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師走の士道

2005年12月16日天気は快晴。

 15日の夜に、NHKで忠臣蔵について、「討ち入り賛成か反対か」と言う面白い番組を見ましたね。家臣300人の内のあとの250名ほどは討ち入りに参加しなかったのですね。

 賛成派アナウンサーは忠義や士道とまあ私達のよく知っている内容でしたね。反対派アナウンサーは「家族や家臣を守るために、断腸の思いで、参加しなかった。」とこれがメインだったように思います。

 賛成派の華々しい清死をえらぶか、反対派の苦労を覚悟の苦難の道を生き延びるか、当時はどちらをとっても、貧しく厳しい選択を迫られたのですね。

 視聴者のアンケートでは、最後は賛成60%、反対40%でしたね。皆さんはどちら・・

 私の散歩道に観音寺と言う小さな尼寺(住職はもういませんが)があります。旗本家原浅野家の陣屋があったそうです。そこで、47人の菩提所がありますね。毎年12月14日に義士祭が行われますね。

「大石内蔵助の墓」をダウンロード
大石内蔵助の墓を取り囲むように、47人のお墓があります。

 ネットのお友達が、なぜ吉良は赤穂の若殿様をいびったのか、なぜ若殿様は家臣のことを考えなかったのか、また討ち入り後、褒め称えられたのに、断罪したのかと・・私も同じことを忠臣蔵を見るといつも思いますね。

 吉良さんも、名君だったからこそ重要な地位についたのだろうし、浅野の殿様にも年老いた参謀がついていたでしょうにね。

 討ち入り後は、幕府の識者の間で意見がわかれたそうですね。強行断罪派と士道を称え穏便派とが争ったそうですね。私は両方の真中が、47人の切腹だったのでしょうね。家族や家臣に及ばなかったことが、忠臣蔵の歴史を作ってきたのかもしれませんね。それが、我が地にも残っているのでしょうね。もっと凄いお家断絶があったでしょうね。今のリストラどころではないでしょうね。(内蔵助の心の中に、このこともあったのかもですね)

「観音寺の薀蓄」をダウンロード
我が観音寺の薀蓄を貼っておきましょう。これをキーで打つつもりでしたが、邪魔くさいです。師走の士道達に叱られそうですね。便利な時代になったものです。

 私も武士の血(浅野家じゃないですよ)が少しですが、流れてます。心清く清貧に暮らし、士道を学ばねばなりませんね。

 あるネットのお友達が日記に、一級建築士、弁護士等々は、なぜ士とついているかよく考えよ、漫才師、手品師等々の師とは違う、「武士は食わねど、高楊枝」の士だと、今話題の耐震問題に怒りを表されていましたね。感心しましたよ。

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