、そのあと、妻の父、妻の義姉の父、今回の義兄と、その上に隣保の大切な先輩先生、同窓生等々と沢山の親交の深かった人達とのお別れがありましたね。悲しいことですが、こればかりは人として必ずやってくる別れですね。


現世と仏世はこんな感じで一体なのかもですね。

 滞りなく葬儀を終えて、夜の会席まで時間がありましたので、一人で、義兄の家から車で少しのところの野池そばで夕日を眺めました。

「夕陽」をダウンロード
夕日の落ちるのを見ながら、仏世に人を送ることや、別れの悲しみやらを自分なりに考えてみました。

 田舎育ちの愚妻やら義姉や女性達(少し老いた)を見ていると、ある意味で感心することがあります。最後の別れとなる棺の中の人との別れは、悲しみを堪えきれず泣きじゃくっています。
 その後、火葬場へもゆき、全て滞りなく一切が終わると、笑顔をも見せて話し合っています。
 私はこれで良いのだといつも思い知らされます。別れの悲しみは悲しみと正直に表し、仏世にお送りしたあとは、明日からの供養為にと切り替えられるのですね。
 涙目にだけなり、悲しみを引きづっている私なんぞはまだまだ女々しいだけで、逞しさがありませんね。

 死と言うものを、爺さん、婆さん、また田舎のご近所の方達と沢山見てきて育ってきているのでしょうね。その見方も「これでゆっくり仏さんになって楽ができる。」と、そんな思想感を女性群にいつも感じますね。

 会席の時には、亡くなった人の悪口なんかも、懐かしそうに話し合いますね。たぶん私よりも先に仏世に行かれそうな方達が多いですが、遺骨の前で、「先に行って、ええ場所探しといてくれ、あとからすぐに行くからな。迎えにだけはくるなよ。」と話し合ってますね。

 ご詠歌や般若心経や簡易読経を空で覚えてらっしゃる方が多いですね。死や仏世に近いところでいつも生活されているのでしょうね。

 私は本年は色々なことがありすぎました。人生の節目の年といってもよいかもしれないと思いました。 
 そんなこんなで、私もぼちぼち死や仏世に、近いところで物事を考えて行こうと、田舎の葬儀に出ると、いつも思うのですがね。

畦道の紅葉。

2005年11月16日天気は曇り空。

 お店にメインの中古ですが、パソコン(二人で、焼肉とビールをたらふく食ったり飲んだりぐらいで)が来ました。二日ほど大変不安定でしたが、昨晩あたりから安定してきました。まだほんの時々フリーズしますが、さくさくと動く時は順調ですね。まあ私が速度を合わせるか、パソコンが慣れてくれるかでしょうね(笑)。

 やっと落ち着き、愛犬と畦道に散歩に行きました。ネットの中では各地の紅葉が楽しめますし、またメールや掲示板にも素敵な紅葉がお届けいただける季節となりましたね。

 そこで、私のメーン探索の散歩道の畦道の紅葉を塵埃記に記してやらないと、と思いました。

「鶏頭」をダウンロード
草丈30cmの畦道に飛んできたケイトウ(鶏頭)です。

 昨年はアメリカフウロウの紅葉を畔道の小花達に掲載しましたが、本年は、農家の庭には大きな花が沢山ありますが、畦道で葉が真っ赤に染まった上記の花で、畦道の紅葉を演出してもらうことにしました。

 鶏の雄のトサカに似ているからとついたそうですが、葉が真っ赤になり、そのトサカは夏の鮮やかな赤から深い赤になりましたね。

 ネットのお友達の皆さん、呑気をお笑いください。紅葉は見上げて楽しむものだけじゃないのですよ。私は畦道でしゃがんで紅葉を楽しんでいます。まだまだ小草も色々紅葉してきます。まあ愛犬のマーキングの目線で紅葉を楽しむことにしましょう(笑)。ありゃりゃっ・・このケイトウにドラムはマーキングしたかもですよ。
「ドラムの目線」をダウンロード
こんな目線ですよ。おわかりいただけますか。

無事帰ってきました。

2005年11月9日天気は晴れ。

 山中温泉方面へ町仲間達総勢25人と一泊の旅行でした。天候には恵まれませんでした。この歳になると観光が楽しみなんですがね。
 その上に商店街の連中です。観光ができないとなると、飲むは食うはの大名旅行となりましたね。私は大変疲れてしまい、帰りはずーとバスの中で眠っていました。

「竹人形」をダウンロード
越前竹人形の展示作品ですね。目を引かれました。素敵でした。

 旅行は、越前竹人形(昼食)、芝まさ(パットゴルフは雨天中止)、山中温泉宿(ソフトコンパニオンと暴れまくり、私はじっとしてました。飲みすぎました。)

二日目、山中温泉街視察(新しい商店街をみました。)、九谷焼(お土産屋さんですね。)、航空展示館(名前もまちがっているかも)、那谷寺(天候快復、素敵なところでしたが、時間が短かったですね。)、昼食は回転寿司屋(オオトロ、馬刺し美味しかったです。)、帰り道すがら、海鮮問屋(お土産屋)等々に立ち寄りながら帰ってきました。

 素敵な画像をアップしたかったのですが、紅葉もまだまだ見頃ではなかったです。上記の理由で、私が目にしたままの画像を見た順に旅日記としました。

 お暇な方は遊んで見てください。

遊歩

2005年11月5日天気は秋晴れ

 新聞のコラムで、老いた人達の健康管理で歩くと言う素晴らしさを記された方がいました。その新聞を見て、この塵埃記をすすめたいと思います。抜粋して呑気の思いも少しですね。

 まず、「ウォーキングは糖尿病、高血圧、動脈硬化や肥満などの生活習慣病の予防や治療に効果があると言われていす。」

 それから、「サルがなぜ二足歩行になった。原因はわからないが、そのことによって大脳が進化して大きくなっていったことは確実であるから、頭も使う」

 歩くと言う行為を、日本では昔から「散歩、散策、漫歩、遊歩、逍遥、そぞろ歩き等々と良き言葉がある」

 続いて、「我が国は、四季の巡りが明瞭で、一年の暮らしの感情はそれに応じて変化する。挨拶にも・雨ですね・今日は良い天気ですね・と日本人の民族の四季を巡りに応じた生活感情、美意識、宗教性など自然との一体感から生まれたものである」

 最後の結論では「散歩とウォーキングがドッキングした、歩く行為を遊歩と呼ぼう。遊歩を豊かにするためには、自然物の名を覚えることを推奨したい。動植物だけでなく、雲や石ころの名も。名は相手と親しさをつなぐチャンネルである。」

 呑気の戯言ですが、ほぼこの方(かわい・まさお・兵庫県立人と自然の博物館名誉館長)のコラムどうりの日々を送っています。万歩計をつけて、健康の為に歩くのじゃないのですよ。ボケ防止もありますが、名前を覚えてやるのですよ。「おう、ホトケノザ、なんで秋に咲いてきたの?」なんですね。そうやって自然を見つめてやったり、することが老化を防ぐし、もっと重要なことは、日本と言う国の素晴らしさを若者や国会議員や金儲けだけの経済人に教えないと日本が危うくなるとも思いますね。

メインパソコンが起動しませんので、夜に塵埃記を記したのははじめてですが、読み返してみて夜は駄目ですよ。なんか変なんですね・・呑気(さりげなく、謙虚に)をもっと広めないとですね。画像を貼りつけたいのですが、このパソコンは子供です。すっきりしてますが、老いのぐちゃぐちゃのデーターがありません。

違いを見分ける面白さ・・

2005年11月1日天気は秋晴れ。

 最近、我が愚妻が色々と動いてまして、私がほとんどお留守番となってます。本日も実家の方へ出かけて行きました。天気が良いのに野に出れないのは大変辛いことになりましたね。

 まあ昨日に、まわれるだけ、里山や野や畦道を駆け巡りましたから、本日は塵埃記でもすすめることにしましょう。

 昔に、ネットのお友達との花談議で、この季節に同時ぐらいに咲きあがるのですが、ヤマラッキョウとラッキョウの花の違いを話し合ったことがあります。懐かしい思い出です。

 我が地では里山ではヤマラッキョウの群生が見れます。また私の散歩道の田園の畦道には畑から飛んできたのでしょう。ラッキョウの群生が見れます。と言うことで昨日画像にしたヤマラッキョウとラッキョウの違いを見てもらいましょう。

「ヤマラッキョウ」をダウンロード
里山のヤマラッキョウ(ユリ科)です。

 花穂が密集して確りしていますね。里山でポツリと一輪此花だけが、す-っと立って風に揺れているのも素敵なんですよ。大きさや色も野草花にしては目立ちますね。ラッキョウのように根はとても食用にはならないそうですよ。

「ラッキョウ」をダウンロード
畦道のラッキョウです。

 花穂がふわりと大きいですが、間延びの感じもありますね。小花一つ一つを見ると色と形は素敵なものですね。マクロで小花を撮るという手もありますね。私はもうそんな画像は作らなくなりましたね。農家の畑にはないのですよ、畦道に群生しています。掘ってラッキョウを採ることもしないです(笑)。

 花達を愛でていると色々なことで楽しめるのですね。野草花を園芸で楽しまれている方達も沢山おられるでしょうね。
 さてさて野趣と言う言葉がありますね。違いを野趣での判断も入れて行くと面白いのですよ。面白さ分けが出来ましたでしょうか。

大好きです。出石の皿そば・・

2005年10月25日天気は晴れ。

 本年は色々とありましたが、昨日やっと大好きな一人ドライブに出かけることが出来ました。なぜか一人でいると落ち着けるのですね。
 また車窓から秋の景色を眺めながら、車の中でエンヤや懐かしいカーペンターズのCDを聴いているとふーっと人生を振り返ったりもしますね。そこでこれからのことが、まとまったりもします。
 
 そんなこんなで、最下のメニューにアルバムを作りました。お暇な方はお楽しみください。我が地から北の山間の風景が見れると思います。

 ドライブ中にどうしても「出石の皿そば」が食べたくなりました。私は旅行に行くと、必ずその地の麺類を食べます。特に「ざるそば」系統です。うどんもうどんだけをタレで食べる「ざるうどん」的なものを注文します。

「sarasoba.jpg」をダウンロード
出石名物の皿そばです。

 大好きなんですが、その謂れや食べ方を良く理解していませんでしたので、ここに記しましょう。

 最大の美味しさは、「挽きたて、打ちたて、茹がきたての伝統の(三たて)製法。」だそうです。

 三百年の伝統が育んだ出石皿そばと、パンフレットにあり、「宝永三年(1706)に出石藩主松平氏と、信州上田の仙石氏がお国替えとなりました。その際、仙石氏と共に信州からきたそば職人の技法が、在来のそば打ち技術に加えられ誕生しました。
 その後、出石焼が始まり、白地の小皿に盛る様式が確立されました。今では、約50軒ものそば屋が並ぶ、関西屈指のそば処として知られています。」とありますね。

 食べた後の小皿の絵柄が素適だったのですが、残念です、画像にしていませんね。

「おせっかい」。食べ方指南とあります。記しておきましょう。

1.つゆをお猪口に注ぎつゆの旨味を味わう。
2.まず、そばとつゆだけで、麺を味わう。
3.次に薬味。ねぎ、わさびでさっぱりと。
4.山芋・玉子で、違った美味しさを味わう。
5.最後はそば湯でしめて、ごちそうさま。

 嬉しいです、この通りに今まで食べていましたよ。最後のそば湯も大好きでして、つゆと混ぜ合わせて総て飲み干しますよ。本場のそば湯でした。とろみが多く美味しかったです。
 そば通は、小皿を重ねて箸の高さまで食べると言われてます。私は七小皿でしたね(箸の三分の2)

 いかがでしたか、薀蓄を聴くと美味しかったでしょう。「画像じゃ、食ってないワイ」と叱られそうですので、これまでにします。

儚き、小さきものへの想い・・

2005年10月22日天気は曇り、小雨ぱらつく。

 愚妻が婦人会の一泊二日の旅行でして、あばら家で一人お留守番をしています。塵埃記をすすめましょう。

 野や里山の花を楽しんでいますが、極小の花達をなぜか探してしまうようになってしまいました。なぜそのような心理が働いてしまうのかなーと思っています。各季節の定番の花達を楽しむと、次には小溝の中や雑草を払いのけて、極小の花達を見つけたくなります。

 ミミカキグサをご紹介しますが、ニフティーブログの方では、昨年掲載しています(もう1年が過ぎていますね)。ブログはなるべく花が重ならないようにと思っています。

「ミミカキグサ」をダウンロード
本年のミミカキグサです。
「湿地に生える多年草の食虫植物。
高さ5~15cmになり、上部に直径3~4mm程の黄色の花を付ける。花のあとの果実が耳かきに似ていることから名前が付いている。地中に白い糸状の地下茎をのばし、補虫のうで地中の小動物を補虫する。」と検索にありますね。


 センブリの咲く里山中を探しに探して、やっとこの一輪を画像にしました。草丈は15cmほどで、花は2mmないです。(昨年は素適に画像になりました。)
 小さな水溜りで咲いています。本年は晴れた日が多かったセイもありますが、このところの雨でやっと咲きあがったのだと思います。少なくなった様です。昨年楽しんだ場所にはまったくありませんでした。

「ムラサキミミカキグサ」をダウンロード
ムラサキミミカキグサです。

 此花もよくぞ探したと自分を誉めてやりたくなるほどの場所で見ました。選挙後に色々と電話もかかってきますから、暫く逃げておこうと、愚妻と我が地の少し奥にある広大なススキが原公園を楽しんだときに、花がありませんでしたので、ではミミカキグサを探そうと見つけたのですよ。見つけた時の喜びを表す言葉がみつかりませんね。もちろん初めて見る花でしたね。

 ススキが原にも沢山の植物看板が上がっていて、色々な季節の花が掲載されていましたが、可哀想にミミカキグサの名はなかったです。極小過ぎて、誰も相手にしないと思うから(踏んで行く人もいると思います。)、余計に見つけてやろうとなるのだろうかなーとも思います。

 昨年のミミカキグサのブログの記述に、いつも花談議して、野生の花達のことを話し合っているお友達の記述を記していました。もう一度こちらにも記しておきましょう。山岳歩きと野草花が大好きな方のお言葉ですね。

●「山岳景観は、山はそう変化はしない。来年、再来年と期待できるでしょう。ただ花達は季節、時間、環境、花の栄養状態、探す人の会いたいと言う心が揃ってこそ出会える。そこに野草を追う魅力がある」と、それから「野草は毟り取られたら、もうそれきりですから、儚いものです。山野草を自然のままに遺しておく運動をいよいよ国民的に盛り上げなければいけなくなってきましたね。」と1年前にいわれていまして、今も変らないと思います。

 野生の花達には、「色んな環境」、「会いたいと思う」、「儚いもの」、「自然のままに」とキーワードが散りばめられていますね。

 また我が地のミミカキグサを見に行きます。これからも咲き続けて欲しいですからね。

10月13日天気は秋晴れの快晴。

2005年10月18日天気は秋晴れ。

 昨日は、商店街がお休みで、薄曇でしたが晴れ間も見えて、こりゃー里山めぐりだなーと出かけました。素適な花達に出会えましたよ。花達は日々表情を変えますよ。咲き出しの初々しさから、満開になり咲乱れる、群舞すると言う言葉が当てはまるようになり、その後、散りますが残り咲きと言う頑張り屋さんを楽しめますね。

 帰ってきてから、居酒屋で今年の松茸の話しで盛り上がりましたね。松茸採り名人が言うには「今満開のキンモクセイが咲く頃が松茸の時期なんだが、本年は遅れているようだ。この月の末あたりになるのじゃないだろうか」と言ってましたね。(私は松茸採りには行きませんよ。なぜなら松茸を探せません。)

 我家に帰ってきてのんびりテレビの前で過ごし、妻とまったく違う話題を話し合っているのに、話しの結論では二人とも頷きあっていると言う老夫婦(二人とも自己中なんでしょうね。)になっていますね。

 そんなこんなで、お風呂の時間となり、我家は昔のままの外風呂でして、庭を歩いて行かねばなりません。妻が「お月様が綺麗ですよ。」と言うから、庭から見上げました。「おうっ」と声が出ましたね。

「tuki.jpg」をダウンロード
狭い庭から見た、秋月ですね。

 風呂の湯にどっぷりとつかり、月を見たセイか、古いフォークソングが口からでて、大きな声で歌ってしまいましたね。風呂で歌うのも久しぶりのことでした。

「旅の宿」をダウンロード

 風呂で唸った、学生時代を思いだす懐かしいフォークソングでした。(笑)

 あっそうだ、上記のページは「歌声広場」からお借りしました。ネットはこの場合は「お借りしました。」???・・「リンクしました。」でしょうね。よくわかりませんがなー・・

桜と秋空

2005年10月13日天気は秋晴れの快晴。

 昨日は、我が地の里山へオケラの花を見に行きました。咲いていてくれました。秋風に吹かれ、コウヤボウキやアキチョウジの花も楽しみました。また我が地の茶畑から秋の空も素適でした。その上に農家の畑に植えられている桜も花開いていましたね。(そこのばーちゃんが言うにはカンザクラじゃ、なんですがね。)

「sakura.jpg」をダウンロード

 そんなこんなで、大変満足の行く半日を過ごしまして、夕焼けを見て、東の空の上弦の月も見て、さー皆とワイワイの居酒屋談議を楽しみに参りましたが、最悪の居酒屋談議となりました。

 それと言うのも、私の後輩で町会議員になっている男とその連れと新聞記者が二人とがやってきて、まん悪く私が一人テーブルにいましたので、彼ら四人が座り込んできましたね。

 この後輩は、議員に出るときに毎日ように、私に相談に来ていて色々と懇願していたのですよ。私の少しのアドバイスですが、それを実行して見事に当選したのですよ。(もちろん私の友人達も加勢をしましたね。)。

 ところが最近の彼の行動や発言が、大変に横着で、威張っていて、喧嘩ごしに意見を言うから、誰かが諭してやらないといけないと聞いていましたから、私はここを幸いと彼に説教しましたが、それが仇になり、突っかかってこられ、いつも他愛のない話が大好きな私がムキになってしまいました。このムキになったことが悔やまれて、残念でなりません。

