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戦争を知りすぎている子供達・・

2007年6月29日天気は曇り雨。

 本年も半分が終わろうとしています。本日も、天候が悪くて動けずにいます。そこで、ネットのお友達のページに入って、日記や随筆を楽しんでいます。

 あるお友達の日記に、与謝野晶子の「君死にたもうこと勿れ」の詩と、「戦争反対」を記されていました。私は単純に触発されまして、掲示板に「戦争を知らない子供達」についての戯言を記してしまいました。塵埃記に、その戯言を簡単にまとめてみたくなりました。

 私達は戦後生まれでして、まったく戦争を知らずに育ったと言われていますね。多感な青春時代に、フォークブームで「戦争を知らない子供達」(作詞は北山修、作曲は杉田二郎)の歌がヒットしましたね。

 私達は、当時の大人達から、「髪の毛を伸ばして、女の子みたいで軟弱で、好き勝手なことをしている。それが出きるのは、俺達が戦ったお陰だ。軍隊も知らないで、戦争反対なんて、考えが甘い。」と言い放たれましたね。

 あるテレビ番組で、この歌を歌いつづけている杉田二郎が、北山修を代弁して、「彼は、世界中の子供達が戦争を知らない世がくることを願って作った、希望の歌だ。」と、解説していまして、私はハットなったのですよ。

 なぜハットなったかと言うと、地球規模で物事を考えると、私達はとても「戦争を知らない子供達」などと言えないですね。「戦争を知りすぎている子供達」となりますね。

 ベトナム、湾岸、イラク、アフリカ内戦等々と、地球大戦争の真っ只中で生きていることになりますね。テレビのない時代の子供達よりも、無駄死に、悲惨さ、虚しさ、怒り等々の殺戮現場を余す所なく目にして、知るところとなってますね。また、今も銃を片手にして歩いている子供達が世界中に、沢山いますよね。バーチャルですが、私達は同じように戦争を経験していますね。
 
 日本だけのことを思っても、地球上の戦争を知らない子供達なんていませんよ。全世界の子供達が戦争を知らない世が、早く来ることを願ってやみませんね。小さく物事を見る輩達を、北山修はクスット笑っているかもしれませんね。
 先の愚かな大戦も、言論統制をなくしてや政治家の正義があって、庶民が亡くなっている戦争を確り報道していれば、犠牲者は極小になっていたでしょう。私達は、「嘘の報道を知っています。」からね・・嘘や誤魔化しだけは避けてほしいですね。庶民にとって戦争は、それが死ですからね。

 馬鹿が、「実体験を知らないじゃないか」と言うかもしれませんね。それこそ、私は大反対です。実体験以上のものを、もう見たり知ってますよね。愚かな歴史も知ってますよね。だから「風化させては行けない」と、叫んでいるのは、そこなんですからね。実体験は、死ですよね。自分が生きていてもまわりは死です。それが戦争です。なにも見ない死の方が楽かもしれない(殉死、特攻隊ですね)、それが戦争ですよね。

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キキョウソウです。

 戯言に何の関係もありません。別名にダンダンギキョウ(段々桔梗)とありますから、おうっなるほどと言う花が咲いてましたね。

 人は争うことが好きな様ですね。DNAにインプットされているのでしょうかね。この日本国や身近な地域社会を見ても、政治や経済や人々交流(格差)も、戦争とまでは言いませんが、争っていることは確かですね。寂しくて、悲しくて、残念ですね。
 争いは、スポーツの世界だけにできないものでしょうかね。

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