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滅び行く田舎の商店街の師走・・

2006年12月2日天気は曇り。

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12月1日の夕日です。

 今日の塵埃記は、まず画像からですね。我が田舎の商店街の東西南北の入り口にある電飾アーチ看板から見た夕日です。本年から、電気代が払えず電飾が消えたままですね。
 昨日、テレビで、「ALWAYS 三丁目の夕日」と言う映画を見まして、懐かしい子供の頃の我が商店街を思い出してしまいました。塵埃記に、滅び行く模様を少し記しましょう。 

 私は、大学とサラリーマン時代の10年ほどは都会(大阪)に出てましたが、50年近くをこの商店街で過ごしています。
 子供の頃は、大きな映画館(亡父経営)もあり、師走は「歳の市」、季節の合間には「節季の市」があり、街路は人であふれて、歩き難いほどの賑わいを見せた商店街でしたね。200軒をこす、小さな個人商店が建ち並んでいました。夏には、各お店から床机をだしてきて、皆さんやお客様達で将棋や碁を楽しんでましたね。冬は、少し暇になりますが、子供達が街中で遊ぶのを(街の中は風がなく、暖かいですね)、商店の人達が見て楽しんでましたね。

 その後どんどんと廃れて行く道を歩みましたね。バブル時代に新しい商店も繁栄しましたが、あっという間に姿を消してしまいましたね。
 十数年ほど前に、郊外型ショッピングモール(上記のアーチの前方ですね。)ができ、次々と商店主もその中やまわりへと流れ込んで行きましたね。
 でも、その中や周辺の商店は、変遷が早くてまるで競争で、師走だけじゃなく、走りまわっていると言う感じですね。余裕とゆとりや心の豊かさは伝わってこないですね。

 我が商店街は、もう60軒ほどのお店が開いているだけで、その中でも人が出入りしているのは30軒はないでしょう。皆でなんとかし様と模索していますが、見当たりませんね。

 原因は、時代の流れ、消費者の意識の変化、行政の商店街造りの意識の低さ等々と数え上げれば、いくらでも出てくるでしょう。
 恐らく、日本全国には、あまたの商店街が同じ現状を作り出していると思います。今後、我が国の、この現状がどの様に変化して行くのか、見届けたいとも思っています。
 もうどこへ行っても、同じような画一した街造りになってますね。旅行に行っても、ありゃー我が地とよく似た、郊外型の街造りだなーと思いますね。物は揃っているのですが、なんか寒々しいですね。(そこに庶民の暮らしの営みがないからでしょう。)

 私が思いますには、やっぱり老齢化だろうと思います。栄枯盛衰の流れに入りましたね。60歳を迎えようとする私が、商店街の中では、一番の若手と相成ってますね。
 もう商店街の皆さんからは、冒険心や野心や闘争心みたいなものはなくなりましたね。身の保全に最善を尽くされているのでしょう。

 若い人達の活躍を待つばかりですが、まだまだ商店街の税金は割高になってまして、思い切って出店とまでは行かないようですね。人口は密集していて、県や地域の官公庁舎が総て揃った町で、面白いのですがね。

 そんなこんなですが、事件性も少なく、のんびりと子供達(少ないですが)も過ごし、暮らして行くのには不便さもありませんし、ご近所も助け合いますし、心の豊かさの残る素敵な市街地でもあるのですよ。私は離れられませんね。

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同じく、12月1日の夕日です。

 さて、話は変わって、夕日を我が家の裏から、いつも眺めています。最近に思うのですが、雲が少なくなったような気がしてなりません。お天道様と雲との夕焼けショーになりにくくなりましたね。だから上記の遊び画像になってしまいます。

 間違ってるかもしれませんが、温暖化に向かっているのが速くなっているかもですよ。砂漠化(乾燥)しているのじゃないでしょうか、砂漠の国の様に、雨や雪はどかっと来ますね。雲の持つ潤いが少なくなってきている感じがしてなりません。富士山がクッキリと見える日が多くなっていませんか?

 と言うことは、乾燥しますから、都会の皆さんは風邪の蔓延には、本当に気をつけてくださいませませ・・愚痴や心配事の、師走はじめの塵埃記の発信と相成りましたね。

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