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民衆(庶民)を大切に・・

 私は庶民の生き様が大好きなんですが、逞しくまた慎ましやかに生きぬいている名もない庶民のことをもっと大切に思う世になって欲しいとの思いで、塵埃記をすすめたくなりました。
 
 過去の我が国の歴史においても、戦で何人もの名もない民衆(もちろん戦人も含め)の命の犠牲の上に国家が成り立ってきているのですね。この進歩を遂げた現代の世界でも相変わらず庶民の犠牲が続いてますね。世界各地で戦争が続いていますね。戦士や民衆が命の犠牲を国家の為に積み重ねていますね。我が国でも、あからさまには目に見えないですが、貧富の差が広がりつつあり底辺の民衆に犠牲の種がドンドン増えているように思いますね。金がすべてを支配する歴史をズート繰り返していますが、庶民の側に入るとお金はないのですね。しかし金や地位で支配する人達も犠牲になる民衆がいないと成り立たないのですね。我が国も災害やら職を失った人達の対策やら老人福祉(年金)等々と難問が振りかかってくるでしょう。その時に民衆を助ける一番は庶民の税で食ってる人達(今はいずこも叩かれていますね)だと思いますね。全国の彼らに月1万円の庶民救済対策費を拠出させば(笑)・・こんな法律は無理ですかね。政治とは格差(貧富の差)をなくし、平等性のバランスをとることが一番の仕事じゃないでしょうかね。

 また中国や北朝鮮と、東アジアの外交が乱れてきましたね。でもこの二つの国も、大多数をしめている民衆の犠牲の上に国家があると言うことですね。反日運動を煽られていますが、我が国は民主国家です。はっきりと「日本は民衆を守る為の国家である。」と強く反論すべきであると思いますね。

 台湾のホウ 明敏(台湾独立運動のパイオニア)さんの雑誌での最後の言葉が凄く民衆の為を言い得ていますので記しましょう。
★台湾は独立すべきか否かではなく、自由と民主の社会に生きている二千三百万人の人民に、好きな政府を選択する基本的人権と自分の将来の運命を自分で決定する基本的人権があるべきか否かであると思います。★


本日(4/15)は6花弁のヘビイチゴの花です。野の花は咲乱れてきました。普通は5花弁なんですね。でもこのように沢山の花達の中から6花弁もでてきます。それが民衆のような気がします。多様で逞しいのですよ。政府や国家が滅んだりしますが、民衆(庶民)が滅んだとはあまり聴きませんからね。

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アマナ(甘菜)

本日(4/10)はアマナ(ユリ科)です。畦道や里山林道そばあたりに生える多年草です。学名にチューリップの名が入り、和のチューリップとも言われています。アマナの名は、根が甘くて昔は球根を食べていたそうです。

●戯言・・この花に対する思い入れは前にも、この塵埃記に記しました。私を畦道(野の花)の花達を追いかけるのを強烈に誘ってくれた花なんですね。

 三年前に最初に出会った時は1花だけでした。それもトラクターが出入りする田圃に入る畔で見ました。野の花は総じて小さいものが多いですが、この花はタンポポの大きい花ぐらいあって、見た時は驚いて園芸の花の飛来ではないかと思っていました。ネットのお友達と、「アマナではないでしょうか?」と花談議をしたあとで、パソコンで検索したり、我が地の農家の人達に聞いて、昔は桜の咲く頃に畦道に沢山咲いた春を呼ぶ花だとわかりました。

 ところが最近では、ほとんど見られなくなったと聴いたり、パソコン検索でアマナを復活させる会などもあることを知り、ますます思い入れが強くなってしまった花となりました。

 最初の花は当然に、トラクターの下敷きとなり、なくなってしまいました。それからは毎年、捜し歩くことになりました(もちろん我が散歩道以外の畦道も探しました。)。でもこの二年間は出会えませんでしたね。もう我が地では絶滅したのだろうとあきらめていました。

 ところがこの4月5日に、いつものように愛犬といつもの畦道を歩いていました。あまり人が通らない畦道なんですが、そこに5花咲きあがってくれていましたね。思い入れが強かったせいか、見てすぐに「あっ、アマナだ」と声が出そうになるほど嬉しかったですね。野の花を追う者にとって、この嬉しさはどう表現してよいのやらわからないほどですね。

 畦道や里山で初めて出会う花達は、「おうっ、よくぞ私の目の前に現れてくれた。ありがとう。来年もまた来るからな、頼むぞー。」の嬉しさですね。しかしこのアマナは三年ぶりの再会なんですね。その後は、毎日アマナのそばに行って眺めています。「増えてくれるかなー、来年も咲いてくれるかなー」なんですね。不思議な心理に入りますが、なにもかも忘れさせてくれ、しゃがんで眺めていると、愛犬が待ちくたびれて、勝手に帰ってしまったこともありますね。こんな表現しか出来ませんね。

 そんなこんなで悲しい出来事が続いたこの春でしたが、アマナちゃんが私に元気を運んでくれましたよ。

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