 私は、人の良い所を見つけて生きたいと思います。私から見て、彼らは人の失敗を見つけようと生きているような気がします。そんな議論になってしまったことが、久しぶりに不味い酒になったなーと思いました。
 可愛い後輩と思っていましたが、もう酒を酌み交わすことはするまいと、今朝に誓って、やっと気分を落ち着けた所ですね。

 呑気な自分にも、こんな言葉が出てくると言うのも、選挙のセイなのかなーと思い、また自然の方に足がむいてしまう呑気な日々となるようにしようと思っています。

近代案山子

2005年10月9日天気は秋晴れ。

 爽やかな秋風に吹かれながら、
愛犬ドラムといつもの散歩道の田園地帯を歩きました。
「天高く馬肥ゆる秋」と言いますが、まさに素適な青空でしたね。
私がイヌタデ(あかまんま)やオオケタデを眺めて遊んでいると、
ドラムがいなくなり、見失いましたよ。

「近代案山子」をダウンロード
素晴らしい秋空と農家の畑の近代案山子(笑)ですね。

 田園地帯の真中にポツリとある農家の畑ですが、
ここの畑の爺さんは面白い人です。
この美人の案山子とカイト(クルクル舞っている)も面白いですが、
畑に色んなものを植えられ、収穫されるのですが、
畑そばに、その収穫したものを山積みにして放置されています。
作る楽しみを味わっておられるのだろうと思いますね。
また園芸の花達も沢山咲かされますね。
しゃがんでいつも楽しみますね。

もっと面白いのは、爺さんと私は会釈をするだけなんですよ。
会話をしたことはありませんね。いつも一人で畑を楽しまれてますね。
野菜や花達と遊んでいるもの同士で、会釈でわかるのでしょうね。

そんな、ほのぼのとした姿を楽しみながらの散歩なんですよ。
今日も素適な散歩でしたね。あとは今日の夕焼けが楽しみですね。

秋の到来。

2005年10月5日小雨が降っています。

 播州佐保秋祭りもこの2日に無事終わりました。
毎年ですが若者達の活気あふれる祭りは、
二日間という短いものですが、
各村の連帯意識が芽生える素適な行事だと思いますね。

 天候に恵まれた祭りのあとは、
小雨がぱらつく曇り空の天気が続いていますが、
爽やかな風と朝晩の過ごしやすさは秋の到来を感じさせますね。

 私はまた野や畦道や里山の花達を楽しめる普段の日常に戻っています。
秋の到来を知らせる様に林道そばで咲きあがる小さな花(ツルリンドウ)ですが、
秋が深くなると花が真っ赤な宝石のような実になりますね。
楽しみなんですね。ツル性の多年草だそうです。

 畦道は愛犬と一緒の散歩ですが、里山あたりでは、
誰もいない場所で私一人で花達と遊ぶことになりますね。
この孤独な遊びは、どのようにこの心理を説明すればよいのか、
わからないほどの素適な空間と時間なんですね。
一月半ほど、人々の思いや願いを込めた言葉の海の中で、
どっぷり浸かっていましたから、そのあとですのでより一層素晴らしく感じますね。

 もちろん人は一人で生きては行けませんね。助け合って行かねばなりませんが、
その裏返しの孤独な遊びと言う楽しさは、
これから充分に考察して、言葉に言い表してみたいですね。

私の晴れ舞台。

2005年9月27日天気は晴れ。

「選挙事務所」をダウンロード
親友を町長に押し上げる為に、後援会活動から5日間の選挙戦をあわせて15日間を走りぬけた戦場です。

 空家になった小さなうどん屋さんをお借りして、この真中に座って沢山の人達に激を飛ばしつづけて活躍してもらいました。自分にできるのだろうかと心配でしたが、支援者の方々は大変素晴らしい人達でした。私のような若輩者の指示を素直に聞いていただいて勝利に導いてくださいました。どんなに感謝しても、とてもお返しできるものではありませんが、これからの日々の御付合いで少しづつでもご恩返しをして行きたいと思います。

思い出いっぱいの選挙事務所です。まだ疲れが残ってます。本日もこれまで・・・

万歳 バンザイ ばんざいでございます。

2005年9月26日天気は晴れ

親友は町長選に大差をつけて勝ちました。他の候補者2人の得票数を足しても、親友の票数には届きませんでしたね。我が町民の良識を問う戦いに持ち込みまして、やはり良識が反映されました。大変素晴らしいことだと私は安心しましたね。

 昨晩は歓喜の美酒に酔いしれました。親友の為に、私は選挙参謀として、こんなに働いたのは生涯にないくらいでした。

 選挙事務所は我が家の前の小さなうどん屋さんだった空き家を借りました。その中で早朝から、深夜まで5日間を軍師として活躍しました。村の人達、同窓生、野球部後輩達を動かし続けました。皆さん大変よく活躍していただきました。

 相手候補は町会議員6人と元町長が連動した強力な陣営と県職員の肩書きを前面に押し出した陣営との三つ巴の戦いでした。
 私は選挙参謀として、この相手に勝つためには、票集めでは勝てないだろうと思いました。ボランティアの人達をできるだけ沢山動員し、清く正しい選挙をうって票をとるというより、票を動員で引っ張ってやろうと思いました。村の人達や同窓生もすべて私のやり方に従っていただきました。すごい数の人達が手弁当で、あらゆる場所で活躍してくださいました。その数の多さとお金を使わない選挙をやっているなーの評判が広がりどんどん票をひきつけていったのだろうなーと私は思っています。

活躍していただいた方達全員に感謝の気持ちでいっぱいです。

 社高校野球部も勝ち続けています。また甲子園が見えてきましたね。

 二十日間ほどパソコンを触らずに、本日つけてみるとまったく起動しませんね。我がパソコンは壊れたようですよ。

 本日の塵埃記は息子のノートパソコンですので、なれてなくて疲れました。これぐらいにします。

万歳!万歳!・・・・でございます。

助け合う為に・・

2005年9月3日天気は晴れ。

 さて久しぶりに塵埃記を記そうと思います。こんなに多忙な日々になるとは予想もしていませんでした。

 私の一番の親友(町職員歴が40年近く)が小さな我が町(来年、合併です)ですが、町長選に出馬することになり、支援参謀を引きうけています。
 そこへ衆議院解散総選挙ですね。我がお隣の市から出ている代議士(大臣経験者)とは、初当選から私を可愛がっていただいて、懇意に御付合い頂いています。今度で7期当選を目指す応援事務所で支援の大役を仰せつかっています。
 2つの大切な選挙が同時に進行しています。私には荷が重過ぎるのですが、ここは我が人生の正念場と思っています。どちらも美味しい美酒を飲む為に、日々町中を奔走しています。

 そんなこんなで、沢山の町の人達との懇談やお願いをしてまわっています。疲れ果てて居酒屋で酒を呑み、我家に帰って、愛犬と戯れながらフト思うことがあります。

 私達人間は「何をする為に生まれてきたのだろう」と、また「何をして生きれば良いのだろう」と思います。私は自分を納得させる為と、社会や地域が良くなると言う両方から、「人は助け合う為に生まれ、生きている」のだと昔から思っています。ずーと思い続けたいです。

 夫婦になることも助け合い、仕事も商売も助け合い、地域行事での皆さんとの助け合い等々、総てがつながっていて助け合っているのですね。この助け合いがなければ、未来も、また小さな幸せや楽しみも何も生まれてこないと思いますね。

 米ハリケーンが大変な被害を出していますが、世界中が助け合うと良いですね。戦争をしている国もそれぞれが仲良く助け合う方向に行って欲しいですね。


この画像からも、自然界も総てがつながり助け合って存在しているのだとわかりますよね。

 「選挙は戦いだ」と、私の大嫌いな中傷合戦になってきています。選挙は戦いではありませんよ。どの候補者が素晴らしいかを選ぶことですからね。素晴らしさの優劣を皆さんに問うような選挙や候補者になるようにしたいものですね。

 こらからますます、私は多忙を極めると思います。暫くは野の花とも会えないかもです。このホームページは野の花のページですので、更新ができないのと、BBS・遊技場のお返事も出来ないかもです。

 でも毎日このページを見ています。励ましの書き込みには大変心が和み、出馬した親友を助ける為の明日の活力になりますね。

 皆さん、ネット上でも助け合い、励まし合って、楽しくキーを叩いてまいりましょうね。

熱い夏が終わったような・・

2005年8月20日天気は快晴。

 本日は甲子園での高校野球の決勝戦でしたね。今、見終わって「感動をありがとう」とテレビの前で言ったところですね。半世紀ぶりともなる夏の大会連覇を北海道の駒大苫小牧校が成し遂げましたね。素晴らしいことですね。

 私は、駒大苫小牧校は若い監督に相当どころか徹底的に鍛え上げられた凄いチームだったと思いますね。若い監督の顔からも想像がつきますね。北海道の冬場の下半身の強化をみごとに野球技術に活かした、骨太の強靭でパワフルな選手を作り上げた様です。
 前々から、北海道の厳しい冬を越えてきたヒグマ打線とも言われたパワフル野球が、いつか花開くと思ってましたが、そこに技術が身についてパワーと堅実さとがミックスしたような凄いチームが出来あがってきましたね。今後、この冬場に鍛えぬかれたパワー野球の北海道のチームが全国の目標となるでしょうね。

 また惜しくも負けましたが、京都外大西校も素適なチームでしたね。65歳の監督が、自分の孫達よりも歳下の選手達をみごとに甲子園で弾けさせましたね。この監督や選手達を見ていると高校野球は精神面がいかに重要なのかを再認識させていただいたチームでしたね。選手を小さく無難に戦わせるのか、弾けさせて暴れさすかの監督の技量と言うものを深く知ってみたいですね。

 両校とも、ほんとに感動をありがとうと言いたいですね。高校野球が終わりますと共に秋風が吹き出し、夏の終わりを感じますね。

 本日の午前中には、我が社高校が早、新チームで選抜にむかった北播の秋の大会がはじまりました。宿敵小野高校に5対0と圧勝しましたね。もう新チームは県大会、近畿大会と進むべく第一歩を踏み出して行きました。

お盆を知ろうと思いました。

2005年8月11日天気は快晴・・暑いです。

 本年は亡母の初盆(新盆)です。色々なお飾りをして、母やご先祖がお帰りになったのを迎えて、ご供養をしています。本日、檀家であるお寺さんから、お坊さんが参られて、新仏さんとご先祖の供養のお経を上げてもらいました。

「亡母の供養」をダウンロード
我が地の盆棚ですね。

 そこでネットでお盆のことを確りと知っておきたくなりました。あるページに簡単に記してありましたので、抜粋してみましょう(お許し頂けるでしょう)

●お盆とは
お盆は正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいます。これはインドの言葉の一つ、サンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したもので、略して「お盆」と呼んでいます。
お盆のはじまりについては、「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」の中の親孝行の大切さを説いた教えが、昔から知られています。それは、「お釈迦様の弟子の中で、神通力一番とされている目連尊者が、ある時神通力によって亡き母が餓鬼道に落ち、逆さ吊りにされ苦しんでいると知りました。そこで、どうしたら母親を救えるのか、お釈迦様に相談に行きました。するとお釈迦様は、おまえが多くの人に施しをすれば、母親は救われると言われました。そこで目連尊者はお釈迦様の教えに従い、夏の修行期間のあける7月15日に、多くの僧たちに飲食物をささげて供養したのです。すると、その功徳によって、母親は極楽往生がとげられました。」という話です。
それ以来(旧暦)7月15日は、先祖供養の重要な日になったと伝えられています。
現在、日本各地で行われているお盆の行事は、各地の祖霊信仰の風習などが加わったり、宗派による違いなどでさまざまですが、一般的にはご先祖や故人の霊が帰って来ると考えられています。
ですから一般の家庭では、家族や親戚が集まり、ご先祖や故人の霊を迎え、感謝供養する行事として行われています。

●新盆
故人が亡くなって四十九日の後、初めて迎えるお盆を新盆といい、「にいぼん・しんぼん・はつぼん」などと呼びます。
四十九日の忌明けより前にお盆を迎えた時は、その年でなく、翌年のお盆が新盆となります。
新盆は故人の霊が初めて帰って来るという考えから、自宅で、家族や親戚のほか、故人と親しかった方々を招いて、普段のお盆より特に丁寧に供養を営みます。菩提寺のご住職に来ていただき、お経をあげてもらう場合も多いです。
また新盆は、知人が突然おまいりに来ることもあるので、その準備も考えておきます。

●精霊棚(盆棚)
多くの地方では12日か13日の朝に、ご先祖や故人の霊を迎えるための精霊棚(しょうりょうだな)(盆棚)をつくります。
台の上に真菰(まこも)の筵(むしろ)を敷き、位牌を中心に安置し、仏具、お花、ナスやキュウリ、季節の野菜や果物、精進料理を供えた仏膳(霊供膳)などを供えます。
蓮の葉にナスやキュウリをさいの目に刻んで洗い米と一緒に入れた「水の子」、蓮の葉に水をたらした「閼伽水(あかみず)」、みそはぎ、ほおずき、などを供える場合もあります。
精霊棚(盆棚)のつくり方は地域によって異なりますが、精霊棚(盆棚)を設けるのが難しい場合は、仏壇の前に小さな机を置いてお供え物を置きます。

●盆踊り
最近では宗教的な色合いは薄れてきましたが、元来盆踊りは、お盆に帰って来たご先祖や故人の霊を慰め、無事に送り帰すための宗教的な行事でした。
また、帰って来た霊が供養のおかげで成仏できた喜びを、踊りで表現しているともいわれています。

 まだまだお盆については色々ありますが、これくらいにしておきます。
 私は小さい頃に爺ちゃんやばあちゃんが「仏壇の前に行って、ご先祖様とお話してきなさい。」とよく言われましたが、その頃は返事も返って来ないのに、どうやってお話するのかと思ってましたが、仏様とはお話できますよね。

 自分の心の思いが、仏様やご先祖に反射して返ってきますよね。そしてなぜかその心が優しくなって返ってきますよね。
 神や仏は、ある意味で自己の心を反射させる為に存在されているかもとも思いますね。

 過去に亡くなられた方達の供養をしながら、精霊流しじゃないですが、自分の乱れた心も洗い流すお盆にしたいと思いますね。

御盆です・・池面に咲く花をです。

2005年8月13日

さて本年も御盆の季節となりました。本年は母を亡くしまして、その亡母の初盆となります。御盆といえば蓮の花ですね。そこで塵埃記をすすめるのにコメントを少なく画像で楽しんでもらいましょう。

 本年に出会った池面に咲く花達を集めてみました。御盆の供養には一番じゃないかと揃えてみました。ダウンロードをクリックしてお楽しみください。

「大賀蓮」をダウンロード
我が地の野池で種を育成して、増殖されている有名な古代蓮ですね。大きさ美しさは一番ですね。6月下旬から7月中ごろまで楽しめますね。

「睡蓮」をダウンロード
大賀蓮を取り巻く様に咲いています。小さいですが仏様には合いそうですね。

「コウホネ」をダウンロード
里山の小さな池に咲きあがります。池面に突き出る様に咲いています。陽射しが強く水面がキラキラしている中でこの黄色は素敵です。7月に咲き花の大きさは5cmほどですね。

「ガガブタ」をダウンロード
本年初めて出会いました。小さな3cmほどの花です。希少種になっているそうですね。7月から今でも咲いていますよ。

「ヒシ」をダウンロード
我が散歩道にある貯め池に咲きあがります。2cmほどの花でこの御盆の時期に池面を飾りますね。

「蓮の花」をダウンロード
御盆にはかかせない花ですね。我が地の農家の方達は田圃に蓮の花を栽培されて出荷されている方もいるようですね。我家は飾り物の蓮を供えていますが、本物を供えてあげたいですね。御盆の時期が白やこの色の蓮が最盛ですね。

野の花達に遊んでもらっていますが、塵埃記を池面の花達ですすめることができるようになりましたね。
色々な花達がお墓や、仏壇を飾りますが、暑い御盆は池に咲くお花が良い供養になればと思いました。

隠岐の島観光。

2005年8月1日天気は晴れ。

 昨日の夜に、恒例の町内旅行・隠岐の島観光旅行も無事に帰ってまいりました。
 中国縦貫道路で朝の5時半の出発で、米子の境港近くの七類港(8時30分発)から、フェリーで3時間で島後(どうご)へ、そこで一泊して、その朝フェリーで島前(どうぜん)へフェリー1時間30分、遊覧船観光を2時間、帰りの高速船レインボーが1時間30分と、合計8時間あまりを船の上で過ごした旅行でしたね。

 お天気は明くる日の朝方と遊覧船の途中で雲行きが怪しくなりましたが、雨も降らず快晴でして、暑くて、暑くてと言う旅行になりました。

 隠岐の島は流人の島としての歴史を持っていますが、その流人達は後醍醐天皇を筆頭に政治犯としての人達ばかりで大変由諸ある島民達だそうで、その島が受け継いでいる伝統文化は小さな文化財が多いですが、歴史を充分に感じさせてくれましたね。

 島民達が守り育てている文化も、800年の歴史を持つ「牛突き」、村村の交流を目的とした「古典相撲」も他の地域にはない情の深さを感じる伝統文化だと思いましたね。

「牛突き」をダウンロード
本番の「牛突き」ではありませんが、観光として見せてもらいました。800kg以上ある雄牛の突き合いは迫力がありましたよ。

 また島後、島前と隠岐の島全体が国立公園に指定されていて、自然も昔のままの姿で残っている様ですね。特に島前は自然が豊かで綺麗だそうですが、今回の私達は島前の陸路を観光することができませんでした。残念ですが、遊覧船で海岸の奇岩や美しい風景を楽しんできました。
 
草花や樹木も5月頃に行くと、樹木のオキシャクナゲや草花のナゴラン、エビネ等々とラン科の自然種も沢山見れるそうです。ガイドが言ってましたが、「乱獲にあい、少なくなっていたのを、バイオで復活させて、だんだん増えてきているそうです。」

 そんなこんなで、ぐうたらで宴会好きですが、ポケットデジカメで呑気に画像を作ってみました。メニューの一番下の隠岐の島観光にアルバムを作りました。お暇な方は、のんびりとお楽しみください。

