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高く積むと崩れる・・

2006年5月11日天気は晴れてきました。

 塵埃記をすすめようと思います。里山歩きやネットのお友達のコメントや日記で心を癒しています。歩きながらも色々と思考が巡りますね。

 今度の選挙戦での経験から、思いあがっていたのじゃないかと反省もしています。住民の幸せの為にとか、未来の輝く市の為にとか(でも、これがないとすすめませんでしたね)ですね。

 幸せを追い求める人生なんですが、ふと思ったことがありますね。「幸せの積み木」を高く積んでは崩れるということですね。横へ横へ積んで行けば崩れることはないですね(「積み木」にならないですね)。
 どうしても人々は、高く積み上げたいですね。それが幸せに早く到達できる錯覚に陥るのかもですね。土台(生まれ持ってある人もいますね)を確りと作り上げて積み重ねれば良いのですがね。

 私は横へ横へも幸せに到達できる気もしますね。障害や病気や貧しさ(世界にはありますね。貧困にあえぐ人達が)等々を持った人達は高く積み上げることは出来ませんね。しかしその底辺にあえぐ人達がいてこそ、繁栄する人達(高く積み上げれる)もいるのですね。この地球上では無駄なものがないかもしれませんね。悪行を働く人達も、ある意味で善人達に警告を発している(甘い思考ですね)とも解釈することが出来ますね。野の雑草達も決して無駄な植物では有りませんね。

 一人息子の結婚の相手と、お話ししました。二人とも希望に燃えて輝く未来を築こうとしていますね。私は「最初から、幸せの積み木を高く積み上げないように、まず横へ横へ並べて行きなさい。」(相手に対する期待が高いと崩れる)とアドバイスしたかったのですが、美味しいお酒に酔っ払って、言えなかったですね。

 「賽の河原」(親より先に亡くなった幼児たちは極楽には行けず、本来なら不孝の罪によって地獄に行くところが、幼少のため、この賽の河原にとどまり、一つひとつ小石を積み上げる。それを地獄の鬼達が来て、蹴散らし崩す。)を思い浮かべてしまいましたね。

 あまり関係はないのですが、高く積むと崩れる、崩されると言うのが世の法則かもしれませんね。栄枯盛衰もそうですね。永いスパーンで人生を捉えると、高く積むと崩れると言うのは法則かもしれませんね。

 そう思考すると、日々を仲間と手を携えて横へ横へと積んで行けば良いような気がしてなりませんね。所詮、生き物は神様や仏様のお膝元に行くときには、高く積んだ「積み木」は持って行くことが出来ないですね。

 なんかまた、呑気な思考で、訳がわからなくなりましたが、これが呑気の都合の良い解釈をすると言う普段の姿に戻りつつあるようです。

「スズラン」をダウンロード
農家の庭先でスズランをしゃがんで眺めました。同じ場所に大花の牡丹も咲いてますが、雨や風で花がボロボロになってます。小さいですが、スズランは確り咲いてますね。

 我が駄文章を読みかえして見ました。うりゃー文脈がバラバラですね。まだ思考が乱れてます。書き直す気力がありません。読み流しください。

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