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援助交際と遊女とは、まったく違う。

2006年6月27日天気は快晴。

 本日の塵埃記は男の話しにします。昨晩、テレビで都会の援助交際で乱れている少女達の話をたまたま見てしまいました。
 遊女気取りな感じも受けましたので、私は援助交際を知りませんが、昔の遊女なら知っています。

 私の知っている遊女は、学生の頃(あっ、中退して社会人です。)ですから、今から38年ほど前ですね。兵庫には神戸に新開地と言う歓楽街がありました。その中に福原と言う遊郭が建ち並ぶ町並がありました。赤線は廃止になっていたのですが、確りと残ってました。

 お店の名前も江戸時代や明治時代の名前が多く、「いろは」、「えびす」等々でしたね。店先の玄関にはお婆さんが立っていて、「お兄さん、遊んで行かない」と声をかけてました。また二階の窓越しから、手招きする娘もいましたね。遊び方はご想像にお任せするとして、遊女達のお話をしましょう。

 彼女達のほとんどは貧しさゆえに、遊女にならなければならなかったと言うことです。地方の農村からの食い減らしや、金の卵と言って都会に集団就職したが、何がしかのトラブルがあって辞めざるをえなくなりましたが、田舎に帰れなかったのですね。また家族の生活費の為にやむなくと言ったようでしたね。

 遊女達と遊びましたが、気の優しい娘が多かったですね。気心が通じ合うと常連さんとなり、一段と楽しみが深くなりましたね。
 酒を呑みながら、田舎の話やお父さん、お母さんの話を涙ぐみながら話してくれましたね。

 私が「良い男に出会って、幸せになれよ」と言うと、やっぱり女性ですね。夢は捨ててはいないようで、「うん、私みたいなものでもひらってくれる人いたら、死ぬほど尽くしてあげる。お兄さんどう。」と言ってましたね。

 その後、豊かになってきたのか、福原もソープランド地帯になりましたね。何回か行きましたが、指図を受けて体を洗うだけ、男と女の情緒が薄れてきましたね。贅沢がしたいと言う娘が増えたようでした。

 援助交際で簡単にお金が手に入ると言うのは、お小遣いのようなものですね。昔の遊女達は田舎への仕送りがほとんどだったでしょうね。
 またまた、長くなっただけで何を言いたいのかわからなくなりました。

 援助交際と盗掘がよく似ていると、この書き込みをしていて思いましたね。援助交際は交際を求める奴がいるからなくならない。盗掘は野草花を商いにする奴がいるからなくならない。ちょっと違うかなー(笑)。

 援助交際と遊女とはまったく違いますね。これも今の世を反映している、心が無いのですよ。少なからず遊女達には心があり、小さな夢も追っていたのですね。

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