居酒屋談議・・県立社高校野球部応援記1

2005年7月16日天気は晴れ。

★居酒屋女将・・「呑気はん、また熱い応援の夏がやってきましたなー。去年の春は甲子園につれていってくれはったけど、今年の夏もつれていってなー。」
●呑気・・「早いものやなー、この18日からやなー。春の県大会と近畿大会の優勝校やからなー。女将っ、可能性は充分やで。」
▲友人・・「もう対戦相手きまったんやろ。」
●呑気・・「シード校やから、初戦が2回戦やけど、頭の方で有名な灘高校に勝った伊丹西高校やな。」
▲友人・・「この相手は勝てるなー、選手の調子はどないねんやろなー。エース大前君、主力で主将の宮田君はべっちょないのんか。」
●呑気・・「これと言った心配ごとの報告は受けてへん、ただ主将の宮田が一月ほど前の練習試合で顔にデッドボールをくろてな、歯が4本ほど飛んでしもて、実際は八本ほど手術して治したそうやで。」
▲友人・・「そらーえらいこっちゃがな。宮田が打って走りまわって点とって、大前が相手を0点に押さえて勝つのが、社高校やろ。」
●呑気・・「そやなー、それがウチの今までの勝ちパターンやろなー。でも昔から森脇監督は田舎の選手をじっくり育てて、夏に仕上てくるチームを作ってくるさかい、オオバケする選手が出てきて活躍するでー。また宮田も元気で練習しとるそうや。」

▲友人・・「そやなー、エース大前はプロ注目で飛びぬけているけど、2番手、3番手のピッチャーも育ってきているもんなー、この前の近畿大会の決勝戦も2番手、3番手で9回を一失点におさえとったもんなー。」
●呑気・・「そこなんよ。田舎の子達はのんびり屋が多くて、良い選手になるのに時間がかかるけど、最後の夏には出てくる奴がおるからなー。」

▲友人・・「ベスト16までは大丈夫やろ。」
●呑気・・「うん、大丈夫やろ、ただ四回戦にたぶん明石南高校が勝ちあがってくると思う。あそこの右サイドスロー気味の速球投手は新聞にも名があがっていたからなー。」
▲友人・・「そやそや、一年生の夏の大会で優勝候補を押さえた言うて、名前あげたやっちゃーなー。もう3年生になっとんねんなー。」
●呑気・・「まあー、兵庫の大会を勝ち抜くのは並大抵では、いかんわー。ベスト16からは、報徳、育英、神戸国際と甲子園のマウンドで大活躍したエースが健在の高校の他に、虎視眈々と一泡吹かせ様としている強豪校がひしめいているさかいになー。」
▲友人・・「ほんまやなー、今年は激戦やなー、でもええ試合が見れそうやなー、応援いかなあかんなー。」

★居酒屋女将・・「呑気はん、がんばってやー、応援をしっかりたのんまっせー。」
●呑気・・「まかせときー、あの春の甲子園の応援から、社高校の応援は兵庫で一番やと言われとるさかいになー。」
★居酒屋女将・・「そやなー、社高校側はいつもいっぱいの応援の人やもんねー。」
●呑気・・「勝ったら報告に、いつもの様に飲みに来るわー。この店へ勝利の報告に来て、今年はまだ負けてへんからなーー。縁起もええねんでー、女将っ。」

「新聞ドラム」をダウンロード
サービス画像。私の応援団長のドラムです。新聞で相手校を研究せよでしょうね。

そんなこんなで、社高校野球部応援記を居酒屋談議風に記して行きますね。お楽しみくださいね。

スタンド応援談議・・初戦の難しさ・・

2005年7月18日天気は快晴。

★応援人・・「会長はん、はじまりまんなー。今日の相手の伊丹西は強いんでッかー。」
●呑気・・「初戦を無難に勝ちあがってきたさかいに、そこそこのチームやと思いますなー。」

※・・1,2回をエース大前が無難に打たせて押さえる。

★応援人・・「大前の調子はどないねんやろ、三振が少ないでんなー。」
●呑気・・「たちあがりを丁寧な投球で行こうとしている様だが、スピードが乗ってないなー。相手打者も振らずに当てにきている様やなー。」

※・・序盤に2点を取って、試合は楽に展開すると思いましたが、相手ピッチャーもふんばって八回までもつれました。

★応援人・・「社は、打てまへんなー。どないなってまんねん。」
●呑気・・「相手のピッチャーも3年間努力してきているさかいに・・そこそこの球威がありまっせー。後半スピードが落ちると思いましたが、踏ん張ってますなー。ウチのバッターが振り遅れてまっせー。」
★応援人・・「エースを五回ぐらいで代えれる試合になると思たんやけど、大前に押さえてもらうしかおまへんなー。」
●呑気・・「まあー、大丈夫、押さえてくれるやろ。」

※・・九回伊丹西校の最後の攻撃となりましたが、先頭打者がファーストベースに当たる、ラッキーなヒットで出塁す。エース大前が渾身の球で三振をとりに行くが、ボールと判定されて、ノーアウト一、二塁と伊丹西校には初めてと言えるチャンスがやってきた。

★応援人・・「大丈夫やろか、大前!がんばれーっ!」
●呑気・・「相手バッターは四番やけど、難しい攻撃になりまっせー。同点にしたかったらバントやな。」

※・・四番バッターが初球、バントするも変化球で空振り、キャッチャーがすぐさま2塁へ送球でランナータッチアウト。

★応援人・・「さすが近畿NO1でんなー、ここという時にええプレーしまんなー。」
●呑気・・「鍛えられていますのやなー、ここで安心して、大前は投げ急ぎしたらあきまへんでー。」

※・・投げ急ぎ気味で、遅れながらも、レフト前ヒットで伊丹西のチャンスは続く。

★応援人・・「粘りよりまんなー。」
●呑気・・「やっぱり夏の大会でんなー、どんな無名校でも、3年間努力してきた子達やから、何とかし様と気迫のヒットでんなー。」
★応援人・・「大前っ!三振とってくれー!」

※・・それに答えて、次の打者を三振にとり、ツーアウトになるが、次の打者の一二塁間のなんでもないゴロが、少し弾んでライト前ヒット。ライトのバックホームが大暴投で、二点が入り同点で、なおランナーは3塁と最大のピンチになる。

★応援人・・「わーっ、えらいことになってもたー。会長はん、大丈夫でッかー。」
●呑気・・「ここからが、夏の大会の踏ん張りどころですなー。」

※・・なんとかサードゴロで踏ん張り、我が校の最終回となる。観客席はどよめきが暫くおさまらなかった。

※・・強襲ヒットで出たランナーを確実に送るが、次のバッターがボンフライでツーアウト。

★応援人・・「下位は打てまへんなー、このまま延長やろかなー、大前が疲れてまいまんがなー。」
●呑気・・「九番打者やが、辛い練習を耐えてきとる、ここが見せ所や、打つしかない、おもきって振れっ!」

※・・三遊間をゴロで破るヒットを打つ、相手レフトがトンネルして、サヨナラ勝ちとなる。

★応援人・・「やったー、やったー!・・・会長はん、やっと勝ちよりましたなー。」
●呑気・・「ありがとうございます。またまた高校野球の怖さと、夏の大会と言う、負ければ終わりで勝たなければと言う重圧と、最後の夏という、相手校の気迫と頑張りを見せてもらいましたわー。」

※・・座り込んでしまった相手校のエースと、汗と砂まみれになった顔から、涙を流す伊丹西の選手を眺めながら、また少年達から感動をもらい、心が洗われたような試合でした。

 次も激しいぶつかりあいでしょうが、初戦を苦しんで突破したことで、普段の力が出せると思います。

「祝杯ドラム」をダウンロード
サービス画像。私の応援団長どらむ。祝杯をあげる焼酎をご近所の酒屋から運ぶ。

3対2と言う、薄氷を踏む勝ち方でした。夏は大変だとつくづく思わされましたね。まだ居酒屋へは、日が高く行けません。祝杯をあげて、応援をつづけましょう。次の試合は21日ですね。

スタンド応援談議2・・よくぞ逆転。

2005年7月21日天気は快晴。

★応援人・・「さあー3回戦ですなー、今日の相手の福崎高校は最近強くなってきましたなー。」
●呑気・・「監督がウチの森脇監督の後輩ですし、また生活指導の先生が私の後輩の社高校野球部出ですなー。」
★応援人・・「なるほど、強くなりますなー、今日はエース大前じゃなく、2番手の山本ですなー。やってくれますやろなー。」
●呑気・・「この山本も、中学時代はエースの大前と同じ地域で互角に投げ合っていた選手なんやそうで、大前の影でキャッチャーやったりでしたが、やっと2番手まで成長してきましたなー。」

※・・しかし山本は、福崎高校の先頭バッターに左中間にホームランされ。そのあとも直球がいつものように走らず。またその一番バッターに2打席連続ホームランされ、3番手に代わり、防戦しましたが、五回までに五点を奪われてしまいました。我が校も先頭打者宮田が追撃のホームラン。8番打者もホームランでなんとか2点を追加して、後半戦に入って行きました。

※・・五回表の福崎高校の攻撃で五点目を取ってまだワンアウト満塁のチャンス・・

★応援人・・「どないしまひょっ、このままやったら負けまっせー。大前になげてもらわなー。」
●呑気・・「2番手、3番手も勝たなければの重圧で腕が振れてないですなー、大前がなげるしかないなー。」

※・・大前がライトの守備から、投球練習もせずに走ってきて満塁のマウンドで踏ん張りました。相手9番打者を3球三振にし、この日2本のホームランを打っている1番バッターにまわりました。バッターの手の出ない、素晴らしい速球を投げ込みましたが、球が上ずり押し出しの6点目が入りました。

★応援人・・「会長はん、大変な試合になりましたなー、社の夏が終わってしまいまんがなー。」
●呑気・・「大丈夫です、ウチの選手は相手ピッチャーのボールを芯でとらえていますなー、相手も全力で投げているさかいに、後半は疲れが出て、ウチが打ちこみまっしゃろ。」

※・・エース大前が6回以降は相手打線を寄せ付けずに押さえこみました。我が校も、走ってかきまわしながら、七回に一点、八回に2点と追加して、一点差で9回裏の攻撃となりました。

★応援人・・「がんばれー、がんばれー、なんとかしてくれよー。」
●呑気・・「相手投手も良く頑張ってますが、球が上ずりかけましたなー、ボールを見極めて確り叩けば打てまっせー。ゆるい変化球に手を出さず、投げ込んでくる直球を叩けっ!」

※・・先頭打者がゆるいボールに手をだし、凡ごろで、ワンアウトになり。3番バッターが死球で、四番大前がレフト線へヒットを放ち、ランナー一塁三塁の絶好のチャンス。

★応援人・・「よっしゃー、それもう、いけいけやでー。たのんまっせー。逆転、逆転やー。」
●呑気・・「この五番の子は、一番まじめな子なんや、気が弱そうな感じがありますが、打ってくれるといいのやがなー。」

※・・さすが夏の大会です。相手ピッチャーも渾身の球を投げ込み三振でツーアウトになる。
スタンドが溜息と共に、静まり返りました。
OB会の重鎮達が沈痛な面持ちで、私のそばに集まりかけました。

★応援人・・「あかんがなー、おーいなんとかせーや。たのむわー。頼むから打ってくれやー。わしゃ拝むわー。」
●呑気・・「この子に期待しましょう。いつも3番を打っている3塁手の補欠の子なんでっせー。こんな子がなんかやってくれそうな気がするんやがなー。」

※・・3番を打つ3塁手の補欠で、下積みをしてきた三年生の西村がライト線へ痛打しましたね(おとなしい子に見えたのですがね)。これで6対6の同点ですね。私は嬉しさと、この西村が初の活躍で、彼の高校野球での最高の思い出になったことに感動に震えましたよ。打った瞬間に女性陣がキャーッと叫んだのがまだ耳に残ってますね。まだ2、3塁でサヨナラのチャンスでしたが、相手ピッチャーも踏ん張りまして、延長戦ですね。

★応援人・・「わーいっ、わーいっ。会長はん、これで大丈夫でんな。大前がなげてますもんなー。」
●呑気・・「いやーっ、少年達に感謝、感謝ですな。田舎の山の子、田園の子達と思ってましたが、逞しくなりましたなー。」

※・・大前が難なく、十回の表押さえ、十回裏の攻撃も、ヒット、相手エラー等でツーアウトながら、1、3塁とサヨナラのチャンスです。

★応援人・・「大前が疲れるから、ここで決めたれよー。なんとかせーよ。」
●呑気・・「この子は秋は一番を打っていた子やから、足が速いでッせー。」

※・・ショート横の深いゴロでしたが、足が速く、一塁セーフになり。さよなら勝ちしました。

★応援人・・「よかったでんなー、会長はん。それにしてもエライ試合をしよりましたなー。
●呑気・・「ありがとうございます。言葉がでずに、冷や汗ばかりがでましたがなー、疲れましたわー、まだまだこれからです。応援よろしくです。」

※・・OB会の重鎮達と抱き合い握手をし合いましたよ。まるで優勝したような雰囲気でしたね。福崎高校はブラスバンドまで応援に来てまして、我が校よりも応援が多かったですね。福崎高校の選手達は応援団の前で泣きじゃくっていましたが、スタンドから「よくやったー、お前らよくやったーぞー」と拍手が起こってました。その声に選手達は、また大きく肩を震わせて泣いていましたね。感動しました。

「喜ぶドラム」をダウンロード
サービス画像。私の応援団長のドラム。今日の試合は大変だったねと目を光らせて、チンしてお出迎え。

 まだまだ熱い戦いの夏が続きます。それにしても激闘となりましたが、エースの負担が大きくなりました。将来有望な2年生左腕が残っているのですがね。

はいっ・・早速電話でいつもの居酒屋で祝杯ですね・・出発ーでございます。

スタンド応援談議3・・接戦だったが。

2005年7月22日天気は快晴。

★応援人・・「会長はん、後輩になる社出身の福崎の生徒指導の先生が残念がってましたよ。」
●呑気・・「そうですか、彼は川西にあった高校で、監督としてヤクルトの古田を育てたんでっせー。」
★応援人・・「そういやー、新聞に社の壁を突破できる様に練習してきたつもりだったと、書いてありましたなー。」

※・・今日の相手は淡路勢の雄の津名高校でして、ノックを見ながら、鍛えられている様子を感じましたね。勝ちあがってくると思っていた速球右腕を擁する明石南(速球右腕が故障)との接戦をものにしてきただけのチームと見えました。

★応援人・・「社高校の森脇監督のノックは上手いでんなー、守備が鍛えられているのがわかりまんなー。」
●呑気・・「近畿でNO1やろといわれてますなー、監督の弟でプロのソフトバンクの守備コーチの森脇のノックは、プロで一番上手いと言われとるそうでっせ。」

※・・試合は我が校が五回までに2点をとりました。津名校はエースから2番手ピッチャーにつないで継投でかわしてきました。

★応援人・・「やっぱり大前がマウンドにいると、安心しますなー。」
●呑気・・「まだまだ全力では投げていまへんなー、打たしてとると言うピッチングでんなー。」
★応援人・・「ほんまやー、三振が少ないでんなー。」
●呑気・・「三振が少ないですが、6回までパーフェクトできてまっせー。」
★応援人・・「えっ、ほんまでっかー。そない言うたら、ランナーでて、セットポジションで投げてるの見てまへんなー。」

※・・私がパーフェクトできていると言ったのが悪かったのか、津名校の七回の先頭打者(一番)に不用意に投げた直球をホームランされて2対1と一点差に詰め寄られました。

★応援人・・「うりゃー、大前からホームラン打ちよりましたでー。」
●呑気・・「夏はこわいですなー。三年間鍛えてきた力をぶつけてきますからなー。でもこれで大前は少し力を入れて投げてきますから、押さえてくれまっせー。」

※・・我が校の打撃陣も相手にあわす様に凡打の山を築き、両校チャンスらしきチャンスも無しに、津名校の最終回となりました。津名校は初ヒットがホームランでしたが、あとポテンヒットが一本で2安打無死球ではどうしようもないといったところでしたね。

★応援人・・「大前っ!三者三振でしめくくってくれー。」
●呑気・・「ほんとにこの子(エース大前)は凄い投手でんなー、私は感心してみてますねん。今日は5、6分の力で投げてまっせー。ホームランは打たれましたが、打たせてとる投球もできるし、速球で押さえこむ投球もできますなー。今日もファーボールはありまへんでー。」
★応援人・・「えっ、無死球でッかー。あっ外野までとばしまへんなー。終わってしまいましたなー。」

※・・津名の九回の攻撃も簡単に三人で討ち取りました。

★応援人・・「これでベスト16ですなー、あとの試合は抽選になるんでっしゃろ。」
●呑気・・「そうです。明日が休みで、24日からと言うことですな。まだ三試合すんだところでっせー、優勝まではあと四試合ですから、まだ半分きてまへんな。」

※・・エース大前が投げると試合時間が早く、1時間20分でしたね。本日も津名高校のほうがブラスバンドや応援団の数は多かったですね。でも「やっぱり打てなかった」と選手達は、観客の前でうなだれていましたね。

「お休みドラム」をダウンロード
サービス画像です。私の応援団長ドラムです。明日はお休みです。ゆっくり休みましょうと言ってますね。

 24日からのベスト16校の激闘を応援したいのですが、24日は義父の四拾九日の法事で応援に行けません。
 私はベスト16の試合では、我が校はエース大前が最大の実力を発揮して、新聞紙面を賑わすような活躍をして勝ってくれると思っています。当然にベスト8との試合から、また応援を続けましょう。

居酒屋談議・・熱い応援の夏が終わる。

2005年7月26日天気は晴れですが、小雨降ってます。

★居酒屋女将・・「呑気はん、残念でしたねー、応援、ご苦労さんでした。」
●呑気・・「女将、今日は裏の女将ところの座敷かしてくれるかー、残念会で飲むしかないわー。」
★居酒屋女将・・「へえー、よろしまっせ、どうぞ、どうぞ。」

