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陸に上がった河童・「光と影}

2006年12月27日天気は曇り、雨。

 年の瀬で、押し詰まってまいりました。私は体を動かさないと「陸に上がった河童」と相成ります。ことわざですが、勝手が違うと活躍できないと言う事ですね。動けないから、パソコンの前で迷想して、本年を振り返っています。

「光と影」をダウンロード
「光と影」ですね。亡父の写真です。

 本年を振り返りますと、まず年明け早々から、親友の市長選挙に全知全能を出し尽くしました。半年前には、みごと町長に当選しましたが、合併後の市長選挙には敗れてしまいました。
 私は当選した市長を見て光を感じ、親友は影になってしまいましたね。もちろん私も、いまだに影を演出していますね。

 一人息子の光も見ました。永い春だった愛する彼女との、結婚式を経験しましたね。光の中のキラキラ輝く新婦のこぼれる涙を、見せていただきました。

 また「草葉の陰」(あの世)となられた方達との、別れも多い年でした。ネットのお友達もいました。

 最近、亡父のモノクロ(白黒)写真を整理しながら見る事が多いですが、まさに「光と影」ですね。

 私は、光あるところには、必ず影があると思いますね。光ばかりだと画になりませんし、世も映し出せないかもと思っています。
 と言う事は、光り輝く者達の周りには、影の役にまわられた人達が沢山いるから、光輝けるのだろうと思いますね。

 そう考えると、自分1人で輝いていると思っている人は間違ってますね。影がないと輝けないのですね。

 日本は、まだ暗闇となる影の少ないほうでしょうね。世界には、真っ暗闇の影の中で、明日の命もわからないと、生きている人達が沢山いますね。
 考えれば、簡単ですね。ほんの少しの光を分け与えれば良いのですからね。独り善がりで、輝きすぎて、影(暗闇)を大きくしている人間が、多いですね。

 光は、少しだけまわりが見えれば、皆さん前に歩いて行けますね。真っ暗闇の人達に分けることは簡単ですよ。奪い合いする必要はありませんね。

 そんなことを思いながら、塵埃記を進めてしまいました。さて次に、本年最後の塵埃記が追加できるか、老いの商店街の光の中で、ちょっと薄ぐらい影の中にいますから、自分でも判断できかねますね。

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