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季節を告げる草花達

yamajinohototogisu.JPG
本日(10/8)はヤマジノホトトギス(ユリ科)です。

 この花は我が地では秋口に里山周辺で咲きあがります。花名の由来は花の斑点が鳥のホトトギスの胸の斑点に似ているためだそうです。ホトトギス属植物は19種知られており、いずれも東アジアに生育している。日本には12種分布しているが、この内の10種は日本だけに生育する日本固有種である。この分布の様子から、日本はホトトギス属の分化の中心地と云えるのだそうです。

★戯言・・私は季節感を楽しむために身近な野草花を追っているのですが、その草花達から告げる季節がこのところおかしくなって来たのじゃないかと感じています。ヤマジノホトトギスやアケボノソウのように確り季節を告げに咲きあがってくるものもいます。(日本の固有種だから、昔から四季を知っているのでしょうかね。)
 ところが最近の畦道や里山では春に花をつける草花や樹花が咲き出していることが多くなりましたね。日本の持つ素晴らしい四季が乱れてきているのじゃないかと草花を見て心配しています。私達は春と秋の違いははっきりとわかりますよね。植物達も春は桜、秋は紅葉と知らせてくれますよね。私はそれが温暖化のせいなのか、草花達が戸惑っているのじゃないかと思えるのですよ。
 それから帰化植物達ですね。この草花達も昔は季節を追っていたようですが、このところ我が畦道では1年中咲いている草花達もありますね。これじゃー増えつづけるはずですよね。このまま増えつづけると季節(四季)が草花達から感じられなくなりそうなんですね。四季がなくなり、季語もあやふやな日本の文化を想像すると・・コメントが出なくなりますね。地球環境の変化でしょうが、草花達のためにもなんとかしてやりたいですね。

●帰化植物とは・・人為的な導入や偶発的な移入により侵入・定着し、野生化した植物(移入種のうち野外に定着したものを帰化種という)。自己の分布能力で自然に生活域を広げたものは帰化植物とはいわない。住宅地や農耕地で普通に見られるオオイヌノフグリ、セイタカアワダチソウ、ヒメジョオンなどは、帰化植物であると記されていまして、
江戸末期から明治の初め頃以降に入ってきたものを主に指しているそうですね。

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アケボノソウ(曙草)

akebonosou.JPG
本日(10/6)はアケボノソウです。

 リンドウ科(センブリ属)のこの花はネットのお友達と秋になると色々と花談議をして、私は里山へ、お友達は山へと入って行き楽しむ花なのですね。花冠の裂片に緑の斑点と黒い点々があり、これが明けの空の星に見たててアケボノソウと言うらしいですよ。そしてこの緑の斑点は蜜腺で、アリのような虫がよくきています。この画像はまだ咲きはじめでして雄シベが完全に出来ていません。蜜腺に寄ってきた虫達が雄シベに触れるようにしているのでしょうかね。珍しいところに蜜腺があり、色も綺麗ですよね。高さは1.5mほどになり沢山の花をつけますよ。もう一度会いに行きたいですよ。

 戯言・・いつもこの花同様に花談議しているネットのお友達から、大リーグで本年素晴らしい活躍をしたイチロー選手の奥様のコメントをメールで送っていただきました。素晴らしいコメントに出会いましたので、この塵埃記に残しておこうと思います。何度も楽しみたくなったのですよ。

★「ただただうれしく感激しています。メジャーでプレーできると言う思いがかなった時、鏡の前でマリナーズの帽子をかぶってみては子供のように喜んでいた笑顔が今でも心に残っています。あれから四年、あの時かぶって見せてくれたマリナーズの帽子を、メジャーの偉大な記録を塗り替えると言う瞬間に、大勢のファンの方たちの喝采に応えて高々と揚げる日が来るなんて、その感激は言い尽くせません。・・・・・・・・・(感謝の文言で結び)」★

イチロー選手の家庭が見えるような素敵なコメントですよね。

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播州佐保秋祭

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本日(10/4)は我が町内の布団タイコです。

 我が地の年間行事の中で重要な秋祭りです。上記の画像は宵宮の巡行で一休みしている時に撮りました。
毎年10月の最初の土曜日が宵宮、そして日曜日が本宮となります。子供達や若い衆にとっては待ち焦がれた男の祭りです。昨日で今年の祭りは終わりました。

 布団タイコの大きさは画像の横に街路灯が写っていますから、高さは町の電線を長い竿であげながらでないと通れないですね。ですから、我が商店街の横看板はタイコが通れる高さ以上になっていますね。重さは1.5トンほどでしょうか、宮入で伊勢音頭に合わせてタイコをゆすって踊りながら担ぐ時には100人ぐらいの人達が担ぎますね。
龍の緞帳の中に若い衆が二・三人入ってその中の大太鼓をドンドン打ち鳴らしながら宮入や巡行をしますね。
このタイコの歴史や我が町にいつ頃からはじまったのかは、私は詳しくは知らないのですよ。来年またゆっくりと聞いておきます。でも真中の狭間の彫り物は色々なところから写真を撮りに来ますね。古いものだそうでその彫り物の技法を研究するのに写真にしているそうですよ。
 お値段はいかほどかも想像がつかないそうです。ただ修理で龍の緞帳の龍の鱗一つが10000円だそうですから、それから考えると・・うーんわからないですね。

 私はこの祭りの布団タイコや色々な各地の祭りのダンジリや屋台を見ると、いつも昔の人達の知恵の素晴らしさに感心してしまいます。なぜならば、このタイコ一つで担ぐ者達や見て応援する者達で何百人の人達が1日楽しく遊べるのですよ。我が町には現在は4台のタイコが各地区から佐保神社にやってきます。村人達が料理やお酒を楽しみながら、清清しい秋を満喫して1日中タイコを囲んで笑顔で過ごすことが出来るのですよ。ある意味で凄いオモチャを考え作り出したものですよ。

 護国豊穣を祈った祭りも終わり、さー農家の人達の稲刈りのシーズンへと入って行きます。

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