▲先輩・・「大前があそこまで打たれたのは見たことがないなー。」
▲後輩・・「変化球が抜けてましたなー、直球も真中に入ってしまった様やなー。」
●呑気・・「大前の調子もいまいちやったが、国際の打線はやっぱり凄かったなーー。」
▲友人・・「2点取られたあとの、ツーアウト2、3塁からの、あのヒットが痛かったなー。」
▲後輩・・「2点に止めておいたら、なんとかなったのになー。」
●呑気・・「大前の負けず嫌いが裏目にでたなー、ねじ伏せてやろうとしたなー、かわしてやろうとしたら、うちとれたかもやなー。」
▲友人・・「それにしても、国際のエース大西の変化球に押さえられたなー。」
●呑気・・「社高校の昔からの伝統やな、変化球に弱いのは、七回から代わった2番手ピッチャーの方が球が速かったのに、2点とったからなー。」
▲後輩・・「兵庫は厳しいなー、これで優勝候補が国際だけになってしもうたがなー。」
▲友人・・「国際かてわからへんでー、足すくわれるかもしれんでー。」
●呑気・・「まあそれでも、神戸国際が総合力ではチョット頭抜けているようやなー。」

▲先輩・・「しゃーない、しゃーない、春から、よう楽しませてもろたやないか、飲んで忘れて、秋を楽しもうやないか。」
●呑気・・「そやそや、高校野球が終わったわけやないから、新チームの応援やなー。」
▲後輩・・「新チームも左右のええピッチャーが育ってきているさかいになー。」
●呑気・・「大前の後輩で、ちょっとサイドスローのピッチャーおったやろ、どないしてねんやろなー。」
▲友人・・「今年入ってきた一年生にも、ええのん、おるそうやでー。」

▲先輩・・「まあ森脇監督にまかしとったら、大丈夫や、必ず戦える様につくってきよる。」
●呑気・・「そやそや、OB会は後輩の森脇監督を支えてやっていたらええんや、秋も楽しませてもらおう。」
▲先輩・・「そや、新チームを応援するように、飲みあかそかい、女将っ、ビールと焼酎の水割りドンドンもってこいやー。」
★居酒屋女将・・「へー、へー、ナンボでもありまっせ、冷蔵庫を空にしてもーてもええでっせー。」

 4対2で神戸国際大付に破れましたが、応援に懲りない連中は、わいわいがやがやとあっちへ話が飛び、こっちの話へもどったりの酒の宴は続いて行きました。

 塵埃記を記していますが、なんか腑抜けになったようにまだなっています。ネットのお友達へのお返事をのんびりとやって行きましょう。

人間との共生・・

2005年7月11日天気は雨。

 本日の朝に、この塵埃記をご覧になって頂いたネットのお友達から、ネジバナを摘んでしまったと申し訳なさそうな書き込みを頂きましたので、早速に塵埃記に野と里山のことを記したくなりました。

 その方は、白いネジバナが咲く場所を業者の方達に教えたくないなーと最後に締めくくられていました。野の花はその通りなんですね。根こそぎ持って行かなければ、摘むぐらいならまったく大丈夫ですね。

 昨日は我が町一斉のクリーンキャンペーンでした。我が散歩道の野や池の土手も、農家の方達が一斉に草刈り機で丸坊主にしてしまわれましたね。もちろんネジバナ達もすっかり刈り取られましたね。
 しかし花や草が刈り取られただけで、根は確りしてますから、来年も咲いてくれますし、そのお陰で次の季節の小花達が咲きあがれるようなんですね。


この四角い穴の名前はわかりませんが、池の水位が上がると水がこの穴に流れ込み、小溝に流れ出す様にされています。この池はコンクリートも少しは使っていますが、池周りを土手として残そうとしています。この方が長持ちすると気づき始めた様ですね。(前のコンクリート堰は壊れかけたのでしょうね)

 野や里山の植物達は人間達と共生しているのですね。畦道をコンクリートにしても駄目なんですよ。池の土手もコンクリートだらけでは駄目なんですよ。風雨に必ず浸食されますからね。でも古来から植物達によって浸食や崩れが守られているのですね。コンクリートの割れ目ができ土が浸食されているのを雑草花が防いでいるのをよく見かけますよ。

 少し深い里山で小花達を探すのは大変ですが、野や里山の人間と共生している花達はすぐに見つかりますし、季節ごとに違う花達が咲きあがり、里に近い方が花種類も多いような気がしますね。

 そんなこんなだから、私達が少しだけ大切にしてやろうと思えば、何時でも、誰でも、野や里山の花達の自然な姿を楽しめるのですね。摘んで花瓶で楽しみ、野で風に揺れている姿と両方が私達のものになるのですよ。損得勘定を考えてみて下さい。

根こそぎだけは止めましょう。土手が崩れてしまいます(笑)

人間の愚かさ。

2005年7月6日天気は晴れ。

 空梅雨を心配していましたが、数日間は曇って、また雨も降り続きました。これで農家の方達も安心と言うところでしょうね。本日は晴れまして、愛犬ドラムを洗濯し(妻が)、散歩に行きましたよ。相変わらず元気ですね。ドラムになりたいなーと思いましたよ。

 さて「呑気おやじのページ」も、野の花や里山の花を追っていますが、昨日パソコンの調子が悪く1日中ネット遊びができませんでしたので、私のページの発信の原点をふりかえっていました。

 田舎の安らぎと癒しを発信したいと、簡易ホームページを開設したと記憶しています。そこにお友達のアドバイスもあり、まだ自然が身近に残る我が地の野の花達に手助けしてもらうことにしましたね。そうやって自然と向き合うようになり、野草花達から教えられることが多くなりましたね。

 その自然からの教えの中やネットのお友達との交流から、癒しの裏に人間の愚かさも少しづつ入れて行きたいなーと思うようになりましたね。

 その愚かさを少し記したいと思いますね。私が追っている極身近な野草花の中にも絶滅危惧種がちらほら出てきます。その絶滅危惧種を100年後には、なん%の確率で絶滅すると言うデーターを集めたページもあるくらいですからね。

 環境整備等々によったり、環境の変化による絶滅は、古来から続いてきているから致し方ないにしても、危惧種のページを見ると、人間の盗掘による絶滅が70%以上(もっとかもしれません)を超えているのが愚かなところですよね。
 
 私には涙が出そうになることがありますよ。野草花を守る為と人間の安らぎの為にできた自然の森公園の貴重な花がドンドン少なくなっているのを感じますね。それこそ五年後(できて七年ほどですが)が心配ですね。歩きやすいですからね、盗掘や「我が庭に少しだけ」には最適の場所でしょうね。(自然公園は、花達が少なくなりましたから、私は他所で花を追っています。)
 追うと言うより、今は歩いて行けば、花達の方から季節ごとに現れてくれますね。ドンドン増えて欲しいですよ。

 ネットのお友達と花談議していて、買う人達がいるから、商売として花がドンドン盗掘されるのだから、買わないように運動も展開したいと話し合ったこともありますよ。

 私は野の花は野に咲いていてこそだと思っています。我が近所に鉢植えでネジバナをこれ見よがしに沢山咲かせている花好き爺さんがいますが、ヒョロンとひ弱く、花の色も薄いですよ。
 野のネジバナは、いがんだものもあり、まっすぐに伸びたものもあり、あちこちに自由に元気に咲乱れていますね。その野姿こそがネジバナなんですよね。


野のネジバナですが、元気でしょう。つる性の草とねじり合戦してますよね。

 人間の愚かさは、必ず人間自身に帰ってくるでしょうね。野山や川や海が元気なら人間も元気になるでしょうね。その方向にむかえないと言う、なんとも言えない愚かさを私達は持っていますよね。
 
 私達社会(政治も含め)はこのままだと、未来の人達に負の遺産を沢山残して行くでしょうね。人間社会が複雑になって、道徳が一本化できにくくなりましたが、自然に対する道徳は一本化できると思うのですがね。

貴重な自然を守ることで、私が感銘を受けた小説があります。新田次郎の「霧の子孫たち」と言うのがあります。時間のある方は楽しんでみて下さい。

小さなものへ愛着

2005年7月1日天気は雨空ですが、雨は落ちていません。

 本年も半分が過ぎてしまいましたね。私にとっては7月は母校野球部の夏の本大会の応援の日々が待ちうけています。本年は大変楽しみです。

 各地で異常気象が続いていますが、我が地(日本のへそ)も水不足の心配が出てきましたね。
 雨が欲しいと言っても、大量に降られると今度は水害ですね。山々に降った雨がスポンジの様に山に貯まってくれれば大丈夫なんですが、なにせ山々も開発が進みまして、また水害の危険があると河川をコンクリート化してしまいましたね。
 雨水の高速道路化でしょうね。皆さん気をつけてくださいね。凄くスピード化して流れてきますから、逃げ遅れないようにですね。愚かなり!人間達といっておきましょう。

 さてタイトルへと題材を戻しましょう。ヤブコウジの花と実を掲載します。野の花達も小さな花達が多いですが、里山や雑木林の樹木にも小さなものがありますね。昨日の散歩は野は暑いので、雑木林でこのヤブコウジの花一点に絞って捜し歩きました。

「ヤブコウジの花」をダウンロード
ヤブコウジの花です。常緑低木で木の高さは10cmから20cmほどなんですよ。その上に此花(約5mm)は葉に隠れる様に下向きに咲いていますから、探そうと思わないととても見つけることが出来ないと思いましたね。秋から冬にかけての真っ赤な実は皆さんはよくご存知だと思います。その実のお陰で、どうしても此花が見たいと思っていましたが、探し当てて、嬉しさに塵埃記に記してしまいました。

「ヤブコウジの実」をダウンロード
昨年の画像ですが、ヤブコウジの実も掲載しましょう。秋には里山の中では、目線の上には沢山の美しい赤や黒の実が楽しめますが、このヤブコウジは地に実っていると言う感じで素適なんですよ。ツルアリドウシの実も同じで、私はこの小さなもの達がなぜか大好きなんですよ。言葉では可憐と言えますが、それ以上の言葉をみつけてやりたいといつも思っています。

 ヤブコウジは十両とも言われ、その赤い実はお正月の飾りなどに使われる縁起ものとしても有名ですよね。

大変異常を感じます。

2005年6月26日天気は快晴・・真夏日です。

 梅雨だと言うのに雨どころか、陽射しの強い真夏日と言える日々が続いていますね。各地で水不足の心配をされだしたようですね。
 この異常気象は心配になりますね。ネットでも平地の花の咲きあがりが、例年と違って関東や中部の方が桜から野の花と早いようですね。

 私は田舎の身近な自然から、大変異常を感じていることがあります。本年は蜂の巣が廃屋の軒に見当たらなかったのですが、見つけまして驚きましたよ。こんなことは初めてでして、蜂の巣を画像にしたのも初めてです。


我家の裏の空き地の壊れたフェンスの金網にとりついた蜂の巣です。

 この蜂の巣は異常ですよ。膝頭ぐらいの高さのところに巣を作っています(しゃがんで画像に出来ました)。こんなところに巣を作らなくても空家や廃屋等々と、今までに作っていたところはいくらでもあるのですよ。

 我が田舎では、「カラスの巣や蜂の巣が低いところに作る年は大きな台風や、災害が来る」と農家の御年寄り達が言っていますね。
 昨年も我が地の奥で台風による水害の被害が大きかったのですが、「カラスの巣が昨年も低いと思ったが、本年はそれよりも低い所に作っている」と大変心配されているそうですよ。

 私は蜂の巣のこの低さや、陽射しがあたり、雨も受ける、この開けたところに作るということは、子供のような心配ですが、「もしかすると蜂達は、本年は家屋自体にも危険を感じている」のじゃないかと思ってしまいますね。
 ネットの皆さんの身近ではいかがなものでしょうね。もしも我が地だけなら、私は注意勧告を居酒屋から発信しなければなりませんね。

 しかしこの蜂の巣を作った蜂達に言ってやりましたよ。「お前達、なにを考えている。台風や災害よりも怖いものがあるのを知らないのか、それは人間なんだよ。」と、私は見守ってやりたいですが(観察にもってこいですね)、たぶん子供達が通る道すがらですので、可哀想ですが、もうすぐ夏の草刈清掃なので、その時までの運命でしょうね。蜂達が気づいてくれると良いのですがね。

蜂の名前を記していませんでしたが、お友達への投稿画像のお返事でたぶん大丈夫だと思いました。アシナガバチですね(家の軒などに巣を作ることが多いですね)。

夏の夜に咲く花達。

2005年6月23日天気は曇り。

 人生悲喜交々と言いますが、亡母がなくなってから、母校の後輩達が栄冠をかちとってくれまして、次に義父を亡くしましたね。
 また後輩達の応援から、二人の法事ごとへと悲喜交々の人生を歩んで行くことになりますね。

 そんなこんなで、里山深くまでは入れませんが、ごく身近な野の花達は悲喜交々の喜だけを、私達に与えつづけてくれる様ですよ。

 夏の花達の中で、夕暮れから夜にかけて蕾を開いて咲く花達がありますね。どう言う理由で夜に花開くのか、花街の女性達に聞いてみないとわからないのですが、どちらも私達を楽しませてくれますね。

「ヒョウタンの花」をダウンロード
 ヒョウタンの花ですね。昨日の散歩で昼間に蕾を見ていまして、日が沈んでから見に行きました。パット開いて咲いていましたね。デジカメを大まかにあわせて、フラッシュを使って撮りましたね。実物は薄暗くて良く見えませんが、画像にした時には、やったーでございますよ。

「空き地のマツヨイグサ」をダウンロード
 マツヨイグサ(宵待草)ですね。我家の裏の空き地に沢山咲きあがりますが、夕暮れ時に花開いた様子は素晴らしいですよ。まるで星がまたたいている様なんですよ。こいつは実物を見たほうが遥かに良いですね。洗濯干し場から此花を見ながら冷たいビールを飲んでみたくなりましたね。

 画像が小さいですが、雰囲気だけでもお楽しみください。大きい画像は「畦道の小花達」に掲載しました。

これから夏本番になりますが、身近な夜開く花達を楽しめます。オシロイバナなども日中より夕暮れか、朝方が綺麗ですよね。

 カラスウリの花が最高の楽しみなんですが、これは竹ヤブ近くに、夜に妖艶に花開きますから、ヤブ蚊の総攻撃にあいますね。毎年、顔や体中をさされ、妻に「あほっ!」と一言ですね。
カラスウリの花は昨年のものは、呑気家写真蔵に掲載しています。

 まあ本年もカラスウリの花は、七月中ごろ過ぎだと思いますね。皆さんに、ヤブ蚊にも負けず画像を作ってお見せしたいですね(まあ私自身が一番楽しんでいるのですがね)。

義父(田舎)の葬儀。

2005年2005年6月19日天気は快晴。

 さて、少し前に塵埃記に義父(92歳)が意識がなくなり、病院に入院したことで三途の川の題で、今ごろどのあたりを歩いてらっしゃるのだろうとこの塵埃記に記しましたが、この16日のお昼過ぎに次の世界へと移り変わって行かれましたね。

 妻の実家は我が地より少し奥(北)になる黒田庄船町と言うところなんですが、ところ変わればと言うことで、我が地とはそんなには変わらないのですが葬儀の模様が素晴らしかったので塵埃記に残しておきましょう。

 葬儀は妻の実家で執り行われましたが、一番感じたのは礼拝のお客様に対するお弔いが素晴らしかったですね。お通夜ならびに告別式において、喪主(義兄)と私(妻の代わりですね)が、お悔やみに参られた方達全員に扇子を前に両手をお互いについて、お悔やみの言葉をお受けして義父の旅立ち説明から、お礼の言葉でご返答して行くのですね。

 その時に皆様から、生前の義父の功績やら人柄やらお付き合いのお話をされる方達が沢山いらっしゃいました。私は喪主の横でお話を聴きながら、義父は私が思っていた以上に、皆さんに愛された方だったのだと知り、嬉しさにご挨拶の返答の苦労など吹っ飛んでしまう感じで、清清しい気分になりましたね。
 この様にお参りになった方達全員、お一人お一人にご挨拶すると言う、最近あまり見かけなくなった葬儀の光景に、田舎の昔の村社会の素晴らしさを見せてもらいました。

 小さな地域単位の交流や社会性が希薄になっていることが、色々な問題の原因だとも言われてますが、この葬儀様子や村の皆様との宴席でのお話などを総合すると、田舎の平穏な暮らし振りが確りと見えましたね。

 葬儀も一通り終わり、宴席までの時間待ちにすぐそばを流れる加古川の川原を歩いて川風に吹かれました。野イチゴ(ナワシロイチゴ)の実がいたるところに咲き乱れて、なんとも言えない田舎の風情を楽しませてくれました。
 また蝶達の舞う姿の多さにも、心が和みましたね。義父はまた同じようなところにむかわれているのだろうと思いましたね。

子供のような思い・・

2005年6月15日天気は晴れ。陽射しは強いです。

 最近の日本を取り巻く国々との民衆がギクシャクしてきましたね。居酒屋あたりの庶民の間では、そんなにガタガタ言うのならと逆反発の風潮もありますね。雑誌等を見ても民族主義的に対抗措置をとれとの強い意見の持ち主も沢山出てきましたね。国と国との利害や外交のことは詳しくはわかりませんが、子供のような思いを塵埃記に記したくなりました。

 まず核開発で挑発している北の金さんですね。平和希求をして欲しいですね。平和希求すると自国がなくなると思っているのでしょうかね。それは逆だと思いますね。日本や韓国からの支援や援助(世界の経済は支援や援助でまわりますからね)で、民衆はもっと豊かになり、企業が開発に乗り出して、金さん自体が世界でも有数の大金持ちになり、安穏と暮らせて、世界で活躍できると思うのですがね。
 見本がありますよね。中東の暴れん坊と言われたあのリビアがドンドン豊かになり、トップ達は世界で活躍をしだしていますね。同じ社会主義のキューバなども平和希求で民衆は活躍していますね。

 中国の覇権主義も平和希求の方向にもう少し力を入れてほしいですね。これからの中国の大問題の農業政策も日本や先進国(失敗の経験も糧にして)のよいところをどんどん取り入れて援助を受けながら素晴らしい農業国になって欲しいですね。世界の人類の未来がかかっている自然破壊の問題も含んでますからね。日本や先進国とのすり合わせなら、自然破壊しなくても充分に収穫をえれる技能はもう出来あがっているように思います。

 子供みたいで甘い考えですが、単純で良いと思っています。民族の歴史や主義や風習や道徳を乗り越えて、地球平和(地球擁護)を求めていくのが最低ラインの基本線の主義(未来の新しい主義が出て来い)だと思いますね。この最低ラインを元にして議論すると、上乗せ議論はできても、最低ラインをしたまわる戦争議論にはなりませんね。


画像はイチヤクソウの咲きはじめですね。皆さんに笑われただろうから、此花に俯きかげんの恥ずかしさを、私の代わりに表現させましょう。

 子供のような心配を追加です。国連の常任理事国になったら、平和活動と言うことで戦地に若者達を送らないといけないですね。理事国がお金で肩代わりしたり、後方でのんびりとはいかないでしょうね。ドングリころころの♪お池にはまって、さー大変♪の歌が耳の中で聞こえてきましたね。

我が田舎にもアライグマ・・

2005年6月2日天気は雨。

 母校の野球部の応援モードなんですが、その応援バスの中で先輩がアライグマに困っていると話題にされました。
 ジャガイモ畑を荒らすそうです。イノシシだったらその掘り方ですぐわかるのだが、抜き取って食べている様子から、農協の人達と協議してアライグマだとわかったのだそうです。(我が地には猿はいません。)

 アライグマを検索すると、やはりアニメ人気からペットとして人気が出て、入ってきた外来生物種でしたね。大変頭がよく、子供の頃は人に懐くが、成長すると強暴になり、日本の山野には天敵がいないそうです。凄い勢いで増えているとありましたね。

 昨日に 外来種新法 が施行されましたね。どのような法律かはまだ詳しく調べていませんが、私は大変興味のある法律だと関心を寄せています。

 私は若い頃(37年ほど前ですね。)、東条湖と言う農業用水のダム湖で遊覧船を観光とした仕事に従事していました。その観光は屋形船にお客様を乗せて、ワカサギ釣りしてもらって、船の上でワカサギ料理を楽しんでいただきましたね。
 ある日、オオクチブラックバスが見つかりました。新聞にもでて、外来生物種とわかり皆さん大変心配しましたが、あっという間に増えてしまい、ワカサギは絶滅して、その観光はその後2年と続けることが出来なくなりましたね。

 今は我が地の貯め池や野池、川とスポーツフィッシングのルアー釣りのブラックバスのメッカとなりましたね。その代わりに、川や小川で子供の頃に遊んだ小魚はまったく見かけなくなりました。悲しいことですね。

 ブラックバス(ルアー釣りはよく楽しみました)を悪く言っているのじゃなくて放流した人間に対して、また次々と他所へ放流を続ける人達に対して心が乱れますね。

 私は皆さんに、屋形船にのんびり乗って、自然の山や湖の景色を眺めながら、ワカサギ料理を味わっていただきたいですが(句でも詠むと万葉人の世界ですね)、もうどうあがいても戻らないでしょう。


昨日、里山を少し楽しみましたが、こんな草花と出会いました。私は園芸か外来種だと思います。標高350mほどの低山ですが、こんなところにまでと思いますね。この花の名前をご存知の方はお知らせくださいね(農家の庭で見たようなのですがね)

 草花も外来種新法の対象になってますね。ラジオで言ってましたが、都市部の河川岸の花達は外来種の植物園となっていて、昔からの和の花達を探すのが困難になっているそうですね。野の花達を追っている私は大変悲しく寂しいことだと思いますね。

 私の思い(願い)を記しておきましょう。犬や猫はもちろんですが、ペットは最後まで看取ってやりましょう。ペットの死を見届けられないのなら決して飼ってやってはなりません。捨てる、別れることは彼らにとっては死よりも可哀想で残虐な行為だと思います。

 草花も同じですね(枯らすまではですね)。東南アジアからドンドン素敵な花達が安く入ってきて、手軽にガーディニングが楽しめますね。この草花達も、ああっもう見飽きたと捨てないでください。そもそも見飽きた、世話が邪魔くさくなってきたとポイ捨てする行為は、花を育て、慈しむと言う園芸の基本(資格)から外れてしまうのじゃないですか。

 6月に入って早々の塵埃記が愚痴まじりの戯言となってしまいました。
 小さな白球を一生懸命追っかける少年達を楽しみ、応援に没頭することで乱れた心を洗い流しましょう。

プロ野球再隆盛への呑気な戯言。

2005年5月22日天気は雨。

 我が畦道や池の土手の野の花達は、田植えの準備で昨日をもって、すっかり刈り取られました。野の花達は人との共存で咲きあがりますね。放置して大草が生え放題だと、小花達が日を受けられず咲きあがれませんね。刈り取られましたが、夏の野の花達が出番を待っているようですね。

 プロ野球はセパの交流戦で人気の盛り返しをはかっているようですね。新鮮味があって面白いと思いますね。もっと前からやってほしかったですね。
 
 さて、私は常々プロ野球の再隆盛や今後の発展を願って色々と思うことがありますが、戯言を塵埃記に記したくなりました。

 それは、大リーグに総てにおいて対抗すべきだと思います。国の大きさから球団数は致し方ないとしても、球場やマイナーリーグは充分に素晴らしい施設や組織作りは可能ですね。
 球場は人工芝ですが、素適な球場が増えてきましたね。マイナーリーグも四国リーグができたりして増えていく様相ですね。

 次に実力なんですが、私は充分に対抗できると思っています。ただ大リーグの様に世界のアスリートを巻き込まないと行けないと思います。日本人選手を優遇では、とても大リーグに対抗できませんし、良い選手を持って行かれるだけになりますね。

 どうすれば良いかは、マイナーリーグ(四国リーグ)や二軍で世界から将来有望な若い選手を獲得して育て上げるのですね。こうして日本球界に3年プレーすると外人枠をはずしてあげるのですね。日本の若い選手達も世界の若者達との競争社会ですね。

 チームが外国人選手ばかりになると思われるでしょうが、私は日本人選手は素晴らしいと思ってますから、決してならないし、なったとしても半分だと思っています(面白いチームなる魅力がありますよね)。

 また日本人選手は大リーグで活躍できる選手は多いです。日本で育った外国人選手も大リーグで活躍できる選手が出てくるでしょう。その時は同じ実力の大リーグの世界の選手と交換するぐらいになって欲しいのですよ。

 本当の実力や華麗さやスピード持つアスリートのプレーを観戦してこそお金を払って見るプロ野球ですからね。人種関係なく楽しむのがプロ世界を見ることですね。そうする事が、真の国際人の日本となるような気がしますし、大リーグに対抗できますね。

 西武の松坂投手を筆頭に大リーグでもトップクラスの選手として活躍できる選手が沢山いますが、私はその選手が大リーグに行くのなら、同等の実力がある世界の選手とトレードの形をとって欲しいです。お金を払って見たい選手をもって行かれるのはプロ野球衰退の原因ですが、同等実力の外国人選手なら見たくなりますよね。(年棒の問題もありますが、魅力のある選手なら観客を呼べると言う思想がプロ野球ですね。)

 日本の実力選手との同等トレードによる外国人選手は外人枠からはずす、こうするとチーム力もあまり落ちないですね。また楽天球団が大変なことになってますが、外人枠を増やしてあげればよかったですね。新球団は底辺が脆いですから、自軍の育成選手が育つまではですね。

野草花の画像の難しさ。

2005年5月12日天気は雨。

 野の花達が咲乱れる季節ですが、本日は雨で愛犬と野に出れません。そこで塵埃記をすすめることにします。

 野の花達や里山の木々の花達をデジカメ画像にして集めて楽しんでいるのですが、花達をどう美しく画像にしてやれるかと言うことも思案しながら、デジカメで遊んでいますね。

 野の小花であっても、花だけに近づいて近写でアップ画像にするのが一番美しいかもしれませんね。なぜなら花自体は園芸の大花と大きさが違うだけで、同じ花ですからね。

 あるネットの野草花に詳しい方が「花そのものは、人なら性器を撮っているようなもので、人の姿の違いの素晴らしさを撮っているのじゃないのじゃないですか。」とこの言葉に、以前から抱いていた野草花を画像にする難しさを一段と思い知ることになりました。

 草花や木々の花達は、草姿や木姿が本来の花達の手足であり、花は言われるように子孫繁栄の性器なんでしょうね。
 でもデジカメで楽しんでいる皆様もご理解頂けると思いますが、草姿、木姿を撮りこむことはデジカメでは大変難しいですね。
 近写してクリアーに美しく撮ってやりたくなりますよね。でも草姿そのものの美しさも捨てたものでもないですね。まあ思考錯誤して楽しむしかないと今のところ思っています。


イヌガラシの花なんですが、この雑草を草花らしく画像にするのは難しいです。花弁がいつもグチャグチャで、出来るだけ近写しないと花そのもの持つ美しさは見てもらえない誰も見向きもしない雑草花ですね。出来るだけ花そのものに近づいてみました。


同じイヌガラシです。草姿も撮りこもうとしています。ほんとは草丈は30cmほどあって、花は5mmほどなんですが、この画像でも全体像ではありませんね。全体像も画像にしましたが雑草そのものになってますね。
 イヌガラシはアブラナ科で、芥子に似ているのですが、食べれないから犬の名前がついています。

 この二枚の画像で皆さんはどちらの方を残されるでしょうか、私は悩みましたが、草姿の方を選択しました。これからも悩みますが、後年に図鑑やらパソコン検索で遊びたいですから、できるだけ草姿を撮りこもうと努力しようと思います。
 その上で、相手にされない雑草花を美しく撮る楽しみを味わいながら遊びたいと思います。

追加・・もっと難しいのが咲いている環境の素晴らしさですね。こりゃーカメラマンのカメラでも難しそうですね。NHKの自然ドキュメンタリーのハイビジョンカメラに任せますかね(笑)。

県立社高校野球部・春の県大会・優勝

2005年5月6日天気は雨。

 この連休は素晴らしい母校の野球部の応援の日々でした。着実に実力をつけてきたチームは準優勝は過去に二度経験していましたが、念願の優勝を成し遂げてくれました。大変嬉しいです。昨晩は祝勝会ではしゃぎすぎの飲みすぎに成り果てました。

 プロスカウト達が注目の大型左腕エースが大活躍してくれました。一回戦は三振の山を築き完封。ニ回戦は外野へボールを飛ばさせない投球で七回を0封、準決勝は5回を投げパーフェクトピッチングで0封、決勝は要所を押さえて、打撃が自慢の私学実力校の育英高校(春の選抜出場)を完封しましたね。この大会を失点0で投げぬきました。

 また打撃の方も、県立高校らしく小粒ですが、元気にむかってゆき、塁上を駆け巡る姿は素晴らしいものがありましたね。また若者達に感動を貰い、素適な思い出になりました。
 選手達ならびに監督や指導者達に感謝の気持ちでいっぱいですね。ここで「ありがとう」と言っておきましょう。

高砂球場や明石球場に応援に向う道すがらの木々の素晴らしさも楽しみましたね。今年の連休は大変良い思い出になりました。

 さあ、すぐに夏の選手権大会がはじまりますね。また楽しみが大きく膨らみました。応援に供えて、野の花達を眺めて、心を清める日々に戻りましょう。

人災になりそうですね

2005年4月27日天気は晴れ。

 尼崎で悲惨な電車事故が起こってしまいましたね。もう少し報道を見て塵埃記に記そうと思いましたが、あまりにも悲惨ですので、今の時点での思いをぶつけてみたいと思います。

 その前に、まだまだ人命が失われる状態ですが、亡くなられた方達に心からご冥福をお祈りすると共に、ご家族や知人の方達に心からお悔やみを申し上げます。

 事故原因はこれからですが、今のところは人災ですね(私が思うに)。過密勤務に耐えられない精神的に脆い(不安定な)現場労働者と、営利主義に走り過密勤務を押しつける管理能力者達の不能力(配備していたら、事故を防げた簡単な装置もあったようですね)の二つが大きく浮上していますね。

 この二つの人災による事故と判定されると大変に怖いですね。また起こる可能性を充分秘めています。日本の鉄道の安全神話が人によって崩れますよ。

 ある解説者(テレビコマメンテェター)が言ってました。「もう運転手がボタン一つ押すだけの仕事の電車にするしかないだろう」と。

 慌しくセカセカしたあえぐ時代で、庶民が精神を病む世を作ってしまったようですね。まあこんな世にした政治家を選んできた我々にも責任があるのでしょうね。

 でも深く考えると総てをハイテクメカ依存したとしても、安易な人達が頼り切っていると故障が出た時には、これ以上の事故を経験せねばならないのが我々庶民かもしれませんね。

 管理も含めた人間の能力や世界に誇る日本の鉄道のハイテクメカのことを大変考えさせられる悲惨な事故だと思いますね。

 子供達が利用する時間帯でなかったことが、私の心には唯一救いのようだと記しておきます。

あっそれから、置石であっても人災ですね。これはないと思います。これが原因なら、もう電車には乗れませんよね(大変な世ですね。)。鉄道員が並んで見張りをしてくれない限り。

呑気も疲れます。

2005年3月26日天気は晴れ。

 さて母の葬儀から、今夜で三逮夜目ですね、町内の方達がお参りに見えますね。土曜日ごとに逮夜がやってきて、七逮夜で7×7=49で、四拾九日の法要が終わるのですね。

 色々な雑事に追われていて、塵埃記も文章が短くなり、簡素化してますね。これは致し方ないと思います。楽しい話題を提供したいのですが、とても頭がそちらの方には回転しませんね。

 そうこうしていると、昨日疲れがピークに来たのか、一日中寝込んでしまいましたね。(こんなことはじめてです。)そこでどんな疲れなのかを記しておきましょう。

 風邪のような症状もあります。(風邪をひいて寝込んだことはありません。)花粉症のような目がショボショボしますが、痒いほどではありません。(花粉症も今まで経験ありません。)
 性質が悪いのは、「なんにもする気が起こらないのですね。」・・無理に寒い中を愛犬との散歩に少し行きましたが、デジカメ画像は全部ピンボケでした、集中力がまったくなくなっているのでしょう。

 体はどこも痛くも痒くもありません。ただ昨日布団の中で寝ていると、ズーと眠ってしまうことですね。(こんなことも経験ありません。)

 一番に気になることが、酒が飲めなかったことですね。(こんなこともはじめての経験です。妻が驚いてましたよ。)それと、お腹は空くのですが、食事がなぜか美味しくありませんね。(私は作ってもらった食事を不味いとは言わないようにしています。これからも言わないつもりですね。)

 さてさてと、快復方法なのですが、風邪、花粉症なら、暖かくして大人しくしていれば良いですね。
 ストレスのようなものから来る頭(心)からの症状なら、もっと簡単ですね。考えをきり返るか、「どうにでもなれー」と開き直れば良いでしょうね。

 まあ呑気者も疲れると言うことで、この書き込みを見ると、自分でも大丈夫なような気がしてきました。ただもっと明るくなるのはもう少し時間が要るでしょうね。

仰げば尊し・・

2005年3月17日天気は雨。

 日々の流れが早いです。母を送ってからあっと言う間に10日が過ぎ様としています。今日の新聞を読んでいて、ふと思ったことで塵埃記をすすめようと思います。

 卒業式のシーズンですね。その時の定番の歌がありますね。我々の子供時代だと「蛍の光」と「仰げば尊し」でしたね。現代は色々と各地で新しい卒業の歌が歌われているようですね。

 私は「仰げば尊し」がなぜか大好きなんですよ。古い映画などで、懐かしいシーンのバックにこの曲が流れるとぐーっと涙がこみ上げてくる時もありますね。やんちゃな小学生や中学生の時に、恩師にこっぴどく叱られたことやよく遊んだ友人達を郷愁のように思い出しますね。

 叱られ諌められた恩師達には感謝の気持ちで、今もいっぱいですね。そんな感情もあり、この歌の出だしの「仰げば尊し わが師の恩・・」と聞こえると胸に迫ってくるものがありますね。

 私事を書いてきましたが、団塊のおやじが何を言いたいのかと言うと、「仰げば尊し」からライブドアのホリエモンさんが、浮かんできてしまったのですよ。
 親、恩師、先輩、目上の人達等々と敬わなければならない時代に育った私は、今の時代で若者達(ホリエモンさんだけじゃないですね。)がこのことを乱してしまうことが、大変心配になっています。人の道のバランスが崩れるのじゃないかとも思えるのですよ。(家族崩壊、教育現場の崩壊等々)

 米国社会の自由が、我が国にも横行していますが、よく見つめないと安易な(身勝手な)自由だけを取り入れてはいけないと思いますね。
 しかし米国もスポーツ、ボランティア、各界での功績のあった人達は、我が国では想像できないほど敬い、後世に偉業を称えようと残そうとしていますね。ある意味で目上の人達を大切にすると言う、人の道の重要なバランスをとろうと、民衆自体が努力をしているのでしょうね。

 まず心に相手を敬う気持ちから入らないと、見下していては会話も御付き合いもないですね。
 「仰げば尊し」(過去の帝国主義の歌だと言われていますが、私は笑ってしまいます。)はまだまだ歌われているようです。私は、「頑張ってくれよ」と応援しておきましょう。

お葬式・・母をおくる。

2005年3月10日天気は晴れ後小雨。

 この3月7日の夜にながく寝たきりで患っていました母(享年88歳)が亡くなりました。その一部始終を塵埃記に残しておきましょう。

3月7日午後五時・・食事がすすまなくなった母を、係りつけのお医者様に診てもらいました。どこも悪いところはないですとの事で、スープ状の缶詰の食事を医者から貰いました。

3月7日午後7時40分・・妻と息子と一緒に母を見ていましたが、あっ、あっ、と声をあげまして、あとはぐっすりと眠ってしまいました。どんなに呼んだり、ゆすったりしても目を開けてくれません。すぐに係りつけのお医者様(ご近所です。)を呼んで対応しましたが、8時10分に旅立ってしまいました。老衰だとのことでした。

3月7日午後9時・・町内会長に来ていただき、明日からのお葬式の相談をする。遠くにいる身内に知らせる。

3月8日朝・・午前中に町内の方達と今後の話をして、葬儀等々を町内の規則にのっとって行っていただくことに決定する。役場への死亡届や檀家のお寺様にお通夜と葬儀の日時を町内の方達に決めていただきました。

3月8日午前11時30分、枕経・・お坊さんが来て、母の枕元でお経をあげてもらいました。

3月8日午後4時、湯灌・・葬儀屋さんの専門の方が来られて身内のもの達が母の体をふいた後、納棺をする。

3月8日午後7時、お通夜・・お寺本堂で約1時間、大勢の方達に参加いただきました。

3月9日午後12時30分お葬式・・お寺本堂で約1時間。参列の皆様にお礼のご挨拶をして、出棺。

3月9日午後2時火葬場斎場へ・・身内のもの達とお坊さんのお経を唱えてもらいながら、火葬。

3月9日午後3時、髪納め・・母の髪をお坊さんがお経を唱えながら納める。仏様に髪を切って、出家しましたとのご報告らしいです。(お寺本堂で)

3月9日午後4時30分、骨揚げ・・母の骨を竹ばしで骨壷に納める。祭壇の準備完了。

3月9日午後5時・・町内の方達にご詠歌を歌いあげてもらう。

3月9日午後6時・・身内の者達でご詠歌を歌い上げる。

3月9日午後7時・・母の祭壇の前で、身内の者達と宴会、わいわいがやがや延々と続き、終わったのは3月10日の午前3時でした。

3月10日午前10時・・お寺さん、ご町内の皆様にお世話になったお礼のご挨拶回り。

3月10日午前11時・・疲れてしまい、お昼寝になってしまいました。

今晩から、4月24日まで、毎晩、ご詠歌を母の祭壇の前で、鐘を叩きながら、妻と時々息子と時々友人達がきて歌い上げて過ごします。
土曜日ごとに身内の者達と逮夜の法要ですね。

この後、四拾九日の法要、花まつり、等々と色々と続き、初盆までなだれ込んで行きます。

 葬儀をしてもらった若い仲良しのお坊さんが、言ってましたよ。「悲しんでいる暇がないように、色々とあるんですよ。」と

まあ田舎ですので、ぼちぼちとやって行けば良いと思いますね。

愛犬ドラムは春ですね。

2005年五月

愛犬ドラムは春ですね。

「愛犬ドラム」をダウンロード

僕は毎日 ご主人様を散歩に誘う・・

僕は愛しいティナにあいにゆきたい・・

年老いたティナはいつも寝ている・・

僕をまったく相手にしてくれない・・

でも僕は 必ずあいにくるからね・・

ワンちゃん達の世界は春がきたようですね。ドラムも男として、頑張っているようですが、片思いのようですね。
でも愛しい人に日参する行動は見習わないといけないかもですよ。世の若者達へ・・


緊張感

2005年2月27日天気は曇り。

 月日の流れが早いですね。もう2月も終わってしまいますね。さて塵埃記をすすめましょう。アトランタから発信の方のページに愛娘さんが通っている空手道場風景を拝見して、アメリカの自由奔放な子供達が、武道と言う緊張感を感じて遊んでいる姿を見てふと思いました。

 武道の鍛錬には、気を抜くと大怪我をすると言う危険性の高いものですね(まあ他のスポーツも同じなんですが)。緊張感を持って取り組まないといけないと言う側面がありますね。

 そのことから、最近の日本の世風を見ますとこの緊張感がほとんど感じられませんね。政治、官僚、会社経営のトップ達は金銭に踊らされて、また金に目がくらんでいるのか、身を賭して難局にあたると言う緊張感が感じられませね。

 昨日H2A7号機ロケット打ち上げが成功しましたが、緊張感がありましたね。日本人の美徳の中に恥ずかしがりやだが、物事に緊張感を持って取り組めると言う素晴らしい素養のある民族ですよね。まあオリンピック等々で、あまりの真面目さゆえの緊張感で押しつぶされてしまうこともありますね(懐かしい日本人ですね。)。

 でもリラックスすると言うのはスポーツの世界では良いでしょうが、世のリーダー達がリラックスしていては堪りませんよね。教育にしても、欧米の真似をして楽しく学ぶと言うのも良いでしょうが、日本古来の武士道の持つ緊張感も教えて欲しいですね。世の中は武道よりも、もっと複雑で危険に満ちた世界になってきてますからね。

緊張感から・・キンチョウと辞書を引きましたよ。

金打(キンチョウ)・・①江戸時代、武士が誓約のしるしとして両刀のつばをうち合わせて音を立てたこと。②約束を守ること。

緊張(キンチョウ)・・ひきしまること。

謹聴(キンチョウ)・・①つつしんできくこと。②真面目に注意してきくこと。

 キンチョウと言う言葉が、忘れ去られていたのかと思うほど、大切な言葉なんだなーとつくづく思いましたね。蚊取り線香にもありましたね(笑)

 私もキンチョウを肝に銘じて、日々を過ごさないといけないと思いましたね。リラックスする呑気な時間は時間としても、ネット交流にしろ、お友達の御付き合いにしろ、商売にしろ・・「キンチョウ!」と刀のツバをカチンと鳴らさないとですね。

季節感

2005年2月22日天気は晴れ。

 上記のココログの塵埃記にも記したのですが、竹林が今の時期は綺麗です。旧暦のお正月の縁起ものとして松竹梅がありますが、梅の時期は竹、松も見ごろなのでしょうかね?。

 そこで竹にちなんで、私のページのウンチク(うん竹)を少し記したいと思います。季節感を楽しんでいただく、まあ私自身が一番楽しんでいるのですが、日々がどんどん流れて行きますが、四季の自然を目にすることで悦びを感じることですね。
 昔の帝、皇族、武将、殿様、偉人、商人、庶民達は俳句や短歌等々を季節ごとに集まり自然を愛でていた、それと同じことをデジカメ遊びでやりたいのですね。

メニューで・・

「畦道の小花達」は、一番新しい毎日の身近な自然を追っています。3年を超えますから削除した画像の方がはるかに多いです。ドンドン差し替えて行きます。今の季節の自然を楽しんでください。2ヶ月ほどの間のその季節の自然を掲載しています。

「草花達人部屋」・・ぶちょうほう様と言うお友達のページですが、まったく同様で日々、その季節に咲きあがった花達で、季節を追いつづけているといっても過言ではありません。その上に山岳野草花が登場します。送られてくる全画像を掲載することは不可能です、もう何千枚となっています。この方も同じで、季節の旬の花を皆さんと一緒に愛でたいの一心だと思いますね。季節感なんですね。

「里山花と色々」・・同じです。里山や沿道の季節の花を掲載しています。昔の歌人は身近に見ていたと思います。これも削除数の方がはるかに多いです。春、夏、秋、冬と分けたぐらいで季節のものだけ掲載しています。

呑気な夕焼け・・毎日の夕焼けを3年以上掲載を続けています。これも四季の季節の違いがわかるのですよ。

呑気写真蔵・・ここは過去に出会った花達を、私のお気に入りだけ整理しています。年々画像を差し替えています。もっと確りとした整理にしたいのですが、私の画像には遊び心が入りすぎて、植物図鑑には無理ですね。一挙に季節感を味わっていただくだけですね。

 長いウンチクを記してしまって、一寸気をつかってしまいましたが、季節の変わりが感じられなくなった都会の方達や地方で自然を楽しんでおられる方達と、長い日本列島の季節の移り変わりをネットで楽しめたらなーと思っています。

 今は梅ですが、すぐに桜がやってきます。清貧の世界にいても季節の自然は無料でやってきてくれますよね。そんな安物のページをも目指したいと思いますね。

ネット交流は生身の交流です。

2005年2月18日天気は曇り。

 今日のネット交流は悲しい出来事を知ることになりました。金沢から、お酒好きのページを発信されていましたお友達のことです。私とは四年前ぐらいの簡易ホームページの初期からの御付き合いで、居酒屋、プロ野球、高校野球と楽しい交流でしたね。金沢で一緒に飲みましょうとも言ってくださってました。

 その方の掲示板にご家族からと思われるご丁寧な交流のお礼と、この2月4日に永眠しましたと記されていました。

 私は、ネット上ですので、なにかのいたづらか、間違いであって欲しいと願って静観していました。日が経つにつれ、気になり、問い合わせの書き込みをしてくださったお友達がいましたね。その問い合わせの書き込みに、また丁寧なお返事があり、心筋梗塞のあっという間のお別れだったことを知り、ネット上ですが、お悔やみを申し上げておきました。星になった彼はネット上ですが、よろこんでくれていると思いますね。

 昨年の暮にもネットのお友達で猫が大好きなお方が、愛猫の葬儀をすまされたあと、愛猫を追うように亡くなられましたね。この方とも楽しい交流でながく遊んでいただきました。先立たれたお二人のことは寂しく残念なことですが、こればっかりはどうすることも出来ないですね。(昨年前半にはピアノの天才少女も先立って行きましたね。可愛いお茶目なネット友達でしたね。)

 このようにネット交流も電波上の相手の顔の見えない交流ですが、心や言葉で充分に理解し合え、機械的にキーを叩いての交流ですが、叩いているのは生身の人なんですね。病んだり、悲しんだり、怒ったり、笑ったりで最後はお迎えが来る生身の交流なんだなーとつくづくと思いましたね。

 また暫く交流が途絶えていても、ページにお伺いして元気な近況を記されていると、嬉しいものですね。「いやー、年賀状か暑中見舞いのようになってしまいましたが、お元気な日記で安心しました。今後ともよろしく。」とこんな感じも交流なんですよね。

 これからも、つまるところは生身同士なんだから、ネット交流を大切に育んで行こうと深く思いましたね。

 ネット友人のご冥福を深くお祈りします・・合掌

春がそこまで来ている

2005年2月14日天気は快晴。

 商店街がお休みで、風もなく暖かい天候で、いてもたってもおられず、車を出して少し田舎道を走ってやろうと動きました。

 まずは我が地の茶畑から里山風景を楽しみました。細い道が続くが総てコンクリートで走りやすい田舎道をグルグルと花探しです。農家の庭先に「おうっ、花だな」と車を止めて近づいてみる。黄色の変わった花姿のマンサクを見つめて楽しみました。

 少し里山を歩こうと、自然公園の駐車場に車を止めて、まず近くの木蓮の莟を楽しみました。少し入ると木名はわかりませんが、少し赤見がかった実を木全体にぶら下げている木姿を楽しみました。白いアセビが満開に咲きあがっている木を「おまえは早いなー」と眺めすぎて行きました。

 里山の中は、人影はまったくありません。そうだ、木々の芽吹きを楽しもうと歩きました。芽吹いている木々を見ながら、一人歩きの醍醐味を味わいました。

 帰り道に暖かさに誘われていつもの散歩道の近くを、まだまだ芽吹いていないだろうが、ネコヤナギが気になって川原を歩いてみました。なんとネコヤナギがほころんでいましたね。そのネコヤナギと川原あたりを見まわしながら、「春が来ている。今年も花達に遊んでもらえるなー」と心でつぶやいて、我が家に帰ってきました。

 なんの変哲もない、どこにでもあり、誰にでも出来る簡単な自然との出会いだが、私にとっては孤独を楽しむ素敵な一日だったことは確かで、心が落ち着きました。

呑気なアイデア・・

2005年2月

また寒くなってきました。三寒四温と言うのでしょうか、こうやって寒くなったり暖かくなったりで春がやってくるのでしょうね。

 さてネットのお友達との交流で、介護保険制度や少子化での今後の老人問題等々でお話することが多くなりましたが、私の呑気な思いを簡単に塵埃記に記しておきましょう。

 私は長年にわたって親の介護をしてきました。もう15年になろうとしていますね。そんな状態から見た思いなんですね。

 最近、介護や福祉関係に携わろうとする若者達が増えてきましたね。安定した給料を得られる制度ができ、また商売としても面白い事業と考えられて民間の業者も増えてきていますね。
 でもまだまだはじまったばかりですね。私の経験からですと、「疲れる」と言う言葉が出てくるのはこれからですね。
 若者達に老人介護好きが増える世の中も可笑しいと思うし、また老人介護で民間の営利事業として儲けると言うのも可笑しな話しだと思いますね。

 呑気なアイデアとしては、老人は老人達で介護し合うのが良いでしょうね。元気な老人が弱った老人を支えるのですよ。献血のように元気な老人がボランティアで介護支援をすると、介護される時に恩恵を受ける。また年金生活で仕事はないが元気な人達がパート的受給で介護にまわるのですよ。若者達より忍耐強い介護が出来るでしょうね。

 もっと呑気なアイデアは、徴役制度(徴兵は反対ですよ・・懲役じゃないですよ)ですね。60歳ぐらいから65歳くらいまでの1年間(期間は飛び飛びでもよいでしょう)ほど徴役されるのですね。1ヶ月は介護訓練と自分自身の健康チェック期間ですね。あとの11ヶ月を地域の介護福祉に携わるのですよ。この期間の収益を自分自身が介護される時に使うのですよ。
 徴役を逃れようとする天下り役員や政治家が出てくるでしょうね(笑)。

 呑気なアイデアですが、こんな突飛な思いが浮かぶほど、介護保険制度も金銭主義的になりそうで「貧しい者はさっさと消えろ」と言う風潮になり、また精神的に閉塞(糞詰まり)した今の政治や世の中を思うあまりの塵埃記でした。

ドラムの遠吠え・・

2005年1月27日天気は曇り。

 もう本年も一月が流れて行きますね。早過ぎるような気がしています。これは50歳を超えてからものすごい速さで流れている感じがしますね。皆さんはいかがなものでしょうね。

 さて、最近ドラムとの散歩で困っていることがあります。おそらくご近所の雌犬ちゃん達の発情の時期だろうと思いますね。いつもなら、私の少し前をトコトコ歩いて行き(首輪の出来ない犬です。)、畦道は疾走して、私が花探しをしているところを行ったり来たりして、つかづ離れずのような状態で散歩をするのですが、この数日はドンドン畔草の匂いを嗅いで先へ先へ行ってしまいます。まあ年に2回ほどのことですね。

 帰り道で待っているとぐるーとまわって私のところへは帰ってきますがね。またドラムは散歩で他のワンちゃんと出会っても、吼えたり、攻撃したりは決してしませんね。首を傾げて見ていまして、相手に吼えられると一目散に逃げて私のところに飛びついてきます。目の開かない小さな頃に貰ってきたから、自分が犬だとは思っていないのかもしれませんね。

 それから我が家の中では、ご近所の雌犬が近くを散歩していると、洗濯干し場にあがってなんとも言えないセツナイ遠吠えでなくのですよ。恋をしているのでしょうね。
 でももう五歳半になりますが、童貞なんですね。可愛そうですが一生童貞で辛抱してもらいます。
 あの味を覚えると雄犬は、その季節に大変あつかいが難しくなりますね。前の犬がそうでしたね。(目を離したすきに出て行き、丸一日帰ってこずに、傷だれけになって帰ってきていましたね。)

 ドラムはもう大丈夫だと思います。3歳、4歳ぐらいまで、セックスを知らないでいると大丈夫だと聴いたことがあって、いままでその季節は注意して、ドラムを監視していましたからね。

 あと数日の辛抱だとおもいます。今、また夕焼けを見に行こうと外に出たがって、くるくるまわって催促してますね。勝手な行動をとるから連れては行きませんよ。

沢山の町役があり、困ったものです

2005年1月17日天気は曇り。

 昨日の初参会(初談会)で田舎の新年からの諸々の行事も一通り終わりましたね。私も4年間の町役からやっと交代することができましたね。

 我が町内は老齢化がどんどん進み、後を継ぐ若者達もいなくなりましたね。17軒ばかりの町内なんですが、町内会長を決めるのが大変になってきました。私が一番若い年齢だから私まで町役を下ろしてしまったら、次のなり手に困惑してしまいました。順番制が難しくなってしまいましたね。
 若者がいないから、また80歳近い長老のところに戻ってしまいますね。これには無理が出てきましたね。とにもかくにも、新しい順番制を模索することになりました。

 それにしても、町役が多いですよ。民生、土木、花と緑、老人クラブ、体育、体育推進、交通、防犯、子供会、婦人会、社会福祉、等々(他にもありますね)の役員とその上に大役の区長、副区長、会計、監査等々ですからね。
 我が町内だとほとんどの方が何がしかの町役があったってしまう状態ですね。

 大きな町や市とが合併の話が盛り上がってきていますが、小さな町内も合併を考えないといけないでしょうと私は意見を述べておきましたね。

 昨日も長老達から、我が町の歴史などを聞かされましたが、「昔は呉服屋さんがこの町内に10件もあった。今は1件になってしまった。」とか、「これからまだ、廃業が続くだろう」との話ばかりで、老齢化による町の衰退はとめられないだろうの結論になってしまいましたね。

 悲しいことですが、これも私の歩んで行く人生だと思っています。確りと今後の町の成り行きを見届けてゆきたいと思います。またそのことを拙い文章で残せたらなーとも思っています。
 若者達に田舎の対面販売の小売業の面白さを発信したいのですが、そんな時代はダイエーさんや西武さんや量販店が潰してしまいましたね。

 まあ呑気者がこれから、歴史的な観点になってしまうかもですが、小売業の面白さを発信してやろうとも思ってますよ。

さー呑気な日々に戻りましょう

2005年1月12日天気は曇り。

 戎さんも終わり、あとは初談会(1/16)を残して新年の田舎の行事は終わりますね。
 私は呑気を模索して、このHPを細々と紡いでいますがページも呑気な日々を取り戻しましょう。

●暢気∥呑気(名・形動ダ)・・①心配や苦労のないこと・気楽②気が長いこと③気にかけないこと(無頓着)と辞書にありますね。

 私は人生の最大の友をお酒だなーと思ってますから、「呑気」の字をハンドルネームにしましたが、この心境に到達するのもまだまだ難しいものだなーと感じていますよ。

 でも愛犬との広い田園地帯での散歩の時間(1時間足らず)は、誰も見向きもしない農家の嫌われものの雑草花と遊んだり、青空の下をぶらぶら何も考えずに歩いたりで呑気になれますね。

 呑気な散歩での遊びを少し記しましょう。

 愛犬ドラムは頭より首の方が太い犬でして、首輪が外れてしまいます。ですから放し飼いなのですが、決して自分勝手な行動はとらないのですよ。ですが畦道だけはなぜか疾走します。この走っている姿をデジカメで画像にするのがなかなか上手くゆかないのですね。凄いスピードで走りぬけますからレンズに入らないのですよ。(何度も失敗していますね。)

 上の画像も元の画像では端っこに小さくやっと写ったのですが、画像を切り取ってやや真中に持ってきたのですよ。また挑戦してみますね。こんな感じで呑気を模索してゆきたいと思いますね。↑のココログの塵埃記にも散歩道の風景を掲載しました。
 皆さんにはクスクスと笑って和んでいただければ、大変に幸いですね。

介護・・

2005年1月5日天気は晴れ。

 我が86歳の母が今朝、緊急入院しました。本日あたりから、ネット交流をいつもどうりにぼちぼちとはじめ、皆様と今年も楽しいネットライフをと思っていましたが、ままにならなくなりました。沢山の明るい書き込みや素敵な画像等にお返事やレスをなんとかと思いますが、どうも暫く余裕が出来ないかもしれません。
 なんとかと思っていますが、出来た人と出来ない人ができてしまうと思います。ひらにお許しいただきたいと思います。

 母はこの5年(入院も数度)はベットの上で食事がとれるだけの寝たきりで在宅介護をしていました。亡父(4年前)は食事も介護の完全寝たきりで8年間在宅介護しました。(母も同時進行でしたね。)
 亡父の時代から続く在宅介護ですが、福祉医療の発展ぶりを見つづけてきています。車椅子、ベット、デェイケアー等々、ドンドン使い安く介護人の苦労を少なくする機種や医療になってきています。そんなことも今後に発信できればと思っています。

 母はたぶんまた我が家に帰ってくるでしょう。その時は野に咲く花と同時に、諸々の苦労が日々押し寄せてくる人達に「大丈夫ですよ。山より大きな猪はでない。今日の苦労は時間(明日)が解決しますよ。」と笑い飛ばしていただけるようなコメントをお届けしたいです。

 そんなこんなでございます。皆様よろしくでございます。

 それにしても我が人生も滅び行く商店街の諸々の問題や行事、介護生活の乱れ、不景気の荒波と色々と押し寄せてきますねーー・・ここが些細な人間力の発揮のしどころかもしれませんね。
 大変な災害にあわれた方達(亡くなられた方達)や世界の飢える子供達を見ると、なんてことはないですね。

忠義

2004年12月14日

今日は義士祭ですね。我が地でも浅野家のゆかりの方の墓があり、この日を義士祭と言うことで小さなお寺でお祭りが催されます。まあこの辺では赤穂市が本元で有名ですね。我が地は大きな祭りではありませんが、忠義の心を思い出す日であることには違いはないですね。

 この義士にまつわる縁の地は全国に沢山ありますね。数年前に我が地でサミットが行われて、色々な催しがありましたが、その中で吉良高校と赤穂高校の野球部の親善試合を我が地で行いましたよ。おそらくはじめての試みだったと思いますね。

 吉良市へ交渉に言った私の友人(公務員)が言ってましたよ。あの町では吉良さんは大変優秀な殿様だったのだそうですと、今も地元の皆さんに愛されていたと。
 忠義とは辞書には・・君主にまごころを尽くすこととありますね。
 その地、その地に忠義の人達が沢山いたのでしょうね。

 それぞれの地域に根ざした施政がなされて、愛される優秀な君主がいたから忠義と言う言葉がもてはやされたのだろうなー・・現在では忘れ去られようとする言葉だなーと思った次第です。

ゴジラを生んだ日本・・

2004年11月20日天気は快晴。

 最近、深夜に衛星放送で子供の頃によく見た「ゴジラ」が再映されているのを、途中眠ってしまうのですが、楽しんでいます。見ていてふと思ったことを塵埃記に記しておきますね。また皆さんとお話してじっくりとコラムにしてみたいと思います。

 ゴジラは日本が生んだ有名な架空怪獣ですが、私は日本だから生まれたような気がしています。
なぜなら・・
大都市をあっという間に破壊してしまう。
私は日本ほど戦争で、大都市が草木もなくなるほど廃墟となった国はないのじゃないかと思いますね(あったら皆さん教えてください)。
この残像がゴジラを生んだのじゃないかと。

 またこのゴジラをアメリカとおきかえると、もっとわかりやすくなりますね。日本を破壊し尽くしたゴジラが、次の新たな破壊怪獣が出てくるとなんと日本を救ってくれるのですね。日本の都市の上で戦う強く大きなゴジラ(アメリカ)が好きなんでしょうかね。

 アメリカで生まれる映画は、宇宙人の攻撃や大自然の大都市破壊ですが、現実にはまだ都市全部が廃墟となる経験はしていませんね。アメリカ映画のゴジラは都市を破壊できませんね(傷めると言う感じですね)。アメリカゴジラは橋の上で亡くなりましたね。

 先の大戦で廃墟になったから復興がはやかったかもしれませんが、歴史的文化財は残されましたが、都市の庶民の文化は同時に焼き尽くされ廃墟と化してしまいましたよね。
 昔の庶民の精神文化も吹っ飛んでしまったのじゃないか・・日本が生んだゴジラから発せられる文化は何なんだろう。

 ゴジラ映画からそんな思いがわきましたね。こんな諸々をゴジラを通して、もう少し考察して、また塵埃記にまとめてみたいですね。
 ゴジラについて思いがありましたら・・お知らせください。

人生・粋に感じる

2004年9月26日天気は晴れ・・夏日でした。

 本日も母校野球部の応援に早朝から行きました。相手チームも甲子園出場経験の多い私学強豪校でした。でも我が母校は優勝候補です。素晴らしい試合内容でしたが、2対1で10回サヨナラ勝ちしましたね。春の甲子園出場が見えてきました。

 呑気な私はそのまま帰らず、次の対戦相手になる試合も楽しみました。その試合も素晴らしい接戦でした。でも勝った相手チームを見て、こりゃー勝てると予想してしまいましたね。

 我が怖い山の神(愛妻)が寝たきりの母を介護しながら、商売のお店番もしてくれているのを知りながら、まっすぐ帰らず勝利の美酒だと戯れて居酒屋遊びでワイワイと騒いでやっと帰ってきました。

えいっ・・人生・粋に感じるだと・・納得させながら・・この塵埃記で遊んでいます。

意気、活き、生き、委棄・・イキで辞書を引くと沢山あります・・あえて「粋」にしました・・呑気のオッサン・・貴方はこの「イキ」ですよと教えてくださいね。

8月にいつも思う・・23

2004年8月16日天気は晴れ。

 昨日は終戦記念日でした。オリンピックのメダル獲得の知らせがいっぱい届きましたね。日本は素晴らしい国だと思います。オリンピック選手は自分の為に頑張っている。メダルを取った感想に・・「最高に気持ちがいい!」と、個人的ですが素敵な言葉ですね。一番平和な言葉かもしれませんね。国家意識があまり介在しない。

 オリンピックも楽しんでいますが、戦争・原爆と言う悲惨な体験を持っている我が国です。この時期はそんなテレビ放送も鎮魂の気持ちを持って見ています。色々と難しい問題があるでしょうが、私の子供様な気持ちを記しておきますね。

 私はテレビ、雑誌、新聞等々で昭和の大戦の歴史を見聞きして、もし素晴らしい政治家(平和主義者)が国の舵取りをしていたら、どうなっていたかと8月はいつも思います。

 戦争で何もかもなくし、原爆まで落とされ廃墟となり、今までの日本古来の思想も否定されました。しかし自然豊かで海に囲まれて他国の干渉を受けにくいと言う素晴らしい国土と正義感が強く勤勉で働き者と言う民族です。

 そんな経験と思想を持つ日本が国として貧しくても世界には類のない、「どの国に対しても戦争は絶対に反対」と言う平和国家を目指していたならと思うことがあります。類まれな民主国家を目指していたならと・・

 昨日、テレビで「戦時中の子供達」を見ました、管理された思想なんでしょうが、目の輝きが素敵でした。誇りを持っていたのでしょうね。
 もし平和国家を目指していると言う誇りを持たせる政策をとっていたなら、今のような豊かさは手に入らなかったかもしれないが、日本が違う国になれたような気がします。個人の自由や、人の命を大切にすると言うこの59年だったらどうなっていただろうと子供様な思いが沸きます。

 夏はいつも甲子園の白球を追う純な若者達を見ながら、こんなことを思う呑気者です。

協力?それとも干渉?

2004年8月9日天気は晴れ。

 立秋も過ぎましたが、暑い日々が続いています。甲子園、オリンピックと本年はスポーツ満載の8月となりそうですね。扇風機のまわっているテレビの前で楽しませていただきましょう。

 さて、サッカーのアジアカップですが素晴らしかったですね。私はジーコファンだからより嬉しさが増しましたね。でも過激なナショナリズムの応援が話題になりましたね。

 私は危惧します。民衆レベルであれほどの反日感情を見せつけられると言うのはですね。両国の間に色々な問題があることは両者理解していると思います。それはそれとして外交で解決して行くべきだと思います。

 危惧するのはメジャーネットの掲示板に凄い感情を吐き出しているの見て、民衆のレベルでナショナリズムをあおり敵対してゆくことですね。自由に言いたいことの言えるネットですが、相手に対する敵意の交差では何事もはじまらないし、より危険な方向に向かうでしょう。

 ネットの怖さも危惧しますね。大量の両国の民衆があおられる可能性を秘めていますし、マスコミも心配ですね。両者とも相手国の敵意を流しているだけですからね。日本の政治家の敵意の言葉や行動をなぜ流すのか私には理解できませんね。また自分の今いる立場がわからず、平気で敵意を民放の前で話す政治家やそれを面白がって流すマスコミも理解できませんね。
 そのような大切な言葉は論調として、しっかりとした文章で議論の場に載せれば良いのです。

 両国がそのようなことを(ネットのような民衆間で敵意の煽り合い)続けるのは、私は大変危惧しますね。

 平和に向かって協力し合うことは大賛成ですが、自由を振りかざして相手国を言論で干渉したり、復興の名のもとにその国に乗り込んで干渉するなんて成熟した民主国家のするべきことではないような気がします。

 個人に置き換えてもわかりますよね。成熟した人々は他人に干渉されるのを極端に嫌うはずですね。言論の自由があると言えども他人を干渉することは出来ないはずです。
 色々な犯罪も他人に干渉することで起こりますね。ストーカー、色々な妬み犯罪、ネット荒し、人の家に許可なく上がりこむ強盗等々ですね。

 この辺の節度を、我々が思いやりや優しさの中で民衆や子供達の教育に盛り込んでいかないといけないと私は危惧します。

協力?それとも干渉?・・・民主主義が成熟していると言われるアメリカを見ても未来は難しいところへ来ているのかもですね。

 我々は協力・干渉はしたくなる資質がインプットされていますからね。抑制する資質を育てるしかないかもですね。
 

ウン?・・月収よりも稼げる

2004年8月

最近のネットで気なることが少しあります。「私の人生が変わった」・「月収1000万の億万長者」・「お小遣いを稼ごう」・「オークションで億万長者」・「ライフスタイルを変えよう」等々のサイトにぶち当たり、その内容を少しだけ拝見してしまいます。
 私も田舎の貧乏暮らしだから引かれますよね。「ネットの広告収入をあなたに」は少しは理解は出来ますが、私はネット広告をクリックすることは皆無だから、それで月に1000万円を獲得できるなんて頭で理解が出来ないのですが、ネットとはそう言うものなのですかね。

 ネットの話とはそれますが、ネットのない時代に私が今までに見てきた人達のそう言う類のお話を記しておきましょう。
 ある先輩が、最初はミシン販売(正業)、真珠販売、それからダイヤモンド、金、健康器具、健康食品等々と次々に講習を受け自分の未来設計を立て、こうすれば大金持ちになれると勉強を重ね次々と挑戦されていました。(私の知ってる限りでは25年以上は続けられたでしょう)

 その先輩は私にも勧誘にこられました。私は田舎ではある程度の人脈がありましたから、格好の人材だったのでしょうね。先輩に言いましたよ「私は自分の知識や誠意は無料でお客様に差し上げています。そのお陰で皆様に商品を買ってもらっています。悪い商品やどう見ても高額な商品は私自身が販売する気になれません」とお断りをし、「やめといた方が良いですよ。分相応と言う言葉もありますから」と言いましたね。

 その先輩は最後には、神経禿げで頭に点々と丸い禿げが出来てしまい。総ての事業に失敗されましたね。野球の応援でスタンドで出会った時に「60を過ぎて、やっとわかった。今、日雇いで働いている。やっと精神的に落ち着いた。」と仰ってましたね。

 高額な収入を得る人達は100人の内に数パーセントいるでしょうね。あとの数十パーセントの人達は搾取され貧乏(餓死することはないですね。)になるのが、経済の仕組みでしょうね。どうも私もあとの数十パーセントに入ってきたようですよ(残りの3,40%に残りたいですね>)。生活するのにお金がかかりすぎるようになってます。誰かが上手く搾取しているのでしょう。(搾取するのは国や地方自治体も入っているのでしょうね。)

 さて、家に居て何もせずネット三昧で大金持ちになれる方法やら、またやってみたけど「そんなに甘くはない。」とかご存知の方は何なりとご意見ください。
 まだまだ昔の頭でいます。ネットの本質やホームページの本質とかは正確には理解していないようなんですよ。

暑い夏も・・18

2004年7月15日夏の陽射しいっぱいの天気です。

「夏」
早朝からクマゼミの蝉時雨で目覚める
今日の暑さはと空を見上げる
むーっと言う感じで夏が落ちてくる

道行く人達との挨拶が 
「暑いですねー」・・「イヤー暑いですね」が
交わす言葉になる 
  
窓を開け放ち簾をさげて 
わずかな時間 のんびりとお昼寝 
目覚めると首筋に汗が流れている
扇風機の前で首筋に団扇を使う 
 
炎天下の中を散歩 
入道雲の逞しさを見ながら 
大きな木の下で一休み 
木陰の爽やかな風がティーシャツを揺らす

夕暮れ時の涼しげな風を求めて
池のほとりの土手上まで行く
田園地帯と遠くの山々を見る
雲とギラギラお天道様の夕焼けショーだ 
  
庭で蚊取り線香をつけて
風呂上りに星空を見上げながら 
椅子に座って涼の夜風を楽しみ
夏の夜に開く花達を想像しながら 
多羅葉の木に蝉の幼虫が登るのを待っている
 
暑い夏も素敵な季節なんだなー 

蓮を見に行き、老人問題・・

at 2004 08/27 16:08 編集

6月19日天気は快晴。

 また夏の定番の花である大賀蓮の季節になりました。我が地の野池で順調に育てられ、これから沢山の大きな蓮が咲きあがります。

「オオガハス」をダウンロード
咲き出しの淡い色の大賀蓮です。

 さて大賀蓮のことは毎年記していますので、その蓮池公園での私の見たものを記しましょう。

 昨年は先輩に公園で出会いました。「お元気ですか?」と聞くと、「おうっ、会社の社長が夜逃げして倒産になって、仕事がなくなり家にもおれんからここで時間をつぶしてるねん。」と公園のベンチで寝転んでおられましたね。今年も何人かそんな方達を目にしましたね(平日ですね)。

 そんな話を写真蔵の掲示板でお友達とお話しました。その方も定年退職者なんですが、若い頃から山がお好きで花を追ってよく登られています。
 その方が「山でもそうですよ。沢山の老人(仕事を失った熟年)が1000m級未満の山を歩かれています。ただ黙々と歩いている人が多いですよ。往復3時間半を今日は3往復したと言っている人もいました。花を追っている私には到底出来ないことだ」と。

 まだまだ働けるのに仕事を失った人達なんでしょうと、お金がかからないから山で時間をつぶされているのでしょうとのお話でしたね。

 公園や山へ花達を見に行って老人問題を考えてしまいました。田舎でも目につきだしたということは都市部では大変な数になっていると思いますね。寂しいことですね。

 このまだまだ元気な人達に仕事を与える方法を考えないと今の政治だと益々増えつづけるでしょうね(団塊の世代が参加してきますね)。
 ぶらぶら時間をつぶしていることが良いことなのか、異常なことなのかの判断もつきませんね。そこに老人問題とハイテク文明社会の根があるような気がしますね。

近鉄とオリックス

at 2004 08/27 16:07 編集

6月15日天気は快晴。

若い衆・「今日のアテはなんにしようかなー、オヤッサン。」
呑気・・「わしゃーホルモンの塩焼きと焼酎の水割りといこう。」
若い衆・・「女将っ・・ワイも一緒でええは。そらそうとオヤッサン、近鉄とオリックスがえらいこと言い出したなー。」
呑気・・「ほんまや、フャンが怒りよるやろなー。」

若い衆・・「そら怒るでー、なんぼ経営が上手くゆかん言うたかて、そらないでーなーオヤッサン。」
呑気・・「野球協約たら言う難しいことはわからんが、なんとかならんのかいなと思うな。」
若い衆・・「決まってしまうのやろなー、パリーグは人気がないから、儲からんのやろなー。」

呑気・・「わしゃー、アメリカみたいに個人のオーナー制にしたらええと思うなー。」
若い衆・・「日本では難しいやろー。」
呑気・・「そやけどな、企業は儲かっている時は会社の利益で持って行ってしまうやろ。阪神、巨人がそうやわなー。儲かってない球団は企業の宣伝費じゃ言うてなんとかしてるのやろ。アメリカは弱小球団を利益が出ている球団がある程度ささえとるそうやでぇー。」
若い衆・・「そうやなー。」

呑気・・「そらおかしいでぇー、儲かっている時には搾取しているんやろ。球団においといてやらんかいな。個人オーナー制やったらおそらくそうしよるやろし、利益がでんのなら売却したらええだけやからな。次のオーナーがなんとかしよるやろ。」
若い衆・・「球団持つのになんぼほどいるんやろかなー。」
呑気・・「選手だけやったら20億もあればええのんとちゃうか、球場借り賃、遠征費諸々いれても50億あればええんちゃうかなー。安い選手でもええ試合さしたら人気でるでー。」
若い衆・・「ごっつい金やんかー。」
呑気・・「観客さえなんとか入ってくれたら、なんとかなるような気もするけどなー。企業の社員を食わしていたら無理かもしれんけどな。」

若い衆・・「球団の経営だけにするんやなー、それでも個人やったら大変やでぇー。」
呑気・・「今の時代やったら居るでそんな人、好きな球団のオーナーやで、趣味で持てるでー、あかんかったら売却すればええ、楽しんだうえに10億ほどの損害やろ。また人気がでて儲かるかもわからんしな。」
若い衆・・「他人事みたいにオヤッサンはいいよるなー。」
呑気・・「ヤンキースの有名なオーナーのスタイン・ブレナーちゅうんかいな。あの人がヤンキースを持っていると言う事はモナリザの絵画を持っているようなものだというたそうやでぇー。モナリザの絵は100億ほどすんのかいなー。」

若い衆・・「近鉄、オリックスではそんなわけにいかんやろー。20億ほどの抵当権がついた絵やないやろかなー。」
呑気・・「おもろいこというなー。そうかもしれんなー。女将、水割りおかわりしてんかー。」
若い衆・・「女将っ、わいもやーっ、それからミノの塩焼きも焼いてんかー。」

里山を楽しむ。

at 2004 08/27 16:05 編集

6月11日天気は雨。

 自然の話が多くなる塵埃記です。これと言った楽しい話題がないのと、世の中のニュースも明るく楽しいものがないから、塵埃記だけでも自然の面白さで紛らわせて行きましょう。

 さて、我が地の森では今ササユリが咲いています。この花は山百合とも言われ万葉の昔から詠われた日本古来の原種の花で、昔は平地から里山と至る所に咲き乱れていたそうです。今は少なくなり、各地でササユリを復活させて町興しをしようと利用される花になっているそうですね。

 そこでネットのお友達とササユリ談議をしましたところ、「ササユリと言えばピンクが相場でしょう。」となり、私は白いササユリを画像にしていましたが、「万葉の人達はピンクのササユリを見ていたのだなー」ともう一度森の中を探して回りました。驚きましたよ・・群生はしていないのですが広い森の中で点々と30花以上は咲いているでしょうが、白ばかりでピンク色のものが有りません。

「ササユリ」をダウンロード

 我が地の自然の森でやっと一株見付けたピンクのササユリです。昨年もこんなに色づいたものは少なかったと思います。万葉の人達はもっとこゆいピンクを見ていたのじゃないでしょうか。

 花の色を考えるようになりました。畦道では初冬の花の咲き始めは白色の花が多く、暖かくなるほど今度は黄色の花が多く、夏になると赤、紫、青と色づいてくるようですね。

 また花の属科によっても色を考えてしまいますね。私の知識のない浅い経験ですが、同じ科の花は色も同じ色系統が多いです。
 しかしラン科だけは総ての色を持っているのじゃないか、私が今年知っただけでも、キンラン、ギンラン、エビネ、カキラン、これから咲き出すネジバナ(ピンク)等々、それからからまわりさんから送られてくるラン科の野草花等々と花色が沢山有りますね。だからラン科に人気(超盗掘の属科)があるのかもと思った次第です。

 以上のお話はあくまでも野草花の話です。園芸は色と形が命だと思いますから配合で凄い色とりどりの花があって当然ですね。

 野草花の中にも時折に変種か除草剤のセイなのか色がなくなり白い花を咲かせるものも有りますが多くはありません。自然に咲くササユリも白い花が少しはあっても不思議ではないのですが、白色が多くなりピンクが薄くなっているのが気になりますね(環境のセイか)。
 子供の様にこれからネットのお友達と野草花の色についても考察して行こうと思っています。

デジカメ考・・

at 2004 08/27 16:04 編集

6月9日天気は快晴。

 昨日、NHKで日本のデジカメは世界の90%のシェアーを占めており、生産も機械化せず人的効率(色々と工夫をして)を上げて生産量をあげている。また海外にもそのノウハウを出すことなく日本人だからできる器用さの技術や勤勉さでもって日本で生産して行くと。
 こうゆう人的技術を持って作り出す精密製品は日本は世界のトップでありつづけ、この産業はこれからも益々日本の利益の為に活躍するだろう。  こんな放送でしたね。

 私のデジカメ考は、安物(日本製だから優秀)のカメラでどのようにすれば素敵な画像になるのかのお話です。

 まず私達(呑気家応接室の山野草の達人「からまわりさん」)はよく花画像についてのお話をよくします。
 結論的にはデジカメの持つ特徴と言うより、私達は流しどりになりがちなんですね。なぜかと言うと花達を次々追っているわけですから、花は動きませんが花追い人の我々が動いているのですね。三脚をおいてじっくりとはゆけないのですね。花散策が主力と言うことですね。

 その為に雨や曇りや風の日はピンボケの山を築(手ぶれ、風ぶれですね。)いてしまいます。また素晴らしく晴れた日なども白い花などは白トビさせてしまいます。それでもなんとか花達を愛情を持って画像にしてやろうとします。

からまわりさんは・・愛情一本で花の生息環境の世界に入られています。花姿の全体像やまわりの景色もとり入れようとされています。その心の底には40年に渡り山を愛してこられたからだと私は思っています。画像に花に対する愛情があふれています。

 私は、身近な僅か1km四方の畦道にどれだけの種類の野草花や雑草花が咲きあがってくるのかと、ある意味で定点的観察(植物図鑑に近い状態)の花追い人になろうとしていますね。(呑気だから変な見方も、雑多のものも混じりますが)
 
 私のデジカメ画像で、本日この花を見てはっきり気づいたことがあります。私のカメラ技術や構図技術ではないと言うことです。
 花が美しいのですよ。この花も初春からズート咲いています。小花そのものが乱れがちですので蝶を入れてみたりと、なんとか素敵な画像にしようとしていた花でした。
 でもこんなに綺麗に小花が咲きそろったイヌガラシの花は初めて見ました。結論付けると花達のポーズによって、花達そのものの美しさによって私の花画像は出来ていると気付きましたよ。
 
 あとは愛情を持って、ピントを合わせて素直に撮ってあげるだけですね。自然の中だから、バックも自然任せが良いでしょうね。あれーっこりゃーデジカメ考になりませんでしたね。

 ネットの中にはデジカメ画像技能のもっと素晴らしい方達がいます。そちらの方達にお聞き頂く方が良いでしょうね。

自然の中の楽しみ・・

at 2004 08/27 16:02 編集

6月5日天気は快晴。

 この6月2日に近くの自然の森にササユリを見に行きました。咲いているかなーと森の散策道を歩いて行きます。途中にもう一つのお目当ての花のツルアリドウシを見ます。見ますといっても5mmほどの花です。見つけ様と楽しむのですよ。ササユリ、ツルアリドウシは里山花でお楽しみください。

 森では色々な花達、木々達の花にも会えますが、キノコや蝶や蛾、トンボと画像にはしませんが(出来ませんが)、楽しませてくれます。
 ササユリを画像にする時に凄い羽音が聞こえてきて見ますと、大蜂がすぐそばにいました。凄い恐怖感を楽しみました。
 また山好きのお友達からは深い笹薮を歩いて大ダニに食い付かれ、家までもって帰ってきたと楽しんでおられますね。(楽しみではありませんかね。)

 今回、追っかけて大変苦労した蛾に出会いました。さーと飛んで4,5m前の森道に落ちるようにとまるのですが、それからが大変でしたレンズの中にと探しましたが見つかりません。足でバンバンとまた踏みしめます。また前方にさーと飛んで行き道に落ちます。また探しますが見つかりません。三度目にやっと見つけましたよ。こいつは初めて見ると言うより、見つけられない蛾だと感心しましたよ。自然の中だから楽しめる経験でしょうね。

「シンジュサン」をダウンロード
画像にするとよくわかりますが、広い森道の中ですよ、素晴らしい溶けこみ方でした。
★ネットの醍醐味です。投稿した画像に早速いろんな方達が検索ページを表示くださいました。「シンジュサン」じゃないかと・・凄いです僅か3時間後にですよ。★

Googleで蛾のページを色々楽しみました。あるページに蛾の画像を投稿して、名を知る画像掲示板がありました。たぶん名前はわかると思います。でも蛾は凄い種類でまだ新種が沢山いるとのことです。見付けると自分の名前がつくかもですね。(笑)

 あるページの蛾についての記述を抜粋しておきましょう。
 現在、日本産(北海道~沖縄・八重山諸島)の鱗翅目は、蝶類が6科で約250種、蛾類が80科で約5500種が記録されています。蛾類のうちで研究が遅れている小蛾類は、まだ多数の未記録種や新種が毎年記録報告されています。近い将来、日本産の鱗翅類全体では6000種程度にはなると考えられています

私のように子供のような質問にも答えていました。
蝶と蛾の違いは・・・
 生物分類学上では特に違いはありません。昆虫(=胸脚が3対の節足動物)の中の鱗翅目(Lepidoptera)に含まれる動物で、昼間の環境に特化して飛翔力の鋭敏な一群を蝶(Rhopalocera)と呼び、それ以外のものを蛾(Heterocera)と呼んでいます。日本語や英語では、蝶(butterfly)と蛾(moth)と区別していますが、区別していない言語もあります。成虫の形態であえて区別点を挙げるとすると、触角が異なっています。蝶の触角は棍棒状で、蛾の触角は糸状・櫛状・羽毛状など様々なものがあります。

 蝶と蛾は違いはないのですね、昼間よく飛ぶのが蝶とされてますね(知りませんでした)。蛾の中にも綺麗な蛾もいますものね。画像は有りませんが、初夏の森の中のシロシタホタルガは優美な飛び方をしますね。これも自然の中の楽しみの一つでしょうね。

 もう一つ・・モスラは蛾ですか?
 もちろんモスラは蛾ではありません。蛾をモデルにした架空の生物です。モスラが蛾と違うところは、まず幼虫の目の位置です。モスラの幼虫の目は膨らんだ胸部にありますが、蛾の幼虫の目は、頭部の横側に単眼が数個あります。モスラの成虫の口は、噛む口になってますが、蛾の成虫の口はストロー状の吸う口ですし、カイコの仲間は口が退化してありません。モスラの翅には大きな目玉模様があります。目玉模様というのは、鳥類の攻撃から身を守る役割があるとされてます。とういことは、もし、モスラが実在したならば、モスラを襲う巨大な鳥がいることになるとの指摘もあります。

 以上、青字は「日本蛾類学会」より・・抜粋させて頂きました。お許し頂けるでしょう。

居酒屋談議・・7

at 2004 08/27 16:01 編集

6月1日天気は快晴。

 もう6月に入ってしまいましたね。早いですね。紫陽花と雨と水田の季節ですね。私は相変らず安酒を呑んでお友達と遊んでますね。

飲み友達・・「おやっさん、ええ話ないかー、夏の高校野球ももうじきやなー」
呑気・・「そやなー、早いもんやなー、あと一月とチョットになってきたなー。」
飲み友達・・「夏はどないやー、兵庫県は夏は激戦区やからなー、簡単にはゆかんやろなー。」
呑気・・「そやけど、ええピッチャー二人持っているから、優勝候補にはちがいないでぇー。」

飲み友達(テレビを見ながら)・・「拉致問題の放送ばかりやなー、おやっさんに聞きたいことがあるんや」
呑気・・「なんやー。」
飲み友達・・「北朝鮮はなんで、あんなに大勢の人達を拉致しよったんやろかなー。」
呑気・・「わしもそのことが気になっていたんや、連れて帰っても食べささないかんし、働かす言うても、農村部になんぼでも労力あるしなー。」
飲み友達・・「日本語の教師やスパイを養成したり、軍で働かそとしたんやろ。」
呑気・・「それもあるやろけど、それにしても連れ帰った人数が多すぎるで、それも手当たり次第に連れ帰っている様子なんやなー、そこでわしゃー、子供みたいにネットの友達に質問したんや。」
飲み友達・・「おやっさん、インターネットやらいうのんやっとんのんかいな。凄いなー、どんな返事が帰ってきよったんや。」

呑気・・「ある人から、わかりやすく納得できる返事をもろたんや。」
飲み友達・・「ほうほう・・」

呑気・・「その人がある本で読んだらしいんやが、北朝鮮は当時から戦時下なんや、それで南との戦争工作の為に侵入訓練を我が国沿岸で行っていたんやな。そこで軍は本当に日本に上陸侵入したか証拠を持って帰って来いとなったんやろ、拉致された人達は証拠品としてが大勢いただろう。とお返事いただいたんや。」
飲み友達・・「なるほどなー、日本は無防備で訓練するのにもってこい国やったんやろなー。」

呑気・・「そうなんや、当時から沢山の人達が拉致されているとわかっていながら、なんにもせんかった国、珍しい国やで、経済成長に浮かれてしもて、隣の国が戦争状態であることに気がつかなんだんじゃろうな。」
飲み友達・・「そんな理由やったら、政治的やない普通の人やから、まだまだ大勢が北朝鮮で生きとってんとちゃうやろか。」
呑気・・「ええこと言うなー、そのお返事頂いた方も反抗さえしていなければ、まだまだ拉致された人達は生きていると希望していると仰ってたなー。」

呑気・・「女将っ、焼酎の水割りのレモン落しおかわりしてくれるかー。」
飲み友達・・「女将っ、わいもやー・・・」

カラスノエンドウ

5月24日天気は超快晴。

パチパチパチッと裏の空き地から
はじける音が絶え間なく聞こえている
愛犬と見に行く 
音がすれどもなんなのだろう
パチパチッと近くではじける音がした
オウッ本年の空き地の王者 カラスノエンドウ
真っ黒に色づいた実がねじれてはじけている
パチパチパチッ3連発ではじけた
素敵な音と素敵なものを見せてくれた
早春には薄紫の花で楽しませてくれたね
黒い実になるから カラスノエンドウなのかなー

ドンドン声を出してはじけろよ
間に合ったようだよ カラスノエンドウ君
7月にはクリーンキャンペーン
強烈草刈機ですっかり刈り取られてしまうからね


超身近な裏の空き地の出来事でした・・音を聴いたのは永い人生で初めてでした。

人類は成熟できないのかも・・

5月17日天気は雨。

 さて本日もネットのお友達がおこしになりLogを押して日記などを拝見しています。
 そのお友達の中に医学研究者としてアメリカのアトランタでお仕事をされている方(流生のお友達に)の日記に触発されました。

 「アメリカの正義」と題して、南北戦争を取り上げて「黒人奴隷開放」と言う大義名分の戦いのようだが北部の税収確保の為の侵略戦争であったと詳しく説明されて、この度のイラク戦争も「独裁者からイラク国民を解放する」大義名分をうたっているが、石油利権確保であり、アメリカの侵略戦争は南北戦争いらい変わっていないと記されてます。
 そして、☆「我々はもう気付くべき時を迎えている。このイラク戦争に正義などない。イラク市民の開放など、侵略戦争を正当化するための大義名分にすぎないのだ。」☆と結ばれています。

 このコラムを読んで、私は子供のような思いがグルグル頭を巡りましたよ。
 歴史の浅い今世紀のアメリカの戦争を知るだけでも、戦争とはどう考察してもどう大義名分をつけてもどちらかにとっては侵略戦争に他ならないのじゃないだろうか。
 日本の昔の歴史の戦争の繰り返し、中国の太古からの闘争の歴史、それぞれ各国の自国の闘争の歴史、近代に至る植民地政策(まだ続いている)の侵略戦争の歴史等々を見ましても、少しも人類は成熟していないのじゃないだろうかと思わされますね。

 ただ私は、「今世紀の殺戮兵器を使っての戦争は止めるべきだ」と人類が成熟して欲しいです。
 と言うのは終りがなくなるからのような気がします。なぜなら殺戮兵器に人の血が通っていない。小銃にしても打ち放つだけ、爆弾(ミサイル)にしてもボタンを押すだけ、原爆なんぞ見境なしに総てを焼き尽くすのに遠く離れた母船の中のテレビを見ながら、こんな風に考えると少数のテロ集団でも戦えますよ。映画じゃないがアメリカの軍部の中枢がテロ集団になったらと思うと怖すぎますよ。日本の歴史の中で忍者の「草」というのがあり子供の頃からその地に暮らし中枢にもぐりこむことも可能ですからね。(子供ポイのが私の頭)

 昔の兵器(刀や銃まで)の戦争は人間同士の誇りや名誉や郷土愛をかけての戦であったと思います。人と人が相対しての戦いはそこに人の尊厳(刑罰があっても虐待は少ない)が感じられた戦争歴史(終焉してますね)を残してきたのでしょう。今世紀の戦争に命の尊厳なんて感じられるはずがない。やめなければならないと思います。

 アトランタのお友達と同じですね。もうぼちぼち我々も気付かないといけないと思いますね。

定家葛・・テイカカズラ

5月13日天気は雨。

 さて初夏の花のテイカカズラが咲き出しましたが、この蔓性の植物は我が地では嫌われものでして、荒れた空き地の大木やら空き家の土塀にびっしりと這い登ります。スクリュウのような白い花を咲かせ甘い香りもあります。
 ネットのお友達に昔にこの花について色々教えてもらいましたが、ネット検索から・・この花の事や歴史を抜粋して見ましょう。

「テイカカズラ」をダウンロード
(呑気の裏の空き家の土塀に咲き乱れる花です)
定家葛(ていかかずら).別名:まさきのかずら.
学名:Trachelospermum asiaticum Nakai(キョウチクトウ科)
万葉:つた.と有りますね。

 藤原定家に由来する花だと記している方達がいましたね。その中で☆謡曲の「定家」に由来する名前☆であるとして説明されています。

 旅の僧が京都で夕立にあい、雨宿りしたのが歌人の藤原定家の建てた亭だった。そこの女性が、葛の絡んだ式子内親王の墓に案内して、「内親王は定家と深い契りを結んだが、内親王はすぐ死んでしまったので、定家の執心が葛となって内親王の墓に絡みついてしまった」と語った。
 その女性は、じつは内親王の霊で、旅僧が読経し成仏できて喜んだとのこと・・と記されていましたね。

 また別の方は定家が内親王に執拗にせまりましたが、40年も先に内親王が亡くなっており、定家の死後に内親王の墓に絡み付いて「定家葛」と呼ばれたのなら、定家は可哀想な単なるストーカ男にされてしまったと記されてましたね。(面白いですね)

 万葉にも詠われていますね。「延ふつたの」の「つた」はテイカカズラを指しているそうですよ。
 群鳥の 朝立ち去なば 後れたる 我か恋ひむな
旅なれば 君か偲はむ 言はむすべ せむすべ知らず 
延ふつたの 行きの別れのあまた 惜しきものかは … 作者不詳  『万葉集』巻十三3291長歌の一部 ・・意味は調べて見てください。

 またネットのお友達から伊勢神宮の中の1000年木に凄いテイカカズラが這い登っていましたのお知らせ頂きましたが、ネット検索でこんな記述を見つけましたよ。

 ☆「テイカカズラ」の中には、しばしば赤変する葉がまじります。それをマサキノカズラと呼び、神聖な植物と考えられています。今日でも、伊勢神宮の大祭にはマサキノカズラの枝が使われます。☆

 この時期、荒れた里山周辺で見られるテイカカズラもこうやって見ますとエピソードや歴史のある花ですね。

 ネット検索の記述に助けてもらった塵埃記になりました。ネットの文章を引用しました。お許し頂けるでしょう。

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